ONE PIECE エピソードオブ恋姫†無双 無双の姫たちと九人の海賊 作:HAY
ナミ達が江夏に向けて出発してから数日―――
炎蓮が江夏へ向けて進軍していることは、当然江夏の将兵、住民の耳にも届いていた。
~江夏城~
「準備の方はどうだ?」
「はっ!兵馬、武器、食料、すべて滞りなく進んでおります。予定通り出発できると思われます!“
長い前髪で右目を隠している痩せ細った女性、江夏郡太守の黄祖は迎撃の準備を進めていた。
「よいか!我々は予定通り出発し、長江の岸辺で孫堅軍を迎え撃つ!決して上陸させてはならぬぞ!」
「「「「「「「「「「はっ!」」」」」」」」」」
(しかし孫堅め…娘に家督を譲って少しはおとなしくなったかと思っていたが、まだまだ血の気が多いようじゃな…)
▽
~孫家の軍船~
「むむむむむ…」
「ぬぬぬぬぬ…」
その船室の一つの卓で、ナミと粋怜が睨み合っていた。
卓上には
卓には他にシャオ、祭、明命がおり、2人の様子を固唾をのんで見守っている。
「な、ナミ凄い…」
「わわわ…」
「驚いたのう。粋怜相手に賭博でここまで張り合うとは…」
そう、2人はギャンブルで勝負していた。
2人がやっているのは
「やるじゃないナミ…!私と賭博で互角に戦える奴なんてあなたが初めてよ…!」
「当然よ…!お金に関しては、私はそこらの連中の比じゃないわよ…!んぐっ…!」
そう言うとナミは、杯になみなみと注がれていたがれていた酒を一気に飲み干す。
「ぷはァっ!もう一勝負いくわよ!あとお酒ももう一杯!」
「望むところよ!私も!景気づけにもう一杯!」
「お酒の方もすごいですね…」
「二人とももう何杯目よ…?」
「良い飲みっぷりじゃのう」
「皆さま!」
戸を開けて思春が入って来た。
「何事じゃ?」
「大殿が軍議を開きたいとのことです」
「わかった。粋怜、ナミ殿も、勝負はそこまでじゃ」
「わかったわ。程普さん、この勝負はお預けよ!」
「ええ。ナミ殿…いえナミ!あなたは私にとって良い宿敵だわ!
私のこと真名で“粋怜”って呼んでいいわよ!」
「わかったわ!負けないわよ!“粋怜”!」
「こっちこそ!」
▽
ナミ達が軍議用の船室に行くと、そこにはすでに炎蓮の他に蓮華、穏、魯粛がいた。
「明日の夜には江夏の岸が見えてくるだろう。明後日の朝、日の出とともに攻撃を開始する!」
「「「「「「「「はっ!」」」」」」」」
「―――で、今回の軍の指揮だが…魯粛!」
「はいっ!私の出番ですね⁉」
「いや、お前は今回は見学だ」
「ええっ⁉どうしてですか⁉今回の出陣は私が提案したのですから、最後まで私にやらせてくださいよ!」
「おれに考えがあってのことだ。今回の出兵での手柄は、全てお前のものだ。それで文句はねェだろ?」
「それはまァ…私の手柄になるのはいいですが…」
「陸遜もついて来てもらって悪いが、今回は基本的におれが指揮を執る。お前は部隊指揮や助言に徹してくれ」
「は~い、わかりました~」
「よし!じゃあ後は各自部屋、持ち場に戻って戦に備えろ!いいな!」
「「「「「「「「はっ!」」」」」」」」
「くっくっく…!にしても黄祖の奴との戦は久しぶりだな…血が騒ぐぜ…!
あいつの軍を全滅させて…!おれの前に捕虜として引きずり出し…!再会するのが楽しみだ!はーっはっはっはっはっは!」
「……随分楽しそうね孫堅さん…」
隣にいたシャオに耳打ちするナミ。
「母様は雪蓮姉様以上に戦が好きだし、特に相手が黄祖だからなおさらなんだと思う…」
「誰?その“こうそ”って?」
「江夏の太守で武将。シャオはよく知らないんだけど、母様とは腐れ縁で、長江を挟んで何年も睨み合って来た宿敵らしいの…」
「なるほど…いわゆるライバルってワケね…」
「“らいばる”?何それ?」
「天の国の言葉で『乗り越えたい敵』とか『戦うのが楽しい相手』っていう意味よ」
「ああー…確かにあってるわね…」
▽
二日後の朝―――
炎蓮の率いる船団は江夏の岸に迫っていた。
すでに陸上では黄祖の軍が防塁を築き、守りを固めている。
「さすが黄祖、見事な陣だ…。出撃開始!」
ジャーン!ジャーン!ジャーン!
