ONE PIECE エピソードオブ恋姫†無双 無双の姫たちと九人の海賊   作:HAY

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第14話 “節穴”

ゾロと春蘭が天幕を出た後―――

 

「華琳様、本当にあの男を馬超と一緒に行かせて良かったのですか?」

 

「あら、桂花は私の人を見る目が信用できないの?私の目が節穴だとでも言うのかしら?」

 

「そういう意味ではありません」

 

「じゃあどういう意味かしら?」

 

「華琳様に仕官する事を交換条件に馬超を釈放すれば、あの男を手に入れる事ができました。

さらにこの方法ならあの男は人質同然となり、馬超が華琳様を狙う事をほぼ確実に防げるかと」

 

「…桂花、あなたは私にそんな下賤な策をとれというの?」

 

「まさか…軍師という立場上、進言したまでです」

 

「ふふふ…よくわかっているじゃない。ま、確かにこのまま放っておくのは勿体ないけれど…」

 

「そうですな…姉者と互角に戦えるのは、我が軍では私と華琳様しかおりませぬから」

 

「はい、街の警備隊長にでもすれば…」

 

「?何を言っているの桂花?」

 

「え?」

 

「私や春蘭に匹敵する武人なのよ。私の直属の部将にするに決まっているでしょう」

 

「は⁉」

 

「それとも私の身辺警護にでもしようかしら?」

 

「なあァァァ⁉」

 

その言葉を聞いた瞬間、桂花は天地がひっくり返ったかのように驚いた。

 

「いけません華琳様!それでは華琳様のお身体が、常に男の視線にさらされてしまいます!

ましてや身辺警護などにすれば、四六時中あの男が傍に居る事になってしまいます!

そんな事をしては華琳様が汚れてしまいます!

万が一妊娠なんてしたら、どうするおつもりですか⁉」

 

桂花は男という生き物が心底嫌いだった。

それ故、華琳に男が近づく事は、桂花にとって悲劇以外の何でもなかった。

そのため、桂花はそれはもう必死になって華琳を説得した。

 

「あれ程の剛の者との間にできた子供なら、さぞかし腕が立つでしょうね。跡取りにふさわしいと思わない?」

 

「か、華琳様ァ~‼」

 

今にも泣きだしそうになる桂花を見て、華琳は心底楽しそうだった。

…どうも彼女はSの気があるようだ…。

 

(姉者がいなくて良かった…)

 

男が嫌いという訳ではないが、華琳への気持ちは桂花に勝るとも劣らない春蘭。

もし彼女がこの話を聞けば、自分より華琳に近付く者が現れるというだけで、桂花と同じ様になっていただろう。

 

そのため秋蘭は、今彼女がこの場にいない事に心の底から安堵するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、ゾロと春蘭は馬超が幽閉されている檻がある天幕へ向かっていた。

 

「さっきの勝負、決着がつかなかったのは本当に残念だ。いつか必ず再戦しよう」

 

「ああ、望む所だ。ところで…」

 

「何だ?」

 

「お前らの主と、あいつの母親との間に何があった?」

 

「…………」

 

「おれとお前の勝負は、あいつを釈放する前提で行われたものだ。

それにあの猫耳女が『()()()()首を刎ねて当然』と言っていた。

つまり、あいつは特別に打ち首を免れる事が、すでにあの時点で決まっていたって事だろ?

てめェの首を狙った奴に対する処罰としては、あまりにも寛容すぎるし、話が進むのも速すぎる」

 

「…おいお前」

 

「?」

 

「私は今から独り言を言うぞ」

 

「…………」

 

「数年前、洛陽で大きな宴が開かれた。

中央で働いている身分の高い武官や文官、天子様の一族、大陸各地の州刺史、州牧、太守、貴族が招かれていた。

その中には我が主、曹操様と馬超の母、馬騰様がいた。

 

 

 

 

 

きっかけは天子様の直属の武官、何進(かしん)大将軍の一言だった。

 

『曹操』

 

『何でしょう?』

 

『私は貴様の事を智謀の師と思っていたが、聞けば剣の腕も中々立つそうだな』

 

『恐れ入ります』

 

すると、その話を聞いていた皇帝陛下が…

 

『へえ…ちょっと見てみたいわね』

 

そして、傍に控えていた天子様の侍中が…

 

『曹操殿、良ければこの中の誰かと立ち合って、その腕を披露していただけませんか?』

 

『皇帝陛下の頼みとあらば。では、相手は…』

 

『曹操殿』

 

韓遂(かんすい)殿。お相手してくださいますか?』

 

『いえいえ、私では曹操殿の相手は務まりますまい。しかし、馬騰殿なら相応しいかと思いまして、推薦しようと…』

 

『成程、確かに馬騰なら丁度いい相手であろう。いかがかな?』

 

『お望みとあらば』

 

『お待ち下さい。馬騰殿は既にかなりの酒を飲んでおられる様子。座興とはいえ剣をお取りになるのは…』

 

