翌日。
5日目のシチリアIS研究都市の南東に位置する大空洞の調査を控え、シチリアIS学園では午前は軽く授業をしたあと、午後はISの整備点検と自由時間に当てられた。
IS学園の生徒たちはそれぞれのISを飛行学園艦アレクサンダーのドックで整備、点検に回している。
午後から千冬には明日の大空洞の調査のほかに、もうひとつ問題が発生していた。
ドックにいる千冬の目の前で両手のマニピュレータアームをすり合わせるアルバニ3号だった。
『あの~。千冬先生、これはいったいどういうことなんでしょう?』
車体をところどころへこませたアルバニ3号が千冬を見上げる。
アルバニ3号の車体は、部分的な取替えや溶接で、ほぼ修理を終えていた。ところどころ小さなへこみは残ってはいたが。
「それはこっちのセリフだバカモノ」
千冬は昨日のマフィアの館で発生した銃撃戦において、このアルバニ3号が関与していたらしいことを市長のウィリアム=バークレーから聞き及んでいた。
それだけではない、なお悪いことに
『ISコアが盗まれた?』
アルバニ3号が千冬に聞き返した。
そのまわりでは別のアルバニたちがザワザワと言い合っている。
「そうだ。シチリアIS研究都市で管理されている輸送中のISコアがひとつ盗難されたらしい、そのマフィアたちがその盗難に関与している可能性があると研究都市側は指摘したようだが、昨日の騒ぎで、それが奪取された可能性が高いとしている。貴様がかかわったものたちの手によってだ」
『そのー。僕は襲われてた「一般人」を助けただけなんですけどー』
「その一般人が誰かを聞いているんだ」
アルバニ3号がなぜそんなところにいたのか、千冬が聞くところによると、ドライブをしていたら突然屋敷のほうから銃撃音が聞こえてきたということらしかった。
それに助けた『一般人』もすぐに逃がしてしまって行方はわからないということらしかった。
一応アルバニの記録も探って見たが、私用コードを除いた軍用コード内の記録に目を引くものは記録されていない。
千冬はためいきをついて目の前でしどろもどろしているアルバニ3号に言った。
「ISコアの貴重性は貴様らも理解しているだろう?それがアルバニ、お前の関与の上で奪取されたということでは、これは我々の責任問題にもなりかねん」
すでに研究都市市長のウィリアム=バークレーからはその責任の所在をやんわりと問われていた。
『せ、責任問題!?』
アルバニ3号が飛び跳ねるようにして、そのまわりの戦車たちもどういうこと?と顔を見合わせた。
「事態の推移によっては、日本政府としても対応する必要がでる。場合によっては、貴様らの解体処分も検討されるだろう」
『えぇ~!?か、解体!?』
まわりの戦車たちは今度は解体!?解体!?と騒ぎ始めた。
「まぁとりあえずのところ、明日の大空洞の調査を控えて、我々も、シリチア研究都市も大きくは動けない。ISコアの盗難については、調査が終わってから本格的に対応を考える」
千冬が震え上がるアルバニ3号に念を押して言った。
「もう一度聞くが、アルバニ。貴様本当になにもしらないんだな?」
アルバニ3号は千冬につめよられて、マニピュレータアームをこすりながら横に動きながら言った。
『し、知りません。なんにも!』
はぁ。と千冬はため息をついた。
「とにかく、アルバニ2号と4号、貴様らは明日の調査に参加してもらう。整備をおこたらないように」
『了解!』
『了解ですー!』
アルバニ2号と4号が腕を上げて敬礼のポーズをとった。
#
『おいおいいいのかい?』
千冬が兵器ドックを去った後、アルバニ5号がアルバニ3号に歩いていってたずねた。
『きみは何か知ってるんじゃないの?ちょっと様子がおかしい印象を受けるけどさ』
アルバニ3号は5号のほうを見て、つぎにうつむいた。
『ごめんねみんなまで巻き込んで。でも僕は私用コードの記録を明かさないでおこうと思うんだ』
うつむくアルバニ3号にアルバニ5号はマニピュレータアームを組んで少し考えた様子をした。
『うーん。まぁきみがそう思うならいいけどさ。僕たちもどうなるかわからないよなぁ』
アルバニ5号があっけらかんとして言う。