合図の銅鑼が響くと同時に、孫堅の軍船はいっせいに岸に向かう!
同時に黄祖軍も迎撃を開始する!
「矢の雨を降らせろ!決して陸に上げるでないぞ!」
ザーッ!
「孫堅様!」
「こっちも負けるな!打ち返せェーっ!」
ザーッ!
大量の矢が空を覆い、両軍の間を飛び交う!
さらに炎蓮の軍は、上陸のための小舟を繰り出し攻め入る!
「弓隊の半分は小舟を狙え!槍隊は上陸してきた者を迎撃しろ!必要以上に前に出るな!」
▽
「炎蓮様~このまま上陸するのは少々厳しいかと~…」
「そうだな…」
炎蓮達はしばらく攻め続けたが、中々上陸できず、兵の被害も増え始めていた。
「よォし引き上げだ!矢の届かない所まで撤退しろ!」
そして、その日の戦は終わった。
▽
~その夜―――孫家の軍船の船室~
「どうなさいますか大殿?あのように守備を固められていては、上陸できませんよ?」
「なァに策はある。甘寧!」
「はっ!」
「お前の部隊の者を船頭として、毎晩小舟を岸に近づけろ。船には篝火だけを乗せるんだ」
「!つまり夜襲と思わせるワケですね?」
「その通りだ。おれが新しい指示を出すまでそれを続けろ」
「はっ!」
「それと周泰」
「はいっ!」
「お前にちょっと頼みたいことがある。あとでおれの部屋に来い」
「はァ…」
「他の連中はおれの指示があるまで休んでいろ。ただしいつでも出陣できるよう、準備だけは怠るな。いいな!」
「「「「「「はっ!」」」」」」
▽
~次の日の夜―――黄祖軍の陣、黄祖の天幕~
「―――して、孫堅軍の動きは変わりないか?」
「はい。依然として矢の届かぬ所に停泊したままです」
「そうか。引き続き監視を続けろ、油断だけはするでないぞ」
「はっ!」
「黄祖様ァーっ!」
「⁉何事か⁉」
「孫堅軍の夜襲です!」
「何⁉」
▽
「おおっ⁉」
黄祖が天幕を出て長江を見ると、大量の篝火が近づいて来るのが見えた。
「放てェーっ!岸に近づけるなァーっ!」
ザーッ!
かくして、船頭一人と篝火だけを乗せた船に向けて、大量の矢が放たれたのであった。
▽
それから数日後―――
同じことが毎晩のように繰り返された。
その結果…
~黄祖軍の陣、黄祖の天幕~
「矢はどのくらい残っておる?」
「ほとんど残っておりません…。この調子で撃ち続ければ、三日後には底をついてしまいます…」
「兵の様子は?」
「すっかり寝不足になっております…」
「そうか…弱ったな…」
「黄祖様、少々よろしいでしょうか?」
「何だ?」
「見ていただきたいものが…」
▽
兵士の一人に連れられ、黄祖が川岸に行ってみると…
「これは…?」
「今朝がた、川岸に流れ着いていた小舟です。おそらく昨夜の夜襲の時の敵船かと…」
船には背中に矢が刺さり倒れた船頭が1人、そしていくつかの篝火だけが乗っていた。
「…人が乗っていたにしては、妙に船に刺さっている矢が多いな…それに返り血も少ない…」
「はい。もしや、毎夜近づいて来た船には、船頭一人と篝火しか乗っていなかったのでは…?」
「その可能性は十分あるな…ふむ……」
▽
~孫堅軍、船室~
「船が一艘行方不明になった?」
「はい。おそらく船頭に矢が当たり、そのまま流されてしまったのかと…」
「そうか…」
「申し訳ありません。もし、その船が敵陣に流れ着けば、孫堅様の策に感づかれるやもしれません」
「いや、構わねェよ。丁度いい頃合いだったしな」
「は?」
▽
その夜―――
ジャーン!ジャーン!ジャーン!
