新学期が始まり、蒼はまた学業が忙しくなった。
夏休みの間は仕事から帰ると必ず蒼が出迎えてくれていたのに、最近は朝の船で学校に向かう蒼に手を振るのが関の山。
正直、俺は悶々とした日々を過ごしていた。
……そんな日々が続き、朝晩も少しずつ過ごしやすくなってきた9月の中旬。
今日も蒼が乗った船を海上から見送って、クロダイやタチウオといった魚を満載して港に戻り、いつものようにしろはと取引をする。
「タチウオはお刺身が一番。ワサビだけじゃなくカボスを添えても良いよ」
「炙りも良いよな。ご飯が進みそうだ」
「捌く時、歯はカミソリみたいなってるから気を付けて。あと、背ビレ付け根のヒレ骨も鋭いから」
「わかった。気をつけるよ」
お馴染みとなったやりとりをして、本日の仕事を終える。
その後、しろはのじーさんから報酬を受け取り、恒例の四天王スクワットをやってから漁港を後にした。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「ただいまー」
「羽依里さん、お仕事おつかれさまです」
空門家に帰宅すると、藍がダイニングに仁王立ちしていた。どうやら、碧さんは今日も朝早くからパートに出かけているみたいだ。
「どうぞ。朝ごはん、用意していますよ」
笑顔の藍がテーブルを指差す。そこには大きな赤文字で『M』の文字が書かれた紙袋があった。
「ま、まさかそれは、皆大好きマッカナルドハンバーガー!?」
思わず大きな声を出してしまったけど、マッカナルドというのは日本全国どこにでもあるハンバーガーチェーンだ。名前の通り、それこそ赤字になるんじゃないかってくらい安いんだけど、不思議とクセになる美味しさなんだ。
「本土からのお土産にもらったんです。どうぞ」
俺は驚きを隠せないまま、藍から紙袋を受け取る。まだ温かい。本土に住んでいた頃はよく食べていたけど、島に移住してからはすっかりご無沙汰だった。
「島では貴重な品だろ。俺が貰っていいのか?」
「私はもう朝ごはんを食べちゃったので、マッカシェイクだけでいいです。冷めても勿体無いですし、食べちゃってください」
いつもの席に腰を下ろし、ちぅーとシェイクを吸いながら、藍はそう促す。せっかく温かいんだし、いただくことにしよう。
「それじゃ、遠慮なくいただくよ」
漁師の仕事は夜明け前から始まり、朝とも昼ともつかない微妙な時間に終わる。船上では食事を摂る暇なんてないので、お腹はペコペコだ。
俺は嬉々として包みを開ける。誰がチョイスしたのかわからないけど、テリヤキマッカバーガーとマッカポテトが入っていた。
「いただきます」
きちんと挨拶をして、ハンバーガーにかじりつく。うん、安定して食べられる味だ。
もちろん、島の食べ物も美味しいんだけど、若者は時々こんなジャンキーなのが食べたくなるんだ。
「新作のマッカフルーリーも出てたみたいですよ。紅芋だそうです」
「へぇ。今年はそんな味が出てるのか。秋らしくていいよな」
藍が別の袋から商品を出してくれた。こっちの袋にはしっかりと保冷剤が入っているらしく、良い感じに冷えていた。一口飲むと、疲れた体に糖分が染みわたる。
「どころで、誰がわざわざマッカとか用意してくれたの?」
「それは秘密です。教えてあげません」
「まぁ、いいけど」
まるで鴎みたいなことを言う藍の向かいに座り、俺は久しぶりの味を堪能したのだった。
「ふう……うまかったよ。ごちそうさま」
「ふふ……食べましたね」
「え?」
ポテトの一本も残さず平らげてからお礼を言うと、それと同時に藍はほくそ笑んだ。
「では、貴重なハンバーガーを食べた羽依里さんにお願いがあります。今から本土に行きしょう」
「え、今から!?」
「そうです。ちょっと私に付き合ってもらえませんか?」
……今になって思えば、藍は既に出かける格好だった。なるほど。最初からそういう算段だったらしい。
「えーっと……俺、仕事で疲れてるしさ。急すぎるし、どうせなら次の休みに皆で……」
「……もし断るようでしたら、さっきのハンバーガー代、払ってもらいますよ? 島への送料を含めて、4000円になります」
「な、なに!?」
俺が渋るそぶりを見せると、藍はそう言って右手を差し出してきた。ちょっと待って。あの品数なら本土で注文しても1000円を少し超える程度だと思うけど。いくらなんでもぼったくりだ。今朝もらったばかりの給料が吹っ飛んでしまう。
「いや、いくらなんでも高すぎ……」
「特別なルートを使いましたからね。羽依里さんのために」
テーブルに頬杖をつきながら、わざとらしく上目遣いで俺を見る。やめて。蒼と同じ顔でそんな表情しないで。
「……わかった。行くよ」
がっくりとうなだれながらそう答える。少し考えてみれば、藍が笑顔で俺に朝食を用意してくれるはずがないよな。くそ、まんまと罠に嵌められた。
「ありがとうございます。それじゃ、時間もありませんし、すぐにでも出発しましょう」
俺が観念したのを見て、藍は嬉しそうに立ち上がる。そんな彼女越しに壁の時計を見ると、10時過ぎ。次の船まであと30分もなかった。
「悪いけど、シャワーだけでも浴びさせてくれよ。さすがに塩まみれで本土に行けないしさ」
「しょうがないですね。玄関で待ってますから、早くしてくださいよ」
