「硝煙の臭い?あんた、そんなことまでわかるの?」
クロエが驚いた様子でしかめ面でアルバニに聞くと、アルバニは右のマニピュレータアームをひょいとあげていった。
『そだよー。いちおう高度センサーはオフにされてるけど、嗅覚程度の物質センサーは機能中さ。もしかしてガンショップでも見に行ってたの?』
クロエはそのアルバニの推論を適当に受け流した。
「う、うん。まぁそんなところ。私エリュシオンの学生だもん。ガンショップくらいいくわよ」
『えぇぇ!?エリュシオンの学生!?じゃぁクロエちゃんもIS乗りなの?エリュシオンってものすごく厳しいんだよね?』
今度はアルバニのほうが驚いた様子だった。
「うん、今は休学してるけどね。今のところエリジウム落ちはないわ。まぁ当然だけどね」
クロエは身振り手振りをまじえてふてぶてしさを交えていった。
『へ?エリジウム?んー僕もエリュシオンのことあんまりよくしらないんだよなー』
アルバニは言って、データベースからエリュシオンの情報を呼び出した。
エリュシオン。北欧、スウェーデンのIS学園。IS搭乗者のエリートが集う学園であり、極度のスパルタ教育で知られている。問題を起こした生徒、成績が振るわない生徒はその姉妹校、エリジウムに移籍させられ、そこからエリュシオンに戻ることは場合によっては困難、授業のレベルも卒業後の進路もまったく異なる。
エリジウムはエリュシオン生徒には離れ小島と揶揄され、懲罰も含めてエリジウムに送られることをエリジウム落ちと呼ばれていた。1度目のエリジウム落ちはエリュシオンの生徒の8割が経験すると言われており、精鋭ぞろいのエリュシオン生でかつエリジウム落ちを経験しない生徒はさらにその精鋭、ヒルダガンテの称号を与えられている。
『へー、エリュシオンってこんなところなんだー。クロエちゃんもすごいんだねー』
「まぁね。それでアルバニ。あんたはこんなところで何をしてるの?もしかしてシチリア研究都市の偵察?」
クロエに問い詰められて、アルバニは少し答えに窮した。まぁ自分は戦車なんだから、それぐらいのことをしていると勘繰られても仕方のないことではあった。
『い、いやー。その、か、観光に…』
結局、アルバニは見栄を張らずに素直に答えることにした。
「観光?戦車が観光!?とても信じられない」
クロエは10歳前後のあどけない顔をしかめて首を振った。
彼女はアルバニが単に観光で街をぶらついていたことを信用はしていないようだったが。
「そうだ。あんたがドイツと日本で開発された自律思考戦車なら。電子兵装もそこそこいいんでしょう?よかったらそれでシチリアIS研究都市のデータベースをクラックできない?」
『へ?いやーどうかなー。できなくはないかもしれないけど、そんなことしてもしバレちゃったら大問題になっちゃうよ。もしかしたら僕たち廃棄処分されちゃうかも!』
「ふーん。じゃできないか。いいわ、忘れて」
『何か困ってるの?データベースに侵入する以外でなら、何か力になれるかもしれないけど』
アルバニは戦車前部に半分うめこまれた白いボーリング状の単眼を、隣の小さな少女に向けて、申し訳なさそうに両手を合わせていった。
「あんたに何かできると思わないけどね。母さんを探してるの」
『へ?お母さん?クロエちゃんのお母さん?どっかいっちゃったの?』
「そう、ケイトリン・ヴァルツ。私の母さん。私の父さんのネッド・ヴァルツも二人ともエリュシオンの卒業生。すごいでしょ」
『へーすごい!』
男性は日本の一人の例外を除いてISを起動することはできないから、エンジニア枠だろうかとアルバニは推論をめぐらせながらいった。
「うん。それでね。母さんと父さんはこの研究都市で人体工学の研究員とエンジニアをしてて、私は北欧のエリュシオンで勉強してたの。それでしばらく前に父さんから母さんが行方不明になったって連絡があって、研究都市の研究員が行方不明よ?信じられなかったけど、エリュシオンに休学届けを出して飛んで返ってきたの」
『うーん』
アルバニは日本のマニピュレータアームを組んでいった。
『でもさクロエちゃん。それは警察に任せておいたほうがいいことなんじゃないかな?心配なのはわかるけど、いち個人の手にあまるんじゃないかなーって、思うんだけど』
アルバニとクロエは大通りからそれた公園のレンガ床にたって話していた。
アルバニにそういわれて、クロエが両手を振ってこたえた。
