こちら葛飾区亀有公園前鎮守府   作:めんづくり

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秋月、貧乏性直します!

(思ってたより任務が長引いちゃった…時雨ちゃん達もう待ってるかな?)

 

照りつける日差しの下、滴る汗を拭いながら吹雪は目的地へと駆けてゆく。仕事終わりの全力ダッシュは少々堪えるものがあるが、美味しい料理と友人達が自分を待っていると思うと、ゆっくりなどしていられない。

 

「吹雪ちゃーん!早く来るっぽーい!」

 

食堂前までの最後の角を曲がると、食堂の入り口で待っていた友人がぽいぽいと元気な声で彼女の名前を叫んでいた。

 

「はぁ、はぁ……夕立ちゃん、時雨ちゃん、遅くなってごめんね?」

「大丈夫、僕達も今さっき来た所だよ」

 

吹雪は息を切らせつつも二人と軽く会話を交わすと、間宮食堂の敷居を跨いだ。部屋の中はエアコンが少し寒いぐらいに効いており、火照った体をたちまち癒してくれる。

 

「今日はどこに座ろっか?」

「うーん、そうだな……」

 

いつもは大勢が集うこの場所だが、今日は昼食の時間を若干過ぎている為か、他の艦娘達の姿はほとんど無い。

窓際の席、テレビが見やすい席、扇風機の当たる席……今日に限ってはどの場所も選び放題だ。

 

「これだけ空いてると逆に迷っちゃうね」

「あ、それならここに来なよ!」

 

三人に声をかけてきたのは、カウンター席に腰掛けている明石と大淀の二人だった。彼女達も仕事柄少し遅れて昼食を取りに来たらしい。少々予定とは違うが、食事はみんなで食べた方が楽しいもの。誘われたなら断る理由はなかった。

 

「それじゃあお言葉に甘えて……よいしょっと」

「あら、三人とも食券は買いました?今日から鎮守府内での食事はお金を払う事になったんですよ」

「あっ、そうだった!あれって今日からでしたっけ」

 

今日から始まった食堂と居酒屋の有料化。その理由はいくつかあるが、一番は少しでも鎮守府の赤字を減らすためである。

今まで無料だったものが有料になる事に対する抵抗感もあるにはあったが、それでも給料が支払われるようになったのだからこのぐらいは当然だと、艦娘達も納得しているようだった。

 

「夕立は冷やし中華にするっぽい!」

「僕は蕎麦にしようかな。吹雪はどうするの?」

「うーん、どうしようかな……ん?この健康カレーってなんだろう?」

「ああそれね、今日からの新メニューなんです。夏の野草をいっぱい使ったカレーだから、青物も自然と摂れてお肌にもいいし、お財布にも優しいんですよ」

「うわぁ、いい事だらけですね!私これにしよっと」

 

艦娘とはいえ陸にいる間は普通の女の子。健康的とか美容にいいとか、そういう類の言葉には惹かれてしまうようだ。

 

「ごちそうさまでした!」

「吹雪ちゃん、お味の方はどうだった?」

「はい!歯ごたえが良くてとっても美味しいです!」

「ふふっ、喜んでもらえてよかったわ」

「私、野草ってもっと青臭いイメージだったんですけど、全然そんな事ないんですね」

「それはひとえに間宮さんの調理のお陰だね。いくら食べられると言ってもそのままじゃ苦くて食用にはならないよ」

「そうね。あれを生で食べる人なんて居ないと思うわ」

「い、いや……どうも身近な所に一人居るっぽい…」

 

夕立の冷えきった視線の先には、無遠慮にザルに入れられた草を貪り食う男の姿があった。

 

「ちょっ……な、何してるんですか提督!」

「あぁ?見りゃわかるだろ。食事だ食事」

「司令官は野草を生で食べるんだね…」

「いやこれ野草っていうより雑草ですって!こんなもの食べたらお腹壊しますよ?」

「仕方ないだろ!パチンコで全部すっちまったから、金も食い物もねぇんだ」

「そんな事だろうと思いました…」

 

