ONE PIECE エピソードオブ恋姫†無双 無双の姫たちと九人の海賊 作:HAY
翌朝、謁見の間にて―――
「な、何じゃと⁉そんなに恐ろしい化物じゃったのか⁉」
「はい!顔は猿、胴は狸、手足が虎で尻尾は蛇、トラツグミに似た気味の悪い声で鳴く、それはそれは恐ろしい化物でした!」
朱里は昨夜化物と退治した時のことを、だいぶ誇張して美羽に説明した。
「お、おお…」
化物の姿を想像し青ざめる美羽。
「その化物を相手に我ら一丸となり、一歩も臆することなく
(実際は一太刀も浴びせることなく逃げ出したがな…)
ゾロがそんなことを思いながら横目で愛紗と鈴々を見ると、2人は気まずそうにしていた。
ナミの方は完全に開き直っており、全く気にする様子はない。
「しかし…どういうわけかあの化物は、いくら斬りつけてもすぐに傷が治り、痛くもかゆくもない様子でして…」
「それで敗れたというのか?」
「はい…」
「ううむ…どれだけ斬りつけても傷がすぐに治るとは…」
「それでは、あの化物を倒すのは不可能ということでしょうか?」
「いいえ、一つだけ方法があります」
「何⁉どんな方法じゃ⁉」
「宝剣というものには、悪しきものを滅する聖なる力が宿るといわれています。
ですから、宝剣で負わせた傷なら化物も回復できず、息の根を止めることができる筈…!」
「ほ、宝剣じゃと…⁉」
「袁術様、あの化物を完全に滅するために、劉備殿の宝剣を我らの手にお戻しいただけないでしょうか⁉」
「う、うむ…まァ、そういう事なら…」
美羽は折れかけるが…
「⁉だ、駄目ですよ袁術様!」
七乃が止めに入る。
「宝剣を返したら、そのまま持ち逃げされちゃうかもしれませんよ!」
「そ、そうか!それはダメじゃ!」
「そうですか…では、その代わりに“コレ”をお預けするというのはいかがでしょう?」
そう言うと朱里は持ってきた小さな包みを開ける。
「?何じゃそれは?」
包みを開けると、そこには朱里が先日美羽の城下町で買った湯飲が、上下逆さの状態で置かれていた。
「?何じゃ?ただの湯飲ではないか」
「何をおっしゃいます!これは天下に二つとない名器“はてなの茶碗”でございます!」
「“はてなの茶碗”?」
「ご覧ください、この茶碗は蓋がくっついており飲み口が塞がっております。それだけでも不思議なのに、さらに底が抜けているのです。
手にした誰もが『はてな?』と首を傾げる驚くべき一品!」
逆さの湯飲を手に取り説明する朱里。
対する美羽は…
「おお!確かにこれはなんとも奇妙な!」
(ええっ⁉美羽様⁉)
心底驚いたようだった。
ちなみに、朱里の後ろでは…
「ぶっ…くくっ…」
「ぷぷっ…」
愛紗達が必死に笑いをこらえていた。
ルフィに至っては、両手で口をしっかりおさえ我慢している。
「袁術様、これをお預けしますので、ひとまず宝剣をお返しいただけないでしょうか?」
「うむ、それなら良いぞ。張勲、宝剣を返してやるのじゃ」
「は、はい…」
さすがに七乃の方は気付いていたようだが、主に逆らうことはできないのか、化物を何とかして欲しい気持ちが勝ったのか、言われるままに宝剣を返すのであった。
▽
その後―――
「うーむ…やはり蓋がとれぬ…」
美羽は交換した湯飲を手に取ってみていた。
「見れば見るほど不思議な品じゃのう…」
「あのー…美羽様…本当に良かったのですか?そんな物と交換に、宝剣を渡して…」
やや疲れた様子で七乃が訊ねる。
「何を言っておるのじゃ!これほどの名器が手に入ったのであれば、このまま宝剣を持ち逃げされたとしても損ではないぞ♪」
…と、自分の城下町で売っている湯飲を手に、美羽は満足そうにする。
「ま、私は美羽様が満足しているなら、それで良いんですけど♪」
教育者としてそれでいいのか張勲?
世の中とはやはり因果応報なのか?
