こちら葛飾区亀有公園前鎮守府   作:めんづくり

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嗚呼、愛しの駆逐艦

「今日はやることが無くて暇ね…ふぁぁ…」

 

そう呟いた暁は退屈そうに窓の外に目をやるが、空は曇天に包まれ、降りしきる雨にも止む気配はない。そんな中彼女の口から飛び出した欠伸は、妹達にも次々と伝染していった。

 

「折角四人同時にお休みになれたのに、これじゃあもったいないのです…」

「仕方ないさ。天気ばかりはどうしようもないよ」

「そりゃそうだけど……でも何も今日降らなくてもいいじゃない。今日は今度の大会に向けて、野球の練習をするはずだったのに……」

 

へそ曲がりのお天道様に悪態をついてみるが、相も変わらずゴロゴロと不機嫌な声を上げるばかり。どうしたものかと考え込んでいると、突如背後から声を掛けられた。

 

「お前達、何をしている?」

「あっ……な、長門さん!」

「びっくりしたのです…」

 

何かと鎮守府の代表として先頭に立つ事も多い彼女だが、その役柄と生まれつきの性格から近寄り難いイメージがあった。他の戦艦達と比べても彼女にはこれといった趣味もなければ、共通の話題も特にない。今日のように話しかけられた日には、思わず体が固まってしまう。

 

「あ、あの長門さん、今日は雷達は非番よ?だから……」

「そんな事は聞いていない。今何をしているのか聞いているんだ」

「は、はいっ!すみません!」

「長門さん怒ってるのです…」

「暁…何か怒らせるような事したのかい?」

「し、してないわよ!」

 

軽率な質問を許さぬ鋭い眼光が四人を貫く。その様は正に蛇に睨まれたカエル。先程までの能天気な気ムードは一変、修羅場へと変貌を遂げていた。

 

「あっ、おーい!暁型のみんなぁ!」

 

そんな重い空気を壊したのは、我らが鎮守府のアイドルこと、川内型末娘の那珂だった。

 

「那珂ちゃん、一体どうしたの?」

「提督が部屋で四人を呼んでるんだよ。早く行こっ!」

「ちょ、ちょっと!引っ張らないでよ!」

 

そう言いながら彼女は軽い足取りで駆け寄ると、暁の手を取って走り出してしまう。彼女の強引な振る舞いに普段なら困惑するところだが、今はこの場から去れることに内心安堵していた。

 

「あっ、待ってよ二人共!響、電、私達も行くわよ」

「う、うん。長門さん、失礼しますなのです!」

「あっ…ちょ、ちょっと……」

 

他の三人も逃げるようにその後を追って駆けてゆく。気がつけばポツンと廊下に残された彼女の呟きと雨音だけが、寂しく木霊していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「提督!六駆のみんなを連れてきたよ!」

「おう、よくやったぞ那珂。これで人数はオッケーだな」

 

半ば強引に連れてこられた司令室には、座布団に腰を下ろす両津と陸奥、それから見たことのある男性の姿があった。

 

「えーっと、確か花火事件の時に居た……本田さんですよね?」

「その節はどうも……あの時はとんでもない事になっちゃって…申し訳なかったッス」

「いいんですよ本田さん。あれは提督がやりすぎなんですから」

「なんだよ陸奥、あの事まだ根に持ってんのか?」

「当たり前でしょう!人生初の花火が直撃したのよ!?」

「だから、悪かったって言ってるだろ?」

「それより司令官、用事って一体何なの?」

「ふっふっふ……これを見ろ!」

 

そう言って両津は目の前の板を振り上げて見せた。何やらカラフルな装飾が施されており、見ているだけで心をワクワクさせてくれる。

 

「これは…双六かい?」

「うーん、当たらずも遠からずだな。こいつは人生ゲームだ」

「人生ゲーム…?」

「出た数字の分進むのは同じだが、このゲームはゴール時の所持金で勝敗が決まるんだ」

「なるほど…それは面白そうだね」

「最大八人のゲームだからな。暇そうな奴らを集めてきたって訳だ」

 

ゲームに必要な小道具を整理しながら何気なくそう呟いた両津だが、タレントとしては”暇”という単語が気に食わなかったのか、那珂が頬を膨らませ抗議の声をあげた。

 

「ちょっと提督、那珂ちゃんは大忙しのアイドルなんだよ?明日もイベントがはいってるんだから!」

「固いこと言うな。イベントって言っても、どうせ敬老会のゲスト出演とかだろ?」

「あ、ひどーい!……まぁそうなんだけどさ」

「細かいルールは説明するよりやってみた方が早いだろ。それからビリのやつには罰ゲームもあるから覚悟しておけよ?」

「ば、罰ゲームなのですか…?」

「そういうのがなきゃ張合いがないだろ?そうだな…負けたヤツは一週間風呂の掃除だ!」

「「えぇっ!?」」

 

この場に居合わせた彼女達は、両津の思わぬ提案に声を上げてしまう。それもそのはず、ここは一般家庭の浴室やニコニコ寮の教養浴場とは訳が違う。広さだけならスーパー銭湯クラスの面積を誇る鎮守府の風呂場を一人で担当するのはかなりの重労働なのだ。

 

「先輩、それじゃあ僕が負けた時はどうなるんですか?」

「んなもん署から毎日通えばいいだろうが」

「そ、そんなぁ…」

「つべこべ言うな!順番はお前からにしてやるから、さっさと始めろ」

「もう…それじゃあ行かせてもらいます。……それっ!」

 

こうなった両津をいくら説得しても無駄だという事は、本田は誰よりもよく知っている。愚痴をこぼしつつも手を伸ばすと、慣れた手つきでルーレットを回転させた。

 

