……夏の終わりを告げる花火大会まで、あと一週間と迫ったこの日。鳥白島のすぐ近くを台風が通過していた。
「うひー、風も波もすげーなー……」
倉庫に備え付けられた雨戸の隙間から海の様子を見ていた良一が、そう声をあげる。
最近はマダコを中心に獲っているんだけど、さすがに今日は漁に出られず、俺たちは倉庫を改修して作られた詰め所で待機していた。
「船を覆ってるブルーシート、今にもパージしそうだしよ。大丈夫か?」
「……しっかりと時化囲いはしてある。定期的に見回りにも出ているし、心配は不要だ」
不安そうな良一とは裏腹に、じーさんは少し離れたゴザの上にどっしりと腰を落ち着けて、ラジオの台風情報を聞いていた。他の漁師も少し暗めの白熱電球の下、将棋をしたり新聞を読んだりと思い思いに過ごしている。皆慣れたものなのか、中には酔いつぶれない程度のお酒を飲んでる人までいる。
「良一、外ばっかり見てないで手伝ってくれ」
「わかってるよ。今日のノルマにはまだ程遠いしな」
……そんな中、俺たちは何故かロウソクを作っていた。
ガスコンロを持ち込んで、島中から集めた古いロウソクを湯煎で溶かし、駄菓子屋から提供してもらったクレヨンを混ぜ込んで着色してから容器に流し入れる。そしてロウソクの芯となる糸をその中心に垂らし、冷えるのを待てば完成。
……こんな感じで、俺たちはいくつものロウソクを作っていた。
……どうしてこんなことになったのかというと、話は数日前に遡る……。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「パイリ君、ちょっといいかしら」
……その日の仕事終わり。静久が突然漁港にやってきた。
「え、いいけど……どこに行くの?」
「ふふ。来ればわかるわ。こっちよ」
微笑む静久についていくと、普段は使っていない倉庫に案内された。古びた扉を開けた先には、少年団の皆や鴎の姿があった。
「あれ、皆も静久に呼ばれたのか?」
「そーなのよー。よくわかんないけど、人手が欲しいんですって」
声をかけると、目の前にいた蒼からそんな答えが返ってきた。表情を見る限り、彼女も困惑しているみたいだ。
「皆、朝早くから集まってもらってごめんなさい」
やがて静久は心底申し訳なさそうな顔をしながら俺たちの前に立つ。これだけの人数を集めるほどの事態だ。一体何事だろう。
「……8月31日、この島の花火大会があるでしょう?」
「ああ、あと10日後だよな」
この島で毎年8月下旬に行われる、夏の終わりを告げる花火大会。話は聞いていたけど、実際に参加したことはない。
「その日はね、紬の誕生日でもあるのよ」
「え、そうなのか」
先日、のみきも言っていたけど、島の花火大会は毎年日付が変わる。今年はたまたま、紬の誕生日と同じ日になったのか。
「花火大会もあるけれど、紬の誕生日もお祝いしてあげたいの。皆、協力をお願いできないかしら」
「いいぜ。祭りと違って花火大会は専門の業者が入るから、俺たちが手伝うことは特にないしな」
「ああ。紬も島の仲間だ。盛大にお祝いしてやろうじゃないか」
……直後、良一とのみきが相次いで協力を表明してくれた。さすが、この二人は決断が早い。
「水織先輩! ぜひ俺にも手伝わせてください!」
その次に天善がラケットを構え、全力で手伝いを申し出ていた。天善にとって静久はあこがれの人だし、断るはずがない。
「あたしも構わないわよー。藍は?」
「蒼ちゃんが良いと思うなら、お手伝います」
続いて空門姉妹も了承した。この二人が手伝うと言うのなら、俺も異論はない。
「ズクズク! 私も手伝いたい!」
そして残り少ない夏休みを鳥白島で過ごしていた鴎も、スーツケースに座りながら手を挙げて猛アピールしていた。
「ありがとう。久島さん、こちらこそよろしくお願いするわね」
「まかせといて! もちろん、しろしろも手伝うよね?」
「え。私はその……」
「うん! しろしろも手伝うって!」
「あああああ」