こうして袁術は、袁紹からだまし盗った宝剣を、見事にだまし盗られてしまったのであった。
▽
一方宿屋では…
「あっはっはっはっはっは!そ、そんな嘘でだまし取ったのですか⁉」
「す、すげーな孔明!あははははは」
宝剣を取り返したいきさつを知り、ねねとチョッパーは腹を抱えて大笑いしていた。
「よくあんな嘘を、あそこまで
「まったくなのだ」
「つーか、よくあんなウソで騙せると思ったな。実際、騙せてるんだけどよ…」
「ちょっと不安はありましたけど、袁紹さんの従妹ならたぶん大丈夫だろうと思って…」
「なるほど…」
「根拠としては十分かもしれんな」
「それにしても、宝剣に魔を滅する聖なる力が宿っているなんて、私全然知らなかったです」
宝剣を手に劉備が呟く。
「あ…劉備さん、それも嘘なんです」
「え?そうなんですか?」
「はい。でも一度引き受けた以上、化物退治はしっかりやり遂げましょう。
『舌先三寸で宝剣をだまし取った』なんて言われたら後味悪いですから…」
「しかし、宝剣の聖なる力が嘘なら、どうやってあの化物を倒すのだ?」
「そうなのだ!あいつでっかくて、すごい声で鳴いて、体中が光ってて、火を吹いたのだ!」
「火は吹いていないですが、ねねも正直、あの化物にはもう近づきたくないのです…」
「大丈夫。ねねは恋が守る」
そう言ってねねの頭をなでる恋。
「うう~恋殿~♪」
ねねはコロッと化物の恐怖を忘れ、恋に甘えることに夢中になる。
「大丈夫ですよ。仕掛けはもうわかっていますから」
「仕掛け?」
「はい。あの鳴き声は瓶か何かに、
「そ、それじゃああの化物は…」
「作りものですね」
「「ええ~っ⁉うう~…」」
驚きの声をあげ、ショックでうなだれる愛紗と鈴々。
「な~んだ、じゃあ食えねェのか…」
「まだそんな事を考えていたのですか~⁉」
「…………(しょぼん)」
「恋殿~!」
「まァ何にせよ、そうとわかれば怖くないわね!」
「ああ、大丈夫だな!がはははは!」
ナミとチョッパーも強気になる。
「ただ、誰が何のためにあんな事をしているのかが気になるんですよね…」
▽
その夜―――
『カ~エ~レ~…』
一行が再び例のお堂の前に着くと、またもや不気味な声が聞こえて来た。
「『やァやァ我こそは、中山靖王の末裔たる劉玄徳なる者!
昨夜は不覚をとったが、今夜はこの“値千金”、“売れば三年は遊んで暮らせるほどの大金が手に入る宝剣”で一刀両断してくれる!』」
宝剣を手にし桃香が叫ぶ。
「『化物退治の報奨金を前金で受けった以上、こちらも後には退けんしな!』」
そう言って愛紗は少々膨らんだ巾着袋を取り出す。
『オォォオオォォオォオォオォ…』
そして昨夜と同様、不気味な唸り声が聞こえ、お堂の戸口が揺れ黄緑色の光が漏れだす。
『ウ゛ア゛ア゛ア゛ァァァッ!』
そして戸口が開き化物が現れる!
「『化物~!』」
「『なのだ~!』」
愛紗と鈴々が泣き叫び倒れ、後にいたルフィ達も皆次々に倒れる。
そして、手にしていた宝剣や巾着袋が地面に投げ出された。
しばらくすると…
「ひひひひ…」
「くくくく…!」
「あっはっはっは!」
暗闇の中から3人の少年が現れた。
「何だよこいつら?」
「とんだ見掛け倒しだな」
「今夜は全員気絶しちまって…!笑っちまうぜ!」
「しかも高価な剣やお金まで持ってきてくれるなんてな」
そう言いながら3人は倒れているルフィ達に近づく。
「これ貰っちまおうぜ」
「どうせ役人から貰った金なんだろうし、遠慮することねェよ」
そう言って1人が愛紗の近くにある巾着袋に手を伸ばす。
ガシッ
「⁉」
次の瞬間、愛紗の手が少年の腕をつかんだ。
「人の物を勝手に持って行こうとするとは、あまり感心しないな」
「このっ…!放せっ!」
「なっ⁉」
「うわあっ⁉」
「⁉」
声が聞こえ、少年が見ると他の2人もそれぞれ鈴々と星に取り押さえられていた。
「捕まえたのだ!」
「ししし!ばーか!」
「おとなしくしろ」
「おれ達だって、ガキ相手に手荒な事はしたくねェんだよ」
「お、重い…」
「何ィ…⁉」
「星、抑えろ…」
「金目の物を持っていることを匂わせれば、それを取りに出てくると思いましたけど、上手くいきましたね」