『もしかして、本当にラボ送りにされて解体処分されちゃうかもしれないよ?』
『うーん。それはそうなんだよね。ラウラちゃんにあえなくなるのはさみしいなぁ』
アルバニ3号は、解体処分まで覚悟した上で、そうなったらただラウラにもう会えないであろうということを残念そうにするのだった。
アルバニ5号の隣で黙っていたアルバニ6号が言った。
『それに問題は僕らだけじゃないかもしれないよ。僕たちを開発したのはドイツと日本だけど、場合によってはこの二国まで責任を問われてくるかもしれない。ちょっと組織の内外の問題にまで発展しかねないよ』
アルバニ3号は6号にそういわれて、少し言いよどむ風だったが。
『でも…僕は…』
3号の隣のアルバニ2号が3号の車体をマニピュレータアームでガンガンと軽くたたいていった。
『君がそう思うんだったらそれでいいんじゃないかな。わかんないけど。とりあえず明日の調査をしっかりやろうよ。なぁみんな』
2号がほかの自律思考戦車たちにそういうと、輪になって話していた戦車たちは、おー!おー!と口々に言って手を上にあげて意気を示した。
#
「アルバニたちが解体処分される!?」
飛行学園艦アレクサンダーのブリーフィングルームで、セシリアが千冬に聞き返した。
その隣にはラウラも立っていて、上官である千冬の前で平静を保とうとしているが、にわかに驚きを押さえ込めていない様子だった。
「ああ、あくまで可能性だが、日本とドイツがシチリア研究都市のISコア紛失の責任を問われれば、委員会がどのような決定をくだすか予想できん」
「教官!私は反対です!やつらは優秀な兵器です」
なおも強弁をすすめようとするラウラを千冬がさえぎった。
「ボーデヴィッヒ、私のことは先生と言え。しかし、明日には大空洞調査がひかえていて、今我々や研究都市が大きく動くことができない。あるいは、そのタイミングが狙われたという可能性も否定することはできん」
「マフィアの屋敷に居合わせたというその一般人が?」
セシリアが千冬にたずねると千冬は少し考えてこたえた。
「その可能性が高いと、研究都市は見ているようだ」
「そもそもなぜマフィアがISコアを所持していたのですか?」
とラウラ。
「研究都市はISコアの輸送を委託する形をとっていたらしい。シチリアの組織を掌握していて、武装もしている。しっかりと関係を結んでいれば、そこらの警備団体よりも安全だという算段らしい」
「しかし織斑先生」
セシリアが千冬にたずねる。
「そのISコアを取り戻すことができれば、問題は解決するということでよろしいのですね?」
「そういうことだ」
千冬は短く答えて、続けてセシリアに念を押すようにいった。
「だが目下の作戦は明日の大空洞の調査だ。今日の午後はISの点検、整備、加えて十分に休息し、かつ鈍らないように勘をとぎすませておけ」
そういわれて、ラウラはすぐに敬礼の姿勢をとった。
「はっ!了解しました!」
千冬が次にセシリアのほうを見ると
「了解いたしましたわ」
とセシリアも浮かない様子でそう答えた。
#
その後、セシリアとラウラはアレクサンダーの第一ドックにアルバニたちに会いに来ていた。
「アルバニ、少々思わしくない事態が起こったようだぞ」
ラウラがドックに入ってすぐかけよってきたアルバニたちに言った。
「本当にISコアの盗難についてご存知ありませんの?このままではあなたがたは解体処分されてしまうかもしれませんのよ?」
セシリアがアルバニたちに問いかける。
アルバニたちはセシリアに問われて、互いを見合わせて、しかしそれぞれ首を振った。
『ごめんよラウラちゃん、セシリアちゃん。3号はそれについては知らないらしいよ』
「事件の現場で、何か不振な動きを見たということは?」
ラウラがアルバニ3号にたずねた。
アルバニ3号はマニピュレータアームを組み、白い単眼を右上にそらして考えるそぶりをした。
『うーん。でもISコアは僕の視界には入ってなかったと思うよ。しいて上げるなら。あの屋敷にASが3機出現したってことぐらいかな』
ラウラがそれを聞いて少し考える。
セシリアがうつむいて考えるラウラに言った。
「なぜマフィアの屋敷に、巨大マフィアの屋敷とはいえ、ASが3機もあったのでしょう」
