7月も下旬に差し掛かると、子供たちが沖の方を泳いでる姿を見かけるようになった。珍しいなと思っていたら、遠泳の授業だと良一が言っていた。島ではこれも夏の風物詩らしい。
……それから数日経つと、世間は本格的な夏休みに突入した。
鴎のサマーキャンプが始まり、蒼も大量の宿題を抱えて長期休暇に入った。
既に働いている俺にとっては夏休みも何も関係ないんだけど、明らかに観光客も増えて、島が賑やかになっている気がする。
「……というわけで、浜辺みたいに地面が柔らかい場所には張り綱を2本にしてペグで留めるダブルペグがいい。あれだと、気持ちいいくらい刺さるんだ」
最近、良一は仕事中ずっとキャンプ用品の話をしている。鴎曰く、サマーキャンプで使う道具のほとんどは良一が提供しているらしいし、熱く語りたい気持ちも分かる。
……けど、投網を上げる時くらいはそっちに集中してほしい。
「おお!? ウナギだ!?」
そんなことを考えながら網を上げていると、その中に見知った魚がいた。あれ、ウナギだよな。
「羽依里、何を驚いている」
「いえ、ウナギが」
「昔に比べ数は少なくなったが、時々かかることがある。良いから網を上げろ」
「は、はい!」
しろはのじーさんはあっけらかんとしていて、特に気にしてもいない様子だった。海でウナギなんて獲れるんだ。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「……なんだ羽依里、お前、海でウナギが獲れるのを知らなかったのか」
鳥白島に戻り、港で片付けをしていると、先輩たちとおのずとそんな話題になった。
「ええ、海でウナギなんて獲れるんですね」
「当たり前だ。養殖物や川のウナギとは旨味が違うぜ」
「よし、中途半端な大きさのやつを捌いてやろう。あまりのうまさに、腰ぬかすなよ」
言うが早いか、先輩たちはどこからか専用の道具を持って来てウナギを捌き始めた。七輪も用意されたし、本当にこの場で調理してくれるらしい。
「……ほらよ。こっちのはもういいぜ。食ってみな」
「ありがとうございます。いただきます」
それから30分ほどして、ウナギが焼きあがった。俺は渡された割り箸を手にして、熱々のウナギを口に運ぶ。
「う、うまい……!」
漁師秘伝のタレをつけて、七輪でじっくりと焼かれたウナギの身はほこほこで、これまで食べたどのウナギよりも美味しかった。確かに、海のは旨味が違う。
「ほらよ。こいつは土産だ。世話になってる空門の家に持って行ってやりな」
「あ、わざわざすみません」
そして別の焼き身をラップで包んで、お土産にしてくれた。これは蒼たちも喜びそうだ。
「彼女にもしっかり食べてもらって、お互いに夜も頑張りな」
「は!?」
……ちょっと、朝から何言ってるのこの人。
「馬鹿野郎。今の若い連中はいきなりそんな話にはならねーんだよ。ピュアーだからな。最初はお風呂からって言うだろ」
「あー」
そこで納得しないで! 本当にピュアだったら、最初はお風呂からって展開には絶対ならないから!
「じー……」
……その時、少し離れた場所から視線を感じた。
目線だけをそっちに向けてみると、俺たちのやりとりをしろはが少し離れた場所から蔑むような表情で見ていた。しろは、違うから。そんなにお盛んじゃないから。
「……それじゃ、おつかれさまでした」
「待って。取引する前から帰ろうとしないで」
「えぇ……だって、ウナギ食べてたし。あんな話してたし」
いつものように取引をしようと近づくと、何故かしろはは両手で自分の身体を守るようにしながら俺から距離を取る。確かにウナギを食べたら精がつくって言うけど、それは半分迷信みたいなものだから。
「海のウナギは色々とすごいんだよ。だから、普通はあまり食べないの」
「え、すごいって何が?」
「お、教えてあげない。それじゃ」
「あ……」
思わず聞いてみたけど、しろはは顔を真っ赤にして去っていった。結局取引もしなかったし、どうしたんだろう。すごく気になる。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「ただ今戻りましたー」
「ああ、羽依里君。お疲れ様」
〆の四天王スクワットまできっちりとやってから空門家に帰宅すると、リビングで樹さんが新聞を読んでいた。
「あれ? 蒼たちはまだ寝てるんですか?」
「いや、今日からラジオ体操が始まったらしくてね。朝から神社に行ってるみたいだよ」
「え、ラジオ体操ですか?」
これも夏の風物詩だけど、ラジオ体操ってもっと小さな子がやるイメージがあるんだけど。
「僕も詳しくは知らないけど、この島のラジオ体操は変わっていて、羽依里君くらいの年の子も参加しているらしいよ。気になるようだったら行ってみるといい」
「はぁ……」
変わったラジオ体操って何だろう。オリジナルの動きでもするんだろうか。今度機会があったら、二人にそれとなく聞いてみよう。
「ところで何を持っているんだい? いい匂いだね」
「ああ、港でウナギを貰ったんですよ。お土産です」
「ほう。ということは、海のウナギかい。これは珍しいね」
樹さんが興味津々といった様子で身を乗り出してきた。
「みたいです。先に食べてみましたけど、美味しかったですよ」
「え、食べたのかい!?」
身を乗り出していた樹さんが後ずさった。え、一体どうしたんだろう。
「そういえば、しろは……魚に詳しい子から、海のウナギは色々とすごいって聞いたんですけど」
「うーむ、どうもそうらしいね。僕も詳しいことは知らないんだけど、この島近海で獲れるウナギは特に、興奮作用のある……いや、なんでもない。忘れてくれ」
ちょっと樹さん、すごく気になるから話を途中で切らないで。その先、ちゃんと話して。
「と、とりあえず、冷蔵庫に入れておきますので」
「あ、ああ。冷凍庫の方で頼むよ。そのウナギの取り扱いについては、後々家族と相談することにしよう」
まさか、このウナギのために空門家家族会議が開催されたりするんだろうか。そこまで戦々恐々としなくても。俺、食べちゃったんだけど。
俺は一抹の不安を感じながら冷凍庫にウナギをしまい、そのままシャワーを浴びるために脱衣所へと向かった。
……ちなみに、例の藍との一件があってから、脱衣所に入る前に必ず一声かける様にした。
藍の他にも蒼や碧さんがシャワーを浴びてることもあったし、どうも朝のシャワーは空門家でも定番らしい。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
……いつものようにシャワーを浴びた後は、カーテンを閉めた部屋に布団を敷き、3時間程仮眠をとる。
お昼を過ぎた頃に布団を抜け出してリビングに行くと、すごく食欲をそそる香りが漂ってきた。
「あ、ちょうど起きたわねー。今から起こしに行こうと思ってたの。今日のお昼はチンジャオロースよー」
匂いに誘われてキッチンに行ってみると、蒼が意気揚々と中華鍋を振るっていた。どうやら、姉妹で昼食を作ってくれていたらしい。
「羽依里さん、今日も頑張って食べてあげてくださいね」
ダイニングテーブルに三人分のご飯を配膳しながら、藍がそう言ってほくそ笑む。
「え、それってもしかして」
俺は反射的に蒼の方を見る。三つの皿に盛られたチンジャオロースの中に、ひときわ大盛なのがあった。もしかしなくても、あれが俺のかな。
「はい、おまたせー。しっかり食べてねー」
そして予想通り、俺の前に特盛のチンジャオロースがどんと置かれた。
「男の子だし、これくらいいけるわよねー? 野菜多めにしといたから、栄養バランスもばっちりよ」
蒼、それは優しさじゃない……なんて、あの笑顔を見たらとてもじゃないけど言えない。
「ああ。頑張って食べるよ。それじゃ、いただきます」
例によって樹さんは逃げ……いや、出かけてしまったみたいだし、俺が頑張るしかなさそうだ。いくぞ!
