IS -other world order-   作:3×41

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第10話 三日目の午前から午後にかけて

 シチリア三日目

 

 

 

 セシリアのコテージ。

 夜明けちょうど。コテージの中には二つのベッドがひとつふくらんでいて、もうひとつはすでに誰もいなかった。

 誰もいないのはセシリアのベッドで、もう片方のベッドの少女はまだ寝息を立てているらしくベッドの上布団が上下に一定のリズムで動いている。

 二つのベッドの間には大きな窓があり、外のエーゲ海が一望できる。

 その上空には巨大な厚みのある雲がただよっていた。

 そしてその雲の合間を青い尾を引く飛行体が横切った。

 

 

 上空1200m付近をセシリアのブルーティアーズが滑空していた。

 戦闘モードはオフ、ゆるやかなブースターだけの機動である。

 生身なら凍えるであろう外気はシールドがシャットアウトしている。

 セシリアは眼下に朝焼けにかがやくエーゲ海と巨大なシチリアIS学園をのぞみながら、目の前の巨大な雲を加速してつっきり、横向きに回転し、すばやく切れるようなバレルロールをやったあと、ブルーティアーズを軽く加速させて、そのままブースターを切った。

 

 セシリアのブルーティアーズが瞬間無重力状態になり、はるか下方の海に向かって自由落下を始める。

 上空からかなりの自由落下速度で加速したブルーティアーズがふってきて、しばらくしてブースターを展開し、再び水平飛行にもどる。

 

 それはセシリアの朝の軽い運動の一環だった。もちろん飛行能力、勘についてもおかしなところはないようだ。

 セシリアはブルーティアーズをさらに上空に加速して、しばらくブースターの青い尾を引きながら空中飛行を続けたあと、コテージに戻って軽くシャワーを浴び、ベッドで寝息をたてている少女を起こして朝食の準備をはじめた。

 

 

 #

 

 

「セシリアさん。くだんの大空洞の調査だけど、どうやらあさってくらいに決まりそうだよ」

 

 シチリアIS学園の談話室でサラがセシリアに言った。そのテーブルにはセシリアとサラ以外に、ラウラとアウシェンビッツ姉妹が腰掛けている。

 

「あら、ずいぶんと早く決まったんですのね。わかりましたわ」

 

「それの会議も含めて、今日の授業は中止ってことで、全員休日に当てるらしい。私はその会議に出席することになってるけどね」

 

 セシリアがそういうサラの顔を見ていると、サラの陶器のような白い肌に対照的な目の下のクマが少し濃くなっているような気がした。

 そのセシリアの視線に気づいたサラがとりつくろうように言った。

 

「ああ、このクマかい?体質っていうのかな。神経質になると特にそうなんだよね」

 

 昨日のカフェでもそうだったが、サラはこの件についてとても入れ込んでいる、そうセシリアには見て取れた。

 それも、学園生まで事件に巻き込まれているとなっては無理のないことかもしれなかったが。

 

「セシリアさんは今日は何か予定はあるんですか?」 

 

 ハリーがセシリアに聞いた。

 ハリーの右手にはカフェラテのカップが握られている。

 

「わたくしは、そうですわねぇ」

 

 それなら、せっかくだから、研究都市を観光してまわろうか。海岸どおりを歩くのもいいかもしれない。先日のカフェで紅茶を飲みながら読書をするのもいいだろう。アレクサンダーでアルバニたちと話し込むのもわるくないと思った。彼らに会える機会もそう多くはないのだし。

 

 

 #

 

 

「あ、そういえば今日は大会がありますね」

 

 気がついたようにハリーが言った。

 次にハリーは隣でコーヒーを飲んでいたアルジャーにたずねた。

 

「今回もアルは大会に出るの?」 

 

「うん、そうだね。その予定」 

 

 少し浮かないように返事をするアルジャーにセシリアが尋ねた。

 

「大会って何かありますの?」

 

