こちら葛飾区亀有公園前鎮守府   作:めんづくり

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更新遅くてすいません…
コロナ等でで色々忙しく、中々手がつけられませんでした。
皆さんもどうかお気を付けて…


吹雪、着任します!③

「あっ、先輩!」

「おう中川、麗子!よく来たな!」

 

すっかり宴会場と化した司令室で、両津はコップに口をつけ頬を赤くしていた。

 

「中川さん、麗子さんですね。私、この鎮守府で居酒屋をしております鳳翔です。大したものはお出しできませんが、どうぞゆっくりなさって行ってください」

「これはご丁寧に…なんだか部外者の僕達まで呼んでもらって申し訳ないです」

「いえいえ、提督にはいつもお世話になってますから…」

「ふふっ、お世話になってるなんて、両ちゃんなんて逆に迷惑掛けてるんじゃないですか?」

「おい麗子、聞こえとるぞ!」

「あら、ホントの事じゃないの」

「というか先輩、もう飲んじゃったんですか?」

「何、ちょっとした味見よ。今日の主役はまだ戻ってきてないしな」

「例の新しく来た子の事ね。でも両ちゃん、ホントはただ騒ぎたいだけなんじゃないの?」

「そ、そんな事はない!ワシはただ日々練習に励んでいる艦娘を労ってだな…」

 

半分ホントでもう半分は図星の両津は、少し歯切れが悪そうに首を横に振った。

 

「それにしても美味しそうな料理ですね。…あれ?教授もいらしてたんですか?」

「教授?何を言って……ってだぁっ!?お前は…!」

「ボンソワール、また会ったねゴリラ君」

「絵崎!い、いつからそこに…」

「今日は私の発明が海に出た事を祝うための日だ。私が来なければ始まらんだろう?」

「違う!今日の主役は吹雪だってぇの!」

「いいじゃないか。私だって艤装の制作に協力したんだ」

「吹雪の艤装はお前の発明じゃない!さっさと帰れ!」

「えーっ、ゴリラ君のいけずっ!細かい事を気にすると、フランスでは嫌われるぞ?」

「あれ?江崎教授ってたしかイギリス好きなんじゃ…」

「こいつは現れる度に別の国に順応するからな」

「まぁまぁ提督、結果的に無償で艤装作成に協力してくださったんですし、私や間宮さんの方でも料理は沢山お出ししますから…」

 

鳳翔にそう言われ教授を見ると、あからさまに駄々をこねる彼の姿があった。確かに教授には世話になった事も事実だし、何よりこの様子では素直に帰りそうもない。

 

「あー、分かった分かった。仕方ねぇなもう…今日は特別に参加させてやる」

「ふっふっふ…ようやく私の発明の偉大さが分かったようだな。今夜はたっぷりと私の武勇伝を語り尽くすとしよう!」

「調子に乗るんじゃねぇ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───で、その時こいつの笑い薬のせいで署長を怒らせちまって、ワシら派出所の連中は全員さいはて署に飛ばされたんだ」

「はっはっはっ!ホントそんな事があったの?」

「あの時は大変だったわ…」

「ええ。でも辛いはずなのに薬のせいで笑いが止まらなかったんですよね…」

「ねぇ提督、他にも面白い話あるっぽい?」

「あぁ。他にもまだまだあるぞ。こいつはホントにトラブルメーカーだからな」

「む、それは聞き捨てならんな。あの時だって元はと言えばあれはゴリラ君が勝手に飲んだんじゃないか」

「やかましい!そんな危ない薬をペットボトルに入れて、しかもワシの机に置いたのが悪い。コーラのボトルに麺つゆを入れておくようなもんだぞ!」

「「あははははっ!」」

 

次々語られる嘘みたいな出来事の数々。加えて、つもハチャメチャな両津が、トンデモ教授の前では逆に振り回されているのが新鮮で、周りにいる者達は思わず吹き出してしまう。

 

そんな楽しげな会話が気に入らないと言わんばかりに、強い雨風が窓ガラスを叩きつけた。

 

「風がだいぶ強くなってきたのです…」

「雨も降ってきたっぽいよ…」

 