「あ、やったぁ!僕は警察官だ」

「なんだよ、折角のゲームなのに現実と同じじゃねぇか。ワシはもちろん給料のいい政治家を狙うぞ。…いけぇっ!」

「ゲームとはいえ動機が不純ね…」

 

陸奥のジト目もなんのその、景気よくルーレットを回すと、出た数字はなんと10。このゲームにおいて最大の数字である。

 

「よし!これで大量リード……って、あぁっ!反射的に喜んでしまったが、職業のマスを飛ばしちまった!これじゃあ無職じゃねぇかよ…」

「なーんだ、何だかんだ提督も現実と変わらないじゃん!」

「うるせぇな!お前もフリーターになっちまえ!」

「那珂ちゃんはアイドルが天職だから、もう出目は決まったようなもんだよ!」

「出目が5ならアイドルになれるわね」

「いっけぇー!那珂ちゃんスペシャルパワー!」

 

これまた勢いよく回されたルーレットは、見事5でストップ……するかと思いきや、その勢いを殺しきれずに数字の6を指していた。

 

「えーっと6は…お、お笑い芸人さんなのです…」

「だあぁっはっはっはっ!なんだ、お前も現実と変わらんじゃないか!」

「もー!どーいう意味よぉー!」

「「「ハッハッハッハッ」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

「このルーレットの全てに掛ける……でりゃあぁぁっ!」

 

戦いもいよいよ終盤。一発逆転を掛けたこのターン、両津の回したルーレットはギリギリと唸りを上げる。

 

「偶数だ…偶数来い!」

 

しかし両津の願いも虚しく、出目は惜しくも7。ラッキーセブンとよく言うが、今回に限ってはアンラッキーである。

 

「だぁぁぁぁ!なぜだぁぁっ!」

「ちょっと提督、また借金するの?もういい加減ギャンブルはやめてよ…」

「なんだよ、文句でもあんのか!?」

「そうじゃなくて、貴方が無茶苦茶なお金の使い方をするから、もう約束手形がないのよ!」

「銀行まで巻き込んで破産させるなんて、司令官らしいな」

「もう売る家もお土産もないから、これで開拓地行きね」

 

(クソ、今開拓地へ行ったらもうビリは確定だ…何かここから巻き返す裏技は………あっ、そうだっ!)

 

脳裏に走った一発逆転の裏技…というより反則技。たとえそれで非難されても、一度思いついたからには絶対に実行するのがこの男だ。

 

「まだだ…!ワシはまだ諦めんぞ!」

「諦めんって…どうするつもりですか?」

「なぁ本田、ワシに金を貸さんか?」

「えぇっ!?」

「貸してくれたら二倍……いや五倍にして返すから!」

「い、嫌ですよ。先輩にお金を貸して帰ってきた試しがないじゃないっすか!」

「じゃ、じゃあ陸奥!頼む、金を貸してくれぇ!」

「嫌よ。大体説明書にプレイヤーからお金を借りるなんてルール書いてないじゃない」

「借りちゃいけないとも書いてないだろうが」

「そんな無茶苦茶な…とにかく私だって嫌ですからね」

「クソッ、冷たい奴らめ。お前達には人情というものはないのか!」

 

普通放っておいてもビリになるであろう人間に、お金を貸すようなお人好しはいない。それも罰ゲームがかかっているなら尚更だ。だが捨てる神あれば拾う神あり。八方塞がりの両津に手を差し伸べる天使がいた。

 

「司令官、それなら私のお金を使って!」

「おぉ雷!いいのか?」

「もちろんよ!司令官が困ってる時はいつでも力になるわ!」

「うぅっ……雷は優しい子だなぁ……他の連中にも爪の垢煎じて飲ませてやりたいもんだぜ…!」

「雷ちゃん、あんまり提督を甘やかしちゃだめよ?」

「大丈夫よ陸奥さん!今私は二位だから、ちょっとくらいお金が帰ってこなくても平気よ?」

「そ、そう言う問題じゃないんだけど…」

「よし!これを元手にギャンブルだ!これで逆転するぞ!」

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ結果発表ね。まず一位は響ちゃんね」

「ゲームとはいえ、勝ったのは嬉しいね」

「二位は電ちゃん、三位は本田さん、その後に雷ちゃん、那珂ちゃん、暁ちゃん、私と続いて……提督がぶっちぎりのビリね」

「クソぉぉっ!あそこで一発当たっていれば…!」

 

結局貰った金も全てギャンブルにつぎ込んだ両津だったが、結果はご覧の通り見事玉砕。この剥き出しの地雷にかかと落としを放つような愚行に走るその姿には、最早哀愁すら感じさせられる。

 

「何でもいいけど提督、お風呂掃除はお願いね?」

「ちくしょう……罰ゲームなんて言わなきゃよかった……」

 

がっくりと肩を落とす両津だが、言い出しっぺがルールを破るわけにもいかず、渋々了承するほかなかった。

こうして後腐れなくゲームを楽しんだ一同。ふと時計を見てみると、もう少しで夕飯時という時間帯だった。

 

「そうだ本田さん、折角だからここでご飯食べて行かない?」

「え、いいの?それじゃあお言葉に甘えて…」

「じゃあ早く行きましょ!警察に居る時の司令官達のお話、もっと聞きたいわ!」

「うーんそうだなぁ、先輩とはもう長い付き合いだからネタは色々あるけど、何から話そうかな…」

 

バイクから降りた時の本田は男としては少々覇気が足らない節もあるが、共感性が高く優しい彼は、老若男女どの視点から見ても親しみやすさに溢れている。何度も両津の問題行動に巻き込まれても彼に信用があるのは、この性格によるところも大きいのだろう。

