IS研究都市 ICBIビル内
日本のIS学園、その外縁に併設されたIS研究都市にはIS研究を目的の主とした企業がひしめきビル群を天まで群生させている。
夜の空をいっそう黒く切り取るビル群のひとつ、IS学園都市の武装警備集団、ICBIの高層ビルの一室で男が一人PCに向かっていた。
男は広く、暗いオフィスで一人PCの画面に向かっていた。
キーボードをカタカタ打って、しばらくしてコーヒーをすする。
冷めてぬるくなったコーヒーのにがみが舌の上で転がった。
男はその苦さに少し顔をしかめるとふと顔を上げて時計を見た。
「19時か、今夜は徹夜だな」
男の名前はジョン=ワトラン。その名前どおり日本人ではなく、もとはイギリスの特殊部隊に所属していた人間である。
生え抜きの特殊部隊員であったワトランはその腕を買われてこの日本のICBIに移籍してきた。
いまや世界の構造を変えてしまったといってもいい重大な軍事機密の塊のようなこのIS研究都市を警護する任務である。
引き抜きのオファーがきたとき、彼は悩みすぎることなくこのオファーに答えた。
現在はこのICBIのAS(アーマードスーツ)機動部隊に所属している。
AS機動部隊とはいわゆる実動部隊で、このアーマードスーツとはIS理論を民間転用することで開発されたパワードスーツである。
多少かさばるが人間の体をすべて包み、その装甲を貫くことは用意ではない。
さすがに戦車砲を受ければひとたまりもないが、歩兵が携行する機関銃程度ではほとんどへこむことすらない多重積層装甲である。
また両腕に備えられた重機関銃に、射出アンカーケーブル、ASの背部には高速移動用にブースターまで設置されている。
都市警備にはあまりに贅沢な装備だった。
仮に機関銃を携行した歩兵100名を相手にしても2m弱のASが1機あればおつりがくる。
小規模戦闘においては、もはやASの数、そしてASパイロットの腕が戦局を左右するといっても過言ではなかった。
ジョン=ワトランが所属するAS機動1課はASによりIS研究都市で起こる凶悪犯罪に対処していた。
もっとも、ASが必要になるほどの犯罪行為が起こることはごくまれであったのだが。
それ以外では、今のワトランのように事務仕事も少なくないのだった。
また日本の遠隔地の重度犯罪行為に応援で向かうこともある。
今年に入ってからASを実戦機動したのは二度、一度はIS研究都市内の銀行強盗事件、もう一度は遠くの大都市でのテロリズムへの対処であった。
現在ワトランが処理しているのはAS訓練における報告書である。
当初は一人でも十分だと思われていたが実際はなかなかかさばる内容で、現在の19時から、どうも日が昇ってビルの窓を白くするまではかかりそうである。
ワトランは180cmの巨体でイスの上で大きく伸びをすると、サッサッとあたりを見回した。といっても暗いオフィスには彼一人しかおらず、静かな暗闇が返事をするだけだったのだが。
ビー!ビー!ビー!
AS機動1課のオフィスに鋭い警報音が響く。それは緊急事態の警報だった。
出動の合図である。IS学園都市においてASを必要とする事件が発生したのだろう。
いったい今度は何事だ?
そう思いながらワトランは急いで立ち上がり、ICBIビルのAS格納ドッグ区画に走った。
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ICBIビル内AS格納ドッグ
ワトランがICBIビル内の巨大な扉のハッチを開け、その巨大な扉をくぐると、広い兵器ドッグがひらけ、その中央に耐衝撃服を来た女性が立っていた。
「三千子、今回は一体なんだ?また銀行強盗か?それとも殺人事件でも起きたか?犯人は逃走中?」
ワトランが話しかけた女性はAS機動一課の課長イザナギ三千子(ミチコ)である。
彼女はワトランのほうを短く見ていった。
「来たかワトラン、すぐにアーマードスーツを装着のち格納車に搭乗しろ」
三千子はワトランと同じAS乗りである。
以前は中東で傭兵をしていたらしいが、その腕を買われてICBIにスカウトされたということである。
イギリスの特殊部隊で鳴らしたワトランも腕のよいAS乗りだったが、それでも三千子のAS技術には到底及ばなかった。
ワトランがICBIに移籍してきたとき、上官が女性だと知ってワトランは紳士的な気遣いとともに三千子に『やさしい』態度をとった。
しかしその後三千子のAS1機対ワトランを含むAS3機のゲリラ戦闘で三千子に3機とも『コテンパン』にやられてからはそういう気遣いは無用なのだと思い知らされたのだった。
「オーケーボス。ブリーフィングは移動中ってことだな」
ワトランはいいながら急いで耐衝撃服を着て、格納ドッグの壁面に設置された3M弱のアーマードスーツに駆け寄ると、
