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軽く前回のあらすじを紹介すると、葛葉は今回の大雨の犯人を探すべく豚と共に雨雲の発生源に向かった。そこにいたのは『レユル』と『カール』という魔族がいた。彼らが降らせていた雨には特殊な催眠効果があり、その雨を少しでも浴びた人間を無意識に集めさせ程た。その中には何とひまわりもいた。葛葉は必死にレユル達と戦い、皆の催眠を解いた。しかしその影響でひまわりが体調を崩し学校を休んでしまった。葛葉は自分のせいだと思い、看病していたがふとこぼした言葉をひまわりに聞かれてしまった。
「…さっきの言葉って何のこと?」
しらを切ろうとするもひまわりの目を見て気圧されてしまった。
「ひまが体調崩したのって、葛葉に関係あるの?」
「昨日、学校帰りに姉ちゃんの肩が濡れてたからそのせいかなって…。」
雨に濡れていたのは本当のことだ。葛葉は嘘をつくときは本当のことを混ぜると良いと昔兄に言われたことがある。
「…。」
「(納得してくれたか…?)」
「それじゃ、巻き込んでってどういうことなの…?」
もう言い逃れることができない、葛葉はそう思った。すると。
「〔ラグーザ様、大変なことが!〕」
豚から報告が入った。
「姉ちゃん。ごめん、今はまだ安静にしてて。治ったら話すから。」
そう言ってひまわりの部屋を出て行った。すぐに自分の部屋へと戻ると、豚が驚いた顔でこっちへ向かってきた。
「どうした。」
「これを!」
豚が渡してきたのは一枚の手紙だった。
「何だ、これ。」
そこには『これは始まりである。』とだけ書いてあった。
「カールを強制送還術で送った後に入れ違うように出てきたんです。」
「どうやら大変なことになっちまったんだな。」
「というと?」
「昨日のが始まりなんだろ?てことはこれからもああいうことが起きてくるってことだろ。」
「昨日みたいなことが…。」
葛葉は悩んでいたことについて一つの結論を出した。それはこれからにおいてとても大事なことだった。
「俺さ、姉ちゃんに正体打ち明けるわ。」
「なっ⁉︎」
「こうなった以上、ただの人間として守っていくのは難しいだろうし、どこかでバレる。なら今の内から自分で行ったほうが良いだろ。」
「…何言ってるんですか。」
豚の声のトーンが少し下がっていた。
「正体を明かす?守っていく?…何を言ってるんですか。」
これは豚が本気で怒っている時の声だ。
「相手は助けてくれたとはいえただの人間ですよ?それに自分たちが魔族って明かしたらどうなると思ってるんですか!拡散されて、晒されて、見せ物にされて…。」
「姉ちゃんはそんなことしねぇ。」
「何でそう言い切れるんですか。会ってまだ1週間ほどですよ?」
「姉ちゃんだから。」
「いつの間にあれと仲良くなった気でいたんですか。」
「なぁ、姉ちゃんのことをそれとか、あれって呼ぶんじゃねぇよ。」
葛葉が豚を睨む。
「何ですか、そんなに姉弟ごっこが楽しいんですか?」
その瞬間、葛葉は豚を掴み上げた。
「そんなに俺を怒らせたいか?」
「ぐっ、さすがに今回は呆れているだけです。」
しばらく黙った後、豚を離した。
「ケホッ。」
「じゃあ良いよ。あとは俺だけでやる。お前は帰って良いよ。」
「…少々わがままが過ぎるのでは。」
「こうも考えが違うのは初めてだな。」
「分かりました。ではワタシは魔界に帰ります。」
「好きにしろ。」
豚が黙って自分の荷物をまとめ始めたのを横目に葛葉は部屋を出て行った。リビングへ戻ると、ドーラがテレビを見ていた。
「おっ、どうじゃった?」
「うん。さっき一回目を覚ましたよ。」
「ほう!で、なんて?」
「まだちょっと体が重いってさ。」
「そうか。それで、今度は何が心配なんじゃ?」