髪を翻しながら、嬉々として玄関へ向かっていく藍を見送った後、俺は着替えを持って脱衣所へと向かった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「……それで、本土で何をするんだ?」
「それは、無事船に乗れたら話します! いいから、今は走ってください!」
……できるだけ手短にシャワーを済ませたつもりだったけど、船の出港時間ギリギリになっていた。
早くもスタミナ切れを起こしかけている藍の手を引きながら、俺は港へ向けて走っていた。
「女の子じゃあるまいし、ドライヤーに何分かけてるんですか! 男の子の髪なんて、自然乾燥で十分でしょう?」
「いや、本土に行くんだし、最低限の身だしなみは整えておきたくて……!」
「結局こうやって走ったら汗だくになりますし、セットしたところで意味ないですよ!」
……確かにそうだけど。手を引かれている立場のくせに、口だけは達者だ。
「ほら、港が見えてきましたよ。すぐにキップ買えるように、お財布、用意しておいてくださいね!」
「え、俺が買うの?」
「当然です!」
そんな会話をしながら、切符売り場に飛び込む。『手なんか繋いじゃって、仲良いねー』とか茶化してくる係員さんの言葉をやんわりと受け流して、二人分の乗船券を買って船へと乗り込んだ。
「な、なんとか間に合いましたね……」
「ああ、ギリギリセーフだった」
俺たちが乗り込んですぐ、船は港を離れた。俺と藍は冷房の効いた船内で汗を拭きながら、ようやく一息つく。
「お、今日は学校サボって、二人でデートかい?」
その時、後ろの席から声が飛んできた。思わず振り向くと、そこにはしろはのマスター……食堂のおっちゃんがいた。
「え、違います!」
「おっとよく見たらお姉ちゃんの方か。これは……略奪藍ってやつか。藍だけに」
「だから違いますってば! 私は蒼ちゃん一筋です!」
わざとらしい表情をするおっちゃんに、藍は顔を真っ赤にして反論していた。
その場の流れで隣同士に座ったけど、よく考えたら別々の席にすればよかった。これだと、絶対誤解されてしまう。
「……ところで、おっちゃんはどうして船に?」
「また、未知の食材を求めて旅に出ようと思ってな……」
そう言いながら、窓の向こうの大海原を見やる。つまりしろははまた、一人であの食堂を切り盛りしなきゃいけなくなるのか……可哀想に。
「……全く。変な誤解をされるので、本土に着いたら羽依里さんは帽子でも買って変装してください」
その時、藍が俺にしか聞こえないような声でそう言っていた。
「え、俺?」
「そうですよ。なんで私が変装しないといけないんですか」
「伊達眼鏡とか似合いそうだけど」
「は? 残念ですが、そんな趣味はありません」
少しだけ期待を込めて言ってみたけど、小さなため息とともに一蹴されてしまった。
「……それで藍、そろそろ今日の目的を教えてほしいんだけど」
「ああ……それはですね……」
藍はキョロキョロと周囲を見渡した後、さっきより小さな声で呟く。
「……羽依里さん、来週の日曜日は何の日かご存知ですよね?」
「え、来週?」
一瞬だけ、頭の中にカレンダーを思い浮かべる。来週の日曜日といえば、9/20。二人の誕生日だった。
「もちろん。覚えているよ」
「まぁ、蒼ちゃんの彼氏として当然ですよね。今日の目的は、誕生日デートの予行演習です」
「え、誕生日デート? 予行演習?」
俺は思わずハニワ顔になる。初耳だ。そんな計画があるの?
「そうです。羽依里さんには誕生日当日、蒼ちゃんと誕生日デートをしてもらいます。その際に慌てたりしないように、しっかりと予行演習をしましょう。名付けて、蒼ちゃんの誕生日を祝おう大作戦です」
藍は両手に握りこぶしを作って力説していた。文字通り乗り掛かった舟だし、今更断れないけど……。
「大作戦……」
「なんです?」
「いや、なんでもないよ。いいんじゃないかな」
藍は時々、ネーミングセンスが子供っぽいときがある。まぁ、しょうがないんだろうけどさ。
「それでですね。本土に着くまでに、プランを確認しておきたいんですけど」
そう言いながら、持っていた鞄から青色の手帳を取り出した。もしかして、あれも蒼からもらったのかな。
「まず、ショッピングモールに行ってですね……」
藍はそう言いながら、メモ帳を開いてみせてくれる。
そこには『ショッピングモールでの買い物』『イタリアンレストランで食事』『最後は港で夕日を見ること』等々、大まかなプランが決められていた。
「このメモだと、ショッピングモールでどの店に行くとかは決めてないんだな」
「だってその、私はどんなお店があるのか知らないですし。それを決めるための下見ですよ」
「ああ、そういうことか」
穴だらけのプランだけど、その言葉だけで妙に納得してしまった。
「蒼ちゃんが学校から帰ってくるのは17時過ぎの船ですし、それまでに下見を終わらせちゃいましょう」
「ああ。わかったよ」
……ところで、頑張ってプランを考えてくれるのはいいけど、誕生日デートの日は藍の誕生日でもあるんだけど。そっちはいいんだろうか。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
……そうこうしているうちに、宇都港に到着した。
平日ということもあってそこまで人は多くないけど、島暮らしに慣れている俺たちにとっては、結構な人口密度だった。
「え、えーっと」
特に藍は完全に気圧されているようで、人混みに目を泳がせていた。言い出しっぺのくせに、大丈夫かな。