ASの首の部分の登場ボタンを操作した。
アーマードスーツの前部がブシューと音を立てて開き、次いでワトランが搭乗すると、AS内部のマニピュレータを操作してまたハッチが閉じ、各種電子兵装を立ち上げ始める。
AS内部のワトランに、外からの三千子の叫び声が聞こえてきた。
「われわれはAS格納車でグレンス社に向かう、既にAS機動2課のAS二機が空中輸送でグレンス社上空に向かっている、
テロリストは研究棟の研究機材の強奪を目的としている模様、グレンス社の上と下からテロリストを押さえるぞ!」
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IS研究都市 グレンス社前
IS研究都市の企業群の中でも大手企業であるグレンス社。その巨大なビルの前にはそれなりのセキュリティセンターがあり。10名からなる警備員がモニターをチェックしていた。
時計は18時を指している。
その警備員の一人が、グレンス社の巨大な敷地内への門前を映したモニターに、ひとつの運搬用トレーラーが止まったのを発見した。
その警備員は少しうんざりしたように立ち上がった。
あんなところにトレーラーを置いては研究機材の搬入に支障をきたしてしまうではないか。
警備員は警備室から出て玄関口に走った。
男が玄関口についたときにも、やはり巨大なトレーラーは玄関前の道路をふさぐようにとまっていた。
「なんだあのトレーラーは?」
男はため息をついてトレーラーのほうに向かった。
そのトレーラーは後部に大きなコンテナを積んでいる。IS関連の機器を運搬しているのだと思われた。
あのトレーラーはなぜ玄関口で停車しているのだ?
トレーラーはIS機材の運搬をしているようだが、車はグレンス社へ入ろうとするわけでもないし、エンジンをかける様子もなかった。
故障してしまったのかもしれない。それなら早く修理してもらわなければならない。
警備員がいぶかしみながら巨大なトレーラーに歩み寄ると、そのトレーラーの後部のコンテナがひらきはじめた。
警備員が運転席に向かって叫んだ。
「あのー!こまりますよ!こちらに停車されますとグレンス社の機材の搬入に支障が出ますので、速やかにどかせてください!」
いいながら、警備員にガシンガシンという機械音が聞こえた。
彼はその音がするほう、コンテナのほうを見ると、
そのコンテナから、全長3M弱のアーマードスーツが3機出てくるところだった。
あれは、アーマードスーツじゃないか。男は思った。
あれは確かラインポード社の試作型の無人ASだ。
試作型無人ASはコンテナから出てくると、向きを変えてグレンス社の入り口のほうを、
そしてそこに立っていた警備員のほうを向いた。
はて、警備員の男は少し見方を変えた。
コンテナ車が故障したから、先に積荷を入れてしまおうということか。
しかし今日ラインポートからの搬入の予定などあっただろうか。
それに車は車でどかしてもらわないと困るし、搬入の手続きも済んでいない。
警備員の男が悩んでいると、
その前方の3機の無人ASがそれぞれ掲げた6つの腕の銃口から
大口径のライフル弾があふれるように吐き出された。
6つの銃口から吐き出された銃弾は暴風雨のように
目の前の警備員の体に突き刺さり、貫通し、ズタズタに引き裂いた。
瞬間、警報。
つんざくような轟音が、引き裂かれた男の代わりに叫ぶようにグレンス社のまわりに響き渡った。
次の瞬間、マシンガンで武装した警備員たちが
警備室から飛び出してきた。
警備員たちは玄関前の3機のアーマードスーツに面食らいながらも一斉にマシンガンを掃射した。
人間の人体ならやすやすと切り裂く銃弾の嵐は、しかしアーマードスーツの装甲を傷つけることなくすべて弾き飛ばされた。
警備員たちは青くなり、一人はちらりとなぜここに戦車がないのかと状況を呪った。
3機の無人ASがその警備員たちに向かって重機関銃を掃射した。
まるで壁がせまるような大口径ライフル弾の嵐が警備員たちを切り裂き、細切れの肉片にした
細切れになった肉辺がアスファルトの地面に落下したあと。
玄関のトレーラーの後部のコンテナから新たに2機のASが歩いて出てきた。
その二つのASは有人ASだった。
そのうちのASの中の男が叫んだ。
「各員、速やかにグレンスの研究区画へ向かえ!」
男が指示をすると、AS5機と機関銃で武装した人間たちがそれぞれ一斉にグレンス社のビルに向かって走り出した。
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グレンス社上空
グレンス社の高いビルのさらに上空の暗い空を、
アーマードスーツを二機格納した航空機が飛行してきた。
そこからははるか下方に真っ暗なグレンス社のビルと、
