蒼アフター   作:トミー@サマポケ

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第十五話 蒼ちゃんの誕生日を祝おう大作戦(後編)

 

 ……藍が考えた、蒼ちゃんの誕生日を祝おう大作戦。

 

 その名目の下、誕生日デートのプランを確認するために本土に行っていた俺と藍。

 

 あらかたの目的を達成して上機嫌で空門家に帰宅すると、そこには修羅場が待っていた……。

 

 

 

 

「羽依里、あたしが学校行ってる間、藍と浮気してるって本当!?」

 

 どこから出た噂をどのように解釈したのかわからないけど、蒼の中でそんなことになっているらしい。これは、早急に誤解を解かないと。

 

「蒼ちゃん、これは違うんです」

 

「そうだ。違うんだぞ」

 

 俺と藍は揃って同じような台詞を口にする。

 

「へー」

 

 一方の蒼は笑顔だけど、すごく怖かった。完全なる誤解なんだけど、すごく怖かった。

 

「実は、色々と証拠は挙がってるのよー」

 

「え、証拠?」

 

 蒼はその笑顔を崩さぬまま、制服のポケットから藍色の手帳を取り出す。

 

「今朝、二人で手を繋いで港に現れたって、島に帰ってきた時に港の係員さんから聞いたの」

 

「そ、それは……!」

 

 確かに手は繋いでいたけど、あれには色々理由があったし! 仕方なくだから!

 

「それに、ウニクロで二人が楽しそうに服選んでるの、のみきと良一が見てたわよー?」

 

「え、嘘」

 

 思わずそんな言葉が漏れた。天善とは出会ったけど、のみきと良一もショッピングモールに来ていたのか?

 

「そういえばあの二人、お互いの休みを日曜日に合わせて、毎週のようにデートしてるって言ってたっけ……!」

 

 俺は思わず頭を抱える。天善もそうだけど、今日に限って皆行動的すぎる。

 

「それに、鏡子さんも二人を宝石売り場で見たって」

 

 ……そうでした。そうでしたね。がっつり見られていましたね。

 

「港のカフェで仲良さそうにあーんしてるのも見たって。木戸のおばーちゃんが」

 

「おばーちゃん!?」

 

 あれは……藍が苦手なブラックコーヒーを飲んで苦しんでいたから、とっさにケーキを食べさせてやったんだっけ。まさか、その瞬間を見られていたなんて。

 

「そ、それは違うんです! その、偶然ですよ!」

 

「そうだ。偶然なんだぞ!」

 

 俺と藍は全力で否定するけど、状況証拠が揃いまくっていた。これは、言い訳をすればするほど苦しくなるパターンだった。

 

「あたしが聞いた情報は以上だけど、どういうことかしらー?」

 

 ……蒼、笑顔で泣くのやめて。本当に。

 

「……せめて、説明をさせてくれ」

 

「言い訳なんて聞きたくないわよーーー!」

 

 それでも俺は必死に蒼をなだめようとするけど、ここにきて抑えていた感情が爆発したらしい。蒼は一気に取り乱した。

 

「そりゃ、藍も羽依里のこと好きなのかもしれないけど、あたしのほうがもっと好きなんだから! いくらお姉ちゃんでも、これだけは譲れないわよ!」

 

 そして一気にまくしたてる。藍を『お姉ちゃん』と呼んでる辺りに、蒼の本気度合いが感じ取れる。

 

「蒼、落ち着いて……!」

 

「うあああぁぁーーー!」

 

 ……もはや号泣を通り越して、慟哭していた。

 

 蒼は元々妄想癖があるんだけど、今回はそれが全部悪い方向に働いてしまったらしい。たぶん、本人もパニックになってしまってるんだろう。

 

「むむむむ……私の軽はずみな行動で、まさかここまで誤解を生んでしまうなんて……」

 

 藍も俺の隣で頭を抱えてしまっている。この状況で、俺に何かできることがあるだろうか。

 

「……羽依里さん、ここまでオーバーヒートしてしまった蒼ちゃんを止めるには、アレしかありません!」

 

「え、アレって何?」

 

「キ……ろ、呂の字です! 私は後ろ向いていますから、早く!」

 

 そう言うが早いか、藍は俺に背を向けて耳をふさいだ。

 

「わ、わかった!」

 

 ……呂の字。つまりはキスをしろということ。キスをして、真っ正面から俺の愛を伝える。言葉が届かない今、確かにそれしか方法はない。

 

「蒼っ」

 

 そう判断した俺は、泣きはらす蒼を素早く抱きしめて、その唇を強引に奪う。

 

「んぐぅっ……!?」

 

 流石に驚いたのか一瞬目を見開いて、顔を真っ赤にしながらもごもごと何か言っていた。

 

 それを言わせないように唇をふさぎ続けていると、やがて冷静になってくれたのか、急に脱力してその場に座り込んでしまった。

 

 

 

 

「はふ……」

 

 長い長いキスの余韻が残っているのか、蒼は床に座り込みながらも、耳から煙が出そうなくらい顔を赤くして天井を見上げていた。

 

 ようやく落ち着いてくれたと判断した俺は、それから順を追って説明をし、蒼の誤解を一つずつ解いていった。

 

 その流れから、藍も自分の鞄の中身をぶちまけて、イタリアンレストランの載った雑誌や、蒼のためのデートプランが書かれた手帳を本人に見せながら、その全てを事細かに蒼へ話して聞かせた。

 

 かくして、ここに『蒼ちゃんの誕生日を祝おう大作戦』は本人に露呈することになった。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

「蒼ちゃん、本当にごめんなさい。私としたことが、すっかり周りが見えなくなっていたみたいで」

 

「べ、別にいいわよー。勝手に思い違いして暴走したの、あたしの方なんだし。あたしこそごめん」

 

 しばらくして冷静さを取り戻した蒼に対し、藍は深々と頭を下げていた。一方の蒼も勘違いで取り乱した後ろめたさがあるのか、すっかりしおらしくなっていた。

 

「結果的に紛らわしい行動をした俺たちも悪いんだよ。本当、心配かけてごめんな」

 

 俺もそんな藍と一緒になって謝る。誤解とはいえ、蒼が受けたショックは相当なものだっただろうし。

 

「誤解だったんだし、もういいわよー。それより、勉強しなくちゃ」

 

 蒼は苦笑しながら、座っていたソファーから立ち上がる。

 

「あ、そう言えば今、テスト期間中なんだっけ」

 

 思えば、同じ学校に通う南海ちゃんもテスト期間中だって話をしていた気がする。

 

「そうよー。明日は数学があるから、早く帰って頑張りたかったんだけど……」

 

「……うん。ごめん」

 

「蒼ちゃん、ごめんなさい」

 

「だから、もう謝らなくて良いってば! あたしこそごめん!」

 

 俺と藍が頭を下げると、蒼も釣られるように頭を下げる。このままだと三人が三人とも、いつまでも頭を下げていそうだった。

 

「ただいまー」

 

 ……その時、玄関から碧さんの声がした。

 

「「おかーさん、おかえりなさい」」

 

 姉妹は意図せず声をハモらせながら母を迎える。心なしか、今日はいつもより帰宅が早い気がする。

 

「碧さん、今日は早いですね?」

 

「んー。それがねー」

 

 俺も二人に続いて声をかけると、碧さんは本土で買ってきたらしい食材が入った袋を台所へと運びながら返事をしてくれる。

 

 ……それにしても、碧さんの帰宅が蒼の誤解を解いた後で良かった。もし蒼が取り乱してる現場に帰ってきていたら、即座に空門家緊急家族会議が開催されるところだっだ。

 

「ところで、港で係員さんに聞いたんだけどねー」

 

 そして手ぶらになった碧さんが、笑顔で居間にやってきた。なんだろう。嫌な予感が。

 

「羽依里君、藍と略奪愛を企んでるって噂になってるけど、本当?」

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 ……その後、俺と藍は先程蒼にしたのと同じ説明を碧さんにすることになった。

 

 それにしても、どうやったらこの短い間で『二人で手を繋いでいた』だけの話が『略奪愛』までステップアップするんだろう。島の噂怖い。

 

「全く。二人ともちょーっとだけやりすぎたわねー」

 

 その話を聞き終わると、碧さんは腰に手を当てながら俺と藍を見る。

 

