ONE PIECE エピソードオブ恋姫†無双 無双の姫たちと九人の海賊 作:HAY
ウソップ達が燈、喜雨と出会った翌朝―――
「随分高いんだね…」
「税の取り立てが厳しくてね…これくらいじゃないと生活できないんだよ…」
「大変だな…」
ウソップと喜雨は買い出しをしていた。
「酷い連中だよ…。
自分達の贅沢の為だけに重い年貢をかけて、少しでも逆らえばすぐに死刑、美しい女はすぐに城に連れ去る…。
これじゃあ盗賊とおんなじさ…」
店番をしていた女性は目をつむり、涙を浮かべながら話した。
「盗賊よりはましだと思うよ」
喜雨が口を開いた。
「まだ良心がある人もいるし、ちゃんと政務や警護はしているんでしょ?
賊は何の苦労もしないで、ただ奪っていくだけ…本当に最低の連中だから…。
どっちも酷い奴らなのは変わらないけど…」
「……そうだね」
「…………」
「それで、買い物はそれで全部かい?」
「あ、そうだな…あとはその唐辛子と…生卵はないのか?」
「あいにく今日はないよ。腐ったので良けりゃあるけど」
「じゃあそれでいいから分けてくれないか?」
「え?別にいいけど…」
▽
「腐った卵なんて貰ってどうするの?それに唐辛子もそんなに沢山買って」
「これで武器を作るんだ」
「武器?そんな物で?」
「聞けーっ!町民どもーっ!」
「「?」」
大声が聞こえ、2人が見てみると、役人が人相書を手配していた。
「昨日、この街を訪れた“黄忠漢升”という女を探せとの御命令だーっ!
見つけた者には報酬が与える!匿った者は死罪となる!いいな!」
「……紫苑の奴、早速指名手配されちまったか…」
「……あの…ウソップさん…」
「何だ?」
「……ごめんね。紫苑さんの気持ちに付け込んで、こんな事させて…」
「っ⁉」
ウソップは思わず絶句した。
ウソップ自身、燈のやり方に
「驚いた?実の母をハッキリ悪く言った事に」
「ま、まァな…」
「ボク達は親子だからさ、よく仕事も一緒にやっていたんだよ。
一緒に偵察に行ったり、ボクの業務の担当が母さんになったりしてね。
だから母さんのああいう所は、何度も目にしてきたんだ」
「なるほど…」
「実はね…今回の作戦も母さんが提案したものなんだ」
「そうだったのか⁉」
「うん。自分達の所へ来る災いを、他所へ押し付けようなんて…凄く嫌な感じがしたけど、母さんの考えそうな事だって思った…」
「…………」
「母さんのああいう所は…正直ボクも……嫌いなんだ」
「……そうか」
「それに…母さんは……」
「ん?」
▽
「私達が羨ましい?」
同じ頃、昨夜寝泊まりした廃屋で、紫苑と燈が話していた。
璃々は少し離れた所で、地面にお絵描きをしている。
紫苑は璃々に、少しこの街で燈達と仕事をする事になったと伝え、燈と喜雨は璃々にも真名を預けた。
「ええ、私はあの子に好かれていないから…。
紫苑さんは璃々ちゃんに愛されているし、ウソップさんとも仲良くて、家庭円満でしょう?」
「あ、いえ!ウソップさんは本当にただの旅の同行者で、そういう関係では…」
「あら、そうだったんですか。でも、仲が良いのは本当でしょう?やっぱり羨ましいわ」
「けど…燈さんと喜雨ちゃんだって、そんなに仲が悪い様には見えませんでしたけど…」
「……だから困っているのよ」
燈はわずかに表情を曇らせた。
「徹底的に嫌われているわけでも、好かれているのでもない…だからどうしていいか解らないのよ。
私が優しくしても、煙たがるだけでしょうし…」
「……燈さんは何とかしたいとは思わないの?」
「それもよく解らないわ…今のままで問題がある訳ではないもの。少なくとも政についてはね。
あの子は、私が為政者として優秀な事はよく解っているから…理にかなっていて、冷徹で的確な考え方をしている事はね…。
今回の作戦や―――私が徐州を売り渡そうとしている事についても」
「え?」
▽
再び、ウソップと喜雨。
「売り渡すって……?」
「昨日話したでしょ?陶謙様はもう長くないって。だから、跡取りが問題になっているんだ。
陶謙様には子供が二人いて、二人とも決して悪い人ではないんだけど、今の世の中で徐州を守っていけるだけの人物ではないって、陶謙様も本人達も家臣達も、みんなそう思っているんだ。
だから母さんは、外から相応しい人物を招き入れて…」
「そいつに徐州を治めて貰おうって考えているのか…」
「うん。決して悪い考えではないってわかってはいるよ…。
でも、ボク達は本来ならご子息様を支えていくべきなのに……そんな簡単に主を変えて…これじゃあ裏切りも同然だよ…。
正直言って、わからないよ…何でそんな事を考えられるのか…」
「……捨てちまえよそんな母親」
「……え?」
「あの女、胡散臭いとは思っていたが、聞いた限りじゃただのロクでなしじゃねェか。
そんな奴と一緒にいたって、良いことなんかねェよ。
お前だっていつ捨てられるかわかんねェし、良い評判つかねェぞ。
どうせあいつに、そこまで情がある訳でもねェんだろ?