ネオンに輝くIS研究都市が望めた。
航空機の格納庫では揺れる地面の上で二機のASが待機していた。
AS機動2課のメンバーである。
彼らは今から地上のAS機動1課と連携して上空からグレンス社ビルに突入する手はずになっている。
報告によると武装したテロリストはラインポードからASを奪取したのち、
グレンス社の研究棟に立てこもっているらしかった。
IS研究最大手の一角であるグレンス社の研究棟となればそれこそ宝の山だろう。
世界各国がのどから手が出るほどほしがるものがつまっているというわけである。
グレンス社のエントランス警備員、ビル警備員は総勢30人全滅とのことだった。
テロリストはASを装備しているのだ。いかに武装した警備員でもAS相手ではひとたまりもなかっただろう。
AS、アーマードスーツは機動力、防御力、攻撃性能、電子兵装、すべてにおいて歩兵の比ではないのだ。
なお悪いことに、テロリストは人質までとっているようだった。
確実に制圧できればいいというわけではなかった、人質の生命まで守る必要がある。
航空機の揺れる格納区内のASの中で男は小さく毒づいた。まもなく作戦が開始される。
しばらくして、突然、轟音。ついで航空機の機体が大きく揺れはじめた。
格納庫のAS搭乗者がAS内で叫んだ。
「どうした!?何が起こった!?パイロット!!」
叫んで、一拍間をおいて通信が返ってくる。
「狙撃だ!どこかから榴弾狙撃されている!狙撃位置は不明!」
それを聞いて驚いた。男はこれは周到な企業テロだとは思っていたが、それだけではなかった。
狙撃手まで配置しているとはなんという念のいりようだ。
AS格納室に警報音が鳴り響く。
「緊急事態だ!当機は不時着する!!」
操縦士が叫び、不時着するルートを急いで探しているその瞬間、
空のはるかかなた、ビル間を縫うように疾走した2発目の狙撃榴弾が航空機に着弾した。
榴弾は航空機の巨大な機体にのめりこむと、ついで指向性の爆風を航空機に突き刺した。
航空機が傾くと、ついで爆発、さらに誘爆するように航空機が爆発し、暗い夜空に赤い爆炎を撒き散らしながら大破した。
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地上を走る走行車の後部格納庫内、揺れる格納庫に4機のASが格納されていた。
AS機動1課のAS隊である。
その中のリーダー、イザナギ三千子がほかの3機に通信した。
「聞け。上空で待機していたAS機動2課がやられた」
その隣のAS内のワトランがびっくりして尋ねた。
「やられたって。相手はグレンス社内の研究棟にいるんじゃなかったのか?」
それにあの航空機は、軍でも運用される輸送機だ。ASの腕に装備された重機関銃でもやすやすと落とせるものではない。
「分析官によると航空機が榴弾狙撃ライフルで狙撃されたそうだ。テロリストは周辺に少なくとも二名の狙撃手を配置している模様。各員狙撃に十分に注意しろ。指向性の榴弾を食らえばさすがにASの装甲も持たんぞ!!」
ワトランはASの中で考えた。狙撃手だと?それはずいぶんと手の込んだことだ。おそらく狙撃手はセオリーどおり電磁迷彩程度はほどこしているだろう。レーダーで発見することは困難だ。
グレンス社内のテロリストだけではなく、はるか遠方の狙撃手も相手にしなければならないというわけだ。
三千子が続ける。
「テロリストの狙いはグレンスの研究機材だ。グレンスはIS第三世代機の研究も行っている。これが他国にもれれば世界のパワーバランスが崩れることになる。各員それを肝に銘じてテロリストの殲滅、機材の防衛を果たせ!!」
IS研究データは、いまや核に匹敵する重要機密になっている。
だからこそのこの念の入りようとも考えられた。可能性として、他国の秘密機関が関与していることも考えられる。
やっかいな事態だった。自分の命を賭してでも食い止めなければならない。
この揺れる格納庫の4人、研究データの流失に比べれば、あまりに小さい塵のような代償だ。
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暗い夜空の中をグレンス社の巨大なビルがさらに黒く切り取っている。
そのグレンス社玄関前に一台の装甲車が停車した。
その後部の格納庫のハッチが開くと、
急に4機のASが飛び出してきた。
4機のASは地面に着地すると、それぞれ走ってグレンス社のビルに向かった。
「行け!狙撃手に気をつけろ!ゴーゴーゴー!」
三千子が叫び。グレンス社前の広い庭からグレンス社内部に走っていく。
4機のASがグレンス社の玄関前の広い庭の中央にさしかかったとき、グレンス社の5階あたりの窓が破れ、そこから何かが高速で飛び出した。
「何だ!?各員散開しろ!!」
三千子が叫ぶ。
