「よし…だいぶ完成に近づいて来たな」
フードファイターにアイドルと、立て続けにひどい目にあった両津。これに懲りて少しはまともに仕事をしている……はずもなく、部屋の中央に座り込み何やら作業をしていた。
「すごーい…あの変なプラスチックの山が巨大な翔鶴姉に…」
「それに凄く細かいですよ。高角砲や管制塔もまるで翔鶴さんをそのまま小さくしたみたいです」
「何しろタマヤ製作所の幻の翔鶴1/100キットだからな。飛行甲板の下まで完璧に再現してあるぞ」
「これは…さすがに気分が高揚します」
「あ、あの…そんなにジロジロ見られると…」
2mを超える大型プラモデル。自分達の前世の姿にはやはり興味があるようで、恥ずかしそうに目を伏せる翔鶴などそっちのけで食い入るように観賞していた。
「よし、後は艦載機だな。見てろ、ワシの完璧な塗装技術を見せてやる」
そんな彼らの元に、雷を先頭に任務を終えた艦娘達が報告にやって来た。
「提督、偵察任務完了したっぽい!」
「おう!それより見ろ夕立、本体はこれで完成だ」
「あぁっ、ついに完成したんだ!後で時雨にも見せるっぽい!」
「すごいでち…」
「ねぇ提督!島風のはないの?」
彼女に続いて三人の艦娘。島風、ゴーヤ、夕立。しかし、いつも通りに部屋に入ってきた彼女達を見て両津はふとある事に気がついた。
「島風、ゴーヤ。前から思ってたがお前ら露出が多すぎるぞ」
「そう?普通だとおもうけど」
「普通なわけあるか!鎮守府の中だからまだ許されてるが、そんな格好で外に出たら変質者扱いだからな」
「そんな事ないって。これぐらい普通だよ」
「そうだよ。みんなが厚着なだけでち」
「んなレースクイーンみたいな格好の奴が普通でたまるか!」
「えー、でもこの方が軽くて動きやすいし…」
「まぁまぁ提督、それぐらいにしてあげなって」
「…じゃあ聞くがな瑞鶴、お前島風の格好で外に出られるか?」
「えっ…」
「どうなんだ?」
「………ちょっと恥ずかしい…かも」
「瑞鶴さんの裏切り者〜!」
「た、大変です提督!」
島風をからかって遊ぶ両津の元に、明石が息を切らせて飛び込んで来た。
「どうした明石。そんなに慌てて…」
「工廠の倉庫に誰かが荒らした跡が!」
「な、何!?空き巣か!」
急いで倉庫に駆けつけて見ると、部屋の中に竜巻でも発生したかのように、書類やドラム缶があちこちに散乱しており、足の踏み場もない状態だった。
「こ、こりゃひでえな…」
「一体誰がこんな事を…」
「とにかく一旦片付けましょう。これではあまりにも…」
「あぁ待て待て。下手に物を動かしたりすると、犯人の痕跡がなくなっちまう。だから警察が調べるまで極力触らん方がいい」
「なるほど…見直したわ提督」
「今の提督、なんか警察官っぽいよ!」
「わしゃ本物の警察官だっての!」
「ところで明石さん、パッと見て盗まれた物はない?」
「えっ…!?あ、あの、そのぉ…」
「その様子じゃやっぱり何か盗られたんですね!」
「え、えぇっとですね……あの、言わなきゃダメでしょうか…?」
「当たり前だ。これも犯人逮捕した時、窃盗の証拠にもなるからな」
「うぅ…やっぱりそうですよね…じ、実は私……パ、パン───
「提督!こっちにも泥棒が!」
「なんだと!?鳳翔、そっちは何を盗まれた!?」
「皆さんの洗濯物を外に干していたのですが…その……服や下着が…」
「「ええっ!?」」
「あー!ここにあった私のパンツがないわ!」
「わ、私のも…」
「ウチのブラも無くなっとるやないか!」
「えっ、お前まさか───
「誰がまな板だコラァ!」
「痛てぇぇっ!?ワシゃまだ何も言っとらんだろうが!」
その後も時間が経つにつれ、やれ財布がない、服がないと次々に被害を訴える艦娘が増え続けた。そして───
「ああぁぁぁっ!!な、無い!どこにもないぞ!?」
「ど、どうしたんですか!?」
「まさか提督も…!」
両津の部屋の掃除を手伝っていた大淀と明石が振り返ると、頭を抱えて悶える彼の姿があった。
