魔力、いや神のそれ、神力。東京からかなり離れた校舎でも感じた。
「どこだ?どうなってる?」
瓜生はいくつかの魔力の編み目を読み、その流れを幻覚呪文の変形で窓ガラスに投影する。
「東京タワー?」
日本列島に絡み合う地脈や海脈、そして日本人全体の力や思いの流れ。さまざまな魔力の横糸が、高い鉄のモニュメントに絡みついている。
時を越えて積み重なる膨大な縦糸がこもる東京タワーは、そっちの目で見れば悲鳴を上げるほどの異形でさえある。
展望室に、その力と反応している、強い力。たくさんの少女たちの中ひときわ目立つ三人の少女。姿だけでなく、魔力の織り目も一瞬読む。
一人は、背は低いが鍛え抜いているのがわかる。強烈な瞳、幼く少年の印象だが整った顔。剣の天才、いや勇者。
一人、長い髪と衝撃的なまでの美貌と気品。王族だ。
一人、年齢より成熟した、穏やかな印象の美貌と、恐ろしく鋭い知性。ギフテッド、百万に一人の天才児。
その三人の強い魂の力が、絶大な魔力と反応する。幻水と化した床に飲まれ、異界に召還される、その流れがはっきり見えた。同時に、彼女たちの体力もその心の強さを反映し、強化されている。
「くそっ!」
瓜生は聞こえぬように叫ぶと、マヌーサとメダパニをごく弱く操り、周囲の目と出席簿をごまかす。そして東京タワーの情景を利用しルーラで飛ぶと、即座に自分自身の肉体と魂を構成する編み目をほどき、人を召喚する桁外れに強大な流れ、織り目に混ぜた。
唐突な落下に慌て騒ぐ三人。当然だ、と瓜生は見下ろしながら、いつでもトベルーラを彼女たちにもかけられるよう魔力を編んでおく。
「ここはどこだ!」
背の低い少女が叫んだ。
空に浮かび滝が流れる島。
遠くに見える火山。
広い海。
落ちながらしゃべっている少女たちが、下から飛んできた巨大な空飛ぶ魚の背に、桁外れの魔力で吸い寄せられる。
(すごいな)
その強大な魔力を読み、半ば呆れる思いで見下ろしながら、飛翔呪文で減速しつつ手元に愛用のサイガ12ブルパップフルオートカスタムショットガンを出す。整備は済んでおり、マガジンも初弾も装填済みだ。
昔とは違い、魔術の応用で少し補助しているので、トランクを空けるなど手間取ることはない。ハンマースペースの整備済み武器なら、スリングで負った銃を構えたりホルスターから抜くより、手元に出すほうが早い。
手を広げ、身を軽くなで、はぐれメタルの精髄・水の羽衣・竜の女王の鱗・力の盾・カーボンナノチューブ・耐熱繊維などいろいろ合成した魔衣の力を、現在普通に着ている薄ジャケットとオーバーオールに染みこませる。
ヘルメットをかぶり、ゴーグルをかける。
念のためパラシュートも背負い、紐を確認する。
もう一度見下ろすが、凄まじい魔力で召喚され、実体を保っている飛魚の背は、そこらの船より安定している。少女たちが落ちる心配はない。
「あれ、上にも人が落ちてるよ」
魚の上でわいわい騒いでいた女の子たちがふと周囲を見回し、上に気がついた光が叫ぶ。
「あの、どちらさまですか?」
風が、瓜生に気づき、声をかけた。
「瓜生といいます」それだけ叫ぶ。
「ちょっとちょっと、あの人誰!」
海が怒鳴る。
「危ない、こっちに乗れないのか!」
と光。
「だいじょうぶですわ。あの方、自分で飛んでいますもの。それにパラシュートも背負っていらっしゃいますし」
風は平静だ。
「すごいな、飛べるんだ」
光が、目を輝かせていた。
「おかしいと思わないの、普通は人は飛べないわよ!」
海が叫ぶ。
「おかしいって今更。おかまいなく、もし助けが必要なら言ってくれ」
瓜生はそれだけ言って、パラシュートを引いた。
少女たちを載せた聖獣は、パラシュートで減速した彼が見えなくなるほどの速度で降下し、三人を地面に振り落とした。
海は少し体を打ったが、怪我はないようだ。それから三人が会話を始める。
瓜生は遅れて、パラシュートでゆっくりと降下する。下で三人に話しかけている、外見は量の多い服を着た少年に見える凄まじい魔力を持つ魔導師に、瓜生は強烈な畏怖を感じた。
(バラモス級だよ。ミカエラがいればビビることもないんだが、おれはただの人間なんだからな)
そうしながら、自分を襲おうとする飛竜にマヌーサをかけて別のほうに行かせる。
「お前たちは、元の世界には戻れん」