「ふむ。たしかにやや過剰な兵力に思われるが、おそらくISコア運搬の際に防衛するための兵力として用意されていたのだろう」
なるほど、そういってセシリアも少し考え込む様子だった。
『ラウラちゃんにセシリアちゃん。考えてくれるのはうれしいけど、僕たちが解体処分されるならされるで、仕方のないことなんじゃないかなって思うんだよ』
とアルバニ6号。
「仕方のないことなわけがあるものか!貴様らそれでいいのか!?」
『んーもちろん解体されなきゃいいとは思うけど、使えない兵器がお払い箱になるのは仕方のないことだよ』
『僕らの1世代前の無人戦車も結局運用が難しくって解体処分されちゃったしな~』
『AS1機分かそこらくらいの戦力しかないし、無力っていうのはつらいもんだよ』
アルバニたちが口々にいって、日本が単独で開発した無人戦車のことを振り返ったりしていた。
ラウラとセシリアはその無人戦車については知らなかったが、単純なアルゴリズムで動くため、戦力にならなかったということだ。
その失敗を鑑みて、ドイツと日本で共同制作されたのが多重的思考回路を組み込まれたこの自律思考戦車アルバニシリーズだった。
「そんなことはない!お前たちは決して無力などではないぞ!」
ラウラが腕を振ってやや落ち込んでいる様子のアルバニたちにげきを飛ばした。
「お前たちを解体処分になどさせん。ISコアも回収する」
ラウラはそういってドックを後にし、セシリアもラウラの後を追った。
#
二人がアレクサンダーの兵器ドックを出てしばらくしたあと、ラウラはセシリアに、シチリアIS学園の駅に呼ばれていた。
ラウラがそれにしたがってシチリアIS学園前駅に行くと、そこには風変わりないでたちをした少女が立っていた。
その少女はチェック調の帽子をかぶり、同じくチェック調のコートを羽織っている。
そして彼女は手にもったフェイクパイプを口にくわえ、ニコチンのない無害な煙を吸い込むと、ケホケホと咳き込んだ。
「セシリア、どうしたんだその格好は?」
咳き込んでいたセシリアは、ラウラの質問に不敵な笑みをたたえて答えた。
「ラウラさん。どうやらわたくしの灰色の小さな脳細胞が活動を始めたようですわ」
片眉を上げるラウラにセシリアは続けていった。
「この事件。このセシリア・オルコットが解決いたしますわ!ラウラさん、わたくしの助手をお願いできまして?」
「セシリア、もしかしてお前楽しんでないか?」
「気にしないでくださいまし。わたくしはこれからその事件が起こったゲッペンの屋敷に向かおうと思っていますの」
ラウラはセシリアの様子に少し憮然としていたが
「ラウラさん、過度の緊張はパフォーマンスを低下させますのよ。こういうときこそユーモアをたしなめる心の余裕が必要ですわ」
とセシリアが改めて同行を求めると、小さくため息をついてそれに応じた。
#
セシリアとラウラは、シチリアIS学園前の駅からシチリアIS研究都市の郊外のゲッペンファミリーの屋敷を訪れていた。
説明を加えると、ISをつかえば電車よりだいぶ早くつけはするが、IS学園外でのISの無断使用はよほどの緊急時をのぞいて禁止されているのである。
「これはまた、ずいぶんと派手な戦闘が行われましたのね」
セシリアとラウラがゲッペンファミリーの屋敷を訪れると、そこにはまだ警察も入っているところで、ゲッペンファミリーの屋敷は何かがいくつも爆発したように、壁面がいくつも吹き飛ばされていた。
巨大な庭にいるセシリアとラウラから見た屋敷の最上階は、窓が破壊され、東側の壁面が著しく破損していることがわかった。
「こんなになるまで、いったい『何』と戦っていたのでしょう?」
「わからんな。これはまるで中東の紛争地帯の光景だぞ。戦車にでもおそわれたのか?」
ラウラとセシリアが警察に言って屋敷に入り、さきほど外からうかがっていた屋敷の最上階へと向かった。
屋上には、警察官が数名と、研究都市の警察の所長なる男が二人を出迎えた。
「いや、ようこそおいでくださいました。シチリアIS学園のかたがたですな」
所長は小太りで背の低い男で、鼻に汗を浮かべてせわしなくあたりを見回していた。