「ええ、今日はこの学園の近く、といっても電車で20分ほどの場所ですが、そこで狙撃大会があるんですよ」

 

「まぁ、狙撃大会ですの」

 

 セシリアがつぶやくように言った。

 ハリーが受けて狙撃大会について説明した。

 

「そうです。シチリアでは定期的に開かれるんですよ。狙撃銃で地面から出る標的と、左右から飛び出してくるクレーを射撃で撃つという競技です。これに入賞すると学園で実技点があたえられるんで毎回うちのシチリアIS学園の生徒もたくさん参加するんですが」

 

 ハリーはそこで言葉を切って説明を続けた。

 

「残念ながら一般からの参加も多くて、結構な賞金もでるんでうちの生徒たちでも入賞できることはめったにないんですよ」

 

「私も毎回参加しますが、まだ入賞できたことはありません。いいところまではいくんですが」

 とアルジャー。

 

「この前サラさんが気まぐれで参加したときには一発で1位になってましたけどね」 

 とハリー。

 

「ハハ、まぁそういうのは個人差があるし、アルジャーはまだまだ伸びるよ」

 

 サラさんと比べないでよと言うアルジャーにサラがそういって言って続ける。

 

「じゃぁアルジャーは今日は大会に行くんだね。私は会議室にすしづめだろうから、また帰ってきたときにでも話を聞かせてよ。それで、よかったら夜は研究都市までサレルノ楽団を聞きにいかないかい?」

 

「まぁ、それはいいですわね」  

 

 セシリアがサラの提案に賛成して、続いてアルジャーに言った。

 

「アルジャーさん、わたくしもその大会に興味があるのですが、もしよかったらわたくしもその大会に案内していただけませんか?」

 

「セシリアさんも来ていただけるんですか?はい。ぜひお願いします」 

 アルジャーが快諾した。

 

「ありがとうございます。ラウラさんもよかったら一緒にいかがです?」 

 

 セシリアが彼女の隣で新聞を読んでいたラウラにたずねた。

 ラウラはセシリアに尋ねられると、ちょっと考えてコーヒーを一口飲んでから顔を上げた。

 

「ふむ、そうだな。私も今日は特に予定があるわけではないし、いいだろう」

 

「では決まりですわね。午前はその大会にまいりましょう。アルジャーさんよろしくおねがいいたしますわね」

 

 セシリアが両手をパンと合わせていった。

 アルジャーがうなずいてセシリアとラウラに言った。

 

「はい。狙撃銃は大会で貸し出されるので、準備ができたら出発しましょうか。会場は駅から40分ほどですよ」

 

 

 

 #

 

 

 乾いた風が吹くシチリアの海岸線を電車が走っていく。

 学園前駅を出てから、ゆっくりと走る電車の中では、電車のイスにセシリア、アルジャー、ラウラと並んで座っていた。

 

「それにしてもツーコアの無人ISとは、シチリアの研究都市の研究内容はずいぶんと進んでいるんだな」

 

 ベンチに座ったラウラが言った。アルジャーがそれに答える。

 

「お騒がせしてすみませんでした。あれはかなりの企業機密だったんですけどね」

 

 特にアルジャーの責任ではないのに彼女はあやまった。

 

「でも本当にびっくりしましたわね。いえ、もちろん文句を言おうというわけではありませんのよ。研究内容が高度すぎて驚きましたわ。ツーコアなんて話は日本の研究都市では聞いたことがありませんでしたし」

 

「ええ、シチリアの研究都市の研究内容は世界有数だろうと思います。サラさんのグラビティカの研究データも研究都市の企業からとても重宝されていますよ」 

 

 あの専用ISである。アルジャーの話を聞いてセシリアもひとり思索した。

 重力操作に特化したIS、その研究データはいったいどれほどの価値があるのだろう。

 おそらく、いや間違いなく世界中のIS関連企業がのどから手が出るほどほしがる研究データのはずである。

 もしかしたら、シチリアの研究都市はC2S以外にもまだまだ飛びぬけた研究を進めているかもしれない。

 