「えっ。」
葛葉は周りから言われて初めて自分がそういう顔をしていることに気づいた。
「さっきまではひまわりのことが心配そうじゃったのに今度はまた別のことが心配なんじゃな?」
「そんなことないよ。何なら姉ちゃんが良くなってて嬉しいよ。」
「あぁ、それはわしも嬉しい。」
「…。」
「葛葉。」
「なに?」
「なんかあったらわしに言ってな。ここじゃわしがお前の母さんじゃからの。」
「…うん。ありがとう母さん。」
ドーラの言葉に頷きながら豚のこととひまわりのことに頭を抱えていた。
「葛葉。」
ドーラに呼ばれ顔を上げると、自分が座っているソファーをぽんぽんと叩いている。
「…どうしたの?」
「良いから。」
葛葉はその動作が意味することを理解していた。
「いや、恥ずいよ。」
「座るだけじゃろうが。」
「…。」
葛葉は恥ずかしながらもドーラの隣に少し間を空けて座った。すると何故か体がポカポカしてきた。
「葛葉は顔に感情が出やすいんじゃな。」
「そう…?」
「さっきも今も何か悩んでる時に顔にはっきり出ておったもん。ひまわりのことやここでの生活のことか分からんけど、話してみると意外に楽になったりするもんじゃよ。」
「…。」
葛葉は一部話を置き換えてドーラに打ち明けた。
「なんか、その…、俺の召使い的なやつと超久しぶりに意見が合わなくてさ。今までも俺が意見を押し通してアイツがしょうがなく付いてきたみたいな感じだったんだけど、今回はアイツが珍しく反対してきてさ、でも俺は俺の考えを曲げることが嫌で…。」
ドーラは静かに頷きながら葛葉の話を聞いていた。
「その召使い殿と喧嘩してしまったんじゃな。」
「喧嘩っていうのかな。」
「意見が合わずにお互い苛立ってしまったんじゃろう?」
「そうなんだけどね。」
「良いことじゃないか。」
「えっ?」
「喧嘩をする、意見が合わなくて反発し合う。良いことじゃ。大事なのはその後じゃ。その後どうするかが重要じゃ。ずっと相手が悪いって思って自分のことを正当化してしまうことがダメなだけで、冷静に相手の言い分を理解することが大事なんじゃ。」
「…。」
「今は相手の言い分を思い返して理解するときじゃ。」
「そう、か。」
「どうじゃ、相手の言ってたことも理解できるか?」
葛葉はもう一度豚が言っていたことを思い出す。確かに自分が魔族だと伝えた場合のデメリットも分かる。
「…アイツは俺のことを心配して反発したのか。」
「わかったのならよかった。」
「ありがとう母さん。ちょっと出かけてくる!」
葛葉はソファーを勢いよく飛び立ち、家を出て行った。
「気をつけるんじゃぞー。…ふふっ、やっぱり顔に出やすいのう。」
ドーラは悩みが解けて出かけて行った葛葉のすっきりとした顔を思い出し、笑っていた。
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勢いで家を出たものの豚がどこへ行ったかなんてわかるはずがなかった。葛葉は周りに誰もいないことを確認し、空へ飛び上がった。
「『千里眼』!」
空から豚のことを探すが、本体どころか魔力の痕跡すら見つからない。
「あいつ、どこまで行きやがった。」
葛葉は思いつく場所に向かった。着いたのは豚を見つけた路地裏だった。
「豚〜?」
薄暗く、曲がりくねっており奥まで見えない。その入り口で豚を呼ぶ。
「また行かなきゃなんねぇのか…。」
葛葉が恐る恐る足を進めていく。その時、葛葉の足元で何かが動いた。
「だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
大きく後ろに飛び跳ね奇声をあげた。
「ってまたあの時の猫かよ‼︎」
「ネ〜ゴ…。」
「なんだその脱力し切った目は。お前さては豚か?」
「その子は豚じゃ無いよ。」
