こちら葛飾区亀有公園前鎮守府   作:めんづくり

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吹雪、着任します!②

「こんな感じで重心を低くして…スィーっと滑る感じデース!」

「…こんな感じか?」

「うーん、なんか違いますね」

「これだと後ろ重心すぎるんです。もっと前傾姿勢にならないと」

「うーむ…やっぱり実際に艤装を付けてみないとイメージが掴めんな」

 

廊下を通りかかった艦娘に、片っ端から艤装の使い方を聞いて回る両津。灯台の下での一件から数日が経ったが、彼は本当に艦娘になろうとしているのだ。

 

「あの、提督…本気で海に出るつもりなんですか?」

「当然だ。男に二言はない!」

「フブキ、心配nothingデース!テイトクは無茶苦茶な体力と生命力を持ってますカラ!」

「そ、そうなんですか…?」

 

そういう問題なのかとツッコミたくなる吹雪だが、勢いに乗る両津を止める事もできず、ひたすら彼についてまわることしかできなかった。

そんな彼らの元に、ピンクの髪を揺らしながら一人の艦娘が走り込んで来た。

 

「提督!ついに完成しましたよ!」

「おいおい明石、随分と早いな。頼んだ時はいつになるか分からないと言ってじゃないか」

「それが渡りに船で、機械工学の大学教授が艤装制作を手伝ってくれたんです!さ、提督!早く見に行きましょう!」

「お、おう」

 

興奮気味の明石にぐいぐいと背中を押されながら工廠に向かっていく。彼も艤装の完成は楽しみにしていたのだが、彼女の異様なハイテンション具合を見ていると若干不安にもなってくる。

 

工廠の前に着くと、両津の所に来るまでに言いふらしたおかげで既に何人かの艦娘達が集まり人だかりができていた。その輪の中心には恐らく艤装であろう物体が、ベールをまとって鎮座している。

 

「おぉあれか。結構でかいじゃないか」

「私達の持てる最高の技術を結集しました!」

 

"最新鋭の技術"というロマンの塊のような言葉。それを自信満々に宣言する彼女に、両津も気分が高まってくる。

 

「よし、役者も揃った事ですし、早速お披露目しますね。見てください!これが提督の艤装です!」

 

皆が注目する中で、明石は思い切り白いベールを剥いだ。

 

「こ、これが…」

「提督の最新鋭の艤装…!」

 

文字通りベールを脱いだ艤装。まず目を引くのはその巨大な砲身。戦艦クラスの口径の3連装砲が、ベルトによってマネキンの腕にがっちりと固定されている。そして反対側の肩部付近には大型の飛行甲板、背中には巨大な煙突が装備されていた。

 

「す、すげぇ…こりゃ海に出るのが楽しみだ!」

「気に入ってくれたかねゴリラ君」

「あぁ。特にこの主砲が───ってあ"あ"ぁぁぁぁっ!?」

 

「チャオ。私が世紀の天才発明家…絵崎コロ助だっ!」

 

どこからともなく現れた白髪の老人。金縁の丸メガネに赤色のスーツという絵に書いたような発明家の姿の彼は、ケンブリッジ大学をはじめとしてマサチューセッツ工科大学、ソルボンヌ大学など世界の名だたる学校で機械工学の教鞭をとった名教授である。

 

「やっぱりお前か!」

「あれ?提督はお知り合いだったんですか?」

「…まぁな。って待てよおい、ここに居るってことはまさか…」

「その通り!これは私と明石君の合作なのだよ!さぁゴリラ君、早速これを装備して広大な大海原へ飛び出そうじゃないか!」

「…なんだか急に心配になってきたぞ」

「大丈夫ですよ提督。合作といっても私が担当したのはほんの基礎的な部分だけで、ほとんどは絵崎教授が担当してくれましたから」

「だったら余計に心配だ!ワシはこいつのせいでどんなに酷い目にあってきたことか…」

 

両津が言うように、彼がここまで心配するのには理由がある。人工知能搭載パトカーに全自動洗車マシンといった発明品を作ったかと思えば、左脳活性化装置の左脳君で両津の脳をいじくり回し、お手製人力飛行機の操縦を両津に操縦させてみたり、さらには人格入れ替え装置に透明化薬、そして巨大化饅頭…

 