「……うぷ。ごちそうさま」
「お粗末さまー」
蒼の作ったチンジャオロースは、オイスターソースがシャキシャキ野菜と豚肉に絡んで、本当に美味しかった。なんだかんだで、蒼の料理は着実にうまくなってる気がする。
美味しかったけど、寝起きであの量は正直きつかった。
夏休みになってから、蒼は毎日のようにお昼ご飯を作ってくれるんだけど、やっぱり毎回量が多い気がする。そろそろ量を減らしてくれるように言った方がいいのかな。
「……羽依里さん、幸せ太りですか?」
こっそりと横腹の肉を摘んでいたら、藍が何とも言えない視線を送ってきた。し、仕事の時にたくさん動いているし、大丈夫だよな!
「……ところで蒼ちゃん、今日はお昼からバイトですよね。急がなくていいんですか?」
「あ、そうだった!」
藍にそう言われ、のんびりと食後のお茶を飲んでいた蒼が勢い良く立ち上がる。
「バイトはいつも行ってるだろ? そんな慌てなくても良いんじゃないか?」
「今日はかき氷早食い大会のイベントがあるのよ! 急がなきゃ!」
俺の問いに答える時間も惜しいようで、そのままバタバタと自室へと走っていってしまった。
かき氷早食い競争? あれだけ慌ててるってことは、それなりに大掛かりなイベントなのかな。少し気になる。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
……考えた結果、俺も空門姉妹と一緒に駄菓子屋へとやってきた。
「ところで蒼、かき氷早食い競争って何をするんだ?」
「言葉の通りよー。制限時間内にたくさんかき氷を食べた人が優勝。簡単でしょ?」
聞くまでもなく、単純明快なルールだった。言われてみれば、駄菓子屋のカウンターには大量のかき氷シロップと器が置かれていた。
「いつものかき氷に比べると量は少ないんですが、それでも毎回沢山の人が参加するので、作る方は大変なんですよ」
「そうよねー。たぶん、今日も腕痛くなりそう」
口ぶりからして、何度か経験があるみたいだ。肩を回して準備運動をしているし、二人で協力してかき氷を作るのかな。
「……藍ちゃん、蒼ちゃん、準備はええかの」
……否。三人だった。頭にハチマキを巻いて気合いを入れたおばーちゃんも奥から出てきたよ。
見るとかき氷器も三台用意されているし、三人が総出でかき氷を作るらしい。それだけ過酷なのかな。
「ししょー、今回も参加するぜー!」
「ぼくもー!」
……そして事前に告知していたのか、14時近くになると続々と子供たちがやってきた。
「今日こそ優勝目指して頑張るのよー。はい、100万円」
そんな子供達と話をしながら、蒼は100円玉を受け取っていた。どうやら、あれが参加費用らしい。
「ところで、このかき氷早食い競争には優勝賞品があるのか?」
蒼は接客で忙しそうだったので、近くにいた藍にそう聞いてみる。
「確か『夏休みの間使える、かき氷無料券10枚』だったはずですよ」
「へぇ、なかなかに奮発したな」
かき氷食べまくった末に貰える景品がそれってのもどうかと思うけど、100円の参加費を払って、優勝すれば1000円分のかき氷無料券がもらえると考えれば、ある意味魅力的かもしれない。
「そうです。せっかくですし、羽依里さんもかき氷早食い競争に参加してみませんか?」
「え、俺も?」
「ええ。ほら、良一ちゃんたちだって参加してますし」
そう言って藍が指差す方を見ると、子供たちに混ざって良一と天善、そしてのみきが参加登録をしているところだった。あの三人も参加するんだ。
「うーん……でもなぁ……」
あの量の昼食を食べてから大した時間も経ってないし、今かき氷を大量に食べたりしたら、胃腸に多大な負担をかけてしまう気がする。
「……そろそろ蒼ちゃん、彼氏さんのかっこいい所を見たがっていると思うんですが」
「うっ」
「表立って口にしませんが、私にはわかります。きっと、蒼ちゃんは羽依里さんが優勝する姿を見たいはずです」
「ううっ……」
「はぁ……羽依里、かき氷大会で優勝してくれないかしら……とか、内心思ってるはずですよ」
ため息交じりに蒼っぽく言わないで。本当、似てるから。まるで蒼に言われてるような気分になるから。
「わ、わかった。参加するよ」
結局俺は折れて、参加することにした。まぁ、100円くらいいっか。
「さすが羽依里さんですね。参加料は500万円ですよ」
「……ちょっと待って。金額が5倍に跳ね上がってるんだけど」
「言ってませんでしたっけ。大人料金ですよ」
初耳な気がする。しかも参加費500円なら、5杯は食べないと元が取れないじゃないか。うう、騙された……。
でも、ここまで来てやめるのもなんか負けた気がするし、俺は泣く泣く料金を支払って参加を決めたのだった。
……しばらくして、参加受付が締め切られる。見れば子供たちに混ざって、見知った顔ばかりが並んでいた。
「……子供向けのイベントだと思ってたんだけど、皆も参加するんだな」
「当然だ。優勝したらかき氷無料券がもらえるんだぞ。これは参加しない手はない」
そう言ってやる気を見せるのは良一と天善だ。すぐ近くには鴎とのみき、それに紬や静久の姿もある。
「鴎たちも出るのか」
「うん! たまたまツムツムたちとお店の前を通りかかったから、参加しようって話になったの! 面白そうだし!」
確かに面白そうではあるけど、紬や静久が500円支払って元が取れるとは思えないんだけど。大丈夫かな。
「それじゃー、かき氷早食い競争を始める前に、ルールを説明するわねー」
「ポーン!」
そして頃合いになったのか、蒼がベンチの上に立ってルール説明を始めた。頑張れ、駄菓子屋看板娘。
「制限時間は15分間! 今回は器に紙コップを使うけど、数を数える必要があるから、食べ終わったら必ずこっちに持って来てね! 器を持ってこないと、次をあげないから!」
「ポン!」
気づけばイナリもやってきて、ベンチの下から蒼の台詞に合わせて相づちを打っていた。
「それと今回は時間短縮のために、シロップはあたしたちが勝手に選ぶから! どれも同じ味だし、いいわよね?」
いいでーす。という声が参加者たちから返ってきた。まぁ、今回ばかりは味を楽しんでる余裕なんてなさそうだし。
でも冷静に考えると、子供は100円払ってかき氷食べ放題なのと同じだ。基本元が取れる気がするし、別に優勝できなくても損じゃないよな。
……まぁ、大人の俺たちは5杯以上食べないと元が取れないけどさ。
「ほら藍ちゃん、もっと腰を入れて、手首のスナップを効かせるのじゃ。力任せじゃ、最後までもたんぞ?」
「わ、わかってます……!」
蒼がルール説明している間にも、藍やおばーちゃんはかき氷を作り始めていた。どうやら、ゲーム開始直後のラッシュに備えて、今のうちにストックを用意しておこうという考えらしい。
「……そろそろ準備はいいかしら? もう一度言うけど、制限時間は15分よ! それじゃ、かき氷早食い競争! スタート!」
「ポポポーン!」
……そしてイナリの鳴き声を合図にして、かき氷早食い競争が始まった。
それと同時に俺たちは蒼の元へと群がり、かき氷を受け取る。
「よし、まずは一杯目だ!」
俺が最初に手に取ったのは、いちご味のかき氷だった。うん。美味しい。量も少なめだし、さくっと食べてしまえる。
「よし、次!」
「えー、にーちゃんもう食べたのか!?」
「すげー! 早すぎるぜ!」
早くも二杯目のかき氷を受け取ったのを見て、子供たちから驚きの声が飛ぶ。ふはは、大人と子供じゃ口の大きさが違うぜ!