突然人の声がした。驚いて振り返ると自分と同じくらいの人間が立っていた。
「その子は猫の『ロト』。僕の飼い猫さ。」
「ネ〜ゴ…。」
ロトは飼い主に駆け寄り抱き抱えられた。その姿を葛葉はじっと見ていた。
「こんなところで何か探し物でもしてたんですか?」
話しかけられてふと我に返る。
「あっ、えっと。俺もペットを探してて。」
「逃げ出しちゃったんですか。」
「そうっすね…。」
「何か特徴ありますか?」
「えっ?」
「僕も探すの手伝いますよ。」
正直、探すのを手伝うと言われ助かると思った葛葉だったが、自分が探しているのが喋る豚だということに気づき断った。
「そうですか…。」
「手伝わさせるのも悪いんで。」
「ここら辺だと猫は結構いるんですけど、あっちの学校の裏の山とかだといろんな動物がいますよ。」
「そうなんですね。」
「さっきも子豚が歩いてましたもん。」
「えっ⁉︎」
豚の情報に思わず声が出てしまった。
「…ペットって子豚だったんですか?」
「まぁ、はい…。」
「(まずい。豚飼ってる人間なんて普通いねぇ!)」
「…面白いですね。」
「え。」
「普通の人で豚飼ってる人初めて見ました。家が農家とかですか?」
「いや、普通っすね。」
「珍しいですね。」
「そうですよね…。」
「僕が見た時はちょうど山の入り口辺りにいました。5分くらい前なんでそう遠くは言ってないと思います。」
「ありがとうございます!」
葛葉は急いで山へ向かう。
「そうだ。名前教えてください!」
葛葉は振り返り自分の名前を言った。
「葛葉っす!」
そう言うと山に向かって走っていった。
「…葛葉ね。彼とはいろいろありそうだね。」
抱えていたロトを下ろす。
「見張っといてねロト。」
「ナゴ。」
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言われた山は昨日リユル達がいた山だった。
「アイツなんでここに。」
葛葉はそのまま山を登っていく。しばらくすると少し開けた場所に出た。
「いい景色だな。」
そこからはひまわりの学校と街を一望できた。葛葉は微かに魔力を感じた。ここよりも上の位置から発せられていた。
「豚か。」
周りを確認し一気に山頂まで飛び登る。やはり豚がいた。
「何してんだ。」
「…!ラグーザ様。」
葛葉は羽をしまい豚に近づく。
「魔界に帰る準備ですよ。」
「簡単には帰れないはずだろ。」
「ワタシ1匹くらいなら行けます。」
豚の周りには書き途中の小さな魔法陣と来るときに持ってきていたリュックがあった。
「本気で帰る気なのか。」
「好きにしろと言ったのはあなたでしょ。」
葛葉に背を向けながら黙々と準備を続ける豚。
「…まぁな。」
「わざわざ見送りに来たんですか?」
「ちげえよ。俺は…。」
「…。」
自分の言いたいことを言い出せずにもたもたする葛葉。
「お前の言ってることにも一理あったなって、思ったんだよ…。」
作業していた豚の手が止まる。
「確かに俺が魔族だって伝えて何一つ安全だなんていう証拠は無い。これは俺が俺を信頼してくれてるひまわりさんを信頼してるからそう思ってるだけなんだ。」
「…。」
「だとしても。俺はあの人に受けた恩を返そうと思ってる。俺にしかできないことで返すべきだと思ってんだ。」
「…それにどんな支障があれどですか?」
「あぁ。」
「初めて自分で自分の非を認めたかと思ったら、結局わがままはそのままですか。」
「お前が手伝ってくれれば、その、俺は助かる、っていうか…。」
豚は大きくため息を吐いた。
「ワタシは手伝わないなんて言ってないですよ。人間に正体を明かすのが納得いかないだけですから。ただ、そこまでしてやり遂げたい何かをラグーザ様自身で見つけたという喜びが勝ってしまいましたね。」
