駆逐艦雪風の業務日誌   作:りふぃ

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駆逐艦

自軍鎮守府に戻った島風は、上司たる提督が集めた物資に唖然とした。

四種資材、各2500ずつ。

彼女は島風どころか雪風にすら予想外の時間と量の物資をかき集め、第二艦隊を待っていた。

 

「どうやったのよ……」

「昔取った杵柄です」

 

輸送船も一隻では積みきれず、二隻の連結仕様である。

海上でコレを牽引しようとすれば、島風といえども二十二ノットが限界だった。

しかしこの時出向中の長門姉妹と鎮守府で合流出来たため、分担して牽引することで何とか七日のうちに納め切ることが出来たのだ。

雪風、夕立もこの日の午前中に第二次補給輸送を完了させており、出っ放しの海路索敵を続けていた羽黒もほぼ同時刻に前線基地へ撤収している。

これは島風から長門姉妹合流の報が雪風に届けられたため、航海の安全が飛躍的に増したお陰であった。

 

「駆逐艦島風、補給輸送任務完了しました」

「戦艦長門、及び戦艦陸奥。第一艦隊と合流すべく派遣された。よろしく頼む」

 

施設内の港で島風と長門姉妹を迎えた大和と雪風は、それぞれの表情で僚艦を見つめる。

 

「お疲れ様です。早速で申し訳ありませんが、島風さんはコンテナを工廠に運んでください。積荷の確認は、其処に五十鈴さんと足柄さんがいるので任せて構いません」

「了解」

「陸奥、手伝ってやれ。私は少し大和達と話がある」

「了解。いこっか?」

「うー」

 

陸奥は軽いバックでも扱うように島風を脇に抱えると、ローラー上に乗せられたコンテナを軽々と引いていく。

その光景に雪風は頬を引きつらせるが、戦艦二隻にはさして珍しい事ではない。

やがてその姿が見えなくなると、雪風達は改めて挨拶を交わす。

 

「久しいな大和、雪風。しばらく厄介になる」

「遠路はるばる、本当にありがとうございます」

「ようこそです長門さん。お話があるとの事でしたが、何処か……司令室辺りに参りましょうか?」

「そうだな。頼めるか」

「はい! どうぞこちらへ」

 

雪風はそう言って長門の手を取り、緩やかに先導して歩き出した。

その光景に大和が頬を引きつらせるが、客人の手前我慢する。

雪風が長門に並々ならぬ憧れを持っているのは知っていたし、この場で自分と比較を質せば良い笑顔で長門を取るのは分かり切っていた。

 

「……随分仲のよろしい事で」

「なんだ大和。繋ぎたければ右手が空いているぞ?」

「長門さんじゃなくてですねぇ……」

「雪風の両手は塞がっていますので、無理ですよ」

 

いつの間にか繋いだ手を両手で抱え込んでいた雪風。

長門も嫌がる様子無く雪風に捕まっている。

 

「相変わらず可愛いなぁお前は」

「長門さんも相変わらず格好いいです。はぁ……溜息でちゃいますよぅ」

「……おぃ」

 

妙に仲の良い二隻の様子に半眼になる大和。

最も長門が駆逐艦に代表される子供好きなのは周知の事実であったし、雪風としても尊敬する先達として甘えているだけだったりする。

実は雪風にとって、そうする事が出来る相手が長門を除いてほぼ居ない事に大和が気づくのは、ずっと後の事である。

 

「まぁ、そう膨れるな。お前は何時も雪風を堪能しているんだろう? 偶に会ったときくらい私に譲れ」

「堪能出来ていませんよ! 何で長門さんにはそんなにデレッデレなんですか雪風はっ」

「雪風は好きな戦艦を上げるなら、真っ先に長門を上げるくらいの長門派ですので」

「なっ大和は!?」

「そうですねぇ…………五番目くらいには?」

「嘘でもいいですから、二番って言ってくださいよぉ」

「船としての好みですから、大和さん個人を序列したつもりは無いですよ?」

「……じゃあ私と長門さんどっちが好き?」

「長門さんです。決まりきっているじゃないですかぁ」

「すまんな大和」

「言うと思いましたよっ」

 

雪風としては決して大和をからかっている訳ではないが、聞かれればそう応えるしかない。

大和と長門、現時点でどちらの好意がより大きいかと問われれば誰に聞かれても長門と答えるだろう。

ただし好意にも無数の種類があるし、無限の段階が存在する。

雪風が持つ長門と大和の好意は、おそらく種類において同一ではない。

 

「因みに、二番はだれだ?」

「金剛おばあちゃんですね。尊敬しています」

「よし雪風、今度会わせてやるから是非奴に言ってやれ」

「二番目に大好きですかぁ?」

「いや、おばあちゃんの方だ。泣いて喜ぶだろうな」

「お任せくださいです」

「……喜ぶのかなぁ」

「うむ、年寄りに冷や水だ」

 

大和と雪風は顔を見合わせ、絶対喜ばない事は確認した。

俗に言う悪口友達なのだろうか。

そんな話をしているうちに司令室の前に辿り着く。

入室すると大和は来客用のソファを長門に勧め、座るのを待って反対のソファに腰を下ろす。

雪風もとっくに長門から離れて退出しようとするが、それは長門本人に止められた。

 

「話に心当たりが無いわけではあるまい? 寧ろお前が居ないと意味が無い」

「それでは、厚かましいですがご一緒させてください」

 

雪風は身を翻して大和の隣に腰掛けた。

それを待っていた長門が、先ず第一声をかけてくる。

 

「さて、まだ一月程だが、連合鎮守府以来だな」

「はい」

「当時の状況を整理したいが、お前は何から聞きたい?」

「そうですね……雪風があそこに呼ばれた経緯ってなんだったんですか?」

「ふむ。先ず、あの時期に連合して深海棲艦を叩く事。これはほぼ決まっていた事を前置きさせて貰う」

「はい」

「その上でお前が呼ばれたのは、私が提督に上申した」

「……もう何となく分かって来ているんですが、それって雪風が大破してしばらく動けなくなったからですよね」

「その通り。もうあの連合の目的は分かっているな?」

「……互助だと思います。ノルマが苦しくなった鎮守府同士が協力して一気に仕上げてしまうという」

「そうだ。お前の鎮守府が発足間もないこと、一個艦隊の旗艦だったお前が大きな負傷を負った事、これでノルマが苦しくなるだろう事が予想されたから声を掛けた。雪風が名指しだったのは、お前の情報と分析を持ち上げて提督を口説いたからだな」

