瓜生がリリルーラに呼ばれ、出現したのは広い神殿の空間だった。
「大丈夫か」と呼ぶ間もない。光と風が、巨大な燃える魔物に襲われている。そして瓜生のデイパックに、モコナが飛び込んで中からジッパーを閉めた。
「水、水の呪文を!」風の叫びに応じ、ほんの一瞬の判断、瓜生の手が複雑に舞う。
ヒャダインの呪文を構成し、さらに集中して解き放つ。本来なら広範囲に飛び散る、周囲の空気すら液化させるほど低温の氷刃が、一点に集中した。槍は虚空を飛びぬけて近くの滝に突き刺さり、一瞬で膨大な水を凍結させる。
「惜しい、やられる前に消しちゃったよ」
目の前にいた、目を隠した少年の魔法使いが一歩飛び下がる。
「魔法騎士のお姉ちゃんたちには、変なお兄ちゃんが一緒にいるって話だけど」
「彼女たちを攻撃するなら、殺す」瓜生が容赦なく銃を構え、ベホマラー・スクルト・ピオリムと呪文を続ける。
少年がにっこり笑うとともに、柱の影から刃が、そして天井から魔力の衝撃波が、同時に瓜生を襲う。
肩を切り裂かれ、激しい衝撃を受けて吹き飛ばされた瓜生は手に両手剣を出すと、瞬時に消えてかなり離れた柱の影に出現した。
ベホマを唱える間もなく、二刀流の剣士が切りかかってくる。背後から、その剣士には当たらないように、生き物のように重い鎖が銃弾並みの高速で襲う。
「魔法と剣、同時か」傷の痛みを振り捨て、両手剣を振り下ろす、剣士は切れぬもののない刃の鎬を鮮やかに打ち、懐にとびこんで脇腹を突き刺す、と思った瞬間瓜生の姿は消えている。
また別のところに出現し、サイガブルパップを構えて発砲。剣士が何かに押しつぶされるように転んだ、その背後の石柱が粉砕され消し飛んだ。普通のスラッグではありえない破壊力。
「ベホマ」一瞬の隙に完全回復の魔力を自らにかける。
「剣と魔法を同時に使える魔法剣士は、セフィーロひろしといえど神官・ザガート様の弟御、先の親衛隊長ランティスのみ。だが、剣闘士の」「魔導師のわたしたちが組めば、同じように」
「口上を聞くつもりはない。あの三人を攻撃するなら殺す、手を止めてくれるなら話し合う、それだけだ」
瓜生が、二人を見る。地味な、同じ服装、同じ身長。男か女かもわからない、顔を布で覆っているから。
「そうですね。なら、わたしたちは」
「全力で殺すだけだ!」
剣士が風の呪文に乗って、いや自らを風に変え閃光のように斬りこんでくる。
瓜生はそれに散弾を数発撃ち、魔法防御されたと知り自らを地に投げ、致命的な一撃はかわした。
起き上がる瓜生を襲う、X字に斬りこまれる双剣。受けた両手剣が、二本の剣の一方を根元、もう一方は半分ほど斬り飛ばす。半分の剣が反転し、真上から頭を狙うが、その剣跡に瓜生の姿はない。
次々と、短距離の瞬間移動を重ね距離をとり、数歩走って、また瞬間移動で岩をも貫く闇の投槍をかわす。倒れた柱の影に一瞬隠れ、それから神殿の隅へ。
かすかに、少年が招喚する魔物に圧倒されている光や風の姿は見えるが、それどころではない。
「追い詰めた」魔法使いのほうが、呪文を唱え始める。
剣士が走り寄る。その手の双剣は再生していた。
瓜生が地に伏せる。目の前に、ミニガンが出現する。
同時にマホカンタを唱え、その体が一瞬輝き目の前に目に見えない盾が生じ、早いタイミングで飛んできた火球を跳ね返す。
ブウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウン
独特の、唸り声のように連続された銃声。
剣士と魔法使いの全身に、7.62mm×51NATO弾が突き刺さる、と見えて防御呪文で銃弾がそらされ、魔法の煙に視界がふさがれる。
「挽肉だろう」叫ぶ瓜生の口に刃が深々と突き刺さり、次の横閃に首がはね飛び、血の噴水が吹き上がる。
「風は誰にも防げない」剣士が血振りをし、そのまま魔法使いと合流して、巨大な魔物たちと戦う海を襲いに駆ける。
「魔法騎士、わたしたちが」「斬る!」
二人が、倒れた柱のせいで狭くなっているところを走りぬけた瞬間、強烈な爆発が起きた。
クレイモア地雷。多数の鋼球が、二人を貫く。
「マヌーサ、すべて幻だ」生きていた瓜生がもういちど呪文を唱え、二人とも頭をショットガンで吹き飛ばした。
名乗りもしなかった剣士と魔法使い……ヴェルファイアとノアの姉弟が最期に見たのは、魔法騎士の三人を倒して復命する自分たち、ザガートの笑顔だった。