窓の外から海を見ると、沖の方は不気味な黒い雲に覆われており、じっと見ていると吸い込まれそうになる。

 

「両ちゃん、海に出ている子達はまだ来ていないの?」

「うーむ…もう帰ってきてもいい時間なんだがな…おい鳳翔、ちょっとラジオをつけてくれ。大淀はあいつらに無線を繋ぐんだ」

「はい。少し待ってくださいね…」

 

 

太平洋を北上していた大型の台風は、今夜から明日の朝にかけて、関東地方を通過する見込みです。進路に当たる地域では、これから雨風共に強まり────

 

 

キャスターの無機質で淡々とした声が、一同の不安を煽る。さっきまで賑やかだった部屋も、今ではすっかり静まり返っていた。

 

「提督、こっちも駄目です。台風のせいで通信状態が悪いみたいで…」

 

そんな静寂を断ち切るように、大淀のヘッドフォンに僅かな声が聞こえて来た。彼女は部屋の人間がその声を聞こえるようにと、すぐにスピーカーに接続した。

 

『こち─いかず…!──は応──てくだ───!』

「この声…雷か!?」

『…っ!て──く!?よかっ───な…った!』

 

両津は大淀からマイクを奪い取ると、大声で彼女の名前を呼んだ。

 

「どうした!?一体何があったんだ

!?」

『き────き───て───』

「クソ、通信状態が悪くて全然聞こえん!」

 

雨音や強風がホワイトノイズとなって、彼女の声をかき消してしまう。向こうもそれを察してか、なるべくはっきりとした声で何かを伝えようとしていた。

 

『現ざ──敵艦たい数十隻…と──会敵!見たことな──らい───がた──ん──んだ…!』

「な、何!?」

 

途切れ途切れの言葉ではあるが、散りばめられた不吉な言葉から何があったのか大体想像ができた。

 

「分かった!今助けに行ってやるから持ちこたえろ!」

 

少しでも希望を持たせようと、確実に聞こえるように両津は一層声を大きくしてそう叫んだ。しかし───

 

『それはだめよ…督…!』

 

機械の向こうから返ってきた言葉は、感謝でも肯定でもなく、拒絶の言葉だった。

 

『この──数…生半可な戦力じゃ返り討ちに──それ─こ──雨の中じゃ余──いな被害が───るわ…!だから援軍は出し──だめよ!』

「だがお前らは…!」

『だいじょ──よ。私だってかんむ──だもん!──離脱することぐらい……るわ!だから心配しな────

 

そう言いかけた時だった。一瞬強烈な爆発音が鳴り響き、その後無線機から彼女の声が聞こえてくる事はなかった。

 

「雷!?おい雷!返事をしろ!…くそっ、待ってろ!今ワシが助けに行ってやるからからな!」

「待ってください提督、どこへ行くつもりですか…!」

「止めるな加賀!こんな所でじっとしていられるか!」

「じゃああいつらを…雷を見殺しにしろってのか!?」

「……そうだ」

「な、なんだと!?」

 

長門の口から絞るように吐き出された言葉は、同じ屋根の下で暮らしてきたとは思えない薄情で、他の者も俯くもの、拳を固くする者はあっても、反論する者はいなかった。

 

「敵も味方も正確な場所が分からず視界も最悪。そして敵は稀に見る大艦隊…もし捜索の為に戦力を分散すれば、各個撃破による主戦力の損失、ひいては東京湾近海の制海権を失う事にも繋がりかねん」

「なら私達だけでも出撃させてください!」

「私達駆逐艦なら、たとえ沈んでも大した損失にはならないはずだ…!」

 

そう声を上げる響と電。彼女らは今海に出ている雷の姉妹艦。両津と同じようにじっとしている事などできないのだ。

 

「やめなさい二人共!」

 

意外にもそんな彼女らを咎めたのは、二人の…そして雷の姉である暁だった。

 

「雷も他のみんなも…二人が沈む事なんて望んでないわ!」

「でも…!」

「姉妹艦が出撃しているのは私達だけじゃないわ。そうでなくたって、辛いのは長門さん達だって一緒なのよ?」

「あ、暁…」

「それに…雷だって……こういう日が来るのは…覚悟して……」

 