その号令ではねるように4機のASは散開した。
4機のASが散開すると、ちょうどその散開した場所に、巨大な黒い影が落下した。
何だ?ワトランがそれを確認すると、それは1機の無人アーマードスーツだとわかった。
グレンス社5階から、1機の無人ASが飛び出してきたのだ。
「ラインポードの無人ASだ!!三千子!?」
ワトランが瞬時に三千子のほうを確認する。
飛び出してきた無人ASはその瞬間にすでに前方のASに何かを投擲した。
ASにそれが着弾する瞬間、それは対積層多重装甲のヒートトマホークだとわかった。
ASの胸部の装甲に、真っ赤に赤熱したヒートトマホークの刃が突き刺さり、ASの分厚い装甲を貫いた。
ヒートトマホークがASの胸部につきささり、そのASはしばらく静止すると、そのままガクリとひざを折って崩れ落ちた。
「近藤!!」
ワトランが叫ぶ。反応は返ってこない。
ワトランは反射的にASの両腕を無人ASに向け、両腕に内臓された重機関銃を掃射した。
轟音が響き、
3機のASから中央の無人ASに向かって三方向から赤い射線が殺到した。
無人ASは重機関銃の銃身から吐き出されたライフル弾を受けながら、
両腕を掲げ、3機のASに機関銃を掃射しはじめた。
「総員トライアングルに囲め!!打ち負けるな!!」
無人ASは、その特性上人間を搭載するスペースが必要ない、ので、その人工知能系と操作系を含めてもスペースが余分で、その分装甲が分厚い。
人間的な思考こそできないが、防御力が高く、タフなのである。
無人ASはなかなか機能停止しない。
しかしこの無人ASを放置して進むことはできない。この無人ASを放置すれば前後から挟み撃ちをくらうことになるからだ。
無人ASがAS機動1課、吉沢が搭乗したASに機関銃を集中する。
豪雨のようなライフル弾が吉沢のASの装甲に突き刺さる。
「私が行く!!合わせろ!!」
そのとき三千子が通信で叫び、三千子のASがAS背部のオーバードブーストを起動。
AS背部のブースターがバーニアを吹き上げ、一気に加速した三千子のASが高速で疾走し、無人ASに突進していった。
ワトランがそれを見て機銃掃射を停止した。
三千子のASが高速で疾走し、無人ASに激突した。あたりに金属質な轟音が響く、
三千子は無人ASに突進したあと、すぐさまサブミッションに切り替え、無人ASの間接を極めにかかった。無人ASの腕部に両腕と足をからめ、折りにかかる。
三千子のASがフワっと空中に浮いたかと思うと、無人ASの右腕に絡みつき、衝撃で無人ASを地面に倒した。
人間技じゃない。ワトランはAS内で思った。
ASは装甲は強力だが、間接部は装甲ほど強力にできていない。
三千子はASを最大出力で背筋をそらせた。
すると無人ASは三千子が取り付いた右腕の人工筋肉をうならせ、
三千子をASごと空中に投げ飛ばした。
ASが10M上空に打ち上げられ、空中で滞空する。
そのまま滞空しながら1回転したあと、弧を描いて地面に激突した。
「課長!」
ワトランが通信を入れる。AS内とはいえ脚部による衝撃吸収なしでは普通の人間は無事ではすまない。
だが、三千子のASは何も言わず立ち上がった。
うそだろ。ワトランは思った。相変わらず常人離れしている、あのメスゴリラめ。
そのとき、グレンス社からASが散開する広い庭に、グレンス社のほうから放送がかかった。
『あ~、あ~。ただいまマイクのテスト中』
どこか陽気そうな声だった。それでいて軽薄な雰囲気を帯びている。
放送でう、うんとうなると男の声が続けた。
『あ~、親愛なるICBIの諸君。こちらは、あ~、テロリストの首謀者である。安易に動くなよ、悪いが人質をとらせてもらった』
突入している時点で人質の犠牲は覚悟していた。
しかし今目の前の無人ASも立ち上がったまま静止しているようだった。
放送が続ける。
『その無人ASを見てもらったかな。われわれがラインポード社から強奪したものなんだが、それと同じものがあと2機こちらにある。あとは有人ASが2機。それ以外にもあるかもなぁ。まぁなんだ。下手に強襲しようなどと思わないことだな』
放送の向こうで男が小さく笑った。
楽しんでやがる。ワトランはASの中でにがにがしげに舌打ちをした。
『ハハハ、いいか、そのままゆっくりとグレンス社から退去しろ。なぁにわれわれもあと半日ほどでここを出て行く。君たちをあいてにしてやってもいいが、無駄な流血はないに越したことはないだろう。なぁ?』
こちらのASは機能停止した1機を除いて3機、歩兵なら1000人でも屠れる戦力である。
しかし相手にもASがあるとは。
ワトランは三千子の指示を待った。
「やつのいったとおりにしろ。いったん撤退する」
三千子から通信が入る。
適切な判断だと思った。このまま強引に突入しても、成果を得られる可能性は高くない。