「……うぐっ」
そしてレモン味のかき氷をかき込んだところで、頭にずきんと来た。こ、これがアイスクリーム頭痛ってやつか。
「な、なんの!」
俺は持っていたかき氷を器ごと額に当てて、おでこを冷やす。こうするとアイスクリーム頭痛を早く沈めることができるらしい。蒼の記憶から得た知識だった。
「……よし、復活! まだまだいけるぞ!」
俺はそのままの勢いで二杯目のかき氷も完食し、続けて三杯目のかき氷を受け取る。今度はメロン味みたいだ。
「さすが羽依里、早いわねー」
「できたら、もうちょっと味わって食べてほしいものですけど」
そんな中、蒼たち三人は次から次へと新しいかき氷を作っていた。食べるのはあっという間だけど、作る方は大変そうだ。
「だ、だめだー!」
「もう、げんかーい!」
そしてその頃になると、子供たちが続々とダウンし始めた。さすがに三杯目になると小さい体にはきついみたいだな。
「むぎぎぎぎ」
「おいしいけれど、頭に響くわね。せめて、氷すいがあれば良かったのだけど」
子供たちと時を同じくして、紬と静久も急激にペースダウンしていった。アイスクリーム頭痛の対処ができていないと、ここらで一気にやられるわけだ。
「あおちゃん、おかわり!」
「なにっ、鴎!?」
一方、鴎は変わらぬペースで俺について来ていた。まさか、鳥頭だからアイスクリーム頭痛もないのか?
「……羽依里、なんだか失礼なこと考えてない?」
「いや、別に何も考えてないぞ。それより、早く食べないと溶けるぞ」
「おっと、そうだった。いただきまーす!」
そして、心底嬉しそうにブルーハワイのかき氷を口に運ぶ。うーん、鴎は純粋にかき氷を楽しんでいるな。
「……ぐ、くあああ」
……やがて五杯目に突入したとき、それまで黙々と食べていた天善がアイスクリーム頭痛でダウンした。残り時間はあと5分ほどだし、ここからは俺と鴎の勝負になりそうだ。
……ところで、誰か忘れているような気がする。誰だっけ。
「う、うう。もう限界。どれも同じ味だってこと、身をもって知ったよ……」
俺が六杯目に着手した頃、そう言いながら鴎がダウンした。子供たちもそのほとんどが脱落してしまったし、これで残っているのは俺と……。
「蒼、すまないが次のかき氷をもらえないだろうか」
「いいわよー。そこに置いてあるから、好きな味持ってってー」
周囲を見渡してみると、のみきが新しいかき氷を受け取りに来ていた。全然目立ってない気がするけど、のみき、まだ頑張ってたのか?
「ほら良一、新しいかき氷を置いておくぞ。それと、こっちの器は下げておくからな」
「ああ、サンキューな!」
……否。のみきはかき氷を食べていなかった。ただひたすらに、良一のためにかき氷の運び屋に徹していた。
「後、こっちのはそろそろ食べ頃だぞ。良い感じに溶けている」
「よーし、のみきのおかげで独走だぜ! 一気にラストスパートだ!」
そんなのみきのお陰で、良一は食べる方に集中できているみたいだった。しかも普通の食べ方じゃない。持ってきたかき氷を一度日なたに置いて、ある程度溶かしてから食べていた。あそこまで溶けていたら冷たい飲み物を飲んでいるのと同じだし、アイスクリーム頭痛も何もない。まさかの手法だった。
「藍、あのやり方ってありなのか?」
「別に良いんじゃないですか? こっちが渡した時は、ちゃんとかき氷だったんですし。溶かして食べちゃ駄目ってルールもないですよ」
言われてみればそうだけど。それに、あの作戦は一人じゃできない。器を返さないと次のかき氷がもらえないルール上、途中でかき氷を溶かす手間を挟んだ場合、大幅な時間ロスになるし。それこそ、あの二人の愛がなせる業だった。
「……ちょっと待って。それじゃ良一は今、何杯食べてるんだ?」
独走だって本人も言っていたし、序盤からあのペースで食べ続けていたとすると、すごい量になってそうだ。
俺は慌てて店の方へ向かい、良一が食べた器の数を確認する。
「……じゅ、十二杯!?」
まさかの俺の倍だった。実質二人がかりとはいえ、予想以上の差が開いていた。いくらなんでも、残りの時間で逆転は無理だ。
俺は潔く負けを認め、がっくりと膝をついたのだった。
……良一はその後もペースを乱すことなく、最終的に十五杯ものかき氷を平らげて優勝。子供たちに島のかき氷王と称えられながら、かき氷引換券10枚をゲットしていた。
「ありがとな。のみきのおかげで優勝できたぜ」
「私は大したことはしていない。お前の実力だ」
二人はそんな会話をしながら帰っていった。もう、ラブラブ空間全開だった。島公認のカップルとして先頭を走っているつもりでいたけど、これは俺たちもうかうかしていられないかもしれない。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
……駄菓子屋でのイベントが終わり、俺はお役御免となった姉妹と一緒に空門家に帰宅していた。
「うう、お腹が苦しい……」
結局、かき氷早食い競争はなんとも中途半端な結果になってしまったし、俺はリビングのソファーに寝そべって、水っ腹を抱えていた。
「ねぇ、羽依里。ちょっと湿布貼ってくれない? やっぱりかき氷機回しすぎたみたいで、肩痛くなっちゃって」
「え、湿布?」
その時、そう声をかけられた。なんの気なしに顔を上げると、服を半分はだけた蒼が俺の方に背中を向けていた。
「はい!?」
予想外の光景に、変な声が出てしまった。いや、ちょっと待って。
「何驚いてんのー。ちょうど藍もいないし、お願いできる?」
肩越しに俺の方を見ながら、その身体を左右に動かす。無意識なんだろうけど、まるで誘ってるみたいで、すごく艶やかだった。
「いやその、俺、男子校だからさ……」
「まだそのネタ引っ張るのー? 今は恋人同士なんだし。気にしない気にしない。それじゃ、右肩によろしくー」
そう言いながらにじり寄ってきて、後ろ手に俺に湿布を渡してきた。どうやら、逃げられないっぽい。
「えーっと、ここか?」
俺は意を決して、蒼の肩に触れる。やっぱり今日のバイトで使いすぎたのか、少し火照ってる気がする。
「あ、もうちょっと左。そこじゃなくて、少し上」
俺は蒼の指示を受けながら、湿布を貼る位置を慎重に決める。それにしても、蒼の身体ってぷにぷにで柔らかいなぁ。
……って、何を考えてるんだ。冷静になれ、鷹原羽依里!