「なるほど……」

「逆に聞きたいんだが、雪風はどうして一隻で来たんだ? あの時の艦隊か、最悪でも大和は連れてくると思ったんだが……」

 

長門の問いに顔を見合わせる大和達。

二隻は無言のうちに役割を分担し、此処は雪風に説明を任せる事にした大和。

発言権を貰った雪風は一つ息をつくと、こちらの事情を話し出す。

 

「先ず前提として、こちらはこの話を互助だと捉えていませんでした。雪風が名指しで呼ばれたなら、それ以外の戦力は極力手元に残したかったのです」

「艦隊としてはそうだろうが……当時の大和は単艦で浮き戦力だったろう?」

「当時の大和さんを余所様の所にお出しするのは、それこそ無理だったんですよ。演習一回、実戦一回の新人を連合へ連れて行くのは、逆に迷惑になりますし」

「……しかも私は名前だけは売れておりまして、行ったら双方が嫌な思いをするだろうって連れて行ってもらえませんでした」

「なるほど、砲撃戦の手腕に誤魔化されたが……あれが初陣だったな。私も失念していた」

「其処から口撃されると考えたんですよね。誤解だったようですが」

「いや、その一点では可能性があったな。お互いの前提は全く違うが」

 

最初に掛け違えたボタンから始まったすれ違いに、お互いが苦笑するしかない。

結局の所暗黙の了解を過信しすぎたという事なのだが、縺れた糸は根気よく解していくしかなさそうだった。

 

「私としては、好意で呼んだ心算だったんだ。お前達が全軍で参加してくれれば、ノルマも一気に終わると思ってな」

「やっぱりそうですよねぇ……すいません、この忙しいときにっ! とか思っていました」

「其処はもう仕方ないな。だが、実はお前が単艦で来ただけだったらまだ何とでもなったんだ」

「と、おっしゃいますと?」

「うちの鎮守府で預かって、私の艦隊に編入してしまえば前線に出れた。実績も作れたろう。一参加者ならそれもできた」

「……あぁ、そういうことですか」

「誤算だったのはうちの鎮守府が立場上の代表になって、私が実戦部隊の旗艦に収まってしまったことだ……既にお前達を直接呼び込んでもいたからな」

 

この上で旗艦たる長門が雪風個人を抱え込めば、公正さを欠くことになる。

それは雪風自身も所属する鎮守府も悪目立ちさせることになったろう。

雪風としても半ば嫌がらせに近い出向と捉えていたために、長門なら兎も角ほかの艦隊預かりになるつもりも全く無かった。

雪風と長門はここでもすれ違っていた。

 

「あの時、私も困っていたぞ。余計なことをして、逆にお前達の首を絞めてしまったと思ったからな」

「いいえ。しれぇにしても雪風にしても、これは壮絶に自爆しただけです……本当にすいませんでした」

「だがお前は、後方勤務を随分熱心にやってくれたよ。各艦隊の目的地と進撃速度からの帰港予想時間、必要な消費物資等は全て事前に調べ上げてくれたな。お陰で救援も手際よく行え、被害は当初の想定より本当に少なくできた」

「御免なさい長門さん。それも決して好意ではありませんでした」

「隙を見せたら叩かれると思っていたんだろう? だが、其処でお前が献身してくれたのは結果として助かった。大本営のノルマにはならなくても、連合参加組みは皆、その恩恵に借りが出来た」

「もしかして、あの時参加した皆さんに手伝ってって言えば手伝ってくれたんですか?」

「そうだ。何処に声が掛かるだろう……という予想も立っていたんだ。うちを含めて、大きなところが三つ候補に挙がっていた」

「あぁ……もぅ……」

 

げっそりとした気持ちで肩を落とす雪風。

結局前線の流儀を知らずに突っ走った挙句の遠回りだったのだ。

せめてもっとノルマが苦しければ、もうどうしようもなければ誰かの手を借りようともしたのだろうが。

 

「だが、連合解散後は私や提督の言葉が足らなかった。お前達の鎮守府が開業間もない事を知っていたにも関わらず、たった一言お前に言付ける手間を怠った。今日お前達が背負っている苦労の責任の一端は其処にあるだろう。お前達が無事で、本当に良かった。済まなかった」

「その謝罪はお受けします。ですが、その件に関しても雪風に非があります……あの時、雪風はもう帰りたくていっぱいいっぱいでした。うちの皆に会いたくて仕方ありませんでした。だから、解散式前に全ての荷物をまとめて、式の後直帰しています。周りの皆さんに、味方なんていないと思っていました。大変非礼であったと反省しています。申し訳ありませんでした」

「あぁ。ではお互い様と言うことで、私達の間では手打ちにしよう。後はお互いの提督が話し合ってくれるだろう」

「はい、長門さん」

 

戦艦と駆逐艦は互いに笑みを浮かべて握手する。

其処で雪風は、ふと隣の大和が居なくなっていることに気がついた。

 

「何処行きました?」

「さぁ、話している間にふと席を立っていたが」

「気づきませんでしたよ……」

「本当に、音も無くスッと退いていったぞ」

「幽霊ですか……」

「あ、お話終わりました?」

 

二人の会話が途切れると、大和が司令室に戻ってくる。

見ればお盆に三つのラムネと紙コップを持っていた。

 

「お話が長くなりそうだなーと思って」

「……真面目な話をしていたんですから聞いてくださいよぅ」

「結論なんて仲睦まじいお二人を見ていれば分かりきっていた事ですよ? 寧ろあそこに居なかった私こそ、退出しておくべきでした」

「此処までの話なら、それでもいい。だが此処から先はこれからの話だ。お前が居なければ困る」

「はい。それではお邪魔します」

「ノルマと期限、あと物資の確認ですねぇ」

 

大和はそれぞれにラムネを配ると再びソファに身を沈める。

既にビー玉を落としてあるビンからは懐かしい匂いがした。

 

「大和さん、雪風としてはラムネは直だと思うのです」

「え!? コップ使うでしょう普通は」

「どちらでも良いが、紙コップは風情がないなぁ」

 