吉沢のASが機能停止した近藤のASを担ぎ、グレンス社から撤退を始める。
近藤のASにはまだ生体反応があった。治療を急がなければならない。
そのとき、はるか遠方から亜音速で飛来した指向性の狙撃榴弾が近藤のASを抱える吉沢のASに突き刺さった。
瞬間に爆音。戦車装甲も貫く榴弾が吉沢のAS装甲を爆散させた。
「吉沢!!」三千子が叫ぶ。
ついで放送。
『はーっはっはっはっ!!いや申し訳ない。狙撃手に狙撃をやめるように言うのを忘れていた。いひっ、はははは!!』
いかれてやがる。ワトランは思った。
吉沢はASは起動不能にされたがすぐに治療すればまだ助かりそうだった。
放送で響く男の笑い声を背に、三千子とワトランで吉沢と近藤をASごとかついで、走って退避した。
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「くそっ、ふざけてやがる!課長、どうしますか?」
グレンス社近隣の臨時本部で、ASを脱いだワトランが毒づいた。
「・・・」
同じくASを脱いだ三千子はだまって考えている。
3機のタフな無人AS、2機の有人AS、おまけに位置不明の狙撃手ときたものだ。
AS3機でどうにかなる戦力差ではない。
AS機動2課は何をしているのだ。
とにかく時間がなかった。いかにグレンス社のセキュリティといえども、人質までとられて、どれだけ持つかわからない。テロリストは半日、そういっていたが、それだって保証があるわけではなかった。
ふいに、三千子がワトランのほうを向いた。
「ワトラン、これからIS学園に向かえ、教官の織斑には私のほうから話をつけておく」
「IS学園、ですか?」
ワトランは意外な表情で三千子に聞き返した。
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IS研究都市からほど近くに存在するIS学園。
ここでは世界最強の兵器と呼び声高い、インフィニットストラトス、通称ISの技能を学んでいるらしい。
ワトランにはその噂さえもにわかに信じがたかったが。
ワトランはIS学園前につけた黒い車から降りて、IS学園宿舎に向かった。
今でもグレンス社内ではテロリストが研究データの抽出を進めているだろう。
こんなことをしている場合ではないのだ、三千子はなんだってこんなところに俺をよこしたのだ。
IS学園の巨大な校舎に入ると、ほどなくして一人の女性がワトランを出迎えた。
「IS学園にようこそ。私は本学園で教師をつとめております織斑千冬です」
おりむらちふゆと自己紹介したその女性は、女性にしては長身だとワトランは思った。ワトランが175cmなのでだいたい165cmくらいだろうか。肩で切りそろえた黒髪に、抜け目のない目つき、どこか三千子と共通したものを思わせた。
「どうも、ICBI・AS機動一課のジョン=ワトランです」とワトラン。
「前置きはなしにしましょう。話は三千子から聞いています。こちらへどうぞ」
千冬が廊下を案内する。
ワトランはうながされるままに千冬の後ろを歩きながら考えた。
この織斑という教官とイザナギ課長はどうも知り合いらしい。
あのメスゴリラと気があって、IS学園の教官、相当な実力者であることは容易に察しがつく。
彼女が助力してくれれば、あるいは、といったことだろうか。
三千子ほどの戦力がもう一人増えるとなれば、心強い。
しかし決定打にかける、ワトランは思った。いかに実力があれど、AS1機の戦術価値を飛躍的に高めるまでとは考えにくい。
ワトランが考えながら千冬と歩いていると、ふいに千冬が廊下の一室のドアを開けた。
「こちらへどうぞ」と千冬。
ワトランが部屋に入ると、室内の広い空間にソファとテーブルが置かれており、そのソファのひとつに誰かが座っているのがわかった。
(小柄な子だ)
それは小柄な少女で、後ろから金髪であるのがわかった。自分と同じで日本人ではないのだろう。
彼女はソファに座ってティーカップを片手に持って紅茶を飲んでいた。
と、少女がこちらに気づいた。
「紹介します。彼女がIS学園のIS搭乗者の一人であるセシリア・オルコットです」
千冬が紹介する。その少女がこちらを振り向くと、青い瞳がのぞいた。
深く青い瞳と、ゆるくウェーブした流れるような金色の髪が柔和な印象を与える。
可憐だが、明らかに高校生かそこらの少女である。
千冬が続ける。
「今回の事件においては彼女に担当させます。オルコット、ミスターワトランに同行して事件解決にあたれ」
「は、?」
ワトランは戸惑った様子で聞き返した。
「彼女が、ですか?」
どうみても年端のいかない少女である。
ティーパーティに出かけるのではないのだ。
三千子は事態の伝達を間違えたのか?