両津はこれらの発明品の実験に半ば無理やり巻き込まれ、その度に散々な目に遭ってきたのだ。

端的に言ってしまえば、彼はマッドサイエンティストなのである。

 

「まぁまぁ過去のことはいいじゃないか。細かいことを気にすると、イギリスでは嫌われるよゴリラ君!」

「ここは日本だっての!」

「Oh!もしかして絵崎教授もイギリスの出身ですか?」

「いいや、私は赤坂の生まれだ。だがイギリスでの生活が長かったからな。半分はイギリス人みたいなものだ」

「そうでしたカ!なんだか親近感が増しましタ!」

「フン、何が半分はイギリス人だ。来る度に違う国に順応するミーハーの癖に…」

「提督、失礼ですよ!」

「…まぁ見てろ。すぐにボロを出す」

「あぁ…セーヌ川の川辺でアールグレイを嗜む静かな時間…まさに最高のひと時だった」

「そうですネ…って、イギリスにそんな川ありましたっケ…?」

「コラ教授!セーヌ川はフランスの川だろうが!」

「…うむ。ロンドンの空が懐かしい。やはり日本の空は青すぎる」

「適当なこと言って誤魔化すな!」

「そんなことよりもゴリラ君!私が今日持ってきたのはこれだけではないぞ?君の艤装は勿論、他の艦娘の艤装にも使用できる強化パーツを開発したのだよ」

「えっ、私達の装備にも使えるんですか!?」

「うむ。しかも今までの使い勝手を変えることなく取り付け取り外しも簡単!」

「なんかカー用品の売り文句みたいだな」

「これを見ろっ!"レーザー斎藤君"だ!」

 

相変わらずのふざけたネーミングセンスにげんなりとする両津。しかし実際に手に取ってみても、特におかしな所は見当たらなかった。

 

「なんじゃこりゃ。見たところエアガン用のレーザーサイトだな…ん?下に何か張り付いてるぞ」

「それは私が開発した超強力両面テープだ。硬い場所や柔らかい場所は勿論、濡れている場所でもしっかりと接着してくれるぞ」

「ますますカー用品みたいだぞ…」

「おぉ…!これがレーザーサイトかぁ!夜戦で使ったらかっこよさそうじゃん!えーっと、このボタンを押せばいいのかな…」

 

川内が予想していた通り、ボタンを押すとレンズの先から赤い線が描き出された。そして何の気なしに両津の背中に光を照射した───その時だった。

 

「きゃぁぁっ!?て、提督!背中、背中!」

「あぁ?背中がなんだって───だぁぁっ!?あちいぃぃっ!」

 

一瞬にして両津の服から炎が上がる。隣にいた吹雪が慌てて消し止めた為事なきを得たが、危うく火だるまになるところであった。

そんな両津のことなどお構い無しに、絵崎は自慢げに自らの発明品の素晴らしさを解説し始める。

 

「レーザー斎藤君は通常の数百倍の威力の炭酸ガスレーザーを使用している。これを使えば敵に標準を合わせながらも攻撃する事ができるのだっ!」

「馬鹿野郎!いくら何でも強力すぎるだろうが!こんなもん装備したら戦う前にこっちが全滅だ!大体、艦砲ってのは放物線を描いて飛ぶもんだ。レーザーサイトなんか付けたって意味ねぇっての!」

 

ビシバシと正論を突きつける両津。しかしこの程度でへこたれる教授ではない。

 

「じゃあこれはどうだ?元の主砲に被せるだけであら不思議!貧弱な12.7cm砲もたちまち46cm砲に早変わりだ!」

「何が46cm砲だ!要するに見た目だけデカく見せてるだけだろうが!しかも取り付けがボルト1本ってのはいくらなんでも貧弱すぎる!」

「うむ…カー用品店のマフラーカッターから着想を得たのだが…ダメだったようだな」

「そんな事だろうと思った…ったく、この分じゃ艤装の方も期待できんな」

「大丈夫大丈夫。これはほんのお遊びみたいなものだ」

「お遊びであんな危ないもん作るな!」

「相変わらずユーモアのわからんやつだな君は。…まぁいい、とにかく装備してくれたまえ。話はそれからだ」

 

教授に言われ渋々艤装を纏った両津。全身を覆い尽くすような装備は、彼の身長の低さも相まって余計に仰々しさが滲み出ている。

 