『なァにこれくらい―――ととと…』

 

『ははは、確かにかなり酔われている様だな』

 

『くくく、剣を取るどころか、まとも立つ事もできていないではないか』

 

『曹操の言う通り、無理はせぬ方が良かろう』

 

『そうね、なら止めましょう』

 

『主上様もこう仰っておりますし、馬騰どのもお下がり下さい』

 

『はい…お恥ずかしい所をお見せしました』

 

『しかし馬騰、その程度の酒で立てぬほど酔うとは、さすがに情けないぞ』

 

『やはりもう年のだろうよ』

 

『馬騰どのもそろそろ家督を譲って、引退するべきでしょうね』

 

『クッ…』

 

満座の中で恥をかいたのを紛らわす為か、馬騰殿はその後かなりの酒をお飲みになった…。

 

そして宴が終わり、馬騰殿は供もつけずに一人で宿に帰ろうとしていた。

その途中で、強く酔っていた馬騰殿は馬から落ち、頭を強打してしまったのだ。

 

そこをたまたま夜間の警備として、見回りをしていた私の隊が見つけた。

その時、馬騰殿はすでに虫の息だった。

 

馬騰殿は死に際に一言…

 

『…酔って馬から…落ちて死んだなどとは…一族の恥……どうかこのことは…皆に…娘達には…言わないで…下さ…い…』

 

そう言って、息を引き取られた。

 

 

 

 

 

その場にいた者には固く口止めしたのだが、しばらくすると妙な噂が広がり始めた」

 

「噂?」

 

「『曹操が馬騰を酔わせ、そこを部下に襲わせた』とな…」

 

「真相を話せばいいじゃねェか?」

 

「我が主は敵が多くてな…。おそらくこの噂は曹操様を陥れようと、誰かが流したものだろう。

だから真相を話しても無駄だ。何より曹操様がそれを許さぬ」

 

「何でだ?」

 

「『西涼にその人在りと言われた馬騰殿の最後の頼み、聞かぬ訳にはいかない』と言ってな。

それに、母親の武勇を誇りと思っている娘達に、無様な死に様を聴かせたくないのかもしれぬ。

…っと、これは私の独り言だったな」

 

「そうか。

 

 

 

 

 

―――だ、そうだが?」

 

「⁉」

 

ゾロの声に春蘭が振り向くと、檻に閉じ込められている筈の翠が膝をついてそこにいた。

 

「キサマ⁉」

 

「悪ィ、勝手に出しちまった」

 

「そんな…母様が…そんなの―――そんなの嘘だ!」

 

「こいつは独り言を言っていただけだ。お前に聴かせるつもりは微塵もなかった。ウソをつく理由はねェぞ」

 

「うるさい!」

 

「…………」

 

「曹操の配下の言うことなんか信用できるか!お前だって―――曹操から褒美を貰えるとかで―――芝居うってるだけだろ‼」

 

「―――っ!貴様、私が嘘つきだと…」

 

「てめェ!もう一遍言ってみろコラァ‼」

 

「「⁉」」

 

ゾロの強大な怒喝に、翠も春蘭も黙ってしまった。

 

「てめェ…おれが芝居うってるだと⁉さっきの…おれとこいつの勝負も、あれも芝居だって言うのか⁉あァ⁉」

 

「―――っ!」

 

自身の真剣な勝負を芝居呼ばわりされる―――それが武人にとってどれほどの侮辱なのかは、翠にもよくわかっていた。

先程ゾロが言った様に、春蘭にウソをつく理由がない事も、ゾロが褒美につられて自分を丸め込む様な男でない事も、よくわかっていた。

 

だが、それでも翠は信じられなかった。信じたくなかった。

それ故、黙ってしまった。

 

「…………」

 

見かねたゾロは、春蘭に自分の刀を1本差し出す。

 

「悪ィが、もう一戦交えてくれるか?」

 

「?」

 

春蘭はゾロの意図はよくわからなかったが、とりあえず刀を受け取る。

そしてゾロは、今度は翠に刀を差し出した。

 

「まだ納得できねェなら、お前が納得できるやり方で確かめろ」

 

「……わかった」

 

翠は刀を受け取り、立ち上がった。

 

ゾロは再び春蘭の方を向き、耳元で話しかけた。

 

「おい、お前」

 

「何だ?」

 

「あいつが仕掛けて来るまで、待っててくれ」

 

「?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゾロと翠と春蘭は陣の外へ移動した。

 

「始めろ」

 

ゾロがそう言うと、翠と春蘭はそれぞれ刀を構え向き合う。

翠は得物が使い慣れている物でないため、迂闊に仕掛けず春蘭の様子を見る。

春蘭はゾロに言われた通り、翠が仕掛けるまで構えて待つ。

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………(何なんだ、こいつ?全然隙がない…。まるで深い林の木立のように、静かな構えで…それに…)」