「まずはショッピングモールに行くんだよな」
「はい、よろしくお願いしますね」
「よしきた。こっちだぞ」
俺が先頭に立って歩き出すと、藍はそのすぐ後ろをついてきた。
……ちなみに、ショッピングモールは港から少し歩いた先の駅の中にある。
あそこには色々な店があるけど、蒼が気になるお店があるだろうか。その辺も含めて、藍に聞いてみるのもいいかもしれない。
「あ、あう……」
そんなことを考えていると、後ろをついて来ていたはずの藍がじわじわと離れていた。
「藍、なんか歩きにくそうだな」
「な、情けない話ですが、人が多すぎて……」
言われてみれば、向かう先は駅前だ。嫌が応にも人通りは増える。
人混みに慣れていない藍は、行き交う人に対して余計な気を使ってしまうらしく、おのずと歩みが遅くなってしまったらしい。
「手、繋ぐわけにはいかないしな……俺も後ろを気にしながらゆっくり歩くから、頑張ってついてきてくれよ」
「わ、わかりました。しっかりと人波を避ける盾になってくださいね」
「よーし。今から俺は、盾原羽依里だ」
「は?」
場を和ませようと渾身のギャグを言ってみたけど、背中に冷たい視線を向けられただけだった。
気を取り直して、ショッピングモールに向かうとしよう。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
背中の藍がはぐれないように注意を払いつつ、せわしなく行き交う人々の間を縫って駅構内へ。
そこからエスカレーターを登って、ようやくショッピングモールへ到着した。
「や、やっとつきましたね……」
「よし、さっそく藍のアドバイスをもらいながら、蒼が好きそうなお店を見繕っておきたいんだけど……」
そう意気込みながら振り向くけど、藍は膝に両手をついて肩で息をしていた。
「そ、そんなことしなくても、当日は蒼ちゃんと二人、らぶらぶ……いえ、ぶらぶらしたらいいじゃないですか」
挙句、そんなことを口にしていた。船の中と言ってることが違うんだけど。ほんの少し人混みを歩いただけなのに、相当に疲弊している気がする。
「藍、大丈夫か?」
「へ、平気です。きっと、そのうち慣れます」
そう言いながら何度か頭を振った後、顔を上げた。
「さあ、お店を探しましょう。行きますよ」
そして今度は先頭に立って歩き出した。どう見ても虚勢を張っているようだけど、俺は何も言わずにその後に続いた。
「この柄のお茶碗とか、蒼ちゃん好きそうですよ」
「いいな。夫婦茶碗とか用意したい」
「は? なんです?」
「……失言でした」
そして最初に入ったのは、和食器のお店だった。
木材の独特な香りが漂う中、木製の食器や小物を見て回る。
「和柄のランチョンマットとか良さそうですね。藍染ですし」
巫女服を着ている時の印象が強いせいが、蒼はどこか和のイメージがあるし。こういうお店は好きかも知れない。
「こっちの箸とかも長く使ってもらえそうですね……」
「……なぁ藍、もしかして今、蒼へのプレゼント探してたりする……?」
「ぎくっ」
藍の行動が気になって、思わずそう尋ねると、図星だったのか心の声が漏れてきた。
「おお、そんなまさか。大切な妹の誕生日なのに、まだプレゼントを買ってないと」
「しょ、しょーがないじゃないですか。通販代行なんかで済ませるのは蒼ちゃんに失礼ですし、本土に行こうにもおかーさんはパートで忙しそうですし、おとーさんはここ数日、本土にお仕事に行っていますし……」
俺が大袈裟に驚いてみせると、藍はそんな言い訳を口にしながら後ろ手を組み、視線を泳がせてもじもじする。
「と、ところで余裕顔してますけど、羽依里さんも蒼ちゃんへのプレゼント、用意してないんじゃないです?」
「ぎくっ」
直後に藍から痛い所を突かれ、俺も思わず心の声が漏れた。
「しょ、しょうがないだろ。通販代行しようにも店番は蒼だし、本土に行こうにも仕事が……」
そして狼狽えながら、藍と似たような言い訳を口にしてしまう自分がいた。
「はいはい。それはしょうがないですよねー」
「うう、そのうち用意しようとは思ってたんだ。本当だからな!」
思わずムキになって反論するけど、軽くあしらわれてしまった。どうやら俺たち、似た者同士みたいだ。
「……やっぱり、このお店は蒼ちゃんと一緒に来るべきですよ」
「だな。品数が多すぎて、俺たちじゃ決めきれない」
……その後も店内を見て回ったけど、結局何も買わずに俺たちは店を出た。
箸とか茶碗とかは生活に直結するし、本人の使い勝手とかもあるだろうし。ここはデート当日に蒼と行くことにしよう。
「それでは、次はウニクロに行ってみましょう」
ちらりと時計を確認して、まだお昼まで時間があると判断したのか、藍が体の向きを変える。
「ん? 鷹原と藍じゃないか」
その時、背後から知った声がした。振り向くと、何故かユニフォーム姿の天善が立っていた。
「て、天善ちゃん……奇遇ですね」
藍は何でもない風を装っているけど、内心焦っているのが丸わかりだ。これは、まずい所を見られたな。
「こんな所で会うとは珍しいな。二人は買い物か?」
「そ、そうですよ。ちょっと秋物を買いに来たんです」
「なるほど。考えることは皆同じというわけだ」
「は?」
天善はそう言うと、手に持っていた袋を掲げてみせる。
「このショッピングモールの中に、スポーツ用品店が入っていてな。そこに新しいラバーとピンポン玉、秋物のユニフォームを買いに来たんだ」
