アクタージュ 暗殺者(になるはずだった)ルート 作:朕好こう
俺には気に入らない女が2人居る。
1人は臭いの隠し方が異常な程巧妙な女、百城千世子。スターズの中でも特に技術に優れ、日本において知らぬ者は居ない女優。
臭いが無いんじゃなくて、隠していることが気に入らない。あるはずのものを出さないのは、役者として到底理解出来ないから。
もう1人は死臭のような嫌悪感を抱かせる臭いの他にも色んな臭いが混ざった女、頭鬼恋歌。こいつもスターズの女優だが、俺や夜凪と似た演技をする異端。そして百城千世子の技術を兼ね備えた怪物。
最初出会った時は、好印象だった。才能もある、臭いも強烈だ。けれど嗅いでいるうちに吐き気を催し始める。彼女が放つのは死臭のような、では無く死臭そのものだ。
俺の役作りは、自分の世界観を壊して、他人に生まれ変わるというモノだが、彼女は、自分の世界観を作らないことで他人の世界観をこれでもかと詰め込んでいる。自分だけの価値観が生まれた瞬間にそれを殺し、他人として生きている。
彼女の演技は生まれ変わるのではなく、人格の交代に過ぎないのだ。
…マトモじゃない。確かに、俺たち俳優は演劇の為なら命を投げ出す覚悟はある。でも彼女に覚悟なんて無い。機械のように演技を熟す。自分の死を電池が切れる程度にしか思っていないわけだ。
「…で、答え合わせをしに来たんだけど」
俺の考えを目の前で座っている頭鬼恋歌に伝える。カフェなんて久しく行ってなかったけど、モンブラン美味しいな。
「…阿良也くんって、頭おかしいよね」
「それ、君が言う?」
モンブランを口に運びながら、頭鬼恋歌の顔を見る。相変わらず笑顔を崩さない。頭鬼は、珈琲に砂糖を何個も入れながら話す。
「その答え合わせをして、何になるの?」
「砂糖入れ過ぎじゃない?」
「…このくらいの甘さが好きなの」
「ふーん…答え合わせの意味は特に無い。けど、もしそうなら、あんたはいつか取り返しがつかなくなるよって忠告」
“銀河鉄道の夜”で俺は俺を見失いかけた。あの時は巌さんや夜凪、
「私が阿良也くんの言う通り機械だとして、感情が無いんだから君みたいにはならないよ」
そう。感情が無いなら、俺や夜凪みたいに戻って来れないなんて事にはならない。だが“星の王子さま”以降の彼女は何処か臭いが消えつつある。死臭は相変わらずだけど、前よりは落ち着いている。だからこそ、危険だ。
「気づいてるんだろ。前みたいに演技出来てないって」
「それは…」
「あんたはもう機械じゃない」
「違う。“私”は、出来てる。“私”は何も変わってない」
あぁ、もうブレブレだ。それでもう分かってしまう。頭鬼恋歌は今更になって自己を獲得し始めている。何が切っ掛けなのかは分からないけど、確実に感情が芽生えている。
そのせいで彼女は演技をする度に苦しくなっている。夜凪のような精神力も、俺のような居場所も満足に無い状態でメソッド演技をすれば、当然精神は磨り減っていく。
「誤魔化すなよ。“羅刹女”は降りた方がいい」
憤慨と嫉妬に囚われた羅刹女なんて、今の彼女が演じたら二度と戻って来れない。別に彼女の心配している訳では無い。俺たちの舞台を壊されるのが嫌だからだ。
「…嫌だ。だって、約束したから。千世子ちゃんと同じ舞台に立つって。だって、望まれたから。景ちゃんと同じ舞台に立ちたいって。ならやらなきゃ。そうじゃないと…そうじゃないと……私は」
「じゃあ、俺とも約束してくれよ」
彼女の目を見て、分かってしまった。彼女は絶対に折れない。彼女の生きる意味がそれである以上、俺に何かすることは出来ない。
彼女は俺の言葉を聞いて、首を傾げる。
「約束…?阿良也くんと?」
「あぁ」
「結婚の約束以外なら良いよ」
「あんたはタイプじゃないから安心してよ。夜凪みたいな方がタイプ」
「景ちゃんに手を出したら、迷わず消すね。死に方も選ばせない」
本気の口調で釘を刺された。まぁ、そんなことはどうでもいい。夜凪との関係は後からでもどうにでもなる。
「役に呑まれるな」
「…それだけ?」
「それだけ。でも大切なことだ。特にあんたには」
「……分かった」
きっとこの約束は無意味だ。だけど、やらないよりはマシだろうと思う。少しだけ息を吐き、背もたれに寄り掛かる。
「そう言えば、今日は阿良也くんが奢ってくれるの?」
「俺、金ないけど」
「…堀先輩呼ぶね」
彼女がスマホを弄るのを尻目に、外を見ると雨が降り始めていた。
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「それで、なんで僕が2人の分を奢ったんだ?しかも、2人ともさっさと外に出ていくし」
「美少女の好感度が上がりましたよ、堀先輩」
「うん、自分で美少女とか言わないでくれ」
車の中で恋歌君と話す。相変わらず、僕の事を先輩だと思っていない態度だが、少しは気を許してくれているのかなとも思う。公共の場では、普通に対応してくれるし。
いや、待て。それが普通なんじゃないか?僕は毒されてないか?