魔導師が宣言した、その少し離れたところに降り立ち、パラシュートをしまって、そこに向かう。
「ハーゲンダッツもないこの世界に」とわめいている海に、スーパーで売られているカップのハーゲンダッツを差し出しながら、軽く言ってみる。
「戻れないこともない、おれの生命と引き替えでよければ、だが」
「そうだな」
魔導師は瓜生を見ようともしない。
「え、ハーゲンダッツ!で、でも、こんなのじゃなくって、ダブルとかトリプルとか、チョコミントとか」
海が強い怒りをぶつけてくる。
「悪いな、店ごと出して水道と電源整備して技術身につけて、それには何年かかかるよ」
「それじゃ意味ないのよ!」
叫びながら、アイスはしっかり食べ始める。
「瓜生さん、でしたね」風の笑顔が、心から笑っていないことに気がつく。軽くうなずきかけた。
「生命と引き替え、って?」
光が聞くのを、魔導師が答える。
「彼は少しは魔法が使えるようだ。だが自分ひとりが召喚魔法の力に乗るならともかく、複数の、それもこの召喚に使われた力に対抗して世界の境目を超えさせるには、生命そのものを魔力に変え、さらにこのセフィーロを破壊し尽くすような別の力も使わなければならないだろう」
瓜生はただうなずくだけ。メガンテと水爆の融合、それが必要だと彼自身わかっていた。復活させてくれる僧侶もいない。
「そ、そんなのだめだよ」
光が烈しく叫ぶ。
「彼女たちの心を最優先すれば、黙ってそれをやってしまっていたほうがいいかもしれないがね。まあ、生命を犠牲にしても十回に一回成功するかどうかだ」
「だが、それは……」
「ああ、かなり難しくなったな」瓜生は微笑む。魔導師はいつでも自分の魔力を封じられる、対抗しようとしても無駄だ。実力が違いすぎる。
「この方を犠牲にして、その負い目を一生負って生きるか、それとも……」と、風が魔導師を見る。
「ああ」
「やはり困りましたわね、わたし先生に提出するレポート作成が残ってますのに」
などと、また風たちがのんきな話を続ける。
「迷惑と言っても、自動車事故の確率は常にある。それにさっき言っていた富士山の噴火や関東大地震、小惑星の衝突、核攻撃などがあれば、そういう日常は瞬時に崩壊する。今は君たち三人だけだが、そんな非常事態だと思って切り替えたほうがいい」
瓜生が言うが、あまり聞いてもらえていないので軽くため息をついた。
やっと、光が丁寧に、どうすれば戻れるのか魔導師に聞く。
「この『セフィーロ』を、救って欲しい」魔導師の目の苦渋に、瓜生は気がついた。
(やれやれ、どんな裏があるのやら。まあ、いざとなったら、やるだけやるさ)覚悟を固めて見つめる瓜生に、魔導師はかすかにうなずきかける。
魔法で、言葉を使わず情報交換しようともしたが、それは拒まれる。
瓜生は一歩引き、魔導師と少女たちの話が続く。
魔法騎士の名に燃えている光、現実感がなく怒りが強い海、同じく現実感が薄いが冷静な面もある風。
突然魔導師の背後から出現した魔物に、魔導師がごく短く「稲妻招来」と唱えるだけで、数本の稲妻。
瓜生は、自分には到底使えない魔力に驚いていた。
「エメロード姫はこの世界の『柱』なのだ」という言葉に、改めて瓜生は小声で呪文を唱え、この世界全体の『理』を探し始める。だが、ある程度探った時点で、強大な魔力の妨害を感じて、軽く立ちくらみを抑えた。
「この『セフィーロ』を救うことができれば姫の『願い』はかなえなれ浄化される」魔導師が言葉をまとめる。
(どんな裏がありえる?)瓜生はまずそれを考える。(神官と王室の争いはよくあることだが。詳しい歴史を知っておく必要がある、うっかり間違った側に立って無辜を虐殺させたら、わざわざ来た意味がない)
「その前に、その装備を何とかせねばな」という魔導師の言葉。
「よければ、ある程度の装備ならおれも出せるが」瓜生が言うが、魔導師は首を振り、光の衣類を調べ始めた。
勘ちがいした海が大騒ぎしているのに苦笑する。
「装備を確かめただけだ!そんな薄布でこれからの戦いに備えられるか!」
と、魔導師が膨大な魔力を惜しげなく振るう。
(限界ないのかよこいつは。神々に近い)瓜生がつぶやく中、彼女たちの服にいろいろな飾りができる。
瓜生には、全身をきっちり魔力が覆い、板金鎧に最新の防弾チョッキを重ねるよりえげつない防御なのははっきりわかる。
