蒼アフター   作:トミー@サマポケ

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第六話 駄菓子屋看板娘育成計画?

 

 

 

 ……6月の頭。そろそろ梅雨の気配も近づいてきた頃。俺はいつものように漁に出ていた。

 

 今日は雨こそ降っていないものの、どんよりとした曇り空。大量の水分を含んだ空気がまとわりついて、気持ちが悪い。

 

「よし、これが最後の網だ。お前たち、気合いを入れろ」

 

「「はい!」」

 

 そんな中、今日の俺たちは力を合わせて定置網を引いていた。

 

 じーさんの漁は季節に応じて狙う魚を変えるやり方で、最近の獲物はベイカやヒラだった。時期が来ると、タコツボを用意してタコを獲ったりもするらしい。

 

「うう、なかなかに重いな」

 

「羽依里、そのライフジャケットを脱げばもっと力が入るんじゃないか?」

 

「……良一、悪いがこれだけはパージするわけにはいかない。蒼からもらった、大切なものだからな」

 

 俺は誇らしげにそう言って、良一を見やる。

 

 ……先の誕生日に貰ったこのライフジャケットは、すぐに仕事場に着ていった。

 

 もちろん相当に茶化されたけど、俺はすぐに開き直った。彼女からもらったものを見せびらかして、何が悪い!

 

「良一こそ、妹さんからもらった腕時計、邪魔じゃないのか?」

 

「い、いや、これはいいんだよ! 小さいからな!」

 

 俺が返した言葉に、良一は明らかに動揺する。彼はいつものように上半身裸だけど、その左腕には真新しい腕時計がつけられていた。

 

 どうやらダイバーウォッチというやつで、完全防水なのはもちろん、GPSや方角がわかる機能もついているらしい。

 

 良一は妹さんからのプレゼントだと言い張っているけど、あれは間違いなく彼女……のみきからのプレゼントだろうと、俺は踏んでいる。

 

「……やはり、今年は良いものが獲れるな」

 

 やがて網を上げ終わる頃には、船の生け簀は魚でいっぱいになった。じーさんの反応を見ると、今年は豊漁らしい。

 

「……よし、今日はそろそろ戻るとしよう。良一、船を出せ」

 

「船尾よーし。舵中央よーし……発進!」

 

 満足げな表情を浮かべるじーさんから、帰港命令が出る。それを受けた良一が船を発進させた。

 

 最近は良一も慣れてきたのか、その操縦にも以前ほどの荒々しさは感じなくなっていた。ようやく潮目が見えるようになってきたと言っていたし、船が暴れなくなったのもそのためだろう。

 

「良一も日々、成長してるよな……」

 

「……羽依里、何か言ったか!?」

 

「いや、なんでもないぞ!」

 

 船のエンジン音のせいで、俺の呟きは良一の耳には届かなかったらしい。

 

「……蒼も学校頑張っているんだし、俺ももっと頑張らないとな」

 

 だんだんと近づいてくる鳥白島を眺めながら、俺も意志を強めたのだった。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

「よう、いらっしゃい」

 

「べ、別にいらっしゃってないし」

 

 鳥白島の港に戻り、例によって魚の仕分け作業をしていると、しろはがやってきた。

 

「今日はどんな魚が獲れたの?」

 

「えーっと、ベイカとヒラだったかな」

 

 俺は仕分けの終わった二つのカゴをしろはに見せる。中にはそれぞれ、小さなイカと銀色の魚が入っていた。

 

「じゃあ、ベイカをザルで二杯分。ヒラを四匹もらえるかな」

 

「はいよ。いつも俺たちの船から魚を買ってもらって悪いな」

 

「べ、別にあなたのためじゃないし。それに時々だけど、他の漁師さんから魚を買ってることだってあるし」

 

 ……なるほど。しろはは自分の祖父の船だからって贔屓しているわけじゃないらしい。さすが目利きのプロだ。

 

「なんにしても、ありがとうな」

 

 俺は頼まれた魚をビニール袋に入れて、しろはに手渡す。

 

「ところでさ」

 

「……もう教えないよ?」

 

「……まだ何も言ってないんだけど」

 

 そして、いつもの流れでしろはに魚の調理法を聞こうと思ったら、先に釘を刺された。

 

「そろそろ私から教えてもらうのもやめないと。成長しないよ?」

 

「そうしたいところなんだけどさ。前も言ったけど、毎回獲れる魚が違うから調理方法がわからなくて」

 

「……ベイカは見ての通り小さいイカだから、塩もみした後に洗って、丸茹でにするの。その後、煮つけにしたり、酢味噌で食べるんだよ」

 

 ため息をつきながらもしっかりと教えてくれるあたり、さすがしろはだ。

 

「下処理は簡単なんだな。あの時みたいに、イカスミを噴かれる心配もないわけだ」

 

「え?」

 

「あの時の真っ黒になったしろは、今も記憶に焼き付いているよ」

 

 

 ……以前、しろはからイカの下処理を習ったことがあった。

 

 その頃の俺はまだ調理に不慣れで、暴れるイカの墨袋を思いっきり切り裂いてしまい、飛び散ったイカスミがしろはを襲った。

 

 突然の出来事でしろはは避けることもできず、顔面にそのスミを食らってしまったというわけだ。

 

 

「……おつかれさまでした」

 

 あの時のことを思い出したらしく、しろはは不快そうな表情で回れ右をする。

 

「ごめん。待って待って」

 

 俺はそんなしろはを慌てて呼び止める。まだ聞きたいことがあるし。

 

「……なに?」

 

「最後に一つだけ。こっちのヒラはどう食べるの?」

 

「……生姜醤油でお刺身が美味しいよ。あと煮付けも」

 

 心底めんどくさそうな顔をして振り返るけど、きちんと教えてくれた。

 

「……とっても小骨が多い魚だし、美味しく食べるには骨切りしないといけないよ。できるの?」

 

「え、骨切り?」

 

 骨切りって言うと、ハモとかを食べる時にする処理のことだろうか。

 

「今のあなたにきちんとした処理できるか、お手並み拝見だね」

 

 しろはは一転、勝ち誇った顔をする。もちろん俺に骨切りの経験なんてない。

 

「それじゃ」

 

 俺が何も言い返せずにいると、しろはは勝利を確信したのか、そのまま港から去っていった。

 

「おーい羽依里、そろそろスクワットの時間だぜー」

 

「あ、ああ。片付けてすぐに行くよ」

 

 そんなしろはと入れ違いになるように、良一がこっちにやってきた。今日も四天王スクワットの時間だ。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

「それじゃ、お疲れ様でしたー!」

 

 ……無事に四天王スクワットを終えて、漁港を後にする。加藤家へと続く道を歩いていると、近くの家の庭先からカエルの鳴き声がする。

 

「もうそんな季節なんだなー」

 

 そろそろ梅雨入りも間近だとニュースでも言っていた気がするし、カエルたちも元気いっぱいだった。これも風流かな。蒸し暑いけどさ。

 

「ゲコゲコ。ゲコゲコ」

 

「……なにやってるんです?」

 

「ゲ……」

 

 そんなカエルたちの鳴き真似をしていたら、藍にバッチリ見られていた。

 

「ゲ、ゲロゲロ。ゲロゲーロ」

 

「いつまで続けてるんですか。早く人間に戻ってください」

 

 開き直って鳴き真似を続けていると、呆れたような顔で見られた。

 

 それにしても、藍がこの辺にいるのは珍しい気がする。特に朝のこの時間は、漁港の関係者くらいしか通らないんだけど。

 

「いやその、カエルに負けたくなくてさ」

 

「意味が解らないんですが。そんなことより、蒼ちゃんが大変なんです!」

 

「え、蒼が?」

 

 今日は土曜日だし、もう蒼は学校に行っているはずの時間だけど。もしかして、体調でも悪くなったんだろうか。

 

「こっちです。ついてきてください!」

 

 言うが早いか、藍は俺の手を掴んで走り出した。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 未だ状況が飲み込めない俺を、藍がぐいぐいと引っ張っていく。

 

 藍もここ数ヶ月でかなり体力がついたみたいで、以前より明らかに力強い走りになっている。

 

 これは足の速さだけなら、俺もうかうかしてられないかもしれない。

 

「ところで、どこに行くんだ? 体調悪いなら家とか、ひょっとして診療所?」

 

「いいから黙って走ってください! そこの角を右ですよ!」

 

「え……?」

 

 ……そして辿り着いたのは、空門の家でも診療所でもなく、駄菓子屋だった。

 

 その店の中では、蒼がおばーちゃんの指示を受けながら忙しそうに走り回っていた。

 

「え、どういう状況?」

 

「ああ、鷹原も来たのか……」

 

 予想外の状況を前に俺が固まっていると、のみきと天善が声をかけてきてくれた。

 

「私たちも偶然通りかかったんだが……どうやら大変なことが始まったらしいな」

 

「大変なこと?」

 

 少年団の二人はなんとも言えない顔で蒼を見ている。ここから見た限り蒼は元気そうだし、普通にバイトの指導をされているようにしか見えないけど。

 

「……駄菓子屋看板娘育成計画」

 

 ……その時、のみきがやけに重い口調でそう言った。

 

「駄菓子屋……なにそれ?」

 

 初めて聞く単語に、俺は思わず聞き返す。

 

「私も詳しくは知らないが、おばーちゃんが行う、すぺしゃるな修行……らしい」

 

 すぺしゃるな修行? ますます意味が解らない。

 

 俺としては、蒼の身に何も起こってないなら一安心だ。藍があれだけ慌てていたから、何事かと思ったけど。

 

「今月に入ってから、急におばーちゃんのスイッチが入ってしまったんです。なんでも来たる夏に向けて、今のうちから修行するらしいですよ」

 

 その時、のみきの説明を藍が引き継いでくれた。つまりは、夏に向けたバイトの研修みたいなものだろうか。かき氷器とか出してるし。

 

「でも、そのために蒼はわざわざ学校を休んだのか? いくらなんでも、そこまでしなくても……」

 

「学業と両立できるほど、この修行は甘いものではないみたいです。それに……」

 

「……おや、藍ちゃんも戻ったようだね」

 

「……ひっ」

 

 その時、おばーちゃんに声をかけられた藍が小さく飛び跳ねた。どうしたんだろう。

 

「すみません。ちょっと用事がありまして……」

 

