蒼アフター   作:トミー@サマポケ

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第十三話 女神の誕生日と、夏の終わりを告げる花火(後編)

 

 

 

 

 

「蒼―――!」

 

 蒼を乗せて爆走するスーツケースを、藍と一緒に全力で追いかける。

 

「蒼ちゃーーーん!」

 

 藍は俺のすぐ後ろをついて来ていた。この数ヶ月で、藍もすごく体力がついたと思う。春先に少し走ってへばっていたのが嘘みたいだ。

 

「ぜぇ、はぁっ……蒼、ちゃーーーん!」

 

 ……いや、背後から聞こえてくる声は絶え絶えだった。なんとかして妹を助けようと必死らしい。

 

 それでも、スーツケースの方が速い。鴎が下りたことでスピードダウンするかとも思ったけど、一度ついたスピードはなかなか落ちる気配がなかった。

 

 そうこうしていうるちに山道が終わり、舗装された道路に出た。

 

 坂はゆるやかになったけど、道が良くなった分、速度は上がる。追いつけない。

 

 ……その時、スーツケースの行く先に急カーブが見えた。その向こうは青い海だ。

 

 カーブにも一応転落防止用の柵がついてはいるんだけど、スーツケースの速度を見るとなんとも心許なかった。

 

「ひゃああぁぁーーーー!」

 

 悪い予感は的中し、スーツケースはカーブを曲がり切れず、勢いそのままに柵にぶつかった。鉄製の柵はさすがに壊れはしなかったものの、その勢いを完全に殺しきれず。スーツケースは乗っていた蒼ごと海へと放り出され、二つの水しぶきが上がった。

 

「蒼!」

 

 それに少し遅れて柵の手前までやってきた俺は、蒼を助けようと柵に足をかける。すると、当然のように目の前に海が広がった。

 

 ……その時、俺の心に迷いが生じる。

 

 この間は蒼と一緒だったから海に入れたけど、いきなり飛び込んで大丈夫だろうか。

 

 またあの歓声が聞こえてきてしまうかもしれない。一度そう考えてしまうと、足が動かなくなってしまった。

 

「あ、蒼ちゃーーーん!」

 

 そんな折、藍が追いついてきた。

 

「今助けますよ!」

 

 そして藍は全く躊躇うことなく柵を踏み越えて、海へと飛び込んでいった。嘘だろ。

 

「ええい、蒼、今行くぞ!」

 

 ……妹を思う姉の姿を見て、俺も覚悟を決めた。一気に柵を飛び越えて、海へと身と投じる。

 

 直後、それまでの暑さが一転した。全身で水を感じながら水中で目を開けると、海面に浮かぶスーツケースと、それから少し離れたところでもがいている蒼の姿が見えた。

 

「(……あそこか!)」

 

 真っ青な中で、全力で水をかく。腐っても鯛。昔取った杵柄だ。体は動きを覚えている。

 

 数回のストロークで蒼の元へと辿り着いて、その身体を下から抱きかかえるようにしながら海面へと浮上した。

 

「……げっほ、げほげほ」

 

「もう大丈夫だぞ。ほら、このスーツケースに掴まれ」

 

 そのまま安心させるように言葉をかけながら、近くに浮いていたスーツケースへと誘導する。部活で溺れた人への対応も教わっているし、慣れたものだった。

 

「羽依里、泳げたじゃない!」

 

「……って、あれ?」

 

 スーツケースに辿り着くと、そこには蒼が笑顔でスーツケースに掴まっていた。え? それじゃ、俺の腕の中にいるのは?

 

「藍、大丈夫ー?」

 

「だ、大丈夫です。うぅ……」

 

 どうやら、溺れていたのは藍の方だったらしい。思えば、島育ちの蒼が溺れるはずないよな。

 

「もしかして藍、泳げないのに飛び込んだのか?」

 

「む、昔は泳げていたはずなんですが……何か感覚が違うんですよ。その、重いんです」

 

 必死にスーツケースに掴まりながら、そう言っていた。よくわからないけど、十年前の……子供の感覚のまま泳ごうとしたのかもしれない。

 

 そうなると手足の感覚とか、身体に対する水の抵抗が全然違うだろうし、戸惑うと思う。特に胸とかさ。

 

「……ちょっと。どこ見てるんですか?」

 

 俺の視線に気づいたのか、藍がとっさに胸を隠していた。

 

 といっても両手は塞がっているし、スーツケースに胸を押し付ける形になる。うん、余計に強調されてる気がする。

 

「三人とも、大丈夫ー?」

 

 俺は一人だけスーツケースから離れて立ち泳ぎしつつ、目のやり場に困っていると、岸の方から鴎の声がした。

 

「大丈夫よー!」

 

「そっちの方に、上陸できそうな浜辺があるよ!」

 

「じゃあ、そこまで行きましょー。藍、バタ足できる?」

 

「だ、大丈夫です」

 

「それじゃ、いくわよー」

 

 スーツケースをビート板代わりに、姉妹は息を合わせて岸へと向かっていった。

 

 

 

 

「……ごめんなさい。うちのスーちゃんが粗相を」

 

 陸に上がると、鴎が一番にそう謝ってきた。

 

「いや、事故だったと思うし、気にする必要ないと思うぞ」

 

「むしろ、スーツケースが浮いてくれて助かったわー。特に藍が」

 

「そうだな。特に藍が」

 

「むぅ……」

 

 俺と蒼がふざけ半分にそう言うと、藍が恥ずかしそうに視線を泳がせていた。

 

「全く、藍も泳げないのに飛び込むなよな」

 

「す、すみません。でも、蒼ちゃんの事が心配で」

 

「まぁ、気持ちはわかるけどさ」

 

 ……結局、俺も泳げることが証明されたわけだし。禍を転じて福と為すというのはこのことだろう。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

「それじゃ、またねー!」

 

 ……その後、空門家の前で鴎に別れを告げ、俺たちは家の中に入る。

 

「うあー。髪の毛、キシキシになっちゃったわねー」

 

「蒼ちゃん、シャワー浴びましょう。着替え、用意してきますね」

 

 藍がぱたぱたと廊下の先に消えていくのを見ながら、俺も靴を脱ぐ。見ると、二人の両親の靴がない。どうやら出かけているみたいだ。

 

「二人とも髪が長いから、洗うの大変そうだよな」

 