 

「あらあら、本田さん結構人気じゃない」

「まぁバイクを降りた時はな……それにしても陸奥、今日は長門の奴はどうしたんだ?確かあいつも今日は非番じゃなかったか?」

「そうだけど、長門はこういうゲームに誘っても多分来ないわよ。多分トレーニングでもしてるんじゃないかしら」

「うーむ…まぁ確かに娯楽とか興味無さそうだしな。アイツももう少し頭を柔らかくすりゃいいと思うんだが…」

「それじゃあ今度、那珂ちゃんのファーストアルバムをプレゼントしてみるね!もうハマること間違いなしだよ!」

「絶対聴かんだろ…」

 

三人の会話からも分かるように、長門と言って思い浮かぶのは、無趣味、硬骨漢、生真面目と、絵に書いたような”仕事一筋タイプ”である。それ故に他の艦娘達と雑談をしている所も殆ど見たことがなく、駆逐艦からは怖がられていたりもするのだ。

円滑な艦隊行動の為にもなんとかして欲しいものだが、本人がいないのでは文句のつけようもない。

 

「司令官も!早く食べに行くわよ」

「ああ、ワシはちょっと便所に行ってくるから、陸奥達と先に行ってろ」

「分かったわ。司令官も早く来てよね!」

 

対して両津は彼女達は親子ほどの歳の差があるものの、持ち前のパワフルさと多趣味な性格からか、駆逐艦達の年齢の子供達には大人気である。年頃の娘を持つ父親ならば誰もが羨望の眼差しを向けそうな光景だ。

しかし、彼にとっては子供と遊び回るなどいつもの事。部屋を後にする一同を軽く見送ると、人生ゲームで疲れた肩を伸ばしながら厠へと向かった。

 

そんな彼の前に、仁王立ちで進路を塞ぐ人影が現れた。

 

「ん…?なんだ長門じゃねぇか。オマエこんな所で何やってんだ?」

「…提督、少し話がある」

 

彼女が質問に答えることはなく、問答無用で両津の襟袖を掴むと、そのままズルズルと両津を部屋へと連れ込んだ。

 

「だぁぁっ!?お、おい!一体何なんだ!」

「提督…実はな、私は重大な問題を知ってしまったんだ…」

「重大な問題…?」

「ああ。恐らく殆どの者は知らない事だ…」

 

藪から棒にそんな事を言い出した彼女だが、余程深刻な事なのだろう。彼女の表情はいつにも増して険しさが滲み出ている。

 

「実は……実はな……どうやら私は……駆逐艦達に怖がられているらしいんだっ…!」

「なんだと、それは本当か………っておい!」

 

彼女の口から飛び出したのは、逆の意味で意外すぎる発言。彼女のそれらしい声のトーンに騙されかけたが、これ以上ないほどどうでもいい話である。

 

「それのどこが重要な問題なんだよ!それにそんなもん、この鎮守府の誰でも知ってる!気づいてないのはお前ぐらいだ!」

「な、なんだと!?そんな馬鹿な…」

 

長門にとっては両津の発言の方が意外だったようで、普段の凛々しい姿は見る影もなく狼狽えていた。

 

「話は済んだか?ワシは飯を食いに行くからな」

「ま、待ってくれ!もう少し話を……」

「生憎、ワシの胃袋はそんなくだらん話には付き合ってられん。それじゃあな───

 

そう告げて去ろうとする両津だったが、ドアに手をかけた所で、首根っこを思い切り背後に引き戻された。

 

「頼む提督!少しでもいいんだ!話を聞いてくれーっ!」

「ぐえぇっ!ぐ、ぐるじい…」

「もう私にはお前しか頼れる人がおらんのだぁ!」

「わがっだ!わがっだがら首はや”め”ろ”ぉっ!」

 

血走った目で背後から首を絞める姿は、傍から見ればどう見ても殺人現場。長門がハッと気がついた時、両津は既に半分白目を剥いてしまっていた。

 

「だぁ…はぁ…はぁ……クソッ、なんて馬鹿力だ……」

「す、すまん提督。つい力が入りすぎてしまって…」

「冗談抜きで死ぬかと思ったぞ全く!大体、怖がられてちゃ悪いのか?普段からお前の素振りを見てると、駆逐艦の連中が嫌いなんだと思ってたぞ」

「誤解だ!私はむしろ小さい娘が大好きなんだ!」

「お、おう」

 

身を乗り出して抗議してくる彼女に、流石の両津も少し引き気味になってしまう。

 

「あの子たちを見ていると、日々の嫌な事や辛いことも全て忘れさせてくれるんだ……小さな体で日々厳しい任務を全うしながらも、休日には無垢な瞳で遊んでいる姿……美しいとか可愛いとか、最早そんな稚拙な言葉では表せまい!出来ることなら全員と一緒に疲れるまで遊んで、一緒に布団に入って……そうだな、そうするとあの娘達は私に甘えて来るんだ。それを私は優しく抱いてあげて、あんな事やこんな事を───

 

「…長門、お前相当ヤバい事言ってる自覚あるか?」

「なっ……べ、別に私はそんなやましい事はしない!純粋にあの娘達が好きなだけで……」

 

街で出会ったなら確実に職質案件な発言を繰り返す長門だが、正直これ以上深いところまでは聞きたくない。手っ取り早く話を進めるためにも、両津は何がしたいのかと彼女に訊ねた。

 