先の二つはわかるけど、秋物のユニフォーム? そんなものがあるんだろうか。
「どれも徳田スポーツで買えるが、ユニフォームとラバーは現物を見てからでないとな」
そう言って満足そうな笑みを浮かべる天善だったけど、俺はどうしても気になることがあった。
「なあ天善、どうして本土でも卓球のユニフォーム姿なんだ?」
「スポーツ用品店に入る時は、正装が基本だからだ。それではな」
爽やかにそう答えると、天善は軽く手を振った後、人波に消えていった。
「……なぁ藍、ユニフォームって正装なのかな?」
「知りませんよ。私に聞かないでください……それより、まずい所を見られましたね」
「本当だな。妙な噂にならないといいけど……」
「やっぱり、羽依里さんには変装してもらわないといけませんね。早くウニクロへ行きましょう」
俺たちは一抹の不安を感じながら、改めてウニクロに向けて歩き出したのだった。
4月に足を運んでいるからか、藍もウニクロの場所はわかっていたようで、すぐに目的地に到着した。
「ほら、この帽子とか良いんじゃないですか」
そして店に入るや否や、ピンク色のド派手な帽子を勧められた。どうやら、これで変装しろということらしい。
「似合ってるか」
俺はその帽子を受け取って、頭に乗せながら決め顔をしてみる。
「ぷくく……全然似合っていませんよ」
……そんなお腹抱えて笑わなくても。
「やっぱり変装はなしだ。それより、早くプレゼントを探そう」
俺は帽子を元の場所に戻し、店内を見て回ることにした。
「……見てください。この服とか、蒼ちゃんに似合いそうですよ」
「秋セーターか。確かに似合いそうだな」
並んでいた色とりどりの服の中から、藍がピンク色のセーターを選んで広げてみせる。
見た感じレディースサイズだけど、ちょっと小さいかもしれない。特に胸が。
「胸周りがきつそうだぞ。Mサイズじゃなくて、Lサイズが良いんじゃないか?」
「じゃあこっちですね……時に羽依里さん、蒼ちゃんの胸のサイズは?」
「85」
迷うことなく答えてしまっていた。慌てて口を押えたけど、一度出た言葉は戻らない。
「……どうして羽依里さんが蒼ちゃんのサイズ知ってるんです?」
「いやその……彼氏の直感だよ」
思わずそう誤魔化す。まさか、蒼の記憶の一部を持ってるからさ……なんて言えないし。
「……まぁ、いいですけど。それより、これを見てください。ペアルックとかありますよ。羽依里さん、プレゼントに買ってみてはどうです?」
「い、いや……さすがに蒼とこの格好で島の中は歩けないからさ」
「むぅ。胸のサイズまで知っているのなら、もっと恋人アピールしてもいいじゃないですか」
藍はそう言って頬を膨らませるけど、俺が着たところで笑いのネタになるだけだ。
「こういうのはむしろ、藍が蒼と着ればいいのに」
「駄目ですよ。二着セットで買うとなると、予算オーバーになるんです」
「少しくらい出してやるぞ?」
「そういうわけにはいきません。私がバイトして貯めたお金で買いたいんですよ」
「え、藍のバイト先って駄菓子屋だよな? ってことはバイト代って漬物なんじゃ……?」
「そのお漬物を欲しがる人がいるわけです。一種のマネーロンダリングですよ」
確かにおばーちゃんの漬物は人気があるし、欲しがる人も多そうだけど……藍、その単語の使い方間違ってるからな。言いたいことは分かるけどさ。
……その後も色々見て回ったんだけど、結局藍は最初にチェックしたピンク色の秋セーターをプレゼントに選んだ。
「これなら、きっと蒼ちゃんも喜んでくれます」
綺麗にラッピングしてもらったそれを胸に抱きながら、藍はご機嫌だった。
蒼には和のイメージがあるはずなのに、不思議とピンクも似合う気がした。やっぱり、脳内ピンクだからかな、
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
買い物を終えて時計を見ると、12時を少し回っていた。歩き回ったおかげでお腹も空いてきたし、昼食にはいい頃合いだろう。
「そろそろお昼ですね。それじゃ、イタリアンレストランに行きましょう。場所は……ほら、ここからそう遠くないですよ」
藍はそう言いながら、鞄から雑誌を取り出してページを開く。そこには地図が載っていて、大きく〇印がつけられていた。
「確かに、ここならショッピングモールからも近いな」
「でしょう。パスタがおススメらしいですよ」
一緒になって雑誌の地図を確認してから、レストランへ向けて歩き出した。
……10分ほど歩いて、お目当てのイタリアンレストランにやってきた。
「へぇ、こんなところに店があったんだな」
最近できたばかりのようで、開店祝いの花がいくつも置かれていた。
「蒼ちゃん、ここに来たがってましたし、デート当日の食事はここで決まりですよ」
藍の考えたデートプランでは、当日にここで食事することになっているから、下見をするいい機会だと思う。
「それじゃ、入りますよ」
ドアにつけられた鈴を鳴らしながら、先に藍が店内へと入っていった。俺も慌ててそれに続く。
「いらっしゃいませ。お席にご案内いたします」
入店するとすぐに店員さんに窓際の席まで案内され、藍と向かい合って座る。
「それでは料理がお決まりになりましたら、そちらのベルでお呼びください」
そして俺たちにお冷を提供してくれた後、店員さんは一礼して去っていった。