「それができたらそうしてるわ!でもダメ。ここの警察は信用できない。まともに捜査さえたぶんしてない。」
そのクロエの言葉に、アルバニが何か言おうとしたとき、クロエの携帯電話に通信が入った。
クロエがポケットから電話をとって耳にあてると、しかめ面になっていった。
「ええ、またレザードが!?」
クロエはけだるそうに両手を振ると、仕方ないといった様子でアルバニに別れを告げ、携帯電話を耳に当てながら公園を出て行った。アルバニはそれが気になったので、そのままクロエの後についていった。
#
住宅街、その建物の角で、レザードは殴られていた。
レザードの年は10歳前後の男子、相手はそれより一回りほど大きい男子が三人だった。
レザードはその三人に囲まれたままうずくまって、男子たちに次次に蹴られては咳き込んでいた。
「うぅ…ゴホッ!」
レザードは短くうめきながら、蹴りがわき腹に刺さってセキを上げた。
その様子を見てレザードを囲んだ男たちは笑い声を上げた。
「ほら!バスタードレザード!!やり返してみろよ!おらぁっ!!」
レザードを囲んだ少年の一人がそう言ってレザードをまた蹴り上げた。
レザードはただ黙ったままうずくまっていた。
少年たちはさらにロウリーレザード、ロンリーレザードといってうずくまる少年を殴り蹴り続けた。
少年たちは満面の笑顔だった。まるでさわやかなスポーツを楽しんでいるかのようである。
そこに一人の少女が現れた。それはクロエだった。
彼女の友達が携帯でクロエに伝えて、今クロエが到着したのだった。
「げっ!クロエだ!!」
うずくまるレザードを蹴っていた少年の一人がクロエに気づいて叫んだ。
それに反応して少年たちが一斉にそちらを向いた。
どうする?逃げるか?少年たちがそう算段を建て始めたとき、クロエは何気なくいった。
「いいわ。私のことは気にしないで、続けて?」
クロエは言って、近くのふたつきのゴミバケツに腰掛けた。
「だってこういうのって弱肉強食ってもんでしょ?そのモヤシ野郎もいい加減学ぶべきよ」
そういってクロエが静観を決め込むのだとわかると、少年たちは安心して、再びレザードを蹴りはじめた。
「孤児のレザード!」
「バスタード!!」
「奴隷のレザード!!」
少年たちが罵声を浴びせながらレザードを殴打し続ける。
クロエはその少年たちの拷問趣味を、暇そうに眺めている。
しばらくそれが続いた。
「あーあ、私もやろっかなー」
クロエがバケツから降りて、少年たちのほうに歩き出した。
少年たちはそれを察して、クロエに道を譲るように立ち位置を変えた。
「でも」
クロエは路地裏の右手に隣接する建物に人差し指を突き立てると、クロエの人差し指の第一関節がそのコンクリートの壁面に埋まり、そこから壁に放射線状にヒビが走った。
「標的はお前らだ。せいぜい抵抗してみろ、クソ馬鹿野郎ども」
クロエの顔がにくにくしげに歪んだ。すると少年たちは飛び上がるように悲鳴をあげて、一目散に逃げ出した。
少女はそれを見て、つまらなそうにため息をつくと、とりのこされてうずくまるレザードのそばに歩いていって、軽く右足で小突いた。
「レザード。あんたまたやられてんの?いちいち呼びつけられる私の身にもなってよね」
後ろからその様子を静観していたアルバニが、ホイール走行で近寄ってきて言った。
『大丈夫?レザード、君?』
アルバニが心配そうに呼びかける少年は、ゆっくりと立ち上がってクロエにお礼をいった。
彼の背丈もまたクロエと同じくらいで、メガネは右側のレンズにヒビがはいっている。
「あ、ありがとうクロエ、助かったよ」
お礼をいうレザードに、クロエはため息をついて言った。
「はぁ、あんたが私の父さんのお気に入りだかしらないけど、私はいちいちこんなことに手間取りたくないの。父さんが貸してくれてるガレージで何をしてるかしらないけど、そこにいるか誰かに蹴られてるかどっちかじゃない?」
「う、うん。ごめんよ」
「はぁ、まったく。あんたはシリアスマンでも気取ってるの?いい?あんなやつらにとってはあんたが善良であろうとすればするほど、ただのカモなの。神を信じれば信じるほどつらい目にあう場合もあるってわかるでしょう?あんなやつらのしちゃえばいいのよ」
「い、いやそれはクロエほど尋常じゃないくらい強かったらの話じゃないか。僕はそれでも誰かに手を出したりなんてしたくないよ」