「ワシの大切なコレクションが無くなってるんだ!GIジョードイツ軍将校特別カラーver、トヨタ2000GT発売記念ミニカー、あっ!大人の超合金シリーズの戦艦大和も盗まれてるじゃねぇか!」
「よ、よく分からないですけど凄く高価なものだって事だけは分かります…」
「くそぉ…ワシのコレクションにまでも手を出しおって…!」
「ここまで被害が大きいと、もう私達だけでは手に負えないですね…」
「でもこれだけ物が盗まれてるのに、どうして誰も気が付かなかったんでしょう?」
「うーん、私達もこういう事態は想定してなかったから対策が甘かったのかも…」
「いや、それもあるかもしれんが一番は犯人の手際の良さにある」
「というと…?」
「そもそもだ。いくら防犯対策が甘かったと言っても、ここには何十人も艦娘が居るんだぞ。それにこの鎮守府は普通の店なんかと違って、簡単に出入りもできんから間取りも調べられんはず。そんじょそこらの空き巣犯ならすぐに誰かに見つかるのがオチだ」
「確かにそうですね…」
「それからもう一つ、このワシのコレクション達」
「えっ…これが何か関係あるんですか?」
「これだけ物がある中で、見事にレア物だけをチョイスして盗んでいる。こりゃ相当な目利きだ」
「な、なるほど…」
「そしてさらに盗んだ後。GIジョーは服の色の似たアメリカ兵を同じ場所に置き、2000GTはフォルムが似ているS30Zを身代わりとして配置、極めつけは大和の台座にプラモの清霜を乗せてカモフラージュしている。これで、ワシらが気が付くのを遅らせる魂胆だろう」
「ううむ…確かにこれはプロの犯行ですね…」
(最後のはすぐにバレるような気もするのだけれど…)
───
──
─
差し当って被害に遭った艦娘の一部を部屋に集め警察を待つ一同だったが、一何の音沙汰もないまま一時間が経過していた。
「警察の方、随分遅いですね…」
「…もう来てもいい頃だと思うけれど」
「遅い!いくら何でも遅すぎるぞ!ったく、こんなんだから税金泥棒だと言われるんだ!」
「自虐ネタになってるよ提督…」
苛立つ両津に急かされるかのように、一本の電話が入った。
───はい、そうですが…わかりました。少々お待ちください」
「おい、一体誰からだ?」
「大原部長さんからです」
「部長から?一体なんの用だ?」
「さぁ…とにかくお願いします」
「はい代わりました、両津です」
『話は聞いたぞ両津!全く警察官のお前がついていながら情けない…』
「仕方ないでしょう!施設が古すぎて、防犯設備も何もないんですから。それで、一体何の用ですか?」
『実は今都内で金品や衣類を狙う空き巣が多発していてな。盗まれた品物や証拠を殆ど残さないそのやり口からして、鎮守府の事件も同一犯の可能性が高い。そこで…だ。お前の所に本庁からエリート刑事を派遣し、事件解決の手がかりを見つけ出すという事になった。お前もその捜査に協力するんだ』
「へぇ…わざわざ本庁から……ん?待てよ…この展開は前にも────あ"あ"っ!」
『そ、それじゃあ両津、ワシはちゃんと伝えたからな。頑張れよ』
「待ってください!刑事ってまさか───
何かを思い出し慌てて尋ねようとしたが、そそくさと受話器を置かれてしまった。
「どうした提督。そんなに慌てて…」
「さ、最悪だ…ここにあいつが来るなんて…!お前ら、衝撃に備えとけよ」
「どういう事…?意味がわからないわ」
「何、見れば分かる」
その時だった。大きな発砲音を伴って、なんの予兆もなく壁向こうからマシンガンが撃ち込まれた。
「きゃあっ!?」
「みんな伏せてっ!」
「敵襲…!?まさかこんな場所にまで…」
「や、やっぱりか…!」
驚く艦娘達の中、一人心底気だるそうな面持ちの両津。蜂の巣にされた壁が崩れ去った時、彼女達はその表情の理由を知ることになった。
「「「なっ!?」」」
股間のモッコリ伊達じゃない
陸に事件が起きた時、
海パン一つで全て解決…
特殊刑事課三羽ガラスの一人、海パン刑事──ただ今参上ッ…!