「それは…もっと駆逐艦達と仲良くなって……」

「だったらまず愛想よくしろ!腕組んでガン飛ばしてたら、仲良くもクソもないだろ」

「ガンを飛ばしてるつもりはないんだが……あまりヘラヘラするのはなぁ…私にはビッグセブンとしての威厳が───

「じゃあ仲良くするのは諦めるんだな」

「ま、待て!…分かった。もっと愛想を振りまくように努力するから!私にアドバイスをしてくれ!頼む、この通りだ!」

 

恥も外聞もないとばかりに頭を擦り付ける長門。そこまでされては無理に断るのも気が引けてしまう。

 

「だぁっ、やめろみっともねぇ。仕方ない、ワシがなんとかしてやるよ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、じゃあまずお前の特技を教えろ」

「それが何か関係あるのか?」

「人と仲良くなるにはまず自分に興味を持って貰うことだ。これは戦艦で例えるなら弾薬、あればあるほど相手にアプローチできるし、振られた話題にも対応しやすくなる」

「なるほど……そうだな、特技といえば敵戦艦との殴り合いに、あとはビッグセブンとしての経験と誇り……」

「そんなもんは何の役にも立たん!」

「なっ…!」

 

自分の唯一とも言えるアイデンティティを否定されショックを受ける彼女だが、確かに両津の言うことは事実。いくら子供とはいえ相手も艦娘。そんな肩書きだけでは子供のハートを射止めることはできないのだ。

 

「ワシが言っとるのは、スポーツが出来るとか、絵が描けるとかそういう趣味っぽいやつだ」

「スポーツはやったことないし、絵も描いた事ないな…」

「じゃあプラモが作れるとか、ゲームやベーゴマが強いとかは?」

「触れたことすらないぞ…」

「なら料理や裁縫はどうだ?」

「いや全く…」

「危険物取扱者の免許とか、ボイラー整備士とかは?」

「………」

「なんだ、やっぱりなんにも出来ねぇんじゃねぇか」

「くっ…面目無い……」

「安心しろ。特技がないなら作ればいいだけの事だ。その為にワシが特別チームを編成してやる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───で、私達が呼び出されたってわけね」

 

翌日両津の命令で招集されたのは、陸奥、鳳翔、那珂、そして本田の四人。それぞれ皆特徴は違うものの、駆逐艦からは一定の支持がある者達だ。

 

「先輩、本当に僕もやるんですかぁ?」

「当たり前だ。じゃなかったら呼ばん」

「それにしても長門がそんな風に思ってたなんて、意外だったわね」

「ふふっ、でも微笑ましくていいじゃないですか」

「す、すまないな皆。よろしく頼む」

「それじゃあまず那珂ちゃんから!長門さん、早速行くよ!」

「えっ、ちょっ…」

 

慌てる長門などお構い無し、彼女よりもふたまわり以上小さい那珂に手を引かれ連れてこられたのは……

 

 

「はーい!みんなー!今日も那珂ちゃんライブやっちゃうよー!」

 

 

もはや説明不要、鎮守府では金曜日の映画専門番組並みの恒例イベントと化したこのライブだが、集まった艦娘にサイリウムを配ったり、ステージにはスポットライトが追加されるなど、確実に進化を見せていた。

 

「今日はなんと、那珂ちゃんの他にスペシャルなゲストを呼んでるんだ!」

「スペシャルゲスト?」

「誰なんだろう…」

「それじゃあ登場してもらいましょう!どうぞーっ!」

 

腕を振り上げステージ裏のゲストに登壇を促すが、一向に誰もステージ上に上がってこない。ついには那珂も静まり返った会場の雰囲気に耐えきれず、ステージの端へ逃げるように駆け寄った。

 

「ちょ、ちょっと待っててね!……ちょっと長門さん!何してるの!?早くこっちに来てってば!」

どこぞの魔法少女が着ていそうなピンク色のフリフリ衣装を身にまとった彼女は。恥ずかしさのあまり声は上ずり、いじらしく体を捩らせていた。

 

「や、やっぱり駄目だ!こんな格好で皆の前に出るだけでも恥ずかしいのに、う、歌まで歌うなんて…!」

「今更何言ってんだよ!協力してくれと頼んだのはお前だろうが!」

「そうよ長門、これが成功すれば今までの怖いイメージを払拭できるわ!」

「し、しかしだな…」

「えぇい!まどろっこしい!早く行けっての!」

 

那珂が腕引っ張り、両津は背中を押す形で強引にステージに上がらせようとするが、肝心の彼女はやはり覚悟が決まらないようだ。

 

「バカ!抵抗してどうすんだよ!」

「長門さん早くぅ~!」

「うぅ……や、やっぱり駄目だぁっ!」

「だぁっ!?」

「きゃあっ!?」

 

表に出るのが余程恥ずかしかったのか、長門は驚異的な腕力にものを言わせて両津達を思い切り投げ飛ばしてしまう。

当人としては軽く抵抗しただけつもりだったようだが、宙を舞った二人は顔面から壁に突っ込んでしまい、舞台裏の壁に大穴を開けてしまった。

 

「す、すまん二人共!怪我はない……か……?」

 

舞台裏の壁を突き破る……という事は、当然観客席側からは丸見えという事になる。突然二人が書き割りから飛び出してきた事に驚くオーディエンスだったが、その視線はすぐにその背後に移ることとなった。

 

「あれ…もしかして長門さん?」

「あのお洋服かわいいわ!」

「もしかしてゲストって長門さんの事…?」

 

「うっ…うっ……うわぁぁぁぁっ!」

 

ついに長門の羞恥心は限界を超えたのか、島風もびっくりのスピードでどこかへ逃げ去ってしまった。

 

「あぁっ!那珂ちゃんの舞台がぁ!」

「もう長門ったら……提督、大丈夫?」

「いててて……ったくあいつ、本気で投げやがって!」

 