「言い訳無用。途中で抜けた罰として、残りの修行の間はこのメイド服を着るのじゃ」

 

「お、おばーちゃん、それだけは勘弁してください! せめて、蒼ちゃんと同じ服を……!」

 

「駄目じゃ。ほら、座敷で着替えるのじゃ」

 

 おばーちゃんはそう言いながら、鬼のような形相で藍の胸元にメイド服を押し付ける。

 

「う、ううう」

 

 藍も観念したのか、俺たちの方をちらちらと見ながら駄菓子屋の奥へと消えていった。

 

 絶望に染まった顔をしていたけど、大丈夫かな。

 

「きええぇぇぇぇぇーーーー!」

 

 ……ちなみに藍が着替えている間、蒼はおばーちゃんの指導の元、謎の発声練習をしていた。なぜかチャイナ服姿だったし、ますますわけがわからない。

 

 

 

 

「よし。二人揃ったところで、次は会計の訓練じゃ!」

 

 藍がメイド服に着替えたところで、今度は二人揃ってカウンターの方へと移動していた。

 

「更なる高みにらんくあっぷするのじゃ! パンダのようにキリキリ働けい!」

 

 もの凄い速さで手を動かす二人を前に、仁王立ちしながら指示を送るおばーちゃん。怖すぎる。ところで、パンダにそんなイメージはないんだけど。

 

「蒼よ、お客の顔を見た瞬間、そのお客が何を買うか察せねばならん! そして藍、いちいち値段を確認する暇などないぞ! すべて頭に入れておくのじゃ!」

 

 ちょっとおばーちゃん、都会の駅にある売店ならともかく、この島でそんな客のラッシュは起こらないと思うんだけど。

 

 ……そんな言葉が喉元まで出かかったけど、とても口にはできなかった。

 

 ……それにしても、修行中の二人を見ていると、藍が慌てふためいていた理由が少しわかった気がした。

 

 たぶんだけど、蒼は必死に修行をしながら、俺に助けを求めていたんだ。

 

 藍はその思いを汲み取り、危険を冒して駄菓子屋を脱出して、俺を呼びに来てくれたんだ。

 

「蒼、釣銭は手の感覚で金額を把握するのじゃ!」

 

「は、はい!」

 

「藍、かき氷器を回すときは手首のスナップをきかせつつ、腕の力を余すことなくハンドルに伝えるのじゃ!」

 

「こ、こうですか!?」

 

 ……うん。ごめん。蒼が頼ってくれた気持ちは嬉しいんだけど……今のおばーちゃん怖すぎて、俺には見守ることしかできなさそうだよ。頑張れ、二人とも。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 ……13時を過ぎた頃、ようやく休憩時間となった。

 

 激しい修行でへろへろになった二人はそれぞれの服装のまま、俺と一緒に空門家へと帰宅する。

 

 移動の間、幸いなことに雨は降らなかったけど、メイド服とチャイナ服の姉妹は島民の注目を浴びてしまった。これも修行なんだろうか。

 

「つ、疲れました……」

 

「ほんとよねー」

 

 二人は家に帰りつくなり、リビングソファにその身を投げ出してしまった。ちょっと、今日の二人はスカートが短いんだから、そういう激しい動きはやめて欲しい。

 

「お腹空いたけど、ご飯作る気力ないわねー」

 

「そうですね……お昼ごはん、どうしましょう」

 

 その時、姉妹揃ってお腹が鳴った。休憩時間が終わったらまたあの過酷な修行が待っているわけだし、何か食べないと体力が持たないと思う。

 

「二人とも、何か食べないと。簡単に作るなら、インスタント食品とかないのか」

 

「あー、ちょうど切らしてるわねー」

 

 蒼が力なくそう答える。言われてみれば、空門家にはインスタント食品が常備されていた記憶はない。どうしたものか。

 

「……そ、そうです。この際、出前でも取りませんか?」

 

「え、出前?」

 

 その時、藍がそう提案してきた。この島にデリバリーサービスをやってくれる店があるのか?

 

「そういえば、そんなのもあったわねー。確かメニュー表、電話の近くに貼ってたはずだけど」

 

「よし、俺が見てきてやる。二人とも、寝るなよ。寝たら死ぬぞ」

 

 思わず冬の雪山のようなセリフを口にしながら、俺は電話の方へと向かう。

 

 だって、二人が疲れ切っているのは明白だし、ここで寝たら絶対に休憩時間内に起きられない。そうなると午後の修行をサボることになって、おばーちゃんにどんな目にあわされるか分かったもんじゃない。

 

「……あった。これだな」

 

 そんなことを考えているうちに、俺は壁に貼られたメニュー表を見つける。そこには4つのメニューと電話番号、そしてひげ猫のイラストが描かれていた。

 

「かつ丼、ハッピーセット、クリームパン定食、お造り定食があるけど、二人はどれにする?」

 

「あたし、ハッピーセットでいいわー」

 

「私も蒼ちゃんと同じものでお願いします」

 

「了解。それじゃ、注文するからな」

 

「ありがとう。お願いねー」

 

 二人の注文を確認してから、俺はチラシに書かれていた番号に電話をかける。

 

 

「……はいよ。出前かい?」

 

 数回の呼び出し音の後、聞いたことのある声が電話の向こうから聞こえた。これは間違いなく、坂のところの食堂だろう。

 

「すみません。加藤……じゃない。空門です。かつ丼一つと、ハッピーセットを二つお願いします」

 

「あいよ。空門さんちね。代金は1400円。すぐに届けるから、用意しておいてくれよ」

 

「わかりました」

 

 金額を頭の中で反芻させながら、電話を切る。ちょうど今日の報酬も手元にあるし、頑張ってる二人に、お昼ごはん代くらいは出してあげることにしよう。

 

 

 

 

「こんにちわー」

 

 ……しばらくして、出前が到着した。

 

「はーい!」

 

 疲れ切ってる二人に代わって俺が返事をして、玄関を開ける。

 

「あれ、しろは?」

 

「……げ」

 

 扉を開けた先にいたのは、岡持ちを持ったしろはだった。しかも、何故かメイド服姿。

 

「ど、どうしてあなたが蒼の家にいるの」

 

「その、色々あってさ……代金、いくらだっけ」

 

「せ、1400円になりますです」

 

 動揺したのか、変な敬語になっていた。でも、開口一番『げ』はやめてほしい。傷つくから。

 

「てっきり、蒼のおとーさんでも帰ってきてるのかと思ったら、どうしてあなたが……」

 

 しろはは何やらぶつぶつ言いながら、岡持ちからそれぞれの料理を取り出し、俺の眼前に並べていく。

 

「だって俺、蒼の彼氏だしさ……というかあの食堂、出前もやってたんだな」

 

「そ、そう。以前はテイクアウトだけだったんだけど、私が働き始めてからは余裕ができたとかで、マスターがデリバリーもやろうって」

 

 お持ち帰りもあったのか。モーニングもやってるし、あの店、色々とやってるんだな。

 

「器は明日取りに来るから、洗って表に出しておいてね」

 

「わかった。蒼に伝えておくよ……ところでさ」

 

「な、なに?」

 

 俺は代金を支払いながら、どうしても気になっていたことを聞いてみる。

 

「どうしてしろははメイド服姿なんだ?」

 

「……気にしないで」

 

「ごめん、すごく気になる。藍もメイド服着てるし、最近鳥白島ではメイド服が流行ってるのか?」

 

「マスターの趣……ううん。なんでもないし!」

 

 しろははそのまま岡持ちの蓋を乱暴に閉めると、すぐに立ち上がって脱兎のごとく逃げていった。やっぱりあの格好、恥ずかしいみたいだ。

 

 

 

 

「おーい二人とも、お昼ごはんが来たぞー」

 

 しろはを見送った後、俺は届いた料理をおぼんに乗せ、リビングの二人にそう声をかけながらダイニングへと向かう。

 

「え、もう来たんですか」

 

「いい匂いねー」

 

 ラップのかかった料理からほのかに香る匂いに気がついたのか、二人がばっとその身を起こして、全く同じ動きでダイニングテーブルに着く。

 

「ああ、おいしそうだぞ」

 

 俺はそんな二人の動きに苦笑しつつ、目の前にハッピーセットを配膳する。熱々……とまではいかないけど、まだ温かい。

 

「それじゃ、いただきましょー」

 

 かつ丼を持った俺が二人の向かいに着席するのを確かめてから、蒼がそう言う。

 

「「いただきまーす」」

 

 揃って挨拶をしてから箸を割り、それぞれのどんぶりに取りかかる。

 

 ……うん。俺のかつ丼は安定の味だ。この出汁が染みたトンカツが本当に美味しい。

 

「んー。ふわとろで美味しいわねー」

 

 そして空門姉妹が食べているのは、ハッピーセットという名の親子丼だった。

 

 見てると確かに美味しそうだけど、仕事上がりの俺としては物足りなさを感じる。鶏肉は入ってるけど、どうしてもかつ丼の下位互換な感じがするし。親子丼より、かつ丼が最高だ。

 

「そうだ。羽依里も一口食べてみる? あーんしてあげる」

 

「いただきます」

 

 ……前言撤回。親子丼、最高だよな。

 

「はい。あーん」

 

「あーん」

 

 というわけで、姿勢を正して蒼から親子丼を一口もらう。

 

「おお、うまいな」

 

 もちろん、かつ丼のようなジューシーさはないのだけど、優しくて素朴な味わいがあって、これはこれで良い感じだ。下位互換なんて言ってごめん。

 

「蒼、お返しに俺のかつ丼も一口食べてみるか? 豚肉だし、スタミナつくぞ。きっと午後からも頑張れるぞ」

 

「ありがとー。じゃあ……あーん」

 

 俺が箸に挟んで差し出したとんかつを、蒼は笑顔でほおばる。

 

「あ、おいしーわねー」

 

「むむむ……蒼ちゃん! 私も一口欲しいです!」

 

 そんな俺たちの様子を見ていた藍が、たまらずそう言っていた。え、同じハッピーセットなのに?