「え、どうしたのー?」
「いや、なんでもないよ」
蒼の方は別段意識してないみたいだし。俺も落ち着かないと。
……でも、そんな雑念満載の状態で湿布が上手く貼れるはずもなく。
「うわ、シワだらけになった!」
「ちょっと! それ一枚しかないんだから! 貼り直しなさいよ!」
「こ、こうか……? げ、今度は曲がってくっついた!」
「動かしにくいじゃない! 上手に剥がして、もう一回!」
「ごめん、今度は髪巻きこんだ! すぐに外すから!」
「あたたたたた、優しく剥がしなさいよ!」
「……ちょっと。お二人で何してるんですか」
そんな騒動をしていると、藍がリビングへとやってきた。まずい。これは怒られる流れだ。
「見てられませんね。羽依里さん、湿布を貸してください! 私が空門流の湿布の貼り方というものを教えてあげます!」
え、空門流? そんなのあるの?
「いいですか。まずは湿布を貼る前に、肩と肩甲骨周りの筋肉を軽く揉んで、ほぐしてあげるんです」
「ちょっと藍、手つきがいやらしいわよ!?」
「気のせいです。はい。もみもみと」
「あ、ひゃ……」
「ほう。俺にもやらせてくれ」
「駄目です。羽依里さんはそこで指をくわえて見ていてください。実技はまた今度です」
「え、そんな。その湿布貼り、俺が頼まれたのに」
「問答無用です。良い感じにほぐれたら、次はですね……」
「人の背中で遊ばないで―――!」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
……すったもんだで、夜。
「羽依里君、今日も一緒にどうだい?」
「じゃあ、ご一緒させていただきます」
家族そろっての夕食を済ませると、樹さんはお酒を手に、縁側へと向かう。
この家に移り住んでからというもの、俺もそんな樹さんの晩酌に付き合うのが日常になっていた。
もっとも俺はまだ飲めないから、お茶やジュースを片手に話を聞いてるだけなんだけど、海外での活動が多い樹さんの話は、なかなかに新鮮だった。
「その時、用心棒のルイスが銃を抜いて、流ちょうな英語で『気をつけろ』と言ったんだ。さすがに一団に緊張が走ったよ。場所が場所だけに、盗賊も出るらしくてね」
今日は南アフリカのダイヤモンド鉱山の話だった。なんでも、その鉱山を抜けた先に珍しい蝶が生息する高台があって、その調査に赴いたらしい。毎回思うんだけど、樹さんって昆虫学者だよな? インダージョーンズじゃないよな。
「毎日つき合わせちゃってごめんねー。この人の話、長いでしょー? こっちの高級おつまみチーズ、羽依里君にあげる」
その時、湯上りっぽい碧さんがおつまみを持ってやってきて、笑顔でそう言う。
「いえ、俺も勉強になりますから」
「……羽依里君、正直に言ってくれていいのよ? こんな話より、俺は蒼とイチャラブしたいんだって」
「は? いえ、俺は別にその」
碧さんの思わぬ言葉に、俺は視線を泳がせる。こういう時、なんて答えればいいのかわからない。
ちなみに、そんな両親に気を使っているのか、蒼たちもこの時間は姿が見えない。大方、部屋で勉強したり、お風呂に入ってるのかもしれない。
「……そういえば、他の皆には朝のうちに話したんだけどね」
そんなことを考えていると、樹さんがグラスを置きながら口を開く。
「僕は明日からしばらく、この家を空けることになる。東京の方で急な仕事が入ってね。今月一杯は戻れそうにないんだ」
「あ、そうなんですね」
職業柄、樹さんがこうして唐突に家を空けることは珍しいことじゃないけど、今回は少し長いみたいだ。
「遅くても夏鳥の儀までには帰って来れると思うけど、それまでの間、この家を頼むよ」
樹さんはそう言って、俺の目を見ながら肩を叩いてくれた。
「わかりました。どこまでできるかわかりませんが、頑張ります」
それに応えるように、俺はそう返事をした。この家で唯一の男になるわけだし、しっかりしないと。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
……その後、パジャマに着替えた蒼が樹さんに入浴を促しに来ると、その流れで晩酌はお開きとなった。
俺も樹さんに続いて入浴を済ませた後、蒼たちと一緒にリビングでテレビを見ていた。
『……おわかりいただけただろうか』
テレビでは夏の定番である心霊番組をやっていた。若者数人が乗った車が、幽霊が出ると言うトンネルを通り抜けた直後、フロントガラスに巨大な女性の顔が現れる……といった内容だ。
「こういうのって、決まって髪の長い女性の幽霊だよな。同じ幽霊でも、ショートカットの幽霊とか、ポニーテールの幽霊とかいてもおかしくないのにさ」
「そーよねー。服装も毎回ワンピースだったり、夏なのにコート着てたりするのが定番よね。水着の幽霊とかいないのかしら」
「それだよな。もっと色々な格好の幽霊が映っても良いと思うんだけど」
俺は元々オカルト好きだし、蒼も七影蝶が見える関係か、その手の話に詳しい。俺と蒼はあーでもない、こーでもないとお互いの持論を展開していた。
「う、ううぅ……」
そんな中、蒼とお揃いのパジャマを着た藍はクッションに顔をうずめるようにしながら、蒼にくっついて震えていた。
「藍ー、そんなに怖がらなくてもいいじゃない。こんなの、光の加減か何かよー」
「そ、そうかもしれないですけど、怖いものは怖いんです」
今思えば、藍はずっと寝ていたのもあって、この手のものに対する耐性がないのかもしれない。本当、小さな子供みたいな怖がり方だし。
『……もう一度ご覧いただこう』
「う、ううぅ……」
幽霊の映るシーンが再度放送されると、また藍は震えながら蒼にくっついていた。そんなに怖いなら、観なければいいのに。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
……そして、その日の深夜。
「うーん……うーん……」
熱帯夜というわけじゃないのに、何故か今日は寝苦しかった。布団に入ったのは良いけど、全身が火照る感じがして、全然眠れない。
「くそ。だめだ」
何度目かわからない寝返りをしたところで、俺は寝るのを諦めて身体を起こす。枕元の時計を見ると、その針は午前2時を指していた。
部屋の窓は網戸にしてあるんだけど、全く風が入ってこない。今日はそういう日なんだろうか。
おまけに身体は燃えるように熱いし。なんだろこれ。
もしやと思って熱を測ってみたけど、平熱だった。どうも、身体がそう勘違いしているだけらしい。
ーー彼女にもしっかり食べてもらって、お互いに夜も頑張りな!
……その時、そんな先輩漁師の言葉と共に、今朝食べたウナギのことが思い出された。
もしかしてこの感じ、朝食ったウナギの効果なのか!? 海のウナギはすごいって言ってたけど、まさかそういう意味!?
……ええい、冷静になれ! 鷹原羽依里!
俺は暗闇の中起き上がって、意味もなくスクワットとかしてみる。一瞬頭に浮かんだ邪なイメージを打ち消すんだ! せいっ! せいっ!