クロエはそのレザードの言葉にあきれたように両手をふった。
アルバニが興味深そうにクロエにたずねると、クロエはこの自律思考戦車に簡単にレザードについて説明した。
「こいつ?こいつはレザード・スティグリ。孤児で、孤児院で生活してるわ。なぜか父さんと母さんがこいつを気に入ってたみたいで、こいつに家のガレージを貸してやってるみたい。わけわかんないけどね」
『へぇ~。だからバスタードとか孤児とか言われてたんだねー、でも奴隷って言われてたけど?』
「ああ、こいつの左手を見てみなよ」
アルバニがクロエに言われるままにその単眼でレザードの左腕を見ると、まくりあげられたレザードの左肩には焼印があった。
『うわ~いたそ~。これは?』
「レザードの両親がつけたらしいわよ。こいつはそこらのアホどもだけじゃなくて、両親にも虐待を受けてたらしいのよ。それで孤児院に移された。まぁ研究都市の孤児院は基金が豊富だしそれでよかったんじゃない。どうでもいいけど。ああ、話をもどすわね。それでレザードは、まぁどこにでもある被虐待児だったのよね。両親の嗜好的な拷問趣味だか、ストレス解消のサンドバックだかしらないけど。まぁ歴史だとちょっと前には白人が黒人奴隷を増やすためにバンバカはらませて奴隷商人にうっぱらってたっていうし、特別珍しい性質の話でもないわね。そのころはレザードはだいぶ太ってたらしいから、太ももあたりには肉割れなんかも残ってるって、誰か話してたわ」
母親が太った人間を見るのが好きだったらしいわよ、甘い毒なら殺していいってわけじゃないのにね。そうクロエは言って説明を続けた。
「それであるとき、こいつは逃げたらしいの。とにかく虐待から逃れたくて飛び出した。でもすぐ連れ戻されて、こいつの両親はよそには善良な両親で通したいけど、レザードには怒りがおさえられなくて、それで見えない肩口に奴隷の焼印をつけたらしいわ。でもそれが決めてになってレザードは孤児院に移された。まぁあんまり気持ちのいいはなしじゃないけどね」
アルバニにはそれはそれで同情のできる話だと思ったが、クロエはそれをケロリとした表情で話すのだった。
「私にはこいつの過去なんて関係ないし、こいつがモヤシ野郎でいちいち私が駆りだされるのがいちいち面倒なの」
「そ、それはごめん。僕だって昔のことを気にしちゃいないよ。それでクロエ。今日の夜だけど、本当にやるの?」
『今日の夜って?』
レザードがクロエに聞いて、クロエは空をあおいでうんざりしたように両手を振った。
「それは言うなって言ってるでしょ!?あんたに聞かれたのがおおポカだったわ。このイカレチンポ野郎。あんたには関係がないし、アルバニ、あんたにも関係ない。わかった!?」
『りょ、了解!』
アルバニがクロエの剣幕に右手で敬礼の形をとると、クロエはやや憤慨した様子で裏通りから出て行ってしまった。
それから少しして、レザードもアルバニに少し興味を示しながら、しかし特に何か聞くことをせずおぼつかない足取りでフラフラと裏通りを出て行った。
『・・・』
アルバニも少し考えるようにして、その後脚部のホイール移動で裏通りから出て行った。
#
1900時
少年レザードは、研究都市の外縁の歓楽街のあるビルを訪れていた。
あたりの歓楽街は、まるっきり10歳の少年には似つかわしくない。
レザードはエレベータに入り、5のボタンを押すと、小さくツバを飲み込んで上昇するエレベーターの中で待った。
チン、と音がして、5階でエレベーターの扉が開いた。
そこはバーだった。大人たちがそこここで酒をあおり、煙草のようなものをふかしている。
「あぁ?なんだこのチビは?」
そこはただのバーではなかった。あたりをしきるマフィア、ゲッペンファミリー専用のバーだった。
そのバーにエレベーターから一人年端の行かない少年が出てきたのだから、その反応は当然といえた。
「ボォクゥ?ここは君みたいな子供が来るところじゃないんだ。わかるかなー?」
大柄の黒人の男がエレベーターを降りたレザードに言った。
店には煙草だけでなく、大麻の焚かれる臭いまでが薄くたちこめている。
「あの、ここはゲッペンファミリーの専用バー、であってますか?」
レザードの質問に、ソファで酒を飲んでいた男が二人立ち上がった。
「ああ、それで合ってる。それでガキ。なんだてめぇは?」
そういわれた10歳の少年は、続けてたずねた。