「……すごいですね。お客さんもいっぱいですよ」
お冷を一口飲んだ藍に言われて、俺も店内を見渡してみる。全部で40席ほどあるテーブルはお昼時ということもあって、そのほとんどが埋まっていた。
それでもどこか落ち着いた雰囲気のあるお店で、客層も友人同士やカップルが多いみたいだ。
続いてメニューに視線を落とすと、イタリアンレストランらしい、パスタやピザといったメニューが並んでいた。
「……羽依里さん、このランチセットについているフォカッチャってなんですかね」
難しい顔でメニューを開いていた藍が、顔を上げながらそう言う。
「……俺に聞かないでほしいんだけど」
「デザートはパンナコッタと、クレームブリュレから選べます……ってあるんですが、どんなデザートなんでしょう?」
「え、なにそれ」
困惑する藍を見て、俺も慌ててパスタのメニューを見る。舞茸のボロネーゼ、ポモドーロ、瀬戸内レモンのアーリオオーリオ……聞いたことのない料理名が並んでいた。しかも、こういう時に限ってメニューは文字だけで、写真はない。未知の言葉だらけだし、どうしよう。
「わ、私は羽依里さんと同じメニューにします。注文、よろしくお願いしますね」
そんなことを考えていた矢先、藍がぱたんとメニューを閉じた。くそ、まさかの丸投げだった。
「……よし。ここはシェフのきまぐれパスタのランチセットにしよう」
悩んだ結果、俺はメニューの一番上にでかでかと書かれていた料理を選ぶ。これなら、俺に責任はない。
「あ、逃げましたね」
「逃げたなんて人聞きの悪い。俺はシェフの気分に乗っかりたいんだ」
俺はそう開き直り、ベルを鳴らして店員さんを呼んだ。
「……お待たせしました。シェフのきまぐれパスタ、ランチセットでございます」
注文からしばらくして、俺たちの前に料理が運ばれてきた。
レモンソースのかかったサラダに続いて、パンのようなものが入ったバスケットが置かれた。
「こちらのフォカッチャには塩レモンの風味を効かせておりますが、お好みでオリーブオイルをご使用ください」
そう言って、テーブルに備え付けられた小瓶を示された。なるほど、フォカッチャってのは、このパンのことなのか。一つ勉強になった。
「こちらが本日のきまぐれパスタ、瀬戸内の海の幸をふんだんに使ったペスカトーレでございます」
そしてメインディッシュが俺たちの前に置かれる。
トマトソースが絡められたパスタの上に、殻付きのアサリにムール貝、海老にイカ、そして鯛の切り身がふんだんに乗っていた。トマトやワインの良い香りがして、これはおいしそうだ。
「こちらのクロダイは今朝鳥白島近海で水揚げされたばかりのものを使っております」
「ふふ、羽依里さんが釣ったものかもしれませんね」
「本当だなぁ」
店員さんが料理の説明をしてくれているのを聞きながら、二人してそんな感想がこぼれる。もしかして、本当に俺が釣ったやつかも。
「デザートはお食事の後にお持ちしますので、ご希望の際はお申し付けください。それでは、ごゆっくり」
そして一礼して、店員さんは去っていった。
「それじゃ、冷めないうちに食べよう」
「そうですね。いただきます」
その背を見送った後に挨拶をして、フォークを手に取り……二人同時に固まった。
「……ところでこれ、どうやって食べるんでしょう。いくらなんでも、貝の殻は食べられませんよね」
「とりあえず身を外しながら、普通に食べたらいいんじゃないか?」
何が普通なのかわからないけど、そんなことを口にしながらパスタに取り掛かった。
……四苦八苦しながら、俺たちは食事を進める。味は申し分ないんだけど、特にこの貝は曲者だった。
パスタを食べていても、時折殻から貝の実を外す作業が必要になるし。これ、先に全部殻から外した方が良かったのかな。
次に蒼と一緒に来た時には、ペスカトーレは頼まないことにしよう。美味しいけど、なんか食べにくいし、どことなく貝汁を食べているような気分になる。
「……でもこのムール貝、ムラサキ貝に似てるよな」
「ムラサキ貝ですか?」
「ほら、イカダのフロートや船止めのロープにびっしりついてる、あの貝だよ」
「あー……」
率直な感想を口にすると、ちょうどそのムール貝の身を外していた藍が微妙な顔をする。藍が海に出ることは無いだろうから、港に転がってたりするあれを想像しているに違いない。
「に、似てはいますけど、きっと別の貝ですよ。こういうのはあれです。外国で獲れるんじゃないですか? あむ」
そんな希望的観測を口にしながら、外した身を小さな口に放り込む。まぁ、美味しいからなんでもいいけど。
……やがて食事を終えたタイミングを見計らって、デザートが運ばれてきた。
とりあえず二種類のデザートを別々に注文していたんだけど、このババロアみたいなのがパンナコッタで、藍が食べてる焼きプリンみたいなのがクレームブリュレらしい。冗談半分で一口くれと言ったら、ものすごく睨まれた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「本当にごちそうになって良かったんですか? あくまで、予行演習でしたのに」
「いいよ。こういう時は男が出すもんだしさ」
デザートまでしっかりと堪能して、レストランを後にする。
ランチのくせに今日の給料飛んでしまったけど、色々と勉強になった。これは、蒼と来た時は色々と先輩風を吹かせられそうだ。