周囲の警告も馬耳東風。まるでスナック菓子でも食べているかのように次々と口に運ぶ様は、見た目と相まって原始人そのものだった。

 

「躊躇いが全くないのが凄すぎます。全然羨ましくはないですけど…」

 

両津の姿に呆然とする中、入り口の扉の開く音で一同は振り返った。

 

「いらっしゃいま───きゃあっ!」

「あ、秋月ちゃん!?それに照月ちゃんに初月ちゃんまで…ど、どうしたんですかその顔…!」

 

彼女らが驚くのも無理はない。入口に立っていた三人は、まるで今にも折れそうな小枝のようにやせ細っていたのだ。

 

「ま、間宮さん…は、恥を忍んでお願いがります…」

 

三人は神に懺悔する信徒のように間宮の前で跪くと、涙ながらに訴え始めた。

 

「賞味期限切れでも残飯でもいいんです…何か食べ物を頂けないでしょうか?」

「私達…もうお金が無くて…」

「お願いします…でないと僕達もう草を食べるしか…」

「わ、わかったわ!でもちゃんとしたものを食べて?そんな痩せた姿見てられないわ…」

 

痩せこけた姿にいたたまれなくなった間宮は、いそいそと厨房へと駆け込んだ。しかし、彼女達への高待遇を前にして、もう一人の腹を空かせた男から文句が噴出するのは必定だった。

 

「おいずるいぞ間宮!ワシだって飢えている中必死に革靴や木を食って生き延びているというのに!」

「し、司令官……そんなものまで食べてるんですか!?」

「そ、そう言われましても……大淀さんが『提督に頼まれても無料で食事をださないように』と……」

「な、何だとぉ!?」

 

両津は親の敵であるかのような視線を大淀に向けるが、大淀は他人事のように茶を啜っていた。

 

「大淀てめぇ……ワシがひもじい思いをしているというのに……この鬼!悪魔!人でなし!」

「だって提督は自業自得じゃないですか!お給料貰った初日にぜーんぶ使い果たしちゃうんですから!」

「うっ…」

「それに知ってますよ?私が置いておいた今月の水道光熱費、ちょろまかして競馬につぎ込みましたよね!あれ私が払ったんですからね!」

「ギクッ…!あ、あぁバレてたのね…」

「いくら提督でも、そんな人にタダ飯を食べさせる程、お金持ちじゃないんですっ!」

「だぁーっ!分かったよもう!」

 

(クソ…大淀の奴最近部長や麗子に似てきやがったな…)

 

集団生活において、全員の生活に関わるお金に手をつけるなど普通ならば言語道断である。しかし、犬がワンと鳴き、猫がニャーと鳴くのと同じように、両津の手に現金が渡れば一銭も残らないのは自然の摂理と言って差し支えないだろう。その事に関する艦娘達の理解度も、大淀のカミングアウトを聞いても特段驚かない程度には深まっていた。

 

「でもどうしたの秋月ちゃん?お金が無いって言ってたけど、お給料ってこの前貰ったばかりだったような……」

「ううっ、私が悪いんです…!私がもっとちゃんとしていれば…」

「秋月姉だけのせいじゃないよ!」

「そうだよ。僕達だって悪かったんだ」

「ううん…二人は悪くない。私が長女として情けないから…」

「あぁー!分かった分かった!とにかく今はしっかりご飯を食べよう?話はその後にまた聞くから。ね?」

 

何があったのかは分からないが、自己嫌悪からすっかりお通夜モードの三人。そんな彼女達を見かねて、明石は彼女達の肩をポンポンと叩いた。

 

「お待たせしました。余り物だけどとりあえずこれで……」

 

しばらくして間宮が差し出したのは、具のたくさん入ったチャーハン。作った本人が言うように出来立てホヤホヤでもなければ高級な食材も何一つ使ってはいないが、今の秋月達にとってはこれ以上ないほどのご馳走である。

 

「ぐすっ…ありがとうございます間宮さん!」

「このご恩は一生忘れません!」

「うう…おいひいよぉ……」

「そ、そうですか?喜んで貰えたならよかったです」

 

