今回また分割話&シリアス回です。
「…なぁ飛龍」
どうしたの怖い顔して?いつもの君らしくないよ。
「今回の戦い…何か嫌な予感がするんだ。イギリスを破ったと浮かれてる奴もいるが、ワシはそうは思わない」
考えすぎだよ。私達以外にも赤城さん達も居るんだし…
「連合軍の奴らだって馬鹿じゃない。こっちがミッドウェーで決戦を挑んでくることぐらい、読んでいてもおかしくないはずだ」
それは…
「ワシはな飛龍、内地に腹を空かせた妹を置いてきた。あいつに飯を食わしてやる為にも、なんとしてもここで負けてやるわけにはいかないんだ」
……そうなんだ。
「…まぁ、こんなことを言ったがワシはお前と艦長を信じてる。勝とうな、飛龍」
任せて!絶対にみんなで日本に帰してみせるから…!
───!
────う!
飛龍!
「おーい飛龍さーん、起きてくださーい」
「あっ…蒼龍…」
耳に飛び込んでくる私の名前にハッと目を開いた時、私の脳に真っ先に飛び込んできたのは、私を覗き込む見慣れた顔と、シートから伝わるエンジンの震え。それらをひとつずつ認識する度に、段々と記憶が鮮明になってゆく。
「ふふっ、おはよ。よく寝てたね。新しい鎮守府、もうじき到着するみたいだよ」
人の寝顔が見られて愉快だったのか、それとも長かった車の旅が終わるのが嬉しいのか、彼女はどことなく機嫌がよさげだ。
「ねぇ飛龍、寝言で何か言ってたけど、夢でも見てたの?」
「まぁね。…でも大したことじゃないよ」
「えー、そう言われると気になるなぁ。どんな夢だったの?」
「本当に聞いてもつまんないよ。それに私もよく覚えてないし…」
「ふぅん…ならいいけどさ…」
嘘をついた。よく覚えていないと言ったが、本当はかなり鮮明に記憶している。しかしこの言葉が決め手となり、彼女は私の夢についてそれ以上追求してくることはなかった。
誰しもついたことのあるような、小さな嘘だ。それなのに。
その時私の心には、明確な罪悪感が満ち満ちていた。
「提督っ!提督はどこですかっ!」
今日も今日とて大淀の大声が鎮守府に響き渡る。普段温厚な彼女の怒りと呆れの混じったその声が聞こえてくるのは、大抵両津が何かしでかした時である。
「あら大淀さん。おはようございます」
「そんなに血相を変えてどうしたんですか?」
そんな彼女に声を掛けたのは、玄関ロビーに集まっていた一・五航戦の四人と鳳翔だ。今更驚きこそしないものの、こう騒がれたら怒りの原因が気になってしまうのが人の性というもの。
「それが聞いてくださいよ!提督ったら──
『大淀さん!雪風、ただいま歓迎会の買い出し任務から帰投しました!』
『ありがとう雪風ちゃん。どう?提督とのお買い物楽しかった?』
『はい!帰りに色々な場所に連れて行ってもらいました!』
『へぇ、どこに行ってきたの?』
『えーっと、玉をいっぱい穴に入れるゲームと、お馬さん当てゲームをしました!』
『………』
『でも雪風が勉強不足なせいで、″さんれんたん″とか″とつかく″とか、司令官の言ってる言葉がわからない時があって……だから雪風、もっと勉強します!』
「全く!何を考えてるんですかあの人は!」
「あはは…なんというか、提督らしいですね…」
毎度の事ながら本当に警官なのかと疑いたくなる行動を取る男だが、両津だからという理由で納得させられてしまうのだから恐ろしい。
「それより大淀さん、今日って他から新しい空母の人が来るんだよね?」
「あっ、そうでした。なんでも深海棲艦の活動範囲が狭まってきていて、北の方の鎮守府が解体される事になったんです」
「なるほどそういう事情かぁ…確か一航戦の二人は知り合いだったのよね」
「えぇ。同じ時期に鳳翔さんの下で学んでいましたから。二人とも貴女とは比べ物にならない程の実力者よ」
