「俺だってチートが欲しかった〜ブサイクデブなおっさんの魔法陣」   作:雨天 蛍

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 木船が大きく揺れる。水門をくぐり抜けて街の中に入った船は、船尾を水門よりも余裕を持たせる程度に進むと、ゆっくりと速度を落とした。

 

 

 船と街の通路に橋がかけられる。慌ただしく水夫が木箱や樽を運び出し、偶に網に足を引っ掛け、たたらを踏む。少し肩がぶつかって、怒鳴り声があがった。

 

 

 船を浮かべる水面は、石畳の街に僅かな隙間だけを見せており、再び船を進ませるのには少し窮屈そうである。これほどまでに大きな船が来るのは、俺にとっては初めてだった。

 

 

 喧騒が遠くに聞こえる。塔の一室。他の家々よりは頭の大きい場所で、俺は街の光景を眺めている。

 

 

 石造りの街は、周囲を大きな壁で囲っており、あまり風通しは良くない。熱しやすく冷めやすい石と、熱しにくく冷めにくい水では、温度差が発生して霧が立ち込めやすい環境だ。しかし、今日は晴れている。

 

 

 少し離れの小さな橋の欄干に腰掛け、えんじ色のマントを着たおっさんが釣り糸を垂らしている。なんの物音も立てていないのに、彼はこちらの視線に気付き、手を振ってきた。

 

 

「何見てるんだ?」

 

 

 赤髪の美少女が声をかけてくる。窓から目を離して振り返ると、光に慣れた目が、少し暗い部屋を映し出した。

 

 

「この街を眺めていたんですよ。ちょうど、この部屋は高くて、周囲を見渡せますからね」

 

 

「へぇ、水に光が反射するから街の眺めは結構いいと思うぜ。私も偶に眺めるし。お、あっちにいるの、Sランク冒険者のおっさんじゃん。おーい!」

 

 

 俺の横に上体をさしこんだトールさんが、大声で冒険者のおっさんにアピールした。おっさんも大きく手を振り返している。

 

 

 この世界に転生して、かれこれ三十日が過ぎようとしている。早くも一ヶ月。近年、時間の流れが早く進むように感じるおっさんからすれば、とんでもなく長く感じた一ヶ月だ。

 

 

 思い返せば、魔王様だとか、亜人に出会ったとか、犬料理を食べたりだとか、色々あった。それこそ、ネット小説の主人公みたいに、物語とでも言えそうな展開ばっかりだ。

 

 

 衝撃的なことといえば、俺に面と向かって会話する人が多いって言うことだ。

 

 

 スマホがある現代だと、人は、互いの顔を見て会話をする機会そのものが減っている。社会人の先輩たるおっさん達からすると、そういう態度に腹を立てる事も多い。

 

 

 だけど、仕事中に話しかけられると、おっさん達もパソコンに集中しながら生返事を返すこともある。

 

 

 まあ、それが普通だ。

 

 

 それに加えて、俺はブサイクだったものだから、顔を見て話をするどころか、会話をすることそのものが少なかった。

 

 

 それに比べて、この世界の人間は、あまりそういう事が少ない。

 

 

 確かに俺がニチャァ……と笑えば、引く奴もいる。だけど、面と向かって俺の顔面を批判するやつはいない。それができるほど親しかったりしないというのもあるのかもしれないが。

 

 

 酒場であっても、笑いものにしてきたり、野次を飛ばす人はいなかった。

 

 

 人としての優しさ、善良性が高いのだろう。

 

 

 ネット文化が進んだ日本や地球では、こうもいかなくなった。

 

 

 水は低きに流れると言うが、その通りに、人は堕落していく。ネットを介して、見えなかったものが見えてくると、ハードルを勝手に下げる人間が増えてくる。

 

 

 あいつよりはまだマシ。そう思って、人は堕落していく。

 

 

 人間性の枯渇だと、勝手に思っている。

 

 

「なんだ? 今日は朝っぱらからおっさんが黄昏てるなぁ」

 

 

 そういうおセンチな気分になるんだよ。おっさんとは寂しい生き物なんだから。プライドとか、色々素直にもなれない社会の弱者なんだよ。海でいうマンボウと同じ存在なんだ。あっさりと死んでしまう。脆い社会生命をした生き物なんだ。

 

 

 そんな中で、積み上げた人生を誰かに聞いて欲しくて、熱く持論を語っていくんだ。説教臭く話すようになるんだ。

 

 

 そして、人はそれを鬱陶しがる。

 

 

 失敗した人間が、何を偉そうにって。

 

 

「過去を振り返るのも大事だけど、どうせ気にしたって変わらないんだから、今を見て生きようぜ」

 

 

 美少女イケメンが励ますように肩を叩いてくる。

 

 

 おっさんもそう思えるだけの若さが欲しいものだ。

 

 

 そう、コンちゃんを復活させた若返り装置のような何かが欲しい。

 

 

 若さがあれば、色々できる。

 

 

 顔はどうしようも無くても、やり直せるんだ。

 

 