「そーなのよー。毎朝のセットも大変で……あたたたたっ」

 

 廊下を歩きながら、反射的に髪を掻き上げた時、蒼が急に右肩を押さえた。

 

「え、どうしたの?」

 

「わかんないけど、急に肩が痛くなって……あたた、無理。あがんない」

 

 スーツケースで爆走した時に無理をしたのか、どうやら肩を痛めてしまったらしい。

 

「左右には動かせるから身体は洗えそうだけど……これじゃ髪洗えないじゃない。どうしよ」

 

 痛む右肩を押さえながら、蒼が途方に暮れていた。どうしようと言われても……。

 

「……ね、ねぇ。良かったらあたしの髪、羽依里が洗ってくんない……?」

 

「は?」

 

 ……蒼さん、今なんと言ったんでしょうか。

 

「か、彼氏なんだしさ。どうせならお願いできないかなーって……駄目?」

 

 半分身体を抱きながら、そんな上目遣いでお願いしないで。断れなくなるから。

 

「わ、わかった。他ならぬ、蒼の頼みだからな」

 

「……えへへ。ありがと。じゃあ、脱衣所の方に行ってるから。少ししたら来てね」

 

 蒼は顔を赤くしたまま、肩を押さえながら脱衣所の方へと消えていった。

 

 それにしても、これが恋人効果ってものなんだろうか。まさかの展開だ。

 

「……あれ? 蒼ちゃんはもう脱衣所に行ったんですか?」

 

「おおう」

 

 そんなことを考えていた矢先、藍が着替えを持ってやってきた。唐突に蒼と同じ顔が現れたもんだから、不意を突かれて変な声が出た。

 

「ああ、先に行くって言ってたぞ」

 

「そうですか。それなら、蒼ちゃんの着替えを持って行ってあげてください」

 

「え?」

 

 藍は俺の返事を聞かずに、持っていた着替えを手渡してきた。

 

「あ、あのさ」

 

「それじゃあ、私は海水で汚れた靴を庭で洗っていますので。羽依里さんの靴も洗っちゃっていいですよね?」

 

「あ、ああ。よろしく頼むよ」

 

 俺がうわの空で返事をすると、藍は玄関の方へ消えていった。

 

 その背中を見送った後、手元に残された蒼の着替えに視線を落とす。あわよくば藍に止めてもらいたかったけど、一度了承したのは俺自身だし。ここは男を見せるしかなさそうだ。

 

 

 

 

 ……それから数分後、俺は脱衣所の曇りガラスの前に立っていた。

 

 脱衣所の洗濯籠の中には蒼の服が入っているし、その近くの棚の上にはトンボ玉と髪紐が置かれていた。間違いなく、蒼は浴室にいる。

 

「あ、蒼ー、入っていいのかー?」

 

「い、いいわよー」

 

 お互いに声が裏返ってるのがわかる。了承こそしたけど、蒼も恥ずかしいんだろう。

 

「そ、それじゃ、お邪魔します」

 

 震える手で浴室への引き戸を開ける。そこには、バスタオル一枚纏っただけの蒼が背中を向けていた。

 

「や、やっぱり脱いでるよな……」

 

「だって髪洗うんだし、服着てたら濡れるでしょー。右肩あがらないし、服脱ぐだけでも大変だったんだから」

 

 てっきり水着でも着てるのかと思っていたけど、本当にバスタオル一枚だけらしい。

 

「……えっと、恥ずかしくない?」

 

「恥ずかしいに決まってるでしょー!」

 

 顔だけ俺の方を向けながら赤面する。俺の方は当然服を着ているんだけど、何故か俺まで恥ずかしくなる。

 

「でも……羽依里だし。良いかなって」

 

 ……ぐあ。だから理性飛びそうになるから、その言い方やめて。

 

「じ、じゃあ、さっそく洗うからな」

 

「よ、よろしくねー」

 

 俺は後ろから抱きしめてしまいそうになるのを必死に堪えながら、シャワーの温度を調節し、優しく蒼の髪にかけてやる。

 

「……これくらいでいいか? 熱くないか?」

 

「ちょうどいいわよー。あ、そこにブラシがあるから、梳いてくれる? まずは塩を落とさなきゃ」

 

「よしきた。こんな感じか?」

 

「そうそう。いい感じ」

 

 蒼に指示されながら、その長い髪をお湯で洗う。

 

 ある程度綺麗になったら、今度はシャンプーを泡立てて、わっしゃわっしゃと洗う。予想はしていたけど、髪の量が多いせいかすごく泡立つ。

 

「うおお、すごいなこれ。泡がモコモコだぞ」

 

「でしょー。男の子じゃ、こうはいかないわよねー」

 

「ああ、こうすると、まるでソーダ味のソフトクリームみたいだぞ」

 

 良い感じに泡立った蒼の髪の先端をくるくると巻いて、それっぽいものを作ってみる。

 

「ちょっと! 人の髪で遊ばないでよ!」

 

 なんだかんだで、この状況にも慣れてきた。冷静になってみれば、見えるのは白いバスタオルと蒼の髪だけだし。何ら問題ない……。

 

「……げ」

 

 そんな折、正面に鏡が見えた。そこにはバスタオルによって絶妙な位置で隠されている、蒼の大きな胸が見えた。

 

 ……というか蒼もリラックスしてるせいか、そのタオルのガードが緩みそう。ちょっと、危ない。

 

「どうしたのー? 次はトリートメントしてほしいんだけど」

 

「え、ああ。えーっと、これだったかな」

 

 思わず視線を逸らした俺は、できるだけ鏡を見ないようにしながら、手探りでトリートメントを探す。

 

「ちょっと、それお風呂のタイル洗う洗剤じゃない! トリートメントはその隣よ!」

 

「こっち?」

 

「それはカビ落とすやつよ! 目を逸らしてないで、しっかり見なさいよ!」

 

「だ、だってしっかり見たら見えちゃうかもしれないから!」

 

「見えてたほうが良いでしょ!」

 

「よくなーい!」

 

 ……こんな感じに、どこか中心がずれた会話をしながら、俺は無事蒼の髪を洗い終えたのだった。

 

 ちなみに、入浴後に診療所を受診してみたところ、蒼の肩は軽い打ち身のようなもので、湿布を貼っておけば数日で治るとのことだった。大事に至らず、一安心だった。

 

