IS -other world order-   作:3×41

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第14話 五日目

 4日目の夜が明けた。セシリアが海上コテージ内のベッドで目を醒ますと。一緒に寝ていたサラの姿が見えなかった。

 セシリアが起き上がって部屋を見回すと、すでにベッドから抜け出したサラが室内のポットでコーヒーを入れているところだった。

 

「おはようセシリアさん。よく眠れた?」

 

「ええ、おはようございます。サラさんはよくねむれまして?」

 

 セシリアは少しぼーっとした頭でサラとあいさつを交わすと、よく眠れたと礼を言うサラに謙遜して応じた。

 

「コーヒーをいれてるんだけど、セシリアさんもどうだい?セシリアさんは紅茶のほうがよかったかな」

 

「ではお言葉に甘えさせていただいて、アールグレイをお願いできますか?」

 

 サラが笑顔で応じて、キッチンで沸騰していたポットを手にとった。

 

 セシリアが白く湯気を上げるアールグレイのカップを手渡されると、サラはすでにほとんど飲んでいたコーヒーのカップを空にして。

 今日はよろしくお願いするよとセシリアに言ってからコテージを出た。

 

 セシリアは、手渡されたカップのアールグレイの揺れる液面を見つめて少し考えをめぐらせた。

 今日調査する大空洞は、確かにかなり疑惑が強い場所だと思う。

 しかしだからといって、必ず何か出るとも限らなかった。とはいえそれならそれで次の調査にコマを進めるのみである。消息を絶ったシチリアIS学園の女生徒の無事も祈らずにはいられなかった。

 他方でシリチア研究都市のISコアの盗難も気にかかった。

 千冬が日本と連絡を交わしたところ、委員会の感触はよくなかったらしい。もともと懐疑的な意見が半分を占めた自律思考戦車の運用継続については、千冬はやや言葉を濁してはいたが、このままでは運用停止をまぬがれないだろうということだった。

 

 気がかりはあったが、しかし今日は大空洞の調査に集中するべきだ。

 セシリアはそちらに意識をやって、アールグレイのカップを傾けた。

 

 

 

 #

 

 

 

 午前はISの機体チェックとウォーミングアップ、個別ブリーフィングに費やし、1500時に全体ブリーフィングでシチリアIS学園の大教室に関係者が召集されていた。

 チームは、当初の予定通り、日本とシチリアのIS学園生の混成で行われることになった。

 広い教室には、シチリアIS学園生とIS学園生がそれぞれ席に座っていた。

 千冬はまだ教室にきておらず、教室は生徒たちのしゃべり声でざわざわと騒がしかった。

 

「今回の調査は先遣隊としてセシリアとアウシェンビッツ姉妹を中心にした混成チームだというのは聞いているか?」

 

 教室内で座るセシリアの後ろでラウラが言った。

 

「ええ、事前に聞いておりますわ。それにアルバニが2機とほかに5名のメンバーでまず大空洞のおおまかな調査を行うとのことでしたわね」

 

 セシリアの隣の少女が少し興奮気味に、しかしやや怖がりのけを帯びていう。

 

「ISがあれば大丈夫だけどさ。でもすごい深いんでしょ?なんか怖いよねー」

 

 セシリアたちが調査について話していると、他方そのほど近くで、通りのいい声で作戦について不満を呈する声もあった。

 

「私は反対ですね。この調査によそ者を加えてやるのは」

 

 声の主は、シチリアIS学園のレミー=マグラスだった。白髪ショートの頭を机にのせた右ひじで頬杖を突いて、近くに座るサラやアウシェンビッツ姉妹に不平を漏らしている。

 

「そもそもこれは私たちの問題ですよ?なのに調査の先遣隊には半分も向こうの生徒が混ざってるときてる」

 

 レミーはあたりを気にせず不満を口にしている。ハリー=アウシェンビッツがまぁまぁといさめてはいるが、そもそも周りのIS学園の生徒たちも自分たちの話以外はあまり気になっていないようである。