(魔法の鎧と同等。拳銃弾なら防げるし、呪文攻撃も半減できる)
「ますますRPGですわねえ」
風の言葉に瓜生が苦笑した。
「なんでしょうか、その苦笑は」
「鉄の鎧を着て、隊商を護衛しつつ砂漠を歩くのを一度やってみたら、ってことさ。最初からそんな強力な、魔力でできた軽い鎧を手に入れるなんて贅沢な話だ」
「でも、この人もぬののふくじゃない」
海が魔導師に文句を言う。
「いや、彼の服には、別のきわめて強力な魔力鎧が目には見えぬよう重ねられている」
魔導師が当然のように見抜き、軽く手を振ると、不可視化された魔衣が見えるようになった。
時に水銀のように輝き時に海水のような深青に染まる水が、蛇のように彼の全身を這い回っている。胸板、手首から肘、膝から下は頑強な甲羅のような金属板が覆っている。
「なんかカッコいいじゃない、着てる人はあれだけど」海がくすくす笑った。
「ほっとけ」瓜生は憮然とした。
「おまえたち、『魔法』は使えるか?」と魔導師が問いかけ、彼女たちが抗議する。
「おれや彼女たちの世界の人間は、こんな形で」と、瓜生が軽く指を振って魔力を編み……昔の仲間の仕草の真似でもある……魔導師に情報を伝える。「保護されてる。別の世界で習わない限り、絶対に魔法は使えない。ただしその魔法というのは、おれのような道具なしで、言葉と意識の変容を使うものであり、彼女たちもいつも魔法を使っている。スイッチを入れて湯を沸かし、丁寧な言葉遣いや物腰で階級をアピールし、笑顔で自分や他人の心を操っているんだ」
「仕方がない。おまえたちに魔法をひとつずつさずけよう。魔法伝承!」魔導師が叫び、杖を掲げた。
その瞬間湧き出した、彼女たち一人一人の奥底からの凄まじい魔力。
光は炎に包まれ、海は水に一体化し、風は湧き上がる風と歌になる。
その凄まじい魔力に、瓜生は呆然とした。自分とは比較にならない、勇者、神々の領域の魔力だ。見るだけで目が潰れそうなほどに。
魔法を軽々しく使おうとして殴られた海に、瓜生は苦笑する。自分も魔法を覚えたころ、似たような目にあった。その頃の仲間たち、自分を厳しく鍛えてくれた老魔法使いのことを、懐かしく思い出す。
「『魔法』の使用方法を教えていただけますか」と風が魔導師に聞く。「せっかくいただけたんですもの、正しい使用方法で……」
「その前に。最初に一つ、選択してくれるか」瓜生が三人に話しかける。
「な、何を?」光がまっすぐに見つめてくる。その目に一瞬気おされたが、気を取り直す。
「小さい子供のように保護されてあらゆる行動を監視され命令されるか、それとも自分で選んで行動するか、だ。君たちの年齢は、微妙だからね」
「ば、バカいわないでよ!なんであんたなんかの言うとおりに、保護なんかされなきゃいけないのよ!」海がわめいた。
「兄様と、同じ眼だ」光が目を閉じ、真剣に考える。
「そのほうが楽なのは確かですね。ですが、わたくしは自分の意思で歩みたいのです」風は即座に迷わず告げる。
「結果を、引き受けるか?」瓜生の言葉に、光が強くうなずき、
「うん!」と小さめの声で叫んだ。
「もちろんよ」海が同調し、光の肩に手をかけて瓜生をにらむ。
「なら、君たちが無事に旅ができるよう最善を尽くす」瓜生が厳しい目で言う。「だが、虐殺・拷問・強姦はお断りだし、おれの視界内でやったら、誰であろうが殺す」
「ば、バカ言わないでよ、なんでそんなこと」海がわめく。
瓜生は風に軽く言った、「世界の少年兵の推定数は?」
風が目を見張り、うなずいて海と光に話す。
「私たちが『東京』を出発した時点で、アフリカ・中南米・中東など政情不安定な国々を中心に、何十万人もの十五歳以下、六歳ぐらいすら含む子供たちも武装集団にさらわれ、戦わされているんです」
「そんな、そんなひどいことって!」光が叫んだ。
「それが、おれたちの世界の現実だ。そして人間の本性だ」瓜生が言い捨てた。
「違うわ!そんなの、別の世界の」海が怒鳴るが、
「同じ人間、同じ時、同じ地球上だ。交配可能な、同じ種の動物だ」瓜生は吐き捨て、一歩引いた。
「人間の本性の、一面です」風が言うのに、瓜生は眉を哀しくひそめながらうなずく。
「そなた名前は」と、魔導師が光に目を向け、魔法の使い方を教えた。
その直後、森の向こうが騒ぐ。
