アクタージュ 暗殺者(になるはずだった)ルート 作:朕好こう
見て、しまった。恋歌が私以外の知らない女の子と楽しそうに喋っているのを。心が張り裂けそうになるほど痛い。デスアイランドのオーディションで茜ちゃんに迷惑をかけてしまったことより、真咲君と武光君にフォローを任せっきりにしてしまったことより、悔しくて辛くて。
「かお、ぐちゃぐちゃね」
家に帰らず、近くのトイレに逃げ込む。鏡を見ると涙で顔が酷いことになっていた。家に帰れば、恋歌が帰ってきてしまう。そうしたらあの人と喋っているのを嫌でも思い出してしまう。映画を見ればこの感情も忘れられる…だろうか。多分出来るとは思う。笑顔も、いつも通り。でももし何かの拍子にこの感情を思い出してしまったら、私はきっと耐えきれない。
「…恋歌は私の事、どう思ってるのかしら?」
聞いてこなかった彼女の私に対する感情。聞けば楽になれるかもしれない。でも嫌いとかうざいとか思われていたら私は立ち直れない。ルイとレイのことすら忘れて映画にのめり込んでしまうかもしれない。
「恋歌…ねぇ、恋歌……」
この想いが何なのか、まだ私に理解出来ないけど。恐らく醜い感情だろう。嫉妬、憎悪、溺愛、憤怒、悲哀…どう形容すればいいのか。言葉では表しきれない。でも私は役者だ。
「…戻ろう」
涙に濡れた顔を水で洗い流し、トイレから出る。私の中にある醜い感情は私の“知らないモノ”だ。そして言葉で表現出来ないなら、芝居で表現すればいい。
恋歌と喋っていたあの人には感謝しなくてはならない。私にこの感情を教えてくれたのはあの人なのだから。
いつの間にか、口角が上がっていることに気づく。それを頑張って元に戻す。いけない、この感情は取っておかないといけないものだから。私が新しい“私”に進化する為に必要なモノ。
まずはデスアイランドオーディションでの失態を取り返す。そして千世子さんの技術を手に入れれば。
「恋歌は私を見てくれるはず」
置いてかれてはならない。彼女と私は常に隣に居なければいけないから。
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台本を読む。共演者たちの癖や演技を見る。監督の作品の傾向からスタッフ一覧を隅々まで見て、夜凪景と恋歌ちゃんの2人が目に入る度に少しため息をついてしまう。どちらもイレギュラーだ。夜凪景は共演者たちをおかしな方に引っ張りかねない。恋歌ちゃんは共演者たちを呑み込みかねない。
「それじゃあ、困るんだよね」
作品はたった一人で回っているものじゃない。演出家、脚本家、その他のスタッフ、資金を提供してくれる企業、役者そして1番大切な大衆。これらの何かが欠けてしまったらその作品は成り立たない。イレギュラーのせいで作品はお蔵入りですなんて笑えないのだ。
10秒でチャージ出来るモノを飲みつつ、カメラ位置、画面サイズの確認もする。それと平行して彼女たちの対処を考える。
恋歌ちゃんは恐らく空気は読める。自分の影響力を知らないだけで、撮影自体を破壊するつもりは無い。だから頑張れば抑えられる、かもしれない。
「問題は夜凪さんなんだよね」
彼女は周囲を顧みない。自分の演技をありのままに演じてしまう。好きじゃないものを好きなように振る舞えないし、その逆も出来ない。お芝居としては未完成過ぎる。周囲の影響力も恋歌ちゃん程じゃないにしても持っているのだ。
「また私任せ、か」
でも嫌ではない。女優は天職だと思っているし、何より。
「ここで私が恋歌ちゃんと夜凪さんを完璧に制御出来たら、恋歌ちゃんは私に拍手喝采を贈るしかないよね」
仮面を被ったまま、“天使”のままで貴女に勝てたらそれはどれだけの喜びなのだろう。柄にもなく、ワクワクしてきてしまった。気持ちを落ち着けると私はまた作業に戻る。パソコンと紙をめくる音だけが部屋に響き始めた。