ONE PIECE エピソードオブ恋姫†無双 無双の姫たちと九人の海賊 作:HAY
ゾロと春蘭が天幕を出た後―――
「華琳様、本当にあの男を馬超と一緒に行かせて良かったのですか?」
「あら、桂花は私の人を見る目が信用できないの?私の目が節穴だとでも言うのかしら?」
「そういう意味ではありません」
「じゃあどういう意味かしら?」
「華琳様に仕官する事を交換条件に馬超を釈放すれば、あの男を手に入れる事ができました。
さらにこの方法ならあの男は人質同然となり、馬超が華琳様を狙う事をほぼ確実に防げるかと」
「…桂花、あなたは私にそんな下賤な策をとれというの?」
「まさか…軍師という立場上、進言したまでです」
「ふふふ…よくわかっているじゃない。ま、確かにこのまま放っておくのは勿体ないけれど…」
「そうですな…姉者と互角に戦えるのは、我が軍では私と華琳様しかおりませぬから」
「はい、街の警備隊長にでもすれば…」
「?何を言っているの桂花?」
「え?」
「私や春蘭に匹敵する武人なのよ。私の直属の部将にするに決まっているでしょう」
「は⁉」
「それとも私の身辺警護にでもしようかしら?」
「なあァァァ⁉」
その言葉を聞いた瞬間、桂花は天地がひっくり返ったかのように驚いた。
「いけません華琳様!それでは華琳様のお身体が、常に男の視線にさらされてしまいます!
ましてや身辺警護などにすれば、四六時中あの男が傍に居る事になってしまいます!
そんな事をしては華琳様が汚れてしまいます!
万が一妊娠なんてしたら、どうするおつもりですか⁉」
桂花は男という生き物が心底嫌いだった。
それ故、華琳に男が近づく事は、桂花にとって悲劇以外の何でもなかった。
そのため、桂花はそれはもう必死になって華琳を説得した。
「あれ程の剛の者との間にできた子供なら、さぞかし腕が立つでしょうね。跡取りにふさわしいと思わない?」
「か、華琳様ァ~‼」
今にも泣きだしそうになる桂花を見て、華琳は心底楽しそうだった。
…どうも彼女はSの気があるようだ…。
(姉者がいなくて良かった…)
男が嫌いという訳ではないが、華琳への気持ちは桂花に勝るとも劣らない春蘭。
もし彼女がこの話を聞けば、自分より華琳に近付く者が現れるというだけで、桂花と同じ様になっていただろう。
そのため秋蘭は、今彼女がこの場にいない事に心の底から安堵するのだった。
▽
その頃、ゾロと春蘭は馬超が幽閉されている檻がある天幕へ向かっていた。
「さっきの勝負、決着がつかなかったのは本当に残念だ。いつか必ず再戦しよう」
「ああ、望む所だ。ところで…」
「何だ?」
「お前らの主と、あいつの母親との間に何があった?」
「…………」
「おれとお前の勝負は、あいつを釈放する前提で行われたものだ。
それにあの猫耳女が『
つまり、あいつは特別に打ち首を免れる事が、すでにあの時点で決まっていたって事だろ?
てめェの首を狙った奴に対する処罰としては、あまりにも寛容すぎるし、話が進むのも速すぎる」
「…おいお前」
「?」
「私は今から独り言を言うぞ」
「…………」
「数年前、洛陽で大きな宴が開かれた。
中央で働いている身分の高い武官や文官、天子様の一族、大陸各地の州刺史、州牧、太守、貴族が招かれていた。
その中には我が主、曹操様と馬超の母、馬騰様がいた。
きっかけは天子様の直属の武官、
『曹操』
『何でしょう?』
『私は貴様の事を智謀の師と思っていたが、聞けば剣の腕も中々立つそうだな』
『恐れ入ります』
すると、その話を聞いていた皇帝陛下が…
『へえ…ちょっと見てみたいわね』
そして、傍に控えていた天子様の侍中が…
『曹操殿、良ければこの中の誰かと立ち合って、その腕を披露していただけませんか?』
『皇帝陛下の頼みとあらば。では、相手は…』
『曹操殿』
『
『いえいえ、私では曹操殿の相手は務まりますまい。しかし、馬騰殿なら相応しいかと思いまして、推薦しようと…』
『成程、確かに馬騰なら丁度いい相手であろう。いかがかな?』
『お望みとあらば』
