蒼アフター   作:トミー@サマポケ

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第十八話 鳥白島・秋季大運動会(後編)

 

 そしてやってきた、鳥白島大運動会当日。俺は空門家の皆と一緒に、朝早くから島の小学校へ集まっていた。

 

 この島の運動会は午前の部、午後の部に分かれていて、午前の部は小学校のグラウンドで行われる。

 

 島の子どもたちが紅組、白組に分かれて競うのはもちろん、島民が一丸となって声援を送るので、めちゃくちゃ盛り上がっていた。

 

『続いて父兄参加競技、水運びリレーです』

 

 のみきの実況のもと、我が子を一輪車に乗せた親御さんが競技に参加していた。

 

 俺もゆくゆく蒼と結婚して子どもができたら、この手の競技に参加するわけだよなぁ。

 

「……む。羽依里さん、邪な想像をしてませんか」

 

「い、いや、してない。してないぞ」

 

 ……そんな妄想を膨らませていた矢先、藍が睨んできた。うぅ、お義姉ちゃん怖い。

 

『続いての競技はカエル運びリレーです。これは島民参加競技になります』

 

 再び、のみきの声が響く。これはその名の通り、島民も参加する競技だ。

 

 最初に子供たちが二人一組で砂の詰まったカエル……バスケットボール大の浮きを運んでくる。次は島の大人がそれを持ち、100メートルをダッシュする。

 

 次にそれを受け取った人は、倍の200メートル。その次の人は、さらに倍の400メートル……と、まるでスウェーデンリレーのように、距離が伸びていくんだ。

 

 砂の入ったカエルはなかなかに重たそうで、体力自慢の島の男たちも、時々休みながら、もはや持久走のように担当距離を走破していく。カエル競技……思った以上に過酷そうだ。

 

『次のプログラムも島民参加競技。カエル投げ競争です。参加者の方は入場門に集まってください』

 

 やがて、俺の参加する競技が告知された。

 

 教えてもらったルールによると、紅白の代表一人ずつがあのカエルを投げ、その飛距離を競うという単純なものだ。

 

「それじゃ、行ってくるよ」

 

 空門家の皆にそう伝え、俺は他の参加者たちに混ざって入場門に並ぶ。

 

 ややあって軽快な音楽が流れてきて、先導者の笛に合わせて入場していく。

 

 あ、なんか懐かしい。それこそ、小学校を思い出すな。

 

 はるか小学生時代に思いを馳せていると、指定位置への移動が完了したらしい。一層大きな笛の音がして、音楽が止んだ。

 

「羽依里ー、頑張んなさいよー!」

 

 そのタイミングで、蒼の良く通る声が聞こえた。やばい、恥ずかしい。

 

「それでは、競技を始めまーす! 各チームの第一投者は、カエルを持って!」

 

 そう指示が出され、先頭の選手がカエルを持つ。

 

 よく見たら、この競技の進行係をやってくれているのは港で働いている係員さんだった。本当、島民全員参加なんだな。

 

「それでは! よーい! どん!」

 

 そして競技が始まり、合図に合わせてカエルが放り投げられる。渾身の力で宙を舞ったカエルは放物線を描いて、土のグラウンドにどさりと落ちた。

 

 すぐにメジャーを使って手際よく飛距離が測られ、「勝者、紅組!」と宣言された。続いて声援と拍手が響き渡る。

 

 単純だけど一対一の勝負ということもあって、是が非でも盛り上がる。

 

 そうこうしているうちに競技は順調に進み、やがて俺の番が来た。その対戦相手は……。

 

「ほう。相手はお前か、羽依里」

 

 俺の隣に立っていたのは、しろはのじーさんだった。寒さを感じないのか、見慣れたタンクトップ姿をしていて、白い鉢巻が恐ろしいほど似合っていた。

 

「それでは、構えて!」

 

 係員さんに促され、俺は目の前にあったカエルを手に取る。ずっしりと重い。

 

「……み、皆、これを投げていたのか」

 

「どうした。無理して腰を痛めるなよ」

 

「そ、それはこっちの台詞です」

 

 中に砂か石でも入っているような重さで、じーさんの言う通り、投げ方を誤れば腰を痛めそうだ。

 

 ……その時、合図の笛が鳴った。

 

 この島に移住して半年。俺だってそれなりに鍛えてきた。しろはのじーさんに負けはしない!