本当は誰よりも助けに行きたい気持ちを堪え、それを助けに行こうとする者さえ引き止める。子供っぽくて、意地っ張りで、ちょっとだけワガママで、そして誰よりも妹思いの彼女の、精一杯の背伸びだった。

 

「暁」

 

歩み寄った両津が俯いた彼女の頭をポンと叩くと、一つ、また一つと大粒の雫が滴り落ちた。

 

「うぅ…ヒック………じれいがん……いかずちは……うっ…うわぁぁぁぁぁぁ…!」

「…響の言う通り、お前はやっぱり頼りになるお姉さんだ。こりゃあもうお子ちゃまだなんて言えないな。…だがな暁、辛い時はもう少し周りの奴らに頼る事も、レディーには必要だぞ?」

「でも…わだじは…ひっ……お姉ちゃんだがらぁ……」

「心配するな。皆はワシが必ず助けてやる」

 

そう言うと両津は背後の窓を開け放つと、窓枠に足を掛け身を乗り出した。

 

「やっぱりワシには見捨てることなんてできない!なんせワシは…警察官だからな!」

「提督っ!」

「待って!それならせめてちゃんと準備をしてから───

「ちょっくら行ってくるぜ。…だぁぁりゃぁっ!」

 

艦娘達の返事も待たずに窓からから飛び降りると、両津はそのまま工廠へと乗り込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クソッ、出てきたのはいいが、これじゃあ探しようがないぞ…」

 

艤装を身にまとい単身荒れた海へと繰り出した両津だが、この広い海で彼女らを探すのは並大抵の事ではない。

 

「そうだ、艦載機を飛ばせば───って、どうやって飛ばせばいいんだ!?」

 

焦る両津の耳に、聞きなれた声が飛び込んで来た。

 

『ゴリラ君!聞こえるかねゴリラ君!』

「あっ、教授!そうか、こいつにも通信機が付いてたんだった…」

『全く…相変わらず無茶なことをするんですから…』

 

ザーザーと雑音が混ざってはいるが、声の主が絵崎と明石だということはすぐに分かった。他の者達も周囲にいるようで、二人の声の奥から他の者達の声も僅かに聞こえてくる。

 

「おい、それより教授、艦載機はどうやって飛ばすんだ?赤城達みたいに弓を使うのか?」

『…ゴリラ君、残念だがその艤装にそんな機能は付いていない』

「な、何ぃ!?」

『時間が無くて手が回らんかったのだ。とりあえずカッコよさを重視して飛行甲板だけは装着してみたのだが…』

「だったら初めっからこんなもん付けるな!重くて動きにくいだろうが!」

 

落胆する両津だったが、ふと自身の艤装に目をやると、何やらいくつかのボタンが付いている事に気がついた。艤装に似合わぬポップなカラーに塗られたそれらは、製作者のクレイジー具合と相まって怪しさがにじみ出ている。

 

「なんだ…?こんなもんこの前は付いてなかったような…」

 

嫌な予感は感じつつも、興味本位で思わずその中の一つを指で押し込んだ。

 

「な、なんじゃこりゃあっ!?」

『あっ、コラ!勝手に押すんじゃない!』

 

戦隊ロボットよろしく、艦橋と煙突が半分に割れると、その奥から巨大なジェットエンジンが姿を現した。どう考えても人間に装備させるような代物ではない。

そして嫌だと拒否する暇もなく、排気口の中心がすぐさま紅に染まってゆく。

 

「だあぁぁぁぁぁっ!?」

 

そして無慈悲にもその時はやってきた。耳をつんざく轟音と共に、両津の体は海を切り裂きながら加速を開始した。

 

『す、凄いスピード…』

『ちょ…ちょっと教授!これ大丈夫なんですか!?』

『何、心配はいらない。ゴリラ君の生命力は折り紙つきだ。おっ、これは凄い!ゴリラ君のスピードが時速700kmに到達したぞ!やはり私は天才だ!』

『きょ、教授…』

 

艦船どころか地面効果翼機のスピードすらも軽々と上回り、両津は凄まじい速度で突き進んでいた。

 

「クソッ!あの野郎とんでもねぇモン仕込みやがって……」

 