「今回の藍の行動は全て、蒼を思うがための結果なんです。それに乗じて、俺も調子に乗っていたと思っています。すみません」

 

 母親に怒られるのが恐いのか、明らかに怯えている藍を擁護するように、一歩前に出て謝る。

 

「……まぁ、誤解は解けたみたいだし? 二人ともこれに懲りたら軽はずみな行動はしないことねー」

 

「「はい……」」

 

 今度は俺と藍が声をハモらせる。

 

 碧さんの口調は普段のそれと変わりなく、ずっと笑顔なんだけど、なぜか怖い。それこそ藍の数倍。どうやら藍の笑顔の怖さは、母親譲りらしい。

 

「でも、蒼にも問題があるわよ? この島の噂を鵜呑みにしちゃだめじゃない。尾ひれだけじゃなく、背びれや胸びれだってつくんだから。そんな噂より、羽依里君を信じてあげなきゃ」

 

「はい……」

 

 あまり怒られたことがないせいか、蒼もさっき以上に小さくなっていた。

 

「島で広がっちゃった噂は、私も抑え込む努力はしてみるけど……限界があるわねぇ。そうなると、後は……」

 

 今、さらっと聞き流したけど、碧さんって噂を抑え込めるほどの影響力があるの? 島に一度広まった噂……特に色恋沙汰の噂は、消すのが大変と聞くけど。

 

「……そうだ。誕生日の当日、羽依里君は蒼をデートに誘ってあげなさい」

 

「「え?」」

 

 俺と蒼は思わず顔を見合わせる。元より誕生日に本土デートは考えていたけれど、それが噂を消すこととどう関係あるんだろう。

 

「変な噂を打ち消すには、真実が一番よ。略奪愛だの言ってる人たちも、蒼と羽依里君が仲良くしてるの見れば所詮は噂だったと気づくはずよ」

 

 人差し指を立てながら、そんな提案をしてくれる。確かに的を得ているけど……。

 

「仲が良いの証明する必要があるから、島にいる間はずっと手をつないでおくこと。これ、おかーさんとの約束よ」

 

「はぁぁぁ!? おかーさん、本気なの!?」

 

「本気よー。島の噂を吹き飛ばすには、これくらいやらないと。いっそ、皆の前でキスしてもいいくらい」

 

 ……おかーさん、どこまで本気かわからないので、そういう発言はやめていただきたいんですが。

 

「というわけで羽依里君、当日はしっかり蒼をエスコートしてあげてね。頑張れ、男の子♪」

 

 そう言いながらウインクされた。どうやら、俺に選択権はないみたいだ。

 

「さーて、今日は久々の牛肉よー。パート先の特売品を取り置きしてもらったの。二人とも、夕飯の準備手伝ってねー」

 

 そこまで話すと、碧さんは大きめの声でそう言って台所へと消えていった。この話はこれで終わり、という意味なんだろう。

 

「……羽依里さん、蒼ちゃんをよろしくお願いします」

 

 その背中を一緒に見送った後、藍が俺の肩に静かに手を置いた。どうやら、頑張るしかなさそうだ。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 ……そんなこんなで、蒼との誕生日デート当日。

 

 出発は朝9時の船と取り決めて、俺と蒼はそれぞれ自室で準備をしていた。

 

 体調も万全だし、鏡子さんに預けていたプレゼントも事前に回収させてもらい、鞄に忍ばせてある。抜かりはない。

 

「うーむ、しまった……」

 

 抜かりはない……はずだったんだが。

 

 俺は自室の小さな鏡の前で、上半身裸で唸っていた。

 

「どうしよう。良い感じの服がない……」

 

 小さなタンスに押し込んでいた服を全て床に並べてみるけど、本土デートに来て行けそうな服はなかった。

 

 思えば、仕事は基本雨ガッパだから、その下は着古したTシャツで十分だし、蒼とのデートも普段は島の中だ。そこまで服装に気を遣うこともない。

 

「先日のウニクロで、ちゃんとした服買っておけば良かったぁぁ……」

 

 夏物や冬物のストックはあるけど、秋物って期間が短いから数を持っていないんだった。

 

 頭を抱えるけど、今更遅い。なんとかしてやりくりして、ここにある服でデートコーデを完成させないと……。

 

「……羽依里君、お邪魔していいかな?」

 

 多少マシな服二着を手に取り、ああでもないこうでもないと鏡に合わせていると、扉の向こうから樹さんの声がした。そういえば、昨日の深夜に出張から帰ってきたんだっけ。

 

「あー、はい。どうぞ」

 

 適当なシャツを着こんで身なりを整えてから返事をする。直後に扉が開いて、樹さんが顔を覗かせた。

 

「母さんから話は聞いたよ。羽依里君も災難だったね」

 

 もしかしなくても、先日の藍とのデート騒ぎについてだろう。やっぱり、樹さんの耳にも入ったらしい。

 

「えっと……その、色々とすみません」

 

「はっはっは。勘違いというものは誰にでもあるからね。まぁ、蒼を悲しませてしまった分、今日は二人っきりのデートを楽しんでくるといいさ」

 

 思わず頭を下げる俺に、樹さんはそんな言葉をかけてくれた。

 

「ありがとうございます」

 

「まぁ、それは良いとして……服が決まらないのかい? すごい状況だね」

 

 続いて、樹さんは俺の部屋の中を見渡しながら言う。自分の身なりこそ整えたけど、あの僅かな時間じゃ部屋の中までは片づけられなかった。

 

「あー、すみません。実は秋物をそこまで用意してなくて。服装に悩んでるんです」

 

「なるほどね。うーむ。せっかくのデートにそれはいけないね」

 

 樹さんは顎に手を当てて、何か考える仕草をする。

 

「そうだ。少し待っておくれよ」

 

 そして何か思いついたのか、そのまま自分の部屋へと戻っていった。

 

 

 

 

「……あったあった。これだ」

 

 その後、樹さんは一着の服を手に戻ってきた。

 

「あの、この服は?」

 

「僕が母さんとの初デートの時に着た服だよ。一度使っただけでクリーニングして、そのまましまい込んでいたんだ。せっかくだし、使ってくれないかな」

 

 思わず受け取ったけど、手入れもしっかりされているし、デザインも古い印象は受けない。むしろ、時を経ていい感じに落ち着いた色合いになっている気がする。サイズもちょうどいいし、十分着れそうだ。

 

「それじゃ、使わせてもらいます」

 

「ああ、これでデートもバッチリだよ」

 

 そう言ってサムズアップされた。偏見かもしれないけど、普通自分の娘が男とデートするとなると、父親の方は非協力的だったりするんだけど。この人の場合、それは当てはまらないのかな。

 

「……ところであの、つかぬ事をお聞きしますが」

 

「なにかな?」

 

 借りた服に袖を通しながら、なんとなく気になったことを聞いてみることにした。

 

「樹さんと碧さんは昔、どんなデートを?」

 

 本当に興味本位だったけど、もしかしたら今日の参考になるかもしれない。

 

「……ふむ。当時、僕は大学生だったから、本土でレンタカーを借りてドライブを楽しんだり、神戸の夜景を見ながら愛を語り合うくらいのものだったね」

 

「は、はぁ」

 

 レンタカー? まず、バイクの免許しか持っていない俺には無理な代物だった。島の中だと、大体徒歩とバイクで事足りるし。

 

「夕食は背伸びをしてフランス料理店に入ったりもした。当時はテーブルマナーにも明るくなくてね。どちらもぎこちなかったものさ」

 

 フランス料理? なんてハードルの高い……俺にはイタリア料理が関の山だ。

 

「そ、そうですか。ありがとうございます。参考になりました」

 

 ……尋ねてみたは良いものの、そこまで参考にはならなかった。というか、色々と基本が違い過ぎた。

 

「それじゃ、楽しんできておくれ」

 

「ありがとうございます。日が暮れる頃には戻ってきますので」

 

「ああ。もし泊まるようなら、連絡を入れるようにね」

 

 冗談とも本気ともつかない言葉を残し、樹さんは去っていった。いや、泊まるつもりなんて微塵もないけどさ……。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 ……そして空門の両親と藍に見送られ、俺達は空門家を後にする。

 

 蒼の髪型はいつもと同じだけど、服装は黒のVネックニットに、ロングスカート。どちらもおろしたてらしく、気合が入っていた。

 

「それじゃ二人とも、行ってらっしゃい」

 