 

「わ、わかったから睨まないで。ほら、藍も。あーん」

 

「あーん」

 

 そして、満面の笑みを浮かべながら蒼から親子丼を食べさせてもらっていた。

 

「美味しいです。格別です。ハッピーです」

 

 頬に手を当てながら、本当に幸せそうな顔をしていた。

 

「藍、スタミナがつくように、俺のかつ丼もやろうか?」

 

「結構です」

 

 一方で俺の提案は一蹴されてしまった。そんな、汚いものを見るような目で見なくても……。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

「ふー。食べたなー」

 

 ……昼食を終えてリビングの時計を見ると、14時前。駄菓子屋のおばーちゃんから言い渡された休憩時間は15時までだし、もう少し時間がある。

 

「……そういえばさ、二人に相談があるんだけど」

 

 休憩しながら、テレビでも見ようかと考えていると、蒼が唐突にそう口にする。

 

「相談?」

 

「来週の木曜日、しろはの誕生日なのよ」

 

「あ、そうなのか」

 

 俺は反射的に、壁にかけられたカレンダーを見てみる。どうやらしろはの誕生日は6/8らしい。

 

「あと一週間もないんだけど、お祝いしてあげたいのよー。ほら、あの子はシャイだけど、あたしは一応親友だと思ってるし」

 

 しろはと俺もそこまで親しいわけじゃないけど、ほぼ毎日魚を買ってくれてるわけだし。ここは何か協力したい。

 

「本土に行って、プレゼントでも用意するか?」

 

「あ、プレゼントはもう用意してあるんだけどねー。せっかくなら、特別感のあるケーキでお祝いしてあげたいと思って」

 

「特別なケーキか……そうなると、やっぱり藍が作るのか?」

 

 先日、俺の誕生日には藍がケーキを用意してくれた。手作りのケーキでお祝いしてもらうと嬉しさもひとしおだと思うし。

 

「作らないですよ。あんなケーキ、羽依里さんにしか出せません」

 

「えぇ……頑張って作ったくれたんだし、そこまで卑下しなくても」

 

「駄目です。あんなケーキ、とてもじゃないですがしろはちゃんには出せません」

 

 俺はフォローするけど、藍は頑なだった。

 

「そりゃそうよねー。しろは、料理の腕は鳥白島で一番だもの」

 

「え、そうなのか?」

 

「そうよー。本人は認めてないけど、島の人間は皆そう言ってるもの」

 

 食堂で働いてるのは知ってたけど、そこまで料理が上手だなんて知らなかった。じゃあ、今日の親子丼やかつ丼も、しろはが作ったのかな。

 

「じゃあ、藍がしろはからケーキの作り方を教わるってのは?」

 

「しろはちゃんの誕生日は来週ですよ? さすがに時間がありません」

 

「そ、それもそうか……」

 

 ケーキ作りなんてやったことないけど、一朝一夕で上達するようなものじゃないだろうし。

 

「だからね。真っ当なケーキ作りは諦めて、変わり種で勝負しようかと思ってるの」

 

「変わり種?」

 

「そう。しろはの大好きなスイカバーをふんだんに使った、スイカバーケーキよ!」

 

 蒼はそのタイミングで、テーブルの上に紙を広げる。そこには、緑と赤を基調とにした、謎の物体が描かれていた。たぶん、スイカバーケーキの完成予想図だと思う。

 

「いいですね。しろはちゃん、スイカバー大好きですし、きっと喜びますよ」

 

 ぱん。と手を叩いて、藍が一番に賛同した。確かに良い案だとは思うけど……。

 

「……どうでもいいけど蒼、お前絵下手な」

 

「しょ、しょーがないでしょー! 絵心に関する七影蝶もどっか行っちゃったのよ!」

 

 思わずそう指摘すると、蒼は顔を真っ赤にして完成予想図の描かれた紙を裏返してしまった。言われてみれば、以前の蒼はもっと絵が上手かった気がする。

 

「それで、どうやってスイカバーをケーキにするんだ?」

 

「ほら、スイカバーって三角形だし、円形に並べたらケーキっぽくならない?」

 

「あー、言われてみれば」

 

「一本のスイカバーの角度がこれくらいよね。だから、えーっと」

 

 蒼は自ら裏返した紙に円を書いて、計算式を書き込んでいく。

 

「……きちんとした円形を作るには、18本のスイカバーが必要だな。せめて二段くらいにはしたいから、最低でも、倍の36本か」

 

「結構な量よねー」

 

「まぁ、材料費は俺が出すとして、後はそれだけのスイカバーをどこで手に入れるかだな」

 

「今の時期だと、島にはスイカバーは売ってませんし……おかーさんに買ってきてもらうのはどうですか? おかーさんがパートしているスーパー、スイカバーたくさん売ってましたよね?」

 

「確かに売ってたけど、それだけたくさんのスイカバーを溶かさずに持って帰るのは至難の業だよな」

 

 クーラーボックスに入れても、船での移動時間を考えたら無理かもしれない。それこそ、ドライアイスでも一緒に入れないと。

 

「いっそ、定期船で届けてもらえないのか? 確か、注文した日用品を届けてくれるんだろ?」

 

「食料品とかならいけるみたいだけど、冷凍物は無理じゃない? 駄菓子屋のおばーちゃんが使ってる、特別便じゃないと」

 

「え、なにそれ。特別便?」

 

「……蒼ちゃん、それはまさか、禁断の高速クール便ってやつですか?」

 

 藍が立ち上がって、信じられないといった表情で蒼を見ていた。え、そこまで驚くものなの?

 

「思わず口にしちゃったけど……やっぱり、それしかないのかしらねー」

 

「……ちょっと待って。高速クール便って何? 島に住んで結構経つけど、初耳なんだけど」

 

「前に使われたのは結構前だったって言うし、羽依里が知らないのも無理ないわね……実はこの島には、専用の冷凍庫を積んだ高速船があるの。それに荷物を乗せて、本土から運んでもらうのが、高速クール便ってわけ」

 

「あ、そんなのがあるんだ」

 

 今の俺たちにピッタリじゃないか。これは利用しない手はない。

 

「でも、料金は一回3万円らしいですよ」

 

 藍が神妙な顔つきでそう言う。まるで緊急時の海上タクシーだ。

 

「高いな……」

 

「そりゃあ、本来なら島の皆で割り勘するものだもの」

 

 蒼も肩をすくめている。まぁ、当面の生活費を切り詰めれば、俺が出せない額でもないけど……。

 

「それに、その高速船を利用するには、駄菓子屋のおばーちゃんの許可がいるの」

 

「え、なんで?」

 

「だってあの船のオーナー、おばーちゃんだし」

 

「……」

 

 そういえばあの駄菓子屋、土地の権利書とか売っていた記憶がある。なら、税金対策に船の一つくらい持っていても不思議はないかもしれない。

 

「……でも、修行中のあたし達がお願いに行って、おばーちゃんが許してくれるかしら」

 

 蒼は口元に手を当てて考え込む。俺にはその辺の事情は分からないけど、蒼の口ぶりからすると、厳しそうだ。

 

「でも蒼ちゃん、ここは行ってみるしかないですよ。許可さえもらえれば、高速クール便でスイカバーを大量輸入できますよ」

 

 藍はそう言って、握りこぶしを作っていた。それにしても、輸入ときたか。

 

「うーん……そうね。お願いするだけしてみましょー」

 

「その意気ですよ。最悪、当たって砕けろです」

 

 いや藍、砕けちゃ駄目だから。

 

 ……そんな話をしていると、休憩時間は残り僅かになった。俺たちは慌てて準備を整えると、再び駄菓子屋へと向かった。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

「……ほう。高速クール便を使いたいとな」

 

 駄菓子屋に到着すると、俺たちはすぐに高速クール便の使用許可を申請していた。

 

「二人とも、まだ修行中の身であることを忘れてはおらぬな?」

 

「そ、そりゃあ、もう……」

 

「じゅ、重々わかっています……」

 

「そ、そこをなんとか……」

 

 そして予想通りというか、芳しくない雰囲気だ。おばーちゃんの眼光に射貫かれて小さくなっている二人と一緒になって、俺も頭を下げる。

 

「……ならば、これから出す課題をクリアできれば、高速クール便を使わせてやろう」

 

 そんな俺たちの必死の願いが通じたのか、おばーちゃんは小さく息を吐きながらそう告げる。

 

 でも、いったいどんな課題が出されるんだろう。俺たちは固唾をのんで、次の言葉を待つ。

 

「三人で力を合わせて、明日中に港でかき氷100杯売ること。これが課題じゃ」

 

「「か、かき氷100杯!?」」

 

 課題を聞いて、俺たちは思わず声をあげる。確かに最近は蒸し暑くはなってきているけど、6月にかき氷100杯はいくらなんでも厳しいんじゃないだろうか。

 

「いやなら、やめてもらっても構わんぞ?」

 

「や、やるわよ! やってやろうじゃない!」

 

 一瞬たじろいだ蒼だけど、すぐにそう言葉を返していた。こういう時、蒼の積極性は頼もしい。

 

「威勢は良いが、ただ単にかき氷を売ればいいと言うわけではないぞ。接客の心得を得るため、蒼ちゃんと藍ちゃんの当日の服装はメイド服じゃ」

 

「「……は?」」

 

 続くおばーちゃんの言葉を聞いた空門姉妹が固まった。

 

「の、望むところよ!」

 

 それでも、そんな空気を蒼が吹き飛ばした。

 

 正直、望まないほうがいいと思うけど。接客の心得とメイド服に何の関係があるのか、全然わからないし。

 

「……良い目じゃ。かき氷も港でやるからには、屋台という形になる。この店で使えるものは全て使って構わんが、何が必要か、自分たちで考えて準備するんじゃぞ?」

 

「わかりました」

 

「では、今から明日に向けて準備をするがええ。シロップも、器も、スプーンも、全てそこの棚に入っておるでの」

 

 ……俺たちの返事を聞いて、おばーちゃんは満足そうに店の奥へと消えていった。

 

 そして残された俺たちは、必要な機材や道具について考えることにした。

 

 

 

 

「えーっと、港での屋台に必要なもの……」

 

 おばーちゃんに言われた戸棚からシロップや器を引っ張り出しながら、俺は必死に想像力を働かせる。

 

 この店じゃなく、わざわざ港で屋台をさせるってことは、そこに何かしらの意図があるということだろうし。

 

「おつり用の小銭もあるし、氷を入れるクーラーボックスもこれで良さそうねー」

 

「蒼ちゃん、電動式のかき氷器も出てきましたよ。こっちのほうが楽ですし、港に持って行きますか?」

 

 別の棚を調べていた空門姉妹が、そんな話をしている。

 