「ぜぇ、はぁ……つ、疲れた……」
……そのまま無心で100回ほどスクワットをした。良い感じに汗をかいたのもあってか、身体の火照りが消えた気がする。
「さて、少し水でも飲んでこよう」
俺はそう思い立って、扉を静かに開けて廊下へと出る。皆寝静まってるだろうし、明かりはつけずに台所へと向かう。
「……ふう。身体に染みわたるぜ」
コップについだ水を一気に飲み干すと、良い感じに体温も下がった気がした。
そのまま自室へ戻って横になると、運動と水分補給の効果か、良い感じに眠気がやってきた。これなら良い感じ眠れそうだ……。
ぷぃ~ん……。
「……?」
ぷぃぃ~~~ん。
……その時、落ちかけた意識を無理矢理引き戻す独特な羽音がした。
「……くそ。どこだ」
俺は即座に置きあがり、部屋の明かりをつける。
それと同時に、その羽音はピタリと止んだ。
「狡猾なやつめ。姿を現せ」
姿は見えないが、この羽音の正体を俺は知っている。
俺たち人間の血を狙うヴァンパイア。夏の夜の忌むべき敵だ。
そういえば台所に行った時、部屋のドアを開けっ放しにしていた気がする。その時に侵入したのか。
「俺としたことが、うかつだった……!」
ぷぃぃ~~~ん。
「くそ、どこにいるんだ」
またどこからか羽音がする。目を凝らしてみるけど、まだ部屋の明るさに目が慣れていない。チカチカするだけで、その姿を見つけられない。
「よーし」
こうなったら、肉を切らせて骨を断つ作戦で行こう。我が身を犠牲にする。
俺は腕の柔らかい所を上に向けて、ヤツがやってくるのを待つ。
「さあ来い。ここに食いついた時が、お前の最後だ」
ぷぃぃ~~~ん。ぷぃ~ん。
しかし、耳の近くを飛び回るだけで、一向に俺の腕には食いつかない。
「くそぉぉぉ! 刺すなら刺せーーー!」
「……夜中に何を騒いでいるんです?」
「おおう」
いつの間にか、藍が俺の部屋を覗き込んでいた。冷静になってみると、夜中に騒ぎ過ぎたかもしれない。
「いや、部屋に蚊がいてさ。起こしちゃって悪いな」
「そうだったんですか。てっきり、部屋にオバケでも出たのかと思いましたよ」
「え、なに?」
「い、いえ。なんでもないです。単にお手洗いの帰りですよ」
俺の部屋は蒼の部屋からは遠いんだけど、藍の部屋には比較的近い。たまたま廊下に出たところで、俺の声が聞こえてしまったんだろう。悪いことをした。
「それより、蚊がいるのなら蚊取り線香出しましょうか」
「おお、あるのか」
「ありますよ。ちょっと待っていてください」
藍はそう言うと一旦部屋の外に出て、よく見る渦巻き型の蚊取り線香と灰受け、チャッカリマンを持って戻ってきた。
「はい。どうぞ」
「よし、これで一網打尽だ。覚悟しろよ」
俺は蚊取り線香を受け取ると、セッティングを済ませてチャッカリマンの引き金を引く。
「……あれっ、点かないぞ?」
カチカチと何度かやってみるけど、チャッカリマンは乾いた音がするだけで火が点かなかった。まさか、ガス切れなのか。
「こういう時くらいしか使わないから、ガスが切れていたのかもしれませんね」
「代わりのチャッカリマンとかないのか?」
「おとーさんの部屋に行けばライターくらいあるかもしれませんが、勝手に入るわけにはいきませんし」
「そうだよなぁ……どうしよう」
ようやく慣れてきた目を凝らしてみると、蚊は天井付近を悠々と飛んでいた。
対種族特化型煙幕兵器が使用不可能になっているのを理解しているのか、ヤツは余裕そうだった。
「あの蚊、なかなかに頭が良いんだよ。俺が腕を出しても食いついてこないしさ」
「どうも、私と蒼ちゃんの血を吸ってるっぽいですし、羽依里さんの血には興味ないんじゃないですか」
藍はそう言いながら、左の二の腕辺りをぽりぽりと掻いていた。みると、少し赤くなってた。
「え、藍だけじゃなく、蒼も吸われたのか?」
「たぶんそうだと思います。今日は蒼ちゃん、私の部屋で一緒に寝てますし。風を通すため、ドアと窓を少し開けていましたから」
そうだったのか。姉妹の血を飲み比べだなんて、羨ま……じゃない。許さないぞ。
「藍、確かこの家にカンチョールあったよな。持って来てくれ」
蚊に対して効果があるのかわからないけど、一応あれも殺虫剤だ。使ってみる価値はあるかもしれない。
「玄関にあったやつですよね? あれ、少し前に全部使ってしまいましたよ」
……そうだった。確か数日前、玄関先に出てきたムカデを倒すのに使ってしまったんだった。どうしよう。使える化学兵器がない。
そんなことを考えていると、チャンスと見たのか蚊が俺の頬に止まった。
「あ、羽依里さん、動かないでください!」
「いてーーーー!」
……次の瞬間、ばちーんって音がした。どうやら、蚊を倒そうと思った藍が俺の頬を思いっきり叩いたみたいだ。うう、父さんにもぶたれたことないのに。
「……逃げられてしまいました」
しかも、仕留めそこねてるし。俺、ぶたれ損じゃないか。
「くそ、天井に」
結果的に俺は刺されなかったけど、九死に一生を得た蚊はまた天井の方に逃げてしまった。
「どうしよう。気になるし、リビングで寝ようかな」
「私達の血を吸ったんですし、もう羽依里さんが襲われることはありませんよ。それじゃ、おやすみなふぁい」
俺の心配をよそに、藍はあくびを噛み殺しながら俺の部屋から出て行ってしまった。くそ。他人事だと思って。
「……いいや。せっかく眠くなってきたんだし、俺も寝てしまおう」
そう言って俺は部屋の明かりを消す。このままリビングに移動したら、せっかくやってきた眠気が消えてしまいそうだし。藍の『お腹いっぱいになった蚊は襲ってこない説』を信じることにしよう。
……一方で、せめてもの足掻きとして部屋の扉を全開にしておいた。願わくば、出て行ってほしい。
ぷぃぃ~~~ん。
ぷぃぃ~~~ん。
「くあぁぁ! 耳に来るな耳にーーー!」
……そんな俺の策も空しく、結局俺は眠れぬ夜を過ごしたのだった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「お、おはようございます!」
そして翌朝。夜中にあれだけ騒動したせいか、がっつり寝坊してしまった。今日が仕事だったら、えらい目に遭うところだった。
「……あれ?」
急いで身支度を整えてリビングに出てみたものの、リビングは無人だった。どうやら樹さんは朝一番の船で東京に向けて出発したらしい。
「しまった。せめて見送りだけでもするべきだったな……」
少し後悔しながらダイニングへ向かうと、テーブルの上には『朝ごはんに食べてね』と書かれた碧さんのメモと、3つの総菜パンが置かれていた。
日曜日だと言うのに、碧さんはパートらしい。蒼と藍の二人もまだ寝ているみたいだし、この時間帯に誰もいないというのは、ある意味新鮮だった。
適当に朝のニュースを流しつつ、電子レンジでたこ焼きパンを温めていると、姉妹が起きてきた。
「おはよー」
「おはよーございます……」
「ああ、二人とも、おはよう」
……あれ? なんか藍、昨日より赤い所が増えてる気がする。
「ううー、かいかいです……」
どうやら、俺の部屋にいた蚊は藍の部屋に行ってみたいだ。やっぱり、あの蚊は頭が良い。うまい血がわかってるみたいだし。
「ところで藍、どうしたのー?」
爆発した髪を気にすることなく朝食用のコーヒーを準備していた蒼が、不思議そうに藍に声をかける。体中をまさぐっているのに気づいたんだろうか。
「蚊に刺されちゃったんです。見てください。こことか最悪です」
「あははー。おでこ刺されたのねー。これは目立つわねー」
俺も蒼と一緒になって覗き込んでみると、ちょうどおでこの真ん中が赤くなっていた。前髪で上手く隠せそうだし、気にする必要もなさそうだけど。
「笑い事じゃないです。羽依里さんのせいですよ。どうしてくれるんですか?」
「ええっ、俺のせいなの!?」
「そうです。夜中に、あんなことして」
「え、夜中に何かあったの!?」
その言葉を聞いて、蒼が顔を赤くしながら俺と藍を見る。いや、なんでそこで赤くなるの。