「ちょっと! 二人とも聞いてるの!? これから冒険者になるんだから、まずは資格を取らなきゃいけないんだからね!」

 

 

「はいはい。わかってますよっと」

 

 

 キャンキャン喚く声がする。部屋の中では、幼女エルフが裾が余りまくった白衣を着込んで、指揮棒を熱心にふるっている。

 

 

 彼女の後ろには、黒板が置かれている。そこには、彼女が書き出した、冒険者になるための資格試験の情報がある。

 

 

「真面目にやってよ! 冒険者になれば収入だってよくなるんだから!」

 

 

 堕落しきった駄エルフが、かつての生活を取り戻そうと奮起している。

 

 

 そんな目的では、付いてくる人も少ないものだ。

 

 

 俺の影を避けるように机に丸まって眠る魔王様が、耳を塞いだ。

 

 

 比較的まともに勉強をしている様子のコンちゃんだが、その手元にある羊皮紙には、全く別の事が書き込まれている。

 

 

「妾は資格勉強以外にもやることが多いのじゃ。この世界の現状やら、市井の生活やらとな」

 

 

 なるほど、そういうことを忘れずにメモしているのだろう。

 

 

「くっ……誰も話を聞いてないわね」

 

 

「そりゃそうだ。今月はもう資格試験も間に合わないし、今から焦る必要は無いんだからな」

 

 

「ふんだ。調子に乗って試験に落ちても知らないんだから」

 

 

「そうなって困るのは皆になるぜ。そう言わないで、ゆっくりでいいから皆でやろうぜ」

 

 

 トールさんと幼女エルフの仲は、良好だ。肩の荷が降りたのか、日に日に立ち振る舞いが幼くなっている気がする幼女エルフを、上手にトールさんが宥める。

 

 

 社会にくたびれたおっさんは、綺麗な女の子同士の絡みを見ているだけで笑顔になってくる。

 

 

 もう少し進んで、肉体関係を持ち始めたら、もう満足だ。

 

 

 そっと見守っていたい。

 

 

 おっさんのことは放っておいて二人だけの空間を作って欲しい。

 

 

「……しょうがないわね」

 

 

 トールさん×幼女エルフだろう。おっさんは正統派なんだ。ギャップはそこにいらない。

 

 

 やっぱり少しだけ欲しいかも。

 

 

 でもツンデレは受けだよ絶対。

 

 

 邪な感情にあっさりと多い隠されたセンチな感情。おっさんは刹那に生きる者。

 

 

 伊達に電車に乗る度に命の覚悟をしていない。

 

 

 女の子が騒いだら、何があってもおっさんは死ぬ運命なのだ。

 

 

 痴漢冤罪には罰則を与えて欲しい。

 

 

 男は辛いよ。

 

 

 センチな気持ちを取り戻したところで、街に身体を戻した。船に、見覚えのある集団が乗り込んでいくところを見つけた。

 

 

 ネヴィアさん達、均衡の首輪である。

 

 

 どうやら今まで一度も活躍した様子を見せない犬も一緒に連れていくらしい。

 

 

 この世界における犬の立場はおっさんと同程度だ。食われる弱者であり、基本的に無力。

 

 

 実質俺も犬だ。

 

 

 今度ネヴィアさんの犬に立候補しよう。

 

 

 ぼんやりと彼らを眺めていると、均衡の首輪の面々も、こっちに気付いた。

 

 

 Sランク冒険者のおっさんといい、この世界の人間は視線にめちゃくちゃ気付くよな。

 

 

 俺も奴隷商人追いかけたとき、あっさり尾行バレたしな。

 

 

 たまに超人的な側面を、異世界の人達は見せてくる。

 

 

 あまりにも微妙すぎて、反応に困る。

 

 

 もっと強いの見せてよ。壁を走るとか、水の上に立てるとかさ。

 

 

「お、あいつらか。こっちみてる」

 

 

 トールさんも戻ってきて、ネヴィアさん達に手を振った。

 

 

「これからあいつらは隣国に旅に出るのか」

 

 

「多分、そうなんじゃないですか?」

 

 

 船も大きいし、国へ移動する為の大船なのだとしたら納得だ。

 

 

 記憶が正しければ、直通で外国に行ける船は無かったはずだが、国境付近くらいまでは行くんじゃないかな。

 

 

「あいつらにも当分会えないとなると、寂しくなるな」

 

 

「そうですね。これで冒険者ギルドに受かったら、傭兵ギルドとも疎遠になりますからね」

 

 

 職場は一つの社会である。そこを変えれば、疎遠になる者もいる。新しく出会う者もいる。

 

 

 社会人にもなると、学生時代の友達すらも、離れていく。

 

 

 いずれ、一人になっていく。

 

 

 だからこそ、そんな中で、手に入れた縁くらいは、大事にしていきたいものだ。

 

 

 あのおっぱいは手放すにはあまりにも惜しい。ナタリアさんみたいな清楚系無口も良い属性だ。

 

 

 冒険者になっても、俺は仲良くしていきたい。

 

 

「手紙でも送ってみますか?」

 