右手で顔の汗をぞんざいにぬぐって話を続ける。
「いやー。ISコアの盗難の件はお聞き及びですかな?」
「ええ、存じておりますわ。我々も自責をきんじえませんわ」
とセシリアが答えた。
他方ラウラはというと、ゲッペンの部屋のASがめり込んだと思われる粉砕された壁を見て黙っている。
「いや、それで我々もおおあらわといったところですよ」
「ええ、わたくしたちもISコアの所在を一刻も早く突き止めようと努力しておりますわ」
所長は、ええ、ええと言って、次にセシリアとラウラに大変綺麗だとほめ、部下の警官たちに手短に指示を飛ばしていた。
その他方でラウラがセシリアに言った。
「手がかりらしいものは、そうないな。しかしASが壁にめり込むほどの衝撃とは、相手は戦車砲でも持ち出してきたのか?」
ISコアの盗難ともなれば、それなりの勢力がバックにいてもおかしくはない。
「そうかもしれませんわね。残りのAS2機は攻撃を受けていないということですし、ASを相手にしている間に、ほかの人間がISコアを盗んで逃亡したのかもしれませんわ」
「そもそも、アルバニ3号はこの窓から逃亡したらしいが」
ラウラがゲッペンの部屋の後ろの大窓を見やって続けて言った。
「アルバニは『一般人』を助けたといっていたが、なんでこんなところに一般人がいたんだ?」
「そうですわね。その一般人の方々のお話が聞ければいいのですが、そちらの足取りは追えるでしょうか?」
「いやー、お二人とも、実にお美しい!」
セシリアとラウラの推論を、警察署長の声がさえぎる。
二人が所長のほうを振り向くと、所長は油の浮いた笑顔で二人を見やっていた。
「しかし、あやしいですな」
「あやしい?我々がか?」
ラウラが怪訝そうに聞き返す。
「そのとおり、あなたがたはISコアの盗難に関与したと思われる兵器を所有している組織の人間だ。あやしまれて当然だろう?」
所長がそういっている間に、所長の後ろには別の警官が2名ついていた。
「なるほど、それはいいとしよう。それで?」
ラウラが所長にうながす。
「そうです。ですので少々、署までご同行願えますかな?いろいろと『調べたい』ことがありますので」
所長が言ってから、グヒヒと笑った。
セシリアがその様子にササっと体を抱きしめるようにして後ろに下がった。
ラウラが所長に言った。
「貴様の口ぶりだと、その調べたいことというのはこの件とあまり関係なさそうだが」
「それはあなたがたの気にするところではない。我々が満足するまで『調べさせて』いただければ、その後釈放しますよ」
「法的な根拠があると思っているのか?警察が何の証拠もない人間を連行するなら、任意同行になるハズだが。我々がそれに従う強制力はない」
「ええ、任意同行です。しかしながら、ある程度の『裁量』というものが認められている」
所長がそういうと、後ろの警察官の一人が腰元から警棒を抜いた。
「おとなしくしたがっておいたほうが、『身』のためかと思いますが」
ラウラはそういっていやらしく笑う所長をするどく睨んだ。なるほど、腐っている。
「なるほど、組織の腐敗とはどこにでもある話だ。しかし私を正面から武力でしたがえようとは、愚かなやつらだ」
そういうと、瞬間所長の前に対峙するラウラの体が鈍く光り、ついで一瞬で全身を褐色の全身鎧のような専用IS、シュヴァルツェア・レーゲンの機体に包んだ。
ラウラがレーゲンの右腕にプラズマカッターを発生させると。
所長が跳ねるように後ろにたじろいだ。
「ひいいぃぃぃ!?」
「どうせなら不意をついておくべきだったな。獲物を前に舌なめずり、三流のすることだ」
ラウラが丁寧に警察署長の行動を振り替えり、アドバイスするようなことを言った。
ラウラのレーゲンの右手に展開されたプラズマカッター場が黒い手にまとわりつきながらバチバチとプラズマを放出し、その一端が軽く地面をなめると、床にしかれた絨毯ごと床が豆腐のように切り込みが入った。
「セシリア、ひとまずここを出よう」
「え?ひゃっ」
ラウラがレーゲンを装着したまま、セシリアを抱えると、そのまま部屋の大窓から外に飛び出して、ゆっくりと浮遊しながら屋敷の広い庭に着地した。
セシリアを地に立たせて、レーゲンを転送する。
