アクタージュ 暗殺者(になるはずだった)ルート   作:朕好こう

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明星

「恋歌君、そろそろ休憩しよう」

 

 彼女は顔合わせの日から2日間、ずっと稽古に打ち込んでいる。

 彼女らしくない。いや、役者として稽古に打ち込むのは当たり前だ。だけど、彼女はどんな仕事でも余裕綽々としているイメージが強かった。

 

「…いえ、もうちょっとやります」

 

 演技に熱意はあっても、何処か冷静なのが彼女だ。それが“羅刹女”…いや、夜凪君たちと戦うと意識してから焦っているように感じる。

 

「だが…」

「堀先輩、景ちゃんと千世子ちゃんに勝つには今のままじゃダメです。役をもっと掘り下げなきゃ、もっと、もっと…」

 

 その通りだ。僕らが戦う相手は天才達だ。メソッド演技で観客の心を掴む夜凪君、自分の魅せ方を知っている千世子君、巌裕次郎に認められ舞台においては夜凪君以上の明神さん、そして…スターズを捨て、海外で活躍する王賀美陸。

 

 彼女が焦るのはよく分かる。そんな化け物じみた天才に勝つには並大抵の努力では敵わない。

 しかも、恋歌君はこの“羅刹女”が致命的に合わない。

 

「あぁ、腹が立つ」

 

 彼女が演じるのは、題名にもなっている羅刹女。夫である牛魔王は妾の元に毎年通い、愛息子である紅孩児の悲報によって怒りを募らせる神だ。

 頭鬼恋歌が演じることによって、羅刹女の憎悪にも近い怒りと殺意が伝わってくる。

 

 …だけど。

 

「…だめ、だなぁ」

 

 彼女は首を横に振る。

 

 彼女の演技は台本通りだ。台詞も完璧、感情表現も完璧。だが、それは夜凪君も千世子君と同じ。では何処で違いが出るか。

 

 どれだけ、自分の羅刹女を表現出来るかだ。

 

 ただの怒りじゃない。ただの感情表現じゃない。自分だけの羅刹女でなければ、観客には響かない。

 恋歌君にはそれが出来ない。

 

「堀先輩、ちょっと私の事怒らせてみてください」

「は…?」

 

 彼女に無茶ぶりされる。彼女が怒るようなことってなんだ…?常に笑顔だし…夜凪君とか千世子君のことを侮辱するとか?いや、そんなことはしたくない。

 

「…えっと、チビ、とか?」

「そんなのじゃ怒らないですよ。もっと真剣に怒らせてくださいよ」

「そんな事言われても、こういうの得意じゃないんだ。前、話した時は怒ったことがあるとは言ってたけど…その時の感情を再現するのじゃダメなのかい?」

「アレは、怒っているのとは違うような気がしたので、没です」

 

 何か、良い怒りの題材が落ちていないものか…

 僕も怒ることはあるけど、羅刹女のような怒りを覚えたことは無い。それに羅刹女には怒りだけじゃなく、嫉妬の感情もあるのだ。怒りだけにかまけていられない。

 

「…私、羅刹女のこと嫌いかも知れません」

「唐突過ぎないか」

「私は可哀想って思ってるんですよ、こいつ。自分が愛されてないのは、自分のせいだって分かってない。人のせいにばっかして、あーだこーだ愚痴る」

 

 彼女はバッグから台本を取り出して、読みながら語る。

 

「怒りなんて醜い感情を勝手に燃やして、夫の妾に嫉妬した挙句、それを存在意義にしている。本当に厄介ですよ」

「本当に嫌いなんだね」

 

 僕は苦笑する。だが、これも彼女らしくない。舞台以外では役と自分を分けて考える彼女が、役にこんなに感情移入することは初めてだ。

 

「…そうだ。僕だけじゃなくて、色んな人に聞いてみるのはどうかな。休憩ついでに家に帰って、夜凪君にも相談したらどうだい?」

「そうしてみます。というか、堀先輩、全然役に立ちませんね」

「うっ…」

 