自分の料理が褒められるのは嬉しいものの、特段力を入れて作った訳では無い料理、しかも残り物に涙まで流す姿を見てしまうと、なんだか申し訳ない気持ちになってしまう。

しかし当の本人達はそんなことなど露知らず、目を輝かせて何度も頭を下げて続けていた。

 

「「「ごちそうさまでした!」」」

 

完食して満腹になった事で落ち着きを取り戻したのか、彼女達の顔色や雰囲気はいつもの状態まで回復していた。

 

「んで、金はどこへ消えたんだ?パチンコか?それとも競馬か?」

「提督と一緒にしないでください!秋月ちゃんはそんな子じゃありません!」

 

タダ飯にありつけなかった事への当てつけに、両津は草を頬張りながら野次を飛ばす。しかし余程深刻な事態なのか、三人は否定や反論と言った事はせずに、決まりの悪そうに俯いていた。

 

「それは…私達の部屋を見てもらった方が早いと思います」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、なんなんだこのダンボールの山は?」

 

天井に届く程うず高く積まれたあらゆる道具や未開封のダンボール達。ここは三人用の部屋の為そこそこ広い部屋のはずなのだが、今ではすっかり鰻の寝床状態で、壁すら見えなくなっている有様だ。

 

「何でしょうこれ……英語のDVDですか?」

「らしいな。だがそれにしても随分と多いぞ」

「司令官、こっちの箱はスポーツ器具が入ってるみたいです」

「これは模造刀だね……ここだけで十本以上あるよ」

「こっちにはアイスクリームメーカーがいっぱいあるっぽい!」

「せ、洗濯機が三つもある…」

 

リサイクルショップ顔負けの品揃えに、空いた口が塞がらない一同。

 

「一体なんなんだこの部屋は!よろず屋でも開くつもりか?」

「いえ、その…これ全部割引商品なんです…」

「はぁ?どういう意味だよそりゃ」

「私達、割引きとかお得とかそういう言葉を聞くとついつい買ってしまって、気がついたらこんな事に…」

「ついついってレベルかよおい…」

「そのせいで折角お給料を貰えるようになったのに、食べ物にも困る貧乏生活に逆戻りしてしまって…」

「逆戻りって…前もそんなに貧乏だったのか?」

「あぁ、その事についてまだ提督にはお話していませんでしたね。秋月ちゃんが言っている貧乏生活というのは、まだ私達が艦船だった頃の事です」

「何、お前達船だった頃の記憶があるのか?」

「記憶という程鮮明なものではないですけどね。個人差はありますが、明石が工作好きだったり、金剛さんが紅茶好きなのは前世の影響なんですよ」

「へぇ…なるほどな。秋月達が貧乏なのはその名残って訳か。あの頃の駆逐艦は確かに貧乏だったからなぁ」

「そこへ来て急にお金が入ってきたものだから、使い方を間違えてしまったんでしょうね…」

「新卒の社会人を見ているようだな……だがそれにしても金遣いが荒すぎるぞ!年下の暁達だってもう少しまともだ」

(それは提督もですけどね…)

「す、すみません…いけないとは思ってるんですけど、勧められたりするとつい…」

「買わないとセールスマンの人に悪いような気もするしね……」

「金遣いが荒い上にお人好しか…そりゃこうなる訳だな」

 

呆れながら改めて部屋を見渡すと、両津の視界に気になる物が映った。百均で売っているようなプラのケースの中に、輪ゴムで纏められたカードが数束収められている。

 

「おっ、そいつはメンコか?結構持ってるじゃねぇか」

「いえ、それはクレジットカードなんです」

「な、なんだとぉ!?」

 

そんな馬鹿な事があるかとカードを手に取る両津達だったが、どれも正真正銘、本物のクレジットカードだった。

 