 

「てええぇぇい!」

 

 渾身の力を込めた俺の投擲は、綺麗な放物線を描いて地面へと落ちた。予想以上に飛んだし、これは勝ったかも……。

 

「……ふん!」

 

 その時、一瞬遅れてじーさんがカエルを投じた。それは俺のカエルに圧倒的な差をつけ、はるか先の地面に落下した。

 

「勝者、白組!」

 

「うそ、だろ……」

 

 僅差の勝負……なんてものじゃなかった。メジャーで測るまでもない、完敗だった。

 

 俺はショックのあまり、その場にがっくりと膝をつくしかなかった。

 

「くそー。まさか、あそこまで圧倒的な力の差があろうとは」

 

 ……その後のお昼休憩。俺は蒼と碧さんが作ってくれたお弁当を食べながら、思わずぼやいていた。

 

「いいじゃない。次の競技で汚名挽回しましょ」

 

 蒼はそう励ましてくれるも、正しくは『名誉挽回』だ。汚名を挽回してどうするんだ。

 

「羽依里さん、見てください。決定的瞬間ですよ」

 

 そんな中、藍がものすごい笑顔でデジカメの画面を見せてくれる。そこにはしろはのじーさんとの勝負に負けた俺が膝をついた瞬間がバッチリ保存されていた。

 

 カメラが趣味の父親の血を継いでいるのか、ベストショットだった。

 

「はっはっは。羽依里君も相手が悪かったねぇ」

 

 碧さんお手製のタコさんウインナーに爪楊枝を刺しつつ、樹さんが笑う。

 

 ちなみにこの人はカエル運びリレーのアンカーを務めていて、400メートルを涼しい顔で走破していた。

 

 白組にはしろはのじーさんに加え、この人もいるのだ。午後からの大人の運動会、果たして俺たち紅組に勝機はあるのだろうか。

 

 

 

 ……そして午後から始まった、大人の運動会。

 

 午前中競技に出ていた子どもたちは観客となり、大人たちが中心のプログラムが続く。

 

『次の競技は真・夫婦道です。参加者の皆さんは入場門に集まってください』

 

「なぁ蒼、これってどんな競技だっけ?」

 

「本物の夫婦しか出られない競技で、男性が乗った猫車を女性が押してゴールを目指すのよ」

 

「……それって男性が押したほうが速いんじゃないのか?」

 

「そんなの当たり前でしょー。力の弱い女性が押すから競技が盛り上がるのよ」

 

 人差し指を立てながら言う蒼を見つつ、そんなもんなのかと納得していると、一層歓声が大きくなる。

 

 何事かとグラウンドに視線を向けると、樹さんの乗った猫車をものすごい勢いで押す碧さんの姿があった。

 

「……あの二人、出てたのか」

 

「そうですよ。おかーさんは自転車で鍛えていますし、パートも立ち仕事なので、足腰には自信があるそうです」

 

 どこか自慢げな藍の言葉を聞いている間にも、空門夫妻はトップでゴールテープを切っていた。他の夫婦を一切寄せつけない、圧倒的な強さだった。

 

 ……その後も、競技は順調に進行していく。

 

 大人のパン食い競走に、大人の騎馬戦、大人の障害物競走。

 

 どの競技も、小学生の頃にやったそれを大人向けに難しくしたような感じで、パンをくわえるのに集中していたら落とし穴が掘ってあったり、障害物競走もコースによっては完走すらままならなかったりと、なかなかにハードだった。

 

 ちなみに俺が参加した大人の玉入れは、超高い場所にあるカゴに玉を入れるというもの。全力投球でやっと届くかどうか……という高さで、肩が壊れるかと思った。

 

「は、羽依里……大人の玉入れ、お疲れ様……」

 

 競技を終えて観客席に戻ってくると、蒼がタオルを渡してくれた。なぜか赤面している。

 

 大人の、大人の……と連呼されるのもあって、蒼の脳内でピンクの妄想が広がっているのかもしれない。

 

 

 

 やがて大人の運動会も終盤を迎え、最後にして花形競技である島一周水泳リレーが始まった。

 

 のみきの実況によると、現在リレーはその四分の三を終えて、大接戦で第八泳者にバトンが渡されたそうだ。

 

「今年の運動会は近年稀にみる接戦ねー。どっちが優勝するかしら」

 