「……藍、港は電気が使えるかわからないし、持って行くかき氷器は手動にしておいた方がいいと思うぞ」

 

「い、言われてみればそうですね」

 

「それに蒼、そのクーラーボックスにかき氷100杯分の氷は入らないと思う」

 

「あ、ほんとね……」

 

 ……二人のを聞いて、以前本土でやったかき氷屋でのバイトを思い出した。

 

 その時の体験を踏まえながら、俺は二人にそうアドバイスをする。

 

「港なら近くに商店があるし、クーラーボックスに入りきらない氷はそこの冷凍庫に預かってもらえないかな」

 

「それしかないわねー」

 

 俺の提案に、蒼は口元に手を当てながら考え込んでいた。商店の電話番号は知ってるし、後で電話しておこう。

 

「後、何か足りない気がするな……」

 

 そんな蒼と向かい合って、俺も考える。

 

「……そうだ。テントだ」

 

「テント? まさか、今日から港に泊まるんですか?」

 

「違う違う。四本足で、白くて大きなあれだよ」

 

「……あ。小学校の運動会とかで使う、あのテントですね」

 

「そう。日よけが必要だしさ。それと、テーブルも」

 

「テントにテーブル……小学校のを借りられるかしら」

 

「いや、テントは小学校より、確実に借りられそうな奴を知ってる」

 

「へ? 誰?」

 

「おばーちゃん、電話借ります!」

 

 そこまで話して、俺は駄菓子屋奥のおばーちゃんにそう断りを入れて、受話器を手に取った。

 

 

 

 

 ……それからは一気に忙しくなった。

 

 まずは良一に電話して、テントを借りる。

 

『屋台で使うテントか』

 

『ああ。四本足でさ、運動会で使うような奴でいいんだけど』

 

『ワイドテントって奴だな。あるぞ』

 

 あれって、ワイドテントって名前なんだ。知らなかった。

 

 なんにしても、良一は快くテントを貸してくれることになった。さすがテントコレクターだ。

 

『ありがとうな。恩に着るよ』

 

 更に、そのテントを港に持って来てほしい旨も伝えて、電話を切る。

 

 次に役所に電話をかけて、テーブルや椅子を確保。更に港の商店に連絡を入れて、冷凍庫を借りるのも忘れなかった。

 

 そして一通り電話連絡が終わった後、俺は一度加藤家へと向かい、バイクの荷台に大きめの箱をくくりつけて戻ってくる。

 

 その荷台に必要な機材や荷物を積めるだけ積んで、空門姉妹より一足早く港へと向かうことにした。

 

 良一もテントを持って港に来てくれると言っていたし、氷以外の機材はできるだけ今日中に準備しておかないと。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

「……あれ、のみき?」

 

 港に着いてみると、そこには良一に加えて、のみきの姿があった。

 

「もしかして、のみきも手伝ってくれるのか?」

 

「ああ。良一から話を聞いてな。ほら、鷹原が役所に頼んでいたテーブルだ」

 

 のみきは笑顔で簡易テーブルを俺の前に置く。見た感じ、のみきでも持てるくらいに軽いものなんだろう。

 

「それより鷹原、屋台をするというのに、役所の許可を取っていないだろう?」

 

「え、許可とかいるのか」

 

「当然だ。仮にも商売をするわけだからな。役所に無許可で商売をすれば、罰則金が発生するぞ」

 

 えええ、それはまずい。

 

「……安心しろ。こんなこともあろうかと、こちらで申請をしておいた。あくまで仮申請だから、後日正式な書類を書いてもらう必要があるがな」

 

「わかった。のみき。助かったよ」

 

 ……危なかった。のみきが機転を利かせてくれなかったら、課題どころじゃなかったかも。

 

「気にするな。ちょうど別の屋台の申請書類を書いていたところだったからな」

 

「何にしても、ありがとう」

 

 俺はそう言ってのみきの手を握る。別の屋台ってのが、少しだけ気になるけど。

 

「お、羽依里。来たのか」

 

 その時、少し離れたところで屋台用のテントを立ててくれていた良一が俺に気づき、声をかけてくれた。

 

「テントの場所、大体この辺でいいか?」

 

「ああ、ありがとう。手伝うよ」

 

 良一にお礼を言いながらテントの方へ近寄っていく。手伝うとは言ったものの、ほとんど良一だけで完成させてしまったみたいだ。

 

「軽いワンタッチテントだからな。すぐに立てちまったよ。それより、こののぼりは使わないか?」

 

 そう言う良一が手に持つのは『かき氷』とカラフルな文字が書かれたのぼりだった。

 

「え、そんなのぼり、どこで?」

 

「元々は青年団が小学生向けのイベントを開催する際に使うものなんだがな。華やかになるんじゃないかと思って、持ってきたんだ」

 

 俺の疑問に対しては、のみきが答えてくれた。確かに、あるとないとでは、華やかさが全然違う気がする。

 

「……あれ? 蒼ちゃん、立派なのぼりが出ていますよ」

 

 良一たちとそんな話をしていると、空門姉妹も港にやってきた。

 

「こののぼりはのみきが準備してくれたんだ。テントも良一が立ててくれたんだぞ」

 

「そうなのねー。二人とも、ありがとー」

 

「ありがとうございます」

 

 俺が説明すると、二人は一緒にのみきたちにお礼を言う。その足元には、イナリの姿があった。たぶん、道中に会ったんだろう。

 

「おお、イナリも応援に来てくれたのか」

 

「ポン!」

 

 俺が声をかけると、イナリは尻尾を振って返事をしてくれる。もしかしたら、当日のマスコットキャラクターもお願いできるかもしれない。変わった姿だし、見方によってはペケモンっぽく見えるかも。

 

「よーし、俺たちも荷物運び手伝うぜ! 羽依里、このかき氷器はどこに運びゃあいい?」

 

 その時、良一がバイクの荷台にくくりつけていたかき氷器を取り上げて、そう聞いてくる。

 

「向こうの倉庫に入れておいてくれると嬉しいけど……って、良一たちはテントを立ててくれたし、もう十分だけど」

 

「そう言うなよ。俺たちも乗り掛かった舟だ。最後まで手伝うぞ」

 

「そうだぞ。いいから、ここは私たちに任せろ。あの格好の二人を働かせるわけにはいかないしな」

 

 のみきの視線の先には、チャイナ服とメイド服を着た空門姉妹がいる。確かにあの服装で動き回ると、色々と危なそうだ。

 

「じゃあ、もう少しだけ手伝ってもらっていいかな」

 

「ああ、任せてくれ」

 

 俺もまだ駄菓子屋に取りに行かなきゃいけない荷物があるし。ここは二人の言葉に甘えることにした。

 

「あたしたちもこんな格好だけど、できることは手伝うわよー?」

 

「それじゃ、お品書きを書いてくれ。こういうのは女の子が書いた方が見栄えが良いからさ……」

 

 その後は良一やのみきにも手伝ってもらいながら、俺たちは明日の本番に向けて、考えられる限りの準備をしたのだった。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 ……そして、翌日。

 

 俺たち三人は朝早くから港に集合して、屋台の準備をしていた。

 

 氷を近くの商店に預かってもらったり、シロップやお品書きを並べて屋台としての体を整えているうちに、段々と陽射しも強くなってきた。

 

 今日はなかなかに蒸し暑くなりそうだし、これは天気も俺たちの味方をしてくれたかもしれない。

 

「うわー、今日は暑くなりそうねー」

 

「ポンー」

 

 昨日と同じようにイナリもやって来ていて、蒼と一緒に暑そうにしていた。全身毛皮に覆われているし、イナリも辛そうだ。

 

「……ところでこのメイド服、すごく蒸れますね。蒼ちゃん、大丈夫ですか?」

 

 そう言う藍の気持ちも分かる。メイド服はなぜか長袖だし、すごく蒸れそうだ。

 

 ……それにしても藍、暑いのはわかるけど、胸元をパタパタやらないでほしい。変に意識しちゃうから。

 

「……うむ。しっかりと準備できたようだの。いい店構えじゃ」

 

 そんな藍から必死に視線を逸らしていると、駄菓子屋のおばーちゃんがやってきた。どうやら、様子を見に来てくれたらしい。

 

「今日は暑くなりそうだしの。しっかりと売るのじゃぞ」

 

「まかせといて!」

 

 蒼が元気よく返事をする。日曜日とはいえ、大型連休も終わった島にどれだけの観光客がやってくるかわからないけど、ここまで来たらやるしかない。

 

「……それと、この屋台は蒼ちゃんの修行も兼ねておる。そのことを忘れんようにな」

 

「も、もちろん! 重々わかってるから!」」

 

 そう言われて、自然に蒼の背筋が伸びる。おばーちゃんはそれを見届けると、ゆっくりと俺たちに背を向けて、港から去っていった。

 

 

 

 

 ……ほどなくして、港の時計が9時を指す。

 

 定刻通りに、最初の船が港に船が入ってきた。さあ、いよいよ勝負だ。

 

「……あ、かき氷があるー!」

 

「おとーさん、かき氷たべたーい!」

 

 ……船が着岸してすぐ、タラップを降りてきた観光客がかき氷ののぼりに気づく。

 

 港は予想以上に暑くなっていて、子供たちは親を急かしながら俺たちの屋台に向かってくる。

 

「いらっしゃーい。冷たくておいしいわよー」

 

「氷イチゴください!」

 

「僕はメロン!」

 

「いいわよー。ちょっと待っててねー」

 

 蒼が注文を受けて、慣れた手つきでかき氷器を回し始める。

 

「ふたつで200円になります」

 

「ポンポーン!」

 

 しゃこしゃこと涼しげな音を聞きながら、俺は代金を受け取って缶ケースに入れる。一方、イナリはそんな俺の足元で、かき氷を待つお客さんに愛嬌を振りまいてくれていた。

 

「はい。おまたせー」

 

 ……やがて、イチゴとメロンのシロップがたっぷりとかけられたかき氷が完成した。もちろん鳥白島仕様だから、なかなかのボリュームだ。

 

「え、これで100円ですか?」

 

「そうです。少なかったですか?」

 

「いえ、逆ですよ」

 

 その大盛のかき氷を前して目を丸くするお客さんに、蒼が笑顔で伝える。

 

 このやりとり、俺も初めて駄菓子屋でかき氷を買った時にした記憶があるな。

 

「はい。どうぞー」

 

「おねーちゃん、ありがとう!」

 