「あっ!また私をバカにして!ホント腹立つわね!」
「本当の事だから仕方がないでしょう。…けれど──
そんな時、入口の扉が丁寧に開かれ、一同の視線が一斉に集まる。そこには差し込む陽の光を背にして、期待通りの人物が立っていた。
「本日より配属になります、第二航空戦隊、蒼龍です!」
「同じく第二航空戦隊、飛龍!」
堅苦しい海軍式敬礼をひとしきり終えると、彼女達の表情はすぐに和らいだ。
「お久しぶりです、鳳翔さん、赤城さん、加賀さん!」
「ふふっ、三年ぶりですね。二人とも病気や怪我は大丈夫でしたか?」
「はい。おかげさまでなんとか。…あの、そちらの御三方は…」
「こちらは秘書艦を務める大淀さん、こっちの二人は……五航戦の二人と言えば分かるかしら?」
「はじめまして。五航戦の翔鶴です。こちらは妹の瑞鶴」
「いやぁ、どうもうちの加賀が迷惑かけたみたいで…」
「…煩い七面鳥もいるけれど、また今日から頑張りましょう」
「誰が七面鳥ですってぇ!?せめて名前で呼びなさいよ!」
「別に誰とは言っていないのだけれど」
「くっ、この2Pカラーが…」
「アハハ…お二人は仲がよろしいんですね」
「「良くないわ(です)!」」
寸分たがわぬタイミングで反論する二人。仲の良さをしっかりと確認したところで、蒼龍は本題を切り出した。
「あの、提督はどちらにいらっしゃいますか?まずご挨拶に伺いたいんですが…」
「え″っ!?あ、その…えぇっとですね…」
「て、提督さんは今作戦の立案で忙しくて来られないんですよ…!」
「そう言えばそうでしたね!アハハハハ…」
「そんなことより大淀さん、この鎮守府は結構広いですから、私達がお二人を案内するのはどうでしょう?」
「そ、それはいいですね…!では私は提督を探し……ゴホン、報告をしに行きますので、皆さんにお任せします」
提督は競馬とパチ屋から帰ってきてから行方不明……なとどはとても言えず、なんとか誤魔化そうと奮闘する一同。二人は不思議そうに首を傾げていたが、なんとか強引に話題をそらすことに成功した──そんな時だった。
バリバリバリバリッ!
ホッと胸を撫で下ろしたのもつかの間、異様な機械音が空気を揺らした。
「な、なんですかこの音!?」
「弓道場から聞こえてきますけど…」
「まさか…!」
何かを察した大淀に続き、一同は急いで弓道場へ走る。そんな彼女らを待っていたのは、案の定大きな機械を背負った両津と、いち早く駆けつけた明石だった。
「おうお前ら、いい所に来たな」
「て、提督!?一体何を…」
「えっ…こ、この人が提督…!?」
1メートル弱はありそうなライフルと、それに匹敵するサイズの巨大マガジン。そこから生えた怪しげなホースは、背中の機械へと伸びていた。服装に反した火炎放射兵のような装備は、市民の安全な暮らしを守るには些か物騒さがすぎる。
そんな両津の格好は、この人が本当に提督なのか、だとしたらなぜ警察官の服装なのか……そんな当然の疑問すら封殺してしまう。
「おっ、お前らが飛龍と蒼龍か?ワシがここの提督の両津だ!」
「は、はぁ…どうも…」
「よろしくお願いします…」
「そんな事より提督さん!一体何をやってるのよ!?」
「ガスガンの威力と連射性能の限界に挑戦したくてな。ワシの改造したエンジン式のコンプレッサと合体させたんだ」
「またそんな事を…」
「しかも驚くなよ?なんとエンジンはVガンマから移植したんだ。250とはいえ40馬力は軽く出るぞ」
「よく分からないですけど……明石さん、それって危ないんですか?」
「危ないですよ!普通40馬力のコンプレッサって言えば、1m以上の業務用です。それを家庭用の小型サイズに無理やり取り付けるなんて……提督、やっぱり止めておいた方がいいですって…」