瓜生が延ばした糸のような魔力にも強い敵意が触れ、彼は素早く森に滑り込み、イオラで牽制しつつカールグスタフ無反動砲を発射する。反撃にと稲妻の魔力が凝縮するのを感じ、寸前にマホカンタで弾き返す。別のどこかに稲妻が着弾した手ごたえはあった。
「なんだと?ザガートの手の者が?」魔導師が叫び、別の精獣を招喚した。
広い翼をもつグリフォン。これまた凄まじい魔力だ。
「早く乗れ!!」と、三人を送り出す魔導師。瓜生はそれを聞きつつ、マヌーサを唱え81mm迫撃砲を連射し、何食わぬ顔で一度戻った。あちこちで巨大な爆音が上がる。
「貴方はどうするんだ!!」
「ここに残る」魔導師の言葉に、光が絶叫した。
最後に、「まだ名前を聞いていない!!」と叫ぶ。
「クレフだ。導師クレフ。おまえたちを導き、『魔法騎士』となるべく見守るのがエメロード姫との約束」
「クレフ!!私もいっしょに戦う!」と叫ぶ光に、瓜生は苦笑した。
「どうやってだ?魔法の使い方も習ったばかり、武器も持たないのに」これだから若さは、と瓜生はクレフと顔を見合わせる。
「心配ない。いいからいけ」クレフが笑顔で見送る。
飛び立つグリフォンに、クレフが叫ぶ。「西へ行け!!西の『沈黙の森』にプレセアがいる。そこで武器とモコナを……!!」
風に、叫び声が薄れる。「それから、伝説の鉱物エスクードを採りに、伝説の泉エテルナへ!絶対にモコナを敵に渡すな……」
もう聞こえない、とわかったように、瓜生を振り返った。
「そなたは……」
「異界にしょっちゅう旅している者だ。一応少し魔法も使える。彼女たちが、間違った虐殺などをしないように来た」
「そうか。なら、そなたも彼女たちを助けてくれ。先払いの報酬だ、使う時に使ってくれ……」
クレフの指が瓜生にかざされる。集中した彼に、今までは想像もしていなかった魔法の使い方が見えてくる。
「竜や、周囲の人や敵にも変身できるのなら、それを少し応用すれば、特にここセフィーロならば『守りたい』という心が充分に強ければできるだろう。そなたは、神々と接して尽きぬものも得ているのだから」
「ありがとう。レムオル、トベルーラ」
自らの姿を消し、重力の方向を制御して宙に飛び立つ。空気抵抗を切り開きながらグリフォンに追いつく。
バレットの高倍率スコープで見る彼方では、一角獣に乗る女性がクレフと言い争い、巨大な獣を招喚して襲わせて自らは光たちのグリフォンを追った。
クレフは簡単にその魔物を倒すと、そのまま瞑想を始めたようだ。
「あの程度の敵に破れるようでは、というわけか。まったく……」瓜生は姿を消したまま、グリフォンと女魔法使いの中間に位置する。
「氷槍投射!」
呪文とともに放たれる光の槍の嵐。グリフォンに直撃する弾だけを、瓜生は姿を消したまま魔力で相殺した。
「戻ろう!クレフの所へ!」光が叫ぶ。
(まったく、クレフの実力がわからないとはな)瓜生は苦笑しながら、バレットM82のスコープに女魔法使いをとらえ、静かに呪文を唱え続ける。もし食らっても致命傷を免れるよう、彼女たち一人一人の魔法防御力を高めておく。
「戻ってはいけませんわ」風が静かにクレフの心を慮り、光を励ます。
見えているのか、素早い動きで瓜生をかわした一角獣が、グリフォンの前に立ちはだかり、女魔法使いが魔力を集中させる。
バレットのトリガーに指をかけた瓜生だが、光の体から凄まじい魔力を感じ、別の呪文を唱え始める……魔法が失敗したとき、また別の敵が攻撃したとき守れるように。
立ち上がった光が指を振るう、瞬間強力な炎の矢が数十本、女魔法使いを襲う。
直撃は魔法防御で弾かれたようだが、バランスを崩して落下、そのまま逃げた。
主を失った一角獣はふっと消えうせる。
光を抱きとめた海が喜んでいたが、瓜生は胸を痛めていた。
幸い、あれで死ぬような相手ではなかったからいいが、下手をしたら光は、人を殺していたかもしれないのだ。
(メラミやテルミット弾に匹敵する千度級の炎を、一度に二十発以上。空爆用焼夷弾と同じかそれ以上だ。満員のコンサート会場やラッシュ時の駅でぶっ放せば万に及ぶ人が死ぬ火力だぞ……)
瓜生が、人間の魔法使いが使える最大呪文メラゾーマの三倍以上の総熱量。悪用を許したらとんでもないことになる。
その瞬間、見えない彼方から飛んでくる魔力を帯びた矢を、瓜生がかけていた風の守りが弾いた。バレットのスコープで地上を探るが、もう放った相手の気配はない。