「ほ、本当にクレジットカードだ…!」

「しかもこんなにたくさん…私なんか一枚も持ってないのに…」

「支払いのためにカードを作っていたら…いつの間にかこんな事になってしまって…」

「んな馬鹿な…」

「秋月ちゃん、クレジットカードには年会費とか手数料がかかるのよ?このままじゃそのうち破産してしまうわ」

「うぅ…やっぱりそうですよね………こうなったら私がマグロ漁船に乗るしか───大淀さん、皆さん……妹達の事、よろしくお願いしますっ!」

「お、落ち着いて秋月ちゃん!まだきっとどうにかなるって!」

「そうだよ秋月姉!それにそんな船にのったら当分帰って来れないよ!」

「提督、このままじゃ秋月ちゃん達は本当に破産しちゃいます……どうにかなりませんか?」

「ふん。ワシだって明日食うものを探すので忙しいんだ。やるなら大淀、お前が手伝ってやれ」

「そ、そんな……」

「さぁてと、大淀はワシが飢え死にしてもいいみたいだからな。優しい雷の所で飯でも食わせて貰いに行くか……」

「みっともないからやめてください!はぁ…分かりましたよもう。この一件を解決してくれたら、私が焼肉でも奢りますから……」

「なに、焼肉だと!?」

 

数日間まともな食事をとっていない両津にとって、大淀の提案は渡りに舟、砂漠にオアシスと言った所。当然答えなど決まり切っていた。

 

「おい秋月!そういう事ならワシがなんとかしてやるよ。前にも一度同じようなことしたことあるしな」

「ほ、本当ですか!?ありがとうございます!」

「任せろ。こういう交渉の類はワシの得意分野だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「昨日はああ言ってたけど…本当に全部返品なんてできるのかな?」

「どうだろうね。確かに提督なら出来るかもしれないけど、流石に昨日の今日でというのは厳しいんじゃないかな」

「でも焼肉がかかってるからね。こういう時の提督は凄いっぽいよ!」

「秋月ちゃん達の事も心配だし、ちょっと見に行ってみようか」

 

期待と不安を胸に三人がドアをノックすると、元気な返事の後に照月が扉を開けた。

 

「いらっしゃいみんな!」

「照月ちゃん!この部屋は…」

 

あれだけ物が積み上がっていた商品は綺麗さっぱり無くなり、別の部屋と言ってもわからない程に何倍も広く明るくなっていた。

 

「ふふっ、すごいでしょ?提督ったらすごかったんだよ。昨日の内にクレジットカードも全部解約。返品した商品も”くーりんぐおふ”っていうのでお金も戻ってきたんだ!」

「あれ?でもクーリングオフ制度って…確か八日以内じゃなかったかい?」

「そうだよね。それにそういうのって消極的な所も多いし、酷い所だと脅されたりするって聞いたことあるよ。三人は大丈夫だった…?」

「うん。提督がそういう事もあるからって、私達抜きで一人で”交渉”してくれたんだ。おかげで皆快く引き取ってもらえたよ!」

「いやぁ、本当に提督には頭が上がらないな」

「…ねぇ時雨、照月ちゃんの言ってる”交渉”って…」

「うん…なんとなく想像がつくね。きっとこんな感じで───

 

 

 

 

「おい、これ全部返品だ!……何?それは無理だと?お前じゃ話にならん!責任者を出せ!」

 

 

「答えは”はい”か”イエス”だ!それ以外は認めん!」

 

 

「どうしても引き取れねぇって言うなら、お前がこっちの言い値で買い取れ!」

 

 

 

 

「…容易に想像できるね」

「おいお前らな、一体どういう想像してるんだ。ワシがそんな暴力的な事をするように見えるか?」

「あっ、司令官いらっしゃったんですね」

「すっごーく見えるっぽいよ!」

「あっ、言いやがったなこの野郎……まぁいい、今日は焼肉に免じて許してやる。それよりお前らも来るか?今日は大淀の奢りだから気兼ねなく食えるぞ」

「え、いいの?誘って貰えるなら行きたいっぽい!二人も勿論行くよね?」

「う、うん。でも流石に奢ってもらうのは悪いですから、お金は自分で払いますよ」

「なんだ、秋月達も同じ事言ってたぞ」

「大淀さんには普段からお世話になってますから、これ以上迷惑をかける訳にはいきませんよ」

「ほー、真面目だなお前ら。ワシなら絶対に奢ってもらうがな」

「秋月姉さん、僕達からもお礼をした方がいいんじゃないか?」

「うん、そうだね。でも私から提督に差し上げられるものなんて……あっ、そうだ!よかったらこれを貰ってください」

 