突然声をかけられてしどろもどろになっている間に、しろはも仲間に引き込まれてしまった。しろはの対人スキルじゃ、鴎の勢いに太刀打ちできなかったみたいだ。
……その後、紬をむぎゅっと驚かせよう大作戦……作戦ネーム『TUMUGYU』の詳細を話し合うことになった。
そしてこの作戦は基本、紬には秘密で進めるらしい。むぎゅっと驚かせるんだから、当然と言えば当然だ。さて、どうやって驚かせようかな。
「それで、私に考えがあるのだけど……」
「はいはい! ツムツムはぬいぐるみが好きだし、本人の知らないうちに灯台の中をぬいぐるみで埋め尽くしてあげるのは!?」
「え?」
「紬ちゃんらしく、パリングルスやワタアメを使ったケーキを用意するのはどうでしょう。きっと、驚くと思いますけど」
「ヴェンダース杯と銘打って、盛大に卓球大会を開くのはどうだろう」
静久が何か言いたそうだったけど、それを遮るように鴎、藍、天善から矢継ぎ早に意見を出してきた。
でも、既に灯台の中は半分近くぬいぐるみで埋まっていた気がするし、藍の案ではどこかインパクトが足りない。天善の案は論外だ。
「それこそ、紬と一緒にぺランディングをしてやるとかだな……」
「ワタアメさん、タコを食べると言っていたし、たこ焼きパーティーとかどう?」
「ヴェンダース杯だ!」
俺がそう考えている間にも、皆は紬が喜んでくれそうな案を次々と出していく。
「あー、皆落ち着いてくれ。予めこれだけの人数を集めてるということは、水織先輩に何か考えがあるんじゃないか?」
その様子を見たのみきが両手を上げて場を収め、静久の発言を促す。助かった。こういう時、のみきは本当に頼りになる。
「ありがとう。それで、私の案なんだけど……紬と言えば灯台でしょう? あの灯台を、皆で作った無数のロウソクで光らせてあげようと思うの。それこそ、花火に負けないくらいに綺麗になると思うわ」
静久はその大きな胸の前で両手を合わせながら、笑顔で言う。
……俺は想像力を働かせてみる。
無数のロウソクで照らし出された灯台は、さぞかし幻想的だろう。それこそ、まるでチャペルのような荘厳な雰囲気すら感じられるし、俺たちとしても一度見てみたいかもしれない。
「……おお、なんがすごそう」
「そうですね。良いと思います」
他の皆も俺と同じようなシーンを思い浮かべたんだろう。一様に頷いていたし、どうやらメインイベントはこれに決まりのようだ。
「でも、皆の案もできる限り採用しようかしら。ぬいぐるみやワタアメケーキも用意してあげましょう? 紬、きっと喜ぶわ」
自分の意見が採用された後も、静久はそう言って皆のフォローを忘れなかった。この辺りはさすが年長者といった感じだ。
「……ということは、ヴェンダース杯もですか!?」
「そ、そう……ね。善処するわ」
天善は喜びの表情を隠しきれていなかったけど、静久は明らかに困った顔をしていた。『できる限り採用』って話だし、たぶん不採用となりそうだ。
「……というわけで、皆には灯台の飾りつけに使うロウソクを作って欲しいの。それも、なるべくたくさん」
……やがて、ロウソク作りの具体的な説明が始まった。
「ロウソクの作り方はこのメモにまとめているから、読んでみて。それと、本来なら成形するのに紙コップを使うのだけど、ここは紬らしくパリングルスの空き容器にしたの」
静久はそう言いながら、俺たちにメモ用紙とパリングルスの空き容器を配ってくれた。
……そのメモの内容を見てみると、作り方は至ってシンプルだった。
仏壇で使われているような普通のロウソクを湯煎で溶かし、紙コップなどの容器に流し入れて(今回の場合はパリングルスの空き容器だけど)、芯になる糸を入れた後は常温に置くだけで固まる。
それに、湯煎する過程でロウに色や香りをつけたりできるらしい。これ、やりようによってはすごく個性的なロウソクができるんじゃないかな。
「こういうの作ったことないんだけど、俺たちでもできるのかな」
