2030時
シチリア研究都市の南東部、都市の街並みを過ぎて。広く荒野が続いている。
その荒野の暗い夜空を3機のISが飛行していた。
それはアレクサンダーから先刻発信した2機はチハ38式、そうしてもう1機はラウラのシュヴァルツェア・レーゲンだった。
もうしばらく飛べば、大空洞に到達する。
ラウラは暗い空を飛行しながら考えていた。はるか眼下には荒野が後ろに過ぎ去っていくのが見える。
大空洞で異変が起こっている。周辺でISが機動しない。自分たちも大空洞に接近する前に地上に降りなければならない。でなければ上空から墜落することになる。
しかし、大空洞周辺という狭い範囲であるとはいえ、ISを強制的に機動停止させる。事実だとすれば世界を揺るがす大問題になることは間違いなかった。
セシリアたちの安否はいまだ不明だった。組織としても、そしてラウラの個人的な感情としても、彼女らの無事を祈った。
他方、この事件における指揮官は織斑千冬だった。彼女に指揮の責任がかせられている。もし今回のことでさらに損害が拡大すれば、指揮官である彼女の責任にされてしまう可能性は決して少なくない。
しかし現時点での彼女の指揮は決して間違っていない。今だって、そもそも調査チームを分割しなければ、被害はさらに甚大なものになっていたに違いない。
この件において、千冬が自分たちの指揮によって責任を追及される。ラウラにとって、それは許されないことだ。
もし大空洞に到着した後、救出隊を組織するとすれば、迷わず志願しようとラウラは考えていた。
ISがなくても、ラウラなら大洞窟内のゲリラ戦でもかなり動くことができるだろう。
3機のISは急ぎ大空洞へと飛行を続けた。
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同時刻 大空洞内
セシリアたちが大空洞内の一室に閉じ込められて、しばらく時間が経過していた。
セシリアが部屋の壁を調べると、それはかなりの厚さがあることがわかった。
この部屋のただ一つある鉄の扉をセシリアが触ると、ひんやりとした感触が伝わってくる。この扉とそれに続く壁もまたかなりの厚さがある。
扉の向こうでは、しばしばズシンといった音が響いてきていた。もしかしたらこの扉の向こうにはさっきの生物兵器と思われる怪物がいるのかもしれない。それを考えると体に冷気が流れる心地だった。
「あの、セシリアさん」
扉に手をやるセシリアの後ろで同級生の女子が不安そうな表情でセシリアにたずねた。
「アウシェンビッツさんたち、大丈夫かな」
「そうですわね」
部屋に閉じ込められて、しばらく時間がたっていたが、アウシェンビッツ姉妹が部屋につれてこられてはいない。
まだつかまっていないのか、あるいはもう。
「もしかしたら、まだつかまっていない可能性はあると思いますわ。でも彼女たちに救出まで期待するのは難しいかもしれませんわね」
彼女たちはもし無事だったのなら脱出するべきだ。
しかし、ISを起動不能にした、その原因だけでもなんとかしてくれれば。
「私たち、どうなっちゃうんだろう?」
「……」
セシリアはしばし考えた。セシリアに尋ねる少女の気持ちはよくわかった。セシリアとて、平静を保てているわけではなかった。
セシリアは再びあの怪物について考えた。あきらかに人型の、あの生物兵器。あれはどうやって作られたのだろうか。
それを考えると、腹のそこに嫌なものがたまる心地になる。自然な推論をするならば、人間が原型になっている可能性は決して少なくない。
「いずれにしても」
セシリアは口を開き、部屋のみなに言った。
「いまは神経を研ぎ澄ましておく必要があると思います。事態の変化にすぐに対応できるように」
セシリアはそういって皆を励ました。
待つほかないように思われた。だが、何か手はないだろうか。
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同時刻 アレクサンダー指令室内
事態が発生してから30分以上が経過していた。
千冬は司令室で対応策をいくつも思案しながら、司令室中央の立体ディスプレイを見つめていた。
立体ディスプレイには、遠くから大空洞の映像が映し出されている。
気がかりは多かったが、まずは大空洞内のセシリアたちの安否の確認を優先するべきだ。
しかし大空洞付近でISを使うことができず、大空洞内に「何」がいるのかは、いまだ不明だった。
「織斑先生」
山田が千冬に言った。呼ばれて千冬が振り向く。
「いい知らせです。大洞窟内で消息を立っていたアウシェンビッツ姉妹ですが、独力で脱出してアレクサンダーに帰投したとのことです」
「わかりました。すぐこちらへよこしてください」
アウシェンビッツ姉妹がセシリアたちと別の洞窟を探索していたことは通信で把握してはいた。どうやら彼女らはなんとか大洞窟を脱出したようだ。