そう言って秋月は窓際のテーブルの引き出しを開くと、一枚の紙を取り出した。

 

「なんだこりゃ……って、土地の売買契約書じゃねぇか。お前まさか…」

「はい!実は将来の為にこの前街の不動産屋さんで三百坪ほど購入しました!」

「「ええっ!?」」

 

山のような荷物を処理し、一件落着かと思った矢先、とんでもない事を言い出した秋月。当然両津達は驚嘆の声を上げた。

 

「何考えてんだよお前は!しかもよりによって三百坪も買いやがって!」

「そんなお金どこから……ま、まさか借金したの!?」

「いえ、お金は私達三人の自前でなんとかなりました」

「それじゃあ鎮守府の金に手をつけて…」

「そ、そんな事しませんって!三人で十万ずつ、合計で三十万円出して買ったんですよ」

「な、なんだとぉ!?」

 

一坪三百円というどう考えても異常な価格設定に驚く両津達だったが、当事者の三姉妹は『何がおかしいの?』と言わんばかりのケロッとした面持ちで首を傾げていた。

 

「あの…私、何かおかしな事を言いましたかね?」

「はぁ…おい時雨、現実を教えてやれ」

「秋月、普通土地の値段っていうのはね──

 

 

 

 

 

 

「えぇっ!?と、土地ってそんなに高いんですか!?」

「知らなかった…」

「で、でも土地はこれから絶対に値上がりするから、今買っておけば絶対に安心だと不動産屋は言っていたぞ?ほら、この『絶対安全!儲かる不動産!』にも記述があるぞ」

「あ、そうそう!この本わかりやすかったよね〜!」

「そりゃいつの本だよ!?そんな土地神話はバブル崩壊と一緒に終わってるってぇの!」

 

どこからどう見ても怪しげな本を取り出して喜ぶ初月達の姿には、もはや哀愁すら感じられた。

 

「でも提督、儲かるかどうかはともかく、十五万円で都内の土地が三百坪も買えたのならお得じゃないんですか?」

「いや、それはないな。大体冷静に考えて見ろ。だだっ広い北海道の平野ですら一坪五百円以上はする時代だぞ?今時都内で坪三百円なんてどこを探してもあるはずがない!絶対にまともな場所じゃないはずだ」

「でもこの住所……この辺の近くっぽいよ?」

「えっ!?そ、そうだったの!?」

「知らなかった…」

「おいおい、なんで買った本人達が驚いてんだよ!さては契約書もロクに読んでないな?」

「す、すみません…不動産屋さんの言われるがままにサインしちゃったので…」

「んな事だろうと思ったぜまったく…」

「秋月ちゃん、とにかく一度見に行ってみようよ。広さはかなりあるんだし、この近くなら艦隊運営に活用できるかもしれないよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ここが秋月達が買った所かい?」

「う、うん。住所通りならそうなるっぽい」

「わ、わぁ…!す、すごく広いねぇ夕立ちゃん…!」

「そ、そうだね…」

「………で?一体この土地のどこをどうやって使うつもりなんだ?」

 

指定された住所にやって来た両津達の目の前には、気が遠くなる程の広大な土地が広がっていた。この土地が全て自分のものだと言われたら、誰もが大喜びするだろう。……それが海中でなければの話だが。

 

「そ、そんな…まさか海の下だったなんて…」

「こんなの事聞いてないよ…」

 

購入者である三人は、少しでも陸地はないかと見渡すものの、虚しく小波が立つばかりで、小島の一つも見当たらなかった。

 