 

「だいたいやつらは信用できるんですか?だいいち、IS機動の腕だってたいしたものじゃないじゃないじゃないですか。役に立つかどうか自体、そもそも議題に上げる必要がある」

 

 レミーは先日のアレクサンダーでの2on2も踏まえて疑念を呈していた。

 それを後ろで漏れ聞いていたセシリアは、それ自体セシリアにはなんのことはなかったが、後ろに座るラウラが気になった。

 だがそれは、セシリアのまったくの杞憂だった。ラウラはというと、その声が聞こえているのかいないのか、ブリーフィング資料に目を通しながら隣の少女たちに説明を加えたりをしていた。ラウラとて、大空洞の調査を前に問題を起こすなどとは思っていないということなのだろう。なのでセシリアも一安心という様子でラウラたちの話に加わった。

 レミーはなおも不満のたけをぶちまけていたが、セシリアには気にすることでもあるまいと思われた。

 

「そもそもそんな無能なやつらを差し向けること自体、おかしな話ですよ」

 

 レミーは右ひじを机に乗せて頬杖をつきながら、左手をヒラヒラと振った。

 

「彼女らが無能であることそれ自体は勝手にすればいいですけどね、こちらとしてはたまったもんじゃない。そもそもちゃんと教育されているのかが疑問ですよ、もしかして彼女らの教師が無能なんじゃないですか?」

 

 セシリアはそのレミーの話を聞いて、言葉を失ってしまった。

 レミーは乾いた笑い声を発して話を続けた。

 

「教師が無能なんじゃ仕方ありませんね。むしろ彼女らは被害者ですよ」

 

――まずいですわ。セシリアは瞬間はっとなった。だがそれは、セシリアの問題ではなかった。

 瞬間、セシリアの後ろの席を中心として、室内の温度が急に冷えたように感じられた。

 セシリアが恐る恐る後ろの席を見ると、そこにはすでに席を立っているラウラの姿があった。

 

(い、いけませんわ)

 

 とまどうセシリアをよそに、ラウラはすっと席を離れ、レミー=マグラスが座りながらしゃべっているほうへと歩き始めた。

 

「殺してやる…」

 

 セシリアの前を横切るラウラの後姿から、不穏な言葉が聞こえてくる。

 

(こ、これは最悪死人がでてしまいますわ!)

 

 ラウラがなおも歩みを進めると、レミー=マグラスがそれに気づいたようで、さっと立ち上がると、歩いてくるラウラに向かって好戦的な笑みを浮かべて両手を持ち上げてベアナックルに構えた。

 

「お、なんだいやるのかい?お前は既に私に負けてるのにさ?」

 

 その言葉には、しかしラウラは何の反応も加えない。ラウラの怒りは、自分の教官である千冬を侮辱された一点にあった。

 セシリアがなんとか二人をとめようと困惑してあわてていると、ちょうどそのとき教室の前の扉が開き、そこからブリーフィングの資料を持った千冬が教室に入ってきた。

 千冬が教室を流し目で確認していくと、見られた生徒たちが次々に口を閉ざして居住まいをただしはじめた。

 次に千冬の目がラウラにとまると、ラウラはぴたっと止まり、右手を頭にかざして敬礼した。

 

「そろっているようだな。では席に着け、本調査のブリーフィングを始める」

 

 千冬が言うと、敬礼したまま直立不動だったラウラが短く「はいっ!」と返事をして席についた。

 

「もしかして、千冬先生は全員の生徒の顔を?」

 

 千冬が教室を見回して、すぐ全員そろっていることを確認したことに。ハリー=アウシェンビッツがつぶやくようにいった。日本の生徒はまだいいとしてシチリアの生徒はあってまだ1週間もたっていない。ハリーの疑問ももっともなことだった。

 

「当然だ。問題がなければ、ブリーフィングを開始するぞ」

 