大和と雪風は顔を見合わせ、それもそうだと笑い合う。

形式としても実際にも和解を済ませた三隻の間に、穏やかな時間が流れていた。

 

 

§

 

 

長門型姉妹を擁し六隻編成になった第一艦隊と、合流した第二艦隊。

各艦隊はそれぞれの役目を全うするため、再び海に繰り出した。

第一艦隊は深海棲艦を討伐するため、前線基地から更に前へ。

そして雪風達第二艦隊は、残りの七日を出向してきた長門姉妹の補給調達に当たることとした。

長門達は自分達の消費する資材は持ち込んでいるのだが、出向を要請した手前、此処は雪風達が賄いたい。

その上で作戦成功した暁には、祝いとして長門達が持ち込んだ資材を納めるのが流儀らしい。

ようは出向要請した作戦に当たっては頼んだ鎮守府が持ち、出向した艦娘が持ち込んだ資材は戦後の補填にされる。

最もこれは相当に仲の良い鎮守府同士のやり取りになる。

普通は助力を頼んで戦力を差し向けてもらった挙句に、出航した艦娘が使った資材まで補填などしてはもらえない。

この一事だけでも、長門達の提督が彼女に好意的である事を示していた。

 

『と、言うことらしいです』

『良かったっぽい』

『本当ですよ……でも皆さん、雪風の不手際に苦労をかけて本当に申し訳なかったです』

『提督さんも、きっとそう思ってるっぽい。あたし達にとっても、良いお勉強になったと思う』

『そうですね。所で夕立は、まだ集積地ですか?』

『うん。燃料とボーキは任せるっぽい』

『ボーキサイトは赤城さんと羽黒さんしか使いませんのでそこそこ、燃料増し増しでお願いします』

『っぽい』

 

雪風は先の七日で通ったイ海域とロ海域の深海棲艦が、徐々に増えていることを感じていた。

其処で今度は基地から大和達が前進し、確保した後の海域から派生して行けるポイントの集積地を狙って物資を集めている。

前回はやや手探りな面があった探索強化戦術もよく機能することが分かったため、今回も単艦の高速輸送である。

大和達が切り開いた道の真後ろに近い海域であり、前線基地からも遠くない。

深海棲艦の出現頻度も遥かに低く、距離が近いため羽黒に掛かる負担も軽かった。

以前と同じ作戦をより低い難易度でこなせる分、第二艦隊の面々も当初の予定より早い日程で収集を回せている。

 

『こちら重巡洋艦羽黒です。定時連絡ですが、現時点で深海棲艦の姿はありません』

『ありがとうございます羽黒さん。やっと雪風達にも運が向いてきたようですね』

『綱渡りとはいえ、こんな余裕のないあ号作戦がまかり通っている時点で相当に運はよかったと思いますよ……』

『そうでしょうか? 雪風としましては、その辺の浜辺に野良深海棲艦が大量に漂着して撃ち放題。そしてノルマ達成ルートならラッキーだなぁって思ってましたよぅ』

『想定する幸運の次元が違う……』

『まぁ、あと一息です。山場は超えておりますし』

『援軍でいらしてくれた二隻の燃費は、折り込んでいるのですか?』

『しれぇが用意してくださった物資が予定より各500も多かった為に助かった……と言ったところです。それが無かったら、羽黒さんも輸送組みにして回さないと苦しかったと思います』

『効率を上げる案は、まだあったということですね』

『皆さんの安全を切り売りしての効率重視は出来ればやりたくないですし……そうなっていた場合は皆さんとミーティングして、ベネット部長にもう一つ電探作ってもらう案と多数決でしたねぇ』

『あ、なるほど……工廠のトップがいて、そこそこの資材を持ち込んでいたから開発も出来たんですね』

『どうやっても出撃資材が犠牲になるので、そっちも出来ればやりたくない所でした。本当に、しれぇのお陰ですね』

 

機嫌の良い声が通信に乗って羽黒の耳に届く。

ぽかぽかと暖かい陽気に、少しだけ風がある。

中々に気持ちの良い天気だ。

きっと雪風や他の仲間達も、同じ日差しと風を感じているのだろう。

ふと上を見上げた羽黒は、遥か遠くに海鳥が渡るのが見えた。

当人も気づかぬうちに微笑していた羽黒は、数匹の鳥をしばし眺める。

 

『ん……?』

『なんですか羽黒さん』

『雪風ちゃんって今、私達の中で一番遠い集積地に居ますよね……』

『その通りです。既に上陸して搬入作業ですよぅ』

『えっと、帰還分を含めた艦載機の索敵範囲ギリギリで特定が出来ないのですが……そちらから北方向、距離150㌔地点に船影らしき影が見えたような……』

『速度とか動いてる方向って分かりますかぁ?』

『いいえ、すいません……引き返す間際の発見でしたので……もう一度戻すと帰ってこられません』

『あ、大丈夫です。丁度鉄とバケツの収集が終わるところでしたし、確認は雪風が行います。お疲れ様です』

『本当に御免なさい……それでは、一旦艦載機を収容して休ませます』

『はい。お願いします』

 

雪風は羽黒が指示した方向に探索に出た。

この時、雪風は物資を積んだ貨物船を引いたまま向かっている。

行く途中で気づいたが、それが敵影でそのまま戦闘状態に入る可能性もあったのだ。

常の自分なら置いたまま索敵に向かったであろう事に思い至り、やや浮かれていた気分を引き締めた。

 

「むぅ……雪風としたことが……」

 

提督が想定より多くの物資を集めてくれたお陰で、当初の予定よりも潤沢な資材を当面は揃えられている。

前回と違い傷ついている味方もおらず、全員が負傷したとしても中破までなら一度に入渠出来るだけの鉄もある。

何もかもが良い方向に回っていた。

第一艦隊は多くの実戦経験を重ね、輸送作戦も成功し、長門とも話せた。

鎮守府同士の交流も始まろうとしている。

そしてこの作戦が終われば、提督たる彼女の元に帰れるだろう。

今までが大変だったこともあり、明るい展望が開けたことが本当に嬉しかった。

しかし雪風が幸せは、貨物船を引いて浮遊物を探しに向かう三時間で終わりを告げた。

 

「は……? はぁ!?」

 