「もし失敗しても、また溶かして作り直せばいいから大丈夫よ。メモの一番下に私の電話番号も載せているから、わからないことがあったらいつでも連絡してね」
言われた所を見てみると、携帯電話の番号が書かれていた。そういえば最近になって、鳥白島にも携帯電話の電波が届くようになったとかいう話を聞いた。静久、ケータイ持ってるのか。
「分かっていると思うけど、これはあくまで紬へのサプライズよ。くれぐれも、バレないようにお願いね」
静久は念を押すように、口元に指を立てながらそう言う。灯台を照らすということは、少なくとも誕生日当日には灯台近辺で作業する必要がありそうだ。あの灯台は紬の家みたいなものだし、隠し通すのは結構大変かもしれない。
「あのー、水織先輩。その案も素敵なんだけど、最後のもうひと押し! って欲しくない?」
「え?」
……その時、それまで静かに話を聞いていた蒼がそう声を上げた。
「……せっかく同じ日なんだし、いっそのこと、花火の力も借りられないかしら」
花火の力を借りる? どういうことだろう。
「灯台の点灯式の後、皆で灯台から花火を見るのよ。どうかしら」
確かにそのやり方なら俺たちのサプライズも成功するし、花火も楽しめる。一石二鳥だと思う。
「……確かに紬、灯台から皆で花火を見たいと言っていたわ。でも、島の花火は灯台からじゃ見えないらしいの。山が邪魔になってしまうらしいわ」
「あ……」
そう言われて、蒼は口元に手を当てて言葉に詰まる。灯台の立地を思い出してみれば、確かに灯台から花火は見えそうにない。花火会場は山を挟んで、ちょうど島の反対側だし。
「え、えっと……それじゃあ、どうしようもないわよねー……」
せっかくの提案がご破算になってしまって、蒼はバツが悪そうに視線を泳がせる。なんとかフォローしてあげたいけど、俺も上手い言葉が見つからなかった。
「……いや、もしかしたら可能かもしれないぞ」
……その時、よもやの言葉を口にしたのは、さっきまで卓球大会を猛プッシュしていた天善だった。まさか、そのラケットで花火を灯台の方まで飛ばしてくれるとでも言うんだろうか。
「通例なら、島の花火は専門の業者が本土から台船と呼ばれる平べったい船に花火とその発射装置を乗せてやってきて、海上で打ち上げるんだ。その船が本土に帰る際、ちょうど灯台の近くを通るらしい」
「え、そうなのか?」
あれって専用の船から打ち上げていたのか。でも、どうして天善がその船の航路まで知っているんだろう。
「ああ。実は俺の親戚に花火師がいてな。今回、島の花火大会に深く関わっているらしい。上手く話をすれば、その帰り際に数発撃ちあげてもらえるかもしれない」
天善はそう言うけど、いくら親戚とはいえ、そんなことが可能なんだろうか。
「じゃあ、その花火師さんへの交渉は加納君にお任せしても良いかしら」
「はい! ストレート勝利をしてきますので、大船に乗ったつもりでお待ちください!」
静久に期待のまなざしを向けられた天善はラケットを構え、自信満々にそう答えていた。よくわからないけど、ここは彼に全てを任せる他なさそうだ。蒼の案が通るかどうかはお前にかかってるんだ。頼んだぞ。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
……というわけで、俺たちは誕生日当日に灯台をロウソクの灯りで埋め尽くすべく、下準備を進めているわけだ。
ちなみに静久の前では威勢が良かった天善だけど、さすがに予定外の場所で花火を打ち上げてもらうには色々な手続きが必要らしく、のみきを中心に役所の方にも動いてもらっているらしい。
「……お前ら毎日精が出るなぁ。それ、いつまで続けるんだ?」
台風の様子を気にしながら、黙々と作業をしていたその時、暇そうにしていた先輩漁師が溶けたロウが入った鍋を覗き込みながら聞いてきた。
「8月31日までに、仲間たちと合計300本作るんです。ノルマは俺と良一を合わせて、毎日10本ずつってところですかね」
「300本だって!?」