ある程度その場を片付け終え、恐らく彼女が逃げ込んだであろう自室へと戻ってみると、部屋の隅で体育座りをしている長門の姿があった。

 

「コラ長門!逃げてどうすんだよ!」

「すまん那珂、提督…だがあの格好はどうしても……」

「ったく、お前普段の服だって結構アレだろうが…」

「まぁまぁ提督、長門さんにいきなりアレは無茶だったんですよ。長門さん、今度は私の所に来てください」

「う、うむ…お願いする…」

 

 

 

 

 

 

 

「いいですか?人の心を掴むには、先に胃袋を掴むのも有効な手段です。皆さんが喜んでくれるような料理を作れれば、自然と距離も縮まるはずですよ」

「な、なるほど…」

 

先程とは打って変わった落ち着いた店内。これならば集中して取り組めそうだとひとまず胸をなでおろした。しかし、そんな一時の平穏も束の間、初めての客が彼女達の前に現れた。

 

「失礼するぞ」

「うぃーっす、鳳翔はんもうやってるか?」

「あら龍驤さんに那智さん、いらっしゃい」

「ん?なんだ、提督に長門まで、今日は手伝いか?」

「まぁそんな所だ。それで何にする?」

「とりあえずぬる燗二つ貰おうかな」

「なんだ、子供が酒なんか頼むんじゃねぇぞ」

「ウチはもう二十歳超えとるわ!悪かったな貧相な体で!」

「だっはっはっ!そうだったそうだった。…ほれ、ぬる燗お待ち」

「にしても提督、貴様料理なんて作れるのか?」

「作れなきゃ手伝いなんかしねぇよ。見てろ、今握ってやるからな」

 

両津はゴツゴツとした手に似合わぬ繊細な動きでシャリを掴むと、慣れた手つきでネタと組み合わせてゆく。

 

「ほう、寿司か…」

「へいお待ち、鯛の握りだ。龍驤にはコハダだ」

「それじゃあいただくぞ………んっ!これはかなり美味いな…!」

「ほんまやな…高級店の味って感じや」

「そんなに美味しいんですか?」

「鳳翔はんもたべてみ?ウチの一つあげるわ」

「それじゃあ一つ…………あっ!これ本当に美味しいです!ネタの厚さ、握り加減、シャリの酢加減、どれをとっても完璧だわ。私より上手いかも……」

 

超神田寿司で磨いた腕を遺憾無く発揮し、両津は客の心を掴んでゆく。そんな様子をそばで見ていた長門も、負けじと見様見真似で手を動かしてゆく。真剣に心を込めて握る姿は、雰囲気だけならば職人さながらのオーラを醸し出している。

 

「へ、へいお待ち」

「どれどれ……ん”っ!?こ、これは…」

「どうした……って何だこりゃあ!?」

 

彼女の作った寿司は、遠目で見れば一件まともなマグロの握り。しかし実際に手に取ってみると、寿司とは思えない凄まじい硬度を誇っていることが分かる。醤油皿に接触するたびにコンコンと小気味よい音を出すそれは、もはや金属や鉱物の域だ。

 

「あ、ある意味凄いなこれは…」

「釘が打てそうやで…」

「どういう力で握ったらこうなるんだよ!げんこつ煎餅じゃあるまいし、こんなモン食ったら……あむっ……歯が欠けちまうぞ」

 

そう言いながらも平然と口に放り込む辺り、この男の普段の食生活や食い意地の張り様が容易に想像できる。がしかし、長門の仕掛けはこれだけではなかった。

 

「げぇぇぇっ!!か、辛いぃぃ!」

「ど、どうした提督!?」

「長門ぉ!お前ワサビを入れすぎだぁ!」

「す、すまん!今水を入れるから待っていろ……ほら、これを飲め」

「よ、よし、これで助かっ……ん”!?」

 

 

 

「あ”ち”いぃぃぃぃぃっ!!熱湯じゃねぇかぁぁっ!」

 

 

 

その後も両津主導による長門の近代化改修は続いた。陸奥の駆逐艦ふれあい講座、両津のプラモ組み立て演習、果ては本田のバイク教習まで……しかし結局どの分野も上手く行かず、撤退を余儀なくされていた。

 

「……すまん提督」

「全く!せめてなにか一つでも人並みにできんのか!」

「うぅ……」

 

普段仕事も私生活も完璧主義の彼女。失敗続きの自分が余程やるせないのか、すっかりしょげてしまっていた。

 

「提督、もう他に作戦はないの?」

「あるにはある……が、本当に最後の手段だぞ」

「聞いた長門?まだ作戦があるみたいよ!」

「だが本当にこれは賭けだからな。もし失敗すれば、好感度は上がるどころかダダ下がりになる。それでもやるか?」

 

両津の言葉に一瞬戸惑ったものの、愛しい彼女達の表情が脳裏に浮かんだ。あの笑顔を自分に向けてくれる道があるなら、こんな所で立ち止まる訳にはいかない。長門は拳を握りしめ、最後の勝負へと希望を託した。

 

「あぁ…この長門、艦娘としてのプライドに掛けて、必ずやり遂げてみせる!」

「よし、その言葉忘れるなよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いーなーずーまー!早く来なさいよ!」

「ま、待ってなのです!」

「雷、気持ちは分かるけどはしゃぐのはレディじゃないわ!」

「…暁、足が止まってないじゃないか」

 

今日は待ちに待った野球大会。よく背伸びする子も、クールな子も、世話焼きの子も、ちょっぴり引っ込み思案な子も、今日は一様に気分が高揚しているようだった。お天道様も雨雲を追い払った甲斐があるだろう。