それを振り返ることもなく海を援護する。影から何度か、ショットガンについているフラッシュライトで魔物の目をくらませて隙を作り、海がアスコットを捕らえるのを助けた。
あとは海がアスコットと話し、瓜生は警戒しつつ口も手も出さなかった。
海がアスコットを説得した言葉。「なら胸を張ってなさい」……強すぎるほどの、凛冽とした強さ。
(世間、歴史という魔物の前に、その強さがどこまで通じるか。自分の無力に崩れ落ちるか、それとも親友に裏切られ、家族が破滅し拷問に肉体を砕かれても貫けるか……知らないのだろう、拷問の下で、歴史の流れの中でどれほど人間が脆いか。知らずじまいですめばいいんだが。本当の強さかどうか、試されないでくれ)ただ、祈るほかはない。
また、瓜生には「ザガートの手下になって悪いことさせたら」という言葉が少し引っかかった。
(おれは、誰が悪なのか判断していないんだが……海は、この子たちは自分が正義でザガートが悪だ、と確信しているんだ)恐怖に身を震わせる。(ひとつ間違えばヴァンデやアルビジョワ、女子供を虐殺することにも慣れてしまうだろう)
突然、少女たちの鎧や剣が変化する。巨大な竜が姿を失って巨大な人型と化し、海を認める言葉を告げて海の鎧飾りに消え……そこに吹き上がる、神々が動く魔力の凄まじさには瓜生は呆然とするほかなかった。
(こんな力、神の力、人が手にして大丈夫なのか?だから、心の強さを示せ、か。だが人間の心の強さで、神を操ることなどできるのか……)
「先に行っていてくれ。アスコットをクレフに保護してもらう。また役に立てないかもしれないが、何かあったらリリルーラで呼んでくれ」
瓜生はそう言って、三人を先に送り出した。
「ちらっと、見たわ。すごく強そうな誰かと、戦ってるの」海が申しわけなさそうに告げる。
「助けたかったんだがな」瓜生もすまなそうに言って、三人とモコナを送り出す。
三人の乗る、翼ある奇妙な乗り物が深海の水に消え、急速に上昇する。
「さて、と」
見えなくなった時点で、手に出現したバレットM82が巨弾を放ち、膨大な砲口炎が神殿の空気を揺るがす。
「お、見ていたんだ」
そこには、年齢も性別も不詳な、顔を覆った誰かがいた。
「アスコットを殺しに来たか」
瓜生が静かに告げる。アスコットがショックに目を見開いた。
「あの女魔法使い、彼女もザガートは殺したんだろう?敵に膝を屈した君を許すはずはない」瓜生がアスコットに告げる。
「それに、キミとも遊んでみたかったんだ。さんざん、ボクが操った魔物たちを叩き潰してくれたよね」
「……『ファーレン』からきた、魔物操りのアバンテか!魔物たちを道具のように使い捨てる」アスコットが、憎しみと嫌悪に満ちて叫ぶ。
その、顔を覆ったアバンテの口調が、それ以上に冷たい憎悪と嫌悪に満ちる。
「そうさ、魔物を友だちだなんていう偽善者のアスコット……二人とも死ねえっ!」
その手が複雑に舞うと、膨大な海水を隔てる結界から、無数の半水半陸の魔物たちが飛びこむ。
「くそおっ、魔物にだって、心があるのに!友だちなのに」アスコットが怒る。
「後方噴射危険域から離れろ!操られていようがいまいが、おれを攻撃する者は殺す!」瓜生がカール・グスタフをぶっぱなし、さっき使ったミニガンを一連射して魔物の前線を挽肉にすると、両手剣を構えて瞬時に消えた。
アバンテの真後ろから、一気に突くが、その鎬を持ち主のいない、人間用の十倍はある巨大な剣が弾き飛ばした。その剣の背後に、外から膨大な水が流れこみ、高圧で押し固められて青黒い、常人の三倍はある巨人の姿になる。
「ザガート様が造ってくれた、水鉄魔のエクシーガ。ボクの道具さ……さあ、殺せ!」
ミニガンが簡単に叩き潰され、床石も深く割られる。回避した瓜生の手からバレットM82の巨弾が二発巨体にぶちこまれるが、着弾した周囲から水しぶきが上がるだけで本体にダメージはない。アバンテを狙っても、素早い動きで盾になる。
「無駄さ。莫大な水を圧縮した魔物なんだ、ちょっとやそっとの攻撃なんて効くはずがないよ」
蔑笑とともに、凄まじい勢いで剣が打ちおろされ、神殿を破壊していく。
持ち替えた、魔力のかかったブルパップショットガンから白い光の渦が走り、それは人型をした塊を容赦なく食い破るが、射程の短さで本体には届かない。
だがそれで隙は作り、どうしていいかわからず怯えていたアスコットの隣に瓜生が並んだ。
「二人まとめて、死ぬんだね」
アバンテの笑みと同時に、巨人が剣を振りかぶる。
「アスコット、この強さで火炎呪文」瓜生が丁寧に、炎を浮かべて消す。