「蒼ちゃん、ファイトですよ」

 

「しっかり手、つなぎなさいねー。おかーさんとの約束よー?」

 

「は、はひっ……」

 

 碧さんに言われるがまま、俺と蒼はしっかりと手を繋いでいるのだけど、蒼も緊張しているのか、右手と右足が一緒に出ていた。やっぱり、単なる買い物とデートでは心持が違うらしい。

 

「……蒼、大丈夫か?」

 

「へ、平気よー。それにしても、デートなのに家族から見送られるのって変な感じよねー……」

 

 小声で話しかけると、そんな言葉が返ってきた。なんでもいいから話題を振って、両親の前で俺と手を握っているという事実から目を背けたいんだろう。

 

「そうだよな。こういうのって、港で待ち合わせたりするものなのかもな」

 

「そ、そーかも。今更だけど」

 

 そう言ってお互いに笑う。すでにひとつ屋根の下で暮らしているんだから、待ち合わせも何もあったもんじゃない。本当に今更だ。

 

 ……そんな風に、お互いにどこかちぐはぐになりながら歩みを進める。

 

 陽射しはまだ少し夏の名残があるけど、風は涼しくて過ごしやすい。少しずつ秋が近づいてきている気がする。

 

 

 

 

 ……やがて最初の角を曲がった頃、蒼が小さく息を吐いたかと思うと、繋いだ手の間に指を絡めてきた。こ、これはもしかして。

 

「こ、これ、恋人つなぎって言うのよね。さすがに恥ずかしーわねー……」

 

「お、俺もだよ」

 

どちらも視線を泳がせながら言う。蒼が島の中でここまで積極的になるのは珍しいので、俺も思わず握り返す手に力が入る。

 

 周囲の民家から無数の視線を感じる気がするけど、こうなったら開き直ろう。俺達の仲の良い姿、島の皆に見せつけてやるんだ。それこそ、島に広まってしまった噂を打ち消すように。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 俺と蒼は手をつないだまま、定刻通りやってきた船へと乗り込む。例によって係員の人に茶化されたけど、恋人同士ですからと笑顔で返しておいた。だって真実だし。

 

 やがて船が港を離れると、二人でデッキに出て海を眺めることにした。

 

 デッキの縁近くに設置されたベンチに二人並んで腰を落ち着ける。日曜日とはいえ、この時間帯だとデッキに人はまばらだった。

 

「蒼とこの船に乗るの、随分久しぶりだよな」

 

 日光を浴びて輝く海を見ながら、そんな話を振ってみる。

 

「言われてみればそーねー。あたしは毎日通学に使ってるけど」

 

「蒼が乗った船、いつも漁船から見てたぞ。毎回手振ってたの、わかった?」

 

 ……ある時、仕事場の近くを蒼が乗った船が通ると知って、俺はその船を見かける度に手を振るようにしていたんだけど。

 

「当たり前でしょー。羽依里たちの船、ここんところ毎日決まった場所にいるし。しっかり見てたわよー」

 

 ……良かった。届いてた。

 

「でも……同じ船に乗ってるクラスメイトからいつも茶化されて、ちょっと恥ずかしかったけど」

 

「……ごめんなさい。これからは自重します」

 

 やっぱり恥ずかしかったんだ。ジト目で睨まれたし、周りに人の目が無ければその場で土下座する勢いだった。

 

「ううん。これからもしてほしい。その、あたしも嬉しいしさ」

 

 直後、頬をわずかに赤く染めながら視線を逸らす。やばい。可愛いぞ。俺の彼女。

 

「あー、それでそのー、宇都港に着いてからなんだけどねー」

 

「お、おお」

 

 思わずその顔に見入っていたら、蒼も恥ずかしくなったのか無理矢理話題を変えてきた。

 

「できる限り、藍が決めたコースを巡って欲しいの。色々あったけど、せっかく考えてくれたんだしさ」

 

「わかった。そうするよ」

 

 俺は頭の中で、藍が提案してくれたデートコースを反芻しながら返事をする。といっても、藍が決めたのはショッピングモールからのイタリアンレストランでの食事、最後には港で夕日を見ること……くらいだったから、詳細は決まってないようなものだけど。

 

「最初はショッピングモールだな。蒼が好きそうな店、見つけといた」

 

「へー、楽しみにしてるわねー」

 

「ああ、任せておいてくれ」

 

 ……それからはお互いに無言になり、時折聞こえてくる海鳥の声に耳を傾けながら、ただただ海を眺めていた。

 

 特に何もしていないのに、不思議と心地いい時間だった。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 20分ほどの船旅を終えて宇都港に到着した後、俺達はまずショッピングモールを目指すことにした。

 

 さすがに本土は日曜日ということもあって結構な人出だけど、蒼も普段から通学で利用してるからか、気圧されることなくすいすいと進んでいく。先日の藍とはえらい違いだ。

 

 

 

 

 ……程なくして駅構内を抜け、ショッピングモールへと到着した。

 

「それで、最初はどこに行くのー?」

 

「こっちだよ。良い感じの和食器のお店があるんだ」

 

 目当ての店がある方向を指差してから、自然に手を繋いでショッピングモールの中を歩き出した。知った人の目がないからか、いつの間にか恥ずかしさは消えていた。

 

 

 

 

「へー、こんなお店があったのねー」

 

 例によって独特な木の香りに包まれる店内に足を踏み入れると、蒼の嬉しそうな声が聞こえた。藍の読み通り、気に入ってくれるといいけど。

 

 そう考えながら、一緒に店内を見て回る。

 

 改めて品揃えを見ると、陶器が七割近くを占める一方で、一部木製の食器も扱っているみたいだ。店に入った時に感じた木の香りはこれだったのか。

 

「蒼、これとかどうだ。夫婦茶碗だってさ」

 

「め、めおと!?」

 

 そして視界に入ってきた商品を冗談半分に薦めると、直後に蒼は顔を真っ赤にした。うん、予想通りの反応だ。

 

「そ、そりゃあ、あんたとはいずれ夫婦になるかもだけど! まだ早いわよ!」

 

 ……そして次の瞬間、店中に響き渡るような声でそう叫ばれた。これは予想外だ。

 

「あ、蒼……声が大きいって……」

 

「ご、ごめん……」

 

 慌てて口を押えていたけど、時すでに遅し。他のお客さんからもどこか微笑ましい視線が向けられているし、ちょっと移動することにしよう。

 

 

 

 

 ……というわけで、人気の少ない店の奥へとやってきた。

 

「へー、桜の木を使った食器だって。変わったのがあるのねー」

 

 蒼は気を取り直して、目の前にあった木目調の器を手に取る。少し厚い感じからして、汁椀じゃなくて茶碗らしい。珍しいな。

 

「んー、でも木製の食器って、手入れが大変なのよねー。カビ生えちゃったら可哀想だし、やめとこ」

 

 しげしげと眺めた後、そう言って残念そうに棚に戻した。そういえば、島は雨が多いもんな。

 

「あ、このお茶碗もかわいいわよねー」

 

 続けて、反対側の棚にある茶碗を手に取った。今度は淡い青色をした陶器の茶碗で、アクセントに白い蝶の模様が入っている。

 

 どうやら、同じような色合いの箸と、箸置きがセットになっているらしい。

 

「でも、もうちょっと小さいサイズないかしら。あの子、そこまで食べる方じゃないし」

 

 そう言うと、その茶碗も他に戻してしまう。これはもしかして。

 

「……なあ蒼、もしかして今、藍へのプレゼント探してる?」

 

「ぎくっ」

 

 思わずそう尋ねると、心の声を漏らしながら固まった。先日、藍も同じような行動をとってなかったっけ。まるでへじゃぷだ。

 

「そんなまさか、大切な姉のプレゼントを用意していないと」

 

「あー、うー、本当なら学校帰りに探す予定だったんだけど、帰りの船の時間もあるしさ。なかなかいいのが見つからなくて……」

 

 これも先日と同じように大袈裟に驚いてみせると、蒼はばつが悪そうに視線を泳がせる。さすが双子。反応までほとんど同じだ。

 

「というか、そこまで悩んでるのか? 蒼からのプレゼントなら、藍は何でも喜んで受け取ると思うけど」

 

「だからこそ悩んでるのよー……そうだ。羽依里にも一緒に選んでくれない?」

 

「え、俺も?」

 