「おい教授、この装備は重たすぎるぞ…このバカでかい主砲に飛行甲板、おまけに魚雷発射管まで…色々付けすぎじゃないのか?」

「我慢しろ。これも世界初の航空戦艦の為には仕方なかったのだ」

「あの、水を差すようで申し訳ないんですが、日本には伊勢と日向という航空戦艦が既に開発されています…」

「な、なんだとっ?」

「へっ、勉強不足だったな教授」

「ぐぬぬ…だが流石に魚雷までは装備していないだろう?」

「そ、それはそうですけど…」

「何でもかんでも付けりゃいいってもんでもないだろ!あと一応聞いておくが、ちゃんと試験はしたんだろうな?」

「勿論だ。風呂場での耐水実験によってその実力は証明されているぞっ!」

「はいはい、聞いたワシがバカだったよ…」

 

マイペースというかお気楽と言うべきか。どちらにせよもはや両津には淡水でやれというツッコミを入れる元気すらもなかった。

 

「おい吹雪、お前も一緒に海に出るぞ」

「わ、私もですか?」

「当たり前だ。半分はそのためなんだからな」

「は、はぁ…」

 

 

 

 

 

 

 

───

──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして私は演習の時ぶりに海に出たのですが、やっぱり足元がおぼつきません。司令官の方はというと、艤装は重そうですが結構しっかりとバランスを取りながら進んでいます。

私、普通の人にも負けちゃうのか…

 

「おい加賀、武器は持たなくていいのか?」

「はい。まずは自分の思い通りに移動するところから始めます」

 

これからの私達の訓練は加賀さんと神通さんが面倒を見てくれるそうです。ですがお二人の訓練はとても厳しいとみんなが話していました。まともに動くこともできない私がそんな訓練についていけるのかとても不安です…

 

「気をつけてください、慣れてないとあっという間にコントロールを失っちゃいますからね」

「ちょっと大袈裟すぎるぞ。ゆっくり動くぐらいならワシにだって───だぁぁっ!」

 

少しだけ前進するつもりがあっという間に加速していってしまい、驚いた司令官はバランスを崩してしまいました。

 

「だぁぁぁぁぁっ!?」

 

「提督!大丈夫ですか!?」

「だから言ったでしょう。脚部の艤装は常に浮上しようとする力が働いていますから、転ぶと制御できなくなるんですよ」

「な、なるほど…こりゃ艦娘デビューの日は遠いかもしれんな」

「ふふっ、大丈夫ですよ。できるまで練習は終わりませんから」

 

仰向けの司令官に笑顔で手を差し伸べる神通さんと加賀さん。しかし、その背中からは形容し難い黒いオーラが滲み出ていました。

 

「…提督、私って結構…根に持つタイプなんですよ?練習、厳しくいくので覚悟してくださいね」

「頑張って生き残ってください」

「は、ははは…二人共冗談がきついなぁ…」

「「冗談かどうか…試してみますか?」」

 

そこからの訓練はまさに秋霜烈日。連日休みのないトレーニングが続きました。どうも加賀さんと神通は司令官に並々ならぬ鬱憤が溜まっているようで、私もそれに巻き込まれる形で鬼のような訓練に参加することになったのです…

 

「ぎゃあぁぁぁぁっ!」

「ひゃあぁぁぁぁっ!?」

 

 

「二人共、これは転げ回る訓練ではありませんよ!」

 

 

「だぁぁぁぁぁぁっ!」

「いやぁぁぁっ!」

 

 

「ほら!また重心が上がってる!もっと体幹に力を入れて!」

 

 

「吹雪、コンビネーションで行くぞ!」

「は、はい!」

「ワシらの砲撃を食らえ!」

「甘い!動きが丸見えです!」

「「ぎゃあぁぁぁぁっ!」」

 

 

 

 

 

 

 

「つ、疲れたぁ…」

「はぁ…はぁ…あいつら…演習弾だから死なんと思ってめちゃくちゃやりやがって…」

 

(こんなに練習してるのにほとんど上手くなってる実感がない…やっぱり私には艦娘の仕事なんて…)

 

司令官だってそうです。いくらガッツがあるとはいえ、司令官は普通の人間。艦娘になんてなれっこないんです。今回の件で司令官だって分かったはず───

 

「クソッ、二人共今に見ておれ!必ず復讐してやるからな!」

「司令官…」

 

あの怖いお二人にこてんぱんにやられたのに、司令官は諦めるどころか、反撃の機会をうかがっていました。

 

どうしてそんなに前向きなんですか?

