「提督、私が来たからには、もう君の悪事も終わりだよ」
「ふっ…北上、まさかこのワシを倒すつもりか?」
鋭い目つきで互いを睨み合う二人。今ここに、長きにわたる死闘に終止符が打たれようとしていた。
「もちろん。志半ばで散った大井っち達の仇は、私が取らせてもらうよ!」
「やれるもんならやってみな!」
勝負は待ったナシの一発勝負。互いに姿勢を低くし、獲物を狙う蠍のように腕を後ろに構える。決して外すまいと拳にも力が入り、まさに一触即発の状態だった。
「行くよっ、提督!」
「来い!北上!」
指の隙間から互いの得物がキラリと光ったその刹那──突として戦いの火蓋は切って落とされた。
「「チッチのチッ!」」
特有の掛け声と共に二人の手から離れたベーゴマは、たちまち
「始まったっぽい!」
「頑張ってください北上さんっ!」
「提督なんて負かしちゃえー!」
「いけいけ北上ー!ねーちゃんの仇をとるクマー!」
周りの者達の声に助けられるかのように、北上のコマは無敗を誇る両津のコマと互角の勝負を見せていた。
「よし…提督、これなら勝負はわからないねぇ」
「ふっふっふ、甘いな北上」
「えっ…?」
色も型も全く同じに見える二つのベーゴマ。しかし何故か北上の物ばかりが失速し、残像にブレが生まれ始めた。
「そんな…!北上さんのコマが!」
「そこだ!止めの一発っ!」
今度は両津の声に呼応するように、コマは一気に傾斜を駆け下り、相手を勢いよく床の外へと打ち出した。こうして巌流島……もとい居酒屋鳳翔での決闘は終わりを迎えたのだった。
「へっへー!ワシの勝ちだな」
「そんなぁっ!北上さぁぁん!」
「あちゃーやっぱり駄目だったかー」
「艦娘の中じゃ一番強い北上がこんなにあっさり負けるんじゃ、そりゃ球磨達じゃ勝てないはずクマ」
「はいはい!それじゃあ次は私がリベンジする!」
「あっ、ずるいわ島風!次は暁の番よ!」
今一部の艦娘の間でプチ流行しているベーゴマ。世間一般では男子の遊びだと認知されているが、比較的気の強い者や活発な者が多い鎮守府では人気の遊びとなっていた。
「でも北上は今までの中じゃ一番いい勝負してたにゃ。何か回し方にコツとかあるのかにゃ?」
「さあねぇ〜。私もフツーに回してるだけだし。まぁ強いて言うならコマを改造してるからかな」
「えっ、改造?」
「そー。暇だったから明石さんに頼んで作ってもらったんだよ」
「なんだ、そうだったのか。どれどれ……ほう、流石工作艦。独学にしてはかなりうまく出来てるな」
「提督、その言い方じゃ提督のコマもいじってあるの?」
「当然だ。こいつはワシが小学生の頃から数多の上級生からコマをかっさらって来た両津SPだからな」
「ずるいよ提督!そんなの勝てるわけないじゃん!」
「そうですよ!通りで北上さんがあんなあっさり負けるなんて、おかしいと思ったわ…」
(私も改造してたけどね)
「あーあー、分かった分かった。いじり方のコツぐらい教えてやるよ」
詰め寄る艦娘達をなだめると、両津は近くに置かれていた、所謂ノーマルのベーゴマを手に取り説明を始めた。
「いいか、基本的にベーゴマは背が低いほうが強いんだ。相手の下に潜り込んで弾き飛ばせるからな」
「じゃあとにかく下を削ればいいの?」
「ところがだ。あまり削りすぎると先端の摩擦面積が増えて回転が遅くなる。それに重量も減るから吹っ飛ばされやすくなるし、紐も巻きにくくなっちまう。これらのバランスを保ちながら、自分なりに改造と回し方を研究するのがベーゴマの面白さだ」
「へぇ…結構奥が深いんだねぇ」
「だが強くするだけが面白さじゃないんだなぁ〜これが」
「というと…色を塗ったり模様をつけたりとか?」
「それもいいが、もっと面白いのがあるぞ。よし、ワシが実践してやろう。おーい鳳翔!」
「はい、どうされましたか?」
「ここに七輪はあるか?」
「えぇ。ありますが…」
「提督、七輪なんかで何するの?」
「まぁ見てろって。まずはだな───
「へぇーこりゃ凄いわ」
「花火みたいで綺麗ね!」