「いや蒼、何もないから。誤解だからな」
「……そうですね。これは私と羽依里さんの秘密でした」
ちょっと藍、俺がなんとかその場を収めようとしているのに、火に油を注がないで。
「じー……」
だから、蒼もそんな切なそうな顔で俺を見ないで。一体どんな想像してるの。
……その後、朝食を摂りながらようやく蒼の誤解を解くことができた。まったく、朝から疲れさせないでほしい。
「蚊に刺されまくるし、ラジオ体操は行きそびれてしまうし、朝から散々です」
「後で液体ヒム塗ってあげるから、そうむくれないの。ほら、ほっぺにマヨネーズついてるわよー?」
……そんな感じで、三人で遅めの朝食を楽しんだのだった。
そして今日はバイトも休みということで、午前中は三人でまったりと過ごすことにした。寝不足ってのもあったし、たまにはこういう日があってもいいかもしれない。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
……そして午後になると、何故か俺と蒼はラケットを手にして、秘密基地で卓球をしていた。
「どーしてこんなことになったのかしら……?」
「どうしてだっけ……俺もよく覚えてない」
確か、お昼ご飯を出前で済ませた後、久しぶりに蒼と二人きりで外出しようって話になって、藍が出前の食器を洗ってくれている隙にこっそりと空門家を抜け出したんだ。
そこまでは良かったんだけど、例の一本道に差し掛かったところで、水鉄砲を持ったのみきと裸の良一、そしてラケットを持った天善に取り囲まれて……気がついたら、ここにいた。
……おかしい。本来なら今頃、蒼と二人で港にいるはずだったのに。色々と解せん。
「9-7!」
「おおー、今のサーブはすごかったです!」
「さすがパイリ君、見事なおっぱいサーブだわ」
紬と静久の声援が飛ぶ。
何を隠そう、今の秘密基地には先の皆や俺たちに加えて、しろは、紬、静久といったメンバーが集まっている。卓球のためだけに、よくこれだけの人数が集まったものだ。
「ほらほら良一ちゃん、押されてますよ。頑張ってください」
「わ、わかってるよ!」
そして何より不思議なのが、雑然とした秘密基地の一番奥に置かれた椅子に藍が座っていることだった。確か、俺と蒼は藍にばれないように、こっそりと家を抜け出したはずなのに。どうして当然のようにここにいるんだろう。
「も、もしかして藍、あたしたちが黙って出て行ったから怒ってるのかしら……」
「え、そうなのか?」
蒼が流れる汗をぬぐいながら、俺にしか聞こえないくらいの声でそう言う。
「まさか、おいてけぼり食らった仕返しのために、俺たちを秘密基地に連行したうえ、これだけの人数を集めたのか? それはいくらなんでも……」
「藍ならやりかねないわよ……特に、少年団の皆は藍には逆らえないから」
「その力関係については、以前から重々承知してるつもりだったけどさ……」
「……羽依里たち、何をぶつぶつ言ってるんだ? そんな様子じゃ、俺の球は受けきれないぜ! パージサーブ! ビヨンド!」
……その時、良一が摩訶不思議な軌道のサーブを放つ。
「なんの!」
俺はそれを反射的に打ち返し、すぐさま蒼に交代する。
「……蒼、ピンクカウンターだ!」
「誰がピンクよ! うりゃあ!」
そう言いながらも、蒼はのみきの返球を強烈なスマッシュで撃ち返していた。さすが、俺たちのチームワークは完璧だ。
「10-7。マッチポイントだな」
得点ボードを持った天善がそう宣言する。よし、あと一息で勝利だ。
……ちなみにその天善は、人数の関係上ペアが組めず、初戦で俺と蒼に単身で挑んできたのでボコボコにしておいた。
天善ゾーンを展開していたとはいえ、蒼の胸にピンポン玉を当てた上、胸のサイズを中途半端と言いやがった。あれは許せない。
「このサイズ、俺にとってはジャストなんだからな!」
「ぐあ!?」
その時のことを思い出していたら、また怒りがこみあげてきて、無意識のうちに天善の顔にスマッシュを叩き込んでいた。
「じゅ、10-8。どうした鷹原。勝利を意識して力が入ったか」
「いや、そういうわけじゃないけど」
ちなみにこの卓球大会、ルールはダブルスのそれだけど、11点先取の一発勝負だ。
それだけじゃなく、俺たちは迫りくる強敵を全員倒さないといけない特別ルールを課せられていた。もし負けたら、俺が一人で罰ゲームを受けることになっている。どうしてそうなったのかわからないけど、そう決まってしまったんだ。
「……これで、終わりだぁぁーーー!」
俺は色々と考えながらも、勝負には集中していた。蒼のサーブがのみきに返されたところを狙って、全力のスマッシュを叩き込む。
「ぐわあああーーー! や、やられたーーー!」
「11-8! 試合終了!」
俺の渾身の一撃を良一は受けきれず、これで勝負あり。俺たちの勝利だ。
「か、勝った……」
「よし、これで残るは藍としろはのペアだな……」
体力には自信があるけど、初戦の天善から静久と紬のペア、続いて良一とのみきのペアと、こうも連戦が続くと疲れてくる。
蒼は尚更で、既に右肩を何度も揉むような仕草をしていた。口には出さないけど、昨日の痛みがまだ抜けてないんだろう。一刻も早く、この茶番を終わらせないと。
「……ここまで、本当に良い勝負を見せてもらった。主催者として、感無量だ」
天善はそう言って目を輝かせていた。いや、こっちとしては必死だからさ。
「それでは本日の最終ゲームだ。両ペア、前へ!」
そんな中、俺と蒼はほとんど休む間もなく最終戦の舞台へと引きずり出された。対するは、藍としろはのペアだ。
二人の実力は未知数だけど、ここまで来たら負けられない。
「それでは、しろはのサーブから試合開始だ!」
四人が卓球台につくと、間髪を入れずに試合開始が宣言される。
この順番だと、俺が最初にしろはのサーブを受けることになるのか。二人には悪いけど、ここは力押して短期決戦に持ち込ませてもらおう。
しろはがサーブモーションに入る、わずかな時間にそんなことを考える。蒼に無理はさせられないし、ここは俺が頑張らないと。昨日見せられなかった分、今日ここでかっこいいところを見せないと。
「……ほい」
そして、しろはのサーブが放たれた。そのサーブはネットを超えて俺たちの陣地に着いた瞬間、変な方向に向きを変える。
「え、ちょっと」
俺は咄嗟に拾おうとするけど、変なカーブがかかったピンポン玉は俺のラケットをすり抜けていった。まさかのサービスエースだ。
「0-1!」
「……あれ、もしかしてしろはって卓球上手い?」
「どうかな。大したことないと思うけど」
「謙遜しないでください。しろはちゃん、少なくとも天善ちゃんよりは上手ですよ」
「そ、そんなことないし……ほい」
そうこうしているうちに、再びしろはのサーブが来る。
「うひゃあ!?」
今度は蒼が返そうとするけど、また変なカーブがかかる。そのまま追いつけず、ミスになってしまった。
「0-2! さすが、しろはのサーブは強烈だな」
「くそ。これは予想外だ」
しろはが二回サーブをしたので、続いて俺の番だ。ここは一発強烈なのを放って、早く点を取り返さないと。
「……見切りました! えい!」
……俺としては全力でサーブを打ったけど、藍はそれをいともたやすく返してきた。
「ひゃあ!?」
「0-3!」
その返球速度は思いのほか早く、蒼は反応できなかった。見事なリターンエースだった。
「……ちょっと待って。ひょっとして藍も卓球うまいのか?」
「一時期、リハビリの一環として卓球をしていたことがあるんです。それだけですよ」
「めちゃくちゃ上手なんだけど。才能あるんじゃないか?」
「へ、変なこと言わないでください。ほら、続きをしますよ」
藍は少し照れながらも、ピンポン玉を投げ返す。それは心地よい音を響かせながら、俺の手元に収まった。
一度目は見切られてしまったけど、俺にもサーブのバリエーションはいくつかある。よし、今度こそ……!
