アクタージュ 暗殺者(になるはずだった)ルート 作:朕好こう
巌裕次郎に夜凪の話をして少し経ったある日、夜の公園をぶらつく。柊と夜凪はもう帰宅して寝ているだろう。そのくらいの深夜だ。夏間近だからか、若干蒸し暑くてイライラする。
「あっ…ヒゲ男さん」
「誰が、ヒゲ男さんだ。テメェ。俺の名前は黒山墨字だ。覚えろ。つか、お前こんな真夜中に何してやがる」
「お散歩」
「散歩だぁ…?女ひとりで?お前、夜凪ん家に泊まってんじゃねぇのか。あいつがお前をひとりでこんな所歩かせるとは思えねぇんだが」
「うん、お散歩。今日は久しぶりに自分の家に戻るの。だから景ちゃんはこのお散歩のこと知らないよ」
公園で見つけたのは黒髪の背のちっちゃなガキ。夜凪家の同居人。そしてスターズの新星。頭鬼恋歌。夜凪のメソッド演技も、千世子の技術も持った俳優だ。才能はあるが、俺は絶対に使いたくないタイプの人間。
「ふぅん…じゃあ、ちょっと付き合えよ」
「私、ヒゲの男は生理的に無理です。ごめんなさい」
「そうじゃねぇよ!?話にってことだっての」
こういう所が苦手だ。夜凪といい変な天然を持ちやがって…
公園のベンチに腰掛ける前に、自販機で珈琲をふたつ買う。
「おら、奢りだ」
「…優しい所、あるんだね。墨字さん。そんな怖い顔してるのに」
「うるせぇ、怖い顔は余計だ」
少し離れて同じベンチに座る。相変わらずパッとしない雰囲気の奴だ。顔は悪い訳じゃない、好きな奴は好きだろう可愛らしい顔立ちと低い身長。だが、目立たない。日常生活で言えば、さっきの子、可愛かったな。でも他にも居そうじゃねで済んでしまう感じ。なんだこの例え。まぁ、そんなことは置いといて。その評価は演劇となると一変する。そのひとつひとつの動作から目を離せない、まるで頭鬼恋歌に憑依しているかのように感じる。頭鬼恋歌が思ったことは観客も感じる。プラスもマイナスも全て。観客を虜にする演技。その点ではこいつを高く評価している。だが…
「それで、お話って何?墨字さん」
「…お前、いつまでソレで演じるつもりなんだ?」
「……なんのこと?私、分からないな」
頭鬼は首を傾げる。十中八九、分かっているだろう。こいつの演技は、観客を惹き込むというより観客に取り憑くような演技だ。魅せるんじゃなくて魅させる。メソッド演技の他人版とでも言えばいいのか。勿論、普通の演技でも、観客が役に感情移入することはある。だが、こいつの演技は役そのものを観客に叩き込む。実際にこいつの演技を見て、人生が狂ってしまう奴だって居るだろう。役が体験してきた事を急に自分の事のように思わされるのだから。
こいつの演技の本質を最初見た時は気づかなかった。いや、ここまで進化したのか。デスアイランドの収録で夜凪も千世子も取り込んで学習したのだろう。
この演技をするには役を観客にも入りやすくさせなきゃいけない。それは演じる奴が役と別の思考を持ってはいけない。夜凪はそれを感情を思い出すという方法で行っていたが、こいつは違う。こいつは自分の感情を空っぽにして、その役そのものになってるんだ。夜凪を演じて、メソッド演技を模倣することも出来る。千世子を演じて、あいつの技術を模倣することも出来る。自分が無い演技。
「ソレは危険だ。お前も、観客も」
「……」
いつもは軽口を叩く頭鬼が黙り込む。そして数秒後、口を開く。重厚な雲に覆われた夜空のような目で、無邪気に笑って。
「
「…っ!?」
その回答がなされるとは思っていなかった。こいつだって人間だ。自分の事を危険に貶めるようなことをしないと思った、俳優として大切な観客の事を蔑ろにするわけがないと思った。
「墨字さん、人って何年生きられるんだろうね。今は人生百年って言うけどさ。俳優は、女優は、老いたらそこで終わりなんだよ。私は女優のまま死にたい。景ちゃんの隣で舞台に立って死にたいの。景ちゃんが早くてもダメ、私が早くてもダメなの。遅いのは論外。私達が今輝ける時に見せなきゃ、終わりなんだ。それにお客さんだって美しい役者を望んでる。美しくない女に価値は無いんだよ」
「私に才能は無いんだ。だって、景ちゃんは私の演技を軽く超えちゃった。私は綺麗じゃないんだ。だって、千世子ちゃんの方が綺麗なのは明白だから。墨字さんもそう思うでしょ?大丈夫だよ、私が一番わかってるから」