両津の改造を施したコマは一見すると普通だが、対戦になると面白いギミックを見せてくれる。七輪によって焼きが入った事により、ぶつかる度に派手に火花を散らすのだ。
盛り上がる彼女らを見守りながら椅子に腰掛けていると、カウンターの奥から優しげな声が聞こえてきた。
「はい提督。お茶が入りましたよ」
「おっ、サンキュー鳳翔。悪いな、みんなで押しかけちまって」
「いいんですよ。仕込みの方はもう終わっていますから。それにしても提督は大人気ですね。赤城さんや加賀さんからもお話は聞いてますよ?」
「ゲッ…!ど、どんな事を言ってるのかなぁ…?」
「うふふ、何だかんだで二人共楽しそうでしたよ?瑞鶴さんなんかもう大笑いしちゃって」
「ははは…そ、そりゃよかった…」
「でも…提督がここにいらしてから、鎮守府に笑顔が増えました。表面的なものではなく、みんな心から笑ってるんです」
「あいつらが笑うのにワシは関係ないだろ。人間、好きな事ができれば自然と笑えてくるもんさ」
「でも、それを教えてくれたのは提督です。改めてお礼を言わせてください」
「…あーやめやめ、あんまりバカ正直に礼なんか言うな。照れくさくてかなわん」
「ふふっ…すみません、このぐらいにしますね。…あっ、そうだ。好きな事と言えば、那珂さんが最近歌を始めたんです。ご存知ですか?」
「那珂が?へぇ、アイツにそんな趣味がなぁ」
「確か今日は中庭でライブをやるとか……あ、聞こえてきましたよ」
気になった両津が外に出てみると、カラフルに飾り立てられたお立ち台の上から、集まった艦娘達に手を振る彼女の姿があった。
「みんな〜!今日は那珂ちゃんの為に集まってくれて、どうもありがと〜!」
「きゃー!那珂ちゃぁん!!」
「なんだ、もう熱烈なファンができて──って、ありゃ神通じゃねぇか」
「今日も那珂ちゃん、みんなの為に頑張るから!最後まで楽しんでってね!それじゃあ行っくよ〜!那珂ちゃんのデビューシングル、初恋!水雷戦隊!」
那珂ちゃんの声がかかると、音響スタッフが音楽をスタート……するわけもなく、自ら足元のラジカセのスイッチを入れた。
1 2 3はいっ!
艦これ〜 艦これ〜 艦これ〜 oh oh oh oh〜
「ん、なんだ意外としっかりしてるじゃねぇか。…でも"かんこれ"って一体なんだ?」
破天荒な那珂の事だ、曲も歌唱力もめちゃくちゃだろう。そう思っていた両津だったが、歌や曲調、ダンスに至るまで思いのほかキチンとしており、普通のアイドルの曲だと言われても遜色のないレベルだった。
そして曲を歌い終わると、観客達の拍手と神通の黄色い歓声があたりを包み込んだ。
「みんな〜!今日は聞いてくれてありがとう!次のライブも、ぜ〜ったい見に来てね?」
「きゃー!絶対見に来る〜!」
「うーむ、物凄い豹変ぶりだなありゃ…夜戦夜戦とうるさい川内はともかく、神通にああいう一面があったとは…」
彼女達の行動がますます気になった両津は、少し気は引けるような気はしたものの、ライブの終わった那珂に話を聞いてみる事にした。
「よう那珂。曲聞いてたぞ。中々上手いじゃねぇか」
「あっ、提督も聞いててくれたんだ!ありがと〜!」
「たまたま近くを通りかかったからな。それより神通があそこまでハイテンションで応援しているとはな…」
「えっ、そ、そんなに目立ってました?」
「ああ。ほかの奴らも驚いてたぞ」
「や、やっぱり…あぁ、私ったら皆さんの前なのに…」
「なんだ、それじゃまるで無意識に応援していたみたいじゃねぇか」
「えぇ。普通に応援しようと思ってるんですけど、いつも気がつくとあんな風に…」
「な、なんだそりゃあ…?」
「最初はこんな風じゃなかったんです。任務が終わると部屋で那珂ちゃんの歌を聞いてあげてたのが日課になってまして…途中から那珂ちゃんにお願いされて合いの手を入れたりし始めたんです。それが段々エスカレートして…歌を聴くと自分でも止められなくて…うぅ…」
「きっと、那珂ちゃんの生まれ持ったアイドルオーラが、神通ちゃんのこころを掴んで離さないんだよ!」
(そうか?こりゃどっちかってぇとヤク中の奴の反応じゃねぇか…?)