何故何度失敗しても挫けずにいられるんですか?

 

艦娘としての自信なんてこれっぽっちもなかった私にとって、そんな疑問が湧くことはある意味当然だったのかもしれません。だから私はこの疑問を、そのまま司令官にぶつけてみました。

 

「何でって…そんなもん、負けたままじゃ悔しいからに決まってるだろ?」

 

返ってきた答えは、なんてことのない普通の言葉。失礼かもしれませんが、正直誰にでも思いつくようなものです。当の本人も当然の事を言ったまでと言った表情で、気取った様子は見受けられませよ。

 

そんなこの人の表情を見ていると、なんだか深く考えていた私が急に滑稽に思えてきて、気がついたら不思議と笑みがこぼれました。

 

「ふふっ…」

「ん?なんだ吹雪。ワシの顔に何か付いてるか?」

「いえ。なんだか司令官の顔見てたら、私はどうしてあんなに悩んでたのかなぁ…って思っちゃって」

「なんだそりゃ。……でもお前、前よりいい顔になったな」

「えっ…」

「ああ。お前ここに来た時は緊張してるか落ち込んでるかどっちかだったからな。今の笑ってる顔の方が似合ってるぞ」

「えっ、あ、その…えへへ…そうですか?」

 

こんな風に褒められた事はなかったので、なんだか小恥ずかしいです。でも、そんなに悪い気はしませんでした。

 

「よし!吹雪、明日こそはあの生意気な二人の鼻を明かしてやろうぜ!」

「はいっ!」

 

 

 

 

 

そこからの私は、何かが吹っ切れたようにどんどんコツを掴んでいきました。今まで無駄な力が入っていた足腰が、この日は思い通りになります。狙う度に震えていた腕も、まるで頭の中にコンピューターでも搭載したかのように自然と動くのです。そしてついに…

 

「当たれっ!」

「っ…!?」

 

私の狙いすました一撃が、ついに神通さんの腕を掠めました。見事命中!…と言えるほど褒められたものではありませんが、それでも厳しい訓練が形になった事がとても嬉しくて、私は年甲斐もなく声をあげてしまいました。

 

「や…やった…!やったよみんな!ついに神通さんに弾が当たったよ!」

「やったな吹雪!」

「ウンウン、Nice shotネー!」

「おめでとう吹雪ちゃん!」

「神通さんに一太刀入れるなんてやるじゃない!」

「司令官…みんな…!」

 

私の成功を心から喜んでくれる皆の姿に、思わず目頭が熱くなってしまいます。なんとか涙を堪えながら波止場に立つ皆に手を振り返していると、教官の二人が私の元にやってきました。

 

「吹雪さん。今の動き、良かったですよ」

「あ、ありがとうございます!」

「…だからと言ってこのぐらいで慢心してはダメ。いくら当たったと言っても至近弾なのだから。……でもここまでよく頑張ったわ。貴女はもう立派な艦娘よ」

「は、はい!加賀さん、神通さん、本当にありがとうございました!」

 

鎮守府に配属されてから、こんなに充実した日はありませんでした。司令官を含めて、ここの皆には感謝してもしきれません。

私は二人に深々と頭を下げ、提督と入れ替わりに陸に上がりました。

 

「よし、次はワシの番だな。見てろよ、ワシは二人まとめて倒してやる」

「あら、昨日まで散々私達にやられていたのに随分と強気ですね」

「いけいけ提督!加賀さんなんかやっつけろ!」

「…そこの五航戦、うるさいですよ」

 

瑞鶴さんの野次にあからさまに不機嫌そうに呟く加賀さん。しかしその表情にはどこか余裕が感じられます。司令官に負けるなどとは毛ほども思っていないのでしょう。

 

「提督、勝負はいいですが私は手加減はしませんからね」

「当然だ。コケた方が負けでいいな?」

「提督随分強気だけど…何か作戦があるのかな?」

「さぁ…どうなんでしょう…」

 

司令官は自信満々ですが、加賀さんも神通さんもこの鎮守府のトップクラスの戦力。正直、私にもとても司令官に勝ち目があるとは思えません。

 