『お待ち下さい。馬騰殿は既にかなりの酒を飲んでおられる様子。座興とはいえ剣をお取りになるのは…』
『なァにこれくらい―――ととと…』
『ははは、確かにかなり酔われている様だな』
『くくく、剣を取るどころか、まとも立つ事もできていないではないか』
『曹操の言う通り、無理はせぬ方が良かろう』
『そうね、なら止めましょう』
『主上様もこう仰っておりますし、馬騰どのもお下がり下さい』
『はい…お恥ずかしい所をお見せしました』
『しかし馬騰、その程度の酒で立てぬほど酔うとは、さすがに情けないぞ』
『やはりもう年のだろうよ』
『馬騰どのもそろそろ家督を譲って、引退するべきでしょうね』
『クッ…』
満座の中で恥をかいたのを紛らわす為か、馬騰殿はその後かなりの酒をお飲みになった…。
そして宴が終わり、馬騰殿は供もつけずに一人で宿に帰ろうとしていた。
その途中で、強く酔っていた馬騰殿は馬から落ち、頭を強打してしまったのだ。
そこをたまたま夜間の警備として、見回りをしていた私の隊が見つけた。
その時、馬騰殿はすでに虫の息だった。
馬騰殿は死に際に一言…
『…酔って馬から…落ちて死んだなどとは…一族の恥……どうかこのことは…皆に…娘達には…言わないで…下さ…い…』
そう言って、息を引き取られた。
その場にいた者には固く口止めしたのだが、しばらくすると妙な噂が広がり始めた」
「噂?」
「『曹操が馬騰を酔わせ、そこを部下に襲わせた』とな…」
「真相を話せばいいじゃねェか?」
「我が主は敵が多くてな…。おそらくこの噂は曹操様を陥れようと、誰かが流したものだろう。
だから真相を話しても無駄だ。何より曹操様がそれを許さぬ」
「何でだ?」
「『西涼にその人在りと言われた馬騰殿の最後の頼み、聞かぬ訳にはいかない』と言ってな。
それに、母親の武勇を誇りと思っている娘達に、無様な死に様を聴かせたくないのかもしれぬ。
…っと、これは私の独り言だったな」
「そうか。
―――だ、そうだが?」
「⁉」
ゾロの声に春蘭が振り向くと、檻に閉じ込められている筈の翠が膝をついてそこにいた。
「キサマ⁉」
「悪ィ、勝手に出しちまった」
「そんな…母様が…そんなの―――そんなの嘘だ!」
「こいつは独り言を言っていただけだ。お前に聴かせるつもりは微塵もなかった。ウソをつく理由はねェぞ」
「うるさい!」
「…………」
「曹操の配下の言うことなんか信用できるか!お前だって―――曹操から褒美を貰えるとかで―――芝居うってるだけだろ‼」
「―――っ!貴様、私が嘘つきだと…」
「てめェ!もう一遍言ってみろコラァ‼」
「「⁉」」
ゾロの強大な怒喝に、翠も春蘭も黙ってしまった。
「てめェ…おれが芝居うってるだと⁉さっきの…おれとこいつの勝負も、あれも芝居だって言うのか⁉あァ⁉」
「―――っ!」
自身の真剣な勝負を芝居呼ばわりされる―――それが武人にとってどれほどの侮辱なのかは、翠にもよくわかっていた。
先程ゾロが言った様に、春蘭にウソをつく理由がない事も、ゾロが褒美につられて自分を丸め込む様な男でない事も、よくわかっていた。
だが、それでも翠は信じられなかった。信じたくなかった。
それ故、黙ってしまった。
「…………」
見かねたゾロは、春蘭に自分の刀を1本差し出す。
「悪ィが、もう一戦交えてくれるか?」
「?」
春蘭はゾロの意図はよくわからなかったが、とりあえず刀を受け取る。
そしてゾロは、今度は翠に刀を差し出した。
「まだ納得できねェなら、お前が納得できるやり方で確かめろ」
「……わかった」
翠は刀を受け取り、立ち上がった。
ゾロは再び春蘭の方を向き、耳元で話しかけた。
「おい、お前」
「何だ?」
「あいつが仕掛けて来るまで、待っててくれ」
「?」
▽
ゾロと翠と春蘭は陣の外へ移動した。
「始めろ」
ゾロがそう言うと、翠と春蘭はそれぞれ刀を構え向き合う。
翠は得物が使い慣れている物でないため、迂闊に仕掛けず春蘭の様子を見る。
春蘭はゾロに言われた通り、翠が仕掛けるまで構えて待つ。
「…………」
「…………」
「…………(何なんだ、こいつ?全然隙がない…。まるで深い林の木立のように、静かな構えで…それに…)」