「おいおい、そんだけたくさん作って、何に使うんだ?」
そこでもう一人、別の先輩漁師が読んでいた新聞を置いて俺たちの方にやってきた。
「紬の……友達の誕生日に使うんですよ。たくさんのロウソクで、灯台を埋め尽くすんです」
「紬っていうと、灯台に住んでる子か?」
「そうです。本人には内緒でやっているので、皆さんも秘密にしておいてくださいよ?」
「わかってるわかってる。どれ、俺も手伝ってやろう。これに流し込めばいいのか」
その人は壁際に積んであったパリングルスの空き容器を手に取りながら、そう聞いてくる。
「え、悪いですよ」
「気にすんな。俺はあのお嬢ちゃんに夫婦の危機をむぎゅっと救ってもらったことがあるんだ」
「俺はぎっくり腰をむぎゅっと治してもらった。鍋とコンロなら予備があるぞ。ロウソクを貸せ」
続いて別の人も手伝いを申し出てくれた。すごくありがたいんだけど、夫婦仲? ぎっくり腰? 紬、普段何をしてるんだろう。
「クレヨンで色を付けてるのか。よし、それなら俺は、火をつけたらカツオのたたきの匂いがするようにしてやるよ」
「俺は焼き海老だ!」
……そう言いながら、どこからか鰹節やエビの殻を取り出していた。お二人とも、変に凝るのはやめてください。
「……皆さん、お疲れさまー」
「お疲れ様です」
そんなこんなで先輩漁師たちも混ざって作業をしていると、倉庫の入口から身を滑り込ませるようにして、碧さんと藍がやってきた。どちらもしっかりと雨ガッパを着ている。
暴風の中、わざわざどうしたんだろうと思っていると、碧さんはしっかりと結んでいたビニール袋を口を開く。すると、中からラップに包まれたチャーハンおにぎりが出てきた。
「皆さん、差し入れですよー」
「空門の姉御、いつもありがとうございます! いただきます!」
それを見た漁師たちが一斉に頭を下げる。屈強な男たちが1人の女性に揃って頭を下げる光景は、正直かなり異様だった。
姉御とか呼ばれているし、普段意識してないけど碧さんは空門の人間だ。もしかして島ではそれなりの権力を持っていたりするんだろうか。
「いつもすまんな」
そんな中、しろはのじーさんだけは振る舞いを変えることなく、碧さんに礼を言っていた。さすが、こちらは鳴瀬家の人間ということか。
「皆さん、栄養ドリンクもありますよ」
そんな中、藍は持っていたビニール袋から栄養ドリンクを取り出して配っていた。
ゆくゆく世代交代なんてしたら、藍が姉御と呼ばれる時代が来たりするんだろうか。どことなく、女王様っぽいし、実際に姉だし。
「……なんだか、羽依里さんから妙な視線を感じるんですが」
そんなことを考えながら藍を見ていると、俺の前に来た時にものすごく怪訝そうな顔をされた。
「いや、なんでもないよ。藍も来てくれたんだな」
「そうですよ。蒼ちゃんじゃなくて残念でしたね」
そう言いながら栄養ドリンクとチャーハンおにぎりを手渡してくれた。
「碧さんお手製のチャーハン、初めて見たかも」
「時々ですが作ってくれますよ。その度にしろはちゃんの味には勝てないと嘆いてますけど」
そう話す藍の雰囲気がいつもと違うと思っていたら、髪型が変わっていた。
両サイドの髪の余ってる部分を三つ編みにして後頭部に持って行って、それを結うように髪紐がついてる。その紐の先にトンボ玉。
蒼のと似てるようで違う。なんとなく藍の方が大人っぽい。
「羽依里さん、何見てるんですか?」
「いや、髪型変えたんだなーと思ってさ」
「……あまり見ないでください。恥ずかしいですから」
藍はぷいっと視線を逸らし、そのまま逃げていってしまった。何も逃げなくてもいいのに。
「なぁ羽依里。この栄養ドリンク、ロウの中に混ぜてみるか? 幸せの黄色いロウソクができるかもしれないぜ?」
「……ちょっと良一ちゃん。私がわざわざ持って来たのにそんなことに使うんです? 一滴残らず飲んでください。さもないと今ここで子供の頃の恥ずかしい話をしますよ?」
「失言でした! 藍様、それだけはご勘弁を!」