「あの専用ISのデータならどの企業ものどから手が出るほど欲しがるハズですわね。それにサラさんもどこか超然としているというか」

 

 セシリアはそういって、昨日の訓練でサラに海まで投げ飛ばされたのを思い出した。

 アルジャーはそれを聞いて笑っていった。

 

「アハハ、サラさんはちょっと抜けてるんですよ。まぁIS機動になればまるで精密機械ですけどね。あ、サラさんは映画が好きなんですが、サラさんに映画の話題を振るときは注意してくださいね」

 

 朝まで話が続きますから。と、遠い目をして言うアルジャーだった。

 

「ここは学園も研究都市もいい環境がそろっているようだな」 

 

 と、ラウラ。手には研究都市のパンフレットが握られている。

 

「緊急時の想定までよく練られている」

 

「はい、一応中東地域も近いですからね。シチリアにIS学園があることで、ある程度の抑止力にもなってるとは思うんですが、やはり紛争は絶えないですね」

 

「そういえばシチリアの料理はお口に合いましたか?」

 

 アルジャーが続けて聞いた。

 セシリアが答える。

 

「ええ、とても。アンチョビのパスタもとてもおいしかったですわよ」

 

 アルジャーによるとこのあたりは漁業も盛んなので鮮度のいい魚介類も豊富だそうだ。

 そのあともたわいのない話をしていると、電車が目的の狙撃大会の会場がある駅にとまった。 

 

 

 

 #

 

 

 

「こちらが会場ですのね」

 

 セシリアが会場を前にして言った。

 狙撃大会の会場は平原に設営されていた。

 大規模な骨組みの建築物がいくつもあり、ところどころで狙撃ライフルの炸裂音が聞こえている。

 セシリアは花をあしらったワンピース姿であたりを見回した。

 その隣をアルジャーとラウラが歩いている。

 

 ラウラはというとカーゴパンツにそっけない服装だが、抜け目のない表情でそこらを見回している。

 自然このような火気に囲まれた場所では好奇心よりもむしろ警戒心のほうが先に来るらしかった。

 その様子を見てセシリアがラウラのほうを向いていった。

 

「ラウラさん。おわかりかと思いますが銃器に囲まれているからといってすぐ腰元のナイフを抜いたりしないでくださいね?」

 

「無論だ。まかせておけ」

 

「そうですか、すいませんでした。取り越し苦労でしたわね」

 

「ああ、速やかに鎮圧する」

 

「だからそのことを言っているのですわ!」 

 

 セシリアはそのあと、私にかかればナイフすら必要ではないとすまし顔で豪語するラウラに、「一般常識」をよく言い含めたあと、会場を歩きながらあたりを見回した。

 

 会場にはいくつもの区画があり、セシリアが見わたしていると、そのひとつの区画ではテーブルの上で狙撃ライフルを構えたシチリアIS学園の女生徒が遠くに出現するであろうクレーを狙っていた。

 

 その女学生は遠方をスコープで狙い、はっと息をとめ、テーブルから銃床、そして肩骨と溶接姿勢をとり、狙撃ライフルにかけた右手の指でしぼるように引き金を引いた。

 

 瞬間銃身の薬きょうが炸裂し、爆発的に膨張する薬品が弾頭を加速させ、加速した弾頭がライフリングにしたがって回転し安定性を得る。そのまま回転しながら加速し発射された弾頭が空気を切り裂いて的へと疾走した。

 

 その疾走したライフル弾はすんでのところで空中をとぶクレーからそれた。

 

 一番目に出てきたクレーがそのまま反対方向に消えた。

 そして二番目に出てきたクレーを、その少女が発射した第二射が粉々に破壊した。

 