「心配いらん、ちゃんとそれも計算して、銃身もバルブもタンクも強化してある!」
かつてプロパンガスで同じような失敗をしたことなどすっかり忘れているのか、両津はなんの躊躇いもなくトリガーを引いた。
「やばっ…みんな離れてください!」
明石の掛け声で、艦娘達は蜘蛛の子を散らすように部屋の隅へ身を移す。そんな様子を両津は鼻で笑いながら、圧倒的な性能に酔いしれている。
「す、すごい!こりゃ一秒に20発は出てるぞ!これを市販化すれば大儲け───
邪な考えが過ぎったその瞬間、天罰が落ちるが如く、強烈な破裂音を伴って背中のタンクが破裂した。
「ぎゃあぁぁぁっ!?」
「うわっ…み、皆さん大丈夫ですか…?」
彼女達がゆっくりと目を開くと、床や壁には大小様々な穴が空き、その周囲には機械の破片とオイルが散乱している。両津に至っては頭から矢道に突き刺さっており、事故の凄惨さを物語っていた。
しかし、本当の修羅場はこれから始まるのだ。
あぁ、私達の弓道場が…」
「あぁ痛ててて…クソッ、圧力を高めすぎたか…!」
「提督!どうしてくれるのよ!」
「…少しお灸を添えた方がいいようですね。五航戦、少し協力しなさい」
「フン、言われなくてもやってやるわよ!」
「コ、コラお前ら!提督に向かって弓を引くんじゃない!」
「問答無用!全機発艦っ!」
「ひいぃぃぃっ!?やめろ!やめてくれぇぇ!」
「ほ、鳳翔さん、本当にあの方が提督なんですか…?」
鎮守府とは思えない無茶苦茶な惨状に、蒼龍は開いた口が塞がらない様子だ。
「え、えぇ。でも悪い人ではないんですよ?私達には優しくしてくださいますし…」
「あれで真面目な人なら文句はないんですけどね……飛龍さんもすみません、来ていただいて早々こんな事に巻き込んでしまって…」
大淀が飛龍に視線を移すと、すぐに異変に気がついた。彼女も蒼龍も同様にぽかんとしている……ようにも見えたが、どうにも様子がおかしい。まるで魅入られたかのように真っ直ぐ両津を直視したまま固まってしまっていた。
「飛龍さん?」
その後鳳翔や蒼龍が数回声を掛けると、彼女はハッと意識を取り戻した。
「…あっ、すみません、ぼーっとしてて…」
「大丈夫ですか?もしかして体の具合でも悪いのでは…」
「いえ、そういう訳では……ただ、やっぱり加賀さん達は艦載機を飛ばすのが上手いなぁ…って」
「飛龍さん…貴女は───
「……すみません、少しお手洗いを借りてもいいですか?」
「…?あ、はい。それなら私が案内しますね」
「……蒼龍さん、やっぱり飛龍さんは…」
「はい…頑張ってはいるんですけど…あればかりはどうにもならなくて……」
「そう…ですか」
第三者から見れば、なんてことの無い会話の一つ。しかし彼女の事情を知る者にとっては、彼女の心の影を見せつけられるような思いであるのだった。
「……よし、床はこんなもんか」
両津はひとしきり艦載機からの攻撃に耐え抜いた後、当然の事ながら弓道場の完璧な修理を命じられていた。なんとか日の入り前に床の張替えは完了したものの、大惨事の爪痕は壁や天井に至るまでびっしり残っており、予定していた歓迎会に参加できるかは分からない状況だ。
「うーむ…自ら蒔いた種とはいえタダ働きは辛い……また本田にでも手伝わせるとするか」
「…提督、失礼します」
「おう、鳳翔か。床は終わってるから入ってもいいぞ。…ん、なんだお前も一緒か」
てっきり鳳翔だけだと思っていた両津だが、その後ろには蒼龍の姿もあった。
「歓迎会の準備はどうなってる?」
「えぇ。皆さん張り切ってますよ。お酒も沢山用意してありますから、楽しみにしていてくださいね」
「おっ、そりゃいい。今日も飲みまくるぞ!」