「だからごめんね、墨字さん。私は今、やらなくちゃならないんだよ。これ以上誰にも負けたくないから。お客さんには申し訳ないけどさ。私は演じなきゃいけないんだ。皆が望む頭鬼恋歌を。誰かが望んだ頭鬼恋歌を」
想像以上の深淵を見せられた。軽い気持ちで覗き込めば一生帰る事の出来ない深淵を。夏の蒸し暑さだけじゃない汗を感じる。これが恐怖、って奴か。ゾクッとしたのは初めてではない。夜凪景を初めて見た時もなったがそれは恐怖では無かった。恐怖で纏まらない頭で言葉を紡ぐ。
「その演技だと俺が夜凪とお前を共演させないって手もあるんだぞ」
「無いよ。墨字さんは私と景ちゃんを絶対に使う。だって、墨字さんも人でなしだもん。自分の撮りたいモノの為ならなんだってするでしょ?」
悔しいが図星だ。これ以上は野暮だなと思った俺は、一つ、息を吐いて、頭鬼恋歌を見据える。これだけは言わなければならないから。
「頭鬼、後悔すんなよ。お前がそう決めたなら、俺の忠告を聞いた上でその結論を出すなら、俺は止めない」
「…ありがと、墨字さん。珈琲、ご馳走様でした!あ、送らなくて大丈夫だからね。家、近いし」
「そうかよ、送る気なんざ元々無かったわ」
「あはは、そう?じゃあね」
俺が送らないと言うと少し笑いながら立ち上がって、ばいばいと元気よく手を振って帰っていく。それを黙って見送る。そして一言呟いてしまう。
「あいつ、ジキルとハイドみてぇだな。マジで人格切り替えヤバすぎだろ…」
そんな呟きは深夜の暗闇に吸い込まれていった。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
デスアイランド撮影以降、夜凪景と頭鬼恋歌の演技が変わった。いや、進化したの方が正しい。アキラと千世子の演技が変質したのもそうだが、胃が痛くてしょうがない。
「社長、こちら資料です」
「ありがとうスミス」
「清水です。では失礼します」
渡されたのは天知心一と頭鬼恋歌が繋がっていることを示す資料だ。何処で彼と知り合ったのかは知らないが、彼女に来る仕事の何個かは彼が手配したものだろう。
「…頭鬼恋歌、貴女は何を考えているの?」
自らの過去を追体験するメソッド演技。夜凪景はそれを異常な程の力で魅せる。彼女のことも心配ではある。アレは戻る場所が無ければ心を失いかねない。だが頭鬼恋歌はそれを上回る。観客にメソッド演技をさせる、なんていう訳の分からない演技をするのだ。メソッド演技の恐ろしさを知っている人間ですら戻って来れないことがあるのに、そんなことを知らない普通の人間に強制的に過去を追体験させる演技。現に、彼女の演技を見て変わっていった人間が何人も居る。
ノックが聞こえる。天知心一と頭鬼恋歌だろう。あの話をするつもりなのだ。数秒、目を閉じて入室許可を出す。
「こんばんは、夜分遅くすみません社長。
全くバカげている。これは良い話などでは無い。だが承認せざるを得ない。何故なら。
「これが他の役員幹部からの推薦状です。皆さん快く書いてくださいました。社長、これだけの意見があるのです。無視すれば幾ら社長でも限界があると思いますが」
何枚もの紙が私の前に出される。役員幹部の半数以上が合意の旨を出している。
「幾ら払ったのかしら」
「とんでもない、心付け程度ですよ。これから儲けますので私の懐は全く痛まない」
頭鬼恋歌は天知心一の横で黙っている。彼女がこれを希望したのだろう。彼女が望んだ以上、無理に止めない。だが、キャストに疑問を持つ。
「アキラには才能が無いのは貴女も分かるでしょう。必ず貴女の足を引っ張るわ」
「…確かに。でも彼とならきっと成功します。だって彼は貴女の息子だから」
最初、それは私が手を回すという事だと思った。だが目を見て違うと感じた。彼女は本当にアキラを信用しているのだ。
「…そう、なら頑張りなさい」
私にはこの言葉しか言うことが出来ない。彼女の真意は分からない。だが、退出する時に彼女は振り向いてこう言った。
「貴女は私の憧れでした。だから、この作品は絶対に成功させます。スターズの看板は穢しません…それでは失礼します」
深く息を吐き、外を見る。見慣れた風景だ。夜空は雲に覆われ一切の星が見えない。それがこの会社の未来を暗示する様で嫌になりカーテンを閉めた。