もはや比較対象がトマホークミサイルぐらいしか思いつかない程に速度を増していたが、そんな中でも愚痴をこぼす余裕があるのは流石両津というほかない。

 

そんな中、両津の左前方…距離にして数キロ先だろうか。海上にパッと閃光が走った。見間違いではないかともう一度目を凝らすと、こんどは連続して光が上がったのが見えた。

 

「間違いない。あそこに雷達が…!」

 

無理やり進路を変えつつ武装を構え腰を落とし、いつでも砲撃戦に入れるように戦闘態勢を整える。

 

「待ってろよ!今ワシが行くからな!」

 

 

 

 

 

 

「当たれっっ!」

 

執念を込めて放った川内の砲撃が命中、敵は海中へと没してゆく。

 

「よし…撃沈を確認!」

 

夜戦好きを自称するだけあって、やはり夜間戦闘で彼女の右に出るものはない。

しかし、一同の表情は晴れることはない。なぜなら───

 

「シズメ…ココデ…シズンデユケ…!」

 

「…っ!十時の方向に新たに敵影を確認!あれは…空母棲姫!」

「まだ来るのかい?いくら私が夜戦好きだからって、もういい加減にして欲しいね!」

「ねぇ山城、吹雪達は無事かな…?」

「大丈夫よ。私達がこれだけ引き付けているし、雷も一緒なんだから。…それより今は自分の心配をなさい。気を抜いたら一気にやられるわよ」

「…うん。そうだね」

 

皆冷静に声をかけあってはいるが、今の彼女達には建設的な作戦などない。湧いてくる敵に対してがむしゃらに戦っているだけだ。

 

「ムダナアガキダ。ナニヲシヨウトキサマラハココデシズムノダ…」

 

(クッ…このままじゃ本当にジリ貧だ。なんとかしてこの包囲網を突破しないと…!)

 

何か、どんな小さな事でもいい。突破口を開くきっかけがないか…!

 

 

 

「だぁぁぁぁぁっ!」

 

そんな時だった。突如として聞こえてきた聞き覚えのある声。この特徴的な野太い声は、彼女らの知る限り一人しかいない。

 

「ナンダアレハ…?」

「あれは…」

「提督!?まさか…」

「間違いないよ…!提督が助けに来てくれ───

 

 

「どうやって止まりゃいいんだぁぁぁぁっ!?」

 

 

「「ええっっ!?」」

「ク、クルナ…!」

「だあぁぁぁぁっ!」

 

提督は減速することなく、目の前にいた多数の深海棲艦達を巻き込んで激突し、巨大な火柱を上げた。

 

「て、提督!」

「あーいててててっ……クソッ、絵崎の野郎!危うく死ぬ所だったじゃねぇか!」

(そうは見えないけど…)

「クソ…今ので壊れてねぇだろうな…」

 

私達の心配をよそに、両津はほとんど怪我もなく立ち上がってくる。しかし、同じようその背後では仰々しい影がゆっくりと両津を覆っていた。

 

「提督っ!後ろ!」

「ニンゲン…キサマモ…シズメ…!」

 

剣とも槍ともつかない漆黒の物体が、両津の頭に振り下ろされる。凶悪なソレを頭部に叩きつけられたらどうなるか…赤子でも容易に想像できるだろう。

 

そして次の瞬間、物体がバラバラ砕け散る音が響き渡り、翔鶴は思わず目を覆った。

 

「あぁ…なんて事を…」

「ていと……く!?」

「えっ…」

 

驚く他の者達の声を聞いて、彼女が恐る恐る視線を戻すと…

 

「バ、バカナ…ニンゲンゴトキガ…ナゼ…!?」

「やりやがったなぁ、この野郎!」

 

そこには怒り心頭の両津と…バラバラに砕けた武器の姿があった。

 

「お返しだぁっ!」

「ガッ…!」

 

今度は両津が飛行甲板を振り回し、敵に思い切り叩きつけた。そして今度は背後に回り込むと、裸絞…いわゆるチョークスリーパーを披露して見せた。

 

「グッ…ハナセッ!」

「誰が離すもんか!さっきはよくもやってくれたな!」

「コノゴリラメ…ナンテバカヂカラダ…」

「言いやがったなぁ!…そうだ、だったらこいつで黙らせてやる!」

 