「秋月、こんな時に聞くのは気が引けるんだけどさ、固定資産税とか都市計画税ってしってるかい?」

「そ、それってなんなんですか…?」

「要するに買ったあとも金がかかるってことだ。食うものにも困ってるのに払えるのかよ?」

「うっ…」

「売り払いたくても、こんな海の底を金だして欲しがる奴はいないぞ。それどころか逆に金を取られるかもしれん…」

「うっ…うわぁぁぁん!やっぱりマグロ漁船に乗るしかないんだぁぁ!」

「姉さん泣かないでくれ。姉さんが行くなら私達も一緒だ…!」

「さ、三人ともきっと何か方法があるよ!」

「司令官、確かに秋月ちゃん達にも非はあるけど、いくらなんでもこれは酷すぎるよ。どうにかしてあげられないですか?」

「うーむ……よし、秋月!この土地を買った不動産屋に連れていけ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここが土地を買わされた不動産屋?」

「う、うん」

「誠実不動産…か。いかにもな名前の店だね」

「はぁ……司令官、私なんだか緊張してきちゃいました…やっぱり返品しなくても……」

「馬鹿野郎!今から弱気でどうすんだよ。いいか、ワシが一番最初に入るからちゃんと着いてこいよ」

 

そう言いながら両津は勢いよく扉を開くと、店内に向かって大声で叫び声をあげた。

 

「おい邪魔するぞ!店主はいるか!?」

「はいはいお待たせしました!私が店長の───げえぇっ!あ、貴方は…!?」

「あぁっ!貴様は羽生土地郎っ!」

「司令官、お知り合いなんですか?」

 

この羽生という男、ある時は不動産屋、ある時は中古車屋、またある時は旅行代理店などを展開している根っからの商売人である。

しかしその実態は、いい鴨を見つけては法律ギリギリの詐欺まがいな物を売りつけているなかなかの小悪党。両津の周囲の人間も何度か騙されかけたが、その度に両津に止められたり、逆に悪巧みに巻き込まれる事もある苦労人でもある。

 

「知り合いも何も、こいつはとんでもない詐欺師だ!」

「ひ、人聞きの悪い事を仰らないでください!私の店は誠実がモットーで───

「寝言は寝て言え!客に海の底を売りつける店のどこが誠実なんだよ!よくもワシの部下にとんでもねぇものを売りつけやがったなぁ!」

「ひ、ひぃぃ…」

「とにかく返品だ!この土地は返却する!」

「そ、それはできませんよお客様。契約書にもそう書いてありますし───

「ほーう、そういう事言うわけ?だったら…」

 

両津はどこからか持ってきたメガホンを持って表に立つと、思い切り息を吸いこんだ。

 

 

「ご町内の皆さん!この店はインチキな物件を売りさばくとんでもない悪徳業者───

 

 

「わ、分かりました!は、半額、半額で引き取らせて頂きます!」

 

 

「ご町内の皆さん!この店は───

 

 

「だぁぁぁっ!お願いしますやめてくださいやめてくださいっ!全額お返ししますからぁっ!」

 

 

 

 

 

 

「だっはっは!どうだ?ワシにかかればこんなもんよ!」

「ありがとうございます司令官!これで私達なんとかやっていけそうです!」

「もうこれっきりだからな。もう後先考えずに余計な買い物するんじゃねぇぞ?」

「…司令官の交渉、やっぱり夕立の思った通りだったね」

「ははは…ま、まぁお金は戻ってきたんだからいいんじゃないかな…」

 

「うーむ…どうにかして土地を手に入れられないものか…」

「しかし社長、海となると金銭的に相当入手は難しいのでは……今は全体的に土地も値上がりしてきていますし…」

 

(ん、土地…金銭…?ほのかに漂う金の匂い…!)

 

軽い足取りで鎮守府へと帰る一行。その隣をすれ違った二人の男が、何やら気になる事を話していたのを両津は聞き逃さなかった。

 

「おいそこのアンタ達!今の海の土地が欲しいって話、本当か!?」

「え、えぇ。本当です。今度ウチの会社で海上を埋め立てた大型娯楽施設を作る予定なんですが、中々いい場所が見つからなくてですね」

「まとまった土地が四百坪程欲しいんだがな…」

「それにいくら出せる!?」

「そうだな。坪三百万円ぐらいなら…」

「ほ、本当か!?」

(ってことは三百坪だから合計………き、九億円だぁ!)