「うう、負けた……」
「手も足も出なかったわね……」
1-11。終わってみれば完敗だった。俺と蒼は秘密基地の床にがっくりと膝をついていた。
「私たちの勝ちですね。それでは最初の約束通り、羽依里さんには罰ゲームを受けてもらいます」
「ああ、もう、何でも来い!」
こうなったからには、俺は開き直ることにした。矢でも水鉄砲でも持ってこい!
「……では、ここで空門家における、羽依里さんの恥ずかし暴露大会といきましょう」
「は?」
藍はそう言いながら、どこからか小さな手帳を取り出していた。恥ずかし暴露大会? あの手帳、何が書いてあるの。
「ちょっと藍、罰ゲームってそういうこと?」
「そうですが。他に何を想像してたんです?」
「いやその、肉体的な奴とか……」
「は? そんなわけないじゃないですか。精神的な奴ですよ。例えば、私のお風呂覗いたこととか……」
「むぎゅ!?」
「パイリ君、いくらなんでも、それはいけないわ」
「事故です!」
さっそく、先日の脱衣所での一件が皆にバラされた。というかそのネタは俺も恥ずかしいけど、藍も恥ずかしいと思うんだけど。
「それとですね。この前リビングに黒光りする虫が出たんですけど、その時の羽依里さんが……」
「あったわねー。あの時の羽依里、まるで女の子みたいな声出して」
「わーーー! わーーー! やめてーーー!」
いつの間にか蒼も混ざって、暴露大会は盛り上がりを見せていた。ほんと、勘弁して。
……蒼と同棲を始めて、それまで知らなかった彼女の一面を知れると喜んでいたけど、それは同時に俺の恥ずかしい姿を晒してしまう危険性と隣り合わせだったわけだ。
……明日からは、もっと気を付けて生活しよう。
次々と暴露される話に耳をふさぐこともできず、俺はそう心に誓ったのだった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
……それから30分後。色々な意味で壮絶だった卓球大会も終わり、俺たちは帰路に就いた……はずだった。
「……なぁ、俺はどうしてまだ秘密基地にいるんだ?」
女性陣はとうの昔に皆帰ってしまい、今秘密基地にいるのは、俺と良一、天善だけだった。せっかくの休日だし、そろそろ俺も家で休みたい。
「俺も帰りたいんだけど」
「まぁそう言うな。たまには男だけで遊ぼうぜ。なっ」
良一は笑顔だけど、がっしりと俺の腕を掴んだままだ。恋人ののみきの目が届かなくなったのをいいことに、いつの間にか服を脱いでいるし。すごく怖い。
「なんだ? ミニ四駆でも走らせるのか?」
「そんなことしねーよ。これからやるのは、男だらけの卓球大会だ」
「帰らせてくれー!」
もう卓球は嫌だ。
「観念しろ鷹原。これから、男にしか味わえないスリルを味わってもらう」
「ス、スリル?」
「ああ。試合に負けたら、罰ゲームでボディペイントをする」
天善がどこからか大量の絵の具と水彩道具を取り出しながら、良一と揃ってニヤリと笑う。ボディペイント?
「これから三人、総当たりで試合をやる。勝った奴が、負けた奴の上半身に好きなボディペイントをするんだ。絵を描いても、文字を書いてもいい」
「そしてゲームが終わったら、その格好のまま家に帰ることとする。どうだ。スリル満点だろ?」
確かにスリルがある。それに、胸に文字を書いて、それをさらけ出して歩くなんて、男にしかできない。もし誰かに見られたら、しばらく表を歩けなくなるだろうけど。
「待てよ? じゃあ、もし俺が二人に勝てれば、俺はボディペイントをされなくて済むのか?」
「まぁ、そうなるよな」
「……よし。やってやる」
連戦の疲れはあるけど、なんだかんだでこの二人に負けるつもりはない。それに下手にゴネるより、さっさと終わらせた方が早く家に帰れそうな気がした。
「よしよし。鷹原もなんだかんだで卓球の魅力に憑りつかれたか」
天善はそう言いながらラケットを構える。何か勘違いしている気もするけど、今の俺には関係ない。
「いくぞ天善! 速攻で決着をつけてやる!」
「その言葉、そっくりそのまま返そう。勝負だ、鷹原!」
……そして、天善との初戦が始まった。試合をしているうちに、一度は消えかかっていた天善への怒りがまたぶり返してきて、気がつけば圧勝だった。
「さすが鷹原、蒼への愛で魂が熱く燃えているということだな……」
少し違うけど、まぁそう言うことにしておこう。
潔く負けを認めた天善は、それ以上は何も言わずに上着を脱いだ。俺はそんな天善の胸に『愛ちゃんLOVE』と書き記してやった。有名な卓球選手だし、天善も本望だろう。
「天善を倒すとは、やるな羽依里。だが天善の遺志を受け継いだ俺に勝てるか!?」
そう言う良一は、何故か両手にラケットを持っていた。たぶんあれ、天善のラケットだよな。
「いいだろう。その自信、ラケットごと打ち砕いてやる!」
……そんな謎の勢いで始まった良一とのゲームも接戦の末、俺の勝利に終わった。
がっくりとうなだれる良一の胸に、俺は『一日一膳』と刻んでやった。字を間違えて、一日一食しか食わないみたいになったけど、これはこれで味があるかもしれない。
結果、俺は無傷の二連勝。かくして、ボディペイントは免れた。
「ちくしょー! もう少しだったのに!」
「良一、何故二刀流で負けるんだ。戦闘力は二倍のはずだろう」
「うっせーよ!」
その後は、余裕綽々で良一と天善の試合のスコアラーを務める。勝者の余裕というやつだ。
「ポン!」
……その時、どこから入ったのか、イナリが卓球台の上に立っていた。そして、その大きな瞳でまっすぐに俺を見てきた。
「もしかして、イナリも俺と勝負をしたいのか?」
「ポン!」
イナリの言葉はわからないけど、俺は直感でそう感じた。良い感じに男の顔だ。蒼の記憶によると、イナリって確かメスだった気がするけど。
「よし、それじゃ、勝負だイナリ! 負けて吠え面かくなよ!」
「ポーン!」
自然に良一と天善が卓球台を明け渡し、俺はイナリと対峙する。俺が勝ったらイナリの胸に『未来から来た青ダヌキ』と書いてやろう。
……そして、俺はイナリに完敗を喫した。
「う、うう……」
「ポン……」
がっくり両手をついていると、イナリは俺の右手に前足を置いてくれた。まるで『上には上がいるんだぜ。これにめげずに頑張りな』とでも言ってくれているようだった。
「ありがとうな。俺、天狗になってたよ」
目を覚まさせてくれたイナリに心からお礼を言う。俺の返事に満足したのか、イナリは壁に空いた穴から、するりと外へ出て行ってしまった。これを機に、俺ももっと精進しよう。いつか、イナリを超えるために。
「……さて、鷹原。覚悟はいいか」
「……はっ!?」