そして食事を終えた俺たちは、再びショッピングモールへと舞い戻る。理由は単純明快。俺のプレゼント選びだ。
藍が考えているプランも、これから夕方まではフリータイムっぽいし。この時間を利用して、なんとかいいプレゼントを見つけないと。
午前中と同じように藍に相談しながら、ショッピングモールの中を練り歩く。すると、アクセサリーショップの看板が目についた。
「藍、ここ入ってみていい?」
「いいですけど、随分高そうなお店ですね……」
「一応、それなりの予算は持って来てるから大丈夫」
店構えを見て及び腰になっている藍にそう言い、俺は扉を開けた。
……黒を基調としたデザインで統一された店内には高級感が漂い、静かな音楽が流れていた。
その独特の雰囲気に内心気圧されながらも、俺と藍は店内を見て歩く。最初に指輪のコーナーで足を止めた。
「この指輪とかどうです?」
「いや、さすがに誕生日に指輪は重いだろ」
「そうですか? 軽いと思いますけど」
藍はそう言いながら、おもむろに指輪を手に乗せて上下させていた。たぶん意味がわかってないな。
「とにかく、指輪はなしだ。向こうの髪飾りとかはどうかな」
「……むぅ。彼氏さんからのプレゼントに髪飾りなんてもらったら、蒼ちゃんがトンボ玉つけてくれなくなるじゃないですか」
「あ、そっか。考えなしに言ってごめんな」
一瞬、藍の表情が曇った気がした。あのトンボ玉は二人にとって大事なものだし、髪飾りの案はなしだな。
「じゃあやっぱり、無難にネックレスとかかな」
そう結論付けて、次にネックレスのコーナーへ向かう。
ダイヤとか高いのは無理だけど、色々な種類があるし。良いのが見つかるかもしれない。
……ということで、まずはポピュラーに誕生石のネックレスを見てみることにした。
「9月20日の誕生石となりますと、こちらのサファイアとアイオライトがそれになります」
店員さんに聞いてみると、すぐにガラスケースからふたつのネックレスを取り出して見せてくれた。
それぞれ落ち着いた青紫色と、澄んだ青色をしている。
「なぁ藍、ちょっとつけてみてくれないか?」
「は? なんで私がつけるんです?」
「双子だし、やっぱりイメージしやすいしさ。それに、チェーンの長さとかも気になるし」
「ああ……そういうことでしたら仕方ないですね。蒼ちゃんのためですから」
藍はそう言いながら、アイオライトのネックレスを身に着けてくれた。髪色とも相まって、さすが似合っていた。
「チェーンの長さもちょうどいいみたいだし、それじゃこれを……」
「……羽依里さん、ちょっと待ってください」
……そして誕生石のネックレスを買おうとしたその時、藍に止められた。
「え、どうしたの?」
「去年の誕生日、確かおかーさんが蒼ちゃんに同じ宝石の首飾りをあげていたんです。だから、誕生石はやめた方がいいと思いますよ」
「そ、そうなのか。教えてくれてありがとうな」
危うく既に持っているものを贈ってしまうところだった。藍が教えてくれて助かった。
というわけで、俺は誕生石のネックレスを返し、改めてショーケースの中を見る。誕生石が駄目となると……悩むな……。
「彼女さんも気に入ったものがありましたら、彼氏さんにほしいアピールしてみてはいかがです?」
「は? 彼女じゃないですけど」
「え、違うんですか」
あの宝石は高いし、向こうのは安っぽく見えるし……なんて頭を悩ませていると、藍が店員さんになんか言われていた。まぁ現状、間違えられてもしょうがないとは思うけど。
「羽依里さんの彼女に間違えられるなんて、全く業腹です。表で待ってますから、早く済ませてくださいね」
言葉とは裏腹に、藍は少し気恥しそうに入口の方へ行ってしまった。まぁ、居心地も悪くなるよな……。
「……お」
そんな藍をガラスケース越しに見送った後、とある宝石が目に留まった。
「あの、すみません。この宝石見せてもらえますか?」
「ツインパールですね。かしこまりました」
俺が見つけたのは、二つの真珠が一つにくっついたものだった。こんなのがあるんだ。
「こちら、天然のアコヤ貝から取れました貴重な品で、色はナチュラルグレーになるのですが……」
……その後の店員さんの説明によると、これは加工品ではなく、天然のアコヤ貝の中で偶然結びついて生まれた双子の真珠で、その形から、愛や絆の象徴と言われているらしい。
「絆の象徴か……」
なんとなく、二人にぴったりな気がした。
「じゃあ、これを二つください。チェーンの長さは、さっきのと同じで」
「え、おふたつですか?」
「ええ。誕生日プレゼントを贈る相手、双子なんですよ」
「ああ、そういうことですね。かしこまりました」
店員さんは一瞬不思議そうな顔をしていたけど、俺の説明を聞いて納得してくれた。その後はラッピング代をサービスしてくれ、色違いの包装紙で包んでくれた。
支払いを済ませた俺はそれを鞄にしまうと、入口にいる藍の元へ戻ることにした。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「あ、終わりましたか?」
「ああ、バッチリだよ。ありがとな」
アクセサリーショップを出てみると、藍は近くのベンチに座ってフリーペーパーを読んでいた。
「蒼ちゃんへのプレゼント、どんなのしたんです?」
「秘密だよ」
俺は得意げに鞄をポンポンと叩いてみせる。良い感じの品が買えたし、満足だ。