刑事らしいキリッとした表情とは裏腹に、衣類はネクタイと黒光りした海パン一つというとんでもない出で立ち。鍛え上げられた身体と、"きたの"の文字のお名前シールがなんとも言えないミスマッチ具合を醸し出している。
「なっ、あっ…えぇっ!?」
人間本当に驚いた時は声が出ないというが、正にその通りだった。全員が口を開けたま固まってしまい、普段クールで表情を表に出さない加賀や長門でさえも、情けない顔でポカンと佇む事しかできなかった。
「…まぁ、当然の反応だな。というか海パン!どうしてお前はいつもドアを使わんのだ!」
「て、て、提督!へ、へ、変態がぁ!」
「落ち着け大淀。あんな見た目だが一応刑事だ」
「へっ…?」
「両津以外とは初対面だったな。これは私の名刺だ。皆よろしく頼む」
「ほらな?」
「は、はぁ……ってきゃあっ!?」
そんな両津のフォローも、彼が股間から名刺を取り出したことにより一瞬で意味をなさなくなってしまう。
「提督!話が違うじゃないですか!」
「ワシはこいつが刑事だとは言ったが、変態じゃないとは一言も言っとらんぞ」
「そ、そんなぁ…」
渋々名刺を受け取った彼女らだが、職業と名前は勿論のこと、趣味や願い事、果ては今日の運勢といったどうでもいい事までびっしりと書かれていた。
「相変わらず人に読ます気のないプロフィールだなおい」
「字が小さすぎて読めませんよこれ…ええっと、名前は汚野さん…ですか」
「あ、あの…汚野刑事、質問してもいいっぽい?」
「…何故私が海パン一丁なのか…だな?」
「ど、どうしてそれを…!」
「鋭い…夕立さんが聞きたかった事を一瞬で見破った…これは加賀さん並の洞察力です」
「…赤城さん、お願いですから一緒にしないでください」
「人間以外の動物はこれ全て裸だ。つまり、これが自然の姿なのだ。これを見ろ」
そう言うと汚野は思い切り背中を反ると、股の間から首を出してみせた。
「このように裸というのは衣服の負荷を受けないため自由自在に動かすことができる」
その後もバレエ選手顔負けの様々な軟体ポーズを披露するものの、何しろ格好が格好なため、凄いという感情よりも気色の悪さが滲み出てしまっていた。
「裸の身体には限界がない。極限まで高められた肉体は、犯人逮捕に大きく貢献しているのだ。つまり!これこそが警官の…引いては人類の自然な姿なのだ」
「自然な姿ってより、自然に還ってるって感じだろその見た目は…」
「君たちも戦場に身を置く者なら、何故私が海パンかと問う前に…何故そんな重い服を着ているのか、己に問い直す事だ」
「は、はぁ…」
「なるほど…確かに合理的です…!」
「翔鶴姉まで何言ってんの!?裸になっただけじゃあんな事できないからね!」
「えーっと…よく分かんないけど、島風ちゃんみたいな事っぽい?」
「おうっ!?」
「確かに…そういえばさっき同じようなこと言ってたわね」
「って事は…島風はへんた──」
「し、島風は変態じゃないもん!」
思いもよらない所からのキラーパスに思わずぎょっとする島風。汚野はそんな彼女を無遠慮に凝視した後、彼女の肩にポンと手を置いた。
「君が島風か。…ふむ…その出で立ち、君は中々才能がありそうだ。是非我が特殊刑事課に来ないか?特殊刑事課一同歓迎しよう」
「えっ…いや…し、島風は……」
「バカやめろ!怖がってるだろうが!」
両津の反論する声を遮るように、汚野の腕時計からアラームが鳴り響いた。
「おっと、エネルギー補給の時間だ」
「エ、エネルギー補給って……きゃあぁっ!?」
再び海パンに腕を突っ込むと、汚野はおもむろに一房のバナナを取り出した。よりにもよってその場所にしまい込んでいる果物がバナナなのは、偶然なのか作為的なのか…などと一瞬考えてしまうが、パンツの中に食べ物を仕舞い込む時点で十二分に危ない人物である。
「三十分間隔のエネルギー補給だ。君達もどうだ?」
「「結構ですっ!」」
「ったく!明るいうちからとんでもないモン見せやがって!大体お前、ちゃんと捜査なんか出来るのか?」