同じ様に篝火を乗せた船が江夏の岸に近づいて来た。
しかし、黄祖軍の兵士達は、今夜は全く矢を撃たない。
「また、篝火だけの船が近づいて来たぞ」
「今夜からはゆっくり見物できるってもんだ」
兵士達もだいぶ落ち着いているようだ。
「しかし黄祖様、あの船は篝火だけで兵士は乗っていないのに、何のために迎撃の準備をしておくのですか?」
「……念のためだ」
黄祖達は近づいて来る篝火を黙って見ていた。
「…む?」
しばらくすると船は遠ざかって行った。
「引き揚げて行きましたよ、黄祖様」
「……そうだな」
「黄祖様?」
「…………」
▽
それ以降も、毎晩篝火だけを乗せた船が近づいて来た。
黄祖軍の兵士達は、夜襲が見せかけだとわかっていたため、必要最低限の見張りだけを残し、他の兵士達は緊張せずゆっくりと休んだ。
当然、矢を撃ったりもしなかった。
~黄祖の天幕~
「(おかしい…孫堅の奴も夜襲が囮だと見破られていることには気付いている筈…。
我々を油断させるためということも考えられるが、それにしても長すぎる…。
戦が長引けば害をもたらすことはあいつも重々承知の筈…遠征しているあやつらならばなおさら…それこそ他の勢力が呉郡を……!
もしや…!)誰かおるか⁉」
「はっ!いかがなさいました⁉」
「斥候を呼んで来い!探ってもらいたいことがある!」
▽
~孫堅軍、船室~
「あの~…孫堅様、少々よろしいでしょうか?」
「何だ魯粛?」
「“兵は神速を貴ぶ”というのは戦の基本ですよね?」
「当然だ」
「いつまでこんな事を続けるおつもりですが?敵の油断を誘うにしても、時間をかけ過ぎじゃあ…」
「魯粛」
「はい…」
「確かに戦は長引かせるべきじゃねェ。だが攻め入るべきじゃねェ時に、攻め入ることもするもんじゃねェ。
ましてや
「?」
「孫堅様!」
「おお周泰!戻ったか!…して首尾は?」
「はい!孫堅様がおっしゃった通りでした!黄祖殿達も動き始めました!」
「そうか!じゃあおれ達も動くとするか!」
▽
翌日―――
孫堅軍の軍船が黄祖軍の陣へ攻撃を開始した。
両軍の間で矢の雨が飛び交う!
~黄祖の陣~
「ひるむな!撃ち返せ!」
「黄祖様!今日の孫堅軍は矢ばかり撃ってきて、一向に攻め込もうとしませんが…」
「怖じ気づいているだけだろう。気にせず矢を撃ち続けろ」
「黄祖様ァ!」
「何事だ?」
「長江からさらに軍船が現れました!」
「孫堅軍の軍船か?」
「いえ、それが…揚州刺史の劉繇の船です!」
「…そうか…!」
▽
~劉繇の軍船~
劉繇の船団は、背後から孫堅の船団に襲い掛かった。
「一気に攻めろォ!孫堅軍は疲弊している!黄祖と挟み撃ちにするのだァ!」
「「「「「「「「「「オオオオオッ!」」」」」」」」」」
「憎き孫家め!今日こそキサマらを撃ち滅ぼし、私が揚州の支配権を取り戻す!
孫策がいないのは残念だが、母の孫堅と妹の孫権、孫尚香、他の主将どもを討ちとれば、奴らの力を大きく削げるだろう!」
「劉繇様!」
「どうした⁉」
「変です!」
「何?」
「軍船の人影が妙に少ないような気が…」
「⁉」
兵士の言葉に劉繇も孫堅の軍船をよく見てみると、確かに必要最低限の水夫と兵士しか乗っていないように見える。
「こ、これは…もしや…?」
ジャーン!ジャーン!ジャーン!