「…その前に提督、飛龍さんの事で少しお話したい事があります」
余程重要なことなのだろう。彼女の柔和な笑顔が消え、真剣な表情へと変わる。
「…言葉を濁しても仕方の無いことですから単刀直入に言います。飛龍さんは、艤装を使うことのできない艦娘なんです」
重々しくそう告げた彼女だが、両津の表情に大きな驚きはない。理由は少し前にここに来た
「吹雪さんの場合は、ただ練度が足りなかっただけです。妖精さんの力を借りる艦娘としての素質に問題があったわけではありません。…ですが彼女は赤城さん達のように、航空機の発艦そのものができないんです」
「妖精の力が使えないってのか?それじゃあまさか、アイツも吹雪みたいに…」
両津の問いに対して、彼女はゆっくりと目を瞑り、かつての経緯をゆっくりと話し始めた。
『来週は実践練習かぁ…わたし自信ないなぁ…』
『蒼龍なら絶対大丈夫だよ。それにもし駄目でも、その時は私が助けてあげるから!』
『う、うん…』
『そうですよ蒼龍さん。貴女ならやり遂げられます』
『飛龍…鳳翔さん…』
『えっ……飛龍は配属しない…?それじゃああの子はどうなるんですか…!?』
『アレは艦娘として落第だ。山奥の孤児院にでも預けて、今後は一切の関係を断つのが最良だと上にも報告しておく』
『そんな…』
『艤装の使えない艦娘などどう使うというのだ』
『ですから、それは今後の訓練次第で──
『戦えるようになるというのか?ハッ、奴はただでさえ運用コストの高い空母だぞ。残念ながらそんな未確定要素に資材を回す余裕などない』
『ですがっ…!これはあまりに彼女が不憫です…!』
『ほう、不憫だと…?兵器が一丁前の口を叩くとは…艦娘も偉くなったものだな…!』
『っ…!』
『全く、貴重な航空戦力だからと巨額の資金と資材を投じたと言うのに…役立たずもいいところだ』
『……ごめん…なさい鳳翔さん』
『謝らなくていいんですよ。貴女は精一杯の事をやったわ』
『でも……艦載機が一つも出せなかった……わたし、艦娘なのに……』
『心配ないですよ。これから頑張って訓練すれば、貴女だってすぐに飛ばせるようになります』
『でもわたし……きっと解体されちゃうんでしょ…?』
『………』
『やだ……鳳翔さんや蒼龍ともう会えないなんて……もうお別れするのはやだよ……』
『…大丈夫。大丈夫よ。飛龍さんは優しい子ですから。そんな子を追い出すようなことはしません』
「…彼女が優秀であったことや、艦種が空母であったことも功を奏して、結果的に解体されることはありませんでした。ですが同時に、症状が回復することはありませんでした…」
「で、でも!飛龍は本当は凄い艦娘なんです!航行だけなら問題なくできるし、弓の扱いだって赤城さんや加賀さんだって劣らないぐらいで……
!」
いたたまれなくなり声を上げた蒼龍だが、彼女も一艦娘として、妖精さんの力が使えないという事が艦娘としていかに致命的なのか、嫌という程理解しているのだろう。 その声は次第に尻窄みになって消えてゆく。
「そうだったのか…」
「私は提督を信頼しています。ですから、今更あの子の扱いの事で口出しするつもりはありません。ただ、これだけは事実として知ってほしいと思い、具申させていただきました」
空母として期待されながら、蓋を開けてみれば役立たずの烙印を押されたのだ。その後の彼女への風あたりがどんなものなのかは想像に難くない。
そんな時だった。引き戸の一つが静かに音を立て始める。急なことに驚く一同だったが、扉の奥に立っていた人物を見てさらに言葉を無くすことになった。
「飛龍…!いつからそこに…」
「聞き耳を立てるつもりはなかったんだけど…たまたま通りかかった時に聞いちゃって。…ごめん、二人には私のことでまた余計な迷惑をかけちゃってたみたいだね」