「こぼさないように、気をつけて食べるのよー?」

 

「うん!」

 

 そんなかき氷を受け取った子供たちは、そろって目を輝かせていた。あの笑顔を見ていると、頑張って準備した甲斐があるってものだよな。

 

 

 

 ……その後も、同じような親子連れや、カップルがかき氷を買ってくれた。なかなか幸先良いスタートなんじゃないだろうか。

 

「……おお。なんかお店が出てる」

 

 そんな観光客の波が落ち着いた頃、聞き慣れた声がした。

 

「あれ、鴎?」

 

 声のした方を見ると、白い日傘を差した鴎が俺たちの目の前を歩いていた。

 

「お前も今の船で島に来たのか?」

 

「うん。ちょっと役所に用事があってねー」

 

 がらがらとスーツケースを引きながら、俺たちの方にやってくる。

 

「ところで、なんで羽依里たちは港でかき氷屋さんやってるの? もしかして、経営難?」

 

「人聞きの悪いこと言うな!」

 

「じゃあなんで?」

 

「え、えーっと、その……」

 

 俺はしどろもどろになりながら、空門姉妹の方を見る。理由を話して良いものかな。

 

「鴎ちゃん、かき氷一つ買ってくれたら、教えてあげます」

 

 そんな俺を見て勘付いたのか、藍がそう言ってお品書きを鴎に差し出していた。

 

「交換条件ってやつだね! どれにしようかなー」

 

「おすすめは今日限定のマンゴー味とスイカ味です。練乳をかけると10円増しになりますよ」

 

「じゃあ、マンゴー味に練乳をお願いします!」

 

 鴎はまんまと藍の策略にはまり、嬉々としてかき氷を注文する。もしかすると、純粋にかき氷が食べたかっただけかもしれないけど。

 

 

 

 

「……はい。おまたせー。110円よー」

 

「わーい!」

 

 その後、蒼から練乳マンゴーのかき氷を受け取った鴎は、そのまま屋台の目の前でスーツケースに腰掛けて、心底嬉しそうにかき氷を食べ始めた。

 

「それで、さっきの話ですが」

 

「……ほう。課題とな」

 

 そして藍は約束通り、蒼の課題について鴎に話して聞かせていた。

 

「でも100杯ってなると、観光客だけじゃ厳しいよね」

 

 スプーンストローをくわえながら、鴎は船着き場の方を見る。確かに時期を考えると、観光客だけだと厳しいとは思うけど。

 

「……よーし。それじゃあ、私も協力しよう!」

 

 次の瞬間、鴎は握りこぶしを作りながらそう宣言する。

 

「え、気持ちは嬉しいけど、鴎は役所に用事があるんでしょ? 邪魔しちゃ悪いわよ」

 

「気にしない気にしない。ところであおちゃん、こののぼりを一本貸してほしいんだけど」

 

 いい案でも思いついたんだろうか。鴎は急ぎ足でかき氷をかき込みながら、近くののぼりに視線を送る。

 

「たくさんあるからいいけど、どうするの?」

 

「スーツケースにくっつけて、役所に行きながら宣伝して回ろうと思って」

 

「あ、そういうこと。それじゃ、お願いしようかしらねー」

 

 その意図を理解した蒼が、笑顔でのぼりを鴎に手渡す。受け取った鴎は持っていた日傘を主軸にして、器用にのぼりをスーツケースにくくりつけた。

 

「これを引いてれば目立つし、思わず声をかけたくなるはずだよ!」

 

 ……確かにカラフルで目立つし、俺も何も知らずに『かき氷』ののぼりが刺さったスーツケースなんて見かけたら、思わず声をかけてしまうかもしれない。

 

「鴎、頼りにしてるからな」

 

「任せといて! それじゃ、かき氷ごちそうさまー!」

 

 手早くかき氷を食べ終わった鴎は、アイスクリーム頭痛も感じさせずに、元気よく手を振りながら港から去っていった。

 

 宣伝効果がどれくらいあるかわからないけど、ここは期待して待とう。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

「あら、本当にかき氷屋さんが出ているわね」

 

「せっかくだし、一杯貰おうかな」

 

 鴎が港から立ち去ってしばらく経つと、ぽつぽつと島の皆がやってきてくるようになった。どうやら、鴎の宣伝効果が出始めたみたいだ。

 

『あー、島民の皆様にお知らせがある』

 

 なんだかんだで、あののぼりは目立つんだな……とか考えていたら、今度は島内放送まで聞こえてきた。

 

『本日、港にはかき氷の屋台が出ている。今日限定のフレーバーもあるらしい。興味のある人は行ってみるように』

 

 鴎は役所に用事があると言っていたし、のみきに放送を頼んだらしい。まさか、そこまでしてくれるなんて。

 

「……おいおい。スイカ味って何?」

 

「マンゴー味だと? せっかくだし、味見してやろう」

 

 ……そんな島内放送も後押しして、一気に島民のお客さんが増えてきた。

 

 三人でそのお客さんを必死にさばいていると、10時の船が汽笛を響かせながら港に入ってきた。

 

 その船から降りてきた観光客も、人だかりができている俺たちの屋台に興味を持って、次々と集まってくる。

 

「これは、予想以上にすごいな……」

 

「羽依里、マンゴーのシロップなくなったわよ! 新しいの出して!」

 

「よし、マンゴーだな!」

 

「クーラーボックスの氷、そろそろ補充しておいた方がいいかもしれません。羽依里さん、お願いします」

 

「ほいきた!」

 

 俺はマンゴーシロップを補充した後、すっかり軽くなったクーラーボックスを受け取って近くの商店までひとっ走り。預かってもらっていた氷を受け取って、急いで屋台へ戻る。

 

 ……これは予想以上に忙しい。目が回る。

 

 

 

 

 ……そんな島民と観光客の二重の波が落ち着いた頃。俺たちから少し離れた場所で同じようなテントを組み始める二人組があった。

 

「……あれ? 良一に、のみき?」

 

「よう、羽依里」

 

 よく見ると、その二人だった。完成したテントの下で、手際よく鉄板を温めている。何を始める気だろう。

 

「実は俺たちも屋台をやろうと思ってな」

 

「え、なにそれ」

 

 ……まさかの商売敵発言だった。

 

「ちょっと良一ちゃん、どういうつもりですか」

 

 聞き捨てならないと思ったのか、藍が二人のそばへと駆けていく。

 

「昨日テント立ててくれたりしたので、ちょっと見直していたのに。この期に及んで、お客さん取っちゃうつもりですか?」

 

「ちょっと待ってあいちゃん、それは違うよ!」

 

 藍が良一に言い寄った矢先、その間に鴎が割って入ってきた。

 

「良一君たちは、あいちゃんたちの手助けをしようとしてくれてるんだよ!」

 

「え、手助け?」

 

「……実はこの屋台では、焼きそばを売ろうと思ってる。鳥白島名物、海鮮焼きそばだ」

 

 俺たち三人が揃って疑問符を浮かべていると、良一がそう言いながら、用意しておいたらしい材料を見せてくれる。エビにタコ、イカといったメインの具材に、中華麺とソース。普通の焼きそばの材料だ。

 

「……この焼きそばと、かき氷の売り上げがどう関係あるんですか?」

 

 その説明を聞いても、藍の言葉にはどこか棘がある。正直、俺にもよくわからない。

 

「今からお昼時になるわけだが、かき氷は食事代わりにはならないだろ? つまり、これからは売り上げが落ちる時間帯なわけだ」

 

 確かに、かき氷は食事にはならない。どちらかというと、おやつだし。いくら食べても、お腹は膨らまないし。

 

「そこで、この海鮮焼きそばなんだ。良一、頼む」

 

「おう!」

 

 のみきが目くばせすると、良一が中華麺を鉄板で炒め、ソースをかける。

 

 ……同時に、すごくいい香りが周囲に広がった。

 

「このように、焼きそばを焼くとかき氷にはない食欲をそそる香りがするわけだ。第一に、これが客寄せになる」

 

「そして第二に、この海鮮焼きそばはかなり辛めの味付けにする予定だ」

 

「……ということは」

 

「……食べたら、確実に喉が渇く。そして、目の前にはかき氷の屋台!」

 

「あー……そういうことねー」

 

 そこまで言われて、俺たちは納得した。

 

 つまり、焼きそばのいい香りでお昼時の観光客を捕まえて、辛めの味付けでその後にかき氷を食べたくなるように仕向けると。

 

 ……この二人、まさかそこまで考えてくれていたなんて。

 

「……その、良一ちゃん、変なこと言ってごめんなさい」

 

 二人の考えを理解した藍が素直に謝っていた。

 

「別に気にするなって。良かったら、昼飯代わりにでも買ってくれな?」

 

「わかった。あとで三人分買いに行くよ」

 

「ああ、是非食べてみてくれ。良一の焼きそばは美味しいんだぞ」

 

 のみきは笑顔でそう言いながら、イスやテーブルを屋台の前に手際よく並べていた。焼きそばを立ち食いするわけにもいかないし、お客さん用だろう。

 

 ……その後、三人分の焼きそばも買わせてもらい、少し早めのお昼ごはんにした。

 

 本人たちの言う通り、なかなかにピリ辛の味付けだったけど、魚介の旨味が効いてて美味しかった。

 

 

 

 

「やきそばいかがっすかー」

 

 ……やがて12時の船がやってくる頃には、港には焼きそばを焼くいい香りが充満していた。そんな匂いにひかれるようにして、観光客は海鮮焼きそばを買い求める。

 

「どうぞ、こちらの席でお召し上がりください」

 

 そんなお客さんを、鴎が近くのテーブルへと案内していた。いつの間にかメイド服になっているし。どこで用意したんだろう。

 

 そして良一の読み通り、焼きそばを食べた人のほとんどが食後にかき氷を買ってくれた。

 

「面白いように売れていくわねー」

 

「本当だな」

 

 もし焼きそばの屋台が出ていなかったら、昼ごはん目当ての観光客はかき氷の屋台を素通りしていたと思う。これは良一たちに感謝だ。

 

 俺たちはてんてこ舞いしながらも、なんとかお昼時を凌ぎ切ったのだった。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

「三人とも、おつかれさまー」

 

「ああ、まるで戦争だったな……」

 

 港の時計が12時を回り、ようやく一息つけたころ。鴎が海鮮焼きそばを手にこっちにやってきた。

 