そのとき金髪碧眼の少女、セシリア・オルコットが口を開いた。
「織斑先生、いったいどういうことですの?わたくし、まだ何の説明もされておりませんが」
オルコットは、柔和な声で、しかし非難がましい色をまじえて言った。
「事態が急を要したのだ。概要は車内でミスターワトランに説明を受けろ」
千冬に言われて、セシリアはハァとため息をついた。
「わかりましたわ。明日はせっかくの休日だというのに」
セシリアはワトランのほうを向いた。
「それじゃぁミスターワトラン?参りましょうか、エスコートをお願いできます?」
ワトランはただ戸惑うばかりだった。
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グレンス社内。
研究棟中核部を占拠したテロリスト達は研究員を人質にとり研究資材とデータの抽出を行っていた。
研究棟の広い研究室で、数人のテロリストがコードを端末につなぎ、データの解析、抽出を行っている。
それは宝の山だった。ディスプレイを見てキーをうつ一人が感極まりながら口笛を吹いた。
ある程度のデータは抽出し終えたが、それだけではない。今のデータだけでも十分すぎるが研究室で閉じられた隔壁の向こうにはもっと重要な機材があることだろう。それこそ、国家を揺るがすような。
リーダーの男が研究員の一人に歩み寄って尋ねた。
「なぁあんた。この隔壁のパスワードをさ、教えてくれないかな」
テロリストは隔壁を開くパスコードの解析を進めていた。
しかしそのパスコードを直接聞ければ話は早い。
研究員の男は首を振った。
「む、無理だ」
男はふーんといって腰からナイフを取り出した。
研究員があわてて首を振る。
「知らないんじゃない!もう隔壁は緊急モードになっていてわれわれでも開けることはできないんだ!」
「そうか、でも本当に開ける方法がないのかなぁ。これでも教える気にならないかい?」
男のナイフを持った手が消える。次の瞬間研究員の男の片耳がちぎれとんだ。
次に悲鳴。
「ああああああああっ!!できない!!できないものはできない!!」
研究員は痛みに耳をおさえてうずくまり、もんどりうった。
「ちっ、おい!隔壁のクラックにあとどれくらいかかる!?」
男に聞かれて別の男が答えた。
「けっこうな電子防壁ですね。あと数時間はかかります」
言われてリーダーの男は頭をかいた。
まぁいい、この任務を遂行すれば自分は英雄だ。これが終わったらどこかのリゾート地でいい酒といい女で楽しむとしよう。
その男に、別のテロリストが言った。
「ボス、外部から連絡です」
「どうした」男が促す。
「はい。ICBIが人質の交換を申し出ています。」
男はそれを聞いて鼻で笑った。
「フンッ、それでこちらに何のメリットがある。お断りだと伝えろ」
「それが、どうやらグレンス社が介入しているようで、主任研究員との人質交換を要求しています。変わりに隔壁のロック解除を早めるアルゴリズムを提供するといっています」
ほう、男はいって、人質のほうを向いた。
「おい!この中に主任研究員はいるか!?」
たずねると、耳を切り飛ばされてうめいていた男が言った。
「そ、それは、私だ!」
男は研究員ににじりよって社員証を確認する。
「フン、よかったな。グレンス社はお前の命をどうしても助けたいらしい。危ない危ない、もう少しで殺すところだったよ。その役は別の誰かに頼もうかな」
それを聞いて研究室に並べられたほかの人質の人々が息を呑んだ。
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グレンス社前、ASの戦闘で大量の薬莢が散らばった庭に
テロリストのリーダーが主任研究員を連れてグレンス社から出てきた。
その逆方向、正門からは、
二人の女と一人の男が歩いてくる。
テロリストのリーダーが陽気に声をかけた。
「やぁやぁ。さっきの男は大丈夫だったかな?ははは、本当にすまないと思っている。それで人質の交換に応じることにしたよ。平和主義だろ?それで、人質はどいつだ?」
男は研究員を突き出して言った。
三千子が短く答える。
「人質交換はこちらの二人だ。主任研究員をこちらへ」
主任研究員と、一人の男と一人の小柄な少女が交換される。
男が小さく笑った。
「そっちの男はICBIか?きみも大変だなぁ。まぁ変な気はおこさんことだ、こちらには重機関銃のASがあることを忘れるなよ」