そんな感傷に浸っていたら、背後から良一と天善が絵筆を持ってにじり寄ってきていた。
「言ったよな。試合に負けたらボディペイントだ」
「い、いやでも、あれは勝った奴がするんだろ!?」
「ああ。勝者のイナリはどっか行っちまったからな。代わりに俺たちが二人で描いてやるよ」
「や、やめろ! やめてくれ! う、うわあああーーー!」
……数分後、必死の抵抗空しく、俺の胸には『シティーハンター』と刻まれた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「……はぁ。どうしようこれ」
俺は胸にシティーハンターと刻まれた後、上着を没収されて秘密基地から叩き出されてしまった。
いつまでもその場にいるわけにもいかなかったので、俺は両手で自分の胸を隠しながら、なんとか住宅地まで戻ってきた。
「ここまで来れば、空門家はもう少しなんだけど……」
安全地帯に近づいたと同時に、人の往来も少なからずある場所だ。今も子供たちが何か言いたそうな視線を送りながら遠巻きに見ているし、早く家に帰ろう。
「……はっ」
その時、そんな子供達とは別の視線……いや、殺気を感じた。反射的に鉄塔へ視線を送ると、そこにはハイドロを構えたのみきがいた。
……そうだ。上半身裸になっていることに変わりはないんだし、このままのみきを挑発して撃たれれば、このボディペイントも消えるんじゃないだろうか。
一瞬たじろいだけど、俺はすぐにそんな結論に至り、大きく胸を張って『シティーハンター』の文字を誇示してのみきを挑発する。ヘイヘイ。撃って来い。
「……あれ?」
直後、殺気が消えた。もう一度のみきの方を見てみると、彼女は武器を下げて、何とも言えない優し気な笑顔を俺に向けていた。
そして、その口がこう動いていた。
……辛いことが、あったんだな。
「え? いや、そういうのじゃないから!」
俺は全身で否定の意志を表す。けど、のみきは笑顔を崩さない。
「にーちゃん、シティーハンターって何だ?」
「おおう」
その時、さっきまで遠巻きに見ていたはずの子供たちが声をかけてきた。
「もしかして、伝説の殺し屋ですの?」
「うみぼーずと知り合いなのか!?」
「そ、そんなんじゃないから! 人違いだ!」
俺はそんな子供達から逃げるように、アスファルトの上を全力で駆け抜けたのだった。タイヤも切りつけてもいないけど。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「ただいま」
命からがら空門家に辿り着いた俺は、敢えて自然を装って玄関の扉を開けた。
「あ、おかえりなきゃーーーー!」
ちょうど目の前に洗濯物を持った藍がいて、そのまま本気で体当たりされて外に締め出された。
「ごめん。開けて」
「な、なんだ羽依里さんでしたか……どこの不審者さんかと思いましたよ」
「不審者じゃないぞ。シティーハンターだ」
俺は右手の親指でビシッと自らの胸を指差した。直後、刺さるような冷たい視線を向けられたので、必死に謝りながら家の中に入れてもらった。
「……ところでその格好、何があったんです?」
「卓球の罰ゲームでさ。良一たちに書かれたんだ」
「帰りが遅いなとは思ってましたけど、あの後そんなことしてたんですか。男の子のすることはわかりませんね」
「上着も没収されちゃってさ。どうしようもないから、このまま歩いてきたんだ」
「え、上半身裸でですか? よく美希ちゃんに撃たれませんでしたね」
「なんか、すごく優しい目をされたよ」
「そうなんです? 見逃してくれたんですかね?」
……いや、あの目はそんなんじゃなかった気がする。よくわからないけど、中学生の頃に何度か向けられたことがあるような、そんな視線だ。
「少し気になったんですけど、良一ちゃんたちの胸にはなんて書かれてたんです? 後々のネタにしようと思いまして」
藍はそう言うと、秘密基地でも持っていたメモ帳を嬉々として取り出していた。
「えっと、良一の胸には『一日一膳』って書かれてたんだ」
「はぁ。ダイエットでもするんですかね」
「それと、天善の胸には愛ちゃんLOVEって書かれてた」
「……は?」
「あ、いや、有名卓球選手の愛ちゃんだよ。愛ちゃん違いだからさ」
「そ、そうですか。もう。心臓に悪いからやめてください。また心臓が止まったらどうしてくれるんですか」
「それ、本気で笑えないからやめてくれよ」
俺の言葉が聞こえているのかいないのか、藍は俺から得たネタをメモ帳に書き残していた。結果的に友人を売る形になってしまったけど、俺も藍に弱みを握られていることが分かったし。二人ともごめん。
「それじゃ俺、シャワー浴びてくるよ。いい加減これ、落とさないと」
「はいはい。そうしてくださいね」
俺が『シティーハンター』と書かれた胸を再度指差しながらそう言うと、藍は呆れたような顔をしながも、先程取り落とした洗濯物の中から俺の服を選んで手渡してくれた。俺はそれを持って、浴室へと向かう。
「……はぁ。ひどい目に遭った」
上着はないので、ささっと下だけ脱いで、浴室の扉を開ける。
「……忘れてました! 羽依里さん! 今蒼ちゃんがシャワー浴びてて……!」
「え、なに?」
「きゃーーー! シティーハンター――!?」
がららと浴室の扉を開けたと同時に、蒼の悲鳴が飛んできた。同時に色々なものが見えた気がするけど、その後すぐに飛んできた洗面器を最後に、俺の意識は途絶えた。
……そんな、夏の一日。
第九話・あとがき
皆さん、おはこんばんちは。トミー@サマポケです。
今回は7月下旬ということで、蒼アフターも夏休み編に突入です。かき氷早食い競争に卓球大会、久々にサマポケらしい行事をたくさん書けて満足です。
夜中の吸血鬼騒動や、秘密基地でのボディペイントは原作にもあったシーンを参考に話を膨らませてみました。それにしても、美人姉妹の血の飲み比べなんて。蚊のやつめ、本当に羨ま(強制終了
……余談ですが、昔『蚊』ってゲームありましたよね(古
ちなみに、冒頭に出てきた海のウナギですが、調べたところによると川のウナギとそこまで味の違いはないとのことです。食べても羽依里君みたいなことにはなりませんので、安心してくださいw
そして今回は地味に藍の出番が多かった分、次回は蒼ちゃん成分多めでお届けします。8月上旬で夏休み真っ盛りなので、浜辺でのイベントとか計画しています。夏で浜辺と言えば、格好はアレです。
……というわけで、続きを楽しみにされていてください。
では、今回のあとがきはこの辺りで。一言感想や評価など頂けましたら、次話執筆への活力になりますので、よろしくお願いします。