神通達に対抗するために用意したグロテスクなアイツを、パックごと口に突っ込んでやる。

 

「モゴォ…!ヤ…ヤメ…」

「へっへっへっ…ついでに比叡の特製スパイスもトッピングしてと……何?とっても美味しい?そうかそうか!ならもっと食わせてやるぞ…!」

(ア、アクマダ…)

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヤ、ヤメロ……ヤメテ…クレ………」

「よし、やっと気絶したか。ふん、ざまぁ見やがれってんだ」

「うわぁ…」

 

数分後、両津の足元には白目を剥いてピクピクと痙攣する深海棲艦の姿があった。

いくら敵とはいえ、これには流石の艦娘達もドン引きである。

 

「酷い光景ね…」

「私、ちょっとだけ同情するわ…」

(というか何故あんな物を携帯してるんだい…?)

 

「そんなことよりお前ら、その怪我は…」

 

両津が改めてきちんと彼女達の姿を見ると、重症とはいかないまでもそれぞれ軽くない傷を負っていた。

 

「そっか…私達が戦いの中で怪我をしている所、提督はまだ見たことないもんね。…でもこのぐらいなんてことないよ」

「そ、そうか………っておい、雷と吹雪はどうした?」

「…それが、途中で雷ちゃんと吹雪ちゃんと分断させられてしまって…」

「な、何ぃ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

虫とも動物ともつかない怪物が次々と海中から姿を表すと、うわばみのような大口が私達に砲撃を繰り出してきた。

 

「ど、どうしよう雷ちゃん、もう追いつかれちゃうよ!」

「大丈夫。まだあの距離なら動いてさえいればそうそう当たらないはずよ」

 

まさにそう言った瞬間。私達の会話を盗み聞いていたように、突如として進路を塞ぐ形で複数体の敵がこちらに砲口を向け浮上してきます。

 

(…っ!ダメ、避けられない!せめて吹雪だけでも────

 

雷は咄嗟の判断で吹雪の前に割って入る。その甲斐あって、吹雪はなんとか被弾を免れた。

 

「雷ちゃん!……このっ!」

 

吹雪は素早く転進し、敵の側面に回り込んで攻撃、目の前の敵集団を一掃する。もし今誰かがこの姿を見ているとしても、かつてのように彼女を嘲笑う者なんて絶対にいないだろう。そう確信出来るほどに彼女は成長していた。

しかし、その活躍の代償は決して安くはなかった。

 

「いっ…いたた…」

「雷ちゃんっ!」

「わ、私は大丈夫…よ。私が囮になるから、吹雪は早く逃げて…」

 

そう言いながら、恨めしそうに艤装に目をやった。背中の動力部は半壊しており、浮力が失われた為に既に足首の辺りまで海に浸かってしまっている。

 

「全然大丈夫じゃないよ!そんな艤装で戦えっこないよ!私が引っ張るから早く逃げよう!」

 

しかし、彼女は首を横に振る。雷は分かっているのだ。吹雪が今の自分を連れて追っ手から逃げ切るのは厳しいという事、吹雪はそれを承知の上で、自分を助けようとしている事。…そして、戦っても勝ち目など無いことも。

それでも───

 

「雷ちゃん待って!」

 

それでも…彼女は戦う。だって、司令官は雷に頼りにしてる、頑張れって言ってくれたんだから。立ち向かう理由なんてそれで十分だ。

 

(司令官…私に力を貸して…!)

 

左手首のミサンガをぎゅっと握りしめ、不安定な浮力を頼りに敵へと猛進する。

無論敵とてそんな彼女をただ傍観に徹する訳がない。おもむろに構えた主砲が連続して火を吹いた。

 

(弾は三発…着弾地点は読めるわ…!でもっ…)

 

だが、浮いているのがやっとの艤装で満足に回避行動など行えるはずもなく、一発目の至近弾でバランスを崩した雷は、続く2、3発目の砲撃をモロに受けてしまう。

 

「っく…ううっ…」

 

ついには膝から崩れ落ち、思わず声とも嗚咽ともとれない声を上げる。もはや艤装も妖精さんの力も使えない今の雷は、見た目通りの少女でしかなかった。

 