指示された海の付近を漂流していたのは、雪風の見知らぬ女型だった。

だが艦娘としての本能か、それともかつての記憶のせいか……

雪風には仰向けに浮いた女型の正体が分かってしまう。

艤装の殆どが破壊され、かつては美しく着こなしていたであろう弓道着も無残に千切れ、殆どが残骸と化している。

髪留めを失い、飛行甲板すら剥がれたこの艦娘こそ、一航戦の片翼に違いなかった。

雪風の目の前で今にも沈もうとしている艦娘の残骸。

慌てて海を駆け、沈みかけた身体を支えた雪風。

……酷く重かった。

艦娘は陸上でこそ人とそれ程変わらない重さであるが、艤装をまとって海に出た時かつての重さを取り戻す。

重さが無ければ砲撃の威力も乗らないし、相手の砲撃にも耐えられない。

しかし海の真ん中で艤装を失い、艦娘としての浮力を失ったまま意識を無くせば、その重さゆえに問答無用で沈んでしまう。

見た所加賀の艤装は、最早浮力を維持する最低限すら機能していない様に見える。

 

「な、なんなんですか加賀さん、なんでこんな所にいらっしゃるんですか! なんで……なんでぇ……」

 

何故沈んでいてくれなかった。

雪風の脳裏を占めたのは、はっきりとこの一言だった。

雪風はもう、誰が沈むところも見たくない。

それは間違いなく本心である。

しかし戦いを続ける以上、誰かが沈むのは避けられない。

誰一人犠牲無く勝つ方法など、雪風には提示できないのだ。

だから沈んでいてくれれば、発見できなければ諦めもついた。

今いる海で足元に誰が沈んでいるかなんて、其処まで気にするほどの余裕はない。

 

「え……え……? 如何するのこれ、如何しよう。如何すれば良いのこれっ」

 

この場に居るのは雪風と加賀の二隻のみ。

雪風は健在だが、加賀の命は今にも燃え尽きようとしていた。

しかしまだ、生きている。

雪風がその小さな両手で抱いた加賀は微かに、本当に微かに吐息と鼓動を繰り返していた。

だが……雪風は自分が誤って牽引してきた貨物船を肩越しに見やる。

この物資はなんだ?

これは、大和達第一艦隊の命綱で……

 

「ちょっと……あー……っ!」

 

胸に抱いた命と背中に負った資材。

どちらも簡単には捨てられない。

いつの間にか雪風は、右手の第二指を噛んでいた。

先ほどまで全てが順調だったはずだ。

何もかもが良い方向に進んでいると思っていた。

こんな選択肢を突きつけられるなんて想像すらしていなかった。

どうしてこんなことになった?

鎮守府の繋がりに鈍感だった彼女のせいか?

連合鎮守府で人の輪を広げなかった自分のせいか?

それともこの広い海で漂流する、たった167㌢の残骸を見つけ出した羽黒のせいか?

何がなんだか、もう雪風には分からなかった。

いつの間にか皮膚を食い破っていたらしい。

それは痛覚ではなく、味覚によって知ったことだが。

 

「お、落ち着け、落ち着いて? うん。加賀さんは重い、雪風には運べない。寧ろ運んだとして、如何するんです……? 入渠させる? 鉄は? 加賀さんは正規空母で、此処から治すのにどれだけ掛かるよ? 三桁後半? や、大和さん達が戦ってる。今だって傷ついてるかもしれないのに所属も分からない艦娘に鉄を分ける? 無い。ないない!」

 

しかし急いで曳航して入渠させなければ、加賀はまず助からない。

そもそも今ですら間に合うのかどうか、雪風には判断がつきかねる。

艦娘が死ぬのは何も轟沈だけではない。

陸の上だって、寧ろ陸のほうが簡単に死ねるものなのだ。

 

「じゃ、じゃあ置いて行く? 加賀さんを此処に……見なかった事にして貨物船引いて帰れば良い? あ、赤城さんがいるのに? なんて言えば良いんです? 何も言わない? 今日の今を無かったことにして羽黒さんにも赤城さんにも黙っていれば良い? そ、そんな演技出来る……? いや、出来るけど……出来るけどぉっ」

 

やってやれないことは無いと思う。

しかしそれを始めたら、最早自分が沈む瞬間までそんな仮面を貫かなければならなくなる。

其処までしなければならないのか?

雪風は引きつった表情で腕の中の加賀を見つめていた。

 

「あ、赤城さんに決めてもらう……? 此処は一番前線に近い集積地で、個人直通型なら通信も多分……あ、それなら別に……あ、あぁー……不味い。ダメ、駄目に決まってるじゃないですかっ」

 

赤城に聞いても意味は無い。

誇り高い一航戦は絶対にこう言うだろう。

 

――楽にしてやってください

 

そういう赤城の声が、表情が、仕草の全てが雪風には想像出来る。

手に取れるほどのリアリティで脳内再現される予想は、絶対に覆らないだろう。

赤城は、任務と私情を天秤にかけて針を揺らすことは無い。

だがそれは、内心で血涙を流して吐き出す決断のはずだ。

赤城はずっと加賀の事を待っている、探している。

ミッドウェーで火達磨にされ、それでも沈めず漂っていたあの時からずっと……

そんな赤城にこの選択肢を与えてはいけない。

それは赤城を傷つける事にしかならない。

誰も幸せにしない、雪風の逃げだ。

それでもそんな逃げが魅力的に見えてしまうほど、雪風は追い詰められていた。

時間も無い。

既に集積地から此処までで三時間使って余計に離れている。

此処から真っ直ぐ戻っても単純計算で六時間の遅れを出していた。

こうして迷っている間にも、加賀の命は尽きようとしている。

後何回呼吸してくれる? 後何回脈打ってくれる?