「明神さんと居るなんてね。何を話してたんだい?」
「あ、それセクハラですよ。パワハラかも」
「え、これでも!?」
「堀先輩って結構デリケートな話、聞いてきますよね。どうするんですか?阿良也くんと熱愛してたら」
「いや、熱愛とか言いながら、嫌悪している顔を見せるのは絶対好きじゃないだろ」
彼女は自分で言って、顔を顰める。それで好きだったら愛が歪んでるとしか思えない。…まぁ、愛はそれぞれだし、一概に判断するのは良くないけど。
「つまんない話ですよ。話すまでもないことです」
「そうか。ところで夜凪君の家に送り届ければいいのかな?」
「堀先輩の家で」
「あぁ、わかっ…」
ん?今なんて言ったんだ?
「すまない。雨の音で聞こえなかった。もう一度お願い出来るかな」
「そんな雨降ってます?じゃあ、もう一度言いますね。堀先輩の家に送り届けてください」
「…」
幻聴か?僕は頭が良いほうでは無いけど、耳も悪くなったのだろうか。最寄りの耳鼻科は何処だったか。
「なんか現実逃避してません?別に、堀先輩の事が好きだから家に行くわけじゃないですよ?」
「それはそれで傷付くんだが…じゃあなんで僕の家へ?」
「んー…何となく?あ、ゲームとかしません?」
「僕の家にゲームなんてないんだが」
「じゃあ、映画鑑賞会で」
本当に突拍子も無いな、この子は。取り敢えず夜凪君と千世子君に連絡しておこう。なにか嫌な予感がする。最近よく分からないけど、恋歌君と居ると爆弾を抱えているような気分になるのは何故なのか。
家に着くと、走ってきたのかずぶ濡れの夜凪君と傘を差し笑顔を浮かべた千世子君が立っていた。雨のせいか、凄く空気が冷えているような…
「えっとなんで2人はここに?」
「寒いわ、アキラ君。早く中に入れてくれるかしら」
「こんにちは、恋歌ちゃん」
「こんにちは、千世子ちゃん。景ちゃん、これハンカチ。タオルじゃないから顔くらいしか拭けないけど」
「ありがとう、恋歌」
「……恋歌ちゃん、実は私も濡れてるんだ」
「ホント?でもハンカチ濡れちゃったし…どうしよう」
「千世子ちゃんは全く濡れていないわ。私の方がびしょ濡れで風邪を引いてしまう。私を優先して拭いてくれると嬉しいわ」
風邪を引くのは不味いな。取り敢えず、3人を中に入れて、夜凪君と千世子君に新品のタオルを渡す。
「2人ともこれを使ってくれ。新しいモノだから安心してくれ」
「……」
2人とも押し黙って、タオルをずっと見つめる。早く拭かないと風邪を引くと思うんだが…特に夜凪君は濡れているから。
「恋歌(ちゃん)、私を拭いてくれる(かしら)?」
2人同時に恋歌君にタオルを差し出す。恋歌君は困惑して、僕の方を見るが知らないふりをする。というか、君が頼まれているんだから僕に振らないでくれ。頼む、君が僕の方に助けを求める度に何故か寒気を覚えるんだ。
「じゃ、じゃあ景ちゃんから拭くね…?千世子ちゃんより濡れているし」
「ありがとう、恋歌。私、今ずぶ濡れなの。服の中まで。だから…その…隅々まで拭いて欲しいの」
「うん、任せて。景ちゃん!」
夜凪君の隣に居る千世子君がこの世の終わりみたいな顔をしている。というか何かイケナイモノを見ているような気がして、拭き終わったら呼んでくれと恋歌君と達に言い残し、外に出る。
あれ?僕の家なのに、なんで僕が外に出ているんだ?
ただ、今戻ったら、確実に服を脱いだ満足気な夜凪君とそれを拭く恋歌君、殺意に満ちた千世子君に殺される。
外の雨は強さを増して、僕の身体を震わせた。