警察署長たちは二人を追ってこようとはしないようだった。それ自体は賢明な判断だといえた。
「セシリア、次はどうするね?」
「ええ、ひとつはアルバニが助けた『一般人』が気になりますわね」
そういってセシリアは広い庭の地面を見た。
そこには、アルバニ3号が着地して、逃走した際のホイール後が道路へと続いていた。
セシリアはチェック柄のコートから、用意のいいことに虫眼鏡を取り出した。
#
アルバニ3号の特徴的なホイール跡は、だいぶかすれてはいたものの、なんとか追跡できるものだった。
二人は昨夜アルバニ3号が走ったと思われるその道路を、そのホイール跡をたどって歩いた。
途中、車が横転したあとがあったが、ホイール跡はなんとか追跡することができた。
アルバニ3号は、なぜかえらく込み入ったルートを走って逃走したようである。
「アルバニはまたえらく精密な逃走ルートを選んでいるな。これでは尾行をすることは不可能だっただろう」
平服にもどったラウラがアルバニを賞賛するような様子で言った。
二人は複雑なルートをたどり、何回か同じ道を進んだあと、研究都市の郊外の裏通りを歩いていた。
「それにしても、この街の警察組織はどうなっているのでしょうか。サラさんのいっていたことももっともですわ」
セシリアが少し憤慨したように言った。
「何も珍しいことではない」
ラウラがセシリアに応えて言った。
アルバニ3号のホイール跡は、裏通りを何回も曲がっている。
「イギリスや日本の警察組織に慣れているとそうおもうだろうが、基本的に、組織とは腐敗する性質をはらんでいるものだ。ボールズの実験というものがある。人間は人に命令されると、基本的に判断能力を欠如させ、どのような残虐な行為でも行えるというものだ。組織で命令される立場になり、また組織のほかの人間たちの意志をゆるやかに汲んで、総体として自分たちの利益のみを追求する腐敗組織が醸成されていく」
――まぁ。セシリアが驚いたように言って、続けて言った。
「韓非子の言葉に、人は結局のところ、善徳や美意識に従わず、自分の欲求にのみ従うという言葉がありますが、よしんばそれがある程度的を射ているとしても、警察組織がそのようなことでいいのでしょうか?」
「たいした問題ではないのだろうな。『自分たちは警察だ。だからちゃんとしよう』という風には思わないのがこの街のケースなのだろうな」
ラウラは特に何事でもないような様子でそういうのだった。
彼女は日本に来る前には、黒ウサギ隊としてどのような活動に従事していたのか、セシリアには興味深く感じられた。
警察の腐敗に、マフィアが深く入り込んでいる。どうやらこの街もよいことばかりではないようだった。
と、アルバニ3号のホイールを追う二人に、子供の声が聞こえてきた。バスタードレザードという罵り声である。
二人が裏通りの角を曲がると、4人の男子が地面にうずくまる10歳前後の少年を踏みくちゃにしているところだった。
セシリアはその足蹴にされている少年に見覚えがあった。
「ロウリーレザード!!」
「バスタード!!」
うずくまるレザードを4人の少年が囲んで蹴り続けている。
レザードはただうずくまり、蹴りが腹に入ると咳き込んだ。
「セシリア、あいつらは何をやっているんだ?」
そっけない様子でラウラがセシリアに尋ねた。
「見てわかりませんの?虐待ですわよ。よってたかって、やめさせませんと」
「わからんな。それは楽しいものなのか?」
ラウラが見るレザードを蹴る少年たちは一様に喜色ばみ、ところどころ笑い声を上げている。
「それは、わたくしにはわかりませんが」
「そういうやつらもいるということか、試して見よう」
「えっ?」
ラウラはそう言い放つと、正面で少年を蹴る男子4人のほうを向いて、すばやく腰に刺したアーミーナイフを投擲した。
ナイフが風切り音をたてて疾走し、笑顔でレザードを蹴る少年4人の顔の横を通り過ぎると、すぐ横の壁に突き刺さった。
少年たちが笑顔のまま、何が起こったかわからず、ナイフが飛んできたほうを見た。
するとそこには、グロックをこちらに構えたラウラがこちらに銃口をむけて引き金を引く姿が見えた。
タン! タン! タン!