「そんな、迷惑だなんて…」
「ねぇ提督、天気もいいことだし、もしよかったら少し二人で散歩でもしない?」
「…ああ」
「んん…風が気持ちいい」
天気の事や波の様子など他愛もない事柄を呟きながら、彼女は防波堤の先へゆっくりと歩を進めている。他愛もない事象を呟きながら時折海に向かって背伸びをする彼女の腕は、夕日と潮風をいっぱいに受けていた。
「やっぱり海はいいね。波の音も落ち着くし、景色も最高。…あははっ、艦娘が今更こんなこと言うなんておかしいか」
飛龍と出会ったのは今日が初めて。彼女の性格や考えていることなど理解出来るはずがない。しかし彼女の乾いた笑いが本心ではないこと、それだけは手に取るように分かった。
「…提督ってさ、艦娘に人気あるよね」
「なんだ、藪から棒に」
「さっき鎮守府を案内してもらった時、みんな提督の事話してたよ。倉庫吹っ飛ばしたり、お腹空いて草を食べてたりしてるんでしょ?」
「ぐぬぬ…アイツら余計な事ばっかり広めやがって…」
「ふふっ、それだけ提督の事が好きなんだよ。普通嫌いな人の事をあんなに楽しそうに話したりしないもん」
「そ、そうか?んん…そう言われると悪い気はせんが…」
そう言いながら頭を搔く両津。年甲斐もなく感情の隠れきらない少年のような姿が、在りし日の情景と重なった。
「…昔私の知り合いにもね、提督にそっくりな人が居たんだ。明るくてみんなの人気者だったよ」
「へぇ、ワシにそっくりねぇ…」
「うん。雰囲気がホントに似ててさ。まぁ冷静に年齢を考えたら辻褄が合わないんだけどね」
抱えた膝に顎をちょんと乗せ、彼女は僅かながら寂しげな表情を浮かべた。
『……よし!これで故障箇所は全て直ったぞ』
『悪いな、お前のお陰で助かったぜ。どうもゼロはネジが弱くていけねぇや』
『こいつは限界まで軽量化してるからな。だが今度は大丈夫!なんせワシが修理したんだからな』
『おいおい、口達者の仕事下手って言葉もあるぞ?もう少し謙虚になった方がいいんじゃねぇか?』
『何言ってんだ。ワシら整備士が大口を叩けないようじゃ、お前らも安心して飛べんだろうが』
『ははっ、違いねぇな。…それじゃあ行ってくる。米軍の奴らに目に物見せてくるぜ』
『おう!無事に戻ってこいよ!』
「…こんな事言っても信じてもらえないかもしれないけど、私…生まれ変わる前の記憶があるんだ」
「えっ…?」
突然のカミングアウトに面食らう両津。普段ならそんなオカルティックな話は一蹴するところだが、彼女がこんな時につまらない嘘を言うとは思えなかった。
「まぁそう言う反応になるよね。なんて言えばいいのかなぁ…感覚的には乗組員の一人としてみんなを見てるって感じなんだけど…」
「ちょ、ちょっと待て!記憶があるってお前…船だった頃の話か!?」
「うん。行った場所も戦った相手も覚えてるし、乗組員のみんなの名前、性格もはっきり覚えてる」
「ほ、ほんとかよおい…」
『個人差はありますが、明石が工作好きだったり、金剛さんが紅茶好きなのは前世の影響なんですよ』
以前の大淀の言葉が頭をよぎる。彼女は艦娘のそういった特徴は記憶と呼べるほど鮮明なものではないと語っていたが、もし本当に艦娘達の趣味嗜好が本当に前世に関係しているとすれば、飛龍が記憶を持っていても不思議ではないはずだ。
「…ごめん、湿っぽい話になっちゃったね。それでその人なんたけど、名字まで提督と同じ両津って人で、艦載機の整備士だったんだ。多聞丸の奥さんからの手紙をこっそり読んだり、給糧艦に忍び込んでつまみ食いしようとしたり……めちゃくちゃな人だったよ」
「と、とんでもない奴だな」