両者はしばらく睨み合うが…
(こいつの気…水のように…清らかで…)
やがて翠の体が震えだし…
(乱れや…濁りが…少しもない…)
翠は静かに涙を流し…
「うっ…くうう……」
その場に静かに膝をついた。
―――――あたしの母ちゃんがいつも言ってたんだ。『武術というのは正直なものだ。心に嘘や偽り、やましいもや悪いもの、邪なものがあれば、対峙した時に気の濁りとなって現れる』ってな
「…本当…なんだなっ…!」
「納得したか?」
「?」
「こいつはお前の構えを見て、お前がウソをついていない事がわかったんだ」
「母ちゃん…ちくしょう…!」
「そうだろ?」
膝をつき涙を流す翠に、ゾロは歩み寄る。
「ゾロォ‼」
翠は思わず、泣きながらゾロの腰に抱き着いた。
「うわあああァァァァァ……!」
「…………」
ゾロは翠が泣き止むのを黙って待った。
▽
その後、ゾロと翠は迷惑をかけたお詫びとして、春蘭に武闘大会の賞金をいくらか渡して、曹操の陣を後にした。
また騒ぎになると厄介なので、2人は夜通し歩いて陣から離れる事にした。
そして明け方―――
「西涼に帰る?」
「ああ、ちょっと頭を冷やしたいし、母様の事…妹達と話し合いたいから…」
「そうか…じゃあそこまでの道案内、頼むぜ」
「ああ、じゃあそろそろ寝るか…さすがに眠くなってきた…」
「ぐこ~…」
「ええ⁉寝るの早っ!」
「ぐこ~…」
(…それにしても…コイツ、どこまで強いんだ?)
翠はゾロがやった
▽
時は少々遡り、ゾロ達が去った直後の曹操陣。
「夏侯惇様ー!」
ゾロと翠を見送った春蘭が華琳の下へ向かう途中、数名の兵士が慌てた様子で声をかけてきた。
「どうした?」
「大変です!昼間、曹操様を襲った女が…」
「ああ、その事ならもう済んだ。あの女は釈放したから、追わなくて良いぞ」
「そ、そうですか…。では、檻の方はいかがいたしましょう?」
「檻?檻がどうかしたのか?」
「えっと、その…来ていただけますか?」
▽
春蘭が慌てふためいた様子で華琳の天幕に飛び込んで来た。
「華琳様ァ~~~~~‼」
「どうしたの春蘭⁉」
「た、大変です!ば、馬超の…」
「馬超がどうかしたの⁉」
「まさか、また襲ってきたとか⁉」
「い、いえ、そうではなくてですね…その檻があの男の芝居で信じられない…!」
「姉者落ち着け、一体何があったのだ?」
「そうよ。普段から言ってる事が滅茶苦茶なのに、そんなに慌てたら余計訳がわからないでしょ」
「春蘭、まず何があったのかだけ教えなさい」
「えっと、その…多分言っても信じてもらえないでしょうし…っていうか、私もまだ信じられないので…とにかく来て下さい!」
「「「?」」」
▽
「…つまりあの男は私達に会いに来た時、既に馬超を檻から出していた。そして馬騰殿の死の真相を調べて馬超に伝える為、あの様な芝居をうったと」
「はい」
「…それで、春蘭は馬超に本当の事を話してしまったのね?」
「…はい」
「全く…馬騰殿に何と詫びれば良いのかしら?」
「…申し訳ありません…」
「…そして……
「…はい」
華琳達の目の前には、真っ二つになった鉄の檻が転がっていた。
「華琳様…調べてみましたが、やはり刃物で切断されたとしか思えません。それも…たった一太刀で…」
「まさか⁉これは特注で作らせた鉄の檻よ⁉それにあの男が使っていたのは、普通の剣だったじゃない!」
「しかし鉄格子が歪んでおらぬし、断面も滑らかで無駄な力が加わった形跡もない…。そうとしか思えん…」
「………どうやら私の目は節穴だった様ね…」
「華琳様?」
「あの男、私や春蘭に匹敵する武人なんかじゃない……私や春蘭を遥かに凌ぐ実力を持った武人よ…!」
(…も、もしあの男が…)
(…本気で…我らを殺そうとしていたら…)
(…私達は…間違いなく…)
(…殺されていたわね…)
そんなことを思いながら、4人は冷や汗をかいて斬られた鉄の檻を見つめるのだった。
第四席編、完結です。
書いていて思ったんですが、やっぱり桂花は、男がいた方が面白くなりますね。