 どうやら、的は空中を飛ぶクレーに、地面から出てくる人型の板。

 それを6連装式の狙撃ライフルで狙撃する、というようなものらしかった。

 

 

 

 #

 

 

『あー!ラウラちゃーん!セシリアちゃーん!こっちこっちー』

 

 セシリアとラウラの耳に聞き覚えのある機械音声が聞こえた。

 二人がそちらを見ると、くだんの自律思考戦車アルバニ3号の姿があった。

 アルバニ3号はある狙撃区画からセシリアとラウラにマニピュレーターアームを振っていた。

 そしてその狙撃区画には一人の大柄な男と、10歳前後の男女がいた。

 セシリアたちはそちらに歩いていって、アルバニ3号に言った。

 

「あらアルバニ、あなたも大会に来てましたのね。もしかしてアルバニも大会に参加しますの?」 

 

 もちろんセシリアには自律思考戦車が狙撃大会に参加するということはないし、また規則としてできないということもわかっていた。アルバニ3号もセシリアが冗談を言ったのだとわかりながら車体を横に振って答えた。

 

『違うよ~。僕はクロエちゃんとネッドさんが来るっていうから。会いにきたの。ねークロエちゃん』

 

 アルバニが10歳前後の少女のほうを向いてそういうと、

 大男がライフルを構えているのを見ていた少女がアルバニのほうを向いて、しかめ面になっていった。

 

「アルバニ、そのまぬけな呼び方はやめてくれない?あと今父さんが集中してるから。静かにしてて」

 

「あー、かまわないよ。クロエ、自由にしゃべってなさい」 

 

 そういって机で狙撃ライフルを構えるネッドが引き金を絞ると、爆音とともに射出されたライフル弾が、500M遠方で空中を飛んでいたひとつのクレーを打ち抜いた。

 

「ナイスショット、パパ」

 

『いやーお見事!ナイスショット!』

 

「ありがとう。この程度朝飯前さ」 

 

 小さく沸いた2人と1機をよそに10歳前後の少年は一人静かなものだった。

 

「アルバニ、このかたがたは?」 

 

 セシリアがアルバニに尋ねると、アルバニはうれしそうに答えた。

 

『うん!この人たちはこっちでできた友達だよ。この子がクロエちゃん、でこっちのお父さんがネッドさん、んでこの子がレザード君』

 

「まぁ、アルバニにお友達が?」

 

 セシリアは驚いていった。隣のラウラも表情にこそでないがどこか意外そうである。

 自律思考戦車には友達を作る機能まであるということか、つくづく戦車離れしている。

 

「みなさん。うちのアルバニと仲良くしていただいてありがとうございます。わたくしはセシリア・オルコット。IS学園の生徒ですわ」

 

 セシリアが笑顔でそういうと、クロエも口元を緩めた。

 セシリアが手を差し出すと、クロエも右手を差し出して握手を交わした。

 

「よろしくね。セシリアさん。なんだか尻の軽そうな人ね」 

 

「しっ、尻っ?」

 

 笑顔をヒクつかせるセシリアだった。

 

「すまないセシリアさん。この子はとても美人だと言ってるんだよ。そうだなクロエ?」

 

「はい、パパ」

 

 ネッドがクロエをたしなめて言うと、クロエはどこか含みのある、しかしおとなしい声でそう答えた。

 

「その、あんまり美人でなんていいかわかんなかったから」 

 

 クロエはそう濁してウヘヘと笑った。

 

「ネッドさんも狙撃大会に参加されますのね?」

 

 セシリアが尋ねると、180cmを超える大男は首を振った。

 

「いや、私たちはあくまで練習だけで、参加はしないよ。あまり目立ちたくはないのでね」

 

「つい優勝でもして、マフィアや警察に目をつけられたらめんどうでしょ?」 

 とクロエが目を細めたわけありそうな笑みを浮かべて言った。

 

「ぼ、ぼくは来る必要がなかったんんじゃぁ」

 とその隣でレザードがこぼすように言った。

 