千冬が山田まやに言ってしばらくすると、その時間は千冬にもひどく長く感じられたが、司令室の扉がバシュという音を立てて開き、学生服姿のハリー=アウシェンビッツとアルジャー=アウシェンビッツが入室した。
「アウシェンビッツ。ただいま戻りました」
「二人ともよく戻った」
千冬が言うアウシェンビッツ姉妹は、司令室を見回して尋ねた。
「あの、サラさんはこちらには?」
「彼女らなら研究都市に呼び出されている。まもなく戻るだろう」
それを聞いて、二人は安堵したような表情を浮かべた。この非常事態においても、この姉妹が頼りにしているのはあの生徒であるらしかった。
千冬は矢継ぎ早にして言った。
「戻ってすぐだが、大洞窟内で何が起こったか簡潔に話してくれ」
千冬が言うと、二人はその状況の報告をはじめた。
「はい。大空洞内で私とアルとアルバニ2号で調査を続けていました」
「突然、アルバニ4号との通信が途絶え、ISの機動ができなくなっていることがわかりました」
と、アルジャー。ハリーが受けて続ける。
「私たちはISが完全に起動停止するまえにISを解除し、脱出を試みましたが、アルバニ2号はアルバニ4号と最後に連絡した地点に向かったようです」
「ハリーと、私はそのまま脱出しようとしました。洞窟を隠れながら道なりに進んで、大空洞の外部の遠方の崖の下に出ることができました。そこから移動して、ISが使える地点に出てから、ユーロガイツを展開してアレクサンダーに向かいました」
千冬が話を聞いて、頭の中で整理して、二人に尋ねた。
「なるほど、悪い判断ではなかった。アルバニたちがどうなったかわかるか?」
その問いにハリーが答えた。
「アルバニ2号の話からすると、4号はおそらく破壊されたのだと思います。もしかしたら2号も…」
千冬はハリーの話を聞いて少し考え込んだ。
自律思考戦車を破壊するとは、それにはかなりの武装が必要になるはずだった。
通信が途切れる間際の怪物という言葉が気にはかかったが。
「二人とも、大洞穴の一件は、シチリアの誘拐事件との関係がある可能性は少なくないだろう。しかし、お前たちには悪いがまずは救出を優先させてもらう」
サラの話からして、一月前に姿を消したシチリアの学生の所在を求める彼女らの気持ちは非常に強いものだと感じてはいる。しかし一方で救出するべき、生きていればだが、先発調査チームにはシチリアの学生も混ざっているのだ。
アウシェンビッツ姉妹はお互いに顔を見合わせて、わかりましたと承諾した。
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同時刻 アレクサンダー内第一ドック
アレクサンダーの第一ドックでは、しばらく喧騒が続いていた。
ISを装備した女生徒たちが、ひっきりなく発進していたからだ。
そしてその広いドックの片隅で4機のアルバニが輪を作って話していた。
『大事件!大事件だよ!セシリアちゃんたちが消息不明だって!!』
アルバニ1号がほかの自律思考戦車たちに言う。
それに隣のアルバニ3号が応えた。
『だいじょうぶかなぁ。無事だといいけど』
『2号と4号は大空洞の調査に同行してたんだろ?彼らはどうしたんだろう?』
とアルバニ5号。
アルバニ1号が両手を組んで言った。
『んー、アウシェンビッツ姉妹の話によると、どうも2機ともやられちゃったみたいだね』
『そうかぁ。無力だなぁ僕たちは』
アルバニ3号がドックの中空を見るようにして言った。
そういったアルバニたちのちかくで、新たに1機チハ38式がカタパルトに送られていった。
この状況で、自分たちは何の力にもなれない。
4機の自律思考戦車の輪で黙っていたアルバニ6号が言った。
『とりあえずはさ、できることをやってみないかい。僕たちでも情報の網羅や整理くらいはできるはずだよ。何か気になることも出てくるかもしれないし』
4機の自律思考戦車はその意見に賛成して、ドックの端で話を交えながらデータベースの膨大な情報の総ざらいを始めた。
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2100時
ラウラはシュヴァルツェアレーゲンを駆り、二機のチハ38式を伴って大空洞への空を切り裂いて飛行していた。
ほどなくして大空洞が遠方に目に入るだろう。その前に地面に降り立っておく必要がある。
大空洞を中心として張り巡らされたISの機動を停止させるフィールドに上空でいる状態でとらわれないためである。ISのシールドなしで上空から地面に激突すれば十中八九命はない。
上空を飛行するラウラにアレクサンダーから通信が入った。
「こちらシュヴァルツェア・レーゲンのラウラ=ボーデヴィッヒです」
通信の相手はアレクサンダー司令室の千冬だった。
『ボーデヴィッヒ、こちらはアレクサンダーの織斑だ。わかっているとは思うが、シュヴァルツェア・レーゲンの現在位置はこちらで把握している。大空洞に近づきすぎる前に、地面に降りておけ。地面にたたきつけられる』