「どういうことだ。」
「思っていたよりも早く成長してるってことです。」
「成長…。俺が?」
「とりあえず色々報告したり確認したり、やることができたので魔界には一度帰りますね。」
「報告って、父上に⁉︎」
「そうです。こっちでしばらく暮らすというラグーザ様本人の意志も伝えておきます。何か問題でも?」
「いや、問題しかないだろ。簡単に父上が許すとは思わないんだけど。」
「ラグーザ様自身で決めたことですし、大丈夫でしょう。」
豚は魔法陣を描き終えて少し後ろへ下がる。
「『ポータル』。」
地面の魔法陣が光だし人間界に来た時の入り口に似たモヤモヤしたものが開いた。
「これで一応帰れるのか。」
「今のワタシだとこれが限界ですね。あんまり維持もできないのでもう行きますね。」
周りに散らかった荷物をリュックに詰めてポータルに入っていく。
「あ、そうだ。正体を明かすのはラグーザ様に任せます。くれぐれも気を付けて。」
「あぁ。父上によろしく。」
豚が入った後、ポータルは弱々しく消滅していった。葛葉は覚悟を決めて家へ戻った。
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「ただいま。」
リビングへ入るとさっき座っていたドーラの隣にひまわりがいた。
「おかえり葛葉。ひまわりが起きてきてな、お腹減ってたらしいから軽く食べれるものを作ったんだ。」
「母さんが作ったの?」
「わしはひまわりに言われた通りにしただけじゃ。」
「それでも作れたのはすごいね。で、何これ。」
「これはね…。」
ソファーに深くもたれこんでいたひまわりが体を起こして説明しようとする。
「いいよ姉ちゃん、そのままで。」
「そう?」
「だってまだ調子悪いんでしょ。」
「う〜ん、ちょっとまだぼーっとしてるくらいだよ。」
「どこか痛いとことかは?」
「もう大丈夫だよ。それにドーラの作った『おかゆ』があるし!」
「そうそうおかゆっていうんだ。お米をトロトロになるまで煮込むんだ。」
「へぇ…、美味いんすか。その、見た目的に。」
「それが美味いんじゃ。」
「あ、葛葉も食べる?」
そう言って持っていたスプーンですくって葛葉に向ける。
「あ、いや、それ…。」
「ん?あっ、ごめん!これじゃうつっちゃうよね…。」
「いや、まぁそうっすね。っていうか良いよ。俺らまだ昼飯食べてないし。」
「そういやそうじゃったな。どうするか。」
ドーラがソファーから立ち上がりキッチンへ向かい、何か探し始める。
「ごめんね、ひまがご飯用意できなくて。」
「体調悪いんだししょうがないよ。」
「一応築にはカップなんちゃらがあるって言われたんじゃが…、あれどこだ。」
「あ、それなら流し台の下のとこに入ってるよ。葛葉見てあげて。」
「お、あった。」
葛葉がキッチンの方を覗くと、大きな袋に入った色んな種類のカップ麺があった。
「これ食べ物なんすか。」
「築曰くそうらしいぞ。」
「それはね、『インスタント麺』って言ってお湯を入れるだけでラーメンとかうどんができるんだ。めっちゃ忙しい日とか、時間がない時とかにすぐできて便利なの。」
「へぇ〜、面白いな。」
「ひまわり、お湯ってさっきの方法で良いのか?」
「うん、そこのやかんに水足して使って。」
「俺これにしよ。母さんは?」
「ん、わしはその赤いやつでいいや。」
ドーラはやかんを火にかけ、葛葉はその間に準備をし始めた。
「えーっと、書いてある通りにやると。俺のは開けるだけっすけど、母さんのは粉スープってのが入ってたんだけど。」
「粉スープは先入でいいんだよ。」
「じゃ、入れます。後はお湯入れるだけだな。」
「沸いたらわしが入れておくから、テーブルの準備頼んだ。」
「任せてくだせぇ。」
葛葉はササッと食べる準備を進めていると。
ヒュイーー!