良一は全力で土下座していた。……うん。やっぱり藍は姉御の素質あるんじゃないかな。
「ん? どっちかと思ってたら姉ちゃんの方か。鷹原、彼女の方が来なくて残念だったな」
「べ、別に残念じゃないですから!」
額を床に擦りつける良一を何とも言えない気持ちで見ていると、隣にいた漁師仲間から唐突にそう茶化された。
それこそ良い話の種にされそうだし、もしかして、蒼はそれを警戒して来なかったのかもしれない。
俺は自分の頬が熱くなるのを感じながらラップを外し、チャーハンおにぎりをかじるのだった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「藍―、新しいロウソク取ってー!」
「これですね。はい。どうぞ」
「羽依里―、青いクレヨン余ってない?」
「あるぞ。半分くらいに減ってるけど、全部使ってくれ」
……それから数日後。台風の影響も特になく、俺は休日を返上して、秘密基地で皆と一緒に作業していた。
お揃いのワンピースを着た空門姉妹が青色の巨大ロウソクを着々と量産しているのを横目に見ながら、俺と良一も黙々と新しいロウソクを作る。
「それにしても、あっついわねぇ……」
そう言いながら額の汗をぬぐう蒼の気持ちも分かる。季節は夏真っ盛り。そこまで広いとは言えない秘密基地の中に、空門姉妹に俺、そして良一と鴎の五人が集まっていて、ロウソクを溶かすためにガスコンロの火は絶やさずにいる。暑くないはずがない。まるでサウナだ。
できることなら屋外で作業したいところだけど、それでもし紬に見つかったら全てが水の泡だ。きついけど、頑張るしかない。
「……俺だ。新しいロウソクを持ってきたぞ」
「パリングルスの空き容器も持ってきたわ」
体にへばりつくほど汗をかいたTシャツを鬱陶しく思っていると、秘密基地の扉がノックされ、天善と静久の声が聞こえた。
「……合言葉を言わないと入れないよ?」
直後に鴎が扉へ寄っていき、やけに低い声でそう問いていた。
「みちるローリングね」
「よろしい。入りたまえ」
静久が答えると、鴎が扉を開ける。え、合言葉とか決めてたっけ。
「鴎、なにやってるんだ?」
「秘密基地ごっこ。こういうの、楽しいよね」
汗だくの顔でそう笑いながら扉を少しだけ開けて、先の二人から荷物を受け取る。
「ありがとう! それじゃー!」
……そして素早く扉を閉めた。秘密裏に活動してるから理にかなってはいるんだけど、もう少し外気を取り込みたかった。一瞬だけ入ってきた風が、無性に心地よかった。
「♪~♪~」
……その後も暑い中での作業を続けていると、楽しげな歌が聞こえてきた。
「……鴎、えらくご機嫌だな」
俺は近くで作業している鴎にそう声をかける。ケープを脱いではいるもの、鴎はこの暑い中、withを口ずさみながら涼しい顔だ。
「だってこういうの、理科の実験みたいで楽しいよね!」
「それはわかるけど……鴎のロウソク、なんで全般的に茶色いんだ?」
「このロウソクは、火をつけるとからあげのにおいがするようにしてあるの!」
「え、からあげ?」
「そう! こっちはミートスパゲティで、こっちがハンバーグ!」
見た目は似てるけど、味……じゃない。香りが違うらしい。話を聞いていると、まるで定食屋だった。
先日も漁師仲間が焼き海老の香りとかやってたけど、それとはまた原理が違いそうだ。少し気になるけど、聞いたところで今の状況じゃ頭に入ってきそうにない。
「……あの」
そんなことを考えていた矢先、遠慮がちな声が扉の向こうから聞こえた。あの声はしろはかな。
「……しろしろ、合言葉は?」
「スイカバー大好き」
「はい。どうぞー」
再び鴎が素早く扉に近づき、また秘密基地ごっこをしていた。さっきと合言葉が誓う気がするけど、いいんだろうか。
「お邪魔します。納品に来ました」
しろはは僅かに開かれた扉の隙間から細い腕を差し入れて、何本ものロウソクを床に置いていく。まるでスイカみたいな、赤と緑のロウソクだった。