 

 千冬が教室の巨大ディスプレイにシチリアIS研究都市南部の大空洞の図面を映した。

 穴は直系にして500M以上あるようで、大人数を収容できるドームでもまるまる入ってしまうほどだった。

 縦の長さは数百メートルにおよび、上空からその奥までを見ることはできなかった。

 その空洞は大地から口を大きく開けたように開き、その底から、さらに水平方向に放射線状にいくつも小さな穴が延びているということだった。

 それは聞くだに、不正の隠れ蓑としてはおおよそ申し分ない施設だと思われる。

 

「シチリアIS研究都市との協議の結果、調査チームを三つに分けることに決定した。ふたつは空洞調査チーム、先遣隊と後発隊、残るひとつはシチリアIS学園の予備チームだ。なお、IS研究都市は1800時をもって厳戒令がしかれ、中核部は無人、オートマトンの警備がしかれる。ゆえにテロリズムに対して都市中核の警戒は比較的力を割かなくていい」

 

 千冬がさらに各チームを確認し、先遣隊について説明をしていく。

 

「先遣隊は、IS学園からはセシリア=オルコット、シチリアIS学園からはアルジャー=アウシェンビッツ、ハリー=アウシェンビッツ姉妹を中心に探索チームを結成する」

 

 名前を呼ばれてセシリアが返事をする。

 続いてハリーとアルジャーも返事をした。二人はどこか緊張した面持ちである。

 千冬がさらに残りの先遣隊の名前をあげる。

  

「そして調査には、IS学園から自律思考戦車、アルバニ2号、アルバニ4号をつける」

 

『りょうかいでーす』

 

『がってんしょうちのすけー』

 

 教室の後ろで待機していたアルバニ2号と4号がマニピュレータアームを挙げて応じる。

 その後千冬はそのほかのチームの内訳と予定内容を説明した。

 

「以上だ。作戦は1800時より開始。私、織斑千冬は本作戦の指揮系統としてシチリアIS研究都市と連携し、飛行学園艦アレクサンダーより作戦指揮を執る。ではそれぞれ準備にかかれ!」

 

 教室の後ろでアルバニたちがいくぞーと声を上げた。

 千冬が言うと、教室の生徒たちはいっせいに席を立ちはじめた。

 

 

 

 #

 

 

 

 研究都市郊外で人気のない草原にポツリとあるヴァルツ家。

 研究都市はまもなく厳戒体勢がしかれ、近くの衛星都市に人間の多くは移動する。研究都市に程近いヴァルツ家のまわりはいつも以上に閑散としてひとけがなかった。

 

 そのヴァルツ家のリビング。静まった部屋のソファの上に、クロエが座り、膝に乗せた両手を組んでそれを口につけ、じっと暗闇を見つめていた。

 

 一昨日の夜、クロエの父ネッド・ヴァルツが最後にクロエの通信機に連絡をしたあと、あとから帰ると言っていたネッドが家に帰ってくることはなかった。

 

 クロエは何度も通信機でネッドに呼びかけたが、返事はなかった。

 クロエは翌日ゲッペンの屋敷に向かおうとしたが、レザードにとめられた。何かあれば警察がそれをつかむはずで、それは警察に行方不明を届ければいい。屋敷に行って参考人としての嫌疑がかかるほうがむしろ身を危険にするというのがレザードの発言の趣旨であり、クロエにも、理屈の上ではそれが正しいとわかってはいた。

 

 結局屋敷に向かっても仕方がないという理屈に自分を納得させ、クロエはヴァルツ家のリビングでただネッドの帰りを待つばかりだった。

 

 クロエの座るソファの向こうのソファでは、レザードが横になって寝息をたてている。

 レザードも昨日までは夜通し起きて、クロエとともにネッドの帰りを待っていたが、二日目の徹夜があけて、ついにふらつきだし、結局ソファに体を横にして寝息をたてていた。

 