「おわっ!何の音っすか。」
「あ、お湯が沸いたんだよ。」
「わしも最初はこの音に驚いた。さ、持っていくぞ。」
お湯を入れそれぞれの前にカップ麺がきた。
「俺のは3分だけど、母さんのは5分なんだ。」
「葛葉はそれにしたんだ。ひまはねドーラの方が好きなんだ。」
おかゆを食べ終えたひまわりが葛葉の隣に座る。表記された時間を待っていると葛葉のが先に出来上がった。
「母さんのはもうちょっと時間かかるんだね。」
「そうじゃな。先に食べていいぞ。」
「じゃ、いただきいます。」
蓋を開けるとさっきまでカサカサになっていたのがふっくら美味しい匂いを纏っていた。
「うおっ、すごいな。」
箸で麺と具を混ぜ、口に運ぶ。
「…、めちゃうめぇ。」
「でしょ!美味しいよねぇ。」
止まらず食べ進める葛葉。それを羨ましそうに見ていたドーラだったが、気付けば自分のも出来上がっていた。
「どれ、わしも食べよう!」
蓋を開けると大きな茶色の四角いものが目に入った。匂いはとても美味しそうである。
「何じゃこれ。」
「これはね、油揚げって言ってこの『きつねうどん』には欠かせない食べ物なんだ。」
ドーラはその誘惑に負け、ゆっくりと油揚げをかじる。
「あっつ!美味い!」
「あはは!火傷しないようにね。それスープいっぱい吸うから。」
それからドーラも葛葉も夢中で食べ進めた。
「ふ〜、思ったよりも美味しかったな。」
「まだまだいっぱいあったし、次も楽しみじゃな。」
「これ美味しいけど食べすぎると体に悪いんだよね。」
「そうなんだ。」
「あ、ひまわり。また少し寝ると良いぞ。」
「なんで?」
「今は結構良くなってきたと思うからもう一回くらい寝れば完璧に治ると思う。」
「じゃあ4時くらいまで寝るね。起きたら買い物に付き合ってね。」
「あぁ。」
ひまわりはそのまま2階へと上がっていった。
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その様子を仕事の合間に確認していた築。
「全然普通に過ごしているんだよなぁ。」
何一つ不審な動きをしない2人に勝手に監視し続けている罪悪感をずっと感じていた。
「社くん、ちょっといいかね。」
聴き慣れた声に背筋がゾワっとする。
「な、なんでしょう。課長…?」
絶対昨日のドーラについて言われる、そう確信した。
「なんだか昨日は申し訳ないことしてしまったね。あんな美人な嫁さんが迎えにきてくれたのに無理矢理残業させようとしてしまって。」
いつもは自分の間違いを絶対に認めない課長が頭を下げてきた。
「い、いや課長!大丈夫ですよ!」
「昨日彼女相当怒っていたから、これからはもっと社員のことを思うようにしようと思ったんだ。」
「そうなんですね…。」
気持ち悪いくらいに課長が変わった。ドーラが、あの一瞬で人を変えた。
「それでな、我が部署の業務活動を見直そうと思ってさっき社長に直談判したんだ。」
「えっ⁉︎」
とんでもない行動力。
「そしたら新社員も入ることが決まって、残業手当と勤務時間にも変更が許されたんだよ!」
「よかったですね…。(ドーラさん、あなたの一言で会社が大きく変わりました。)」
課長はその場で社員一同に変更点を説明し始めた。
「ってことがあったんだよ。」
ここはチャイカのバー。築は今日あったことをチャイカに話した。
「だからアンタの帰りが早かったワケね。この時間に来るなんてあり得なかったもの。定時が早くなったのは嬉しい?」
「ん〜、定時を早くして週に3時間以上の残業するようになったけど。嬉しいまではいかないけど、予定に合わせて帰れるから良いっちゃ良いかも。」
「そう、ならよかったじゃない。アンタの心配してる家に早く帰れて。」
築は飲んでいた烏龍茶をそっと置く。
「それがさ、何も起きないんだよ。」
「あら、良いことじゃない。それとも何か起きて欲しかったの?」
「何も起きないとただプライベートを覗いてるだけなんだよ。」
「覚悟決めてそうしたんじゃないの。」
「そうなんだけどさ、あの人たちはそんな悪い人たちではない気がするんだ。」
「へぇ〜…、なにかあったの?」