「⁉」
不意に後方から銅鑼が聞こえ、振り返ると…
「劉繇様!背後より孫堅の水軍です!」
▽
~孫堅軍、船団本体~
「かかれェーーーっ!」
そこで炎蓮は指揮を執っていた。
隣にはナミ、シャオ、祭、穏、魯粛もいる。
「え、えっと…これはどういうことですか?」
「つまりですね~劉繇さんは私達が黄祖さんと戦をして、疲弊したところを襲う作戦だったのです~。
…で、孫堅様はその策を逆手に取り、劉繇さんに奇襲を仕掛けたんですよ~」
「え?…ってことは私が商人から入手したあの情報は…」
「おそらく劉繇さんが、私達をそそのかすために用意した餌だったんでしょうね~」
「ええ~⁉ど、どうして孫堅様達はそれが罠だってわかったんですか~⁉」
「一商人が内政の事情について詳しいのが妙だと思っただけだ。ましてや自分達が不利になる情報を、うかつに外に漏らすワケがないだろうからな。
まァ一応、周泰に妙な動きが無いか、探ってもらったがな」
「…………」
「しかし、奇襲は見事に成功じゃのう!劉繇どもめ、すっかり右往左往しておるわ」
「ねェ黄蓋さん」
「何じゃナミ殿?」
「あそこにある船に火矢を当てることってできる?」
「それくらいなら造作もないぞ」
「じゃあ、私が合図したら火矢を撃って!」
「お、おう?」
ナミに言われ、戸惑いつつも祭は火矢を構え…
「3、2、1、今よ!」
ヒュン!
火矢はナミが指示した船に当たり、火が燃え広がる。
その瞬間…
ビュウウ!
「風が⁉」
強風が吹き、炎が一気に大きくなる!
そして火の粉は他の船にも広がり、次々と船が燃え始める!
「ナミ、もしかして風が吹くことがわかったの⁉」
「まァね」
「何じゃと⁉」
「ど、どうしてわかったんですか~⁉」
「ある程度は気温や天気、地形から予測できるのよ」
そこまで言うとナミは魯粛に向き直り。
「こういうのはただ知識を得るだけじゃなくて、実践の経験を積んでいくことで、少しずつ上達していくものなよの」
「…………」
「(成程、これが“雲の行く末を知り、風雲雷雨を味方につける気象の御使い”か…)よぉし!おれ達も船に攻め込むぞ!粋怜達ばかりに暴れさせるなァ!」
▽
「ハァッ!」
ドスッ!
「ギャア!」
「フン!」
ザシュッ!
「グアッ!」
「ていっ!」
ズバッ!
「ガフッ…」
蓮華の指揮の下、粋怜、思春、明命は敵船に攻め込み、それぞれ得物である“
「ええい!ひるむなァ!敵はここ数日ずっと夜襲を仕掛けていた!少なからず疲弊している筈だァ!」
「成程…大殿の策に引っ掛かっていたのは、黄祖の軍だけじゃなかったってワケね!」
「劉繇様!大変です!」
「どうした⁉」
「黄祖の軍が船を出し、こちらに攻め入って来ました!」
「何だと⁉」
ヒュン!
ドスッ!
「うっ…」
「⁉」
丁度その時、どこからともなく飛んできた矢が、劉繇の側近の胸に突き刺さった。
矢が飛んできた方を見ると、一隻の船が近づいてきており、その舳先には…
「黄祖殿⁉」
得物である大弓“
「こ、黄祖殿、何をなさいますか⁉我々は貴殿が孫堅に攻め入られたと聞き、加勢に…」
「戯言を…キサマが我らを囮に、孫家の軍をおびき寄せたことはすでに知っておるぞ!」
「!」
「劉繇ォ!」
またもや背後から声が聞こえ振り返ると…
「覚悟しろォ!」
一隻の船が向かってくるのが見えた。
舳先には一本の剣“
「そ、孫堅!」
完全に逃げ腰になった劉繇は別の船へ逃げようと舳先に向かおうとするが…
「逃がすかァ!」
炎蓮はそこから大きく飛びあがり―――
ダァン!
劉繇の目の前に着地する。
「ひ、ヒィ!」
ギロッ!
剣先を向けられ、炎蓮に睨まれた劉繇は…
「あが…が……」
泡を吹いて気絶してしまった。
そして総大将を失った劉繇軍は、孫堅軍と黄祖軍に挟撃され、そのまま壊滅したのだった。
樗蒲は実際にはサイコロではなく、片面が黒、もう片方が白く塗られた板を五枚投げ、その表裏の出方で駒を進める数を決めていたそうです。
今作では、恋姫の世界観に合わせました。