そんな軽快な足取りで中庭にやって来た彼女達だが、先に集まっていた他のみんなメンバーが、何やらざわついているようだった。それも楽しげな声ではなく、どちらかと言えば困惑に近いもの。

 

「どうしたもこうしたもないって!あれを見てよ!」

 

彼女が指さした先には、今日の大会の概要が書き記された紙が貼られており、その一番最初にはなんとも魅力的な優勝賞品のイラストが描かれていた。

 

「見て電!買ったチームには間宮さんの特別限定パフェ無料券だって!」

「すごいのです…!」

「違うって!私が言ってるのはもっと下!」

 

彼女にそう言われ視線を下げてみると、今日の試合のチーム分けが表で書かれていた。

 

 

 

 

Aチーム Bチーム

 

電 金剛

雷 比叡

響 球磨

暁 多摩

島風 北上

夕立 大井

時雨 赤城

吹雪 加賀

睦月 陸奥

如月 両津

本田

 

 

 

「こ、これは…」

 

艦娘達はほとんど野球の経験がないとはいえ、あまりにも年齢差が激しすぎる。加えて野球経験者の両津、本田の両名が共に同じチームに入っているという、素人目にも分かるほど不平等なチーム分けだった。

 

「納得いかないにゃしい!」

「仕方ないだろ?くじ引きで決まったんだから」

「うぅ…でもこれじゃああんまりっぽい!こっちは人数も少ないし…」

「へっへっへっ、まぁ今回は運が悪かったと思って諦めるんだな」

「ぐぬぬ…間宮さんのスイーツが掛かってるんだもん…絶対諦めないわ!」

「でも向こうには赤城さんや金剛さんもいるし…流石に勝ち目がないんじゃ…」

 

そしていよいよ試合の火蓋は切って落とされた。駆逐艦チームの先行で始まったこの試合だが、やはり試合は一方的な展開でのスタートとなってしまう。

 

「それじゃあ投げますヨー!えぇぃっ!」

 

「ひゃあっ!」

「にゃしい!?」

 

流石に両津がピッチャーでは勝負にならないため、先発は金剛が務めたものの、それでも体格の差は歴然。結局三回まで得点はなく、塁に出ることなく終わってしまった。

 

「やっぱりだめだよぉ…」

「金剛さんのボールは早すぎるにゃしい…」

 

「フッフッフ…これで間宮パフェはいただきネー!」

「ちょっと待ったぁっ!」

「っ…!何者デース!?」

 

戦意喪失の彼女達の前に現れたのは、連合艦隊旗艦にして世界のビッグセブン、戦艦長門。手には長剣の如くバットを握りしめ、羽織ったコートを風にたなびかせながらこちらに歩み寄るその姿は、鎮守府のトップの風格十分だ。

 

「この日を楽しみにしていた彼女達……それを理不尽な方法で貶めるような所業、見過ごすわけにはいかない!この長門、力無き者達の剣となろう!」

「ぐぬぬ…これは思わぬ敵デース…」

「へっ、おもしれぇじゃねぇか!やれるもんならやってみな!」

 

「長門さん…!」

「か、かっこいいのです…」

「ちょっとドキッとしちゃったにゃしい!」

 

両津にバットを突きつけ戦線布告した彼女。無論両津もその程度で怯むはずはなく、両者はバチバチと火花を散らしている……ように、傍からは見えるだろう。

 

(よし…登場は完璧に決まったぞ……!後は試合で活躍して見せるだけだ!)

 

 

 

 

『野球大会…だと?』

『そうだ。野球の中継を見てたらやりたいと言うやつが何人か現れてな。来週の土曜日、希望者を募って野球をすることになったんだ』

『ま、まさかそこに私が…?』

『そうだ。あのぐらいの年の子供は、得てしてスポーツができるヤツに憧れるもんだ。そこで活躍できれば必ず人気者になれる!』

『分かった。一週間で必ず期待に応えられる選手になってみせる!』

『よし、よく言った。長門よ、駆逐艦の中で明星となれ!栄光の星を目指すのだ!』

 

 

 

 

 

(あれから私はそれこそ血の汗を流すほどの特訓を重ねた。これ程何かに打ち込んだのは戦い以外では初めてだ。私のプライドとあの子達の笑顔の為、今度こそ必ずやり遂げてみせる…!)

 

燃える闘魂と駆逐艦の期待を胸に、いよいよ彼女はマウンドに立った。

 

「Hey長門!ワタシのボール、受けてみるがいいデース!」

 

初心者とは思えぬ豪速球が、キャッチャーのグローブ目指して一直線に飛んでゆく。

 

「はあぁぁぁぁっ!」

 

しかし長門の目は捉えていた。この時を待っていたとばかりにバットを迷いなく振り抜くと、小気味の良い音を轟かせボールは空へと飛び立った。

 

「What!?」

「ひえぇぇ!?お姉様の投球がぁ!」

 

驚く守備陣営の頭上を軽く通り越し、打球は見事にホームラン。大きな放物線を描いて飛翔するその弾道は、まさに彼女の艦砲射撃を連想させる。

(よし…まずは一点。だがこの程度で喜んでいては───

 

「やったわ長門さん!」

「…えっ?」

 

ホームベースに戻ってきた彼女に、チームメイトわらわらと集まってくる。

 

「いきなりあんなホームランが打てるなんてすごいわ!」

「私長門さんが野球得意なんて知らなかったです!」

「レディだわ…とってもかっこいいわ!」

「これで僕達にも勝機が見えてきたね…!」

「う…あ、そうか…」

 

予想外の反応に戸惑い隠せない長門。無理もない、何せ今まで怖がられるか避けられるかのどちらかだったのが、今日は一変、一躍駆逐艦達のヒーローとなったのだ。

 

(まさかこうも上手くいくなんて……提督の言ったことは本当だったのか…!)