「先手必勝!行くぞ加賀、神通!」

 

司令官は開戦と同時に素早く主砲を構えると、3つの砲身が火を噴きました。しかし砲身はあらぬ方向へと向いており、弾は加賀さん達の遥か上空へと飛んでいってしまいました。

 

「…どこを狙っているの?適当に撃っても私達には届かないわよ」

「ふっ…それはどうかな?」

 

砲撃が外れたにも関わらず、司令官は怪しげな笑みを浮かべています。そして砲弾が二人の真上に到達した時、こちらからはわかりませんでしたが、手の中に忍ばせていたスイッチを押したようでした。

 

すると飛んでいた弾がくす玉のように割れ、その中から大量の小さな何かが落下していきます。

 

「なんですかこれは────!?」

「ひっ…」

 

 

「「きゃあぁぁぁぁぁっ!」」

 

 

降ってきた影の正体は陸からはよくみえませんでしたが、突然加賀さん達が慌て始めました。

その隙を司令官が見過ごすはずはなく、今度は懐から筒状の何かを取り出しました。

 

「今だ!両津流忍法・2B弾の舞!」

 

乱雑に投げつけられたそれは、動揺していた加賀さん達のバランスを崩すのには十分な威力を持っていました。二人は風呂場で石鹸を踏んづけたかのような芸術的な転び方をすると、昨日の私達の再現するかのように海の上をのたうち回っています…

そんな姿を見届けると、大笑いしながら私達の元に戻ってきました。

 

「だぁっはっはっはっ!ざまぁみろ!」

「はっはっはっ!加賀さんを倒すなんて司令官最高!こんないいものが見れるなんて思わなかったわ!」

「提督、一体さっきのアレってなんなの?」

「ふっふっふ…それはな……こいつだ!」

「「きゃあっ!?」」

 

思わず叫び声を上げた私達。パッと突き出された司令官の手には、ムカデのように数え切れない足を持ったうねうねと動き回る生き物の姿がありました。

 

「な、なによこれ!」

「イソメだ。聞いたことぐらいあるだろ?こいつをワシの作った遠隔操作で開く特殊砲弾の中に入れて上からばらまいたんだ。いくら強いと言ってもあいつらも女子だからな。こういう搦手には弱いという訳だ!」

「いつの間にこんな物を…」

「まるで子供の喧嘩ね…こんな戦い方はレディじゃないわ…」

「いいんだいいんだ。ワシはジェントルメンだからな!」

「…紳士とも程遠いと思うけどね」

「そんなことより!ワシと吹雪がリベンジを果たしたんだ!またパーっとその打ち上げと行こうぜ!ん…そうだ、どうせなら派出所の連中も呼ぼう!最近あいつらとも会うことが少ないからな」

「…司令官、それはいいけど一度後ろを見た方がいいよ」

「ん?後ろがなんだって…

 

響ちゃんの声に振り返った司令官の前には、うつむき加減の二人が立っていました。…それも今まで見たことないような怒気をまとってです。

 

「よ、よう二人共!わ、ワシの攻撃はどうだったかな…?」

 

「提督」

「ひっ…」

 

びしょ濡れになった加賀さんの手が、司令官の肩をぐいっと掴みました。

 

「先程はありがとうございました。私達もお礼がしたいので是非沖に来てください」

「い、いやワシこの後用事があるから──

「ふふふ…遠慮なさらないでください。私達と提督の仲じゃないですか」

「ふ、吹雪!今こそお前の力でワシと一緒に戦ってくれ!」

「えぇっ…!?」

「吹雪ちゃん、付き合わなくていいっぽい」

「あっ、こら夕立!余計なことを吹き込むな!」

「さぁ提督、早く行きましょう。今日は存分に付き合って貰いますから」

「…早々にリタイアしないでくださいね。でないと私達もやりがいがありませんので」

「た、助けてくれぇ…!」

 

必死の抵抗も虚しく司令官は沖に連れ去られていきます。…さようなら司令官。同情はしますが、私にはどうすることもできません。

 

「い、行っちゃったのです…」

「流石にこれは自業自得デース…」

「司令官大丈夫かしら…」

 

心配している雷ちゃんをふと見ると、その手首に見慣れないものを付けている事に気が付きました。

 