「わ、私…どうなって…」

 

混濁する意識の中から彼女を正気に戻したのは、千切れて海を漂うミサンガだった。

 

「あっ、わ…私の……あっ…」

 

慌てて掬いあげようとするが、ぼろきれとなったそれはいとも簡単に荒波に攫われ、海中へと消えていってしまう。そしてそれを追うようにして、彼女も力なく暗い闇の底へと吸い込まれていく。

 

(ごめんね司令官…私、もう駄目みたい。でも…司令官がとっても楽しい思い出をくれたから…悔いなんてないわ)

 

 

 

あっ、そうか!お前達花火が見たいんだな?

 

 

 

(………)

 

 

 

雷、皆でベーゴマしよう!それともゲームがいいか?

 

 

 

(………)

 

 

 

違う違う!射的ってのはこうやってだな…

 

 

 

(………だ)

 

 

 

だからそう簡単に沈むなんて言ってくれるなよ。祭り以外にも楽しい事は山ほどある。お前達のやりたい事、みんなやってみりゃいいんだからな。

 

 

 

「何も見えないよ…司令官…どこ…?」

 

 

 

───いかずち!

 

 

 

「やだよ…助けて…司令官っ…!」

 

 

 

 

いぃぃぃかぁぁぁずぅぅぅちぃぃぃ!

 

 

 

 

ハッとして目を開けると、雷は野太い腕が自分の手首を掴んでいる事に気がついた。その暖かく力強い手は、たちまち水面へと引き戻し、彼女は大きく息を吸いこんだ。

 

「大丈夫か雷!」

「あ…れ…私…」

「ワシが分かるか?両津だ両津!」

 

ぼんやりとした靄が晴れると、繋がり眉毛の男の顔があった。

 

「雷ちゃん!司令官が来てくれたんだよ!」

「し……れいかん…?」

 

吹雪が耳元でそう告げるが、意識がハッキリとしない雷。ここが病室ならばゆっくり話ができるものの、そうは問屋が卸さない。両津は抱き抱えた彼女を吹雪に預けると、迫り来る敵に砲身を構えた。

 

「吹雪!お前は雷を連れて鎮守府に戻るんだ!ワシなら大丈夫!こんな奴らすぐにとっちめてやるさ」

「でも…!」

 

「吹雪!」

 

両津は彼女の目を見据え、ゆっくりと口を開く。

 

「頼む、雷を助けてやってくれ。お前ならこの任務…絶対できる!」

「っ…!」

 

彼女は迷った。司令官を、私を初めて必要としてくれた人を置いて逃げるなんて、そんなこと、絶対にしたくない。しかし今自分の腕の中の少女の生死は、自分の行動にかかっている。…そこに選択の余地などなかった。

 

「了解しました…!でも司令官、絶対…絶対無事でいてください!」

 

そう思いの丈を投げかけ、吹雪は未練を断ち切るようにその場を去った。何度も背中で砲撃戦の音が響き、その度に振り向きたくなる。

そんな自分をなんとか押さえ込み、彼女は闇の中ひたすらに鎮守府を目指すのだった。

 

 

 

 

 

───

──

 

 

 

 

───ずちちゃん…!

 

いかず──!

 

 

「んん……」

 

 

誰か…私を呼んでるの?しれい…かん…?

 

暗い闇の中……だけど違う。暖かくて、柔らかくて…ここは……どこ?何も分からないわ…

 

「雷ちゃん!」

 

大きくハッキリと私を呼ぶ声に、今度こそ私は目を覚ましました。

 

「……あれ?私…」

「みんな、雷ちゃんが目を覚ましたわ!」

「雷ちゃんっ…よかったぁ!」

「い、電…?ちょ、ちょっと苦しいわよ…?」

 

起きて早々電に飛びつかれた私は、驚いて辺りを見ました。第六駆逐隊のみんなと大淀さんと吹雪。それからこの前お祭りに連れていってくれた麗子さんと、その隣には中川さんも立っています。

 

「グスッ…もう!心配したんだからぁ…」

「おかえり、雷」

「私どうやってここに………っそうだ、司令官、司令官はどこ?」

 