「はっ!了解しました」
ラウラが飛行しながら返事をする。
『もう一点、レーゲンを解除する前に「目」を起動しておけ、何かかかるかもしれんからな』
「はっ!了解です。『目』を起動します」
ラウラはそういって、左目に転送したヴォーダン・オーゲンを起動した。
この目はシュヴァルツェア・レーゲンの固有兵装で、レーゲンの周囲を高度に策敵できる超高性能レーダーである。
ヴォーダン・オーゲンを起動したラウラの左目には、夜空の雲の動きから大気の流れ、眼下の地面の上の小生物の動きまで把握できた。そこそこのエネルギーこそ食うものの、大空洞の前で解除するならば気にすることもないだろう。
目を起動したレーゲンがしばらくとんでいると、ラウラはあらためて千冬の指揮の優秀さを確認した。
大空洞へと続くシチリアの荒野、その地下深くに巨大ケーブルがしかれているのがラウラの左目にかかった。
「こちらシュヴァルツェア・レーゲンのラウラ・ボーデヴィッヒ。オーゲンを起動したところ、気になるものが」
ラウラがアレクサンダー司令室の千冬に通信する。
同時に飛行を停止、上空で滞空しつつ、後ろに続いていた2機のチハ38式を静止させた。
『司令室の織斑だ。なにかあったか?』
「はい。大空洞へと続く地下102メートルに、高エネルギーと大容量情報を送信していると思われる巨大ケーブルを発見しました」
ラウラが報告すると、通信機の向こうの千冬は少し黙って考えているようだった。
「どうしますか?」
『かまわん破壊しろ。その巨大ケーブルの送るエネルギーと情報が大空洞のIS停止現象の原因である可能性がある。ISが起動できれば大空洞のセシリアたちが動ける』
「了解」
ラウラは千冬から通信でそう言われると、速やかにシュヴァルツェア・レーゲンの腰のハードポイントから熱質量圧縮ライフルを抜き、左目のヴォーダン・オーゲンで地面のさらに奥の巨大ケーブルを見据えながら、さっと三回トリガーを引いた。
瞬間3回の爆音が響き、上空のレーゲンから地面に向かって3筋の赤熱する質量弾が疾走した。
3つの熱質量弾は地面に吸い込まれると、それぞれ大地を切り裂いて地面を進み。しかし二つは途中で爆発し、もうひとつは巨大ケーブルの上層に敷き詰められた分厚い複合装甲にぶち当たってそこで爆発した。
これでは威力が足りない。ラウラがそう判断したのとほぼ同時に千冬から通信が入る。
『ボーデヴィッヒ。レールカノンを使え。地殻がかなり硬い上にケーブル上の装甲も分厚い』
――了解。ラウラはそういって、空中で浮遊しながらレーゲンの右肩のレールカノンをスタンバイにした。
シュバルツェアレーゲンの背部にあったレールカノンがせりあがり、レーゲンの右肩から前方へと伸びる。
ラウラが右肩のレールカノンを地表に向けると、次にレールカノンのおおぶりな銃身が白く、次に赤く輝きはじめた。
「レールカノン。イグニット!!」
そう叫んだ瞬間。レーゲンの右肩のレールカノンから大口径熱質量弾が超電磁加速され、通常弾の数倍の超速度で地面に吸い込まれた。
レールカノンの超電磁加速砲熱質量弾は地殻を融解させながら超高速で地面を切り裂き100メートル地下の巨大ケーブルをなんなく引き裂いた。
地表では、レールカノン弾の進入した地点を中心に地表が溶解し爆風が上空にあがりその周りから赤くかげろうがあがっている。
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同時刻 大空洞内
コンクリートの部屋に閉じ込められていたセシリアたちだったが、突然一人の少女が言った。
「チハ38式。再起動しました!!」
「ユーロガイツも動きます!」
動かないISを装備していた少女たちが口々に言った。
それを確認したセシリアに通信が入る。
『セシリアか?こちらシュヴァルツェア・レーゲンのラウラ・ボーデヴィッヒだ。大空洞へ続く地下の巨大ケーブルを破壊した。どうやら通信が回復したようだな』
「ラウラさん?えぇ、おかげで助かりましたわ。ISの機動も回復いたしました」
『了解だ。無事でよかった。私はケーブルの元をたどる、ISの機動停止回路がもう一つないとは限らないという教官の判断だ。そちらは各自で脱出を。健闘を祈る』
「こちらはまかせてくださいな。通信終了しますわ」
通信を切って、次にセシリアは鉄の扉があるコンクリートの壁のほうを向いた。
「ブルーティアーズ。転送しますわ」
セシリアが言うと。彼女の体を青い燐光が包み、次第に首元からブルーティアーズの青い機体に身を包んだ。
そしてブルーティアーズの腰部からビームソード、ブルーツヴァイの青い刀身を抜いた。
「みなさん。ここを出ますわよ」
そういって、セシリアはコンクリートの壁に向かってブルーツヴァイの青いビーム刀身を後ろに振りかぶった。