「……あら、羽依里君?」
「え、鏡子さん!?」
その時、背後から聞き慣れた声がした。振り返ってみると、鏡子さんが立っていた。
「ど、どうしてこんなところに?」
「ちょっと用事の帰りでね。ここのフードコートに美味しいうどんのお店が入っているらしくて、食べて帰ろうと思って」
「そ、そーなんですねー」
思わず、上の空で相づちを打つ。なんてタイミングだ。
「まさか、本土で羽依里君に会えるなんて思わなかったよ」
そう言って笑顔を向けてくれる。俺も貴女に出会ってしまうとは思いませんでした。
「それで……もしかして、二人はデート?」
「「ち、違います!」」
「なら、お邪魔しちゃ悪いかな。それじゃあね」
「「あああ……!」」
二人して声をハモらせながら否定したけど、無駄だった。鏡子さんは笑顔を崩さぬまま手を振ると、ショッピングモールの奥へと消えていった。
「……天善ちゃんに引き続き、まずい現場を見られましたね」
「そうだな……盛大に勘違いされた気がする。はぁ……」
一緒にため息をつくけど、本当に今更だった。こうなったら、島で多少変な噂が立つことはやむなしと思うしかない。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
無事プレゼントも買い終えた俺たちは、港近くのカフェへと向かうことにした。
というのも、帰りの船までまだ時間があると言うことで、カフェで時間をつぶしながら、藍の考えたデートプランの最終確認をするらしい。
「……あれ、鷹原さんじゃないですか」
もう少しでカフェに着く……というところで、制服姿の女の子から声をかけられた。
「あれ、こんなところで会うなんて奇遇だね」
この子は三谷南海(みたに みなみ)ちゃん。良一の妹だ。確か、今年から高校生になったんだっけ。
「今日は本土の方に用事ですか?」
「うん。ちょっと買い物にね……南海ちゃんはもう学校終ったの?」
「はい。今、テスト期間中なので」
「あ、そうなんだ」
普段蒼が着ているのと同じ白を基調とした制服に身を包み、憂鬱そうな顔をしていた。それにしても、テスト期間とか懐かしい響きだ。
「じゃあ、今から帰って勉強だね。島からの通学、大変じゃない?」
「中学生の時から本土の塾に通っていたので、もう慣れました。部活が満足にできないのは残念ですけど」
そう言って苦笑していた。俺の持ってる蒼の記憶にも、船の時間ギリギリまで卓球している天善の記憶があったりする。船の時間があるとはいえ、皆大変そうだ。
「中には、部活のために本土の親戚の家に下宿する子もいるみたいだしね」
「……私も同じことを考えましたが、その旨を伝えたら兄に泣きつかれましたので」
「えぇ……」
良一が妹大好きなのは知っていたけど、そこまでなのか……これまた蒼の記憶によると、通販代行でも妹モノばかり取り寄せていたらしいけどさ。なんのとは言わないけど、
「き、きっと南海ちゃんのことが大事なんだよ。うん」
とりあえず、そうフォローしておいた。これ以上、俺には何も言えない。
「……では、私はもう少し図書館で勉強してから帰るので。これで失礼します」
……最後に丁寧にお辞儀をして、南海ちゃんは去っていった。昔からそうだけど、礼儀正しい子だなぁ。
「……今の子、羽依里さんの知り合いですか?」
「ほら、良一の妹だよ。知らない?」
「ああ……そういえば、妹さんがいると言っていましたね。あの子がそうなんですか」
俺が南海ちゃんと話している間、藍は俺の隣でずっと居心地悪そうにしていた。同じ島民なのに、あまり面識なかったのかな。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
南海ちゃんと別れた後、俺と藍は港近くのカフェに腰を落ち着ける。
16時の船にはもう少し時間があるけど、窓から差し込む西日はなかなか強い。最近は日が落ちるのが早くなってきた気がするし、秋って感じだ。
「それで、当日は蒼ちゃんとずっと手を繋ぐんですよ?」
「わ、わかってる」
「誕生日ですし、蒼ちゃんが許可すれば腕組んでも良いですから」
「あ、ああ……」
俺たちは目の前のケーキセットをつつきながら、あーだこーだと打ち合わせを続ける。腕を組むとか、藍はかなり無茶な注文が多い気がする。
「そうそう。最後は港で夕日をバックにプレゼント渡してくださいね」
「ええ、なんで」
まさか、プレゼントを渡す状況まで指定されるなんて。当日、曇ってたらどうするんだろう。
「だって、そのほうがロマンチックじゃないですか」
「そ、そうかな。どっちかっていうと、夜景のほうが良いような」
「むぅ。夜景が見える時間まで待っていたら、帰りの船に間に合わないじゃないですか」
「それはそうだけど……」
なんだろう。レストランでの食事に、港で夕日をバックにプレゼント。どこかで聞いたことある展開のような。
「後、しろはちゃんから借りた資料によるとですね……」
「……ちょっと待って。資料?」
俺は思わず話を遮る。しろはの資料ってなんだろう。
「あ。えっとその……」
勢いで口から洩れてしまったんだろうか。藍が珍しく動揺していた。
「……実は、どうすれば蒼ちゃんと羽依里さんのデートがうまくいくか、しろはちゃんに相談に行ったんです」
「ほう」
「そしたらしろはちゃん『そんなこと、私に相談されても困るし!』ってわたわたし始めてですね」