「そう。こういう時って、客観的な視点が必要だと思うの」

 

「ああ……そういう事なら、全然かまわないけど」

 

「ありがとー。あ、このランチョンマットとかいいかも。羽依里、どう思う?」

 

 俺が了承するや否や、すぐに次の品物を手に取った。今度は趣向を変えて、ランチョンマットらしい。

 

「藍染だし、藍に良くない?」

 

 ……これだけたくさんの品物がある中で、まさか藍と同じものを選ぶなんて思わなかった。双子ってここまで被るものなのか。

 

 ……それにしても、名目上はデートなんだけど。それで藍への誕生日プレゼントを探す。なんというか、俺たちらしい気がした。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 ……結局、和食器のお店では藍へのプレゼントは決まらず。俺たちは近くのウニクロへと足を運んだ。

 

「羽依里、これはどうかしら」

 

「ああ、良いと思う。なんというか、藍らしいしな」

 

 そして何百とあるはずの服の中から蒼が選んだのは、先日藍が蒼のプレゼントに選んだものと色違いの秋セーターだった。

 

「藍はあたしより胸おっきいし、Lサイズよねー」

 

 嬉々としてレジへと向かう蒼に再び双子の神秘を感じつつ、俺は敢えて何も言わないでおいた。藍、喜んでくれるといいな。

 

 

 

 

「羽依里もせっかくウニクロ来てるんだから、何か買ったら?」

 

 蒼が会計を終えるのを待つ間、適当にレジ近くの商品を見ていたら、ラッピングされた包みを手に戻ってきた蒼からそんな提案がされた。買うと言われても……。

 

「うーん、俺は別にいいかな」

 

「そんなこと言って―。羽依里、秋物持ってなかったんでしょー?」

 

「いや、そんなことはないぞ。俺は秋物コレクターなんだ」

 

「うそでしょー。コレクションするくらい持ってるなら、今日もおとーさんの服借りたりしないはずよー」

 

「な、なんのことかな」

 

 ……動揺を隠そうとするあまり、まるで樹さんみたいな口調になってしまった。全く隠せてない。

 

「誤魔化しても駄目よー。それ、おとーさんが若い頃着てた服だもの。家を出て、すぐ気づいたわよ」

 

「えぇ……気づいてたの」

 

 俺はがっくりと肩を落とす。樹さんの口ぶりから、蒼たちは知らないとばかり思ってたのに。

 

「リビングに写真あるでしょー。あの中に、同じ服を着た写真があるの」

 

「あー……」

 

 そういえば、同じ服を着た樹さんの写真があった気がする。なんだかんだで、しっかり証拠写真が残っていた。

 

「まぁ、似合ってるからいいけどねー。おとーさんのお古」

 

 からからと笑う。なんか小馬鹿にされた気がした。よし、こうなったら買ってやろうじゃないか。

 

「よーし、それなら、あの服買おうかな」

 

 俺は意を決して、少し離れた場所を指差す。そこでは男女のマネキンが同じ服を着てポーズを取っていた。

 

「へっ? 羽依里、これって……」

 

「ああ、ペアルックだぞ。せっかくだし、これ買おう。もちろん蒼のも一緒にさ」

 

「ちょ、ちょっと待って。羽依里、本気!?」

 

「ああ、俺は本気だぞ。この間、良一とのみきもペアルックを着ていたらしいし、俺たちも負けてられない」

 

 ……この話、半分は嘘だ。実際は仕事の時、良一がいつかペアルックに挑戦してみたい……という話をしていたというだけだ。

 

「な、何言ってんのよ! のみきはともかく、良一はペアルックにしても脱ぐでしょ!」

 

 ……言われてみれば確かにそんな気もするけど、一度口から出た言葉は戻らない。俺は勢いに任せて、マネキンに手を伸ば……。

 

「ペアルックとか、絶対に無理です―――!」

 

「どわあっ!?」

 

 直後、顔を真っ赤にした蒼が俺を押し倒さんとする勢いで体当たりしてきた。色々と柔らかかったけど、俺はその衝撃を受け止めきれず、尻もちをつく。

 

「「……はっ」」

 

 ……それでお互いに冷静になり、周囲を見渡す。

 

 お客さんの数こそ少ないけど、例によって良く通る蒼の声は店中に響き渡っていたらしい。皆が皆、先程と同じように微笑ましい表情を俺達に向けていた。

 

「「す、すみませんでしたーーー!」」

 

 その状況に気づいた俺たちは居ても立っても居られず、一目散にウニクロを飛び出したのだった。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

「はぁ、酷い目に遭った……」

 

 たまらずウニクロを飛び出した俺たちは、同じショッピングモール内のスタパにやってきていた。

 

 結局、自分の服どころじゃなくなってしまったし、変な汗もかいた。甘いものでも飲んで少し休憩しよう。

 

「ローストアーモンドラテとチョコレートマロンフラペチーノをご注文のお客さま、お待たせしましたー」

 

「あ、はーい!」

 

 名前を呼ばれて、俺は注文の品を受け取りに行く。

 

 さすがに時期が過ぎたのかマンゴーミックスフラペチーノはなかったけど、代わりに秋らしいメニューが出ていたので、お互いにそれを注文してみた。

 

「ほい。ローストアーモンドラテ」

 

「ありがとー」

 

 テーブル席に戻って蒼に商品を渡し、俺も席に着いてからストローに口をつける。うん。ガツンと来る甘さだけど、栗の後味が良い感じだ。

 

「あ、これおいしー。しっかりアーモンド効いてる」

 

 言われてみれば、ほのかにアーモンドの香りがこっちまで漂ってくる。テーブルは狭いし、もしかしてこれ、蒼の吐息かな。

 

「そのアーモンドラテ、俺も一口欲しいんだけど」

 

「いいわよー。その代わり、羽依里のも一口ちょーだい」

 

「いいぞ。ただし、きちんと商品名を言えたらな」

 

「へっ? そんなの簡単よー。えーっと、チョコレート……」

 

 蒼は余裕顔でカウンターの方に掲げられた秋の新作メニューに目をやり……一瞬で赤面した。

 

「む、無理。こんなの、恥ずかしくて口に出せない、わよ……」

 

 さすがに懲りたのか、急に大きな声を出すことはなかったけど、ごにょごにょと口ごもりながら顔を伏せる。

 

「なら、あげないぞ」

 

「わ、わかったわよ……その、チョコレートマロン……フェ、フェ、フラペチーノ……のま、せて……」

 

「ほい。合格」

 

「うう、羽依里のいじわる……」

 

 なんとか言い終わった蒼にカップを手渡すと、それを両手で抱えるようにしながら俺を睨みつけてきた。なんか、藍の表情そっくりだ。

 

 ……ところで、なんであそこまで動揺するんだろう。ただの商品名なのに、また妄想爆発してるのかな。

 

 俺は不思議に思いながら、蒼から受け取ったローストアーモンドラテを飲む。うん。これはこれで美味しい。

 

「あ、こっちもおいしーわねー。藍にも飲ませてあげたいし、テイクアウトできないのかしら」

 

 一方では蒼がそんなことを口にする。普通にテイクアウトはできるだろうけど、さすがに島に帰り着く頃には温まってしまって美味しくないと思う。残念だけどさ。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 ……お昼時までもう少し時間があったので、その後も色々な店を見て回った。

 

「この矢印良品、しろはも良く使うって言ってたな」

 

「あの子は調理器具を買うのよー。他にも筆記用具とか、安くていいのが揃ってるの。そうだ。藍の分も買っておきましょ」

 

 蒼はそう言いながら、カラフルな鉛筆を何本も買い物かごに放り込んでいた。

 

「藍はシャーペンより、鉛筆が使いやすいんだって」

 

「へぇ。古風なんだな」

 

「普通の鉛筆なら駄菓子屋にもあるけど、これとか、ちょっと変わってる感じで良いじゃない?」

 

「まぁ、可愛らしいよな」

 

 学生時代は筆記用具なんて使えればデザインは気にしなかったし、その辺りが男女の感性の違いなんだろうなぁ。

 

「……あ、この後もう一ヶ所だけ寄ってみたい店があるんだけど、いい?」

 

「ああ、いくらでも付き合うぞ」

 

 

 

 

 ……そして矢印良品の次にやってきたのは、ショッピングモールのある駅前からかなり離れた、随分古い感じのお店だった。

 