 ……それでも、事態を重く見た藍は『蒼ちゃんのお世話をします!』と言って、その日はどこまでもついていったらしい。それこそ、着替えからトイレまで。

 

『別にお手洗いくらい、左手でも拭けるし……ねぇ?』と、蒼は死んだような目で言っていた。そこで俺に同意を求められても困るんだけどさ。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 ……そんなことがあった翌日。家族で夕食を済ませた直後、青年団の人を連れて、のみきが空門家にやってきた。

 

「樹さん、突然お邪魔してすまない」

 

「ああ、話は聞いているよ。立ち話もなんだから、客間にどうぞ。母さん、お茶を頼むよ」

 

 どうやら樹さんに用があるらしい。のみきたちはそのまま奥の部屋へと消えていった。

 

「……こんな時間に人が来るなんて珍しいな」

 

「本当よねー」

 

 奥で何の話をしているのか気になったけど、今の俺たちにはやることがあった。

 

「それじゃあ蒼ちゃん、今日も頑張りましょう」

 

「そうねー。今日こそ完成させてみせるわよー」

 

 そう言ってやる気満々の蒼が持ってきたのは、ソーイングセット……つまるところ、裁縫道具だった。

 

 先のロウソク作りが無事に終わったので、今度は灯台をぬいぐるみで埋め尽くすべく、三人でぬいぐるみ作りを始めたんだけど……。

 

「あいたっ! うう、さっそくやっちゃったわ……」

 

「蒼ちゃん、大丈夫ですか……いっ」

 

「いててて!」

 

 紬の好きそうなぬいぐるみの型紙を通販代行で取り寄せて、その通りに布を裁断し、縫い合わせてから綿を詰める……それだけのはずが、なかなかに悲惨なことになっていた。

 

 三人が三人とも、裁縫なんて普段やったことがないからか、ものの見事に指を刺しまくっていた。

 

「二人とも、こういうの得意そうなのに全然ダメなんだな」

 

「そう言う羽依里さんこそ、漁師さんだったら投網の修理とかしますよね? 針の扱いにも慣れていそうですけど」

 

「俺が慣れてるのは釣り針だけだよ……あいててて!」

 

 そんな話をしていると、針先が滑って左の人差し指に突き刺さった。これは痛い。

 

「見てられないわねー。指を刺しちゃう場合は針の持ち方が間違っているのよ。こうして、こう持つの。それでもダメな場合は、指ぬきを使うのも手よね」

 

 ひどい有様になっている俺たちを見かねて、客間から戻ってきた碧さんが助け舟を出してくれる。

 

「この形はクマを作ってるのねー。クマは首回りをしっかり補強しないと安定しないのよ。こんな感じ」

 

 説明してくれながら、さくさくと華麗に縫い進めていく。さすが手際が良い。

 

「……あの、碧さんってぬいぐるみ作りの経験があるんですか? すごく上手ですね」

 

「んー、昔は樹さんが海外のお土産にテディベアを送ってくれることもあってね。送ってくれるのは嬉しいんだけど、当時の外国製品って痛むのが早くて。自分で修理しているうちに色々覚えちゃったの」

 

 なるほど、そんな理由があったのか。

 

「おかーさん、おとーさんからもらったぬいぐるみ、ずっと大事にしてるもんねー」

 

「だってあの人ったら、僕の代わりにそばに置いてくれ……って、手紙まで添えてるのよ。下手なことしたら呪われちゃいそう」

 

 そう言って笑う。空門の両親、今でもすごく仲が良いし。当時の二人のラブラブっぷりが伝わるエピソードだった。

 

 ……その後も、碧さんはぬいぐるみ作りについて色々とアドバイスをしてくれ、俺たちもなんとか完成にこぎつけた。形はちょっと歪だけど、紬へのプレゼントはこれで何とかなりそうだ。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 ……そして迎えた花火大会当日。蒼の肩も完治し、俺たちは朝から全力で紬の誕生会の準備をしていた。

 

「それじゃ羽依里、よろしくねー」

 

「くれぐれも、紬ちゃんに見つからないようにお願いします」

 

 二人に見送られ、俺は鏡子さんから借りたバイクで一路灯台へと向かう。

 

 そのバイクの荷台には、皆で協力して作った大量のロウソクがある。これをピストン輸送で運び、夜まで灯台近くの物陰に隠す手はずになっている。

 

 灯台の主である紬は朝の早い時間から静久が連れ出してくれているはずだし、なんの問題もなく準備を進められるはずだ。

 

 

 

 

「えーと、これはここら辺でいいかな」

 

 空門家、秘密基地、港の倉庫などと灯台を往復して、合計300本近いロウソクを灯台に集め終わった。

 

 その全ては灯台近くの草藪や浜辺の岩陰に隠してあるし、これで最初の仕事は終わったはずだ。

 

「そうだ。チャッカリマンとかライターは灯台の中に入れておいた方が良さそうだな」

 

 ゆくゆく必要になるから着火道具はもちろん用意しているのだけど、外に置いていたら誰が触るかもわからない。子供が火遊びしても危ないし、これだけは中に入れておこう。

 

 俺はそう考えて、足早に灯台へと向かい、その扉を開ける。

 

「むぎゅ!?」

 

「きゃあ!?」

 

 ……すると、今まさに着替えていたらしい紬と静久のあられもない姿が目に飛び込んできた。

 

 何かで聞いた記憶があるけど、あの着ぐるみの下って、本当に下着しかつけてないんだ。紬のサイズはそれなりだけど、静久の破壊力はすごい。蒼のものが霞んでしまう。

 

「うわあぁぁ、ごめん!」

 

 そして俺は叫びながら、反射的に扉を閉める。おかしい。予定では灯台は無人のはずなんだけど。どうしてまだ二人ともいるんだろう。

 

 

 

 

「むぎぎぎぎぎ……」

 

「ずくくくくく……」

 

 しばらくして、いつもの服に着替え終わった二人が灯台から出てきた。どちらも、ものすごく怒ってらっしゃった。

 

「えっとその、二人ともごめん」

 

 まず一番に、そう頭を下げる。

 

「わたしの全てを見られてしまいました。ゴーハラです」

 