「いつの間にか手伝ってくれてたけど、お前の用事はもう済んだのか?」

 

「うん。もう終わったよ。後は帰りの船を待つだけだし、せっかくだからここに居ようと思ったの」

 

 鴎はそう話しながら、俺たちの屋台の近くでスーツケースに座り、ずるずるといい音を立てて焼きそばを食べ始めた、

 

「お、おいしいけど、辛いっ……!」

 

 一口食べて、悶えていた。俺はそんな鴎を、減ってきたシロップを交換しながら見ていた。

 

 ちなみに空門姉妹は椅子に座って休んでいる。あの二人もめちゃくちゃ働いていたし、今のうちに少しでも休んでもらいたい。

 

「……って、あれ?」

 

 そんなことを考えながら蒼の方を見ると、こめかみを押さえて辛そうにしていた。心なしか、顔も赤い気がする。

 

「蒼、どっか体調悪いんじゃないのか?」

 

 気になった俺は蒼に駆け寄って、そう声をかけてみる。

 

「……え? ごめん。なに?」

 

 慌てて取り繕っていたけど、どこかぼーっとしている感じだ。俺はその手を取ってみる。明らかに熱い。

 

 ……これは、もしかして。

 

 まだ水泳をやっていた頃、頑張りすぎた仲間が日射病で倒れるところを何度か見たことがある。その時の症状にそっくりだ。

 

「……なぁ蒼、お前、水飲んでるか?」

 

「え? お昼ご飯の時に少し飲んだけど……ほら、かき氷作ってるから、そこまで暑くなかったし」

 

 今日の蒼みたいに、周囲に多少の涼しさがあると水分補給を疎かにしがちになるし、いつの間にか身体に熱がこもってしまうこともある。典型的な例だと思った。

 

「え、どうしたんですか?」

 

「あおちゃん、大丈夫?」

 

 そんな蒼の異変を感じ取ったのか、藍と鴎もこっちにやってきた。藍の方はちょくちょく水分補給していたし、大丈夫みたいだ。

 

「どうした。なにがあった」

 

 そして俺たちの騒ぎに気づいたのか、向こうのテントからのみきもこっちにやってきた。

 

「たぶんだけど、日射病かもしれない。蒼、身体を冷やすんだ」

 

「でも、かき氷売らないと……」

 

「それは良いから! のみき、頼んでいいか?」

 

「ああ。任されたぞ」

 

 渋る蒼を制して、俺はのみきに介抱をお願いする。蒼はあの性格だし、頑張りすぎてしまったんだろうか。

 

「私も手伝うよ! あおちゃん、このスーツケースに乗って!」

 

 鴎は食べかけの焼きそば放り出すように屋台のテーブルに置いた後、蒼をスーツケースへと促す。

 

「それで、診療所に向かえばいいの?」

 

「いや、見たところそこまでひどくないし、涼しいところで身体を冷やして、しっかりと水分を取れば大丈夫だと思う」

 

 蒼の乗ったスーツケースを今にも押し始めようとしている鴎に、俺はそう伝える。

 

「わかった。スーツケースには保冷剤も入ってるし。あおちゃん、向こうの倉庫に行こう!」

 

「向こうの商店に冷たい飲み物も売っているし、いざとなればハイドロの水もある。蒼、少しの辛抱だぞ」

 

 二人にそう声をかけられながら、蒼はスーツケースに乗って倉庫の中へと消えていった。あそこなら日陰だし、涼しいとは思う。

 

 ……そして、かき氷の屋台の中には俺と藍が残される。

 

「私も向こうで蒼ちゃんの看病をします。お店、お願いしますね」

 

「藍、待って」

 

 すぐに鴎たちの後を追おうとしていた藍を、俺は何とか呼び止める。ひとつ、重要なことを思い出した。

 

「な、なんですか?」

 

「蒼が心配なのはもちろんわかるけどさ。今日の屋台って、蒼の昇格試験も兼ねてるんだよな」

 

「そうですけど……」

 

「もし今このタイミングで駄菓子屋のおばーちゃんがやって来て、俺しかいない出店を見たら……」

 

 

『……日射病で倒れるなんて、とんだ根性なしじゃ。よって、昇格試験は不合格!』

 

 

「……みたいなことになって、最悪、バイトもクビになったりするんじゃ……?」

 

「そ、それだけはダメです。蒼ちゃん、せっかく頑張ってるのに」

 

 普段ならあり得ない話だろうけど、ここ数日のおばーちゃんを見ていたら笑えなかった。なんというか、師匠モードになってるし。

 

「……わかりました。それじゃ、蒼ちゃんが戻って来るまで、私が代わりをします」

 

「え、代わり?」

 

 藍はそう言うと、すぐに自分の髪を結い始めた。

 

「いいですか。今から私は蒼ちゃんになります。羽依里さんも蒼ちゃんだと思って接してください」

 

「わ、わかったけど……大丈夫なのか?」

 

「蒼ちゃんの性格は熟知しているつもりですし、かき氷器の扱いもおばーちゃんから叩き込まれました。たぶん大丈夫です」

 

 そうこうしているうちに、藍は蒼とうり二つの姿になった。今日は服装も同じだし、本当に見分けがつかない。

 

「それでも、ボロが出た時のために、サポートはお願いしますね?」

 

「え、俺?」

 

「当たり前です。他に誰がいるんですか。ほら、またお客さんがやってきましたよ」

 

 言われて前を見てみると、島の子供たちが大挙として押し寄せてきていた。どうやら、午後の部の始まりみたいだ。

 

「皆、いらっしゃーい」

 

「ししょー! かき氷ちょーだい!」

 

「オレ。氷レモン!」

 

「わたしは氷イチゴ!」

 

「はいはい。きちんと作ってあげるから、ちゃんと並びなさい」

 

 ……一瞬身構えたけど、藍は至って自然に蒼を演じていた。子供たちにバレている様子はない。

 

「おおー、今日は彼氏と二人で出店かい」

 

「もー、吉村のおじーちゃん、からかわないでくださいよー」

 

 続いて、そんな子供たちの引率なのか、毛深いことで有名な吉村のおじーさんがやってきた。

 

「わしも氷メロンを貰えるかい?」

 

「いいですよー。どれも同じ味ですけどねー」

 

 そのやりとりも、蒼が駄菓子屋でやってるやりとりそのままだった。当然、バレてない。

 

「……」

 

「羽依里どうしたの? 次の器取って欲しいんだけど」

 

「あ、ああ。悪い」

 

 俺は思わず、そんな藍の方を見ながら固まってしまった。

 

 だって恋人の俺から見ても間違えてしまいそうなくらい、色々なものがそっくりだったから。

 

 双子だから元々声は似てるんだけど、それだけじゃなくて、仕草とか雰囲気まで似てる。これは騙される。まさしく、最強の影武者だった。

 

「……あ、本当に屋台やってる」

 

 そんな蒼……じゃない、藍を横目に見ていると、今度はしろはと天善がやってきた。やばい。この二人は同じ少年団だし、蒼とも長い時間を一緒に過ごしている。これはバレるかも。

 

「二人とも、いらっしゃーい。珍しい組み合わせね?」

 

「偶然一緒にいたところ、鴎からこの店の話を聞いてな。せっかくだから、行ってみようと話になったんだ」

 

「そういうことです」

 

「なるほどねー。それじゃ、何味にする?」

 

「俺は氷レモンを頼む」

 

「私はこれがいいかな」

 

 しろははメニュー表に書かれていたスイカ味のかき氷を指差す。

 

「さすがしろは。それを選ぶと思ってたわよー。それじゃ、少し待っててねー」

 

 二人から代金を受け取って、藍がかき氷器を回しはじめる。それを見ながら、俺はレモンシロップと、あまり減っていないスイカ味のシロップを用意した。

 

 

 

 

「はい。おまたせー」

 

「ありがとう……ところで蒼、駄菓子屋が経営難って本当? 島の噂になってるんだけど」

 

「へっ? 経営は順調そのものだけど……どっからそんな噂が流れたのかしらねー」

 

 しろはがスイカ味のかき氷を受けとりながら、心配そうな顔をしていた。たぶんその噂、鴎が発信源だと思うんだけど。

 

「はい。天善もおまたせー。氷レモンで良かったのよね? 大盛にしといたわよー?」

 

「ああ。すまないな」

 

「それじゃ二人とも、頑張ってください」

 

 そして、かき氷を受け取った二人はそのまま港から去っていった。結局最後まで、二人は目の前にいるのは蒼だと信じて疑わなかった。

 

 正直、少年団の二人にもバレなかったのは驚きだった。

 

「はぁぁ……疲れました」

 

 そんな二人の姿が見えなくなったところで、藍はぐったりと椅子に座り込む。

 

「……さすがだな。あまりにも蒼に似てて、俺まで騙されそうになったよ」

 

 その様子を見ながら、俺は藍にしか聞こえないような声で呟く。

 

「蒼ちゃんのことは隅々まで知り尽くしてますから。一緒にお風呂だって入ってますし」

 

「……でも、蒼は太ももの内側には二つ並んだほくろがあるんだぞ。それは知らないだろ?」

 

「は? どうして羽依里さんがそんなこと知ってるんです?」

 

 ……しまった。つい口が滑った。

 

「羽依里さん、ちょっとその辺詳しく」

 

 ずいっと顔を近づけてきた。蒼の格好で、そんな怖い顔しないで欲しいんだけど。

 

「ほ、ほら、それよりまたお客さんが来たぞ。早く、蒼モードにならないと」

 

「むぅ。その件はいずれ追及しますからね……い、いらっしゃーい」

 

 一瞬で接客モードに戻った藍と共に、俺もお客さんの顔を見る。するとそこには、見知った金髪少女と、おっぱい少女がいた。

 

「おお、紬や静久も来てくれたのか?」

 

「はい! アオさんが港でかき氷屋さんをやっていると聞いて、シズクと一緒にやってきました!」

 

「そうなの。せっかくだし、一杯ずつ貰えるかしら」

 

「いいですよー。何味にします?」

 

「新しい味も気になるけど、私はいつものをもらおうかしら」

 

「わたしもいつものでお願いします!」

 

「……い、いつもの? いつものねー」

 

 予想外の注文を受けた藍は平静を装いながらかき氷器を回す。明らかに困っている。この二人の『いつもの』。なんだったっけ。蒼ならわかるんだろうけど……。

 