 浜辺に移された得点板を見ながら、碧さんが声を弾ませる。

 

 そこに書かれている得点は、白組、紅組ともに200点。まさかの同点だった。

 

 つまり、この競技の結果で勝敗が決するということだ。

 

「羽依里君、そろそろ行こうか」

 

 水着の上にアロハシャツを羽織った樹さんが、自信に満ち溢れた表情で言う。

 

 ちなみに、白組のアンカーは樹さんで、紅組のアンカーは俺だ。

 

 まさか、樹さんと対決することになるとは思わなかった。

 

「相手が樹さんでも、手は抜きませんからね」

 

「もちろんだよ。娘を手に入れるためにその父親を超えるというのは、よくあるシチュエーションだとは思わないかい?」

 

 ちょっと何言ってるのかわからないが、そのシャツから覗く腕は逞しい。これは油断できないかもしれない。

 

 樹さんと一緒に歩いていくと、そこには移動用の車が用意されていた。運転手は良一のようだ。

 

「お前、あれだけ裸になるのが好きなのに、この競技には出てないのか」

 

「羽依里、忘れたか? 俺はバタフライしかできない!」

 

 車に乗り込みながら尋ねると、彼は清々しいまでの笑顔で言ったあと、車を発進させた。

 

 

 

 樹さんとともに所定の位置で待っていると、歓声とともに前泳者がやってくる。その二人に、ほとんど差はなかった。

 

 それを見て、俺と樹さんは同時に海へと飛び込み、彼らからバトンを受け取る。

 

 あくまでリレーなので、バトンは忘れずに繋がなければならない。

 

「いよいよ勝負は最終泳者に託されました! 果たして、勝利の女神はどちらに微笑むのか!」

 

 勝負も大詰めということもあって、のみきの実況にも力が入っていた。

 

 勝利の女神と聞いて、一瞬だけ紬の顔が浮かんでしまったが、俺にとっての勝利の女神は蒼だ。

 

 ……彼女のためにも、俺は負けるわけにはいかない!

 

 そう考えつつ、スタートから全力で水をかく。

 

 元水泳部だし、泳ぎには自信があるのだけど……樹さんはそんな俺に、ぴったりとくっついてきていた。

 

「……樹さん、泳ぎもうまいんですか?」

 

「貴重な蝶を探すため、アマゾン川を泳いで渡ることもあったからね!」

 

 力強く水の中を進みながら、さも当然のように言う。そんな昆虫学者、聞いたことがない。

 

 ……その後も樹さんを離すことができずに、レースは進んでいく。

 

 まもなくゴールというところで、ふいに潮の流れが変わった。

 

「うわっ……!?」

 

 俺は波に襲われてバランスを崩し、一瞬スピードが落ちる。

 

「悪いね。お先に!」

 

「しまった!」

 

 その隙を、樹さんは見逃してくれなかった。彼は俺をかわし、一気に前に出る。

 

「空門の婿殿、シティーボーイに負けるんじゃないよ!」

 

「元水泳部だから期待してたけど、さすがに樹さんには勝てないかー」

 

 それと時を同じくして、いくつもの声が俺の耳に届く。ゴールが近かった。

 

 俺は体勢を立て直し、必死に水をかくも……その距離はなかなか縮まらない。

 

 このままじゃ、負ける……そう思った時。

 

「羽依里ー!」

 

 誰よりも俺に勇気をくれる声が響いた。

 

 蒼のやつ、姿が見えないと思ったら、ゴール前で待っていてくれたのか。

 

「おとーさんに負けたら許さないわよー! 頑張って! あ、あたしのために……!」

 

 ……そこは躊躇しないでいい切ってほしかった。言い淀まれると、聞いてるこっちも恥ずかしくなる。

 

 水の中にいても、蒼が顔を真っ赤にしているのが見えるようだった。

 

 ──娘を手に入れるためにその父親を超えるというのは、よくあるシチュエーションだとは思わないかい?