「……手芸?」

 

 入口に掲げられた、これまた年季の入った看板には『手芸のお店・いとしや』と書かれていた。

 

「そう。クラスメイトに凝ってる子がいてね。あたしもやってみようかと思って」

 

 そう言いながら、ガラガラと引き戸を開ける蒼について店内に足を踏み入れると、来客を告げるチャイムが鳴った。どうやら足元に敷かれたマットにセンサーが仕込まれているらしい。これまた懐かしい感じがする。

 

「こんにちはー」

 

「おやおや、いらっしゃい」

 

 蒼が声をかけると、やがて店の奥から一人のおばーさんが顔を覗かせた。

 

「あのー、あたし、編み物始めようと思ってるんです。できたら必要な道具とか教えてほしいんですけど」

 

「あらあら、編み物に興味があるとか、若いのに珍しいねぇ。初心者さん向けの道具、どこだったかしら」

 

 蒼が要件を伝えると、おばーさんはカウンター横の棚に手を伸ばす。そこには何か長い棒のようなものがごちゃごちゃと入っていた。

 

「ところでお嬢ちゃん、何を作るんだい?」

 

「初めてだし、マフラーに挑戦してみようと思うんですけど」

 

「なら、棒針とかぎ針、一本ずつ持っておくと便利がいいね。太さは15号のを選んでおくよ」

 

「ありがとうございます。あの、輪針とか必要ないですか?」

 

「マフラー作るんならいらないね。基本は編み針と毛糸があれば大丈夫」

 

「そうなんですねー。後、毛糸って沢山種類がありますけど、どれが良いですか?」

 

「初めての場合は、編み目が確認しやすい明るい色の毛糸がおすすめだねぇ。こっちのスラブヤーンは網目が分かりにくい欠点があるけれど、逆に誤魔化しがきくからと、初心者でも使う子もいるね」

 

 ……そんな感じに、おばーさんと蒼は熱心に話をしていたけど、俺には会話の内容はほとんど理解できず。結局、何に使うのかもわからない道具が並んだ棚を適当に眺めて時間をつぶしていた。

 

 

 

 

「……ほい。毛糸二玉と道具のセットで2000円ちょうど。棒針キャップ、おまけしておくよ」

 

「ありがとうございますー」

 

「こちらこそありがとうねぇ。まいどあり」

 

 しばらくして、蒼が会計を済ませる。

 

 店主のおばーさんは、若い子が編み物に興味を持ってくれたのが嬉しいのか、色々教えてくれた上に、おまけまでしてくれた。

 

 蒼も満足のいく買い物だったらしく、ほくほく顔でお店を後にした。

 

「マフラー編むって言ってたけど、まだ暑い今の時期から編むのか?」

 

「いざ寒くなってから作っても間に合わないでしょー。今回は練習も兼ねてるのよ。ゆくゆく、あんたにも帽子とか編んであげたいしさ」

 

「そっか。なら、今から楽しみだな」

 

「あんま期待しないで待ってなさいよー」

 

 購入した道具一式が詰まった袋を抱えなおしながら、蒼が嬉しそうに言う。

 

 そういえば冬の鳥白島近海は風が強く、恐ろしく寒いと良一が言っていた気がする。仕事の時に毛糸の帽子とかあると、確かにありがたいかも。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 やがてお昼時。俺たちはイタリアンレストランへと向かっていた。

 

 服に雑貨、そして先の裁縫道具と、気づけば蒼の荷物も増えていたので、俺は荷物持ちを買って出ることにした。

 

「荷物持たせちゃって、ごめんねー」

 

「いや、全然かまわないよ。軽いし、纏めれば片手で持てるしさ」

 

 元々のデートプランが曖昧なのもあって、少しずつ日常の買い物感が出てきた。これはこれで楽しいからいいけどさ。

 

「ところで今から行くお店、どんな料理がオススメなの? 羽依里、藍と下調べしたんでしょー?」

 

「そうだけど……えーっと、オススメかぁ……」

 

 ……俺は先日の藍との予行演習を思い出してみる。

 

 色々なメニューがあったけど、確かあの時は二人してシェフのきまぐれパスタのランチセットを頼んだんだっけ。料理の写真もなかったし、鴎じゃないから冒険するのも怖かったしさ。

 

「お、俺のオススメはアーリオオーリオかな」

 

「アーリオ……?」

 

 考えた結果、俺は頭の中に唯一残っていた料理名を口にした。実際には食べてないけど、なんか必殺技っぽくて覚えていたんだ。

 

「見てのお楽しみだ。それより、フォカッチャって料理があるんだ。これも知らないだろ」

 

「え、なにそれ」

 

「ふふふ、これも見てのお楽しみだよ」

 

 ……そんな風に、なんとか誤魔化した。よし、店に着いたら華麗に注文して蒼を驚かせてやるぞ。

 

 

 

 

「……あれ、閉まってるわよ?」

 

「え、そんな馬鹿な」

 

 ようやく目的のイタリアンレストランが見えてきたと思ったら、入口の扉は無情にも固く閉ざされていて、イタリア語で閉店や準備中を意味する『CHIUSO』の札がかかっていた。まさかの休みだった。

 

「嘘だろ……一番稼ぎ時の日曜日に店を閉めるなんて」

 

 思わずそんな声が漏れる。お店側にも都合があるだろうけど、どうして今日なんだ……。

 

「閉まってるんなら、しょーがないわねー。他のお店探す?」

 

 思わず膝に手をついていると、蒼が努めて明るい声を出していた。そうだ。落ち込んでる場合じゃない。

 

「えーっと、そうだな……近くに別のお店は……」

 

 そして、俺は必死に思考を巡らせる。

 

 一本別の通りに寿司屋があった気がするけど、さすがに予算オーバーだ。なにより、島育ちの蒼が寿司を食べて喜ぶとは思えない。

 

 港の方まで戻れば中華料理屋もあった気がするけど、さすがに遠いし店内も狭く、男女で入るような店じゃない。

 

 そうなると、残る選択肢は……。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 悩みに悩んだ結果、俺たちはジャイフルへとやってきた。

 

 この店はゴールデンウィークの時にも蒼たち三人で利用した場所で、年中無休。広々とした店内で美味しい鉄板ハンバーグが食べられる、島民憧れのファミレスだ。まぁ、チェーン店なんだけど。

 

「いらっしゃいませー。ジャイフルへようこそー」

 

 綺麗に磨かれたガラス扉を開けて入店すると、さっそく営業スマイルの店員さんが出迎えてくれ、そのまま一番奥のボックス席に案内される。

 

「ご注文がお決まりになりましたら、奥のボタンでお呼びください」

 

 向かい合って座った俺たちにおしぼりとお冷をくれた後、店員さんは一礼して去っていった。

 

「前来た時も同じように賑やかだったわよねー」

 

「そうだな。あの時も日曜日だったし、ここは駅前で便利だしさ」

 

 それから二人してメニューを開きながら、そんな感想を口にする。

 

 周囲を見渡すと席という席は全て埋まっていて、俺達のようなカップルの他、家族連れや友人同士がお昼を食べながら会話に花を咲かせていた。

 

「さて、蒼は何食べる?」

 

「どれにしようかしらねー。相変わらず、メニュー多くて悩んじゃう」

 

 蒼は苦笑しながらメニューを眺める。一応、ここにもピザとかパスタといったイタリア料理っぽいのもあるけど、メジャーな料理ばかりだし、基本は鉄板ハンバーグをウリにしている店だから、それらのメニューはおまけ感が否めない。

 

「そういえばこの前来た時、藍が食べてた粗挽きハンバーグが美味しそうだったのよねー」

 

「ならそれを頼むか? 俺も蒼が食べてたわふーハンバーグが気になってたんだよな」

 

「美味しかったわよー。オリジナルのわふーソースが効いてた」

 

 蒼がメニューを指差しながら教えてくれる。そこにはジャイフル自慢のハンバーグの上に刻んだ大葉と大根おろしが乗り、特製のソースがかかったわふーハンバーグの写真があった。

 

「よし、俺はこれにするよ。それに、ご飯大盛の和食セットだな」

 

「さすが男の子ねー。それじゃ、あたしは粗挽きハンバーグの洋食セットで……藍はどれにするー?」

 

 蒼は至って自然にそう言って、メニューを隣に見せる。当然、そこに藍の姿はない。

 