「雷ちゃん、その手に付けてるのって…」

「あ、ミサンガのことね」

「ミサンガ…?」

 

桃色と純白の紐で編まれたそれは、小さいながらも複雑な模様を描き出しています。今までこの手のアクセサリーには興味がありませんでしたが、カラフルな色使いながらも主張しすぎないデザインは、率直にかわいいと思えました。

 

「少し前にたまたま本で見かけて、それを司令官に話したら作ってくれたのよ!」

「えっ、これを司令官が…?」

 

こんなおしゃれな小物をあの人が作っているイメージはイマイチ湧いてきませんが、一夜にしてオリジナルの砲弾を自作してしまうような人です。それを考えるとこのぐらい作れるのは当たり前のような気もしてきます。

 

「えへへ…それにね、これはただの編み紐じゃないの。ミサンガは切れた時に願いが叶うって言われてるの!」

「へぇ…そんな願掛けがあるんだ…」

 

まるで結婚指輪でも見つめるように、雷ちゃんはご機嫌な顔でミサンガを見つめています。デザインが気に入ってるのもあるのでしょうが、雷ちゃんは特に司令官に懐いていますから、作ってもらった事が嬉しくてしょうがないんだと思います。

 

「それで雷ちゃんは何をお願いしたの?」

「えっ…!そ、それは秘密よ!」

「えー、そう言われると気になるなぁ」

「ダメダメ!こういうのは秘密にしておくものなんだから!」

 

そう言いながら少し顔を赤らめる雷ちゃん。きっとかわいらしい願い事が込められているのでしょう。

 

 

…それがまさか、あんな事になるなんて。この時は少しも考えていませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その翌日、ワシはいつものように作戦の説明をするため、出撃メンバーを部屋に集めていた。

 

「よし、全員揃ったみたいだな」

「それでは本日の任務を説明します。…といっても今日はいつも通り偵察任務です。指定された海域を索敵しながら一周してきてください」

 

本日の哨戒任務に当たる六人のメンバーは、山城、翔鶴、川内、時雨、雷、そして吹雪の六人。吹雪が初出撃な事を除けば、特にいつもと変わらない編成だ。

 

「はぁ…なんだか緊張してきたかも…」

「大丈夫だよ特型駆逐艦。練習通りの実力なら、これぐらいの任務問題ないって」

 

相変わらず肩肘を張る吹雪だったが、以前のような貧弱な雰囲気は感じられなかった。

自信の無さから来る言葉というよりも、彼女の謙虚さと慎重な性格がそう口にさせたんだろう。

 

「あれ?今日のルート…なんだか短くありませんか?」

「はい。今日は夜から関東方面に台風が接近しますので、いつもより距離を短くしてあります」

「はぁ…こんな日に出撃だなんて不幸だわ…」

「まぁまぁ山城、この距離ならそれまでには帰って来られるよ」

「そうよ!それに今日は吹雪ちゃんの初出撃なんだから、景気よく行きましょ!」

「うん、雷の言う通りだね。夜戦ができないのは残念だけど、今夜はイベントもあることだしね」

「司令官、私達すぐ戻って来るから、パーティーの準備お願いね!」

「おう、任せておけ!今日は中川や麗子達にも色々と持ち寄るように言ってあるからな。期待していいぞ?」

「ふふっ、分かったわ。それじゃあ司令官!雷、司令官の為に出撃しちゃうね!」

 

そう告げると、雷達はワシに背を向けて歩いてゆく。いつも通りの時間に、いつも通り海へと向かう艦娘達。何もおかしな所なんてない。そう頭では分かっていても、この時のこいつらの姿はどこか虚ろで、今にも消えてしまうような…そんなことを言っても誰も信じないかもしれないが、ワシの目には確かに見えたのだ。

 

「…雷!」

 

ワシは思わず立ち上がると、雷の名前を強く呼んだ。不思議そうにこちらを振り向いたその姿に、先程の儚さは感じられなかった。

 

「司令官…どうしたの?」

「い、いや、なんでもない。頑張って来いよ!」

「…うん!雷、頑張っちゃうんだから!」

 

 

結局ワシはあいつらを引き止める言葉を見つけられず、水平線に消えてゆく六人の背中を、見えなくなるまで見送る事しかできなかった。

 

この判断が、大変な事を引き起こすとも知らずに…

 

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