 

 ……その直後、樹さんの言葉が思い出された。

 

 あの時は冗談かと思っていたけど、もしかして、俺は本当にあの人を超えなければいけないのかもしれない。

 

 ……そいうことなら、俺も力を出し切るまでだ。

 

「うおおおお!」

 

 最後の力を振り絞り、渾身の力で水をかきわけていく。

 

 一瞬だけこちらを振り返った樹さんの顔は、驚きの色に染まっていた。

 

 それからゴールまでの間、あれだけ騒がしかった歓声が一切聞こえなくなる。

 

 いつ以来かわからない、極限までの集中。いわゆるゾーンというやつだった。

 

「両者、横並びのまま……ゴール!」

 

 そして、のみきの声で我に返る。

 

 結果は……どうなったんだろう。

 

 確実に樹さんに追いつくことはできたはずだけど、追い抜けたかはわからない。

 

 いずれにしろ、勝敗はタッチの差だと思う。

 

「しゃ、写真判定に入ります! しばらくお待ちください!」

 

 続いてのみきがそう宣言し、歓声とざわめきが入り混じるのを、俺と樹さんは海の中で呆然と聞いていたのだった。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 写真判定の結果、俺と樹さんは完全に同着だった。

 

 使用したカメラの性能があまりよくなかったこともあり、これ以上は判定不可能。島一周水泳リレーはまさかの引き分けという結果に終わった。

 

 これにより、最終得点は215対215。島をあげた大人たちの運動会は、二十年ぶりのドロー決着となった。

 

 

 

 運動会が終わったあとは、懇親会という名の飲み会が催される。

 

 俺たちは役所前に集まって、夜遅くまで騒いでいた。

 

「まさか引き分けるとはな。お前がいて、なげかわしい」

 

「はは、さすがに元水泳部が相手になると厳しかったですね。行けると思ったんですが」

 

「……最後、力を抜いたわけではあるまい?」

 

「そんなまさか。彼の実力ですよ」

 

 しろはのじーさんに凄まれるも、タコ天とビールを手にした樹さんは赤い顔で言う。

 

「……もしかすると、彼には愛の力の後押しがあったのかもしれませんが」

 

「ぶふっ」

 

 そして樹さんが続けた言葉に、俺は飲んでいたジュースを思いっきり吹き出してしまった。

 

「わ、ちょっと羽依里さん、何やってるんですか。汚らしい」

 

 それを見た藍が睨んでくるも、俺はそれどころじゃない。

 

「ふっ……まだまだ若いな。わしはとうに忘れた感情だ」

 

 しろはのじーさんは苦笑すると、ビールを手に樹さんのそばを離れていく。

 

「……あら、何の話をしていたの?」

 

 そんなじーさんと入れ替わるようにして、碧さんがやってきた。

 

「いや、なんでもないよ。それより、君もたまには付き合わないかい?」

 

 樹さんはそう言って、封の切られていない缶ビールを碧さんへ差し出す。

 

「そうねぇ……酔いつぶれたあなたを介抱するのは嫌だけど、たまにはいいかしらねー」

 

 彼女はそう言うとビールを受け取り、その封を開けた。

 

「そうこなくちゃ。じゃあ、乾杯」

 

 ……そんなふうに微笑みながら盃をかわす二人を遠巻きに見ていると、なんとも言えない感情が俺の中に湧き上がってくる。

 

「俺もゆくゆく蒼と結婚したら、あんな感じの夫婦になりたいな」

 

「は? ちょっと羽依里さん、寝言は寝て言ってください」

 

 思わずそんな言葉を口にするも、藍の鋭い視線が飛んできた。

 

 ……うう、やっぱりお義姉さん怖い。

 

 俺は慌てて顔をそらし、残ったジュースをちびちびと口にしたのだった。

 

 島の秋は、騒がしくも楽しく過ぎ去っていった。

 

 

 




 第十八話・あとがき

 皆さん、本当にお久しぶりです。トミーです。

 約1年半ぶりの更新となります。随分とお待たせしてしまい、申し訳ないです。

 この期間、オリジナル作品の書籍化が決まったりと、様々なことがありましたが、ようやく更新できて安堵しています。

 エタらせるつもりは毛頭ありませんので、ご安心ください……! 

 今回は島の運動会本編でしたが、楽しんでいただけましたでしょうか。

 こんな運動会、島であったらいいな……なんて想像しながら書きました。

 うちの地域がそうだったのですが、児童数が少ない学校では地区の運動会も一緒にやって盛り上げるんですよね。

 それこそ、唐突に消防団員のリレーが始まったりしていました(笑

 それでは、今回のあとがきはこの辺りで。

 一言感想や評価など頂けましたら、飛び跳ねて喜びますので、よろしくお願いします。
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