私の問いかけに、皆は黙ってしまいました。

 

まさか…司令官…

 

「…どうして皆黙ってるの?…ねぇったら!」

 

早く誰かに否定して欲しかった。それか、司令官がそこのドアからひょっこり現れて…

 

「…雷ちゃん。これを…聞いてほしいの。司令官の…最後の通信よ」

 

そう言うと大淀さんは、持っていたラジカセの再生ボタンを押しました。

 

「提督!無事ですか!?」

 

『───よど!いかず──は無事か?』

 

「はい!雷ちゃんは大丈夫です!命に別状はありません!それより提督は!?」

 

『…大淀…──すまんがワシは────もう──帰れ───』

 

「何を言ってるんですか!諦めないでください!私も助けに行きます!だからもう少し…!」

 

『駄目───さっき──艤装───壊れ───』

 

「そ、そんな…」

 

『───まで──…あり────…と…う……』

 

「嫌です…!こんなのが最後なんて……提督!提督っ!」

 

 

 

「これが、提督との最後の通信……」

 

「…嘘……」

「雷ちゃん…」

「私の…私のせいだ…私が頼りないから…司令官は…!」

「違うよ…雷ちゃんは私を庇って怪我したんだもん…私がもっとちゃんとしてれば…」

「大丈夫よ二人共。まだ両ちゃんが帰って来ないって、決まった訳じゃないわ」

「うん。先輩の生命力はゴキブリ並だから、きっと無人島かどこかに居るはずだよ───って、ああぁっ!」

「ど、どうしたの圭ちゃん…?」

「外を見てください!あそこにいるのって先輩じゃないですか!?」

「ええっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よっこいせっ…と。ふう……やっと帰ってこれたぜ。まさかあんなに早く艤装がガス欠しちまうとはな…お掛けで帰るのが大変だったぜ…でもまぁ目当ての物はしっかり拾ってきたしよしとするか。うっしっし…これでまた遊びまくれるぞ?」

 

海に飛び出してから約3日、ようやく波止場に上陸した両津。あの時空を覆っていた雲は影も形もなくなっており、吸い込まれそうな青空だけが広がっていた。

 

「司令官っ!」

「おっ、雷!元気そうで何よりだ!怪我はもう大丈夫か?」

「し…司令官…本当に司令官なの…?」

「当たり前だろ?他に誰だって…」

「ああぁっ…よかった…司令官…!」

「は、はぁ…?」

「お姉様!ほんとに提督です!」

「テイトクー!ホントに心配シタヨ!」

「…よかった…生きてらしたんですね…」

「クマー!遅いクマよ!」

 

「お、おいおいどうしたってんだよ?歓迎は嬉しいが随分とオーバーすぎじゃねぇか?」

「何を言ってるのよ!こっちは心配したのよ?」

「先輩、その袋はなんですか?」

「ふふっ、やっぱり気になるか。だが一つもやらんからな。見せるだけだぞ?」

 

そう言って両津は持っていた麻袋を地面に広げてみせた。

 

「じゃーん!」

「こっ、これは…!」

「金貨…ですか?」

「でもどうやってこんな物を…?」

「そうだな…話せば長くなるが…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でりゃああああっ!」

「ガッ……」

「よし…これで片付いたか…それにしても気色の悪い奴らだな。まるで魚とエイリアンのハーフみたいだ………ん?こいつの口に何か挟まって……あっ!」

 

倒した深海棲艦の口の中に、何か光っているものを発見した両津。普通こんなグロテスクな見た目の生物など触れるのも嫌だが、反射物が金貨だと確信した瞬間、両津は迷いなく口の中に手を突っ込んだ。

 

「こりゃ本物の金貨だ!そうか、こいつら深海に住んでるからその時にたまたま引っかかったんだ!…ん、こいつはもしかして…」

 

 

 

 

 

 

 