「ゲッペンファミリーに質問があって来ました。あなたがた、ケイトリン・ヴァルツについて知っていることを、僕に教えてください」
「ほう。ケイトリン?」
10歳の身長のレザードからすると、男たちは3、4倍の身長だった。
男が一人、二歩さらにレザードに歩み寄った。
「ああ、そうだ。ケイトリン・ヴァルツのGPS反応が、あんたたちゲッペンファミリーの屋敷で途絶えてるんだ。何も知らないとは言わせないぞ。もししゃべらないなら…」
「しゃべらないなら?」
「ぼ、ボコボコにのしてやる!」
レザードがそういってすぐ、レザードの顔に男のこぶしが突き刺さり、レザードを吹っ飛ばした。
「ふざけてんのかこのクソガキ!!」
激高した男が吹っ飛んで鼻血を出した少年に歩み寄った。
この男は大麻をやっていて、ハイになっている。
それを知っているまわりのマフィアの仲間が、男に殺さない程度にやれと釘をさした。
男がレザードに歩み寄って、腕を振り上げた瞬間。
レザードの位置から男の胸から刃が生えるのが見えた。
それは正確には刃が生えたのではなかった。
男の背後から、刃に貫かれたのだ。
男は胸から生えた刃を確認し、その胸から血が流れ始めると、白目をむいて倒れた。
男が倒れると、その後ろから一人の少女があらわれた。
バーにいた男たちが8人、その事態に立ち上がった。
10歳前後の少女である。その少女、目には黒いハチマキを巻いて目の部分だけくりぬいて顔を隠している、は
両手に二本の刀を持ったまま、その男たちに振り返って言った。
「クソ馬鹿野郎でも、どれだけやれるか見せてみな」
顔を覆った少女が言ったときには、すでに二本の刀を持つ少女に、ナイフを持った男が二人走りかかっていた。
一人目の男が少女にナイフを突き出すと、少女はそれをかわしざまに右手のカタナで男の腕を跳ね飛ばし、絶叫する男の後ろ飲もうひとりの男に、左手のカタナを構えて突進し、男の懐にもぐりこんでカタナを男の胸部に突き刺した。
その男も崩れ落ちると、次は左右から、右から一人、左から二人のマフィアが突進してきていた。
「りゃああああぁぁっ!!」
叫ぶと、少女は地面を強く蹴り、右手の男に飛ぶと、その男を強く蹴ってふっとばし、三角とびのように空中を滞空して左手の二人の音たちを上から飛び越え、着地ざまに背後から両手のカタナでそれぞれ二人の男の背中を切り裂いた。
ついで右手で吹き飛ばされた男のほうに走って、ジャンプし、落下のスピードにのせて右手のカタナを男に突き刺す。
カタナを突き刺された男はビクっと体を震わせてすぐに絶命した。
「こんなもん?ぜんぜんつまんない」
少女はニヤリと笑うとすぐに斬りかかってきた男のナイフをかわし、さらに切り返しをカタナで受けてから、ジャンプして体を横に回転しながらその男を肩口からけさ斬りにすると、反対方向でエレベーターに逃げ出すマフィアに右手のカタナを投擲して、回転する刃が後ろから逃げる男の首に突き刺さった。
そのとき、店の奥の男が少女の頭部に向かって拳銃の引き金を引いた。
少女はそれを目ながら、超反応で首をひねって銃弾をかわすと、左手のカタナを投擲して男の胸部に突き刺し絶命させた。
バーに静寂が立ち込めた。
その顔を覆った少女は、一瞬で8人のマフィアを殺しつくすと、バーの入り口で鼻血をふいているレザードのほうに歩み寄った。
「君は、どうして…」
レザードが少女に尋ねると、少女は両手にとったカタナを持ったまま口角の端を持ち上げていった。
「私?私はバスターガール」
「いやクロエだろ。なんで君がこんなところにいるんだ」
「・・・」
レザードに一瞬で正体を看破されたクロエはつまらなそうに両手を振っていった。
「それはこっちのセリフ。あんたなんでここで殺されかけてるわけ?」
クロエはそういうと振り返って、店の奥に入っていった。
そこにはPC端末がいくつも並んでおり、クロエはそのディスク類をぞんざいにバックにつめ始めた。
「レザード、あんたも手伝って。ここのデータも吸い出してもっていく」
「うん、わかった」
レザードは特に疑問をさしはさまずにクロエを手伝った。
「ケイティおばさんのことを探してるんだろ?でもここまでやることなかった」
レザードはクロエの目的をあらかじめ漏れ聞いていた。
クロエの母親、ケイトリンはこのマフィアの屋敷でGPSの連絡を絶った。クロエと彼女の父親ネッドはそれを調べている。