「いや、家事をやらせてるんだけどその中でドーラさんがひまわりの料理の手伝いをしてくれてるんだよ。この前嬉しそうに俺の分の夕飯を作って置いてくれてたんだ。それがひまわりが作ったのと同じくらい美味かったんだ。」
「それひまちゃんが作ったやつじゃないの?」
「俺がひまわりの料理を見分けられないとでも…?」
「そうかアンタイカれた娘溺愛野郎だったわ…。」
築は残ってたお茶を飲み干し、話を続け始めた。
「てことがあってね、明日また帰りに寄るからその時返すわ。」
「あら、もう帰るの。」
「時間も夕飯時に間に合いそうだしさ。」
「じゃ、また明日。」
カラーン…
築が帰った後、片付けを始めるチャイカ。
「…勝手に会いに行ったら怒られるかしら。でも気になるのよね、社の周りから感じるあの魔力が誰のものなのか。」
チャイカはドーラの正体を疑っていた。
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葛葉が洗濯を終えリビングでドーラと畳んでいるとひまわりが起きてきた。
「どう体調は。」
「さっきよりも全然良い感じ!」
「よかったね姉ちゃん。」
「じゃあこれ終わったらみんなで買い物行くか。」
「早く終わるようにひまも手伝うね。」
3人で洗濯物を畳み、買い物の準備をして出掛けた。
「今日はなにを作るの?」
「そうだね〜、ずっと寝てたからなにも考えてないや。」
「ひまわりも病み上がりなんだし、あんま重いのはやめとくか?」
「そうなると、お魚にしよう!」
色々考えているうちに商店街へ着いた。
「えーと魚屋魚屋…。」
「ひまちゃん〜。」
「あっ、お魚屋さん!」
「いらっしゃい!おっなんだか見ない顔だね。」
「えーと、こっちが弟の葛葉でこっちが…。」
「母のドーラじゃ。」
「あら〜、外人さんか。社さんいつの間に再婚してたのさ。」
「…そ、そんなことより今日ひま調子悪くて寝てたんだ。だから病み上がりにでも食べれるお刺身無い?」
「大丈夫か?そんならこの辺だと油もクドく無いしタンパクで美味いぞ。」
ひまわりと魚屋が話す様子を何か引っかかったように見るドーラ。
「どうかしたの。」
「あっ、いや大丈夫。」
「あのさ、姉ちゃんがドーラさんのことを『ママ』って呼ばないのは…。ごめん今の無し。」
「分かってる、今のわしじゃ本当の母親の代理にはならんのだろう。ただの名称にしかすぎないその呼び方に、なぜか執着してしまってるんじゃ。」
「無理に考えなくたって良いんじゃない?」
「え…?」
「こんな生活してる人なんか他にいないっすよ。本当の家族の中で違う奴らが混ざって生活してるなんて。だから母さんがそう呼ばれたいって思うのも分かるし、姉ちゃんの中でそう呼べないってのも分かる。」
「葛葉…。」
「無理に考えて焦る必要は無いよ。」
「ありがとうね〜!」
「毎度!気をつけて帰んなよ!」
「うん!なに話してたの?」
「いや、すっかり治っていつもの姉ちゃんだなって。」
「話してたら楽しくなってきちゃった。」
「それは良かった。ほら行こ、母さん。」
「(焦らなくたって良い、か)あぁ、そうだな。」
3人並んで仲良く帰路につく。家に着き玄関を開ける。
「ただいま〜。」
「あっ、おかえり…。」
「え?」
「なんでパパいるの!?」
「まだ5時過ぎっすよ!?」
「今日は早いんじゃな。」
「あ〜、それについてはこれから話すよ。」
とりあえず買ってきたものをキッチンへ運び社の話を聞く。
「えーと話の発端は昨日のドーラさんなんだけど。」
「え、わし?」
「昨日俺を迎えにきた時、ドーラさんが話した人覚えてます?」
「あぁ、あの腹立つ奴な。」
「その腹立つ人、俺の上司なんですよ。」
「上司?」
「パパよりも偉い人のこと。」
「…えっ!」
「まさかリストラ?」
「いやいや無い無い!怖いこと言うな!」
「良かった。」
「あれがきっかけでその上司がマルっと変わちゃってさ。あ、良い方にね。それで業務活動、時間、残業等の変更が入ってなんと定時で上がれちゃったっていう。」
「母さんすげぇな。」
「え、いやわしなにもしてない…。」
「凄いじゃんドーラさん!」
「だから早く帰ってこれたわけね。でもさっき帰ってきた感じだったけど、それまでなにしてたの?」
「ん?あぁ友達のとこ寄ってきたんだ。」