銃弾が少年たちのそばを通り過ぎて後ろの壁に弾痕を刻む。
少年たちはそれで絶叫すると、蜘蛛の子を散らすようにいちもくさんに逃げ去った。
「ふむ、やはりつまらんではないか」
あっけらかんというラウラをたしなめるより先に、セシリアは床で咳き込むレザードにかけよった。
「レザードさん?大丈夫ですか?」
レザードは、口の中を軽く切ったようで、口の横から血を流している。
「あ、ありがとうございます」
レザードは短く礼を言うと、裏通りに転がった買い物荷物を急いで集め始めた。
「レザードさん。もしよければわたくしに相談してくださってもいいんですのよ?」
セシリアの言葉に、レザードはしかし、道に転がった食材を集めながら、後姿のままで言った。
「いいんだ。僕が弱いんだ、意気地がないからダメなんだよ」
「だから、ネッドさんも…」
そうポツリと言ったのだった。
そして少年は二人分の食材を拾い終えると、セシリアとラウラに小さく頭を下げて、裏通りをセシリアたちの後ろにトボトボと歩いていった。
「レザードさん…」
そのレザードの後姿を見送るセシリアをラウラが促した。
「ホイール痕を追うぞ。こっちだ」
セシリアとラウラがアルバニ3号のホイール痕を追って歩いていく。
アルバニは途中でその一般人を解放したということだが。
セシリアとラウラが裏通りの角をさらに曲がって進んだ。
しかし、彼女らはそこで足をとめてしまった。
「これは…」
ラウラがつぶやくようにいった。
ホイール痕は、表通りに続いていた。
そしてそこには、大勢の人間が流れるように歩いているのだった。
人通りの足ふみで、ホイール痕はそこで消失してしまっていた。
「セシリア…」
ラウラがセシリアに言った。
「これは…残念ですが、ここまでですわね」
そこで二人は追跡を断念した。
ここで断念せざるをえないということは、その一般人の特定をすることはできそうになかった。
セシリアとラウラは、別の可能性を検討しながら、シチリアIS学園へと引き返した。
もう日も沈み夜が来ようとしている。
今は明日の大空洞の調査に集中しなければならない。
#
その夜、セシリアは海上コテージの中で、ひとりバルコニーの椅子に腰掛けていた。
夜はすっかりふけて、海は月明かりが白い光をおろしている。
セシリアは寝る前に、バルコニーでコテージの明かりに照らされて青く光る海の音に耳を傾けながら、紅茶を飲みながら本のページをめくっていた。
コテージにはセシリア一人だった。もう一人のルームメイトは、別のコテージの友人のところに泊まるらしく、きっと今も歓談に盛り上がっていることだろう。
ということだったので、コテージにはセシリア一人だけで、ページをめくる音と波の音以外には何も聞こえなかった。
セシリアが紅茶の杯を傾け、ページをめくっていると、呼び鈴がなり、玄関に誰か尋ねてきているのがわかった。
本を置いて玄関の扉を開けると、コテージを訪ねてきたのはサラ=ハースニールだった。
セシリアがサラの来訪に笑顔で応じると、サラも朗らかに笑ってたずねた。
「セシリアさん。今時間はあるかな?少しいいかい?」
「ええ、かまいませんわよ。どうぞお入りになってくださいな」
セシリアは突然の来訪にちょっとうれしそうな様子でサラをコテージに迎え入れた。
サラをコテージのバルコニーに座らせると、新しく紅茶を2つのカップに入れて、セシリアも向かいのイスに腰掛けた。
「明日は大空洞の調査だね。これはIS学園側の協力がなかったらできなかったことだよ。本当にありがとう。シチリアIS学園を代表しても、私個人としても、お礼を言わせてほしい」
そういうサラに、セシリアはやわらかく微笑んで言った。
「いいんですのよ。お役に立てて光栄です。オルコット家の誉れですわ」
「セシリアさんにそういってもらえるとうれしいよ」
とサラ。
セシリアの目には、はじめてあったときのサラの目のしたの白い肌に対照的なクマが、もっと濃くなっているように見える。
その様子にずいぶん疲れているのかと思った。
「そういえばセシリアさんはイギリスの貴族の人なんだったよね」
「ええ、そうです。イギリスの社交界でオルコット家の名を知らぬものなどおりませんわ」
そのオルコット家の名にしても、セシリアはその名を守るために小さいころから血のにじむような努力を重ねてきたのだった。その結果がイギリス代表候補生だったと言っても過言ではない。