「え」
「招喚があれだけできるなら、普通の魔法も少しぐらいは使えるはずだ。やってくれ、制御はおれがやる」
怯えながら、アスコットの掲げた手から五芒星印が浮かび、炎に変わる。
瓜生はそれを見て、逆五芒星円に冷気を吹き上げさせる。
「あ、ああ」要求される、微妙な調整にアスコットが怯えた。
「君を叱ってくれた海を守りたいか、そして友だちの居場所を作りたいか?なら力を制御しろ!戦うんだ」瓜生が厳しく言いながら、魔力を制御する。
きわめて複雑な、舞い踊る糸をからめ、虚無を描く華麗な織物に編み変えていく。
二つの五芒星が重なり十の槍先が突き出る図形、「メドローア」呪文の完成とともに目の前から巨剣を振り下ろす巨人が、光の渦に消えうせた。
すぐさま瓜生が手にしたAK-103を一連射。右肩からへそまで円筒形にえぐられ、蜂の巣になったアバンテは、まだ歪んだ笑みを浮かべている。
「そんなのが効くとでも」
嘲笑に満ちた声、襲いかかる魔物たち。
だが魔物の一体が、別の魔物に切り裂かれて絶叫を上げ、操られていた魔物たちが突然呆然と動きを失う。アバンテと思われていた人が、突然球体関節の人形に戻る。
「魔物の言葉がわかるのは、ぼくもなんだよ。誰が操り手かぐらいは、ちゃんと聞けば教えてくれる」アスコットが、戻ってきた魔物の頭を優しくなでている。
切り裂かれた魔物から人間の姿に戻ったアバンテに銃弾が注がれるが、再び膨大な海水が集まって銃弾を吸収する。
それが再び巨人の姿となり、今度は自らがそれに飲みこまれるように、一体化した。
他にも、同じような巨人が数体襲いかかって来る。
「ひ弱な人間ごときが」
瓜生が一歩横に出ると、「この手だけは使いたくなかったんだが」とぼやき、呪文を唱える。
「人間の魔法で、このザガート様が創ったエクシーガと一体化した」
叫びが凍りつく。瓜生の姿が変わっていた。
おぞましさを通り越した、魂の底から冷え切る邪悪。闇と絶望の王。
モシャス。倒し喰らった大魔王の魂と姿。
その手が上がり、振り下ろされると、巨人たちが一瞬で崩れる。あらゆる魔法を解除する凍てつく波動。解放された、莫大な水……それがすべてを飲みつくそうとしたのを、吐かれた液化大気の嵐がことごとく凍りつかせる。
アバンテの本体を呑み込んだ巨人の跳び蹴りを片手で受け止め、何万トンもの重さに足元の床石が砕けるのも苦にせず力で押し返す。恐怖に絶叫しながら振り下ろされる拳を柔らかくそらし、相手の力をそのまま利用して懐に。そのままゆっくりと、全身が優雅な螺旋を描く。
人間の姿から繰り出す、最も真・善・美の動き。その手が触れた瞬間、冷たい輝きとともに巨人とアバンテは姿を失い、跡形もなく消えうせた。
すぐさま元の姿に戻った瓜生は激しく息をつき、地面に体を投げ出して震え上がった。危なく、そのまま身体と魂を食い尽くされ、大魔王をこの世界に呼び出し蘇らせすべてを滅ぼしていたところだ。
結界に守られ震えているアスコットの腕を取ると、リレミトを唱えて地上へ戻った。
待っていたクレフに、アスコットを引き渡す。
「彼を保護してくれ。海と彼が約束している」
「わかった」クレフはただ一言、そして瓜生の魔力と疲労を奇妙な魔法で、一時的に回復させた。
「この呪文は考えもしなかったな」瓜生は即座に身を消した。
瓜生が海にリリルーラで呼び出されたのは、奇妙な乗り物から風がかききえた直後だった。
「ややこしい魔法を使わせるわね」海は怒っていた。
瓜生は出現した瞬間、乗り物の床が抜けるように落下する。
光が「落ちる!」と叫んだが、そのままトベルーラを唱えて浮上し、すぐそばを飛ぶ。
「だ、大丈夫なの?」海が叫んだ。
「ああ、おれは魔法騎士じゃないから乗れないんだろ」瓜生はそのまま飛び続ける。
「風ちゃんが、何かに呼ばれたようにいなくなったんだ」光が、かなり強い危機感で聞く。
「そこの、神殿の主に呼ばれたんだろう」神殿を見るだけで、とんでもない力はわかる。
「アスコットは?」海が聞いてきた。
「導師クレフに預けた」それだけ答える。
「だいじょうぶ?もしかして強いのと戦ったのか?」光が聞いたのに、瓜生は答えなかった。
「さっきも、かなり強いのと戦ってたわよね」海にも答えない。
「ちょっと、ちゃんと答えなさいよ!」
「さっきはたいしたもんだったよ、あれほどの魔物を使う存在に、堂々と」瓜生が海に微笑みかけ、彼女は照れたように、怒って顔を背けた。