「俺だってチートが欲しかった〜ブサイクデブなおっさんの魔法陣」 作:雨天 蛍
亜人討伐作戦は、近場では行われないようだ。
何人もの傭兵が船に乗り込む。複数の船が傭兵を乗せて運河を渡る。
時刻は早朝。石の街の空気と川の温度差により霧が発生している。
船が進む。ちゃぷんと波音を立てて静かに動き出す。
水門が開かれる。立ち込めた霧を引き裂いて世界が姿を表した。
横から太陽が差し込む。幾本もの川があるこの場所は、太陽の光を反射して、輝くオレンジ色の世界を生み出した。
出港だ。
「すげぇ……綺麗だな」
外の光景に圧倒されたトールさんがぽつりとこぼした。
俺も確かに綺麗だと思った。だがそれ以上にトールさんが可愛い。
美人って得だよな。綺麗な光景と一緒に絵になる。
「朝の川は綺麗よね。ここは水が多いから、角度によっては一面水辺に見えて光を反射したすごい光景も見られるのよ」
誇らしそうにネヴィアさんが言う。この場所に愛着があるのだろう。いつか見に行きましょうと笑っていた。
「その気になりゃいつでも見れるだろ」
フレイ君も少しだけ外の様子を見ながら、素直じゃないセリフを吐いた。
「寒い」
一番厚着をしているナタリアさんが情緒もへったくれもない事を呟く。
「あらあら、それじゃあ少し中に入っていましょうか」
苦笑したネヴィアさんがナタリアさんを連れて船の中に入っていった。
「どうしますか?」
「もう少しだけこの景色見たら、あいつらを追っかけようぜ」
まだトールさんはこの景色が見たいようで、船の縁に掴まったままだった。
少しだけ箱を開けて俺のヒロインにもこの景色を見せてあげる。
どうだ、コン。綺麗だろ?
ミイラを撫でて満足した俺は、そっと箱を背負い直した。
気分は炭治郎。
「……っよし! それじゃああいつらの後を追いかけようぜ」
トールさんも十分景色を眺めたようで、船の中に移動することにした。
甲板にある階段を降りると、低い天井ながらもそれなりの空間があった。
中では、木箱をテーブルにして傭兵達が酒を飲んでる。
「あ、二人とも、こっちだよー!」
ネヴィアさん達も既に酒瓶を開けており、顔も若干紅潮していた。
こういう所でギャップを感じる。日本だったら昼間から酒など飲まなかった。
しかも仕事前だし。
だから、こういう場面に遭遇すると、なぜだか少しだけ疎外感を感じる。
この世界に馴染めてない感じ。ファンタジーの迫力を見せつけられた。
ネヴィアさん達も傭兵なんだよなぁ。こういう所がそれっぽい。
「いい大人が昼間っから酒かよ」
「傭兵なんてこんなものよ」
トールさんの言葉に笑って酒を飲むネヴィアさん。すっかり出来上がっていらっしゃる。
フレイ君は木箱に突っ伏して寝ている。ナタリアさんも静かに眠っていた。
「明日のことは今日わからない。明日の事を思うだけ無駄だ。傭兵よ、この一瞬を空費するな。余命いくばくかわからない」
ネヴィアさんがそう謳って酒を飲んだ。杯を空にして言葉を紡ぐ。
「傭兵達の言葉ってやつだよ。明日生きていられるか分からない。なら今を生きよう。今を無駄にしないように生きようってね。その結果が酒を飲もうだなんて、笑えるけどね」
そう言うと、また酒瓶から杯に酒を自分で継ぎ足して美味そうに飲んだ。
「さあ、飲もうじゃないか。今日を大事にしよう。私達は仲間なんだ。最後がどうなろうと、楽しい思い出で終わらせたいじゃない?」
「そうだな……俺にも注いでくれよ」
「美人に酌をさせるだなんて。まあいいわ。ナタリアは飲まないし、フレイは弱いからつまらなかったのよ」
ネヴィアさんはトールさんと俺にも酒を注いでくれた。そして、三人で杯をぶつける。
「乾杯!」
音頭に合わせて一口酒を飲んだ。昔から苦手な熱が喉を通る。むせかえりそうな匂いが喉の奥から込み上げてくる。
俺は酒もタバコもやらないおっさんだ。
だけど、この時だけは、酒を飲んで良かったと思えた。
なんだか、少しだけ異世界に近寄れた気がしたんだ。
「これより、作戦概要を確認する!」
船の甲板。傭兵達が集められて、樽の上に乗ったちょび髭のオヤジが声を張り上げた。
目的地に着いたらしく、次々下船作業が進んでいる。俺達は傭兵なので一応それっぽい集団に紛れていた。
「冒険者ギルドから情報が入り、遂に我が都市の直近にある森にも亜人がいることが判明した! そこで、冒険者ギルドと共同で、ここ近辺の亜人捜索及び討伐作戦を実行する!」
おぉー! と周囲から声があがる。
「うえぇぇぇ……」
「グゥ……グゥ……」
「おい、ハナダ! もっとこっち寄れよ! お酒を注ぐんだにょ!」
我々均衡の首輪は既に死屍累々の様相を晒している。船酔いに酒酔いでグロッキーになったネヴィアさん。いまだ眠り続けるフレイ君。ネヴィアさんと飲み続けた結果、絡み酒と化したトールさん。
ナタリアさんは酒を飲んでいない。むしろ飲んだ俺を咎めるように見つめてきている。
「ハナダなら止めると思ってた」
「すみません。傭兵とはこういうものなのかと思いまして……」
他も飲んではいたが、きつけ程度の量だったらしい。顔にまで酒が回るほど飲んだ奴はそう見当たらない。
俺達だけのようだ。近くの傭兵達の視線が痛い。
「既に終わった気分でいる馬鹿者もいるようだが、これからが仕事だ。くれぐれも酒に溺れて無様な姿を晒さないように! 以上!」
これ以上笑いものにされるのも嫌だったので、号令がかけられると共に素早くトールさん達を連れて船を降りた。
傭兵集団の後をついて歩く。荷物を運び仮の拠点を作っている集団を尻目にずんずん奥へ進む。
なんか知らないうちに山に入っていた。
「……ねえ」
「……はい。ナタリアさん」
フレイ君をネヴィアさんの犬が運び、ナタリアさんがネヴィアさんを運んでいる。俺は箱を背負っているのでトールさんを軽く支えているだけだ。
そして、ナタリアさんがネヴィアさんを下ろした。完全に立ち止まる。
「……これ、私達前線に来てない?」
「奇遇ですね。私も薄々そうなんじゃないかって思ってました」
悲しきかな日本人の性。集団に紛れて行動すると安心しちゃうんだよ。
その結果山の中に来てしまうことになるとは思わなかった。どうしよう。
周囲には、俺達の先行きを示すかのように、暗雲がたちこめている。