アクタージュ 暗殺者(になるはずだった)ルート 作:朕好こう
千世子君の様子がおかしい。正確には“星の王子さま”の公演が終わってからだ。何か出来事があったかと問われれば、恋歌君がアメリカに一時帰国した事くらいか。でもそれが彼女の様子がおかしいことに結びつかない。
「もしかして千世子君は…」
「私がどうしたって?」
事務所のソファに座っていると、後ろから千世子君の声が聞こえる。体をビクッと震わせて、後ろを向くと笑顔の千世子君が居た。
「い、いや…」
「アキラ君、私に隠し事出来ると思ってる?」
「…様子がおかしいな、と。仕事に支障は無いようだけど、仕事以外では心ここに在らずだなと」
「そう見える?」
「あぁ…特に恋歌君がアメリカに行ったあたりから」
今度は彼女がピクっと身体を震わせた。満面の笑みから、僕だけに見えるように少しだけ拗ねた顔を見せる。ソファに腰を掛けて彼女は少し不機嫌そうに言う。
「恋歌ちゃん、私にアメリカ行ってくるねとしか言わずに行ったんだよ。酷いよね」
「恋歌君がアメリカに行くのに、なんで千世子君が同伴するんだ?」
「……」
逆鱗に触れた気がする。慌てて話を変えようとすると、そう言えばと千世子君が手を鳴らす。
「アキラ君、恋歌ちゃんに何かプレゼントあげたでしょ」
「え?あ、あぁ…彼女、腕時計を持っていなかったようだからね。遅刻しないようにって意味と公演でお世話になったから」
「異性への時計プレゼントの意味って知ってる?」
「…?知らないが」
「同じ時を過ごしたい、だよ」
……冷や汗が止まらない。胃痛がする。千世子君は激怒している。それはそうか、同僚で友人とは言えスキャンダルの種を撒いた僕に彼女が怒るのも無理は無い。
「随分お洒落なプレゼントだね」
これは皮肉だ。これは謝罪すべきだろう。
「そ、その…」
「まぁ、私もプレゼントあげたけど」
「そうなのか。でも千世子君は何故?」
「アキラ君を連れ戻してくれてありがとうってプレゼント」
「…その節はすまなかった」
“星の王子さま”初日に僕は役に呑まれかけた。二度と現実に戻って来れないところを、恋歌君に救われた。そのお礼も兼ねて、時計をプレゼントしたのだ。異性へのプレゼントは気を使うんだな。覚えておこう。
「千世子君は何をあげたんだ?」
「チョーカー。首に巻くやつだよ」
「流石に分かるよ…チョーカーのプレゼントにも意味があるのかい?」
「あるよ。貴女と繋がりたいって意味」
「成程、仲良くなりたいということか」
「…そういうことだよ」
タメになるな。プレゼントの中身にも意味はあるらしい。今度調べてみようか。母さんへのプレゼントとかで変な物を渡さないように。
時計を見るとそろそろ仕事の時間だ。僕は立ち上がる。
「もう仕事かな?」
「あぁ、“星の王子さま”のお陰か。僕を起用してくれるオファーが増えてね。君ほどじゃないけど仕事には困ってないよ」
「そっか。気を付けてね」
「ありがとう。それじゃ、また」
僕は千世子君と別れて、駐車場の僕の車に乗り込み、現場へと向かう。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━
お世辞にも良いと呼べる演技じゃなかった。声は震えていたし、感情のままに言葉を吐いていた。いつもの俺なら完璧を求めていた。“自分”なんて要らないと殺していた。だけど夜凪は俺の言葉を求めていた。…後悔はしてない。反省はめちゃくちゃしてる。
「やるじゃねぇか、真咲。最高にダセェ芝居だった」
楽屋に戻ると、亀太郎に背中を叩かれる。俺は憎まれ口を叩く。
「痛てぇよ、亀。ダセェ芝居なんざ、本当はしたくなかったっての」
「カッコつけてるお前より全然良かったけどな。素っ裸だったわ、確実に」
「は?何言ってんだお前」
「確かに素っ裸かも」
「うんうん、あれは童貞」
「待て、お前ら好き勝手に言い過ぎだろ!?」
亀太郎の馬鹿な発言に冷たい目を向けていたら、七生さんや他の団員にも好き放題言われる。なんなんだこいつら、褒めたいのか貶す…とは違うけどおちょくりたいのかどっちかにしろよ!多分言ったらおちょくられるだろうけど。
「…源真咲」
メイクをしている阿良也さんに初めてフルネームで正しい名前を呼ばれる。俺の名前を一切覚えていなかったあの人が。
「君が最初、巌さんに連れられてきた時はどうしてか分からなかった。大した匂いもしないと思っていた。そう決めつけてしまっていた。悪い癖だ。君の芝居は本当に素晴らしかった」
こんなに嬉しいことがあるか。自分よりはるかに優れた役者に自分の演技を褒められるのがこんなに嬉しいのか。
その後、色んなトラブルがあったけど乗り越えられた。そして、舞台は幕を閉じ、巌裕次郎の生も幕を閉じた。
稽古が一段落着いたので、武光と茜さん、夜凪のグループにメールを返しておく。そうしたら亀太郎が俺の肩に手を回して、面白そうにからかってくる。
「おいおい、真咲ぃ。暇だからってスマホで出会い系か?」
「な訳ねぇだろ。ちょっとメールだよ」
「女か?男か?」
「どっちも」
「え、そういう…?」
「お前、まじでその口縫ってやろうか」
こいつ、本当に面倒臭いな!俺は近くに居た七生さんに押し付けようとする。
「七生さん!こいつどうにかしてくださいよ」
「七生は俺の味方だぜ」
「少なくともお前の味方ではねーよ」
それだけ言うとストレッチに戻ってしまう。阿良也さんに押し付けるか、と思い周囲を見渡すが見当たらない。
「あれ、阿良也さんは?」
「帰ったけど」
「は?」
「だから帰ったけど」
相変わらず自由が過ぎるだろ、あの人。いや、この劇団の奴らはみんな自由で楽しそうだ。俺は前までそういうのが嫌いだった。だけど今は、まぁ、そういうのも悪くは無いかなと思った。勝手に帰られるのは困るけどな!