「当たり前だ。私は刑事だぞ」
股間に名刺やバナナを入れる変態が偉そうにと言いたくもなるが、本当に検挙率100%の名刑事、しかも警部補なのだからタチが悪い。
「提督、そろそろ現場を見てもらいましょう。…これ以上は皆の精神が持ちませんよ」
「そ、そうだな。よし海パン刑事、ワシが現場を案内してやる」
「待て両津。その前にやる事があるだろう」
マトリョーシカのように自らの海パンの中から海パンを引きずり出すと、それを両津の顔面に突きつけた。人肌のぬくもりを感じるそれは、決して綺麗好きではない両津ですら目を覆いたくなるような代物だった。
「ぎゃぁーっ!ふ、ふざけんじゃねぇ!よりにもよって女だらけの鎮守府でそんな格好せにゃならんのだ!」
「忘れたのか。私とタッグを組む時はこの服に着替えてもらう。それに男はお前しかいないのだ。女性がこの服装は不自然だろう」
「陸で海パン一丁なんて、男でも女でも不自然だ!というか勝手にタッグを組むんじゃない!」
「駄々をこねるな両津。こんな所で時間を浪費していては、それこそ犯人の思う壷だ」
「そうですよ提督。大人気ないですから早く着替えてください」
「が、頑張ってください!応援してますから!」
「加賀!大淀!お前ら巻き込まれたくないからって卑怯だぞ!」
「第一、女性にこの服装をさせるのは色々と不味いだろうが」
「急に正論吐きやがって!んなもんお前一人で十分…」
「仕方ない。こうなれば私が強制的に───
「だあぁぁっ!分かった!分かったからやめろっ!はぁ…こんな所まで来てもこの格好をする事になるとは…」
───
──
─
「…ほら、これでいいか?」
「うむ…合格だ」
「提督!似合ってますよ…!」
「わー!か、かっこいいーなー!」
「…妙な慰めはよせ。余計に心が痛む。トホホ…何が悲しくてこんな格好せにゃならんのだ」
引きつった笑顔の彼女らが、いかに自分の格好が恥ずかしいものなのかを痛感させられてしまう。
「よし、準備は整ったな。早速案内しろ両津」
「クソ…ワシにだって恥じらいはあるんだぞ…」
立地が海辺なのが唯一の救いではあるが、その程度でこの強烈な場違い感が払拭できるはずも無く、すれ違う艦娘達の冷たい視線が肌に刺さり続けた。
「ここが例の倉庫。ワシらが最初に荒らされてたのを発見した場所だ」
「成程……この場所が荒らされる前に最後に入ったのは?」
「基本的に工廠の倉庫はほとんど私が出入りしているのですが、昨日の11時頃に入ったのが最後です」
「…両津、変だとは思わんか」
「あぁ?何がだ」
「犯人は最小限の証拠しか残さないやり手の空き巣のはず。だがこの部屋だけは明らかに侵入した形跡を残している」
「なるほど…言われてみれば確かに…」
「となれば、犯人は焦って出ていった可能性が高い」
「それなら何か手がかりを残しているかもしれませんね。早速詳しく調べて───
「いや…その必要はない」
「えっ、でも証拠がないと…」
「私の予想では犯人はこの場所に戻ってくるはずだ」
「本当かよ?確かに犯人は現場に戻るとは言うが…」
「完璧主義者の奴の事だ。犯行がバレていないか心配で仕方ないだろう。必ず証拠を消しにここにやって来るはず。…それも来るなら今夜だ」
「こ、今夜ですか…」
「よって今夜はここで待ち伏せし、犯人を現行犯逮捕する事にする。皆にも協力して欲しい」
(クソ…夜まで居座るつもりかよ…)
とっとと帰って欲しいというのが本音だが、犯人が再び現れる可能性がある以上無下に追い返す訳にもいかず、結局今日一日海パン姿で過ごす事になってしまった。
───
──
─
現在の時刻は日付が変わって深夜一時。犯人に怪しまれない為に一部の艦娘以外には普段通りの生活を続けるようにと伝えてあるので、鎮守府の敷地内の殆どが闇に包まれ始めていた。
そんな中、倉庫を取り囲むようにして犯人を待ち伏せる両津達。一・五航戦の四人と暗い場所で目の利くゴーヤは倉庫正面付近に、そして裏側には汚野と両津に加え、長門型の二人と鎮守府一の俊足を誇る島風。この計十人で逮捕に臨む事となった。