「今日のノルマは達成したから。それじゃ」
そして10本以上のロウソクを差し入れると、そのまま帰っていった。
「……今のしろは、なんだったんだ?」
「業者だ」
良一は扉の方を見ることなく、淡々と作業を続けていた。しろはもせっかく来たんなら、少しゆっくりしていけばいいのに。ここ、暑いけどさ。
「おーい。私だ」
しろはが帰ってしばらくすると、再び扉をノックする音がした。この声はのみきかな。
「現状報告に来た。開けてくれ」
「のみきさん、合言葉は?」
「何?」
「鴎、秘密基地ごっこはもういいから、入れてあげて」
引き続き合言葉を要求する鴎をそう押し止めて、俺は扉を開ける。すると、のみきが素早く秘密基地に入ってきた。人が増えて、間違いなく室温が上がった気がする。
「……それにしても、暑いなここは」
「絶対紬に見つからないように、窓も塞いでるしねー。のみきも手短にした方がいいわよー?」
一旦作業の手を止めて、皆がのみきの方へ集まっていく。
「のみきさん、今日のツムツムの動きは?」
「ああ。高橋さんや佐藤さん、そして堀田ちゃんからの情報を照らし合わせると、朝の9時に灯台を出発して港の商店で朝食のコッペパンを買った後、それを海を見ながら食べて、水織先輩と少し話をした後は住宅地まで移動して、現在は駄菓子屋でみぞれを食べて過ごしているそうだ」
「りょーかい。駄菓子屋のおばーちゃんには紬が来たらできるだけ足止めしといてって伝えてあるし、ここはしばらく安全圏ねー」
まるで町中にスパイでもいるかのように、紬の朝からの行動は筒抜けになっていた。島の情報ネットワーク、恐るべし。
「それで、次に灯台での花火についての進捗だが……」
紬の情報に続いて、花火の話に移る。それによると、帰りの航路を変えないことを条件に、島の花火大会終了後に灯台の近くで花火を打ち上げてくれることになったらしい。
「花火師の方も最初は渋っていたが、土下座する天善を見て折れてくれたんだ。皆、彼に感謝するんだぞ」
天善、そんなことまでしてくれていたのか。今度会ったらお礼を言っておかないと。
「それで、許可はくれたんだが……花火の規模によってはその、先立つものが必要らしくてな……」
のみきはそこで言い淀む。つまり、無理を言って花火を打ち上げてもらう手前、どうしても追加費用が必要となるらしい。
「そうよねー。花火をあげるの、タダじゃないから」
蒼がため息混じりに言う。そういえば少し前、空門の家にも実行委員会の役員がやってきて、資金援助をお願いしていた気がする。
仲間内で纏まった資金を用意できるのは俺と良一くらいだ。できるだけ支援したいけど、出せる金額には限界があるし。どうしよう。
……それからしばらく話し合いを重ねたものの、資金の問題は俺たちだけじゃどうすることもできず、気がつけばお昼になっていた。
まだ少し日にちがあるし、今日のところはこの問題は棚上げにして、一度解散することになった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「それじゃーなー」
「皆、気を付けて帰るんだぞ」
良一とのみきが先に帰っていき、最後まで片づけをしていた空門姉妹と俺、そして鴎の四人は少し時間を置いてから帰宅の途についた。
「そうなの! 宇都港の近くに、美味しいイタリアンレストランのお店ができたみたいでねー」
「あ、そのお店雑誌で見ましたよ。今度、三人で行きましょう。女子会というやつです」
「いいわねー」
住宅地へと向かう道すがら、がらがらとスーツケースを引く鴎を中心に、女性陣は新しいレストランの話で盛り上がっていた。
少し後ろを歩きながらその話を聞いていると、お昼時ということもあって猛烈にパスタが食べたくなってきた。乾燥パスタ、家にあったかな。
……そんなことを考えていた矢先、鴎の足が止まった。
「……あれ? 鴎、どうした?」
意図せず追いついた俺は、立ち止まった鴎に声をかける。
「作業に集中しすぎたせいで、疲れた……」