その情景がありありと浮かんでくる。俺が言うのもなんだけど、相談する相手が間違っているような。
「逃げられそうになったので、すかさずお土産のスイカバーを渡したら『これを参考にするといいよ』って、少女漫画を貸してくれたんです」
「ああ、そういうことか……」
当然のように指輪を買わせようとしたり、レストランを指定したり、なんか展開がそれっぽいと思った。
俺の中にも、しろはとそんな内容の漫画を読んでいる蒼の記憶がある。それこそ、コテコテの少女漫画だ。
「じゃあ、藍の考えてたデートプランって、少女漫画のを元にしてたのか。なんか合点が行ったよ」
なんとなく感じていた違和感の正体がわかって、俺は思わず安堵の笑みを浮かべる。
「むぅ。いいじゃないですか。蒼ちゃん、きっと喜びますよ」
俺が笑ったのを見て小恥ずかしくなったのか、藍は頬を膨らませながら顔を背けた。
「でも、今日行ったお店はどれも参考になったしさ。当日のプランには盛り込ませてもらおうかな」
「そ、そうですか。蒼ちゃん、きっと喜んでくれますよ」
俺がそうフォローすると、藍は心なしか嬉しそうな顔になり、残っていたコーヒーを口に運ぶ。
「……んぐっ!?」
……直後、急に悶え始めた。
「え、まだコーヒー熱かったのか?」
「い、いえ……苦っ……」
……あ、そういえば藍はブラックコーヒーは飲めなかったんだ。
お子様舌で、普段はたっぷりのミルクと砂糖を入れてるくせに、今回は考えなしにそのまま飲んでしまったに違いない。
「ほ、ほら、俺のケーキ食べろ。甘いぞ」
俺は咄嗟に自分の皿に残っていたケーキをフォークに刺して藍の前に差し出す。コーヒーの苦みに苦しんでいた藍は、迷うことなくそれを口に運んだ。
「……ありがとうございます。おかげで助かりました」
もぐもぐと咀嚼しながら、お礼を言ってきた。クリーム多めのケーキのおかげか、なんとかコーヒーの苦みを中和できたらしいけど、半分涙目になっていた。冷めたブラックコーヒーは一層苦く感じるし、藍にはきつかったみたいだ。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
……その後時間になり、帰りの船に乗る。
なんだかんだで疲れていたし、島に着くまでの僅かな時間、俺たちは船内の座席に座ってぐっすりと寝てしまった。鳥白島の港に到着した後、二人して船員さんに揺り起こされたときはすごく恥ずかしかった。
島に着いてから、各々が買ったプレゼントはまとめて鏡子さんに預かってもらった。
空門家に置いておくと、何かの拍子に蒼に見つかってしまうかもしれないし。せっかくだし、驚かせたい。
「……ところで、本土に二人でいるの、色々な人に見られてしまいましたけど。変な噂になってませんよね?」
「仮になっていても、鏡子さんも天善も事情は分かってる人だちだし。さすがに大丈夫だと思うけど……あれ?」
そんな話をしながら空門家に帰ってくると、家に明かりがついていた。
碧さんがパートから帰ってくるのは最終便だし、樹さんはしばらく本土に出張中のはずだ。
蒼が帰ってくるのも、もう一本後の船のはずだけど……。
不思議に思いながら玄関扉を開け、リビングへと向かうと……そこにはテレビもつけずに黙ってソファーに座る、制服姿の蒼がいた。
「……おかえり」
蒼はクッションに半分顔をうずめながら、視線だけを俺たちに向ける。どうしたんだろう。明らかに元気がない。
「た、ただいま……蒼、帰ってたんだな」
「蒼ちゃん、ただいまです……」
「……」
普段と全然違う様子に戸惑いながら返事をするけど、蒼は再び黙り込んでしまった。本当、どうしたのかな。
「……ねぇ羽依里。今日、藍と本土デートしてたって本当?」
それから何とも言えない間を置いて、蒼が消え入るような声で言う。俺は耳を疑った。恐らく、藍も。
「あたしが学校行ってる間、藍と浮気してるって本当!?」
クッションを抱きしめたまま立ち上がり、今度ははっきりとそう口にした。その目は涙目だ。
「「……はぁ!?」」
そして全く想定外の言葉に、俺と藍は揃って素っ頓狂な声をあげてしまう。ちょっと待って。島で噂になっているかもとは薄々思っていたけど、この展開は予想してなかった。
第十四話・あとがき
皆さん、おはこんばんちわ。トミー@サマポケです。
今回は9月のお話ということで、空門姉妹の誕生日のお話となっています。
例によって長くなったので、前後編に分けています。前半は藍とのデート……じゃない、予行演習がメインになっています。
去年上げた空門姉妹の誕生日SSが元になっている部分も多いのですが、イタリアンレストランに行ったり、良一の妹を登場させてみたりと、所々変化させています。
個人的にイタリアンレストランのシーンが今回のお話の中では一番好きだったりします。(この場面は実際に、宇野港近くにあるイタリアンレストランをモデルにしています)
また、三谷南海ちゃん(良一の妹)は完全にオリキャラになります。空門の両親に続き、またオリキャラが増えました。(引き続き登場させるかはわかりませんが)
そして本土で色々な人に会いながら、一通り藍との予行演習を楽しんで帰ってきた羽依里君たちを待ち受けていたのは、まさかの修羅場シーンでした。しゅらばしゅらばー!
……というところで次回に続きます。
一言感想や評価など頂けましたら、次話執筆への活力になりますので、よろしくお願いします。