「……あ。確か紬がみぞれで、静久が氷すいだったよな」

 

「そですね!」

 

「ああ、それならできるわよー。少し待っててねー」

 

 俺の発言を聞いた藍は、すぐに砂糖水とガムシロップを用意していた。言葉の端々に安堵感がにじみ出ていた。

 

 ……ちなみに、どうして俺が二人の『いつもの』を知っていたかというと、以前触れた蒼の記憶の中に、二人がそのフレーバーを買いに来た記憶があったからだ。蒼には悪いけど、ピンチを乗り切るために利用させてもらった。

 

 

 

 

「それでは、ありがとうございましたー」

 

「こっちこそ、ありがとねー」

 

 やがて希望のかき氷を受け取った二人は、俺たちに手を振りながら去っていった。少し危なかったけど、なんとかなった。

 

「……羽依里さん、ありがとうございます」

 

「あ、ああ。以前、駄菓子屋で二人が頼んでたのを見てたからさ」

 

「そうだったんですね。なんにしても、助かりました」

 

 さすがに、蒼の記憶から引き出したってことは秘密にしておこう。それこそ、究極のプライバシーの侵害だって怒られそうだし。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

「……おかえりなさい。蒼ちゃんの様子、どうでしたか?」

 

「見た感じ、だいぶ体調は良さそうだったよ」

 

 ……14時前。次の船が来るまで少しだけ時間があったので、俺だけで倉庫の方に蒼の様子を見に行ってみた。

 

 蒼はすっかり顔色も良くなって、スーツケースに座ってスポーツドリンクを飲んでいた。

 

 本人はすぐにでも屋台に復帰したいと言っていたけど、もう少し休むように言っておいた。鴎とのみきも笑顔だったし、もう大丈夫だとは思うけど。

 

「もう少し休めば復帰できそうだ」

 

「……そうですか。安心しました」

 

 他の誰より蒼のことを心配していたであろう藍は、そう言って胸をなで下ろしていた。

 

「じゃあ藍も、もうちょっとの辛抱だな」

 

「……そうですね。頑張ります」

 

 藍がそう気合いを入れた矢先、汽笛を鳴らしながら14時の船が港に入ってきた。また忙しくなりそうだ。

 

 

 

 

「羽依里、ブルーハワイシロップがもうなくなりそう。下の箱から出しといてもらえる?」

 

「ああ。これだな」

 

「後、練乳ももう一本お願い!」

 

「まかせとけ!」

 

 ……船がやってくると、これまた目が回るような忙しさ。俺たちは必死に注文をさばいていく。

 

「あら、頑張ってるみたいねー」

 

「おお、本当にかき氷の屋台をしているんだね」

 

「あ」

 

 ……テーブルの下にしゃがみ込んで、チューブに入った練乳を用意していると、藍の息を呑む音が聞こえた。

 

 思わず顔を上げてその視線を追ってみると、目の前に二人の両親……樹さんと碧さんが立っていた。

 

「樹さん、島に戻ってきたんですか?」

 

「ああ、いましがたの船でね。この蒸し暑さの中にいると、日本に帰ってきた実感が湧くよ」

 

 そう言って、一層逞しくなった腕を挙げて挨拶をしてくれた。確か、ここしばらくはヨーロッパを巡っていたんだっけ。やっぱり、向こうは涼しいのかな。

 

「樹さん、今度はどれくらい島に居られるんです?」

 

「ああ、少なくとも今月一杯は島に滞在できそうだよ」

 

 思わず黙ってしまった藍に代わって、俺が場を繋ぐ。

 

「せっかくだし、かき氷お願いしようかしら。いくら?」

 

「一つ100円です。これがお品書きになります」

 

「じゃあ、メロンにしようかしら」

 

「僕も同じものにしよう。僕のは練乳お願いしていいかな」

 

「ちょっと待っててねー」

 

 注文を受けて、藍が素早く二人に背を向けてかき氷器を回し始める。できるだけ顔を合わせたくないみたいだ。

 

 俺も碧さんから代金を受け取りながら、できるだけ藍の姿を隠すように努める。

 

「おまたせしました。氷メロンです」

 

 しばらくして、藍から受け取ったかき氷を二人に手渡す。

 

「美味しそうね。それじゃ、向こうのベンチで食べましょ」

 

「そうだ藍、せっかくだから仕事中の写真を……」

 

 その時、樹さんのメガネが光り、どこからかゴツいカメラを取り出していた。

 

「あなた? 娘の仕事の邪魔しちゃ駄目よ?」

 

「いたたたた。母さん、耳を引っ張るのは反則だよ」

 

 それを見た碧さんがすかさず樹さんの耳を引っ張って、屋台から無理矢理引きはがす。

 

「……藍、蒼を手伝うのも良いけど、ほどほどにしなさいね?」

 

「は、はい」

 

「が、頑張るんだぞー」

 

 そして、笑顔で手を振りながら二人は去っていった。いくら変装しても、さすがに両親にはすぐに藍とわかったみたいだ。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 ……両親が港から去ってしばらくすると、心底申し訳なさそうな顔した蒼が鴎やのみきに連れられて戻ってきた。

 

「蒼ちゃん、もう大丈夫なんです?」

 

「ごめんね。心配かけちゃって」

 

「いえ、それは全然かまわないのですが……」

 

 蒼が戻ってきたのを確認して、藍が髪をほどく。その表情はさすがに疲れ切っていた。

 

「羽依里から聞いたわよ。あたしの代わりに頑張ってくれたんでしょ?」

 

「はい。でもその、いつも元気な蒼ちゃんを演じるのは疲れました……」

 

 蒼が戻ってきた安心感からか、藍はその場に座り込んでしまった。

 

「本当にごめんね。今度、あたしが藍を演じてあげるからね」

 

 え、なんでそんな流れになるの。

 

「それやめて欲しいんだけど。藍が二人になったら、俺の心が持たない」

 

「「なんですかそれ。業腹ですね」」

 

 ……二人の声がきれいにハモった。

 

「ううう、うわーーーん!」

 

 藍が二人になってしまい、俺は思わずその場に泣き崩れた。

 

「ふふ、もう心配なさそうだし、私は焼きそばの屋台の方に戻ることにしよう。良一も暇しているようだしな」

 

「私もそろそろ帰りのチケット買って、乗り場で待つことにするよー。あおちゃん、そのスポーツドリンク、飲んじゃっていいからね!」

 

「二人とも、ありがとねー」

 

 俺たちのやりとりを見て安心したんだろう。のみきと鴎は揃って笑顔になり、それぞれの方向へと歩いていった。

 

 

 

 

 ……蒼が復帰して喜んだのもつかの間。15時を過ぎると途端に客足が途絶えてしまった。

 

 良一たちの屋台も商品の関係上、お昼時を過ぎるとぱったりと売れなくなってしまったらしく、これ以上の相乗効果も望めない。

 

 ……そんな中、汽笛を響かせながら15時半の船が港にやってきた。たぶん、鴎はあの船に乗って本土に帰るんだろう。

 

「あ、船がやってきましたよ」

「でも俺の経験からして、この時間の船でやってくる観光客はいないぞ。もう観光して日帰りできる時間じゃないしな」

接岸していく船に気づいて、藍が嬉しそうな顔をするけど、俺は経験則からそう伝えていた。休みの前日とかなら宿泊目的の観光客が来ることもあるけど、明日は月曜日。学校や仕事がある人がほとんどだろうし。

 

 そんなわけで、俺は大した期待もせず、残りの器の数を数えていたんだけど……。

 

 

「あ、かき氷の屋台がありますよー。今日は暑いですし、買っていきましょう!」

 

「……そうね。ちはやの意見に賛成よ。これだけ暑いと、途中で干からびそうだわ」

 

「会長、本当に運動不足だな」

 

「黙りなさい。小さい島だからと侮らず、車を用意しておくべきだったわ……」

 

「かいちょーさん、陽の光を浴びると弱るとか、まるで吸血鬼……」

 

「なんとでも言いなさい。咲夜、支払いは任せたわよ」

 

「お任せください。お嬢様方、フレーバーはどうされますか」

 

 突然の賑やかさに、俺は顔を上げる。すると、何人もの観光客が屋台に向かってきていた。

 

「いらっしゃいませー。どれもおいしいですよー?」

 

「じゃあ、ブルーハワイと氷レモンください!」

 

「ちはや、お前二つも食うのか?」

 

「い、いいじゃないですか。美味しそうですし! 瑚太郎はどうするんです?」

 

「余太郎君にはシロップなど些末なものでしょう。氷だけで十分では?」

 

「些末じゃねぇ! 重要だ!」

 

「コタさんや、ここはシロップ全部がけにチャレンジしてみないかい?」

 

「え、店員さん、そんなのできるのか?」

 

「一応できますよー。50円増しになりますけど」

 

 

 ……なんだかんだ言いながら、一気に10杯近くのかき氷が売れていった。これはいい意味で予想外だ。

 

「……羽依里さんの経験、あてにならないですね」

 

「う、うるさい」

 

 そんな中、突然の来客にも一人でテキパキと対応する蒼はさすがだった。さすが、修行の成果が出ているのかも。

 

 

 

 

 ……しかし、その団体客以後は完全に客足が止まってしまい、時間だけが過ぎていく。

 

「うーん……お客さん、来ないわね……」

 

「なぁ、そろそろまずいんじゃないか……?」

 

 港の時計を見てみると、すでに16時を過ぎている。

 

 まだ船もあるにはあるけど、その船を利用するのはほとんどが本土へ帰る乗客だ。帰宅モードになっていれば財布の紐も堅くなるし、かき氷が売れるとも思えない。

 

 ……後、もう少しなんだけどな。

 

 俺は段ボール箱に残った器の数をざっと数える。残り20杯分ってところだ。

 

 80杯は売り上げたんだから、一日の売り上げとしては十分だとは思うんだけど。おばーちゃんに指定された数には達していない。

 

「……やれやれ、なかなか苦戦してるな」

 

 そんな声がした方を見ると、良一とのみきがこっちにやって来ていた。どちらも、明らかに疲れた顔をしていた。

 

 焼きそばの屋台もいつの間にか片付けられていたし、この二人は早めに踏ん切りをつけたみたいだ。

 

「二人とも、お疲れ」

 

「おう。俺たちはもう諦めたぜ。さすがに昼を過ぎたら無理っぽいしな」

 