「提督ももっと那珂ちゃんの歌を聞きに来てね!絶対提督も私のファンにしちゃうよ?」
「そ、そうか…じゃあ機会があったらな…」
「あーあ、今日も一日疲れたなぁ。飯も食ったし、ゲームでもするか」
「その前に提督、夕方はベーゴマで遊んでたんですから、今日のお仕事を終わらせてからにしてくださいね?」
「あー、分かった分かった。ならとっとと終わらせちまおうぜ」
大淀から書類を受け取り、渋々作業を始める両津。早く終わらせようと黙々と作業を始めた両津だったが、部屋に静寂が訪れてから一時間ほど後、異変は起こり始めた。
───か〜んこれ〜か〜んこれ〜
「ん、大淀何か言ったか?」
「えっ、いえ何も…」
「そうか…」
(ワシの空耳か?)
何か変だと疑いつつも、再び机に視線を戻す両津。しかし───
BANG!BANG!BANG!恋の主砲で〜
BANG!BANG!BANG!う〜ち抜くハート〜
「…大淀、やっぱりなんか言ってるだろ」
「えっ、言ってませんてば」
「そ、そうか」
(んん…?やっぱりワシの空耳───
わ〜お〜わ〜お〜わ〜お〜わ〜
(ち、違う!こりゃさっき聞いた那珂の歌じゃねぇか!こんなに耳に残ってるなんて…)
頭の中で直接曲を焼かれたような強烈な感覚が、頭の中をぐるぐると回り続ける。文字通り脳内再生がとまならなくなった両津は、何度も気を紛らわせようとペンを走らせたが、逃れようとすればする程那珂の歌は頭にこびり付いて離れなかった。三十分で終わるはずだった業務は、一時間、二時間、三時間と延びてゆく。
は〜い!みんな行くよ?せーのっ!
かんこ かんこ かんこかんこれ はいっ!
かんこ かんこ かんこかんこれ はいっ!
(な、なんて強力なイヤーワームだ…!だめだ…どうやっても思い出してしまう!)
かんかんかん こっこっこれ ほいっ!
かんかんかん こっこっこれ ほいっ!
(クソぉ…もう我慢の限界だ…!)
かんこ かんこ かんかんかんこ かんこれ
ヨイショ!
かんこ かんこ かんかんかんこ かんこれ
ヨイショ!
「ひゅーーーーーーー!…ってあ"あ"あ"あ"あ"っ!!」
「きゃあっ!?き、急にどうしたんですか!?」
両津の咆哮と共に報告書は散乱し、手にしていたペンは彼の心と共に中心からへし折れた。
「だめだ!さっき聞いた那珂の歌がどうしても離れんのだ!これじゃあ仕事もゲームもろくにできん!ええい、こうなったら!」
「あっ!提督どこに!」
「ちょっと那珂に文句を言ってくる!」
「ええっ!?ちょ、ちょっと待って、もう夜ですからせめて明日に────い、行ってしまった…」
「さ〜て!新しい曲を考えよ〜!」
苦しむ両津とは反対に、初めてのライブに手応えを感じた那珂は上機嫌で曲の制作に励んでいた。だがそんな彼女の平穏も、あと十秒と持たずに終わりを告げることになる。
「なぁぁぁぁぁかぁぁぁぁぁっ!」
ドアを蹴破り物凄い剣幕で押し寄せてきた両津。川内と神通の二人は突如として突入してきた彼に驚いていたが、那珂だけはいつも通りの平常運転。ニッコリスマイルで両津に手を振り、やっほーと気さくな挨拶までしてみせた。
「どうしたの提督?あ、ダメだよ提督!ライブは一日一回で決めてるから、アンコールは今の所受け付けてないんだよ〜」
「違ぁぁう!さっきのお前の歌が頭にこびり付いて離れんのだ!そのせいで仕事は終わらんし、ゲームもできんし、このままじゃ寝れもしねぇんだよ!一体どうしてくれんだ!」
「や、やだ提督…いくら那珂ちゃんがアイドルだからって…そんな、こ、告白みたいな応援メッセージはちょっと…」
「んぐうぅぅ!おちょくってんのかこんにゃろぉぉ!」
「て、提督!落ち着いてよ!」
「那珂ちゃんも、提督を怒らせるような事言っちゃだめよ…!」