「あー……ごめん。藍の話してたから、つい」

 

 そう言って、蒼はどこか気まずそうに視線を戻す。

 

 ……思えば、蒼は俺の正面には座らず、少し右側に寄っていた。それこそ、無意識に藍のスペースを空けているようだった。

 

 

 

 

 ……その後、注文した料理が運ばれてきて、二人でそれを食べる。

 

 その食事の間も、蒼はどこか上の空だった。俺が話しかけると、当然返事は返ってくるのだけど、何か思い悩んでいる様子だった。

 

 

 

 

「……ねぇ羽依里。お願いがあるんだけど」

 

 そして食事を終えると同時、蒼が俺の方をまっすぐに見ながら口を開く。

 

「その……今日、少し早めに帰らない?」

 

 必死に言葉を選んでいるような、すごく申し訳なさそうな声。

 

「もちろん、羽依里と二人っきりのデートも楽しいのよ。楽しいけど……その、藍がね……」

 

「……わかってる。みなまで言わなくていいよ」

 

 その一言で全てを察した俺は、そう笑い返した。

 

「それじゃ、できるだけ早く動こう。次の船まで、あまり時間ないしさ」

 

「……ありがとう。さすが羽依里、わかってくれてるわね」

 

「そりゃ、蒼の考えなんて、手に取るようにわかるよ。俺は蒼の……か、彼氏だしさ……」

 

 言ってる途中で恥ずかしくなり、思わず目を逸らしながらしりすぼみになってしまう。

 

「そ、そこまで言ったんなら、最後まで言い切りなさいよ!」

 

「だって、人がたくさんいるし……」

 

「誰も聞いてないわよ!」

 

 耳まで赤くしてる蒼とそんなやりとりをしつつ、席を立って足早にレジへと向かう。

 

 せっかくの誕生日。やっぱり姉妹は二人一緒じゃなきゃな。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 ジャイフルを後にした俺たちは、そのままの足で港へと向かう。

 

 そこで次の船の時間を確認した後、蒼の提案で近くのお店へ足を運ぶことになった。

 

「蒼、こんな所に店があるのか?」

 

「そうよー。あんたにもあたしの記憶があるんなら、わかるはずだけど」

 

「むぅ、わからん……」

 

 港から細い路地に入って右へ左へと道を曲がりながら、俺は自分の中にある蒼の記憶を呼び出してみるけど、当てはまる光景はない。昔、来たことがあるのか?

 

「あった。あのお店よー」

 

 やがて、こぢんまりとしたお店が見えてきた。

 

「あ、この店って……」

 

 その店を見た瞬間、まるでフラッシュバックするように蒼の記憶が流れ込んできた。ここは蒼と藍が幼い頃、毎年一緒に誕生日ケーキを買いに行っていたケーキ屋だ。

 

「……もしかして蒼、誕生日ケーキ買って帰るのか?」

 

「うん。藍が眠りにつく前、誕生日といえばここのケーキだったらさ」

 

 その店構えを見上げながら、蒼はどこか懐かしそうに言う。

 

「あの子の記憶に一番残ってるの、このお店の味だろうし。せっかくなら思い出の味を用意してあげたいじゃない?」

 

 笑顔でそう言って、蒼はお店の扉に手をかけた。

 

 

 

 

「こんにちはー」

 

「……ああ、いらっしゃい」

 

 店内に足を踏み入れると、綺麗にカットされたケーキが並ぶキャビネットの奥で、小さな眼鏡をかけた初老の男性が作業していた。

 

「すみませーん。誕生日ケーキが欲しいんですけど」

 

「ああ、バースデーケーキかい? 悪いね。今はホールケーキは予約でしか作って無いんだよ」

 

 蒼が声をかけると、男性は作業していた手を止めて申し訳なさそうな顔をする。思えば、あの手のケーキは前日までの予約が必要なのが定番な気がする。

 

「あー……そうなんですね。久しぶりに買いに来たんで、事情も知らなくて……すみません」

 

 意気揚々とお店に乗り込んだけど、お店側の言うことももっともだ。せめてカットケーキだけでも買わせてもらおうか……なんて思っていた、その時。

 

「……うん?」

 

 身なりや言動を見た感じ、どうやら店長らしきその人は、かけていた眼鏡の位置を整えて蒼の顔をまじまじと見ていた。

 

「……もしかして、島の双子ちゃんかい?」

 

「あ、そうですそうです。覚えててくれてたんですね」

 

「もちろん覚えているよ。母親に連れられて、良くケーキを買いに来てくれていたね」

 

 そんな言葉に反応するように、俺の中にも幼き日の蒼の記憶が流れる。

 

 碧さんと藍、そして蒼の三人でこの店にケーキを買いに来る光景だ。

 

 港に近いケーキ屋ということもあり、誕生日の時はもちろん、本土に外出した時の楽しみとして、かなりの頻度で利用していたらしい。

 

 でも、藍が眠ってしまってからは、この店に行った記憶は全くと言っていいほどなかった。楽しい思い出が詰まっている場所だからこそ、おのずと縁遠くなってしまったんだろう。

 

「そうかいそうかい。あの小さかった子がもう、彼氏を作る年頃になったかい。月日の経つのは早いねぇ」

 

 今度は俺と蒼を交互に見ながら、うんうんと頷いていた。まるで孫の成長を見るような、優しい表情だった。

 

「……よし、そういうことなら話は別だ。少し待っておくれ。確か、明日のカットケーキに使うスポンジが冷蔵庫にあったはずだ」

 

 店長はそう口にしながら、カウンター奥の厨房へと入っていく。そして巨大な冷蔵庫から、これまた大きなスポンジケーキを取り出した。

 

「今の時代、ケーキなんてどこでも買える。わざわざうちの店を選んでくれるなんて、職人冥利に尽きるというものだよ」

 

 そう言いながら、作業台に置いたスポンジケーキを横から二つに切って、手際よくクリームを塗り始める。

 

 それからものの数分で、武骨なスポンジケーキは立派なバースデーケーキへと姿を変えた。さすが職人技だ。

 

「二人の名前、しっかりと書いておくからね」

 

 チョコレートでできた定番のネームプレートに『あいちゃん・あおちゃん おたんじょうびおめでとう』と書かれていた。

 

「しっかり名前覚えてくれてるのは嬉しいんだけど、ああういうのって、この年になると恥ずかしーわねー」

 

 そのプレートを見て、蒼は恥ずかしそうに小声で言っていた。まぁ、気持ちはわかるけど。

 

「あの、保冷剤、できるだけたくさんお願いします」

 

「はいよ。島に持って帰るんだよな」

 

 ガサゴソと箱詰めしてくれる様子を見ながら、俺はそう告げた。秋口とは言え、陽射しは強いし。

 

 

 

 

「……よし。完成だ。お待たせしたね」

 

 そうこうしているうちに、綺麗にラッピングされたケーキが俺たちの前に置かれた。

 

「ありがとうございます。代金はいくらです?」

 

「お代は良いから、もっていきなさい」

 

「え、さすがにそれは悪いですよ」

 

「構わんよ。わしからの誕生日プレゼントだ。お姉ちゃんにもよろしくね」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 当然代金を支払おうとしたけど、そう笑顔でバースデーケーキの入った箱を押し付けられた。せっかくの厚意を無下にするのも悪い気がして、結局そのまま受け取ってしまった。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 ケーキを受け取った後、俺たちは急いで港へと向かい、直後に入ってきた船に乗って鳥白島へと戻る。

 

 港の時計を見ると、15時ちょうど。ケーキを用意する時間を含めても、まずまずの早さで島に帰ってこれたみたいだ。

 

「ただいまー」

 

「あれ、もう帰ってきたんですか?」

 

 そのままの足で空門家の門をくぐって家の中へ駆けこむと、リビングのソファーに一人寝そべってテレビを観ていた藍は驚いた顔をしていた。

 

「もしかして、何かハプニングでもあったんです? お昼を予定していたレストランが閉まっていたとか……」

 

 見事に当たっていたけど、蒼はそんな藍の言葉に耳を貸さず、目の前のテーブルにケーキの入った箱をどんと置く。

 

「……藍、このケーキに見覚えない?」

 

 そう言いながら、ケーキの箱を開く。苺やキウイといった色とりどりのフルーツやクリームで飾りつけされた、立派なバースデーケーキが顔を覗かせた。

 