「待ってろ!その土地、ワシが用意してやる!」

「えっ、本当ですか?」

「あぁ。とある筋でつい最近手に入れたんだ。おい秋月!少し野暮用ができた!お前達は先に帰ってろ!」

「あっ、ちょ、ちょっと提督!どうしたんですかぁ!?」

 

返事もろくに聞かずに猛スピードで来た道を駆け抜けていく両津。こうなったらもう彼を止める手段などない。秋月達は言いようのない不安を感じつつも、言われた通りにする他なかった。

 

 

 

 

「はぁ…折角契約を取り付けたのに、全くあの両津という男と関わるとろくな事にならないな…」

「おい羽生っ!」

「ひっ…!は、はい何か御用でしょうか!」

 

物凄い形相で飛び込んできた両津を見て悪口が聞こえたのかと思ったが、どうやら違うようだった。

 

「さっき返却した土地だがな、あれ全部ワシに売ってくれ!」

「え、ええっ?」

「なんだ、まさかもう他のやつに売ったんじゃねぇだろうな?」

「い、いえ。買っていただけるならいくらでもお売りいたしますが…」

「そうか!じゃあ一坪一円で買うぞ!」

「えぇっ!?」

 

そう言うと両津はポケットから取り出した小銭の山を机に叩きつけた。

 

「ちょうど三百円ある。自販機の下からかき集めたからちょっと汚いがな」

「勘弁してくださいよ。い、いくらなんでも坪一円は無理ですよ」

 

 

「ご町内のみなさ───

 

 

「あーもう!分かりました!分かりましたよーっ!」

「よし!交渉成立だな。うっひっひっひ……待ってろよ九億円!」

 

 

 

 

 

 

 

「何!?この土地は買えないだとぉ!?」

「私達が欲しいのはまとまった四百坪の土地だ。三百坪だけ買っても仕方がない」

「ならその分の土地はそっちで探せばいいじゃないか!」

「水面下は国の財産ですから、基本的に売買の対象外なんです。余程の例外がなければピンポイントで手に入れるのは難しいんですよ。ですからまとまった土地でないと駄目なんです」

「悪いが、この話は無かったことにしてくれ」

「ぐぬぬ……大金を目の前にして諦められるか!何か方法があるはずだ…何か………あっ!そうだっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の数日後、大淀と明石は司令室で雑務をこなしながら両津の帰りを待っていた。

 

「提督帰ってこないね…焼肉にも来なかったし、心配だなぁ」

「あの人のことだから大丈夫だとは思うけど…」

 

そう言いつつも、腹ペコの両津が焼肉の約束をすっぽかすというのは普通なら到底考えられない。やはり何かあったのではないかと考えてしまう。

 

「大淀さん……あれ?司令官はまだ戻ってないんですか?」

「ええ。それより何か用事かしら?」

「あっ、そうでした!ええっと、提督の上司の大原さんという方がお見えです」

「大原さんが…?」

 

恐らく両津に用事があるのだろうが、肝心の彼は現在音信不通。どうしたものかと考えたが、いつまでも玄関口に立たせておくわけにもいかない。とりあえず会って事情を話すことにした。

 

「大原さん、お待たせして申し訳ありません」

「おお、明石君に大淀君。久しぶりだな」

「今日はどういったご用件で?」

「いや、特に用事がある訳ではないのだが……仕事で近くまで来たものだから、両津が職務をサボっていないか見てやろうと思ってな。両津は今どこにいるのかね?」

「い、いえ…それがですね───

 

 

 

 

 

 

「何?一昨日から音信不通?」

「え、えぇ。野暮用があると言ってそれっきり…」

「あの馬鹿!ワシがいない事をいい事に仕事をサボりおって…!帰ってきたら喝を入れてやらねば…」

「あの大原さん、それより提督は大丈夫ですかね?連絡も取れないのは少し心配なんですが…」

「なぁに、心配いらんよ。あの馬鹿の生命力はゴキブリ以上だ。人類が滅亡したってあいつだけは生き残る」

「そ、そうですか…」

「…ほら見ろ、噂をすれば、だ」

 

まるで予言でもしたかのように、鎮守府の影から両津がひょっこりと姿を現した。どうやら随分と落ち込んでいるようで、遠くからでも肩を落としているのがはっきりと分かった。