「だってぇ、提督は仕事もゲームも手につかない程、那珂ちゃんの歌にハマっちゃったって事でしょ?えへへ…そりゃ照れちゃうよ…」
(ん…ハマってる…?そうか、捉え方によってはそうとも言えるのか…)
「はぁ…物は言いようってやつだね…」
「提督、那珂ちゃんも悪気がある訳ではないんです。ですから──
「おい那珂、この曲お前が作ったのか?」
「そうだよ!提督が私達に買い物とか自由にしていいって言ってくれたから、私すぐにパソコンを買って作曲したんだ!」
「なに?それじゃあこの数週間でパソコンの操作を覚えて、曲を作ったのか?」
「うん、そういう事になるのかな。でもパソコンの操作を覚えるのが難しくて、一昨日ぐらいからやっと曲を作り始めたんだ」
「お、一昨日!?それじゃああの曲は二日で作ったのか!」
「歌詞とかリズムは前から考えてたからね。このぐらいアイドルなら余裕だよ!」
(も、もしかしてこいつ…見かけによらずかなりの天才肌なんじゃ…二日間であの尋常じゃなく頭に残る曲を作れるなんて普通は無理──ん?まてよ、これは金の匂いがする…!)
「那珂っ!」
「は、はい!」
「お前、アイドルになりたいんだったな」
「うん!もっともっと歌と踊りを練習して、艦隊のアイドルになるのが目標なんだ!」
「艦隊のアイドルねぇ…ホントにそれだけでいいのか?」
「えっ…?」
「日本はアイドル先進国!この国で生まれたアイドルは、今や日本を飛び出して世界各国で活躍の場を広げている。それなのに!お前はこの鎮守府という狭い世界で満足してしまうのか!?」
「そ、それは…でも那珂ちゃんには艦娘としてのお仕事もあるし…だから外での活動は戦いが終わってからにしよっかなって…」
「ほーう…で?その戦いが終わるのは、十年後か?二十年後か?それとも五十年後か?」
「え、えっと…」
「その頃にはお前も婆さんになっとるかもしれんぞ?そんな姿でオーディションに出ても…」
『え、エントリーナンバー2411番、那珂ちゃん入ります…!』
『はぁ…また那珂おばあちゃんか。何度も言うけどね、ここはアイドルのオーディションなんだから、来てもらっても採用できないよ』
『せめて芸人とか演歌歌手だったらOK貰えるかもしれないから、そっちを受けなよ婆さん』
『こ、この歳になっても…那珂ちゃんは絶対、路線変更しないんだから…!あっ、こ、腰が…』
「まず、鼻にもかけてもらえないだろうな」
「そ、そんなのやだやだ!那珂ちゃんはアイドルなんだから!」
「だから今しかないと言っとるんだ!だいたいアイドルなんてもんはな、本当に若い内しかできないんだ。21で辞めちまったアイドルだっているんだぞ?」
「…分かったよ提督!那珂ちゃん、自分のアイドルパワーを信じます!」
「うむ、よく言った!プロデュースはワシに任せろ!明日までには計画を考えてきてやる!」
「那珂ちゃん…大丈夫かしら…」
両津の言葉にアイドルになりたい想いを後押しされ、あっさりデビューを決めてしまった那珂。硬い握手を交わす二人を姉たちは心配しながら見ているしかなかった。
「これより那珂ちゃんトップアイドル計画会議を始める」
神妙な面持ちで小さなちゃぶ台を囲む両津達。川内と神通も何だかんだで妹を応援するようで、両津の持ってきた計画書を見つめていた。
「アイドルと言えば、最近はファンとの交流が盛んな地下アイドルが流行っているらしいね」
「ええ。今人気のあるアイドルも、最初はそこが出発点のグループも多いみたいです」
「ふむ、二人共中々詳しいじゃないか」
「しょっちゅう那珂ちゃんに聞かされてるからね…」
「だが駄目だ。ああいう所で名前を売ってもマニアには受けるかもしれんが、相当人気が出ない限り一般的な知名度は期待できん。それに地下アイドルも昔は珍しかったが、今となってはライバルも多い。よほどの事がない限り秋葉原から外へは進出できんだろうな」