「え、このケーキってもしかして」

 

 覗き込むようにその箱の中を確認して、藍も気づいたらしい。

 

「覚えてる? 港にある、あのお店のケーキよ」

 

「お、覚えてます……けど。どうして……」

 

「やっぱり、誕生日は藍と一緒にお祝いしたくてね。羽依里にお願いして、少し早めに帰ってきたの」

 

「そうだぞ。このケーキだって、蒼がわざわざ用意してくれたんだ。でっかいだろ」

 

 あの店を出てから気づいたけど、どうやらこのケーキも店長が奮発してくれたらしく、超特大サイズだった。本当、形を崩さないよう島まで持って帰るのが大変だった。

 

「でもでも、せっかくの羽依里さんと二人っきりの誕生日デートだったのに」

 

「いいのよ。藍と一緒に迎える誕生日。それがあたしが迎えたい誕生日なんだから」

 

「そういうことだ。やっぱり、誕生日は二人一緒じゃなきゃな」

 

 俺と蒼はそう言って、藍に笑顔を向ける。藍は未だに困惑している様子だったけど、少しずつ状況を飲み込んでいるらしかった。

 

「それじゃ、あたしたちの誕生会を始めましょー。藍は座ってていいわよー」

 

 そして蒼が胸の前で一度だけ手を叩いてから、三人だけの誕生会が始まった。

 

 俺は巨大なケーキを箱から慎重に取り出して、二人の年と同じ数だけのローソクを立て、火をつける。

 

 一方の蒼はそんな俺の様子を見てから部屋のカーテンを閉め、藍の隣へと着席する。

 

 15時過ぎということでまだ外は明るく、カーテンを閉めてもそこまで暗くはならないんだけど、こういうのは雰囲気が大事だし。

 

「二人とも、誕生日おめでとう。それじゃ、一気に吹き消しちゃってくれ」

 

「……待って。その前にハッピーバースデーの歌をうたってもらわなきゃ」

 

 自然とそう口にした時、二人は申し合わせたように俺を見てきた。

 

「え。俺?」

 

「当たり前でしょー。あたしや藍が歌ってどうするの」

 

「そ、それはそうだけど」

 

 ……一瞬躊躇したけど、まぁ、二人以外は誰も聞いてないからいいか。

 

「ハ、ハッピーバースデートゥーユー♪」

 

 勢いに任せて歌いだすと、変な緊張からか声が裏返った。

 

「……なんか独特の音程でしたね。元水泳部だから肺活量には自信があると、以前言ってませんでしたか?」

 

 そして歌い終わると、藍が素直な感想を口にする。くそ、こんなはずじゃ。

 

「きょ、今日は調子が悪いんだよ……それよりほら、早くローソクの火を消して」

 

「「ふーーーー」」

 

 恥ずかしさからそう急かすと、特に合わせたわけでもないのに、二人が左右から同時にローソクの火を吹き消す。さすが双子。息ぴったりだ。

 

「次はプレゼントですね。ちょっと待っていてください」

 

 その儀式が終わると、藍は意気揚々と自室へと向かっていった。突然の帰宅だったし、たぶん蒼へのプレゼントを取りに行ったんだろう。

 

 そんな背中を見送った後、俺と蒼は手分けしてケーキを切るためのナイフや皿、フォークを用意する。同時に、俺も鞄から二人へのプレゼントを取り出しておいた。

 

 

 

 

「それじゃ改めて。藍、誕生日おめでとう」

 

「蒼ちゃん、お誕生日おめでとうございます」

 

 ……やがて誕生日の二人が向かい合い、それぞれ用意したプレゼントを交換する。これも、誕生日が同じ双子ならではの光景な気がする。

 

「「え?」」

 

 そしてお互いにもらったプレゼント開けて、同じような顔で驚く。そりゃそうだろう。中身は同じ秋セーターの色違いだったから。

 

「すごいな。まるでペアルックだな」

 

「ほ、本当ですね。蒼ちゃん、着る時は一緒に着ましょう」

 

「そ、それはいいけど……羽依里、あたしと藍が同じプレゼント選んだの、知ってたでしょ」

 

「な、なんのことかな」

 

 俺はわざとらしく視線を逸らす。というか、藍が選んだプレゼントの中身は知っていたけど、蒼が買ったプレゼントについて俺は一切口を出さなかったし。プレゼントが重なったのは、まさに双子の奇跡みたいなものだった。

 

「それより、俺からも二人にプレゼントがあるんだ。誕生日、おめでとう」

 

「え、蒼ちゃんだけじゃなく、私にもあるんですか?」

 

「当たり前だよ。二人の誕生日なんだから、一つだけのはずないじゃないか」

 

 驚いた顔をする藍に苦笑しながら、俺は二人に細長い箱を渡す。

 

「……もしかしてあの時、二つ買ったんです?」

 

 小箱を受け取りながら、そんなことを言う。たぶん先日のアクセサリーショップでの出来事を言っているんだろう。あの時、藍は俺が会計する様子を見ていなかったはずだし。

 

「そうだぞ。見事に引っかかったな」

 

「むむむ……」

 

「ほらほら、藍もむくれてないで、開けてみましょー」

 

 そんな藍をなだめるようにしてから、蒼が箱を開ける。それに続いて、藍も自分の箱を開く。

 

「わぁ……」

 

 次の瞬間、仏頂面だった藍が笑顔になった。

 

 箱の中身は、俺が二人のために選んだツインパールのネックレス。形は同じだけど、蒼には薄い桃色、藍には薄い青色のをそれぞれチョイスした。

 

「さすが羽依里、わかってくれてるわねー」

 

 自分のと藍のを見比べて、お揃いであることに気づいたんだろう。弾んだ声が飛んできた。

 

「さっそくだけど、付けてみていい?」

 

「もちろん。チェーンの長さもちゃんと合わせといた」

 

「抜け目ないわねー。どう?」

 

 慣れた手つきでネックレスを身に着けると、俺に向けてポーズをとってくれた。

 

「ああ、すごく似合ってるぞ」

 

「えへへ、ありがと」

 

 そう答えると、蒼ははにかみながら後ろ手を組む。

 

 ……あ、この笑顔を見れただけで俺は満足かも。もう、やばい。

 

「せっかくもらったんだし、藍もつけなさいよー」

 

 動揺を必死に隠していると、蒼が藍にもネックレスをつけてあげていた。どちらも良く似合っていると思う。良かった。

 

「……蒼ちゃんとお揃いです。えへへ……」

 

「ほらほら、藍も呆けてないで、ちゃんとお礼言いなさい」

 

「あ、ありがとうございます。でも、こんなことされても、靡きませんからね」

 

「わかってるよ。それに、俺は蒼一筋だからさ」

 

「私だって、蒼ちゃん一筋ですから」

 

「羽依里はともかく、藍は何の話してるのよー。それよりケーキ切り分けるから、手伝ってよね」

 

 蒼はどこか恥ずかしそうにしながら、ネックレスを身につけたまま皿とナイフを手にした。

 

 

 

 

「お店で見た時から思ってたけど、大きなケーキよねー。これ、三人で食べ切れるのかしら」

 

「冷蔵庫に入れておけば一日二日は保ちますよ。あ、私は蒼ちゃんの息がかかった、こっち側が良いです」

 

「藍、ちょっと待ってくれ。俺もそっち側が良いんだけど」

 

「は? 私、誕生日なんですけど」

 

「悪いけど、いくら誕生日でもこれだけは譲れないぞ。じゃんけんだ」

 

「……その勝負、受けて立ちます」

 

「大きいケーキだから、好きなように分ければいいでしょー! 恥ずかしいから、そんなことでいがみ合わないでーーー!」

 

 蒼はそう言いながら、俺達の止めるのも聞かずにケーキをざくざくと切り分けてしまった。まぁ、半分冗談だけど。半分は。

 

 

 

 

 二人のために店長が用意してくれたのは、色とりどりの果物が使われた、昔ながらの誕生日ケーキだった。かなり大きめにカットして食べたんだけど、さすが特大サイズ。まだまだ結構な量が残っていた。

 

「……ふむ。そろそろ良い頃合いかな」

 

「私達にもお祝いさせてちょうだいな」

 

 ……その時、玄関が開く音がして、樹さんと碧さんが笑顔で入ってきた。その手にはプレゼントらしき箱やシャンパン、花束があった。

 