「ううっ…夏とはいえこの時間にこの格好は流石に冷える…」
「大変だな提督……ん?そういえば島風、お前の着ているのは睦月型の服じゃないか。一体どうしたん───
「シマカゼハヘンタイジャナイモン…シマカゼハヘンタイジャナイモン…シマカゼハ───
「ど、どうしたのよあの子。さっきからずーっとあの調子よ?」
「確かゴーヤも珍しくスカートを履いて同じようなことを呟いていたぞ」
「…そっとしておいてやれ。それよりお前らも悪い事は言わん。その格好、何とかした方がいいぞ」
意味が分からず顔を見合わせる二人。どういう意味だと聞き返すものの、両津にその質問に答える気力は残っていなかった。
そんな折、遂に鎮守府での犯人逮捕作戦が開始されようとしていた。
「提督、こちら倉庫正面。今誰かが倉庫に入っていきました!」
「何!?本当に来やがったか!よし、手筈通りに行くぞ」
両津の合図で犯人の後を追って倉庫に突入する五人。懐中電灯が照らした先には、しゃがみ込んで何かを物色している男の姿があった。
「そこの貴方!現場は抑えました。大人しく投降しなさい!」
「っ…!」
相手はやり手の空き巣。素早く入口とは反対の窓に向かって逃げ去って行く。だが両津達とてそんな事は予想済みである。
「提督!そっちに行きました!」
「任せろ!」
待ち構えていた両津が一番に飛び付き、犯人を取り押さえようとする。しかし犯人を押し倒した所で、袖の中に忍ばせていたガスを両津の顔面に噴射させた。
「だぁーっ!め、目がぁっ!?」
「ちょっと大丈夫!?」
「ゲホッ…ゴホッ!あの野郎、熊よけの催涙スプレーを持ってやがった!」
「やはり犯人は相当な手練れのようだ。私をここに寄越して正解だったな」
「呑気に分析してる場合か!犯人はどこへ行きやがった!?」
「提督!あそこでち!」
ゴーヤが指をさした先には、暗闇に消えてゆく犯人の姿があった。
「長門と陸奥は入口を塞げ!それから海に逃げられると厄介だ、赤城と加賀は艦載機を飛ばして海を見張れ!残りはワシと犯人を追うぞ!」
「「了解!」」
警官としてのキャリアを活かし、素早く的確な指示を出すその姿は、まさに海を守る提督の模範的な姿。この両津の普段のだらしない姿とのギャップが、男女問わず人々の心を惹き付けてやまないのだ。
…最も、それはまともな服装だったらの話なのだが。
「待てぇっ!逃げるなぁ!」
「私達の服を返せ!」
「ワシのコレクションもだぁっ!二倍にして返して貰うぞ!」
「みんなおっそーい!私先に行くよ!」
「よしいいぞ島風!流石いつも走り回ってるだけの事はある!」
(うむ…やはり私の目に狂いは無かったな)
「な、何で女と海パン男に追われてんだ俺は…だがこのままじゃ追いつかれる!こうなったら奥の手を使うしかねぇか…」
追われながらも何かを探す犯人。そして運の良い事に、探していたものはすぐに彼の前に現れた。
(しめた!給湯室だ!多分この場所に…)
「よし、その部屋は行き止まりだ!犯人め墓穴を掘ったな!」
しかし次の瞬間、バンッという大きな音と共に、廊下の明かりが一斉に消えてしまった。
「な、何これ!?」
「しまった!ブレーカーを落とされた!」
「提督!犯人が逃げてるでち!」
「なっ…!奴はどっちに居るんだ!?」
「だからあっちでち!」
「あっちってどっちだ!お前以外には見えてないんだぞ!」
「何をしている両津!早く電気を復旧するんだ」
「分かってるよ!確かブレーカーはこの辺に…」
「提督どこ見てるの!?そっちじゃないでち!」
「だあぁっ!暗くて何も分からんぞ!ゴーヤ、お前がブレーカーを上げろ!」
「ゴーヤの身長じゃ届かないでち!」
「ならワシが肩車してやる!…ほら、これで届くか?」
「提督!私は島風だってば!」
暗闇の中であーだこーだと騒ぎながら、やっとの思いでブレーカーを戻した両津達。
しかし犯人の気配は既になく、何処かへ逃げ去ってしまっていた。
「ど、どうするの提督!もうどっかに行っちゃったよ…?
