ルーマニア帝国への道   作:アサシン・零

1 / 1
よろしく。


1931年編
1931年 第1話「激動の始まり」


1931年 「6月」上旬

 

アサシン皇帝陛下が皇太子から即位なされたという新聞がルーマニアで広まった。ブカレストの民は、喜んだ。隣のユーゴスラビアにとっては、衝撃的だった。前皇帝陛下オリジンが亡くなって早めの3ヶ月。どうしてこんな事になったかというとカロル1世が逃亡。その子、カロル2世が帰国した際にオリジンがルーマニア王国を占拠。アラガムス条約でオスマン「トルコ」の領土を半分手に入れた。更にオーストリア=ハンガリー帝国おいて宣戦布告した結果。巧みなる戦略と命令で勝利。事実、イギリスや日本に次ぐ帝国となった。ちなみに、オーストリア=ハンガリー帝国は、全土割譲した結果がこれである。寒い地域においては、寒冷地の軍略保険命令がなされた。こうした政治がルーマニアを更に強くした。

キルス・アンダー中佐は、こう言った。

「ユーゴスラビアに宣戦布告すべきです。」

こうして、ユーゴスラビア攻めは、決まったもののいまだ戦略を考えていたアサシンは、こう考えた。

「まずユーゴスラビアについて陸軍と話したい。」

「ゼクロス・ドラゴン中将を呼べ。」

こうして、ユーゴスラビア攻めは、決まった。

アサシンの今回の戦略は、こうだった。

「3師団上陸したら俺の決定を待て。」

「挟撃するぞ。慎重にな。」

こうして、この2年後に宣戦布告するとみんなが一致して決定した。そもそもオーストリア=ハンガリー帝国宣戦でみんな疲れが貯まっていた。なので緊急措置をとっても、半分ぐらい、イタリアにごそっり向かった。そう、油断してるとイタリアが来てしまうのだ。なので内密に事を進め、内政に政策を置いて押し進めた。なかでもジャガイモやタマネギなどの裁判が盛んになったり川の洪水が減ったりして人が感謝しかできない。そんな時代が訪れたのだ。隣国のユーゴスラビアに気を付けつつ、内政を押し切り。そろそろ仕事になった。まず商業だが特別な料理には、エゴを亡くした。風俗店などは、しっかりと内戦だとしてこれを鎮圧・制圧からの処分とした。ルーマニアの軍歌が響きわたる。まず病気についてもアサシンは、取り組んでいてもうガンを治せる領域まで達成した。そのおかげで薬は、ドイツからたびたび高値で売れたのである。最後に軍需工場や民主工場などの管理を徹底的に行った。当分、かかりそうだ。まあ、こんな時代にルーマニアは、帝国として、進化を遂げたのである。そして、そのゴールは、おいしい物なのかは、謎である。

 

 




お疲れ様。眼は、休んでね。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。