「そうよ、あんたは来る必要なかった。パパ、なんでこのモヤシ野郎が一緒にいるの?」

 抗議口調のクロエにネッドがさとすように答える。

 

「まぁそういわないでくれ。これも勉強ってやつさ。ガレージにばかりいたら健康にもよくないしな」

 

  

 

 アルジャーの手続きを済ませる必要があったので、セシリアたちは3人と1機にわかれを告げた。

 3人が歩いていると、またしても聞き覚えのある声がセシリアの耳に入った。

 

「やぁアルジャー君。今回も来たんだね」

 

 アルジャーに話しかける声の主は長身で黒い短髪の眼帯をした男だった。

 彼は確か見覚えがある。セシリアが彼の顔をよく見ると、彼は確か先日のカフェでナンパ男たちをしめあげていたマツィーニというシチリアのマフィアだ。

 

「あなたはたしか、マッツィーニさんといいましたかしら、何か御用がありまして?」

 

 セシリアが尋ねると、マッツィーニは両手を上げていった。

 

「そう警戒をしないでくれ。俺はハースニールさんの友人に手を出したりはしないよ。魅力的な女性だとは思うがね」

 

 マッツィーニはそこで言葉を切り、ある狙撃区画のほうを見ていった。

 

「我々は今日は純粋に大会に参加しにきているだけさ。おい!ダンバル!」

 

 マッツィーニが狙撃区画で狙撃体勢をとっている男に向かって叫んだ。その男は黒髪の長髪で、呼ばれてもじっと黙って狙撃ライフルを構えている。

 マッツィーニは男が黙って反応しないことにしたうちした。

 

「ちっつ、あいつまた入ってやがる」 

 

 アルジャーがセシリアとラウラに説明した。

 

「やはりダンバルさんもいらしてたんですね。セシリアさん、彼は狙撃大会の優勝の常連ですよ。私もダンバルさんにはいつも勝ちを持っていかれるんですよ」 

 

 そういわれるセシリアにはマッツィーニが言っていた『入る』と言った意味がわかっていた。

 熟練した狙撃手は、狙撃銃を構えて神経を集中すると、その集中がある一線を越えたときに狙撃銃と一体化したように、まるで自分と狙撃銃、そして標的以外何もなくなったかのように何も聞こえなくなりあたりが静寂につつまれるのだ。

 

 彼はおそらくマッツィーニの声に反応しなかったのではない。声そのものが聞こえていないのだ。

 

 テーブルの上で構える男が、突然狙撃銃を続けて二発連射した。

 するとそれと同時に、そのはるか遠方で空中を飛んでいた二つのクレーが、二つとも真芯をとらえられて粉々にくだけた。

 

 その後、構えをといた男をマッツィーニが呼ぶと、ダンバルと呼ばれた男は気がついてセシリアたちのほうへと来た。

 

「やぁアルジャー。今回も来たんだな」

 

 ダンバルがアルジャーに言った。ダンバルの身長はかなり高いので、160cmほどの身長のアルジャーを見下ろす形である。

 

「まぁせっかく来て悪いが、今回も優勝はいただくよ」

 

―今日はほかのお嬢さんもいるんだな。といってダンバルがセシリアとラウラのほうを向いた。

 

「これは綺麗なお嬢さん方だ。きみたちも大会に参加するのかい?よかったら俺と勝負でもしてみないか?俺が勝ったら今日一日二人が付き合ってくれるってことでさ」

 

 それは挨拶がてらの軽口だった。

 ダンバルの誘いに、ラウラが鼻をならしていった。

 

「悪いが私は試合に参加しないし、妻帯者なのでな。でなくとも誘いに乗る気は微塵もない」 

 

「おやおや、手厳しいな」 

 

 ダンバルが両手を持ち上げて右まゆを挙げていった。

 

「わたくしはかまいませんわよ」

 