「な、なるほど…」
「そこでワシが持ってきた計画はこれだ」
「これは…」
「し、下町密着型アイドル?」
「そうだ。ワシのネットワークを活かして下町の様々な場所でライブを行い、老若男女問わずまとめてファンを獲得するという訳だ」
「うーん…やりたい事は分かるけどさ、ホントにそんなに上手くいくの?」
「大丈夫。那珂の歌はトリカブトのように中毒性がある。強引にでも耳に入れちまえばこっちのもんだ!」
「流石提督だね!あったまいい!」
「なんかちょっと酷い言われような気もするけど…」
「ま、まぁ本人は気にしてないみたいだし…いいんじゃないの?」
「さらにグッズもCD、キーホルダー、Tシャツ、マフラータオル、缶バッジなどの定番品は勿論、下町の爺さん婆さんにも受ける那珂ちゃん饅頭に那珂ちゃん煎餅、那珂ちゃん湯呑みに那珂ちゃんこけし、極めつけはワシ手作りの木彫りの那珂ちゃんフィギュアだ!」
「す、すごいよ提督!こんなのどうやって作ったの!?」
「なに、ワシにかかればこの程度は朝飯前だ」
「こんなの本当に売れるのかな…?」
こうして那珂ちゃんライブは葛飾の様々な場所で開催されることになった。駅前、公園、商店街、果ては保育園や老人ホームまで、とにかく場所は選ばなかった。
「みんな〜!今日はありがと〜!」
「那珂ちゃん、今日も張り切っちゃいまーす!」
「ほら、おじいちゃんもおばあちゃんも、もっと盛り上がっていこう!」
彼女の人柄の良さや屈託のない表情、何よりあの耳に残る曲が功を奏し、両津の思惑通り那珂はたちまち下町のアイドルとして葛飾で知らぬ者は居なくなった。そして若者からお年寄りまで幅広いファンを獲得した那珂にあやかろうと、多くの店から専用のコーナーを設置したり、タイアップを取りたいとの申し込みが殺到していた。
「提督!この前の那珂ちゃんグッズ再入荷したいってよ!」
「こっちも太田書店さんから連絡がありました!」
「すっごーい!那珂ちゃん大人気!」
「へっへっへっ、こりゃあ予想以上の人気っぷりだぞ…!この調子で行きゃあワシのふところも…」
扇状に広げた万札をニコニコしながら数える両津。そんな彼のデスクの上からも、今日何度目か分からない着信音が鳴り響いた。
「はいもしもし、こちら鎮守府兼両津プロダクション……あっ、ぶ、部長!」
「両津か。中川から聞いたぞ、お前の所の艦娘、随分人気だそうだな」
「え、えぇ…それがなにか…?」
「実はな、来週の土曜日に署の方で地域住民とのふれあいまつりがある。そこにお前の所のアイドルを借りたいのだが…」
「は、はぁ…別に構いませんけど…」
「くれぐれも頼むぞ。署長もイベントの目玉になると意気込んでいるからな」
「分かりました。それで時間は何時頃ですか────はいはい一時頃ですね」
時間なとの細かい打ち合わせを終え、ワシの面子を潰してくれるなよと念押しする声に適当に返事を返すと、両津は早々に受話器を置いた。
「ったく…こりゃ署長の気まぐれだな…?金払いの悪い所の仕事は受けたくないってのに…」
「いーじゃんいーじゃん!どんな場所でも那珂ちゃん盛り上げちゃうよ!」
「そういう問題じゃなくてだな……おっとまた電話だ」
いい加減何本もの電話対応に疲れたのか、少し気だるそうに椅子に腰掛けながら受話器に手を伸ばした。
「な、何!?本当か!」
しかし相手の話を聞くや否や、座っていた椅子を後方に跳ね飛ばし立ち上がった。通話をしながらも強く握られている拳を見る限り、よほど嬉しいことなのだという事が伺える。
「どうしたの提督?」
「喜べ!来週の土曜日、今度のライブで五千人のホールが借りられたぞ!」
「えっ!?す、すごいじゃん!」