だから先にこのバーにきて、荒事を避けようとしていたのだ。まったくの無駄に終わってしまったが。
「これは宣戦布告よ。この媒体から情報が必ず得られるとも限らないからね。それにこんな麻薬をまくだけのひとさらい、私は許すつもりはないわ」
二人はあらかたの作業を終えると、建物の屋上にあがってそこから隣のビルに乗り移るところだった。
「レザード、あんた先にいって」
クロエにいわれて、レザードが先にとなりのビルに飛び移る、隣接して建設されたビルはほとんど50cmほどしか隙間がなかった。
レザードが建物に飛び移ったときである。レザードが振り返ってクロエのほうを見ると、先ほどのビルの屋上に続く扉から、肩口から血をながしたさっきのマフィアが出てきて、右手に持った銃でクロエの後頭部を狙った。
「危ない!クロエ!」
「えっ?」
マフィアが引き金を引き、発射されたマグナム弾がクロエの後頭部に向かって疾走した。
その瞬間、クロエの後ろに金属質の物体が飛来して、マグナム弾をその装甲ではじきとばした。その装甲には傷ひとつついていない。
同時に、そのマフィアに別の遠方から飛来した狙撃ライフル弾が男の頭部を貫通し、男を絶命させた。
遠くのビルの屋上に待機していたクロエの父親、ネッドの狙撃だった。
『いやー危ないところだったねー。なにしてるのクロエちゃん』
クロエをかばうように飛来したのは、自律思考戦車アルバニ3号だった。
アルバニ3号はケロリとした様子でクロエのほうを向いていった。
「アルバニ、まぁ、ありがとう。でもライフル弾でも使わなきゃ、あのくらいで私は傷つけられないわ」
そういうクロエの耳に取り付けられている通信機にネッドから通信が入った。
「クロエ、相手を殺したかどうかはしっかりと確認しなさい」
「はい、父さん。ごめんなさい」
クロエはネッドが待機している遠方のビルを向いていった。
「ところで父さん。ナイスショット」
「センキュー。クロエ、レザードをつれて早く帰ってきなさい」
ビルの上の二人の少年少女と1機の戦車は、あらかじめ想定していた逃走経路でもって、速やかにその場から離れていった。
#
クロエとレザードとネッド、そしてアルバニは、逃走経路を進んだあと合流し、そのあとネッド・ヴァルツの自宅に移動していた。研究者とエンジニアの家だけあって、広さはかなりあり、アルバニまでおさまって、3人と1機はダイニングを囲っている。
「それでレザードに助けられたわけだな。君はなかなか根性があるんだな、見直したよ」
その家の主、ネッド・ヴァルツは左手を振りかぶるようにしてレザードに感謝した。
「そんなことない!父さん。こいつはただボコられて鼻血をふいてただけよ。てんで役立たずだったわ」
クロエが抗議すると、ネッドは眉を上げていった。
「うん、まぁ小さいことはいいだろう。レザードはエンジニアの才能がある。本当だぞ?母さんも、この子の才能には舌を巻いていた。だから研究用のガレージもひとつ貸して、中のことはプライバシーだから詮索はしていないが、いろいろと教えてるんだ。いいエンジニアになれるぞ」
「エンジニア?こんなモヤシ野郎より私のほうがずっと強いわ」
「ああ、それはもちろんだよクロエ。それとこれとは別の話さ。それで今回回収した端末だが」
ネッドは両手を上げて少し空を切るように振り回して続けた。
「有益な情報は、残念ながらなかった。やはり中枢に切り込む必要があるだろう」
「わお。のぞむところだわ」
クロエが武者震いをするように笑っていった。
その笑みに強がりの様子は微塵もなかった。
「それで、あー、アルバニだったか?」
ネッドがアルバニのほうを向いていった。
『あ、はい。アルバニ3号です!クロエちゃんから聞いてます。よろしくヴァルツさん』
「ネッドでかまわない。娘を助けてくれたこと、感謝するよ。それでアルバニ、今日のことは、私たちだけの秘密にしておけるかな?私用情報ということで、ロックをかけることは可能だと思うんだが?」
ネッドがアルバニにたずねると、アルバニは少し考えた。
『あ、はい。可能ですねー。じゃぁこれは秘密ってことで、私用ロックをかけておきますね~』
と、アルバニはいわれたとおり快諾してその情報をメモリーの奥に封印した。
アルバニは、その後クロエと連絡先を交換し、鼻歌まじりに帰路についたのだった。
その後門限破りで千冬にずいぶんとしかられたのだが。