鴎はそう言いながら、持っていたスーツケースにどっかりと腰を下ろす。あれだけ暑い中での作業だったし、気持ちはわかるけど……この流れはもしかして。
「羽依里、お願い」
「……断る。今の俺は蒼の彼氏なんだ。彼女の目の前で他の女が乗ったスーツケースは押せないな」
鴎は流し目で見てきたけど、俺は断固として断った。いくら鴎の頼みでも、それはできない。
「じゃあ、あおちゃんも乗ろう!」
「へっ? あたしも?」
「そう! これなら羽依里も文句ないよね!」
唐突に話を振られて動揺する蒼を気にすることなく、鴎はその手を引いてスーツケースに座らせる。
「これでよし。それじゃ羽依里、改めてよろしく!」
「えぇ……」
鴎がしてやったりな顔をする一方、蒼は苦笑いを浮かべてスーツケースに座っている。どうしようかな。
「……彼女が一緒に乗ったスーツケースですし、別に良いんじゃないんですか?」
悩んでいると、藍がそうアドバイスをくれた。確かに、彼女も乗ってるけど。
「それじゃあ、ゆっくり動かすからな。ふたりとも、しっかり掴まってるんだぞ」
そう二人に注意を与えてから、俺は静かにスーツケースを押し始めた。
……それから数分間押しただろうか。それは突然やってきた。
「しまった、下り坂だ!?」
それまでは斜面に沿って緩やかな道が続いていたのだけど、それが唐突に終わり、坂道が現れた。
慌てて止めようとしたけど、間に合わなかった。俺の手を離れたスーツケースは二人を乗せたまま、ぐんぐんスピードを上げていく。
「おおおおーーーー!」
「ひゃあーーーーっ!?」
鴎はどこか楽しそうにしていたけど、蒼はそんな余裕はなさそうだった。
俺と藍は慌てて追いかけるけど、二人分の体重がかかっているせいか、どんどん距離が離れていく。
「鴎、非常ブレーキだ!」
「ついてなーーーい!」
……そうだった。思わず叫んだけど、彼女たちが乗っているのはスーツケース。車輪はついているけど、ブレーキはついていないんだった。
「なら、非常用エアバッグは!?」
「今、故障中ーーー!」
ダメ元で言ってみたら、そんな答えが返ってきた。故障中ってことは、エアバッグはついてるの?
「じゃあ、緊急脱出装置!」
「それならあるよ!」
「え、あるの???」
思わず素っ頓狂な声を出すと同時に、鴎が飛んだ。
「「は?」」
予想外の展開に俺と藍の言葉がハモった。一瞬の間を置いて、鴎が砂煙をあげながら地面に胴体着陸する。
「すごいでしょ? バネの力を利用した脱出装置だよ!」
その鴎の元まで駆け寄り、足を止める。立ち上がった彼女は誇らしげな表情をしていた。まさか、脱出装置がついてるなんて思わなかった。
「……って、蒼ちゃんは?」
「「え?」」
藍の言葉に、今度は俺と鴎と声がハモった。反射的に前を見ると、蒼はまだスーツケースに乗ったまま爆走していた。
「ひゃーーーー!」
「蒼、緊急脱出装置だ!」
「……ごめん。脱出装置は一人分しか搭載して無いの」
俺は再び叫ぶけど、すぐに鴎から無情な言葉が返ってきた。そ、そんな馬鹿な。
「蒼―――!」
「蒼ちゃーーーん!」
のんきにスカートについた砂をはたいている鴎を置き去りにして、俺と藍は再び全力でスーツケースを追いかけた。
第十二話・あとがき
皆さん、おはこんばんちわ。トミー@サマポケです。
前回に引き続き夏のお話ですが、今回は紬の誕生会がメインとなります。ロウソク作り。どっかで聞いたことありますね。へじゃぷですね。
でも、台風の時の詰め所や、秘密基地での皆とのやり取り、地味に好きだったりします。鴎の秘密基地ごっこ、良いですよね(何
そして物語の終盤に暴走を始めてしまったスーツケース!取り残された蒼の運命はいかに!?
……というわけで後半に続きます。
もっと短期間に更新したいのですが……気長に待っていただけると助かります。
では、今回のあとがきはこの辺りで。
一言感想や評価など頂けましたら、次話執筆への活力になりますので、よろしくお願いします。