「でも来週って…ちょっと急すぎない?」
「そうですね…今までのとは規模が違いますし…」
「心配いらん。何事も為せば成るだ!今までだってできてたんだ。それに折角巡ってきたチャンスを逃すわけにはいかんだろ」
「そうだよ!那珂ちゃん今絶好調だもん!わぁ〜今から楽しみだな〜」
「えーっと…来週の土曜日…っと。なんか忘れてるような気もするが…まぁワシが忘れるぐらいだから大したことじゃねぇな。よし!そうと決まれば早速準備にかかるぞ!」
「ついにこの日が来てしまいましたね…」
「流石の那珂ちゃんもちょっと緊張してきたよ〜」
「心配するな。いつものようにドーンとしてりゃいい」
「そうそう。那珂ちゃんなら絶対できるって」
「あ、私もう行かないと!それじゃあみんな、那珂ちゃん行ってくるね!」
「おう、頑張れよ!」
幾つもの照明に照らし出されたステージの上に元気よく駆けてゆく彼女。口では緊張すると言っていたものの、特に気負ったりはしていないようだった。
「それにしてもすごい量のお客さんだね…」
「えぇ。今日は土曜ですからね」
「ん…?土曜……なんか忘れてるような…」
『来週の土曜日に署の方で地域住民とのふれあいまつりがある。そこにお前の所のアイドルを借りたいのだが…』
「あぁぁっ!しまったぁぁっ!」
「ど、どうしたんですか?」
「今日の葛飾署のふれあいまつりのイベントがあるんだった!」
「えぇ!?それ何時から!?」
「き、今日の一時…」
「絶対無理じゃないですか!早く部長さん達に連絡しないと…!」
「待て!あれは署長達の肝煎りのイベントだ。すっぽかした上に別の場所でライブを開いてるなんて事がバレたらワシは殺されてしまう!」
「で、でもどうするんですか?その時間に間に合わせるなんてできませんよ!」
「そこでだな……神通、お前に頼みがある」
「へぇっ…?」
「大原君、両津君達は本当に来るのかね?」
「は、はい。もうすぐ来ると思うのですが…」
「思うでは困るのだよ!署のイベントで市民の皆さんを騙すような事があったら、全国の警察の信用に関わるんだからな」
「し、承知しております!おい寺井、もう一度両津に電話をしろ」
「わ、分かりました…!」
「両ちゃんったら何してるのかしら…もうすぐイベントの時間なのに…」
既に観客達は那珂の登場を今か今かと待ちわびている状態。そんな焦燥に駆られる彼らの元に、舞台衣装に身を包んだ少女が息を切らせながら走り込んできた。
「遅れてすみません!」
「おお、やっと来てくれたか!」
「はい。えぇっと…私が姉の川内、こっちが妹の那珂です」
「へぇ、貴女が那珂ちゃんなの。こうして近くで見るとやっぱり可愛いわねぇ」
「あ、ありがとうございます…」
「…ん?そういえば両津の奴はどこだ?」
「て、提督は…その…急用ができたので今日は来られなくなってしまいまして…」
「なんだと?全く相変わらず無責任な奴だな」
「も、申し訳ありません…」
「とにかくもう時間がない。急いで舞台に出る準備をしてくれ」
彼らが話している間にも、司会者による那珂ちゃんの紹介が既に始まっていた。舞台の端から客席を覗いてみると、そこは隙間もない程の大勢の観客達で埋め尽くされていた。
「あぁ…どうしましょう……私、もう駄目かも…」
「じんつ……那珂ちゃん、とにかく頑張ってね。私も裏から応援してるから…」
「は、はい…」
そして彼女が落ち着く暇もなく、その時はやって来た。高らかに那珂の名前が宣言され、まだ姿が見えない内から歓声が沸き起こる。彼女の緊張は最高潮に達していたが、気が付くとその声に引きつけられるかのように足が動いていた。
(ここにいるのは那珂ちゃんが頑張って集めたファンの方達……私のせいであの子の努力を無駄になんてできない…!)