「お、本当かい?それは身が入るな。悪いが手加減はしないよ?」

 

「セシリアさん、ダメですよ。ダンバルさんは軽いですけど腕は確かなんですから」

 

 あわてて割って入ったアルジャーにセシリアは笑顔で言った。

 

「かまいませんわ。もし私より腕のある方なのでしたら、むしろ教わりたいくらいですもの」

 

 ダンバルとマッツィーニが顔を見合わせているところに、

 ただし。といってセシリアが人差し指をたてた。

 

「そうですわねぇ。わたくしが勝った場合は、それなりのものを要求させていただいてもよろしいかしら?」

 

 セシリアは少し考えて、続けていった。

 

「そういえば、マッツィーニさんはクルーザーをパーティができるほど持っていらっしゃるのでしょう?もしわたくしが勝った場合は、そのクルーザーを5つほど貸していただくというのはいかがでしょう?」

 

「セシリアさん」

 とアルジャー。

 

「問題ありませんわよ。わたくしたちはシチリアIS学園の生徒というわけではありませんから、癒着ということにもなりませんわよ」

 

 セシリアがそういうと、マッツィーニは少し考えてこたえた。

 

「ああ、かまわないよ。それに運転手もつけよう。ダンバルが負ければ、だけどね」

 

 

 

 #

 

 

 

 セシリアが会場を見回していった。

 あたりには一般参加者やシチリアIS学園生や少数のIS学園の生徒も入り混じっているようである。

 この中から毎回優勝するというダンバルは相当の腕のスナイパーであることは間違いなさそうだった。

 セシリアは無人の射撃区画を見つけると、そちらに向かった。

 

「それでは大会前に少し練習させていただきますわね」

 

 セシリアが射撃区画のテーブルにたちまわりを確認した。

 テーブルの近くには、狙撃ライフルがいくつも立てかけられてある。ご丁寧に射線に人体反応を感知すれば発射できなくするセーフティロックがとりつけられているらしい。

 狙撃のターゲットはというと、テーブルの前方300Mから、左右から飛び出してくる円盤状のクレーと、地面から出てくる人型の板のターゲットらしかった。

 テーブルのスイッチを押すとそのターゲットが起動するようになっているらしい。

 

「じゃぁお手並み拝見といこうか」

 

 ダンバルとマッツィーニもそのテーブルのほうにやってきた。

 

「セシリアさん。まずはライフルの感覚をつかんでください」

 とアルジャーが応援して言う。

 

 セシリアはあたりを一通り確認すると。

 ライフルが立てかけてある棚のほうにいって、ライフルを6丁とり、それを机に並べた。

 

「すみませんがラウラさん。バディをお願いしてもいいでしょうか?」

 

 セシリアがラウラに頼むと。

 

「私か?ふむ、いいだろう」

 

 とラウラが狙撃用のテーブルでライフルを1丁手に取るセシリアの隣に行った。

 テーブルから標的が出る地点までは300M強、かなりの距離がある。セシリアのいる地点からクレーや人型の標的がでてもほぼ点にしか見えないだろう。

 標的のスイッチの隣でマッツィーニが言った。

 

「合図してくれたらスイッチを押すよ。300M向こうに標的が出るからそれを狙えばいい」

 

「準備できましたわ。いつでもかまいませんわよ」

 

 ライフルを手にとって、その感触を確かめていたセシリアが、テーブルに体をつけ、ライフルを構えながら言った。

 

「では、はじめよう」

 マッツィーニが言って、スイッチを押し込んだ。

 

 すぐにセシリアの前方300Mにクレーがひとつとんだ。

 セシリアがそれを狙って引き金をしぼると、狙撃ライフルから発射されたライフル弾が、そのクレーに着弾し粉々に破砕させた。

 

 テーブルは8人用の狙撃区画で、次にすぐひとつのクレーと、地面から人型の標的が現れた。

 瞬間、セシリアが構えたライフルから2発のライフル弾が疾走し二つの的を射抜く。

 