次に男は小柄な少女のほうを見た。
「これは小さなおじょうさんだ。しかし勇気がある」
金髪の少女は、しかし何も言い返さなかった。
男が続ける。
「それで?隔壁の解除データは?」
言われてワトランが右手のチップを掲げる。
「これだ。グレンス社によればこれで隔壁の解除時間が半分に短縮される」
男はチップを手にとってしげしげながめた。
「ふん、このデータが偽者だったら、人質の半分の命はないぞ。こい」
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男につれられてグレンス社の階段を上っていく。
エレベーターも使えるが、男はあえて階段を選択した。
ワトランの体躯をおもんばかってのことかもしれなかった。抜け目のないやつだ。ワトランは思った。
三人が暗い階段を上っていくと、
その途中でひとつの部屋の中が見えた。
「あら、あそこにも人質がいますのね」
少女の言葉に男が反応した。
「ああ、そうだ。おじょうちゃん、興味があるのかい?一応リスク分散ってことでな、ICBIが突入してきたら、まずこっちの人質を皆殺しにすることになってる。あそこの無人ASがな、それにしても」
男は少女に向き直っていった。
「おじょうちゃん、その金髪、わるくないな。これが終わったら、俺と一緒にこないか?悪いようにはしないが」
男は少女の容姿をまじまじ見ながらいった。
少女はしかし、表情を変えずにいった。
「せっかくの申し出ですが、遠慮いたしますわ。あと、その無精ひげ、おそりになったほうがよろしくてよ」
男はしばらくだまり、右手を上げてアゴの無精ひげをなでると、しばらくだまって向き直って階段を上り始めた。
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三人が研究棟の中核部に入ると、広い研究室が開ける。
そこには大勢の人質の研究員と無人ASが2機、そのほか数名の工作員とハッチが開いた2機の有人ASが見えた。
リーダーの男は隔壁のそばでマニピュレーターを操作しているテロリストに歩み寄ると、チップを手渡した。
「本物か?」
男は腰の拳銃に手をかけてたずねた。
男は、もしこれが偽者だったら、その瞬間人質が数名殺されそうな雰囲気を帯びている。
データを入力していた男が答える。
「…ええ、本物です。これであと30分で開けます」
よしよし。男は満足げにつぶやいた。
これで隔壁が開いたら中の研究機材をまとめていただくことができる。
英雄だ。英雄になれる。男は一人思った。
「さきほどのかたがたとあわせて人質はこれですべてですの?」
声がして、そのあと静寂に包まれた。
リーダーの男が、ゆっくりと声のするほうを振り返ると、たずねたのはさきほどの金髪の少女だった。
男が少女のほうに向き直った。
「ああ、そうさ」
男が少女のほうにゆっくりと歩き出した。
「今大事なところなんだ。少し黙っててくれないか。ははっ、じゃないと」
男は歩きながら腰のナイフに手を伸ばした。
「わかりましたわ」
少女がこともなげに言って、続けた。
「ワトランさん、もうやってしまってもかまいませんわね?」
瞬間、男が異変に気づいた。
金髪の少女の体を、青い燐光が包み始めた。
「ブルーティアーズ、転送しますわ」
少女の体を青い燐光が包み、体に青い全身鎧のような機体が出現しはじめる。
男は跳ねるように逆走し、ハッチの開いたASのコックピットに飛び込んだ。
少女の体には、頭を露出した、体にピッタリフィットする青い全身鎧のような機体があらわれつつあった。
「こいつ!IS乗りだ!やれ!!殺せ!!!」
男がASに乗り込みながらさけんだ。
その瞬間、2機の無人ASとテロリスト達が青い燐光に包まれた少女に向かって重機関銃とサブマシンガンを掃射した。
暴風雨のような銃弾が青い全身鎧の少女に疾走する。
しかし、その数百の銃弾の嵐は、その全身鎧を貫くことはなく、すべてその手前で静止し、そのままポロポロ地面に落ち始めた。
ISのエネルギーシールドである。ISの強力な空間シールドがその銃弾の嵐をすべて寸前で静止させたのだ。
少女はISを転送しおえると、両手のビームライフルをそれぞれ2機の無人ASに向かって発射。
青いビームが二つの無人ASの積層多重装甲をやすやすと貫き、機能停止させた。