「み、みんな〜!葛飾のアイドル、那っ珂ちゃんで〜す!」
彼女の声に、観客の声援はさらに高まってゆく。とりあえずいきなり破綻するような自体は避けられた事に、川内から小さなため息がこぼれた
(よかった…とりあえずはバレてないみたい。神通、ちょっとの辛抱だから頑張って…!)
「部長、大変です!」
「どうした中川?」
「それが、先輩が今日のふれあいまつりをすっぽかして別の会場でイベントをやってるみたいです!」
(や、やばっ…!バレてるよ…)
「何を馬鹿な…彼女ならここにいるじゃないか」
「僕も麗子さんもちゃんとこの目で彼女をみたよ」
「でもあっちでライブを行っている方はほぼ間違いなく本物です。…それに先輩が来ない事を考えると、彼女は偽物の可能性が高いですよ」
「ま、まさかそんな…」
「どうなんだね川内君!?」
「え、えーっと…その…」
大原部長達に詰め寄られ、動揺を隠せない川内。そんな折、表の舞台からも激しいブーイングの声が飛び交っていた。
「本物の那珂ちゃんを出せ!」
「警察が嘘ついていいのか!?」
「那珂ちゃんのファンやめます!」
「ど、どうしましょう…」
那珂とは正反対の引っ込み思案な立ち振る舞いが災いし、挨拶の段階で影武者だとバレてしまっていた。
「や、やっぱり無茶だったか…」
「というと、やっぱりステージに居るのは…」
「うん。あれは私のもう一人の妹、神通だよ。提督が間違えて今日別のライブを入れちゃったから、神通が代わりに出てこいって言われて…あの子、頼まれると断れないタイプだから…」
「せ、先輩…」
「ん"ん"ん"ん"っ!!りょおおぉぉつぅぅぅ!!毎度毎度ワシに恥をかかせおってぇぇっ!今日という今日は絶っっ対に許さんぞ!」
両津への溜まりに溜まった怒りに打ち震えながら、鬼神の如き赤黒いオーラを滲ませる部長。こうなった彼を止めることが出来るのは、妻か娘ぐらいなもの。…もっとも、それも今この場に居ればの話だが。
「待っていろ両津!今お前の腐りきった根性を叩き直してやるからな!」
「あっ、待ってください部長!」
「無駄よ圭ちゃん!それより神通ちゃんを助けてあげないと!」
中川の静止も耳に入らず、葛飾署を飛び出して行ってしまった部長。しかし今は彼を止める事よりも先にやるべき事がある。
「観客も随分焦れているみたいだ。早くなんとかしないと危ないよ!」
苛立つ観客達の只中にいる神通を救出すべく、今まさに彼らが突入しようとした──その時だった。
「みんなっ!聞いてください!今日は那珂ちゃんが忙しくて来られないので、姉の私にあの子の代わりをさせて欲しいんです!」
「じ、神通…!」
「おい聞いたか?あの子那珂ちゃんの姉ちゃんだってよ」
「そういえば顔立ちが似てるような…」
「神通、行っきまーす!」
半ば無理やりミュージックスタートの合図をすると、マイクを握りしめビシッとポーズを決めた。
「1 2 3 はいっ!か〜んこれ〜!か〜んこれ〜!か〜んこれ〜!oh oh oh oh!」
「も、もしかしてあの子…」
「すっごい歌上手いんじゃ…」
「おお、こりゃあ目の保養になるわい」
「いいぞー!神通ちゃーん!」
「歌もダンスも決まってるよ!」
「神通ちゃんのファンになります!」
柔らかく透き通るような神通の歌声に、観客達の怒号はざわめきとなり、やがて歓声へと変わっていった。
「凄い…まるでプロ並みのパフォーマンスだ!」
「よかった、神通ちゃん受けてるみたいよ」
「まさかここで那珂ちゃんのライブごっこに付き合わされてたのが役に立つとはね…」
ある意味サプライズ演出のような急展開に会場は大いに盛り上がった。途中から会場の熱気に当てられハイになった彼女は、ちゃっかりアドリブの振り付けや掛け声を追加し、アンコールにもバッチリ応えて見せた。無茶だと思われた神通ちゃんライブであったが、大盛況の内に幕を閉じたのであった。