思考海路が焼き切れて、腹の奥から口をついて内容物が溢れそうになる。

ギリギリのところで飲み込んだが、同時に涙腺から溢れるものは止められなかった。

 

「あ、あぅ……雪風はなんですかっ。唯の駆逐艦ですよ! く、駆逐艦なんて軍艦にも入れてもらえなかった小船じゃないですかっ……全部なんて拾えませんよ。じゃぁ全部がだめなら何を……捨てて……何を拾うの?」

 

食い締めていた口を開き、右手の指を解放してやる。

傷みは無いが、しびれて感覚がなくなっている。

間違いなく、後になってのたうつほど痛くなるだろう。

身体が痛みを無視してくれる間だけ、自分も理性を無視しよう。

もうなりふり構っていられなかった。

 

『……羽黒さん。こちら、雪風。応答願います』

『こちら重巡洋艦羽黒です。雪風ちゃん……どうしました?』

『……う、うぐっ』

『――雪風ちゃん!?』

『は、羽黒さんが見つけてくれた船影を確認した所、大破漂流中の艦娘を発見っ。所属不明ですが、正規空母の加賀さんです。た、直ちに曳航して入渠させないと……』

『……』

『……ダメ……なんですけどっ、ゆ、雪風には運べなくて、加賀さん凄い重くて……大和さん達の鉄もあって……な、何も出来なくてっ……うぅ」

『場所は、私が見つけた所で良いんですね?』

『はい。多少西に流されていましたけど……』

『雪風ちゃん。直ぐに行くから、待っていて。私が、必ず行きますから』

『助けて……お願い……』

『うん。大丈夫。其処で加賀さんを支えてください。動かれてしまうと合流しにくくなりますから、現在位置を保ってください』

『りょ、了解です』

 

通信を切ると、やっと右手が痛みを思い出した。

同時に思考が切り替わり、眠らせていた理性が戻ってくる。

正解手は加賀の雷撃処分。

もしくは放置での補給任務続行だと思う。

雪風に加賀の保護義務等無いし、正規空母の曳航を駆逐艦一隻にやれというのも無理な話だ。

救ってやりたく思っても、自軍の任務を放り出してまで救う必要は無い。

自分で言った様に分かっていたはずだ。

曳航すればそれで終わりではない。

長門達の補給は遅れ、入渠させる為の鋼材だって余計に掛かる。

そして羽黒をこっちに呼んだ時、最も割を食うのは自分の艦隊の夕立である。

島風は自身の電探があった。

しかし夕立の安全は羽黒の索敵によって支えられていたはずである。

確定した加賀の窮地を救うため、未確定の夕立の安全をチップに賭けをした。

世界から色が失せ、そのまま黒く染まっていくようだった。

雪風は自分自身の意志によって、夕立を切り捨てた。

こんな事は何度もあった。

雪風は多くの戦場を生き残り、多くの味方を救助し、より多くの味方を救えなかった。

この感情は知っているはずだ。

雪風に乗って戦った兵士達を通して、何度も何度も経験してきた筈である。

それでも、耐え難い苦痛に心が軋む。

 

「ご、ごめん……御免なさいしれぇ。大和さん……夕立ごめん……うぐっ……」

 

羽黒は待てと言っていた。

必ず行くとも言ってくれた。

確かに今の雪風に、二つの荷物を運んで動くことなど出来ない。

羽黒が来るまでの数時間。

それは雪風とって拷問に等しい時間になった。

 

 

§

 

 

『――という訳なのですが……』

『雪ちゃんが動けないなら早く合流したほうが良いっぽい? 艦載機はそっちを探しちゃって』

『本当に、すいません』

『大丈夫。島風には伝えておくから、そっちはお願いするっぽい』

『はい。それでは』

 

羽黒から通信を受けた夕立は、物資収集を終えて帰路についている島風が居るだろう方向に目を向ける。

良い天気だが、少しばかり風がある。

肩に掛かる長い髪を背中に払い、夕立は一つ息をつく。

 

「とうとう状況が雪ちゃんの手から離れたっぽい……じゃあ、此処からが本当の勝負ね」

 

不敵に笑った夕立の瞳が真紅に揺れた。

見るものは居なかったが、夕立の気持ちが高ぶっている証拠である。

このあ号作戦の展開中で、初めてのことだった。

 

『こちら駆逐艦夕立。島ちゃん応答願うっぽい?』

『こちら島風。願うのかそうじゃないのか、分かり難いわ。何よ?』

『雪ちゃんが加賀さん拾ったって。今重量オーバーで立ち往生してるっぽい』

『何それ、怖い……って、ちょっと待ちなさいよ。加賀って正規空母のアレよね? そんなものがホイホイ落ちてるモノなの? 海ってそんな所だっけ?』

『流石、幸運艦様は拾い物もスケールが違うっぽい』

『全くだわ……また伝説が増えるんじゃない?』

『でも時期が悪いっぽい。雪ちゃん処分するか放置するか曳航するか、きっとすっごい悩んでる』

『結論は?』

『曳航するっぽい。羽黒さんが向かうって』

『一番危なくなるのは、あんたよね。良いの?』

『良い。これは……好機だよ』

『好機?』

 

第二艦隊のメンバーが知る限り、今までの作戦は全て雪風の予定調和の中で納められていた。

正しい情報収集から迅速で的確な判断により、確実な生還と実績を上げ続けてきた。

今まで全員が雪風の言う通りにしていればそれで良かった。

そんな完璧な予定調和が今、崩壊した。

 

『それ、不味くない?』

『不味くない。今まで雪ちゃんはお願いします。よろしくです。それしかあたし達に言ってない。だけど今、本当にどうしようもなくなって初めて言ったんだよ……助けてって』

『ほぅ?』

『雪ちゃんが助けを求めるって、多分これが最初で最後っぽい。今雪ちゃんが伸ばした手を掴めなかったら、雪ちゃん二度とあたし達には頼らなくなる……っぽい?』

『……そうね。きっとそうだわ』

『だから好機。夕立も島ちゃんも、此処で雪ちゃんの無茶振りに全部応えちゃったら……』

『奇跡の駆逐艦の隣に並べるって事よね』

『そうっぽい』

『面白いじゃない。乗ったわ』

 

二隻の駆逐艦は獰猛な笑みを浮かべ、雪風に最大の恩を売るべく相談を開始した。

 