「そっか。俺たちの方も芳しくはないけど、もう少しだけ粘ってみようと思う」

 

「ああ、私たちも応援しているぞ。というわけで……」

 

 二人はそこまで話すと、揃って俺に向けて100円玉を差し出す。

 

「俺たちも少しでも力になりたくてな。氷メロンもらえるか?」

 

「私にも氷イチゴを頼む」

 

「ありがとう。二つで200円だよ」

 

 少しでも売り上げに貢献しようと思ったのか、かき氷を注文してくれた。二人の優しさが心に染みる。

 

「私たちはこれで帰るが、お前たちは最後まで頑張るんだぞ」

 

「ああ、ありがとう」

 

「二人とも、ありがとねー」

 

 蒼からかき氷を受け取ると、二人は並んで去っていった。最近妙に仲が良いし、やっぱり付き合ってるんだろうな。

 

「……お前たち、まだ頑張っているのか」

 

 そんな二人の背中を見送っていると、聴き慣れた太い声がした。見ると、しろはのじーさんが立っていた。

 

「あれ? じーさん、どうしてここに!?」

 

「駄菓子屋が存続の危機にあると聞いてな。四天王として、推参したまでだ」

 

「ああ、あの店を潰させるわけにはいかん」

 

「我ら、できる限り助力させてもらおう」

 

「右に同じ!」

 

 状況を飲み込めずにいると、じーさんの背後から別のじーさんたちが次々と姿を現す。全員そろって筋骨隆々だし、なんだろう、この人たち。

 

「というわけで、我は氷レモンと氷イチゴをもらおう」

 

「我はマンゴーとメロンだ」

 

「こちらは、イチゴとブルーハワイだ!」

 

「二つずつ頼むとは、お前達もやるな。ならば、わしはスイカ味を二つもらおう」

 

「なんと!」

 

「鳴瀬翁ともあろう方が、そんなハイカラな味を!」

 

「なに。孫が好きと言う味を、わしも試してみたくなってな」

 

 あっけにとられている俺を余所に、そんなやりとりが繰り広げられる。一瞬の間を置いて、俺は我に返る。

 

「あ、蒼! 注文が入ったぞ!」

 

「もう氷削ってるわよ! 藍は注文まとめて! 羽依里は新しい氷、取ってきて!」

 

「わ、わかった!」

 

 俺は嬉しい気持ちに満たされながら商店へと走り、最後の氷を持ってすぐに屋台へと戻る。

 

「じゃあ、本土に帰る前に、今度は氷メロンをもらおうかしら」

 

「そですね! わたしもシズクとおそろいにします!」

 

「あれ?」

 

 氷を手に戻ってみると、そこにはじーさんたちに加えて、静久と紬の姿もあった。もしかして、また買いに来てくれたんだろうか。

 

「……売れ残っていると聞いて、可哀想だからまとめて買いに来てやったぞ。さあお前たち、好きな味を選べ」

 

「いえー!」

 

「徳田のにーちゃん、ふとっぱらー!」

 

 そしてそんな二人の後ろには、たくさんの子供たちを連れた徳田の姿があった。ああ言ってるけど、子供たちにかき氷をごちそうしてあげるらしい。良い奴だ。

 

「……紬に静久、それに徳田も。本当にありがとうな」

 

「か、勘違いするなよ。俺としては同じ島で商売をする仲間が減って欲しくないだけだ。いいから、なんとしても経営危機を乗り越えろ」

 

 子供たちのかき氷代をまとめて支払った後、徳田はそう言いながら足早に港から去っていった。別に駄菓子屋は経営危機というわけじゃないんだけど。完全に噂が独り歩きしている。

 

 

 

 

「皆、ありがとねー!」

 

 蒼が最後のお客さんを見送る。

 

 ……十人以上が詰めかけた、恐らく本日最後であろう客の波が引いた後、周囲は静粛に包まれた。

 

 そして俺の足元の段ボール箱には、3つの器が残されている。

 

「……そうだ二人とも、ちょうど3杯分残ってるしさ。最後は俺たちで食べないか?」

 

「え、それって良いのかしら」

 

「100杯売れとは言われたけど、自分たちで買っちゃいけないなんて言われてないぞ。ほら」

 

 俺は自分の財布から300円を取り出して、缶ケースに入れる。

 

「しょーがないわねー。二人は何味にする?」

 

「俺はブルーハワイで」

 

「私もブルーハワイでお願いします」

 

 俺と藍はほぼ同時に答えていた。

 

「……二人とも、本当にブルーハワイ好きよねー。どれも同じ味なのに」

 

「俺はブルーハワイが好きなんじゃないぞ。蒼が好きな味が好きだんだ」

 

「私もですよ」

 

「……そこで二人して真顔で言われると、どう反応していいのか困るんだけど」

 

 蒼はそう言いながら、すっかり薄くなった氷を削ってかき氷を作ってくれる。やがて完成したかき氷は、3つともブルーハワイだった。

 

「それじゃ、食べましょー」

 

「いただきます」

 

 屋台の中で三人向かい合うように座り、さっそくかき氷を口に運ぶ。

 

「……うん。美味しい」

 

 労働の後のかき氷は格別だった。いつもと同じ味のはずなのに。

 

「……そういえば、蒼ちゃんとかき氷食べるの、今年初めてですね」

 

「え?」

 

「去年の夏に病室で食べて以来ですし、蒼ちゃんも待ちに待った感じですよね」

 

 ……どうしよう。藍はすごく嬉しそうに話してる。先日の春祭りで、俺と蒼だけ一足早くかき氷を食べただなんて言えなくなってしまった。

 

「えーっと、そうねー」

 

 嬉しそうな藍とは対照的に蒼は微妙な顔をしていた。たぶん、俺と同じことを考えているんだろう。

 

「そう言えば、あの時のかき氷は用意するのも一苦労だったんだぞ?」

 

「へ?」

 

 藍に言われて、去年の夏の出来事を思い出した。あの時は確か、目覚めてすぐの蒼がかき氷を食べたがったんだっけ。

 

「駄菓子屋で作ってもらったかき氷を、先生たちに見つからないように病室に持って行ったんだ。看護師さんに呼び止められたときは、どうなるかと思った」

 

「そりゃ、お医者さんが身体冷やすからかき氷は駄目って言うんだもん」

 

 その判断は医者として当然だと思う。現にあの後、蒼はお腹壊したって聞いたし。

 

「……けどあの時は、すごくブルーハワイが食べたかったのよね。なんでかしら」

 

「……それはですね。私が眠っている蒼ちゃんの耳元で『羽依里さんよりブルーハワイが好き』と毎晩のように囁き続けていたからです」

 

「ちょっと藍、なにしてくれちゃってたのーーー!?」

 

「……ある意味、睡眠学習の効果だよな」

 

「違います。無上の愛です。藍だけに」

 

「上手いこと言ったつもりでいるだろ」

 

「ふふっ」

 

「……あれ? あたしが日射病でダウンしてる間に、もしかしてこの二人仲良くなってる? これってやばくない?」

 

「全然やばくないですよ。私は蒼ちゃん一筋ですから」

 

「それも不安になるからやめて―――!」

 

 ……島の皆の協力もあって、何とか無事に課題をクリアできた達成感からか、すっかりいつもの俺たちに戻っていた。

 

 観光客頼みだけだと、まず無理だっただろうし。島の皆には本当に感謝しかない。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 そして陽が落ちる前に屋台を片付けて、俺たちはそのままの足で駄菓子屋へと向かった。

 

 店番をしていたおばーちゃんに結果を報告すると、すぐに速達クール便の使用許可と蒼の看板娘としてのランクアップが告げられた。

 

 正直、ランクアップして何が変わるのかよくわからないけど、ここ数日続いた鬼のような修行がなくなるというだけで一安心だ。

 

「よーし、これでスイカバーの輸入ができるわよ!」

 

 俺や藍とハイタッチをして喜びを爆発させた後、蒼は急くように通販代行の用紙に筆を走らせる。どうやら代金は先払いのようで、俺はその場で代金を支払う。

 

「そして藍ちゃん、お主もらんくあっぷじゃ!」

 

「え、私もですか?」

 

 その一方で、藍もおばーちゃんから駄菓子屋看板娘としてのランクアップを告げられていた。

 

「うむ。妹の代わりに、頑張っておったの」

 

「あ……」

 

 驚きの表情を見せる藍を、おばーちゃんは目を細めて見ていた。もしかして朝の時間以外にも、こっそり見に来てたんだろうか。

 

「蒼ちゃんの修行とは言ったが、別に手伝ってはいかんと言っておらん。よく頑張ったの」

 

 おばーちゃんはそう言って、力強く藍の肩を抱いていた。どうやら、藍の頑張りは報われたらしい。良かった。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 ……それから数日後、大量発注していたスイカバーが高速クール便で届いた。

 

 そして先の打ち合わせ通り、俺たちはそのスイカバーでケーキを作って、食堂でしろはの誕生会を催した。

 

「あ、ありが、とう……」

 

 巨大なスイカバーケーキを目の当たりにして、しろははどこか困惑した表情を浮かべながらも、俺たちにお礼を言ってくれた。

 

 蒼もどこで手に入れたのか、スイカバー柄のパジャマをプレゼントしてたし、しろはにとっても思い出に残る誕生会になったんじゃないかと思う。たぶん。

 

 

 

 

第六話・完




第六話・あとがき


皆さん、おはこんばんちわ。トミー@サマポケです。

今回はしろはの誕生日にかこつけた、駄菓子屋看板娘育成計画のお話でした。
ちなみに今回のしろはの誕生日までの流れは2002年のカレンダーを参考にしています。
6月1日の土曜日から始まり、翌日2日の日曜日に港でかき氷を売り、その数日後の木曜日がしろはの誕生日になります。

そして港では一部藍が蒼となって頑張るシーンがありましたが、双子の入れ替わりネタは鉄板ですので、一度やってみたかったんです。
また、同じく港で登場したRewriteメンバーは唐突に思いついたのでゲスト出演させてみました。後日談とかもありませんので、悪しからず。
さて、次回は6月下旬のお話になります。ちょっと季節ネタも厳しい時期なのですが、今回の後半部分で樹さんが鳥白島に戻ってきましたので、絡ませてみようかとも考えています。

では、今回のあとがきはこの辺りで。
一言感想や評価など頂けましたら、次話執筆への活力になりますので、よろしくお願いします。
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