「チャイちゃんのとこ?」
「そう。あ、心配するな酒は飲んでないぞ。」
「チャイちゃんって誰じゃ?」
「パパの友達で面白くてすっごい可愛い人!バーやってるんだ。」
「今度みんなで行くか。」
「それいいね!」
「(なんかモヤッとするんじゃよな…。)」
社の話も終わりそれぞれやることを始めた。
「ひまわり良くなったみたいだな。」
「うん!今日は2人がみててくれたからね。」
「そうか。ありがとうね、2人とも。」
「いえいえ。」
「あ、ひまわり!わしもなんか手伝おう!」
さっきのが無かったようにひまわりに寄り添うドーラを見て一安心すると同時に、自分がこれから言わなきゃならないことを思い出した葛葉。どう話すべきか考えるため、一度部屋に戻った。
「葛葉〜、ご飯だよ〜!」
それからしばらく時間が経った。下からいつもと変わらないひまわりの声がする。
「すっかり治ったな…。」
どう打ち明けるべきか悩んでいたけど、どうやったって混乱を招くはず。だからってサラッと打ち明けることでは無い。今後に関わる大事な話だ。なんて思いながら階段を降りていく。
「さっ、ご飯にしよ!」
「うん。」
「葛葉〜、これ運んでくれ。」
「ドーラ、それ俺が運ぶよ。」
葛葉はこんな時間がこれからも続けば良いのにと思い、軽く微笑んだ。
「なんで笑ってんの?」
「なんでもないよ。腹減った、早く食べよ!」
「ふふっ、どうしたの葛葉?」
「ひまわり、みんな揃ったから食べるぞ。」
「は〜い。」
「それじゃあ、いただきます!」
「今日はひまが病み上がりだからお刺身だよ。」
「お刺身ってなんじゃ?」
「これはね、The日本食と言っても過言じゃない料理で新鮮な魚を丁寧に下処理して薄く切った料理なんだ。この醤油につけて食べると美味しいよ。」
「どれどれ…、おっ!美味い!」
「ドーラさんも好き?」
「わしは肉の方が好きじゃが、この刺身は肉と同じくらい好きじゃぞ!」
「さすがいつものお魚屋さんだな〜。ドーラさんも好きになっちゃうんだから。」
「あの人の刺身食べちゃったら他の刺身じゃ何か足りないって思うよな。葛葉も、美味いだろ?」
「家だと刺身なんて出たことなかったんで、初めてですけど美味い…。」
「えっ、食べたことなかったの?」
「魚料理は出るんすけど、生は無かったっす。」
「そうなんだ。なんかこうやって皆揃ってご飯食べれるって良いね。」
「そうだな、これからは休日だけじゃなくて毎日この時間に食べれるんだからな。」
「ありがとうね、ドーラさん。」
「わしはなにもしてないんだって!」
ドーラのなにも意図していない働きにより社の会社が大きく変わった。その話をしながらいつもより賑やかに時が過ぎた。それから片付けをし、順々に風呂を済ませていった。
「ふぅさっぱりした。あれ、まだいたんですかドーラさん。」
最後に社が風呂から上がってくるとリビングにドーラが座っていた。
「あぁ、昨日飲んだコーヒーがまた飲みたくなってな。」
「あ、じゃあ俺も飲も。」
「わしやるよ。コーヒー淹れるの慣れたいし。」
「良い?ならお願いするよ。」
ドーラがキッチンでお湯を沸かしながら社に話をし始める。
「なぁ築。」
「はい?」
「お前は、ひまわりがわしを『母』と呼ばないことに気付いておるか?」
「…はい、でも!」
「良い。わしもなんとなくは分かっておる。買い物行っている時に葛葉に言われたんじゃ。焦るなって。」
「ドーラ…。」
「昨日の今日でわしらの関係に慣れろという方が難しいんじゃ。聞いていれば、築も葛葉も度々話し方が戻っておるし。」
「それは、すみません。」
「ほらな。」
「あっ、ごめん。」
「こういうのも含めて焦らないようにするにはどうすれば良いのか。わしなりに考えてみたんじゃ。」
沸いたお湯を注ぎ、できたコーヒーを築のとこへ持っていく。
「ありがとう。」
「で、その答えが。」
「ゴクリ…。」
「順序を踏むべきだと。」
「そういう感じね。」
「まだぎこちないのはお互いに壁があるからじゃ。その壁を少しずつ壊せば良くなるんじゃ。」
「その壁って、俺含めた他3人分ありますけど。」
「確かに…。じゃあまずは築からで。」
「なにするんですか?」
社はコーヒーを飲みながらドーラの答えを待つ。