『雪風の奴。ちょっと可愛いからって人を露出狂呼ばわりしてくれて冗談じゃないわ。絶対恩に着せてやる』

『夕立に言わせればどっちもどっちっぽい。後、良く喧嘩してる胸は島ちゃん分が悪いと思う』

『……今は言わせておいてあげる。先ず、こっちの行動ね。最低条件は第二艦隊の全員生存よね。夕立、物資集めは終わってる?』

『終わってるっぽい。いざ出航って所で羽黒さんから通信入った』

『ん、じゃあ私も引き返すから、先ずは合流しましょう。電探持ちの私と動けば索敵もやれるわ』

『っぽい。次に任務成功条件が、第一艦隊の補給が途切れない事だよね。合流したら一緒に前線基地に戻るっぽい?』

『雪風達との合流も捨てがたいけど、補給に穴が空いたら失敗よねぇ」

『っぽい』

『じゃあ、戻ろう。弾薬と燃料とボーキサイトはそれで良いわね』

『問題は雪ちゃん担当の鉄っぽい。でもこれは第一艦隊の被害具合で需要が変わるっぽい』

『其処はもうあいつらを信じて祈るしかないわね。次に完全勝利条件は……』

『さっきの二つを完全に満たした上で加賀さんの救出成功。どれが欠けてもダメっぽい』

『そうね。戻ったらベネット捕まえて、ドックの用意をさせときましょう。連れ帰った加賀を即放り込めるように』

『ん……実際に加賀さん連れて、必要な鉄を割り出さないと溶液作れないっぽい?』

『そうだけど、連れて帰ったときにドックのラインが埋まっていたら意味無いでしょ? 最低一本残しておかないと』

『おお、島ちゃん冴えてる』

『ふふん』

『だけどそれでも第一艦隊に損傷が多くて回せなくなったら……』

『最優先は長門さんと陸奥よ。こっちの面子なら損傷しだいで融通効くけど、大和達の負傷が残っていたら雪風がへこむよね』

『っぽい。なるべく治して出迎えたいね』

 

かなり苦しいが、兎に角救出の芽が残った。

島風と夕立は前線基地から比較的近い位置におり、合流もそれ程時間が掛からない。

そして進撃に必要な燃料、弾薬、ボーキサイトは二隻が担当なので戻れば間に合う。

雪風の担当する鋼材は、第一艦隊の被害によって必要個数が変動する。

運がよければ、想定より少ない量で間に合うかもしれない。

今までそんな賭けは絶対にしなかった。

全てに必要な分量をそろえ、大きな消耗があっても足りるように調達して送ってきた。

補給輸送に運という要素は極力排除しなければならない。

相手のある戦場の戦いと違い、補給には量と距離と時間の計算が成り立つ。

今回のようなアクシデントが起こればその限りではないのだが。

 

『よし、とりあえず可能性は残せそうね』

『っぽい。じゃあ、こんな感じかな?』

『うー。これでダメなら、もう私達の手には負えないわ』

『多分何とかなるっぽい?』

『その心は?』

『雪ちゃんがやるって決めたんだから、運はきっと味方してくれるっぽい』

『まぁ、空元気でも無いよりマシだと思って信じてみるかなぁ……』

『信じるものは救われる……っぽい?』

『主に足元を……ってね』

 

二隻はそういって通信を切る。

先ずは合流を果たし、次いで物資を運びきる。

そして加賀の使うドックを確保しなければならない。

第一艦隊の帰港を待って、損傷と鉄の残りも算出したい。

正直に言えばこの二隻にとって、加賀の安否は二の次である。

しかし雪風に一泡吹かせるために結託した今、自分達に出来る事を最大限にやり抜くことを選択した。

雪風は気づいていただろうか。

この二隻の旗艦をするのは、結構大変な事なのだ。

夕立も島風も、悪童の笑みを湛えて大海原を進んでいった。

 

 

§

 

 

夕立と島風が帰港した時、第一艦隊は出払っていた。

二隻はさっさと物資を倉庫に放り込むと、工廠の妖精を引っ張り出す。

部長は波動エンジンをスクラップにされたショックで酒びたりになっていたが、今はそれど所ではない。

 

「ちょっとごく潰し! 仕事よ」

「おぉ……おぉおおうぅう……おれっちの波動エンジンがぁ……」

「また作れば良いっぽい。そんなことより入渠の用意だけしておいて」

「……あん? おめぇら見た所損傷ねぇじゃん」

「雪風が外でスクラップな正規空母拾ったのよ」

「……幾ら海が広いったって正規空母がそんな簡単に落ちていたりするモンかよ……」

「するらしいわよ。多分羽黒が曳航してくるから、戻り次第直ぐに必要な鋼材の量を算出して」

「そいつは構わねぇが……」

「入渠させるかどうかは、当然こっちの資材の備蓄しだいよ。鉄ってどれだけ余ってるの?」

「現状3000だな。今、第一艦隊が最後の出撃に出張ってる。今日の午後には帰港予定らしいぜ」

「あ号作戦最終日から、二日残しで終了……悪くないっぽい」

 

始動に余裕が無かった事を考えれば、上々な結果だろう。

しばらくすると鎮守府に大和達からの通信が繋がり、ベネットは其処で艦隊の損傷を確認した。

 

「むっちゃんも長っちゃんも中破。こっちが大和ちゃん、足柄ちゃんが中破して赤城ちゃんも小破、五十鈴ちゃんが軽微……ふむ」

「どうよ?」

「じっくり見ねぇと分からねぇけど鋼材2700って所じゃねぇか……?」

「ドックの数はたりてるっぽい?」

「ラインは二本だが、バケツも六つあるからな。羽黒ちゃんと雪ちゃんは鉄も持ってくるんだろ? 其処で500も持ってきてくれりゃぁ何とかならぁな」

「よし、いけるっぽい!」

「うー」

 

夕島コンビはハイタッチして現状を喜んだ。

助けられる艦娘は多いほうが良い。

そうしてどっと疲労を思い出した二隻は、長い息をついてへたり込んだ。

しかしベネットはそんな二人を見ながら、複雑な顔で呟いた。

 

「もしかしてよ……その加賀ちゃんって此処の鎮守府の所属じゃねぇか?」

「さぁ……でも発見は一応此処の領海になるだろうし可能性はあるわね」

「此処が落ちたのって結構最近っぽい?」

「ああ。陥落から半年も立ってねぇんだ。思いっきり長期の遠征に出てたとすりゃあ入れ違った可能性がたけぇ」

「ふーん。まぁ、どうでもいいわ」

「そうだな。まぁ俺達にゃあ関係ねぇっちゃねえんだが……」

「うん?」

「此処の工廠を借りてるうちに、分かった事があるのさ。大和ちゃん達が帰ってきたら、少し話す」

 