 それでも紬さんは歯ぎしりをしながら、藍みたいなことを言っていた。怒ってる。誰もいないと思って、ノックもせずに開けちゃった俺も悪いけどさ。

 

「本当にごめん。誰もいないと思ってたからさ……」

 

「……むぎゅ? タカハラさん、わたしに会いに来てくれたのではないのですか?」

 

 思わずそう口にしてから、しまったと思った。普段なら、誰もいない灯台に用があるはずがない。

 

「え、いやその……」

 

「パイリ君は私に用事があったのよ。紬、ちょっと待っていてね」

 

 しどろもどろになった時、静久がそう取り繕い、俺の手を引いて灯台の外へと連れ出してくれた。

 

 

 

 

「ごめん、まだ灯台にいるなんて思わなくてさ」

 

 静久と二人っきりになって、俺は改めてもう一度謝った。

 

「その件はもういいわ。事故みたいなものだし、予定通り紬を連れ出せなかった私も悪いもの」

 

 そう言って、静久の方が申し訳なさそうな顔をした。言われてみれば、何か予定を狂わせるような事でもあったんだろうか。

 

「すぐに着替えて出かけようと思っていたのだけど、紬が一度、着付けの練習をしたいと言ってね」

 

「え、着付けって何の?」

 

「浴衣よ。今日は紬の誕生日でもあるけど、同時に島の花火大会もあるでしょう?」

 

 言われてみれば。男はあまり服装を意識したことはないけど、女性は浴衣があるんだった。花火大会当日に、浴衣の着付けをする。自然な流れだった。

 

「元々、今日は鳴瀬さんの家に女の子たちで集まって、浴衣を選ぶことになっていたの。それでね……」

 

 ……静久によると、しろはの家に集まった後はなんだかんだと理由をつけて、紬を夜まで外に出さない作戦を考えていたらしい。

 

 その間に、灯台の方で誕生会の準備を進めておき、夜になったら紬をむぎゅっと驚かせてやろう……という流れらしい。

 

「そういうことだったのか。なら、そろそろ出発するのか?」

 

「ええ。パイリ君はこのまま帰ったことにして、私は紬を連れ出すわ。後のことはお願いね」

 

 静久はそう言って、俺に鍵を渡してくれた。これはたぶん、紬がズッ友も静久にだけ渡している、灯台の合鍵だ。

 

「わかった。任せてくれ」

 

 俺はその鍵を受け取ると、近くの草藪に身を潜めた。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 ……紬と静久が出ていってから、かなりの時間が経過した。

 

 腕時計を確認すると、9時半。そろそろ大丈夫だろうと草藪から抜け出して、借りていた合鍵で灯台の扉を開ける。

 

「おーっす。羽依里―」

 

 それと同時、背後から声をかけられた。振り返ると、良一とのみきがこちらに歩いてくるのが見えた。

 

「よう。二人とも」

 

 扉を開け放ってから、二人にあいさつを返す。どちらも大きな段ボール箱を持っていた。

 

「水織先輩から話は聞いている。首尾よく人払いできたようだな」

 

「ああ。少し危なかったけどな」

 

 静久の機転に救われたけど、危うくTUMUGYU作戦が本人にバレそうになったし。色々とギリギリだった。

 

「よーし、それじゃ、今のうちに準備しちまおうぜー」

 

 そう言って、良一が入ってすぐのところで段ボール箱を開ける。中には色紙で作ったカラフルな輪っかや、花紙が入っていた。

 

 もしかしなくても、紬の誕生会用の飾りみたいだ。

 

「ところで鷹原、例の花火についてだが」

 

 ガサゴソと段ボール箱を漁る良一を尻目に、のみきが俺にそう話を振ってきた。

 

「メインの花火大会が夜の九時までらしくてな。台船はそこから宇都港に向かう途中で、私たちのために花火を打ち上げてくれるらしい。十時には準備が整うらしいぞ」

 

「十時か」

 

 夜の九時に花火が終わってから、急いで灯台に向かい、無数のロウソクで紬をむぎゅっとびっくりさせる。

 

 それから灯台の中で誕生会をして、時間を見て花火を打ち上げてもらう……こんな流れになりそうだ。

 

「……うん。問題ないんじゃないかな」

 

「ちなみに私たちの方の準備ができたら、これを打ち上げてほしいとのことだ」

 

 そう言ってのみきが取り出したのは、一本の打ち上げ花火だった。どうやら、これを合図に花火を始めてくれるらしい。

 

「ところでその、花火を打ち上げる費用ってどうなったんだ? あれから何も音沙汰がないけど」

 

「その問題は樹さんが解決してくれただろう。聞いていないのか?」

 

 一番ネックになっていたことを思い切って聞いてみると、のみきはあっけらかんとそんな答えを返してくれた。

 

「え、聞いてないけど」

 

「先日、私が空門家に伺っただろう。その時に、多額の寄付を頂いたんだ。普段、島に貢献できないから、せめて花火代の足しにしてくれとな」

 

 ……初耳だった。

 

「というわけで、費用の心配は不要だぞ。天善の親戚の花火師も、とびきり派手なのを打ち上げてやると言っていたしな」

 

 驚きを隠せないでいる俺を笑顔で見ながら、のみきは灯台の中へと入っていった。まさか、俺の知らないところで樹さんがそんなことをしてくれていたなんて。

 

「……今度、お礼を言っておかないとなぁ」

 

 思わず頭を掻きながら、俺は遠くを見やる。

 

 ……その時、目を疑う光景が飛び込んできた。

 

「え、紬!?」

 

 先程良一たちが通ってきた道を、何故か紬と静久が戻ってきていた。これはまずい。

 

 俺は中にいる二人に急いで事情を説明すると、そのまま扉を閉める。そして何食わぬ顔で紬たちを出迎えた。

 

「……あれ、二人ともどうしたの?」

 

「わ、忘れ物です!」

 

 ツインテールを揺らしながら全力で走ってきたらしい紬は、そのままの勢いで鍵を取り出し、灯台の扉に手をかける。

 

 ……まずい。あの扉の向こうにはのみきと良一がいる。今扉を開けられたら、皆の苦労が水の泡だ。

 

「つ、紬!」

 

「むぎゅ?」

 

 俺は居ても立ってもいられず、紬に声をかける。

 

「実は俺、悩んでる事があってさ」

 

「あの、突然なんでしょーか」

 