 レザードは、その間もひとしきり後悔しどおしだった。クロエが気まぐれにそれをたずねると、レザードは自分も一緒にゲッペンの屋敷に行けばよかったとこぼし、クロエは彼が来ても何の役にも立たなかっただろうと鼻で笑った。

 

 その後レザードは何も食べないクロエに何か口に入れるように行って、一人で家を飛び出すと、しばらくして体を泥まみれにして帰ってきて、買ってきた食材で料理を作り始めた。

 クロエは特に興味がなかったが、レザードは孤児院で当番で料理の担当をすることがあるらしい。

 レザードが出した料理を食べることを、最初クロエはしぶったが、何か口に入れておかないと、次何かあったときに動けないと言われ、しぶしぶ料理を口に運んだ。そしてついでに、それはクロエには癪なことだったが、レザードの料理は丁寧で特にまずいところもなかった。

 

 クロエは向かいのソファで眠るレザードのほうを見た。レザードは割れたメガネをかけたまま眠り、眉をひそめて首をよじった。

 そして口をモゴモゴ動かしている。

 

「く、くるな。くるな、母さん」

 

 レザードの顔が苦悶にゆがみ、小さく首を振る。

 クロエは少しあきれた。このモヤシ野郎は夢の中でも虐げられているようだ。

 

 クロエはレザードのそばまで言って、レザードの額に手を乗せた。

 眠りを覚まさないように、手で額をなでて少しぐっとおしていると、それが原因というわけではないだろうが、レザードの夢が別のものに切り替わったのか、再びレザードは表情を緩めて寝息を立てだした。

 

 クロエはその様子を見てため息をつくと、再びソファにすわり、玄関へと続く廊下への扉のほうをじっと見つめて、ネッドの帰りを待った。

 カーテンごしの窓の外では、日が完全に落ちようとしていた。

 

 

 

 #

 

 

 

 1800時 シチリア島南部、大空洞

 

 大空洞調査チームは、シチリアIS研究都市から南東に位置する大空洞へ到着していた。

 途中で大空洞を大きく取り囲むバリケードを抜けて進むと、巨大な縦穴が自分たちを飲み込もうとするかのように口を開けていた。

 調査チームに編成されているセシリアがその穴をのぞくと、その穴はどこまでも下へ続いているように見え、飲み込まれるような錯覚をおぼえた。

 

 まもなく大空洞の調査が始まる。

 セシリアたち先遣チームが調査前の説明を受ける。

 

「これより大空洞の調査を開始します。ここからはISを展開してブースターと、自律思考戦車の電磁アンカーで大空洞をくだります。最下層まで下ったら、次にマッピングを開始します。地道な作業ですが、地下は迷宮のように入り組んでいると予想され何があるかわかりません。各自十分に注意してください」

 

 大空洞の巨大な縦穴を前に、セシリアたち先発チームがそれぞれISを転送していく。

 セシリアもブルーティアーズを転送し、青い燐光に全身を包むと、全身鎧のような青い専用ISブルーティアーズを身にまとった。

 

 その横で、アルバニ2号と4号が調査を前になにやら言い合っている。

 

『ひゃーこわーい!本当にこの空洞を調査するんですかぁ?』

 

『女性ばかりが誘拐されるとはどういうことなんでしょう?もしかして人身売買だったり?』 

 

 アルバニたちが会話する横で、セシリアも空洞を見下ろしていた。

 この調査で、もし誘拐事件の手がかりがあるなら何か見つかればいいのだが。

 セシリアが見下ろす空洞はどこまでも下に続いているようだった。

 

 アルバニたちがそばにうちつけた巨大なクイに電磁アンカーを取り付ける。次に車体の横から伸びるワイヤーを伸ばして巨大な空洞へと降りていく。

 

 セシリアたちも、ISのブースターを起動し、巨大な縦穴に飲み込まれるように、大洞穴の暗闇へとおりていった。

 

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