そんな話をしているうちに、第一艦隊が入港してくる。

損傷はあるものの、全艦が戻ってこれたのは本当に喜ばしい。

島風も夕立も鎮守府の港で出迎える。

僚艦を認めた第一艦隊の面々は手を振り、あるいは敬礼を持って応えた。

 

「第一艦隊旗艦、戦艦大和。あ号作戦における深海棲艦討伐任務、完遂したことを報告いたします」

「お疲れ様でした……っぽい?」

「っぽいって言うなぽいぬ。お疲れ様! 入渠の用意出来てるわよ、どんどん行きましょう。ほら、ハリィハリィハリィ!」

「はは。相変わらず速さバカだなぁ島風は」

「うー」

 

任務完了の報告もそこそこに戦艦たちにじゃれつく駆逐艦コンビ。

それは微笑ましかったが、急かす島風の様子は冗談を言っているように見えなかった。

 

「ちょっと島風。如何したのよ」

「雪風が物資搬送中に加賀拾ったのよ! でも自力で浮上も出来ないし、意識も無い見たい。本当、お願いだからさっさと入渠してドック空けてっ」

「加賀ぁ!?」

「そう。あんたの相棒。雪風と羽黒が連れてくるわ」

「それは何時だ? 場合によってはこっちの入渠等後で構わんぞ」

「夜か……場合によっちゃ朝になるかなぁ……」

「はっきり言って、本当に御免なさいだけど……加賀さんの入渠は一番最後っぽい。長門さんと陸奥さんより先に入れるのは論外だし、大和さん達が怪我残してたら雪ちゃんが気に病む?」

 

夕立にそう言われ、顔を見合わせる長門姉妹。

今の立場は客であり、助っ人である。

大和達にしてみれば最大限敬意を払うべき相手であるし、所属不明の艦娘より優先していいものではない。

長門達の意向は兎も角、此処は島風の言う通りさっさと入渠した方が良い。

 

「分かった。ドックに向かう」

「足柄さん、私達も」

「了解ー。ぱぱっと済ませちゃいましょう」

「夕立さん、島風さん。五十鈴さんと赤城さんをお願いします」

「うー」

「っぽい」

 

損傷艦が連れ立ってドックに向かう。

残されたのは蒼白の顔色で立ち尽くす赤城と、それを見守る五十鈴達。

 

「加賀が、加賀が来るの……?」

「一応明るい話からすると、鉄の仮計算は済んでるわ。あいつらの入渠の残りと雪風が持ってくる鉄があれば入渠は出来ると思う」

「バケツも残ってるから、着いた時にラインが塞がってる事も無いっぽい」

「……それで、加賀は此処までその……持つの?」

 

五十鈴が苦い表情で尋ねてくる。

夕立と島風は顔を見合わせるが、それは分からないとしか言い様がなかった。

そんな会話を何処か遠くに聞いていた赤城は、三つ深呼吸して荒れる感情に芯を入れた。

 

「雪風さんは……曳航を選択したんですね」

「……任務には支障の出る可能性を孕んだ判断だったわ。だけど、あんただけは責めないでやってよ?」

「この後に及んで、そんな恥知らずな事はいたしませんよ」

 

雪風が曳航を選択したとき、赤城の存在を考慮しなかったと考える者は此処には居ない。

そもそも雪風達第二艦隊のメンバーは、第一艦隊の消費物資を枯渇させたことは殆ど無い。

一度だけ鋼材が切れ掛けた時もあるが、それは前線組みの計算違いであって要求された物資は要求通りに運んでいたのだ。

このあ号作戦自体セオリーから外れた荒行であり、補給輸送だけをセオリー通りに回すには状況が許さなかったと言うだけである。

その上で救助が必要な味方を救い出しているのだから、この段階に来て文句等つけよう筈がない。

問題は雪風が……

関わりの薄い相手と部下を天秤に掛けてしまった自分を許せるかという一点だった。

赤城には自分が逆の立場なら曳航を選べなかった事を思い、其処から繋がって一つの可能性に思考が至る。

雪風は、加賀を選んでやれない自分の代わりにこの選択をしたのでは……と。

当人に直接確認等出来るはずもないが、それ故に大きな負債である。

 

「そういえば、なんか部長が話があるってよ」

「あ、そういえばそんな事言ってたっぽい。大和さん達が帰ってきたら話すって」

「ふむ、皆さんが揃ってお話をするとなると会議室でしょうか」

「そうね。とりあえず其処に集まってれば、皆来るでしょ」

 

赤城達はそのまま会議室に移動した。

待つことしばし。

バケツを惜しみなく使った大和達は、それ程の時間を掛けずに集まった。

最後にベネットが入室し、主要メンバーが揃う。

全員が着席しているのを確認し、デスクの上に立った工廠部部長が話し出した。

 

「俺らがこの鎮守府を間借りして一月だ。そんだけ使ってりゃあ、職人には此処の設備がどんな使われ方をしていたのか、分かっちまうもんよ」

「勿体ぶってないで結論から言いなさいよ。五十鈴は暇じゃないのよ?」

「作戦終わったら戦闘部隊は暇だろうが。所で長っちゃん。この鎮守府が陥落したのは結構最近だ。お前さんは此処の評判とか聞いてねぇか?」

「……うちとは付き合いが全く無かった。無かった理由は提督の判断だが、良くない話は私も聞いた」

「……やっぱそうかい」

「どういうことです?」

 

吐き捨てるように言ったベネットに、首を傾げる大和。

 

「この鎮守府よぅ。そこそこ経年劣化もあるんだが、建造に使うプラントだけ特に酷使されてんのよ」

「ん?」

「そのくせ、入渠設備の劣化は経年相応で酷くねぇわけ。艦娘作ってるのに入渠しねぇとか普通ありえねぇべ? じゃあ治さない艦娘ってどうなったよ?」

「……」

「沈んだんだろうな。かなりのブラック鎮守府だったんじゃねぇか此処?」

「あぁ。私はそう聞いている」

 

会議室に集まった艦娘達はそれぞれの表情で互いの顔を見合わせた。

少し落ち着くのを待ってから、ベネットは再び話し出す。

 