「大丈夫。入口には長門達が封鎖している。そう容易くは逃げ出せん筈だ。よし、島風、ゴーヤ!鎮守府にいる奴を全員起こして来い!ローラー作戦で行くぞ!」
こうして夜中に叩き起された艦娘達。初めはだるそうにしていた彼女らだったが、犯罪者を家の中に入れたまま呑気に寝ていられるはずもなく、それぞれが思い当たる場所を探し始めた。
「全然見つからないのです…」
「この鎮守府は無駄に広いからね。空き部屋もいっぱいあるし…」
しかし鎮守府を隅々まで探しても見つかる気配すらない。一通り部屋を探し終えた後、情報を共有するために宿舎の前に集まったものの、誰一人有力な情報は得られていなかった。
もう逃げてしまったのではないか。そう諦めかけたその時だった。
「てめぇら!そこを動くんじゃねぇ!」
声のした方を振り向くと、二階の部屋の中に、潮の頭に拳銃を突きつけた犯人の姿があった。
「う、潮!」
「いつの間に…」
「おいてめぇ!動くなって言ってんのが聞こえねぇのか!」
「みんな、ごめんなさい…私不意をつかれちゃって…!私の事はいいから、この人を捕まえて───きゃっ…!」
「この…!死にたくなけりゃ黙ってろ!」
「…っ!アンタ…潮を離しなさいよ!」
「朧、落ち着きなって!」
「はっ!そうして欲しかったら車を用意しろ。こいつは逃げた先で解放してやる」
「ぐっ…この卑怯者…」
「どうしましょう赤城さん…」
「…仕方ありません。ここは犯人の要求通りに……」
「その必要はない!」
狼狽える艦娘の中を両津を引き連れ闊歩するこの男。そう、こんな状況こそが彼の本領を発揮する場なのだ。
「き、汚野刑事っ…!」
「ここは我々に任せてほしい。行くぞ両津」
「や、やっぱりワシも行くのか…」
(これで汚野刑事の真の力が分かる…!)
(犯人検挙率100%の実力…見せてもらいましょう)
相変わらずの服装だが、危機的状況を前にしても冷静さを失わない彼の姿は、ある種のカリスマすら感じさせる。
「な、なんだてめぇらは!」
「私の名前は海パン刑事。まずは落ち着いて私の話を聞いてほしい」
「く、来るんじゃねぇ!それ以上近づいたらぶち殺すぞ!」
「だめだ、犯人は相当気が立ってる!署に応援を頼もう!」
「私とお前が居ればそんなものは無用だ」
「い、嫌だ!だってワシはこの後の展開を知っとるぞ!どうせお前…自分のアレで犯人をアレするつもりだろ!?」
「何を言っているか分からんぞ両津。それに恐れる事はない。お前は既に上級者の域に達している」
「だから勝手に級を上げるな!」
「はぁ…全く仕方の無い奴だな」
「そりゃこっちのセリフだ!」
「なんか揉めてるみたいですけど…」
「あの二人、どうやって犯人を捕まえ────っっつ!?」
「い、いやぁぁぁっ!」
何故裸になるのか、それも何故このタイミングなのか。意味は分からないし分かりたくもないが、とにかくこの男は犯人と艦娘達の前で唯一の布地である海パンを脱ぎ捨てたのだ。
さらには装備していた銃までも投げ捨て文字通り丸腰となった汚野だが、その表情や佇まいは羞恥心など全くないかのように凛々しいものであり、むしろ海パンの時よりも堂々としているようにも見える。
対して犯人と艦娘サイドからは絶叫の嵐。変態な男が一皮剥けて変態になったのだ。当然の現象である。