これ以上嫌な思いする前に、あんな薄汚ねェ小悪党さっさと縁を切って…」
パァン!
突然、乾いた音共にウソップの頬に痛みが走った。
喜雨がウソップの頬をひっぱたいたのだ。
「―――何も…何も知らないくせにっ!」
「…………」
「それ以上母さんを―――悪く言うな!」
目をつむり、顔を真っ赤にして喜雨は叫んだ。
「確かにボクだって母さんに思う所はあるよ!
でも、あの人はいつも一生懸命だった!今回の作戦だって―――全部、徐州の民の事を考えての事だ!
あの人はやっている事は、酷な事かもしれないけど!ボクは―――」
「あいつの事が好きで、信じているんだろ」
「………え?」
「だったら…それでいいじゃねェか」
―――――おれは親父が海賊である事を誇りに思っている‼勇敢な海の戦士である事を誇りに思っている‼
「お前がそう思っているなら…迷う必要なんてないだろ」
「あ……」
そう言われて、喜雨自身も初めて気が付いた。
自分が無条件に燈を好いている事を、燈を信じている事を。
「お前があいつを好きで、信じていたいなら、ただ
「……でも、ボクが母さんに思う所や、嫌いな所があるは本当だし…。
好きでいるって…具体的にどうするのか…わからないよ…」
「簡単さ、偽らなければいいんだ」
「え?」
「今おれにしたみたいに、馬鹿にする奴はひっぱたいて、あいつが母親で、立派な為政者である事を誇りに思っていればいいんだよ。
誰に何を言われてもな」
「……うん。わかった」
「さて、だいぶ話し込んじまったな。急いで帰るか」
「うん。……あの、ウソップさん」
「ん?」
「母さんのことを悪くいったの…ボクのためなんだよね…?
ごめんね。そんなことさせたうえ、ひっぱたいたりして…」
「違う」
「え?」
「そういう時は…“ありがとう”って言うんだよ」
「……うん、そうだね。ありがとう、ウソップさん」
「いいさ。さ、急ぐぞ」
「うん」
▽
廃屋の門前。
買い出しから戻ったウソップは、紫苑と燈と璃々が食事を作っている間に、早速武器の作成をしていた。
「ねえ、ウソップさん。これ何を作っているの?」
ウソップが作業しているすり鉢を覗き込みながら、喜雨が訊ねる。
「おれ様特性“唐辛子星”だ」
「“とうがらしぼし”?」
「ああ。こうやって唐辛子を粉末状にして、団子にしてな。
これを顔にぶつければ、唐辛子の粉が目、鼻、口に入って、相手は…」
「ふェっくしょん!」
ぶわっ
「ギャアアアァァァ‼目がァァァ‼鼻がァァァ‼辛いィィィ‼」
「うわあああ⁉ごめん!ウソップさん!」
「ウソップさん、喜雨ちゃん、ご飯でき…ってウソップさん⁉」
「ど、どうしたの⁉」
「ウソップお兄ちゃんだいじょうぶ⁉」
紫苑達が食事の支度を終え2人を呼びに向かうと、ウソップが目、鼻、口を押え、大量の涙を流しながら地面を転げまわるという、何とも奇妙な光景があった。
「あ、ああ…大丈夫だ…(視界が狭くなるから外してたけど、せめてゴーグルだけでもつけるか…)」
反省するウソップだった。
▽
「皆さん、コレを見て下さい」
食事をとりながら、紫苑は木片に書いた地図を2人に見せる。
「私がうろ覚えで書いた物ですけど、これがこの街の大まかな地図です。
韓玄の屋敷は北門の付近にあるココ、その周辺は兵の宿舎や食料庫、酒倉、武器庫、宝物庫、馬小屋になっているわ」
「重要な物は自分の周囲に置いているって訳だね…」
「ええ。一応、他の場所にあるそういった重要な建物の場所も記しておいたけど、場所や造りが変わっている可能性もあるし、兵の配置とかもちゃんと確認しておいた方が良いと思うの。
だから、これから偵察に行く必要があるわ」
「それは私が行きましょう。作戦の責任は私にあるから、私がちゃんと確認して、作戦を考えるわ」
燈が立候補する。
「そうね。でも、燈さんは軍師だからそこまで武術は得意でないでしょうし、護衛に私が…」
「いや、紫苑は街に出ない方が良い」
「うん。さっき買い出しに行った時、紫苑さんの人相書が出回っているのを見たから、紫苑さんは作戦の時までじっとしていた方が良いと思うよ」
「そうですか…」
「そうなると…」
「護衛はおれが行くしかねェな」
▽
そしてウソップと燈が街に繰り出したのだが…