「灯台の女神である紬さんに、是非相談したいことがあるんだ。これは、紬にしか頼めないことなんだ」

 

 俺はそう口にしながら、顔の前で手を合わせる。

 

「わ、わかりました。わたしで良ければ、相談に乗ります」

 

 やがて俺の必死さが伝わったのか、紬は扉にかけていた手を放して、俺の方へと歩いてきた。このチャンス、絶対逃さないようにしないと。

 

「じ、実は……蒼に膝枕を頼まれたんだけど、うまくてきなくてさ」

 

「は、はぁ……」

 

「つ、紬で膝枕の練習がしたい……」

 

 

 なに言ってるんだろう俺。突然そんなこと頼んだら、変な奴と思われるじゃないか。

 

「あ、あくまで、レンシューですか?」

 

「そ、そう。レンシューだよ」

 

 ……あれ? 紬もまんざらじゃないみたいだ。

 

「れ、レンシューでしたら、いいですよ」

 

 紬はそう言うと、少し顔を赤くしながら、少し離れたベンチへ視線を送っていた。

 

「え、いいの?」

 

「ハイ。少しだけですよ。シズク、忘れ物、代わりに取ってきてもらっていいですか?」

 

「いいわよ。それじゃあパイリ君、しっかり練習してね」

 

 そう言いながら紬の脇を抜けていく静久は、安堵の笑みを浮かべていた。ふう。なんとかなった。

 

 

 

 

 ……その後、本当に紬は膝枕をさせてくれた。

 

「あの、いつまでこうしていればいいのでしょーか」

 

「も、もう少し。もう少しだけだから」

 

 俺の太ももに紬の小さな顔が乗っかって、小刻みに震えている。

 

「ところで、シズクに聞いたのと違います。膝枕というのは本来、外の方を向くのではなかったでしょーか。これだと、タカハラさんしか見えません」

 

「え? ああ、これが空門流らしいんだ」

 

 もちろん嘘だ。膝枕は膝枕でも、紬には俺の方を向いてもらっている。万一にも良一たちがいるのに気づかれないよう、目隠しの意味もある。

 

 現に、そんな俺たちから少し離れたところでは、良一やのみき、そして静久が静かに作業をしていた。

 

 それにしても……紬、今日が自分の誕生日だって、全然アピールしないよな。

 

 元々そういう性格じゃないのはわかってるけど、もっとこう、ソワソワとかしそうなもんだけど。

 

「……なんだか、少しずつ恥ずかしくなってきました」

 

 そんなことを考えていると、俺の方を向いたまま、紬が太ももの上でもぞもぞと動く。くすぐったい。

 

「むぎゅ~」

 

 そして恥ずかしそうに何度も鳴く。その度に、紬の吐息が当たる。どこにとは言わないけどさ。

 

 ……色々とヤバいから、早く終わって……!

 

 そんな思いを視線に乗せて静久に送るけど、笑顔で両手を合わせて謝られた。まだ無理みたいだ。

 

 ……結局、俺はそれから小一時間、ずっと紬を膝枕し続けたのだった……。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 ……そして、迎えた夜。

 

 先の打ち合わせ通り、女性陣はしろはの家で浴衣に着替えて直接花火会場へ向かう手はずになっているし、俺は用意していたバイクを飛ばして、花火会場へと向かった。

 

 花火大会の後に行う誕生会の準備は全て整ったし、今のところは、俺も島の花火を楽しむことにしよう。

 

 

 

 

「うわ、すごい人だな」

 

 花火が打ち上げられるまではまだ時間があるけど、たくさん出店も出てるせいか、普段の島ではありえないくらいの人出だった。

 

 バイクも漁港の手前で止められて、臨時駐車場に案内されてしまったし。これは、皆を探すのも苦労するかもしれない。

 

「あ、羽依里―!」

 

 ……そう思ったのも束の間、良く通る蒼の声が聞こえてきた。

 

「早いうちに見つけられてよかったわー」

 

 そう言いながら走り寄ってくる蒼に続いて、他の皆もやってくる。女性陣は皆、色とりどりの浴衣を身に着けていた。

 

「おお、さすが時間をかけて選んだだけあって、皆似合ってるな」

 

 のみきは薄桃色の生地に、無数の桜が鏤められた浴衣。さすがに今日はハイドロを背負っていない。

 

 その隣の静久は黒地に月下美人の絵柄が入った、大人っぽい浴衣姿。その静久と手を繋ぐ紬は、白を基調とした生地に、カラフルな丸い和柄が入っていた。これはこれで、すごく可愛らしいよな。

 

 それに続いて、しろはの浴衣は白地に薄く菖蒲の柄が入っていて、鴎は同く白色の生地にアサガオの絵柄だった。

 

「本当、浴衣と着付け場所を提供してくれたしろはちゃんに感謝ですね」

 

「そうよねー」

 

 そう言って同じ顔で笑う二人の浴衣は、その中でも気合が入っている気がした。同じ蝶の柄が入った、青色と藍色の浴衣。よく、そんな柄の浴衣があったもんだ。

 

「今日は二人とも、髪型も同じにしてきたのな」

 

「そうよー。こういうの、なんかいいじゃない?」

 

 そうだよな。双子の特権みたいなもんだし。俺も嫌いじゃない。

 

「そ、それにほら、今日はその……特別な日だし。色々とさ」

 

 蒼はそこで言葉を詰まらせながら、俺を上目遣いで見てくる。そうだ。今年は蒼と一緒に花火を見ることができる、初めての夏だ。

 

「そう……だな。今年は一緒に見られるな」

 

 俺はそんな蒼と視線を合わせながら、おのずと手を差し出す。蒼も俺の意図が分かったのか、その手を握ろうと……。

 

「……おやおや、さっそく見せつけてくれちゃってますよ」

 

「うーん。お熱くて焼き鳥になりそう」

 

「やはり、携帯用ハイドロを持って来るべきだったか」

 

 ……その矢先、藍と鴎、そしてのみきが冷めた視線で俺たちを見ていた。ち、違うんだ。見せつけるつもりなんてないから!