そんな彼女達の声も何処吹く風と聞き流し、その火の粉はいつもの如く両津にも降りかかろうとしていた。
「さぁ両津。お前も脱ぐんだ」
「やっぱりこうなるんじゃねぇか!」
「急げ両津。これは人命に関わる事だぞ」
「だから嫌だと言ってるだろうが!というか艦娘なんだから拳銃ぐらい喰らっても大丈夫じゃないのか!?」
「ダメなんです提督!私達が砲撃を受けても生きていられるのは、艤装を付けて妖精さんの加護を受けている時だけです。ですから今の潮ちゃんはただの女の子なんですよ!」
「な、なんだと!?」
「おいてめぇら!さっきから何をごちゃごちゃと喋ってやがる!?さっさと車を用意しろ!」
「まぁ落ち着け。見ての通り私は無防備状態だ。焦る気持ちも分かるが、まずは私の話を聞いてほしい」
「う、うるせぇぞこのフル〇ン野郎!こんな時に何考えてやがる!?」
「よし、今からそちらに行くぞ」
「く、来るなぁっ!来るんじゃねぇ!」
一歩ずつ歩を進める汚野に対し威嚇射撃を行う犯人。しかしそれでもこの男は全く怯む様子を見せない。
「さぁ、君も裸になるんだ」
「ふ、ふざけんじゃねぇ!誰がそんな事…」
「なぁに、恥ずかしがる事はない。人間生まれた時は皆裸だったのだ。君も生まれたての
「俺にそんな趣味はねぇっ!そ、そ、それ以上舐めた真似しやがったら…て、てめぇから殺してやるからな!」
いとも簡単に行われるお下劣な行為の前に最早犯人には冷静に物事を考える余裕などなく、"アイツを近づけたらヤバイ"という本能だけが彼にトリガーを引かせていた。
「ふむ…ここまで反抗するとは…相当に興奮しているようだな」
「お前が怒らせたんだろうが!」
「彼女ももう体力の限界だ。見ろ、顔は青ざめているし肩も震えている」
「それもお前に怯えてんだよ!」
「両津!最早一刻の猶予もない。お前が脱げば必ず犯人も脱ぐ!それで全て解決だ」
「どういう根拠だそりゃ!……あぁもう分かったよ!許せ潮、これもお前の為なんだぁ!」
意を決して裾を下ろした両津。あられもない姿となった二人の男が今、ジリジリと犯人と潮の元へと歩を進めてゆく。
「い、いやぁ…」
「お、おいやめろっ!放せこの野郎!」
犯人の背中に隠れようとする潮。本来憎むべき犯罪者を無意識に頼ってしまう程、潮の精神は限界を迎えていた。
「こ、この野郎!」
またも拳銃で牽制しようと男がトリガーを引く。しかし先程から必要以上に乱射したせいで、マガジンが空になってしまっていた。
「し、しまっ───
(今だっ…!)
犯人はすぐにリロードを試みるが、汚野は刑事の中でもエリート中のエリート。この隙を見逃すほど甘くはない。
力の限り地面を蹴りつけ、二回の窓を優に越える高さまで跳躍すると、必殺技の体勢に入った。
「なっ…!」
「あの位置からドロップキック…!?」
「いえ違うわ…!あ、あれは…!」
「これで終わりだっ!」
包み込むように足をVの字に広げ、そのまま重力に身を任せて犯人の顔面に降下してゆく。
「や、やめろおぉぉっ!」
悲痛な叫びも虚しく、秘技・ゴールデンクラッシュは見事に炸裂し、コアラのように犯人の頭部を捕らえた。強靭な大腿四頭筋による絞め技が、汚野のモノをこれでもかと圧着する。
「だ、大丈夫ですか!って、うわぁ……」
"私は争い事が嫌いだ!"