「わしの、本当の姿を見せよう…。」
「…えっ?」
社は飲んでいたコーヒーの味が一瞬で無くなった。
コンコン…
「姉ちゃん、入っていい?」
葛葉は覚悟を決め、ひまわりに真実を打ち明けに部屋を訪ねた。
「いいよ。」
部屋に入ると学校の準備をしているひまわりがいた。
「明日からは行けそう?」
「うん、今日ずっと寝てたからまだ眠くなくて。葛葉が来るなんて、どうしたの?」
葛葉は静かに深呼吸をする。
「姉ちゃんさ、俺が治ったら話すって言ったの覚えてる?」
ひまわりの手が止まる。
「その話をしにきたんだ。」
「…分かった。」
そういって準備していた鞄を横にどかして葛葉の話を聞き始める。
「まず、今日姉ちゃんが体調崩したのには俺のせいなんだ。」
「どういうこと?」
「昨日、急な大雨が降った時。俺が姉ちゃんを学校まで迎えに行った
帰り、姉ちゃんの肩が少し雨に濡れてたんだ。」
「それだけ?」
「あの雨は催眠作用のある魔術でその雨に濡れた人たちが、昨日の夜中に学校に無意識に集められたんだ。」
「…催眠?魔術?なんのこと。」
「操ってた奴らは集めた人達から生命力を魔力に変換した物を吸収してしまった。だからひまわりさんは体調を崩したんだ。」
「待ってよ…、なに言ってるか分かんない。」
いきなり言われた事に当然理解が追いつかずに混乱するひまわり。
「訳分かんないけど、なんで葛葉のせいなの?」
「俺は、助けてもらった恩を返すためにひまわりさんを守るって決めてたんだ。それなのに守れ無かったから。」
「守るってなに…。葛葉になにができるの。」
「とっさでなにもできなかった。ただ力任せに払うだけで。」
「なんでその場所に葛葉がいたの…。魔術ってなに、催眠ってなに、操られたって、魔力って、払うってなに…。なんなの葛葉…。」
ひまわりが不安まじりな顔で葛葉を見つめる。
「俺は…。」
「わしはな…。」
葛葉は背中から羽を出し、目を赤く光らせる。ドーラは火の粉と共に翼と角、尻尾を発現する。
「吸血鬼なんだ…。」
「ファイヤードレイクなんじゃ。」
同時刻、同じ家の中、1階と2階ではそれぞれの正体を明かした。反応は2人とも同じく、理解が追いつかず固まっていた。それは驚きからか、魅せられたからか。それとも恐怖か…。
「わしは人間じゃない。魔界から出てきたドラゴンなんじゃ。」
「…まぁ、普通の人じゃ無いなって思ってましたよ。」
「驚かないのか?」
「俺と初めて会った日もその姿だったの覚えてないんですか。コンビニの上から話しかけられた時、その姿で家に来たときは違う格好だったから気のせいかと思ってたんですけど。これみて納得しました。」
「なんとも、思わないのか…?」
「いや、色々思うことはありますよ。でもただ姿が変わっただけで俺を襲ったり、何かを壊したりはしないだろうなって。」
「どうしてそう思う?」
「今までの行動見てたら分かりますよ。敵意とか悪い人じゃ無いってことくらい。逆に人じゃない方が家に居てて怖く無いまでありますよ。」
社は落ち着いたようにコーヒーを飲む。
「でも、わし火とか出るぞ。」
「でしょうね。」
「飛んでしまうぞ。」
「そりゃあね。」
「怖く無いのか…?」
「え、なんでですか。まるでアニメみたいで俺は好きですよ。」
「えっ好き!?」
ボゥ!
突然の社の言葉に驚き口から火が出た。
「ヒェッ。」
「あ、すまん。」
「ドーラ。家の中でそれ禁止。冗談抜きで燃える。」
「すまん。」
「…吸血鬼って。」
「黙っててごめん。でも…!」
「ごめん、出て行ってくれる。」
ひまわりが葛葉から顔を背ける。
「え…。待ってひまわりさん!」
「今はもう話したくない。」
ひまわりが葛葉を無理やり部屋の外に押し出そうとする。
「まだ、待って!」
抵抗する葛葉。
「出てって!」
バン!
大声で怒鳴られドアを閉められた。閉まり際に見えたひまわりの顔は涙が流れていた。
「…ごめん、姉ちゃん。」
ドアの前で呟く。葛葉はこうなると予想していたことよりもひどい結果に、奥歯を噛み締めて静かに自分の部屋に戻った。その夜葛葉はこれからどうやって話していくべきか考えていたがひまわりの泣いていた顔を思い出し、なにも思いつかなかった。