 

「そ、それより鴎! スーツケースにも浴衣を着せたのか? 綺麗だな!」

 

「本当よねー!」

 

 俺と蒼は揃って気恥ずかしくなり、無理矢理話題を変えた。

 

 出店の明かりに照らし出される鴎のスーツケースは、桃色のカバーが掛けてあった。

 

「そう! しろしろの家に余ってた布を使って、和柄にしたの! 綺麗でしょ?」

 

 鴎はそう言って、どっかりとスーツケースに腰を下ろす。え、そこで座っちゃうんだ。

 

「二人もこれに座れば、特等席で花火が見れるよ! 良かったね!」

 

「らしいですよ。良かったですね」

 

 ……頑張ったんだけど、結局そこに戻ってきた。話題は変えられなかった。

 

「そ、それより、花火が始まるまで、少し腹ごしらえしときましょー?」

 

「そうね。紬、向こうにワタアメの屋台があったわよ。本土からやってきた、レインボーワタアメですって」

 

「おおー、それは食べてみたいです!」

 

 それでもめげずに俺たちは話題を変えた。今度は静久や紬も乗っかってくれて、良い感じに話題が逸れていった。

 

「……それじゃ、俺は焼きもろこしを狙うか」

 

「私はリンゴあめと、たこ焼き!」

 

 予め目星をつけていたのだろうか、天善や鴎がそう言いながら歩き出した。

 

 皆、この後に控える紬の誕生会ではケーキもあるから、出店での買い食いはほどほどにしておこうな。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

『まもなく、鳥白島花火大会を開始いたします。見物される方は、移動の方を……』

 

 

 ……ある程度出店を回ったところで、花火の開始を告げるアナウンスが流れた。

 

 それを合図にして、その場にいた大勢の人が一斉に海の方に向けて動き出す。

 

「皆、離れずついてくるんだぞ!」

 

「こっちだよー!」

 

 俺たちもスーツケースを持った鴎を船首のようにして、人波をかき分けて進む。

 

 それでも、普段から人混みに慣れていない島の仲間たちはもちろん、すっかり島暮らしが板についた俺もこの人の多さに圧倒されていた。年に一度とはいえ、これはすごい。

 

「あわわわわわ」

 

 そして俺のすぐ後ろをついて来ている蒼も例外ではなく、今にも人波に流されて、どこかに行ってしまいそうだ。

 

「蒼、しっかりついてこいよ!」

 

 俺はそう叫ぶと、蒼から伸ばされた手をしっかりと掴む。そのまますぐ近くに抱きよせて、蒼を守るようにして皆の後に続いた。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

「な、なんとか間に合ったわねー」

 

 必死に人波を抜けて、ようやく見晴らしの良さそうな場所を確保する。といっても防波堤の横であまり広さはないので、一列に並ぶ形になるけど。

 

 俺は当然、蒼の隣に陣取った。

 

「あ、始まったわねー」

 

 一息ついたその時、夜空を覆い尽くすように無数の花火が上がった。巨大な菊型花火を皮切りに、赤や緑の大輪が咲き乱れる。

 

「おお、思った以上に本格的なんだな」

 

「すごいでしょ-?」

 

 話には聞いていたけど、予想以上だ。とても小さな島の花火とは思えない。思わず、無言で見とれてしまうほどだった。

 

 

 

 

「……あの船から打ち上げているみたいですね。あそこに、天善ちゃんの親戚がいるんでしょうか」

 

 しばらくして、花火の間に藍がそう呟いた。

 

 見てみると、確かに花火が上がる度、海上に黒いシルエット見える。つまり、あれが台船なのか。

 

「羽依里、見て! おっきなスイカだよ!」

 

「え、スイカ?」

 

 直後、鴎の声を受けて上空へと視線を戻すと、半月型をした緑色の花火が打ち上げられていた。

 

 のみきによると、あれは『型物』と呼ばれる花火らしい。変わった花火があるもんだ。

 

「あ、今のってもしかして、かき氷?」

 

 続けて打ち上げられた花火はかき氷の形をしていた。

 

「本当だな。青色だったから、きっとブルーハワイだぞ」

 

「あはは、違いないわねー」

 

 俺が冗談っぽく言うと、蒼も花火に負けない笑顔を返してくれる。

 

 ようやく蒼と一緒に見ることができた、この島の花火。

 

 何年も待ち望んだ、大切な時間がここにあった。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 やがて、最後の速射連発花火……いわゆるスターマインをフィナーレにして、島の花火大会は終わりを迎えた。

 

 ……さて、ここからは時間との勝負だ。

 

 俺は名残惜しくも蒼の手を離し、一人バイクへと跨る。行き先はもちろん、灯台だ。

 

 花火が終わった直後だし、帰宅する人で道がごった返すかと思ったけど、観光客は港へ向かうし、島民の多くは自宅のある住宅地へ向かう。

 

 というわけで、灯台へと続く道はほぼ無人。おかげで予想以上に早く到着することができた。

 

「……よし、できるだけ準備を進めておかないと」

 

 腕時計で時間を確認すると、まだ余裕がある。俺は持っていた合鍵で灯台の扉を開けて、昼間のうちに運び込んでおいたミニ冷蔵庫からバースデーケーキを取り出してテーブルに置く。藍としろはお手製の、特製ワタアメケーキだ。

 

 次に、皆が用意してくれたたくさんのぬいぐるみを室内に並べておく。鴎が用意したのとか、すごく大きいので配置に気を遣う。

 

 そして最後に表に出て、物陰に隠しておいた大量の手作りロウソクを片っ端から並べていく。

 

「羽依里、待たせたな!」

 

「手伝うぞ」

 

 そうこうしているうちに、良一と天善が灯台にやってきた。二人とも汗だくだ。

 

 二人はバイクを持っていないから、花火の会場からここまで全力で走ってきてくれたみたいだ。

 

「二人とも、ありがとうな」

 

「気にすんな。女連中は浴衣だし、もう少し時間がかかりそうだぞ。三人で一気に準備を終わらせようぜ」

 

「ああ、TUMUGU作戦、最終段階だ!」

 

 三人でがっしりと拳を突き合わせて、作業に戻る。

 

 ちなみに、二人によると現在静久がなんだかんだと理由をつけて、紬を含めた皆で灯台に向かっているらしい。先頭ののみきが目印に懐中電灯を持ってくるので、その明かりが見え始めたら一斉にロウソクに点火すれば良いらしい。

 

「ところで鷹原、合図のための打ち上げ花火は持っているか?」

 