普段口癖のようにそう言っている彼だが、一度こうなってしまったら容赦がない。相手がギブアップのジェスチャーをしても力を緩める事はなく、結局気絶するまで技をかけ続けていた。
「も、もう…普通に…たいほ…して…く…れ…」
「ふぅ…ようやくオイルの香りが効いたようだな」
(絶対関係ないと思うけど…)
改めて部屋を見返して見ると、白目を剥いて倒れ込む男と、それを見下ろす変態が二人。その傍らで腰が抜ける程怯えきっている少女の姿という、まさに地獄絵図と呼ぶに相応しい光景だった。
「潮!大丈夫!?」
「朧ちゃん、漣ちゃん…ひっぐ……うわぁぁぁぁん!こわかったよぉぉ!」
「よしよし…もう大丈夫だからね」
「いや、まだヤバイと思うよ…主にご主人様達の格好とか…」
「だぁーそうだった!クソッ、結局ワシが脱いだ意味ねぇじゃねぇか畜生!」
「しかし、この方が空き巣の犯人ですか」
「鎧袖一触…とはいきませんでしたが、何とか捕まえることができましたね」
「…でもちょっと犯人さんが可哀想。よりにもよってあんな技で…」
「一生モノのトラウマでしょうね…」
「どうか安らかにお眠りください…なーむー…」
せめてもの情けと犯人に合掌する彼女達。こうして鎮守府の騒がしい夜は終わりを迎えたのであった。
「いやぁ…衝撃的な一日でしたね…」
「全くだ!結局ワシは潮に変態扱いされ、コレクションは消息不明!いつもながらあいつに関わるとろくな事にならんな」
あの日から数日後、両津は逮捕作戦に参加したメンバーを提督室に集めると、事件の日のことを思い返し愚痴をこぼしてていた。
「あらあら…そんな事があったの…」
「そう言えば陸奥さん達は入口に居たから見てないんですよね…あれは衝撃的でしたよ」
「ある意味深海棲艦より怖いよあの人…」
「…あの程度で恐れをなすとは、まだまだ修行が足りないわね五航戦」
「なにさ!そっちだって汚野刑事が脱いだ時ビビってたじゃないの!」
「ああもうやめろ!あいつの事で喧嘩するんじゃない!思い出しちまうだろうが…」
「うっ…そ、それもそうね…」
「ねぇ提督、刑事さんって皆あんな風なんでちか?」
「んなわけあるか!普通の刑事はちゃんとスーツを着てるし、犯人の前で脱いだりもしない」
「そ、そう…そりゃそうよね!あんなのが二人も居たら大変だもん!」
二人どころか特殊刑事課はまだまだ居るのだが、こればかりは知らぬが仏。イルカ使いやコスプレイヤーの事は黙っている事にした。
「そう言えば提督、今日は何故我々を集めたんだ?まさかこんな話をするためではないだろう?」
「おっとそうだった。あいつを見ろ」
「これは…」
両津が指を指した先には、大きなダンボール箱がうずたかく積まれていた。
「これは一体…?」
「今朝特殊刑事課から送られてきたもんだ。さしずめ、犯人逮捕への協力の礼ってとこだろうな」
「へぇー、あの人もいい所あるじゃん!」
「基本的にマメな奴だからなあいつは」
瑞鶴が一番上の箱を下ろし、意気揚々とガムテープを剥いだ。すると───
「こ、これは…!」
そこに入っていたのは大量のバナナ。色付きがよく適度なシュガースポットも現れており、食べるなら今がベストの状態だ。
「わぁ美味しそう!提督、早速食べましょうよ!」
「お、おう…沢山あるから勝手に食っていいぞ」
「それじゃあお言葉に甘えて……んん、おいしいです!」
「赤城さん…よくアレを見たあとにそんな美味そうに食べられますね…」
「…?なにがですか?」
「い、いえ…なんでもないです…」
前情報が無ければ確かに美味しそうなのだが、あの男から送られてきたと思うとどうしても気が引けてしまう。
「あら…提督、端の方に手紙が挟まってるわよ」
「ん…?おお本当だ。なになに…今回は犯人逮捕への協力感謝する。ほんのお礼として私がいつも食べているバナナを送ります。鎮守府の皆さんで分けてください…」
「やっぱりあのバナナだったのか…」
「まだ続きがあるぞ。それと例の島風という少女、彼女には才能の片鱗が見えるので、是非ウサミミ刑事として特殊刑事課に来てください…破格の待遇でお待ちしています……!?」
「お"う"っ!?」
「よ、良かったでちね島風!」
「そうね。あんなエリートにスカウトされるなんて、名誉なことよ」
「艦娘を辞めても私達応援してるわ…!」
「まぁその…なんだ。頑張れよ島風」
「そ、そんなのヤダ!島風もうちゃんとした服着るもん!」
「あ、こら待て島風!」
余程一緒にされたのが嫌だったのか、叫びながら猛ダッシュで部屋を飛び出していってしまった。この一件ですっかり厚着をするようになった島風だが、それでも彼女の韋駄天っぷりは健在のようだった。
「もうっ!島風は変態じゃないもぉぉん!」
何、この鎮守府に新しい艦娘が?なになに…吹雪型駆逐艦一番艦の吹雪か。このワシの所に配属されるんだ。こりゃきっと相当な実力者に違いない!
次回 吹雪、着任します!よろしくな!