アクタージュ 暗殺者(になるはずだった)ルート   作:白鳩ぽっぽ

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花烏風月 上

 花鳥風月。

 

 この世の美しい風景を指す四字熟語。

 

 そこに私は存在し得ない。

 

 花咲くような笑顔も、白鳥のような綺麗な羽も、風のような力強さも、月のような魅力も、私には無い。

 

 それでいい。

 そうやって、私を貶めて、私の足りないものを自覚させる。自分を呪う。私が私を怒る為の薪にする。

 

 …本当は苦しいよ。自分に死ねと言うのも、自分が不細工だって言うのも苦しい。好きな人の愛を素直に受け取れないのは寂しいよ。

 

 私は…羅刹女(ずきれんか)は孤独なんだ。牛魔王(アナタ)を誰よりも愛しているのに、それと同じくらい憎んでる。誰かに救われたいと思っているのに、皆を拒絶する。

 

 あぁ、腹が立つ。

 

 羅刹女(わたし)を知ろうとすればするほど、嫌いになる。苛立ちを覚える。

 

 お前(羅刹女)が、愛を語るな。お前(頭鬼恋歌)が愛されるな。お前が、お前が、お前が。

 

 失敗作の癖に。

 

 

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 ゾッとした。冬なのに冷や汗が止まらない。

 

 恋歌が2週間前に演じていた、羅刹女の怒りは、なんというか…滑稽だった。台本通りに大きな声を出して、しかめっ面をしているだけ。少し演劇を齧った人間なら、誰にでも出来そうな演技。スターズの女優ならその程度だろ、なんて他の共演者は笑っていた。

 

 だけど、何か変化があったらしい。

 

あぁ、腹が立つ。

 

 以前と比べれば、さほど大きくない声で、表情も笑みを浮かべているようにさえ思える。しかし、確かに怒っている。その身すら焼き尽くすような怒りを彼女は発露させている。

 

「真咲くん、次の台詞忘れちゃった?」

「…っ!?あ、ぁ…悪ぃ」

「大丈夫。ほら、リラックスしていこ?」

 

 突然、恋歌に名を呼ばれて身を強ばらせる。先ほどの怒りを霧散させて、笑顔で話しかけて来る。でも、目は笑っていない。ずっと何かに対して怒っている。

 

「……ねぇ、真咲くん。私、ちゃんと怒れてる?」

「え?…あぁ、2週間前に比べれば断然良くなってる」

「そっか、良かった。真咲くんは劇団天球に所属してるから、私より舞台経験有るからね。技術的な意味で凄く助かるよ」

 

 恋歌の変貌に、共演者はアキラ以外萎縮してしまっている。それもそうだ。今まで舐め腐ってた奴が急に牙を剥き始めた訳だしな…味方なんだけど。

 

「そりゃ、良かったけど…てか今日、他の人は?」

「来ないよ。私と、真咲くんだけ」

 

 ふーん…ん?今、なんて言った?こいつ。

 

「は?なんで?」

「今日、稽古休みだからね。私は自主練」

 

 急いでスマホのスケジュールアプリを見る。確かに今日は休みだ。恋歌が普通に稽古してたから、てっきり毎日あるもんだと…スケジュール管理が杜撰過ぎるな。

 

「はぁ…」

「真咲くん、帰る?」

「いや、稽古してくよ…今のままじゃ、全然敵わないからな」

 

 ぶっちゃけ、分が悪過ぎる。これがゲームだったら、速攻で売り飛ばしてた。相手はハリウッドで活躍中の王賀美陸に、舞台経験豊富な阿良也さん、スターズの天使と呼ばれる百城千世子…とか、他にも有名な人ばかり。俺や武光、和歌月がこのオーディションに受かったのはデスアイランドの宣伝を兼ねてだろう。武光や和歌月には悪いけど、俺らがこの舞台に立てるほどの役者だとは思わない。

 

「休憩中すみません。恋歌ちゃん、今、大丈夫?」

「雪ちゃんだ。うん、大丈夫だよ」

「ちょっと来てもらいたいんだけど…いいかな?」

 

 申し訳なさそうに、柊さんが稽古場の扉から顔を出して、恋歌に話しかける。

 

「いいよ。じゃ、真咲くんも行こっか」

「いや、なんで?」

「えっと…」

 

 柊さんが困った顔をする。そりゃ、そうだよな。恋歌に用事があるのに俺が付いてくるとか訳わかんないし。

 

「敵情視察ってやつだよ」

 

 恋歌は以前のように馬鹿みたいな笑みを浮かべた。

 

 

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 夜凪が狂ったように頭鬼に抱きついていて、中々前に進まない。

 

「恋歌、会いたかったわ。最近、ずっと家に帰ってこないから…」

「け、景ちゃ…ちょっ!?それはダメだから!!皆見てるから!ね!?」

 

 何故か、百合の花を幻視する。真咲が疲れた顔で、隣に来る。

 

「よう、武光。オーディション振りだな」

「そうだな。体調はどうだ?」

「親戚かよ…」

 

 ようやく夜凪と頭鬼で折り合いがついたらしく、腕を組みながら歩き始める。俺と真咲も他愛も無い話をする。決して、互いの演技の話だけはしない。互いの芝居を見るのは舞台の上で、と約束したからな。

 

「ごめんね、けいちゃん、恋歌ちゃん」

「…?」

 

 柊さんはサイド乙の稽古場の扉に立つと、急に頭鬼と夜凪に対して謝罪する。2人とも疑問に思っているようだ。そして、扉を開ける。

 

「羅刹女よ!寂しいな!悔しいな!あんた、なぜ、今独りで戦っているんだ!?あんたの旦那…牛魔王のおじきはどうした!?」

 

 明神阿良也と女性が殺陣を行っている。明神阿良也の動きも激しいが、それ以上に女性は激しい。暴風のように、荒ぶっている。

 

「黙れ猿!!」

 

 喉から絞り出したような怨嗟の声。声質は変わっているが…アレは。

 

「おい、百城。また芝居から迫が欠けてる。お前の敵は誰だ?孫悟空か?()()()()()

 

 サイド乙の演出家黒山墨字が、今までの印象とは真逆の百城千世子に語り掛ける。彼は何を言っているんだ?この物語の敵対図は、羅刹女と孫悟空たちだろう?それ以外の敵なんて…

 

「感情…特に怒りは直ぐに消える。だから、消える前に火を付けろ。お前の敵は…」

 

 百城千世子が、大きな眼で頭鬼と夜凪を捉える。…成程、夜凪たちを利用するのか。これが、黒山墨字の演出。百城千世子の役作り。

 役者として甘い考えだったと恥じる。

 友人にあんな目を向けるなんて、並大抵の覚悟では出来ない。だが、そこまでしなければ勝つことは出来ないということだろう。

 

 俺も、精進しなければいけないな。


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