「ぬかりないよ。のみきから預かってきた」

 

 作業を続ける中で、天善がそう聞いてきた。俺はポケットから小さな打ち上げ花火を取り出し、天善に示す。

 

「なら安心だな。誕生日の花火を打ち上げていいタイミングになったら、岸からそれを打ち上げてほしいとのことだ」

 

 続けてそう説明してくれた。たぶん、親戚の花火師さんとそう打ち合わせをしているんだろう。昼間にのみきから話は聞いていたし、準備はバッチリだ。

 

 

 

 

 やがて何百というロウソクを並べ終わった頃、懐中電灯の光が見えた。

 

「来たぞ。着火作業開始!」

 

 それを確認した俺たちも、各々チャッカリマンを手にして、片っ端から火を灯していく。

 

 ……そして全ての明かりを灯し終えた時、紬を先頭にした皆が灯台の前にやってきた。

 

 

 

 

「あの、これはどういうことでしょーか」

 

 無数のロウソクの灯りに照らされた灯台を見て、紬はその大きな目をさらに目を丸くしていた。

 

「ふふ。驚いた? これ、皆からの誕生日プレゼントなの。紬、誕生日おめでとう」

 

「紬、おめでとー!」

 

「お誕生日、おめでとうございます」

 

「ツムツム、誕生日おめでとう!」

 

 静久の言葉を皮切りに、他の皆も一斉に紬を祝福する。どうやら、TUMUGYU作戦は大成功みたいだ。

 

「……ぐすっ……」

 

 そう思った矢先、紬は顔を覆ってしまった。皆も心配そうな顔をしているし、どうしたんだろう。

 

「……わたしの誕生日、すっかり忘れられていると思っていたので、その、嬉しすぎて……涙が止まりません」

 

「あらあら、ちょっと驚かせすぎちゃったかしら。まさか、泣いちゃうなんて」

 

 静久は小さく嗚咽を漏らす紬を、そっと抱き寄せる。

 

「紬、せっかくの誕生日、皆がお祝いしてくれてるんだから泣いちゃ駄目よ」

 

「そ、そですね……泣いてる場合じゃないですね……!」

 

 紬はごしごしと涙をぬぐい、最高の笑顔を見せてくれた。うん。やっぱり紬は笑顔が一番だよね。

 

 ……その後、落ち着いた紬は皆からの説明を受けながら、幻想的なロウソクの灯りをたっぷりと堪能したのだった。

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 ……そして、灯台の中へと足を踏み入れる。

 

「むぎゅ!? 灯台の中がすごいことになってます!」

 

 そこは昼間のうちに良一やのみきによって綺麗に飾りつけがされていて、立派な誕生会の会場となっていた。

 

「しっかり鍵を閉めていたはずなのに、いったい誰が……謎です」

 

 紬は壁中の装飾を見ながら、心底不思議そうに首を傾げていた。俺が紬に膝枕してる間にだよ……なんて、とてもじゃないけど言えない。

 

「紬ちゃんのために、特別なケーキも用意したんです。しろはちゃんと一緒に作ったんですよ」

 

 そして藍がしろはの袖を引っ張りながら、紬をテーブルの方へと案内する。そこには、俺がさっき設置したバースデーケーキが鎮座していた。

 

「おおー、ワタアメのケーキです!」

 

 紬はその見た目がフワフワなケーキを嬉しそうに覗き込んでいた。誕生日といえばケーキだけど、見るからに甘そうだ。

 

「それじゃ、さっそくロウソクを立てましょう!」

 

 静久はそう言うと、手早くロウソクを立てて、火をつける。紬の年齢はズッ友の静久ですらわからないとのことで、とりあえず俺たちの一つ下ということでロウソクを用意した。

 

 

 

 

「「紬、誕生日おめでとう―――!」」

 

 皆でお馴染みのハッピーバースデーの歌をうたい、改めて紬の誕生日をお祝いする。

 

 ロウソクの火を吹き消した後、皆でケーキを食べる。うん。覚悟はしていたけど、めちゃくちゃ甘かった。

 

「ツムツム! ロウソクの他にもプレゼントがあるんだよ! はい!私からはこれ!」

 

 ケーキを食べ終わると、待っていたかのように鴎がカモメのぬいぐるみを紬に渡していた。

 

「おっきなカモメさんです! カモメさん、ありがとうございます!」

 

 翼を広げた、本当に大きなカモメのぬいぐるみだった。どこで手に入れたんだろう。

 

「ワタアメさん、私からはこれだよ」

 

「シロハさん、ありがとうございます!」

 

 鴎に続いて、しろはは大きなスイカのぬいぐるみを渡していた。どう見てもただの球体だし、あれをぬいぐるみと呼んでいいのかわからないけど。

 

「それ、横にチャックがあってね。開けると裏返せるの。すると柄が変わるんだよ」

 

 珍しく嬉しそうに話すしろはに言われるがまま、紬がぬいぐるみを弄っていくと、スイカのぬいぐるみはスイカバー柄のぬいぐるみになった。

 

 さすが、スイカバー大好きなしろはらしいプレゼントだった。

 

「紬、俺からはクマのぬいぐるみだ。受け取ってくれ」

 

 次に良一が紬にぬいぐるみを手渡す。黒い服を着た、クマのぬいぐるみだった。並べる時、誰のだろうとは思っていたけど、良一にしてはセンスが良いじゃないか。

 

「ミタニさん、ありがとうございます! かわいいです!」

 

「実はそのぬいぐるみには秘密があってな。背中のボタンを押してみてくれ」

 

「むぎゅ? これですか?」

 

 良一に言われるがまま、紬がボタンを押す。するとクマの着ていた服が勢い良く弾け飛び、一糸まとわぬ姿になった。

 

「そ、そんな。クマさんがハダカに……」

 

「驚いたか。背中のボタンを押すと、ワンタッチで服を脱がせられるようになっているんだ。名付けて、パージグマだ」

 

 誇らしげな良一の背後で、のみきが自身の背中に手を伸ばしたのを俺は見逃さなかった。当然、浴衣姿だからハイドロは持っていないのだけど、仮に持っていたとしたら間違いなく撃っていたと思う、

 

「紬、俺のプレゼントも受け取ってくれ」

 

 天善が差し出したのは、どこかで見たことがあるピンク色のキャラクターのぬいぐるみだった。

 