 

「クソ…絶対安牌のレースだと思ったのに…まさかあそこで落馬するとはな…」

「コラァァッ両津!」

「ゲッ、ぶ、部長ぉっ!?どうしてここに…!」

「貴様一体どこへ行っていたんだ!?競馬か!?パチンコか!?……ん?その後ろに隠しているのはなんだ?」

「え”っ!?あぁいや大した物じゃないですよ?」

「だったらワシに見せてみろ」

「だ、駄目です!これはワシのプライバシーに関するものでして…」

「えぇい黙れ!お前にプライバシーなどない!さっさとよこせ!」

「あっ、駄目ですってば!」

 

部長は慣れた手つきで両津から茶封筒を奪い取ると、すぐさま開封して中身を引っ張り出した。

 

「なんだ、これは小切手じゃないか。えぇっと、一、十、百、千、万、十万、百万…千万…一億………じ、十二億円だとぉっ!?」

「「ええっ!?」」

 

「お、お前!この金は一体どうしたんだ!?まさかついに犯罪に手を染めたんじゃ…!」

「ち、違いますよ!」

「あれ?この封筒、もう一枚紙が入ってますね……えぇっと、土地売却契約書……って、ええぇぇぇぇぇっ!?」

「ど、どうしたの大淀!?」

「こ、こ、こ、これこれ!?ウチの土地!」

「ああっ、本当だ!って事はまさか……鎮守府の土地を売っちゃったんですかぁ!?」

「この馬鹿!貴様一体どういうつもりだ!」

「大丈夫ですって部長!たかが出撃ドックと倉庫の一部が無くなるだけです!」

「全然大丈夫じゃないじゃないですかぁ!」

「馬鹿な事を言ってないで、さっさとこの土地を買い戻して来い!」

「そ、それは無理です部長…」

「なんだと?」

「じ、実は全部競馬でスっちゃったから、もう一銭も残ってないんです」

「な、なんだとぉぉ!?」

「ち、鎮守府が……鎮守府の土地が……あ、あぁ…」

「お、大淀しっかりして!」

 

「………貴様は……貴様という奴は……」

「あ、アハハ…大丈夫ですよ部長。ちょっと敷地が少なくなったからってどうってことは────

 

 

 

「このっ、大馬鹿モンがぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まだ薄暗い早朝の漁港。普段は海の男達が黙々と作業を行う静かな場所だが、今日は一人の男の断末魔が響き渡っていた。

 

「い、いやですよ部長!マグロ漁船なんか乗せられたら、何年と帰ってこられません!ちゃんと土地は取り戻しますから、この縄解いてください!」

「ダメだ。鎮守府の分を全額取り戻すまで、帰ってくるんじゃないぞ。…いや、なんならもう帰ってこんでもいい」

「そ、そんな殺生な!」

「それじゃあ船長さん、この馬鹿の事をよろしくお願いします」

「ほ、本当にいいのかい?本人は相当嫌がってるみたいだけど…」

「ダメだダメだ!そうだ大淀、秋月!お前達からも部長を説得してくれ!」

「……ごめんなさい提督。数年後にまたお会いしましょう」

「大淀ぉぉっ!」

「よし、そろそろ時間だ。出航するぞ!」

 

無慈悲にも両津を乗せた船は汽笛を鳴らすと、ゆっくり陸地から離れて行く。数年にわたる長い長い航海が始まるのだ。

 

「嫌だぁ!ワシにはまだ作ってないプラモややってないゲームがあるんだぁぁ!」

「秋月ちゃん、お金の使い方を間違えるとああなっちゃうんです。これからは計画的につかうようにね?」

「は、はい!秋月、もうぜーったい無駄遣いはしませんっ!」

 

 

 

「部長ぉぉぉ!助けてくださぁぁい!反省してますからぁぁぁっ!」

 




何?長門の様子がおかしいだと?言われてみれば確かになんだかこそこそしてやがるな。これはきっと何か隠しているに違いない!


次回 嗚呼、愛しの駆逐艦 よろしくなっ!

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