「途中でバレないか、ヒヤヒヤしましたよ…」
「ちょっとわざとらしすぎなかった?」
「…にしても、犯人がこんな子供だったとは…」
「お前だって子供じゃねェか!」
「何をー!ねねは頭脳が大人なのですー!」
「けど、どうしてこんな事を?」
「ヒィッ⁉タヌキの化物⁉」
「シカの仲間だおれは!」
「ちっくしょ~!よくもだましたな!」
「それはこっちの台詞だ!何故こんな事をした⁉悪戯にしては質が悪すぎるぞ!」
「悪戯なんかじゃねェ!」
「じゃあ何故…」
愛紗がそう言った時…
「お待ちください…!」
「「「「「「「「「「⁉」」」」」」」」」」
お堂の方から誰かの声が聞こえ、一同が見ると…
「私が説明します…」
入り口の近くに、少年達よりも年上の少女が、もっと小さい子達を数人連れて立っていた。
▽
ルフィ達はお堂の中に入った。
「あの化物、こういう仕組みになっていたのか…」
「よくこんな物作れたわね…」
内側から化け物の絡繰りを見て、思わず感心する一同。
「街の演劇で使われていた、仕掛けや被り物が捨てられていたから、それを利用して作ったんだ」
「それで、どうして化物のふりを?」
「私達は皆、みなしごなのです」
少女は語り始めた。
「賊に両親を殺されたり、病や飢饉で親が亡くなったり、事情はそれぞれ異なるのですが、雨風をしのげる場所を求めて、一人二人とこのお堂に集まって来たのです。
その後も、橋の下に捨てられていた子や、行倒れた親の傍で泣いていた子などが集まって、この人数になりました。
野草を摘んだり、街で路銀稼ぎをしては飢えをしのいで、このお堂を家代わりにして暮らしていたのですが…。
数日前、街で領主様がここを壊して別荘を建てるという話を聞いて…」
「それで化物のふりを?」
「はい。そうすれば、いずれ領主様も別荘を建てようと思わなくなり、ここを取り壊すこともなくなるかと…」
「袁術の奴、ここにこいつらが住んでる事知らねェのか?」
ルフィは疑問に思う。
「知らないでしょうし、知っていたとしても、無視して取り壊すと思うのです…」
「何だそりゃ⁉むかつく奴だな!」
「今すぐ袁術の所に乗り込んで、ぶっ飛ばすのだ!」
「ルフィ殿、鈴々も待て。そんな事をしても、おそらく根本的な解決にはならないだろう」
怒りだす2人を制止する星。
「だな。おれ達で袁術を倒しても、あのガキのことだ。おれ達に仕返しすることしか考えねェだろ」
「じゃあどうするのだ?」
「袁術ちゃんに『貧しい者達に施しをすることで自分が得する』、それか『施しをしないと自分がひどい目に遭う』って思わせることができれば…」
「朱里、何かいい考えはないか?」
「そうですね……袁術さんは化物の話を信じ込んでいるみたいでしたから、そこを利用すれば上手くいくかもしれません」
「孔明、その時はおれも協力するぞ!」
「ねねも!これは見過ごせないのです!」
「恋も…この子達放っておけない」
チョッパー達もやる気を見せる。
「ほ、本当に何とかしてくれるのですか⁉」
「ああ!もちろんだ!」
「皆さん、ありがとうございます!」
少女がお礼を言い、他の子達も表情が明るくなる。
「朱里はおっぱいはちっちゃいけれど頭はいいから、ドーンと
「はうう…」
「鈴々よ、それを言うなら
「ああ、そうだったのだ」
「
「わざと間違ったこと教えんじゃねェよ星…」
「わざとなど…私がそんな事をする奴に見えるのか?」
「そういう事をする奴にしか見えないわよ…」
「…そうか…少々気をつけるとしよう…」
少し真剣に反省する星だった。
「ぷっ…」
「くくく…」
「「「「「「「「「「あはははははっ!」」」」」」」」」」
一同のやりとりを見て、どこかこわばっていた子供達も笑い出し、一気に空気が明るくなる。
「…………」
「………?」
そんな中、桃香は一人だけ表情が暗いままの少年の事が気になった。
「今から山を下りるのは大変でしょうから、今夜はここに泊っていって下さい。布団も何もありませんが…」
「では、お言葉に甘えて…」
こうして、その日はルフィ達もお堂で寝泊まりすることになった。