「先日の出張先で、二人にピッタリなものを見つけてね。父さんからのプレゼントだよ」

 

 そう言って樹さんが二人に渡したのは、四角い箱。二人が開けてみると、中には木目調のオシャレな写真立てが入っていた。なんというか、この人らしいプレゼントだ。

 

「あなたってば、相変わらずねー。はい。おかーさんからはこれよ。二人とも、誕生日おめでとう」

 

 続いて碧さんが二人に手渡した小箱には、綺麗な小瓶が入っていた。

 

「おかーさん、ありがとー」

 

「これ、香水ですか?」

 

「そう。やっぱり、女の子はおしゃれしないと。これで羽依里君もイチコロよ」

 

 ……ごめんなさいおかーさん。すでにイチコロです。

 

「さて、写真立てのプレゼントも渡したことだし、記念に一枚」

 

 続いてバースデーブーケを渡された直後、樹さんはそう言ってカメラを構える。来た。これは一枚じゃ済まない流れだ。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

「こんにちはー」

 

 ……それから何枚もの写真を撮ったところで、玄関から声がした。

 

 フラッシュの雨から逃れるべく、俺は反射的に玄関へ向かう。そこには良一とのみき、そして天善と紬の姿があった。

 

「……あれ、皆、どうしたんだ?」

 

「そろそろデートから帰ったと聞いたからな。お祝いに来たぞ」

 

「デートも大切だが、誕生会は別だ」

 

「そですよ!」

 

 四人が四人とも笑顔で、手には沢山の荷物を持っていた。それにしても、俺と蒼が早く帰ってきたこと、誰から聞いたんだろう。

 

 

 

 

「アイさん、アオさん、お誕生日おめでとうございます!」

 

 そして空門家のリビングに通されるが否や、紬がいの一番に二人にプレゼントを渡していた。

 

「紬ちゃん、このぬいぐるみ、もしかして……」

 

「ハイ! シズクと一緒に作った、お二人のぬいぐるみです!」

 

 紬が渡したのは、二人にそっくりな50センチくらいのぬいぐるみだった。あれを手作りしたのか。先月、ぬいぐるみ作りを体験したばっかりだから、どれだけ上手にできているかわかる。

 

「ありがとうございます。本物の蒼ちゃんだと思って、これから毎晩抱いて寝ますね」

 

 心底嬉しそうな笑顔で言う。ところで、どうして藍が蒼のぬいぐるみを抱いてるんだろう。言ったところで、もう離さないだろうけどさ。

 

「俺からはお揃いのラケットとピンポン玉だ。これで、最強のダブルスを結成してくれ」

 

 紙袋に入ったプレゼントを渡した良一に続き、綺麗にラッピングされた包みを手渡しながら、天善が言う。

 

 二人ともお礼は言っていたけど、たぶん使わないと思う。特に藍は。

 

「私からはお揃いのマグカップだ。通販代行の品で申し訳ないが、朝のコーヒータイムにでも使ってもらえると嬉しい」

 

 そう言ってのみきが手渡したのは、可愛らしいワニのキャラクターが描かれたマグカップだった。実用性を重視しているところが、なんとなくのみきらしいチョイスだと思った。

 

「ありがとー。これこそ、毎日使わせてもらうわねー」

 

「それと、このプレゼントは鴎からだ。昨日速達で届いたんだが、羽依里と三人で着てね! と手紙がついていたぞ」

 

 そう言いながら、のみきは大きな袋を二人に手渡していた。中には三枚の長袖Tシャツが入っていて、胸のところにそれぞれ、ステゴザウルス、トリケラトプス、プテラノドンのイラストがプリントがされていた。二人の分はともかく、どうして俺のまであるんだろうか。

まぁ、くれると言うならありがたく貰っておくけどさ。ステゴザウルス、がおがお。

 

 

 

 ……その後は来てくれた皆に、バースデーケーキを振る舞う。

 

 俺達の買ってきたケーキは良一たちにとっても懐かしい味だったようで、当時の思い出話に花を咲かせながらケーキを楽しんでくれた。

 

 だけど、三人だと多すぎたケーキも、皆で分けたらあっという間になくなってしまった。特に良一と天善は一口分くらいしか切り分けられなかったし、本当に申し訳ない。

 

「この人数だと、さすがにケーキ足りないわねー」

 

「……大丈夫。ケーキは作ってきたから」

 

「え、しろは!?」

 

 さすがにどうしようもない状況を悔やんでいると、背後から声がした。思わず振り返ると、そこにはしろはの姿があった。いつの間にやってきたんだろう。

 

「ギリギリになったけど、間に合ってよかった。二人とも、誕生日おめでとう」

 

 そう言いながら、しろはは大きな箱を二人へと手渡していた。もしかして、ケーキを手作りしてわざわざ持ってきてくれたんだろうか。

 

「それと、甘い物ばかりじゃ栄養が偏るから、チャーハンも作ってきたの。欲しい人は言ってね」

 

 そしてテーブルの上には、これまた大きな重箱が置かれていた。何か香ばしい匂いがすると思っていたらあれ、チャーハンだったのか。

 

「ありがとー。やっぱり誕生日といえば、しろはのチャーハンよねー」

 

「本当ですね。紙皿、用意してきましょう」

 

「……なぁのみき、誕生日にチャーハンって、この島じゃ普通なのか?」

 

 至って自然にチャーハンを受け入れている二人を見て、俺はのみきに思わずそう聞いていた。

 

「ああ、島では代表的な家庭の味だからな。誕生会にチャーハンを作ってもてなす家庭は多いと聞くぞ。まぁ、少年団の誕生会では、大抵しろはが作ってくれるがな」

 

 そうなのか。紬曰く、しろはの作るチャーハンはバイト代の代わりになるくらい美味しいらしいし。ちょっと楽しみだな。

 

 

 

 

 ……それからはしろはのケーキやチャーハンを堪能しつつ、皆が用意してくれた出し物を楽しんだ。

 

 ちなみに良一は裸踊りを披露しようとしたけど、服を脱いだ瞬間『人様の家で脱ぐとはどういうつもりだ?』とのみきに銃口を向けられ、そのまま表へと連行されていった。うん、さすがに調子に乗りすぎたみたいだ。

 

「それでは、続いてわたしが人形劇を披露しましょー。皆さん、大いに笑ってください―」

 

 表で良一の叫び声が響く中、何事もなかったかのように紬の人形劇が始まった。主人公のタヌキが奥さんや友人と力を合わせて、悪いウサギを懲らしめると言う話で、コメディタッチで面白かった。

 

 蒼と藍もお腹を抱えて笑っていた。三人での誕生会も良かったけど、こうやって島の皆にお祝いしてもらえる誕生会が一番だと思う。あの二人、本当に楽しそうだしさ。

 

「……これはこれは。ありがたい限りだね」

 

「ええ、本当に」

 

 ……気がつけば、樹さんと碧さんが少し離れた場所から、嬉しそうに俺達を眺めていた。

 

 親しい友人たちが集まって、娘たちの誕生日をお祝いしてくれている。

 

 いくつもの笑顔の中心に、これまた笑顔の二人がいる。

 

 それは、あの両親こそが一番望んでいた光景なのかもしれない。

 

 ……どうか、この時間がいつまでも続きますように。

 

 

 

 

第十五話・完




あとがき

皆さん、おはこんばんちわ。トミー@サマポケです。
今回は前後編に分けたうちの後編。個人的に一番書きたかった誕生日イベントでしたので、なかなかに長くなってしまいました。

冒頭の修羅場を切り抜けた後、前回の藍に続いて、蒼とのデートになりましたが、ある程度楽しんだところで鳥白島に戻ることになりました。
やはり、この姉妹は一緒の誕生日がいいですものね。
それからは両親や島の皆も加わって、わいわいと楽しい誕生会を描きました。鴎からの恐竜プリントTシャツ、気になりますねw

さて、鳥白島はこれから夏を終えて、秋へと向かっていきます。
秋といえば、食欲の秋でしょうか。スポーツの秋でしょうか。それとも芸術の秋でしょうか。蒼たちはどんな秋を過ごすのか。楽しみにしていてください。

それでは、今回のあとがきはこの辺りで。
一言感想や評価など頂けましたら、次話執筆への活力になりますので、よろしくお願いします。
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