 

「よしみんな!この調子で提督達を倒すぞ!この長門に続けぇっ!」

「「「おぉーっ!」」」

 

元々他の艦娘と比較しても運動神経は優れている彼女だ。打ってよし、走ってよし、投げてよしの三拍子で、相手チームとの差を広げてゆく。

さらに他の駆逐艦達も彼女に続けとばかりに調子を上げ、次々と塁に出られるようになり、完璧に両津達の思惑通りに進んでいた。

しかしこの展開が面白くないのは、両津側のチームの艦娘である。

 

「提督、このままじゃ負けるクマ!何とかして欲しいクマ!」

「そうです!北上さんが居ながら負けることなど許されませんよ!?」

「しかしなぁ〜、長門がああ強いとワシも敵わんからなぁ〜」

「…もし負けたら、提督に酸素魚雷を食らわせますからね」

「お前が言うと冗談に聞こえんぞ…」

「提督、貴方には野球経験者としてのプライドはないんですか?」

「そうですよ!加賀さんの言う通り、この試合の勝敗は、提督の威厳にも関わりますよ!」

「お前らパフェが食いたいだけだろうが!」

 

余程パフェが食べたいのか、相手が駆逐艦チームでも手を抜く様子は一切ない。しかしこうなると困るのは長門に花を持たせたい三人だ。

 

「ど、どうするのよ提督?」

「どうするも何も、ワシが本気を出したらいくら長門でも勝てんからな。本気を出すわけにはいかんだろ」

「でも先輩、なんかみんな勝つ気満々っすよ?」

 

今現在でも大差をつけられているのに、両津がやる気がないのでは勝てるものも勝てない。そこで、金剛はある秘策を思いついた。

 

「そうだ!もし勝たせてくれたラ、私はテートクがhungryな時にご飯を作りマース!」

「何、タダ飯だと?うーむ…」

「それじゃあ今度加賀さんと買い物に行った時プラモデルを買ってきます…!それもちょっと高いやつを…」

「おっ、プラモか!迷うなぁ…」

「多摩は鰹節をあげるにゃぁ!」

「やっぱり止めようかな…」

「それじゃあこの北上様はおかね───

 

「この両津勘吉に任せなさぁい!」

 

普段から金の亡者と揶揄されるこの男だが、こういう場合には非常に扱いやすく都合がよい。対して残された二人は疾風の如く買収される両津に、ガックリと肩を落とすのだった。

 

「陸奥さん、すみませんこんな先輩で…」

「いいんですよ…本田さんのせいじゃありませんから…」

 

一方そんな事とは露知らず、再びバッターボックスに立った長門は、かつてないほどの幸福に酔いしれていた。

 

「頑張れ長門さーん!」

「また大きいのお願いしまーす」

「ああ!任せておけ!」

(感じる…感じるぞ!彼女達の憧れと期待の視線をっ…!)

 

現在ワンアウトランナー二塁。しかも二塁は俊足の島風が走者だ。長門のバッティング次第ではさらなる追加点も有りうるこの状況、ピッチャーの金剛の手にも力が入る。

 

「今度こそ、討ち取らせて貰うデース!てやぁぁっ!」

「っ…!はぁぁっ!」

 

しかし長門のバットはまたしても快音を響かせた。先程のようにホームランとはいかなかったが、守備の間を見事にかいくぐりレフト前ヒットを叩き出す。

 

「長門さんナイス!これで私も三塁に───

「おっと、その先は行かせないよ」

 

レフトを守る北上の素早い捕球から、サードの両津へとボールが移る。

 

「へへっ、そこまでだ島風!」

「おうっ!?」

 

ギリギリで島風を討ち取った両津だが、この間に長門は一塁目前まで迫っていた。もう間に合わない───誰もが思ったその時だった。

 

「食らえ!必殺・魔送球!受け取れ比叡!」

 

どこぞの監督が見ていたら激怒しそうな技名を叫び、両津は走る長門へとボールを投げつけた。

 

「なっ…!?」

 

荒唐無稽なその弾道に驚いた長門は、思わず足を止めてしまう。しかしビーンボールかと思われた軌道は、ボールは長門の顔の前で急旋回し、ファーストのグローブの中へと収まった。

 

「よっしゃあ!ゲッツーいただき!」

「ひ、ひぇぇ…」

「な…何ですか今のは…!?」

「凄まじい弾道だ…まさかこんな球を投げられるとは…」

「wonderful!テートクまるで飛雄馬みたいデース!」

「それを言うなら一徹だろうが!…まぁいい、ともかくこれで攻守交替だ」

 

(提督め、急に本気を出してくるとはどういうつもりだ…?まぁいい、真剣勝負なら望むところだ!)