「むぎゅ? カノーさん、これはなんですか?」

 

「市販品だが、なんでも吸い込むピンクの悪魔だ。まるでピンポン玉みたいだろう?」

 

 悪魔? よくわからないけど、見た目が可愛らしいし、紬は喜んでいた。

 

「紬、私からはこれだ。皆に比べて見劣りするかもしれないが、頑張って作ったんだぞ」

 

 続くのみきはそう言いながら、ワニのぬいぐるみを渡していた。どうやら手作りらしい。そういえばのみきは髪飾りもワニだし、やっぱりワニ好きなんだろうか。

 

「あたしと藍、羽依里からのプレゼントはこれよー」

 

 そして、のみきに続いて俺たち三人がそれぞれのぬいぐるみを紬に手渡した。こうやって並べてみると、三人が三人とも個性的なクマだった。

 

「ははぁ。耳の位置が大きくずれてるのがいるぞ。これが鷹原だな」

 

「間違いないな」

 

「……ごめん、それあたし……」

 

 良一と天善に思わぬ指摘をされて、蒼が委縮する。直後、藍が男子二人を睨みつけて、今度はその二人が縮こまった。

 

「どれも個性的で素敵です! ありがとうございます!」

 

 そんなやりとりを気にする様子もなく、紬は三体のぬいぐるみをまとめてむぎゅーっとしてくれた。さすが博愛主義の紬さんだ。喜んでくれて良かった。

 

 

 

 

「それじゃ、最後は私ね」

 

 皆がプレゼントを渡していき、最後に残ったのは静久だった。

 

「それじゃ改めて。紬、誕生日おめでとう」

 

 笑顔の静久が手渡したのは、紬本人のぬいぐるみだった。

 

「どんなプレゼントにするか悩んだのだけど、やっぱり、今の紬を形にしておきたかったの。写真とかじゃなくてね」

 

 しっかりとツインテールに結われた金髪に、緑色の瞳。思わず俺たちが覗き込んでしまうほど、そっくりにできていた。

 

「私は今の紬が大好きなの。だからこれは、大好きな紬へのプレゼント」

 

「……」

 

 紬はそれを受け取ると、無言で抱きしめた。まるで、泣くのを我慢しているようだった。

 

「シ、シズク……あ、ありがとうございまずっ……た、大切にしますっ……」

 

 ……否。我慢できていなかった。抱きしめられた紬のぬいぐるみは、早くも涙と鼻水で濡れてしまっていた。

 

「ああ、また泣いちゃった。もう、しょうがないわね」

 

「だって、しょうがないじゃないですかぁ……」

 

 鼻をすすりながら、また静久に頭を撫でてもらっていた。その様子を見ながら、その場にいた全員が温かい気持ちになっていた。

 

 今度こそ、紬をむぎゅっと驚かせよう大作戦……TUMUGYU作戦は成功したみたいだ。

 

 

 

 

「でもね紬。プレゼントはまだ終わりじゃないのよ」

 

「むぎゅ? まだ何かあるですか?」

 

 その言葉を聞いて、俺は反射的に時計を見る。ちょうどいい時間だ。

 

「そうだぞ。特別なものを用意してるから、今から灯台に登ろう」

 

 俺はそう言うと、上へと続く階段を指差した。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 階段を登って外に出てみると、外で煌々と輝いていたロウソクは全て燃え尽きていて、暗闇に包まれていた。

 

 灯台の上部は狭いので、上に登って来れたのは紬と静久、そしてこの花火計画の発案者の蒼と、俺の四人だけだった。他の皆は、一旦外に出て見守ってくれている。

 

「えっと、ここになにがあるですか?」

 

 目が慣れていないので紬の姿は見えないけど、声の感じからしてきょろきょろと周囲を見渡しているんだろう。

 

「紬、これは島の皆からのプレゼントだから、しっかりと見てあげてねー」

 

 俺の隣にいる蒼がそう言う。こっちは、笑っている気がした。

 

「それじゃ、紬は海の方を見ててくれな」

 

 俺は紬にそう伝えると、合図の打ち上げ花火に点火する。数秒の間を置いて、乾いた音が響き渡った。

 

 ……程なくして、いくつもの花火が夜空に咲いた。紬の髪の色と同じ、金色の花火だ。

 

「紬、いつか一緒に灯台で花火を見たいと言っていたでしょう?」

 

「た、確かに言いました。でも、それは……」

 

 静久は花火を見上げながら、そっと紬の肩を抱き寄せる。

 

「だから、皆が叶えてくれたわよ」

 

 ……静久はそう言って、本当に満足そうに笑った。

 

 ……思えば、これは様々な偶然と、皆の努力が実った花火だ。

 

 毎年変わる島の花火大会の日取りが、たまたま紬の誕生日と重なったこと。

 

 天善に花火師の知り合いがいたことや、特別に役所から許可が出たこと。樹さんが資金援助してくれたこと。

 

 それ以外にも、俺の知らないところで、たくさんの人たちがこの花火のために動いてくれたはずだ。

 

「……嬉しいです。けど、今度は泣きません」

 

 時折、花火と共に浮かび上がる紬の横顔は笑顔だった。

 

「泣いてしまったら、せっかくの花火が見えませんから」

 

 その言葉に応えるように、大きな金色の花が開く。

 

 間髪を容れず、もう一度。

 

 俺たちも一緒に、笑顔でその金色の花火を見上げていた。

 

 ……夏の終わりを告げる花火とともに、鳥白島の夏が終わる。

 

 

 

 

 

第十三話・完




第十三話・あとがき

皆さん、おはこんばんちわ。トミー@サマポケです。
前回の続きということで、花火大会からの紬の誕生会でした。最後に金色の花火までつけての、全力紬回となりました。一瞬、これが蒼アフターであることを忘れそうになりました。それでも書きたかったので、満足しています!

さて、長かった夏が終わり、次回からは9月になります。まだ夏じゃないかというツッコミは置いといて、9月といえばアレです!空門姉妹の誕生日です!

誕生日イベント!それこそ、蒼アフターとしてこれをやらないわけにはいきません!
というわけで、次回をお楽しみに!

それでは、今回のあとがきはこの辺りで。
一言感想や評価など頂けましたら、次話執筆への活力になりますので、よろしくお願いします。
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