 

「ハハッ! いいなぁそれ。冒険者になったら報告として書いて送ろうぜ! お前らも冒険者になれよってな!」

 

 

 トールさんが快活に笑う。なんて言うか、彼女はチンチン無いだけでイケメンだよな。

 

 

 どうにも男の子っぽさを感じてやまない。

 

 

 でも、ところどころに女の子を感じるんだよな。

 

 

 なんていうんだろう。思春期を迎える前の、女友達みたいだ。

 

 

 一緒に男子に混ざって遊ぶ感じの。

 

 

 SNSの漫画で見るようなやつ。

 

 

 青春のエロスを感じる。

 

 

 まあ、色々思うところはあるけど、トールさんも乗り気なので、手紙でも送る準備はしておこうと思う。

 

 

 ……あの人達の住所とか分からんけど、送れるのだろうか。

 

 

 隣国の傭兵ギルドに送ればいいか。

 

 

 それもあるのなら、だけど。

 

 

 そして、トールさんも街を眺めるのをやめて、幼女エルフの勉強会に参加しに行った。

 

 

 俺もそろそろ戻ろうと思い、踵を返しかけた時に、ふと、気になるものが目に入った。

 

 

「…………」

 

 

 窓を眺めれば、行方の知れていなかった人物が、こっそりと樽の中に隠れていく瞬間を目の当たりにしてしまった。

 

 

 フーリーさんである。

 

 

 彼女は、魔術師ギルドの手により、魔王を街に入れた、そして混乱をもたらした人として、現在指名手配を受けている。

 

 

 幼女エルフも同様だ。彼女はこの魔術師ギルドの三階か、箱の中以外では外にも出れない生活を送っている。

 

 

 冒険者になるといっても、彼女はどう足掻いてもモグリになる。

 

 

 この街にいる限りは。

 

 

 それもあって、いつかはこの街を出ようと思っている。家を買おうともしないのも、そういう事情があっての事だ。

 

 

 ……なにかきっかけがあって、幼女エルフの立場が復活するような事があれば、それが一番なのだけど。

 

 

 それを求めるのは、難しいだろう。

 

 

 なんにせよ、人目を気にしながらも、樽の中に上手く入り込んで、密入国チャレンジしようとしているフーリーさんを見て、少しだけ安心した。

 

 

 彼女も立派に生きているようだ。

 

 

 次の街でも、きっと世界征服を考えて立派に活動し続けるだろう。

 

 

 失われたおっぱいだが、その行先に、少しでも幸運があることを願った。

 

 

 

 

 こうして眺めているだけでも、人というのは案外普通に生きている。

 

 

 犯罪者になっても、おっさんになっても、人間になっても。

 

 

 生活は多少変化しても、その営みをやめることは無いのだ。

 

 

 ブサイクデブでおっさんな俺もまた、地球の日本から、一度死んでここに来ている。

 

 

 チートも何も無いけれど、こうして生活は出来ている。

 

 

 橋の下でホームレス生活だけど、定職に付いているし、美少女達に囲まれて生きている。

 

 

 そう思うと、異世界でやっていくのに、チートは必要無いんだなと思うようになった。

 

 

 むしろ、自分一人で好き勝手にするチート無双生活では、これほどの充実した生活を送れただろうかとも思える。

 

 

 女の子を助けて、侍らせて、ちやほやされる生活。

 

 

 それは楽しいけれど、多分虚しくもあると思う。

 

 

 嫌われたり、嫌な顔されたり、好かれてはいても、愛されてはいない。

 

 

 友達とも違う関係性。仲間という存在。共に並んで歩ける人達。

 

 

 ピンチには助けられて、情けなくも生きていく。

 

 

 そうして今日も、仲間と過ごしていくのだ。

 

 

 俺にはチートも無双もハーレムも無いけれど、仲間は出来た。

 

 

 色々教えてくれる人だっている。Sランク冒険者のおっさんが、ピンチの時は駆けつけてくれる。

 

 

 傭兵だけど、ギルドの先輩が仲間に誘ってくれる。魔術師ギルドでは、複雑な事情を抱えた人と生活している。今日も不憫系イケメンは、魔術師ギルドの塔で苦労している事だろう。

 

 

 魔法陣に精子ぶっかけて戦うような情けない俺だけど、それでも異世界でやっていける。

 

 

 そりゃあ領主とか貴族とか、賢者にはなれないし、勇者やそのパーティーどころか、冒険者にすらなれなかった。だけども、そればかりでは無いことも知った。

 

 

「おっさん! 早くこっち来いよ!」

 

 

「はい、今行きますね」

 

 

 トールさんが手招きをする。コンちゃんがこちらを見て含み笑いをしている。幼女エルフは地団駄をふんでいる。いつの間にか起き上がった魔王様が、鼻を鳴らした。

 

 

 その輪の中に、入れてもらう。

 

 

 ブサイクデブでも、仲間と笑って生きています。

 

 

 




これにて完結です。完走した感想は活動報告に書いてあるので、気になったなら御一読していただけると幸いです。
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