「そうか、一筋縄ではいかなかったというわけだね」
とサラ。紅茶を一口飲み、暗い海を眺めて続けた
「セシリアさん。少し湿っぽい話になるけど、昔の話をしてもいいかな?」
「ええ、ぜひお願いします」
セシリアが促した。
サラはありがとうと言って話を続ける。
「私の故郷はスイスの東部だったんだ。そこのある古い街で暮らしていたんだ」
サラは少し言葉を切って続けた。
「私が6歳のときだ。私がいつものように学校から帰り道を歩いていると、その先の私の街が燃えているのが見えたんだ」
「街が、ですの?」
セシリアが驚いて言う。
サラが肯定して話を続けた。
「一機のISが街を燃やしていたんだ。私の両親はISの研究者だった、私は幼かったからよくは覚えていないんだけどね。それで街が狙われることになったのかもしれない。結局、街の生き残りはほとんどいなかったよ。私と、あとは数人だけ」
「それは、お気の毒ですわね」
とセシリア。
サラは短くありがとうと言って話を続けた。
「それで私は祖父の夫婦に引き取られて、中央よりの学校に移ったんだ。そこでISの機動について学び始めたんだったよ。最初はアーマードスーツを使った機動訓練からだった」
サラの眼が古い記憶を思い返す色をおびる。
「シャーリーや、フレッド。いい友達にも恵まれた。それにいい先生にも恵まれた。みんなその先生が大好きだったな」
そういって、昔を思い返すサラの瞳に苦いものがまじった。
「それから3年たったあとだ。私が移り住んだその街が再び炎につつまれた。私の故郷を焼いたISがあらわれたんだ。それがなぜだったのかは、結局のところわからなかったよ」
「私の同級生も全員死んだよ。そのISにやられたんだ」
「まぁ…そんな」
セシリアは言葉をつまらせた。
「私は、シャーリーが血を流しながら運んでくれたASに乗って、そのISと戦った。なんとかしとめることができたけど…」
セシリアはそれを聞いてさらに言葉を失った。ASでISをしとめるなど、聞いたことがなかった。記録でも見たことがないので、非公式なものとして処理されたのだろう。ASで、ISの空間シールドを破ったとなると、ISの背後のシールドの非多層点をついたのだろうか。
サラが次にこぼすようにいった。
「そのISの搭乗者は、私たちの先生だった」
「私たちの大好きな先生が、なぜこんなことをしたんだって思ったけど、そのとき先生はもう動かなくなっていた。私が殺したんだよ」
セシリアが言葉をつまらせていると、サラが自嘲気味に笑った。
「私の目の下にいつもクマがあるだろう?今でも夜になるとその光景がフラッシュバックしてね。よく眠れないんだよ」
サラは照れ隠し気味にアハハと笑って言葉を続けた。
「神隠しの事件にシチリアの生徒が巻き込まれてるってことは前にも話したよね、私はそれが心配でならない。個人の問題に別の個人が干渉しすぎることはできないといわれれば、それは確かにそうなのかもしれない。でもその理屈に、なかなか私の感情が従ってくれないんだよ」
サラはそこでセシリアがいれた紅茶の入ったカップを傾けた。
今回のIS学園の招待について、サラはもしかしたらかなり強引に進言したのかもしれない。
セシリアは一息つくサラの目のクマを見て、ちょっと胸がしめつけられるような気持ちになった。
その話を聞いて、改めて調査の依頼を受けてよかったと思った。
「サラさん、今日はわたくしと一緒に寝ませんこと?」
え?といってセシリアを見るサラに、セシリアは優しくほほえんだ。
電気が消えた薄暗い部屋の中でセシリアはベッドにサラを招き入れて二人で毛布にくるまっていた。
「どうですか?誰かが近くにいると心がやすまりませんか?」
とセシリア。
「ああ、悪くない気持ちだよ」
サラが言う。
サラはそれで、しばらくすると目を閉じた。
ベッドの上の天井には、コテージのバルコニーから波が月の光を反射して、薄く光の波をゆらめかせている。
「今日はゆっくり眠れそうだよ。でもこんなことシチリアのみんなには頼めないな」
サラが小さく笑って言った。
ほどなくして、サラは寝息をたてはじめた。
セシリアは寝息を立てるサラをゆるく抱きしめたまましばらくして眠りについたのだった。