 次に左右から2つづつ、計4つのクレーがあらわれた。

 そのときにはセシリアは距離感覚と弾道の感覚をつかんでいた。

 

「ラウラさん、ライフルを」

 

 ラウラがセシリアに言われるままにセシリアにライフルを渡すと、セシリアはライフルを受け取って、両手にライフルを持って前方に構えると、続けざまに4連射した。

 狙撃銃から射出され高速で疾走する4つのライフル弾が4つのクレーにそれぞれ着弾し破砕した。

 

 標的は次々に人型の標的から、空中を飛ぶクレーからいくつも出現する。

 それが出ると順にセシリアのライフルがすべての標的を射抜いた。

 

 ガキン

 

 音を立ててライフルが弾切れする。

 同時に300M前方では次々に標的が現れる。

 

「ラウラさん、次ですわ」

 

 セシリアの声に、ラウラがセシリアに新しいライフルを2本手渡す。

 セシリアはライフルを受け取りざまに前方で次々あらわれる標的をうちもらすことなくすべて射抜いた。

 

「次ですわ」

 

 再度弾切れを起こしたライフルにラウラから手渡されるライフルを交換して遠方の標的を打ち抜く。

 

 そして次の瞬間、300M先で4つのクレーと4つの人型が計四つ同時に出現した。

 

 前方で8つの標的が同時に現れるのを確認したセシリアは、その瞬間に、両手の狙撃ライフルを空中に放り投げた。

 セシリアの手を離れた2本の狙撃ライフルの銃身が空中でくるくると回転する。

 それと同時にセシリアは横にクルリと回転した。彼女の花のワンピースが遠心力でふわりと軽く浮いて円状になる。 

 

 セシリアが1回転したとき、クルクル回転しながら落下してきた二本の狙撃ライフルを手にとって、その瞬間に左右のライフル弾を300M前方の標的を狙ってそれぞれ4連射した。

 

 両手の狙撃ライフルから連射された8つのライフル弾は高速で空中を疾走し、300m前方の4つのクレーと4つの人型の標的をそれぞれ芯をとらえて打ち抜いた。

 

「ふぅ、こんなものですわね」

 

 それで標的が出終わったことを確認してそうつぶやくようにセシリアが言った。

 

 

「ビュ、ビューティホー…」

 

 それを横で見ていたマッツィーニがうめくように空をあおぐようにして言った。

 狙撃の女神でも見ているのかと彼は思ったが、それはセシリアがイギリスの遠距離型ISの代表候補生であることを知らなければもっともなことだといえるだろう。

 

 セシリアが机に狙撃ライフルを置いて、次にダンバルに言った。

 

「ウォームアップはこのくらいでよろしいかしら。それではダンバルさん。大会ではよろしくお願いいたしますわね」

 

 彼女はそういって花のような笑みで微笑むのだった。

 セシリアに言われて、ダンバルが両手をあげて言った。

 

「いや、いいよ。わかった。俺の負けだ」

 

 ダンバルが言って、マッツィーニに目配せした。

 マッツィーニは小さくため息をついて言った。

 

「わかったよ。いったい何者なんだ?ええと、大型クルーザーを5隻、操縦主つきで、だったな。すぐ手配しよう。まぁ光栄なことさ」 

 

「ありがとうございます。ご好意に感謝いたしますわね」 

 

 

 

 

 #

 

 

「セシリア、さっきのはなかなかの腕だったとは思うが、最後のは遊びが過ぎるぞ」

 

 その後ラウラがセシリアに言った。

 結局、セシリアは大会には参加しないことにしたのだった。

 アルジャーがセシリアに何かコツはないかとたずねると、セシリアは

 

「そうですわねぇ。まずはおきてから寝るまでライフルとすごすことでしょうか。ライフルが体の一部になるくらい」

 

 とそもそも無茶なことを言った。

 