「クソ…ナンナンダアイツハ……ホントウニニンゲン…ナノカ?」

「見つけたぞ!さっきの深海棲艦だな!」

「ヒッ…」

「まぁまぁそう怖がるな。今度は別にお前を倒しに来たわけじゃない。…ワシに協力してくれたらな」

「フ、フザケルナ!ダレガキサマノメイレイナド…」

「ほ〜ん。君そういう事言っちゃうわけ?さっき僕ちゃんに何されたか忘れちゃったのかなぁ〜?」

「ウッ…ソ、ソレハ…」

「まぁ無理にとは言わんよ?その時はさっきと同じ目に合わせて────

「ワ、ワカッタ!ワカッタカラアレハヤメロ!」

「んん?気のせいかなぁ?今ヤメロって聞こえたんだけどぉ…?」

「ヤ、ヤメテクダサイ…ナンデモシマスカラ…」

「ん…よろしい。それじゃあ早速だが───

 

 

 

 

 

 

 

 

「ま、まさか提督…深海棲艦を脅して金貨集めさせてたんですか…?」

「人聞きの悪いことを言うな!ワシは協力してもらっただけだ」

「むちゃくちゃだ…」

「テイトクの方が怖いデース…」

 

「ま、待ってくだい!それじゃああの時の通信は!?あの時はもう帰れないって…」

「何のことだ?最後にお前と通信したのって言えば…雷達と戦ってた奴らを倒した後だから…」

 

 

 

『提督!無事ですか!?』

 

「おっ、繋がったか?聞こえるか大淀!雷は無事か?」

 

『はい!雷ちゃんは大丈夫です!命に別状はありません!それより提督は!?』

 

『大淀、すまんがワシは金儲け───コホン、野暮用ができたからもうしばらく帰れん事になった』

 

『何を言ってるんですかっ!諦めないでください!私も助けに行きます!だからもう少し…!』

 

「ん?駄目だ、雑音ばかりで何言ってるかさっぱりだ。さっきまでは使えたのにな…やっぱりさっき艤装でぶん殴っちまった時に壊れたのか?」

 

『そ、そんな…』

 

(なんだ、大淀のやつ何か叫んでるな。…もしかして勝手に出ていったこと怒ってんのか?)

 

「とにかく伝えたからな!あっ、それから大淀、ワシの机の上の書類を明日までに片付けとけよ。あと有り合わせでいいから飯作っといてくれ。きっと戻った時には腹減ってるだろうからな」

 

『嫌です…!こんなのが最後なんて……提督!提督っ!』

 

 

 

 

 

 

 

「な?ちゃんと伝えただろ?…そうだ、飯は作っといてくれたか?ワシもう数日間何も食ってないから腹減っちまって。あと仕事もやっといてくれたか?」

「…成程…そう言う事でしたか。つまり私達はまんまと提督に騙された訳ですか。へぇ…そうですかそうですか…」

 

先程まであんなに両津の帰還を喜んでいた艦娘達が、ジリジリとにじり寄ってくる。

 

「おい提督、貴様が居ない間、私達が何をしていたと思う?」

「僕達寝る間も惜しんで提督をさがしたんだよ…?」

 

「お、大淀?他のみんなもどうしたのかな〜?」

 

「「「私達がどれだけ心配したと思ってんだっ(ですか)!!」」」

 

「ひぃぃっ、な、なんでお前達そんなに怒ってんだよぉ!?そ、そうだ!ワシの金貨を分けてやるからそれで勘弁してくれ!」

「先輩、この金貨偽物ですよ!ほら、これ全部メッキです!」

「な、な、なんだとぉ〜!?」

「お馬鹿ねぇ。初めにちゃんと確かめないから…」

「クソォッ!わしの苦労はなんだったんだよ!」

「「「提督っ!」」」

「い”ぃっ!?」

 

両津は再び海へ飛び込むと、沖へ向かって全力で逃げ始めた。しかしその程度で追跡を諦めるほど、今回の艦娘達の怒りは小さくなかった。

 

「あっ、提督!」

「皆、艤装を装備しろ!」

「逃がさないデース!」

 

 

 

「クソッ、どうしてワシがこんな目に会うんだぁぁぁぁっ!?」

 

 

 




何、ちゃんと飯を食ってるのに秋月達の元気が無い?まさか、ワシのあげたカップ麺であんなに喜んでたあいつらに限ってそんな訳……ってだあぁっ!ど、どうしたんだ秋月!?

次回 秋月、貧乏性直します! よろしくな!
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