 そう言われると何も言い返せない。でも、僕だっていつまでも彼女達の後ろを歩いている訳には行かない。

 この舞台で、僕は恋歌君に借りを返さなければいけない。

 

 そのために必ず、彼女を勝たせる。

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 百城千世子が嫌いだ。臭いを隠して、結果重視。何処までも気に食わない女だ。

 

 それ以上に頭鬼恋歌は気に食わないけど。

 

「で?なに?」

「阿良也くんを見れば、怒りの気持ちが湧くかなって」

 

 その気に食わない頭鬼恋歌が俺の所にやってきた。どうやら役作りに悩んでいるらしい。

 

「なんで俺を見たら、怒りの気持ちが湧くと思ったわけ?」

「嫌いだから」

「…へぇ、随分素直になったね。頭鬼」

「嫌だなぁ、前から私は素直だったよ。阿良也くん」

 

 笑顔で頭鬼に嫌いと言われるが、気にしない。

 …それよりも本当に変わりつつあることが気になる。以前は他人の目ばかり気にしていたのに、今では奥にしまっていた感情を少しずつ出すようになっている。

 

 取り敢えず、役作りの相談に乗りはしない。こいつは口でどうこう言うより直接見た方が早いタイプと見た。だから、俺は提案する。

 

「これから百城と稽古するけど見ていく?別に俺は見られても構わないし、百城が嫌って言えば帰ればいいんだしさ」

 

 すると頭鬼は笑顔から急に顔を赤らめて、動揺し出す。冬だというのに冷や汗をかき、立ち上がったり座ったりして忙しない。

 

「ち、千世子ちゃんが来るなら先に言ってよ!!」

「アンタが勝手に来たんだろ」

「全然オシャレとかしてないし、稽古場から直で来たから汗もかいてるし…どうしよう!?」

 

 動揺している姿が非常に面白かったので揶揄う。

 

「あぁ、だから臭うんだ」

「っ…!?」

 

 別に大して臭わないけど。臭うと言った瞬間、固まる。

 

「お、お風呂貸してください」

「嫌だって言ったら?」

「…やっぱり、阿良也くんって性格悪いよね」

「頭鬼ほどじゃない。あ、夜凪との関係を認めてくれたらいいよ」

「絶対、嫌。そもそも景ちゃんの意思を無視しないで。阿良也くんと景ちゃんが結ばれるくらいならお風呂なんてどうでもいいもん」

「夜凪、俺のこと好きらしいよ」

「ぇ…そ、そんなわけないもん。阿良也くんなんて蚊以下だよ!!」

 

 頭鬼を揶揄うの面白いな。

 

「そろそろ百城が来る時間だけど、どうする?帰るなら早く帰らないと…」

 

 玄関のチャイムが鳴る。あぁ、あいつ、律儀にもちょっと早めに来たのか。頭鬼が慌て出すのを無視して、玄関を開けに行く。

 

「こんばんは」

「どうぞ、百城千世子」

 

 百城千世子を玄関に入れると、頭鬼の靴を見て立ち止まる。

 

「…もしかして、恋歌ちゃん居る?」

 

 こいつ、なんでわかったんだ。若干、背筋に悪寒を覚えつつも返す。

 

「うん。居るけど」

「ふーん…」

 

 王賀美陸という名前を出した時のように、臭いが漏れ出る。

 …やっぱり、そうか。頭鬼が来てくれて助かった。百城千世子はまだ化けられる。

 その身に宿る愛憎で、誰にも負けない羅刹女を演じることが出来る。

 

 こいつは俺にも手が負えないくらいに進化している。今までの価値観をぶち壊してまで、勝利を渇望している。

 

 なら、俺もそれに応えるのが当然だ。

 

 さて、頭鬼恋歌。アンタが役作りに悩んでいる間に俺らはどんどん完成していく。早くしないと…置いてかれるよ。

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