「うふふ…」
「お、おい…燈…」
燈はどういう訳かウソップと腕を組み、ぴったりくっついて歩いていた。
燈がかなりの美女であるため、ウソップもドギマギしてしまう。
「何でしょう?」
「もう少し離れてくれねェか?」
「うふふ、奥手なんですね」
「お前が大胆なんだよ…!」
「だってせっかく若い殿方と二人きりなんですもの。少しくらいこういう事もしたいじゃない」
「…相手が三枚目だとしてもか?」
「あら、私は人を見かけだけで判断したりはしないのよ」
「……確かにお前なら、もっと色んな所をよく見るだろうな…」
「喜雨も結構あなたの事結構気に入ってるみたいだし、新しい父親が欲しいとは思っていたのよ。
女手一つであの子を育てるの、本当に大変だったんだから」
「……確かに、大変そうだな…」
「……ええ、本当にね…」
燈の顔がわずかに暗くなった。
「あの子といる時も、ずっと為政者として勤めている事が多かったから…私のそういう所を理解して…」
「そういう付き合い方になってしまった、って訳か…」
「ええ。ウソップさんも私にあまり良い印象はないんじゃない?
災いを押し付ける様な策を考えて、それにお二人を巻き込んだりして…」
「使える物は何でも使うっていうのは、悪い考えじゃねェと思うぞ」
「……主を変えようと考えるのは?」
「……徐州の跡継ぎの事か」
「ええ。喜雨から聞いたの?」
「大体はな。本来なら助けるべき未来の主君を捨てて、新しい主を得ようって考えてるんだってな」
「ええ」
「おれも気に入らねェな、その考えは」
「そうでしょうね」
「でも間違ってねェよ」
「…え?」
「こういう世の中で生きてりゃ、これ以上一緒に進めねェ奴、この先へ連れて行けねェ奴ってのは…どうしても出てくるもんさ…」
―――――メリー号はもう直せねェんだよ‼
「そういう奴を無理矢理連れて行ったって…互いを苦しめるだけだ…」
―――――大丈夫。もう少しみんなを、運んであげる
―――――だったらもう、眠らせてやれ…‼
―――――ごめんね―――もっとみんなを遠くまで、運んであげたかった………
「だから…間違ってねェよ…」
「……そう思う?」
「ただ…
「?」
「そんな飄々と笑っていないで、悩んで苦しんでる所…ちゃんと見せるべきだと思うぞおれは」
「それは…大勢の人の上に立つ人間がそんな事では…」
「確かに臣下や領民はそうかもしれねェけど…もっと身近にいる奴は違うんじゃねえか?」
「え?」
「“決断を下す”、“覚悟を決める”ってのは、迷いや躊躇いがあるからこそ…辛いからこそ必要な事だ」
―――――お前だけが辛いなんて思うなよ‼全員気持ちは同じなんだ‼
「そういう事を気まぐれで…簡単にやる様な奴なんて…信用するべきじゃねェし、連れて行く事も付いて行く事もするべきじゃねェ…」
―――――おれはこの一味をやめる
―――――お前‼まさか、あの時のあの
「これからも身近にいて一緒に苦しんでいく奴なら、みっともなくてもハッキリと態度で示して、見せるべきだと思うぞ?」
―――――意地はってごべーーーん‼おれが悪がったァーーー‼
「お前の為にも、あいつの為にもな」
「……確かに、そうかもしれないわね…」
ドゴオオオン!
「「「「「「「「「「ギャアアア!」」」」」」」」」」
「「⁉」」
突然、轟音と共に大勢の悲鳴が聞こえ、2人は何が起きたのか確認しようと、音がした方を見る。
「反乱を目論むとは良い度胸だな。十人もいれば、おれに勝てると思ったのか?」
そこでは1人の男が立っており、周囲には十数人の兵士が倒れていた。
倒れた兵士達の体には火傷の様な跡があり、辺りには焦げた匂いが立ち込めている。
しかし、不思議な事に周囲には火の気が全くない。
「あいつは…昨日韓玄と一緒にいた鉄球野郎…!」
「確か…韓玄の身辺警護を務めている楊齢ね。一年ほど前に仕える様になったって…。
噂には聞いていたけど、相当腕が立つ様ね…」
「韓玄を討つ為には、アイツをなんとかしねェといけねェみてェだな…」
思わず冷や汗をかく2人だった。
唐辛子星:タバスコ星の材料が手に入らなかったため、即席の材料で作った代用品。唐辛子を粉末にする必要があるため作りにくく、使用時には風向きにも注意する必要がある。