 

しかし、両津の実力は本物だった。得点差が五点以上離されていたにも関わらず、九回のウラには同点まで詰め寄り、長門達を追い詰めていた。

 

「くっ…まさか同点とは…」

「長門さんファイトなのです!」

「ここを押さえればまた私達の攻撃ですよ!」

 

今の状況はランナーなしのツーアウト。一見長門達有利に見えるが、次の打者はなんと両津。ソロホームランで逆転負けも十分に有りうるのだ。

 

「次の打者は先輩かぁ…ってあれ?何やってんですか?」

「しーっ!馬鹿、今取り込み中だ!」

 

本田が振り返ると、何やら両津はバットを手に影でコソコソと作業していた。

 

「次は確実にホームランを打ちたいからな。バットに爆竹を巻き付けて飛距離を伸ばす」

「えぇーっ!それって反則じゃないっすか!」

「野球のルールに爆竹を使うななんてルールはない!」

「また無茶苦茶な事を…僕知らないっスよ…?」

 

本田の警告は例のごとく無視され、両津はバッターボックスに平然と足を進めた。

 

「提督!今度こそ打たせはしないぞ!」

「へっ!ワシを舐めるなよ?いざ尋常に勝負!」

 

野球で爆竹を使用しておいて、一体どの辺が”尋常”なのか説明してもらいたいが、生憎この場で不正行為に気づいているものはいない。

 

(どうする…今私が取るべき最善の投球は…)

 

一度ボール球で打ち気を逸らすか…そんな考えも一瞬浮かんだが、悪球打ちも平然とやってのける両津に、下手な小細工は通用しない。ならばやることは一つ、この一球に全てを込めて投げるだけだ。

 

「受けてみろっ!たぁぁぁぁっ!」

 

「んんっ!そこだぁぁぁっ!」

 

長年の勘か、それとも卓越した動体視力のお陰か。両津のフルスイングはミートポイントを的確に捉え、爆音と共にボールを空に打ち上げた。

 

「くっ、しまった…!」

「へへっ、これでワシの勝ちだ!」

 

喜ぶ両津だが、ボールはいつまでたっても減速しない。守備選手を越え、中庭の敷地内を楽々突破し、工廠の上で最高高度に達し…最後は鎮守府本館のガラスを突き破ってしまう。

 

「あーあ。また大淀に起こられるクマ」

「ねぇ大井っち、あの部屋って確か…」

「ええ。提督のプラモデルやゲームが保管されている部屋───

 

「だぁぁぁぁっ!しまったぁぁぁ!」

 

急いで部屋に戻ってみると、案の定部屋はめちゃくちゃ。しかも爆発によって無駄に球速が高まっていた為、両津往年のコレクション達は粉々に粉砕されていた。

 

「ワシのM48パットンがぁぁっ!ああっ!スピットファイアまで……ちくしょおぉ…!」

「まぁなんというか…どんまい提督」

 

微塵も気持ちのこもっていない北上の言葉だが、そんなことよりも大事な事がある。

 

「そ、そうだ北上!さっき勝ったらアレをくれるっていったよな…!?」

「あ、そう言えばそうだったね。ちょっと待って…」

 

両津の言うアレとは、当然”お”で始まって”ね”で終わるものである。チーム全員から集めれば、少しはコレクションを取り戻せるかもしれない。

 

「えーっと、はいこれ」

「おお!サンキューきたか───ん?」

 

両津の手のひらには、確かに諭吉さんが五人鎮座していた。野球の試合でこれだけ貰えるなら儲けものだろう。…それが日本銀行券の話だが。

 

「なんじゃこりゃぁぁっ!?」

「何って、お金チョコだけど?」

「ふざけるな!あの時確かにお金だって───

「えー、ちゃんとお金チョコって言ったじゃんか。提督、人の話は最後まで聞かないとー」

「クソォォッ!ワシはプラモ達を犠牲にして頑張ったのに……こんなのってあるかよぉぉっ!」

 

 

 

 

 

 

「すまなかった……なんと詫びていいのか…」

「そんな!謝らないで長門さん」

「そうだよ。僕達だけだったら、きっと勝負になってなかったさ」

「それに、長門さん凄くかっこよかったにゃしい!」

「しかしだな…」

 

駆逐艦達に好かれるという目的は達成した長門だが、彼女達にスイーツを食べさせられなかったことは悔いている様子だ。

そんな中、優しげな声が彼女達に声をかけてきた。

 

「あら、長門さん。試合はどうでしたか?」

「ん、間宮か…皆頑張ったのだが、私の力が及ばぬばかりに…」

「ふふっ、そうでしたか。それじゃあ気晴らしに、今からパフェを食べに来ませんか?」

「ああ。残念だが……えっ?」

「どういうことなのですか?」

「試合前は勝ったチームだけと言いましたが、あれはその方が皆さん盛り上がるだろうと思って言っただけなんです。ちゃんと皆さんの分も用意してありますよ」

「それじゃあ…!」

「私達も食べられるっぽい!」

 

思いがけない吉報に先程までの空気は一変、無邪気な笑みが辺りに広がった。

 

「長門さん、早速一緒に食べに行きましょ!」

「わ、私も一緒でいいのか…?」

「もちろん!長門さんのお話いっぱい聞きたいわ!」

 

(ま、まさか…彼女達から誘ってくれるなんて…!くぅ…この長門、ここで死んでも悔いはないぞ…!)

 

「どうしたの長門さん?」

「いや、何でもない。それでは行くとするか!」

「うん!」

 

嬉し涙をぐっと堪え、彼女は天使達に囲まれながら、勝者以上の満面の笑みで中庭を離れてゆく。これでもう彼女を怖がるものは誰もいないだろう。

 

「ふふふっ、よかったわね長門」

「いやぁ、上手くいってよかったッス」

「本田さんも姉の事で協力してもらって、どうもありがとうございました」

「いえいえ、僕は大したことはしてないですから。鳳翔さんや先輩の方が……って、あれ?そう言えば先輩は…?」

 

 

 

「それじゃ提督、私大井っち達とパフェ食べに行くから。じゃーねー」

 

「クソォ、なんでワシだけこうなるんだぁぁぁっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ワシの鎮守府に新たな艦娘、飛龍と蒼龍がやって来た!だがワシと初対面のはずの飛龍は、ワシのことを知っているようだった。それは、忘れられない彼女の遺恨が関係していたのだった。

次回 よみがえれ!二航戦の翼 よろしくな!
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