「ど、努力します」

 とアルジャー。

 

 だが、事実セシリアはそれくらい猛烈に狙撃訓練を積んでいるのである。

 気の遠くなるような訓練と、幾度にもわたるISとの同調。それが彼女をイギリス代表候補生たらしめる要因のひとつだった。 

 

 

 アルジャーが受付を終えて、ウォーミングアップにライフルを構えていると、セシリアたちの後ろを3人の小さい男子が走っていくのが見えた。

 セシリアが彼らが走ってきたほうを見ると、先ほどのクロエという少女とレザードという少年、加えてアルバニ3号がいて、クロエがレザードに向かって何か言っているところだった。

 セシリアはそれを見て少し疑問に思ったが、アルジャーにここはどうすればいいでしょうかと聞かれて、アルジャーのほうに振り返った。

 

 

 #

 

 

 

 クロエは、またしても3人の少年に取り囲まれて小突かれているレザードを見つけて、その男子たちを散らすと、レザードに指を刺していった。

 

「あんたほんとにどこでも蹴られてるじゃない。ゴキブリほいほいにでも立候補すれば?あんたの周りにトリモチでもおいとけば、きっとすぐに2、30匹の『ゴキブリ』がとれるわ。クソの役にも立たないけどね」

 

 クロエの剣幕に、少しレザードがよろけて言った。

 

「あ、あいつらは誰かの付き添いで来たんだと思う。それで暇だったんだよ」

 

「そんなこと聞いてない!少しはやり返しなさいよ。自分がサンドバックじゃないって証明するの」

 

「どうしたんだ二人とも?」

 

 近くで狙撃練習を終えたネッドが二人のところにやってきて声をかけた。

 レザードがクロエに答える。

 

「で、でも僕は走るのも早くないし、別にボールを投げるのも早くないし。でもいいんだよ」

 

 クロエが少し卑屈気味なレザードの言葉に空をあおぎながら両手を振ってうんざりしたようにした。  

 10歳前後の少年のヒエラルキーとは、運動ができるか否かということぐらいだった。彼らはレザードより早く走ることができる。ボールを遠くに投げることができる。イケてる彼らと、無力なレザード。この構図が彼らのレザードへの暴力を増長させていた。

 クロエの隣ではアルバニ3号がレザードを心配して声をかけている。

 

「はぁ、私にはそんなことどうでもいいけどね。本当にこのモヤシ野郎。あんたジャンク屋で機械いじってるだけか、ガレージにこもってるだけだしね」

 

 エリート揃いの北欧のIS学園、エリュシオンで厳しい競争を続けるクロエには、10歳前後の男子の運動能力など屁みたいな問題でしかなかった。彼女の前方に横たわる難関とは、ISの機動能力とそれに関する知識であり、クロエはそれを強烈に認識しているからである。

 

 うつむくレザードにネッドが励ますように言った。

 

「どうしたんだ?レザード。大丈夫さ。君はすごいエンジニアになれる、その才能と意欲があるんだ。誰かを守ることだってできるし、たくさんの人に貢献することだってできる」

 

 ネッドの励ましに、しかしレザードは気持ちがはれないままのようだった。

 少年たちの世界に、知性という概念はまだ認識されていないのかもしれなかった。

 レザードやクロエにその認識があっても、コミュニティにそれがなければ物の数ではなかった。

 

「だめよ父さん。ここのやつらはそういう認識がないのよ。アスキック野郎ども」

 

「まぁいいさレザード。いずれわかるだろう。それじゃぁクロエにレザード、そろそろ大会もはじまるし帰宅するとしようじゃないか。帰りにパフェでも食べて帰ろう。ほらレザードも元気を出せ」

 

 彼らはそういって、いよいよ始まろうという狙撃大会の会場から車を止めている駐車場へと向かった。

 早く帰って準備を進めなければならない。今夜は大仕事がひかえていることもある。

 

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