「雪ちゃん達が連れてくる加賀ちゃんも、此処の鎮守府に居た可能性が高けぇ。そう思って、入渠組みが浸かってる間に出撃記録とか漁って見た」

「……結果は?」

「正規空母加賀は確かにこの鎮守府に登録されていた。ほぼ半年前に、姫種の討伐に長期遠征に旗艦で行った記録が確かにある。んで、随伴艦は……記録上いねぇ」

「……は?」

「艦娘って生まれたら正規登録して初めて所属になるわけよ。それをしねぇで手元に残して、捨て艦にする鎮守府ってのもあるんだわ。此処まで露骨なのは初めてだが」

「……マジであるの? そんなの」

「あるぜ? 実際あの妹者なんざ可愛いもんだぞ。何せ改装素材の建造だって嫌がってる位だからな。別に死ぬわけじゃねぇって言ってんのによ」

 

艦娘としての経験年数の少ない大和達にはショックだったようであり、全員がはっきりと不快感を示している。

そこそこの年月を生きている長門と陸奥にしても、気持ちのいい話ではない。

 

「加賀はこんな所にいたの……? ずっと、ずっと此処にいたんですか?」

「……一回陥落してる鎮守府だ。データ上あまりに古い記録は残っていなかった。だが、正規空母加賀の出撃記録は最低でも三年前までは遡れるぜ」

「……っ」

「まぁ、長っちゃんとむっちゃんには余計なお世話かもしれねぇがな。ひよっこのお前らは知っとく方が良いと思った。敵ってのは海上の化け物だけじゃねぇってこった。それから、おめぇらは運が良いって事よ」

 

それだけ言うと、ベネットは机から降りて出て行った。

誰も動けなかった。

物音一つしなかった室内に小さな、本当に小さな嗚咽が響く。

長門は一同を見渡し、消沈している大和達に声をかける。

 

「……解散しよう。まだやることが残っている」

「雪風達を、迎えませんとね」

「ああ。それから作戦は終わったんだ。正式な引渡し手続きはまだだが、鉄が足りなければ私達が持ってきた、アレを使えよ?」

「そうさせていただきます。本当に、ありがとうございました」

「……考えさせられる話だったな」

「はい……」

 

戦勝の後に後味の悪い空気が残る。

しかし兜の緒を締めるには覿面の効果があった。

誰も何も言えず、一旦それぞれの寮へ引き上げる。

赤城には足柄が付き添い、背中を擦りながら連れて行った。

一人廊下を歩く大和。

いろいろと思う所はあるが、今は兎に角雪風に会いたかった。

おそらく地獄を見てきたであろう加賀を救い上げた、小さな駆逐艦と話したかった。

 

 

§

 

 

――雪風の業務日誌

 

にんむちゅうにかがさんとおあいしました。

いっぱいいっぱいこわれてました。

かがさんはとってもおもくて、ゆきかぜにははこべませんでした。

はぐろさんにおねがいしてはこんでもらいました。

ゆきかぜにはなにもできませんでした。

ゆうだちにもしまかぜにも、やまとさんたちにもながとさんたちにもいっぱいごめいわくかけました。

いっぱいいっぱいごめんなさいしました。

みなさんよくがんばったっていってくれました。

ゆきかぜはなにもできなかったけどよくやったって。

いみがわかりませんでした。

しれぇにあいたいです。

おはなししたいです。

 

 

――提督評価

 

 

おそらくはとても辛い事があったのだと推察出来るのですが、貴女の判断に一任したのは私です。

其処にどんな結果が伴おうと、責任は私にあります。

加賀さんを助けられたのですね。

今の貴女には意味を見出せないのかもしれませんが、其処で見捨てる選択を取らなかった貴女を好ましく思います。

それから、長門さんの鎮守府の提督とお話させていただきました。

いろいろとお勉強させていただきましたが、これだけは皆さんにお伝えしたいと思います。

私の揮下になってしまったばかりに、要らない苦労を掛けてしまいました。

もっと良いやり方があったにも関わらず、私の無知で皆さんにその道を示せませんでした。

本当に、貴女達には貧乏くじを引かせてしまった事を申し訳なく思います。

ですがそんな私の我侭に、もう少し付き合ってください。

早く貴女の顔が見たいです。

お話を聞かせてほしいです。

 

 

 




後書き


さぁ、選んでみろよ幸運艦(ゲス顔

いえ、そうそう毎回雪風にばっかり主人公補正はあげられないと申しますか、あくまで駆逐艦の雪風には出来ることと出来ないことがあると申しますか……
書いてるときは楽しかったんですが後で文字数見直して焦りました。
話が進まない進まないorz
既に前後編の筈が三話になっていたためもう一話あ号作戦続けるのはだれそうなので、大和サイドのボス戦を削ってます。
いろいろ考えてたんですけどねorz
実はこのSSでは海戦もどきを書くときの『下準備』が一番時間掛かってます。
もどきの癖に生意気なのはもう本当に承知しておりますがorz
陣形と船速と装備品と射程と距離、其処に艦載機の航空戦とか加えたらもうアホの子たる私の頭はパーンってなります;;
この辺りは本当に何とかしたいところです……
ちょっと先輩方のいろんな艦これSS読み込んでその編の処理と表現をぱく……お勉強しようかなと思っています。
お勧めあったら教えてください^^

そしてこの後のことを考えると加賀さんはやっぱり出さないわけに行きませんでしたw
すいません格好つけました。
加賀さん好きすぎて出したくて仕方ありませんでしたw
基本的にこの話を書きながら次の話を考えるというペースなので長期的な展望は空っぽだったりします。
元々妄想妖精さんの暴走だしチカタナイネ!
なので今後も何も有ったものではありません。
本当は二話も早く出る予定でしたしねー加賀さんもorz
そして何時になったら出せるんだこの子はっていう方がもう一人いらっしゃいます。
誰かは秘密w


現在本編攻略は3-4、4-4に入りました。
4-4はまだあまり本腰入れておりませんが、3-4はボスの喉元まではいけました。
ただし真ん中のルートに出てくるフラ戦エリ戦艦隊が鬼門。
三回ほど処に迷い込みましたが、戦績は常に其処で追い返されています。
ワンパンで加賀さん大破13時間→金剛さん大破八時間→加賀さん十四時間を三日連続で喰らうと心がぽっきりですw
あ、後潜水艦三隻来ました。一人まるゆなんで戦力的にはあれですけど、海外艦へまた一歩前進です。
ただし榛名さんがまだきません。
探してるんですが本当に来ません。
海外艦のための遠征を艦隊ライン三本でこなすのはきついよ……orz




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