 

両者はしばらく睨み合うが…

 

(こいつの気…水のように…清らかで…)

 

やがて翠の体が震えだし…

 

(乱れや…濁りが…少しもない…)

 

翠は静かに涙を流し…

 

「うっ…くうう……」

 

その場に静かに膝をついた。

 

―――――あたしの母ちゃんがいつも言ってたんだ。『武術というのは正直なものだ。心に嘘や偽り、やましいもや悪いもの、邪なものがあれば、対峙した時に気の濁りとなって現れる』ってな

 

「…本当…なんだなっ…!」

 

「納得したか?」

 

「?」

 

「こいつはお前の構えを見て、お前がウソをついていない事がわかったんだ」

 

「母ちゃん…ちくしょう…!」

 

「そうだろ?」

 

膝をつき涙を流す翠に、ゾロは歩み寄る。

 

「ゾロォ‼」

 

翠は思わず、泣きながらゾロの腰に抱き着いた。

 

「うわあああァァァァァ……!」

 

「…………」

 

ゾロは翠が泣き止むのを黙って待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、ゾロと翠は迷惑をかけたお詫びとして、春蘭に武闘大会の賞金をいくらか渡して、曹操の陣を後にした。

また騒ぎになると厄介なので、2人は夜通し歩いて陣から離れる事にした。

 

そして明け方―――

 

「西涼に帰る?」

 

「ああ、ちょっと頭を冷やしたいし、母様の事…妹達と話し合いたいから…」

 

「そうか…じゃあそこまでの道案内、頼むぜ」

 

「ああ、じゃあそろそろ寝るか…さすがに眠くなってきた…」

 

「ぐこ~…」

 

「ええ⁉寝るの早っ!」

 

「ぐこ~…」

 

(…それにしても…コイツ、どこまで強いんだ?)

 

翠はゾロがやった()()()を思い出し、そんな事を考えながら眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は少々遡り、ゾロ達が去った直後の曹操陣。

 

「夏侯惇様ー!」

 

ゾロと翠を見送った春蘭が華琳の下へ向かう途中、数名の兵士が慌てた様子で声をかけてきた。

 

「どうした?」

 

「大変です!昼間、曹操様を襲った女が…」

 

「ああ、その事ならもう済んだ。あの女は釈放したから、追わなくて良いぞ」

 

「そ、そうですか…。では、檻の方はいかがいたしましょう?」

 

「檻?檻がどうかしたのか?」

 

「えっと、その…来ていただけますか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

春蘭が慌てふためいた様子で華琳の天幕に飛び込んで来た。

 

「華琳様ァ~~~~~‼」

 

「どうしたの春蘭⁉」

 

「た、大変です!ば、馬超の…」

 

「馬超がどうかしたの⁉」

 

「まさか、また襲ってきたとか⁉」

 

「い、いえ、そうではなくてですね…その檻があの男の芝居で信じられない…!」

 

「姉者落ち着け、一体何があったのだ?」

 

「そうよ。普段から言ってる事が滅茶苦茶なのに、そんなに慌てたら余計訳がわからないでしょ」

 

「春蘭、まず何があったのかだけ教えなさい」

 

「えっと、その…多分言っても信じてもらえないでしょうし…っていうか、私もまだ信じられないので…とにかく来て下さい!」

 

「「「?」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…つまりあの男は私達に会いに来た時、既に馬超を檻から出していた。そして馬騰殿の死の真相を調べて馬超に伝える為、あの様な芝居をうったと」

 

「はい」

 

「…それで、春蘭は馬超に本当の事を話してしまったのね?」

 

「…はい」

 

「全く…馬騰殿に何と詫びれば良いのかしら?」

 

「…申し訳ありません…」

 

「…そして……()()があの男の仕業だというのね…?」

 

「…はい」

 

華琳達の目の前には、真っ二つになった鉄の檻が転がっていた。

 

「華琳様…調べてみましたが、やはり刃物で切断されたとしか思えません。それも…たった一太刀で…」

 

「まさか⁉これは特注で作らせた鉄の檻よ⁉それにあの男が使っていたのは、普通の剣だったじゃない!」

 

「しかし鉄格子が歪んでおらぬし、断面も滑らかで無駄な力が加わった形跡もない…。そうとしか思えん…」

 

「………どうやら私の目は節穴だった様ね…」

 

「華琳様?」

 

「あの男、私や春蘭に匹敵する武人なんかじゃない……私や春蘭を遥かに凌ぐ実力を持った武人よ…!」

 

(…も、もしあの男が…)

 

(…本気で…我らを殺そうとしていたら…)

 

(…私達は…間違いなく…)

 

(…殺されていたわね…)

 

そんなことを思いながら、4人は冷や汗をかいて斬られた鉄の檻を見つめるのだった。

 

 




第四席編、完結です。

書いていて思ったんですが、やっぱり桂花は、男がいた方が面白くなりますね。



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