「よしよし…今回のライブも大成功…入場料3000円が五千人分だから…うへへっ、こりゃすげえぞ!ここにさらにグッズの売り上げを足せば───
「りょぉぉぉつぅぅぅ!!」
聞きなれた声に振り向くと、どこで手に入れたのか甲冑を着込み太刀を振り回す部長の姿があった。
「げっ!部長ぉぉっ!?」
「よくもワシらの顔に泥を塗ってくれたなぁ!?全ての葛飾署員に代わって、天誅をくだしてやるぞ!」
「ご、誤解です部長!私も間違えて予定を入れてしまって仕方なく───
「えぇい黙れ!言い訳は聞かんぞ!そこになおれっ!」
「ひえぇ!だから本当にわざとじゃないんですってば!」
逃亡を続けながらも説得を試みる両津だが、部長の怒りは全く収まりそうにない。彼らはどこぞのネコとネズミのようにホールのあちこちに逃げ回っては物を壊すを繰り返し、遂には舞台上にまで姿を現した。
「いい加減に諦めろ両津!」
「あぁもう!しつこいですよ部長!」
「ちょ、ちょっと提督!まだライブ終わってないよー!」
「こうなったら…でりゃあっ!」
「あっ、待たんか両津!」
追い詰められた両津が観客の渦に飛び込むと、部長も負けじとダイブを敢行する。客の事などまるで気にもとめず暴れ回る二人に、会場内はたちまち大パニックに陥った。
「前の方で誰か暴れてるみたいだ!」
「早く逃げろ!巻き込まれるぞ!」
「きゃあっ!?ちょっと押さないでよ!」
「バカヤロー!足を踏むんじゃねぇ!」
「皆さん、係員が誘導しますから落ち着いてください!」
「な、那珂ちゃんのライブがぁ……もう!提督のバカぁ!」
ホール全体を巻き込んだ両者の戦いは、結局観客達が退避するまで終わることはなかった。こうして本物那珂ちゃんの初めての大型ライブは、まさかの中止という形で幕を閉じたのだった。
「しれいか〜ん!」
任務を終えたその足で執務室に直行する駆逐艦達。勿論、目的はベーゴマ勝負のリベンジである。陽気な声で提督室の扉を開くと、大淀と川内型三姉妹の姿があった。
「あっ、神通さん!CDデビューおめでとうございます!」
「えっ、ど、どうしてみんな知ってるの?」
「もー!神通ちゃんばっかり目立ってずるいっ!」
署での歌が聞いていたファン達の間で話題となり、遂には聞き逃した者からCDを売ってくれとの要望が多数上がるまでになっていたのだ。多くのファンの声を無下にする訳にもいかず、結局那珂ちゃんCDに付属するという形でデビューする事になってしまったのである。
「まぁこの通り本人はあんまり乗り気じゃないんだけどね…この前の那珂ちゃんのライブが返金騒動になっちゃったから、少しでも埋め合わせをしないといけないし…」
「あれ?そういえば提督はどこにいるの?私達ベーゴマ勝負に来たのよ!」
「え、えぇっと…それはですね…」
日本海か、太平洋か、それともオホーツク海か。地図にも載らないとある孤島の端の端、朽ち果てた"さいはて署"の立て札の下で、懲りずに喧嘩をする二人の姿があった。
「部長のせいでまたこんな所に来る羽目になったじゃないですか!」
「なんだと!?それはこっちのセリフだ!元はと言えば貴様が署のイベントをサボるからこうなったんだろうが!」
「だからサボったんじゃなくて、間違えたんだって言ってるでしょうが!それにワシは今は提督なんですよ!?仕事はどうするんですか!」
「そんな事ワシが知るか!少しでも早く帰りたかったら、さっさと反省文を書け!」
「そんなこと言われても!原稿用紙一万枚分なんてそう簡単に終わるわけないでしょうが!」
「くそおぉっ…!もうアイドルなんて大っ嫌いだぁぁぁぁっ!」
何ぃ!?鎮守府が泥棒に入られただと!?しかも艦娘の服や下着を盗む変態野郎な上に、ワシの大事なコレクションまで盗むとは…絶ッ対に許さんぞ!
本庁から派遣される刑事と協力して犯人を───ってあぁっ!こっちも変態じゃねぇか!
次回、参上海パン刑事! よろしくな!