次の瞬間、その部屋にいた3人のテロリストにテイザー、電気銃を発射し、気絶させてしまった。
それと時を同じくして、その下方の部屋で、無人ASが人質に向かって重機関銃の両手を掲げた。
突入されたら人質を皆殺しにするというプログラミングどおりである。
その動きを見て人質たちが悲鳴を上げた。
そのとき、その部屋の天井から青いビームが出現、無人ASを貫いて機能停止させた。
少女のブルーティアーズがレーダーを起動、ビル下方の別室にいる無人ASを補足し、部屋の地面に向けてビームライフルを構え、引き金を引いたのである。
ビームライフルから青いレーザーが発射され、地面を貫通し、はるか下方の別室の天井から貫通してきた青いビームが無人ASを貫いたのだった。
それと同時に、ブルーティアーズに有人ASにのった別のテロリストがオーバードブーストで突っ込んできた。
高速の1トン以上の塊がブルーティアーズに肉薄する。
ブルーティアーズは軽くジャンプすると空中を滞空し、
ぐるりと体を回転させながら、肉薄する有人ASの肩口にその青い右足を打ちつけた。
まるで爆発するような衝撃で、突進していた有人ASは地面のコンクリートを砕いて深く埋没した。
ASの搭乗者はよくて気絶しているだろう。
その光景を見ていたワトランは驚愕していた。たった一人で人質への脅威を一瞬で無力化してしまった。
「リーダーの男が逃げましたわね」
少女の言葉にハッとして、ワトランはあたりを見回した。
1機の有人ASと、先ほどまで研究室にあったデータが入ったアタッシュケースがなくなっている。
「やつは研究データを持って逃走する気だ。追ってくれミス・オルコット!!」
「言われなくても追いますわよ。任務ですもの」
少女の青いISは少し浮遊すると、瞬間に加速して研究室の出口から男を追った。
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ASに乗った男は研究データの入ったアタッシュケースを持って階段を上って広い部屋に出ていた。
ISが出てくるとはどういうことだ!!あれは実際の使用は禁じられているハズだ!!
大きな部屋の向こうに大きな窓とその向こうの別のビルが見える。
ここから、向こうのビルに飛び移って、その屋上に待機させてある航空機で脱出する。
国境さえ越えれば日本は手出しすることができない。
このアタッシュケーズのデータだけでも収穫として十分すぎる。
さっきのISが追ってくれば、それぞれ別のビルに配置した三人の狙撃手の餌食だ。
男のASはダンダンダンダンと走り、次にオーバードブーストでさらに加速し、
窓ガラスをぶち破って隣のビルの窓にとんだ。
グレンス社の巨大なビルのひとつの窓が砕け、そこから黒い影が飛び出してきた。
男のASが高速で夜の空を滑空する。
と、その男のASの真上にあの青いISが並走してきた。
男は驚いたが、顔はニヤリと笑顔に歪んだ。
瞬間、遠方の三つのビルの屋上から、上空の青いISに向かって三つの指向性榴弾が高速で疾走した。
同時にブルーティアーズのセンサーが三つの狙撃榴弾を感知、
少女が体をひねると、
三つの狙撃榴弾はブルーティアーズのさっきまでいた空間を交錯して通りすぎた。
「みなさんいい腕をしてますわね」
つぶやいて、夜空を高速で疾走しながらブルーティアーズの背部の3つのビットを展開、
それぞれ3方のはるか遠方のライフルを狙い、3つのビットから青いビームが射出された。
夜の暗い空を三つの青いビームが切り裂いて疾走し、それぞれはるか遠方のビルの屋上のライフルの銃口に着弾、貫通し破壊した。
それと同時にブルーティアーズは右手のライフルを抜きながら、
空中で体をグルリと回転し、真下で高速で並走するASに狙いを定めた。
「チェックメイト」
ブルーティアーズの右腕のライフルが青いビームを出力を最小限にして発射。
しかしその青いビームは真下のASに突き刺さり、爆発したようにそのASを真下に吹き飛ばした。
男のASはそのままはるか下方の地面にASごと突き刺さり、機能停止した。
暗い夜空に滞空する青いISに通信が入る。
『こちらICBI、AS機動1課のイザナギだ。よくやってくれた、ミスオルコット。感謝する』
「いいえ、かまいませんわ。お安い御用でしてよ」
暗い夜空に滞空しながらセシリアが続ける。
「もう帰ってもよろしいですかしら?そろそろ就寝しませんと、明日の休日に差し障りますもの」