男のあまりの破天荒ぶりに両津も思わず舌を巻くが、派出所の誰かが居れば『お前が言うな』とツッコミが飛んできそうだ。
「問題行動も多かったけど、腕はピカイチだったんだ。どんなに艦載機の調子が悪くてもすぐに飛べるようにしちゃうんだもん。艦長の多聞丸とその人は特に記憶に残ってるよ」
その後もしばらく記憶の人物達の話が続く。気がつけば抱えていた膝も投げ出し、夢中になって彼らとの思い出を話すようになっていた。
「今生きているかも分からない人だけど、もし会えるなら会ってみたいなぁ…」
「でもそいつもまさか飛龍が女になっちまうとは、夢にも思ってないだろうな」
「ふふっ…それもそうだね…!」
少し悪戯っぽく、それでいて沈む太陽に負けないぐらい眩しく微笑んでみせる。それはほんの一瞬だったが、両津はこれが彼女の本当の姿なのだろうと確信できた。
「…なぁ飛龍。一つ聞かせろよ」
「ん…何?」
「お前、海に出たいのか?」
″はい″か″いいえ″で答えられる簡単な質問だ。しかし、開かれた彼女の口から、言葉が紡がれることはなかった。
「別にワシはお前を無理やり海に出そうとは思っちゃいない。艦娘として生まれたからって、戦う義務がある訳じゃないんだからな」
「提督…」
「幸いワシは顔が広い。大抵の職業なら紹介してやれる。戦う場所は違っても、お前の為になるなら鳳翔達だって喜んで後押しするはずだ」
彼女は海を見つめたまま考えた。考えて考えて、考え抜いた。しかし──
「…分からないんだ」
彼女は答えを出すことができなかった。皆の助けになりたいという意志と、力を使えない自らへの疑念。ぶつかり合う二つの想いは、削り合い、混ざり合い、グレーな言葉となって吐き出されたのだ。
「艦娘としての私は、海に出たいって言ってる。戦えるようになって、みんなを守りたいって。……でももう一人の私がやめろって言うんだ。艦載機の出せない空母に何ができるんだって……」
自分でも言い訳じみていることはわかっているし、実際現実から逃げるための言い訳なのかもしれない。しかし、彼女の言葉に決して嘘はない。本心だからこそ、あと一歩を踏み出せずにいるのだ。
ならば両津のやることは決まっている。一人の大人として、彼女の提督として。ポンと背中を押してやるのだ。
「よし!だったらその飛龍の乗組員を探そう!」
「えっ…?」
「自分探しの旅ってやつだ。大学生がよくやるやつよ。心残りが無くなれば一歩前進できるかもしれんしな」
「でも……いいの?」
「探すだけならタダなんだ。諦めるのはその後でも遅くないだろ?」
そんな事で答えが出るのか分からないし、何より戦時中に成人している人だ。もう亡くなっていてもなんの不思議もない。だがウジウジして何もしないでいるぐらいなら、足を動かして進んだ方がいいのではないか。この提督を見ていると、そんな気がしてならなかった。
「よし、なんでもいいからそいつの特徴をあげてみろ」
「う、うん。えーっと、名前は勘兵衛さんって言うんだ」
「へぇ。ワシの爺さんと同じ名前だ」
「出身地は佃島で、戦争が終わったら佃煮屋さんをやりたいって言ってたな…」
「おお偶然だな、ワシの実家も佃煮屋なんだ」
「あとは…確か面白い名前の妹さんがいたんだよ。確かゲ…ゲパ……なんとかだったような…」
「もしかして夏春都か?」
「あ、そうそう。よく分かったね」
「ワシの叔母が
「へぇ、またまた偶然だね。もしかしてあの人、提督の親戚だったりして!」
「「アッハッハッハッ………」」
「ワシの爺さんだぁぁっ!」
「ええぇぇぇぇぇっ!?」
「間違いない!佃煮屋でドイツ軍の兵器みたいな名前の妹がいる奴なんて、東京中探したってあの爺さんしかありえない!」
「そ、それじゃあ…!」
「あの爺さんが飛龍の搭乗員かぁぁ!?」