「すっごい光だったわね、ね、光」東京タワーの展望室で、光のクラスメートが振り向いた。
そこでは、三人の少女が抱き合い、激しく涙を流し……
「こんなのって、こんなのってないよー!!」と、絶叫していた。
展望室の隅で、汚れた服の青年が立っていられず崩れ落ち、三人を見ていた。
(生きて、帰ってきてくれたか。よかった、それだけでも)
それだけ確認し、そのままウィスキーの瓶を出すと服に振り、一口飲む。口にして体が熱くなり、直後傷ついた内臓が激痛を発し、声もなく瓶も落とす。
誰も見ない。どこにでもいる、壊れた酔っ払い。
(何も、できなかった。深く、深く傷ついたろう。人殺し、なんだ、でも正当防衛だ、虐殺も拷問もしてない)
瓜生は体を動かそうとして、その凄まじい痛みで心の痛みをごまかした。
不可視の魔衣に合成された力の盾が、繰り返し瓜生の体を癒す。それでも、深い傷は容易には癒えない。
魔力の桁外れの使いすぎ、肉体の酷使、凄まじい睡眠不足が体を苛む。大魔王にすら変身した無理な呪文の連発は、根底から魂を蝕んでいる。核兵器の連続使用で、かなりの放射線障害も負っている。
力の盾でも、その傷を癒しきるのは時間がかかる。
抱き合って泣き崩れていた三人の少女が、同時に瓜生の姿を目にした。
駆け寄ろうとする三人を、手で制する。
(きちゃ、いけない。おれの年齢の男が、きみたちと無闇に接することは、許されない)魔力を振り絞り、かすれたささやき声を彼女たちの耳だけに届ける。
(行くんだ。すまない……生きて帰ってきた、それ、だけで、充分)
それだけ言って、激痛に意識を失い崩れ落ちる。
海が、衝撃に目を見開き、また泣き崩れるのを光が必死で支える。
「今は、存分に泣いてください」風の言葉に、光が風の肩に顔をすりつけながら激しく泣き続ける。
酔っ払いの男は、いつの間にか消えていた。
彼女たちのポケットに、小さなメモが残っていた。
《守りきれず申し訳ない。君たちは正当防衛しかしていない、罪は犯していない》それに、瓜生のフルネームと電話番号。
三人はそのまま教師たちに助けられ、別れることになった。
その夜、瓜生の下宿に電話があった。
「あ、あの」
「海さん」瓜生が寝転んでもがきながら、答えた。
「はい。瓜生さん、ですね」
「申し訳なかった。守りきれなかった」
「ごめんなさ」
「謝らなくていい。今はとても傷ついているだろう、無理にでも食べて、熱い風呂に入って、ゆっくり休め。それから運動して、何日かしたらゆっくり全部思い出すんだ」
瓜生が優しく言うのに、海が泣き崩れるのが電話越しに伝わる。
「今から行くよ。他の二人のところにも」
というと、長大な両手剣を刃に触れぬ鞘に納め、布で包み外に出、虚空に消えた。三人の住所は、もう電話帳などで調べが済んでいた。
家から出て、瓜生の胸に飛び込もうとした海の肩を押さえて止める。そして触れたまま、道場をしている光の家へ。海が呼び鈴を鳴らして光を呼び、すぐに二人で風のところに急行した。
「必要なら、この部屋の支払いをしてある。ルームサービスも取り放題でいい」と、風の家の近くのホテルのキーを渡す。
「何から、何まで、何で、返せば」風が泣く。
「何もいらない。君たちが虐殺をせず生きて帰っただけで、充分だ……人殺しをしないで済んでいれば、怪我がなければ、もっとよかったんだが」瓜生はそれだけ言って、消えた。
それから。
三人、何度も東京タワーに集まっては話していた。
瓜生は、ほとんど三人とは関わらなかった。三人も、あまり瓜生には連絡しなかった。
瓜生がまた東京タワーから、強大な魔力を感じる。
東京タワーに急行はしたが、『セフィーロ』に立ち入ることを許されない呪いをかけられていた瓜生は、何もできずただやきもきするだけだった。
時の止まった彼の目の前で光とイーグルが戦っていたのも、光もそれどころでなく気づかなかったし、瓜生は他の皆と同じく時間ごと凍りついていた。
今度は満面の笑顔の三人が戻り、瓜生に飛びついてきた。瓜生は慌てて、周囲の人間の記憶を混乱させ、近くの公園にルーラで消える。
「今回はやった、やったよ。今度こそ、助けられた」光が嬉し涙を流す。
「『柱』制度を廃止できました、光さんの決意で」風が抑えた姿で、喜びに輝く。
「誰も殺さずに、各国の侵略を止めることができたの。病気で動けなくなっちゃった人はいるけど、でも生きてる。みんな、仲良くなれた」海が泣きじゃくり、座りこむ。
「それも、海ちゃんと風ちゃんの、イーグルやランティスの、みんなの」光が泣きじゃくる。
「じゃ、祝杯だな」と、瓜生がグラスを四つ出した。
風もためらいなしにグラスを手にする。
「乾杯!」軽く四人グラスを打ち合わせ、深くため息をついた。
瓜生にとっては、これがやっと、あの戦いの一区切りだ。つい、瓜生の体が震え、涙がこぼれる。
「あ」
「いいわよ。泣いても」海が涙をぬぐい、微笑む。
「泣いてください。瓜生さん、あなたもどれほど、平気なふりをしながら罪悪感を抱えてきたか。もうわかっているんです、あなたがどれほどわたしたちを助けてくださり、後悔もしてきたか」風が手を広げる。
「ザガートの、弟のランティスに会った。それで、実感した、私はザガートを、人を殺したんだ、って。ランティスは許してくれたけど」光が瓜生の腕に手をかける。
「生きた人ではなく、ゲームのキャラと思って」海が歯を食いしばる。
「正当防衛だ」瓜生が強く言い、光の手を握る。
「瓜生、何人も、人だと分かっていながら人を殺した、私たちを守るために。正当防衛、でも辛い」光の顔が涙に崩れる。
「う……」静かに、瓜生の目から涙が流れ、呼吸が嗚咽に変わる。
必死で、グラスにブランデーを注いで干そうとするが、その手を風が抑え、涙をハンカチでぬぐう。
海が背をなでる。
瓜生は、静かに泣き続けていた。
「今は、戻ってからだが魔法は使えるようだな」泣きやんだ瓜生が、三人に聞く。三人ともうなずいた。
「大変だな。目に見えない大砲を背負っているのと同じ、いつでも何千人も殺せるんだぞ」瓜生があらためて、厳しい目で見た。
三人とも目を見合わせ、うなずく。
「もうわかってる。だから、今度こそ『仲間』になってほしい。間違って虐殺をしようとしていたら、いつでも殺していいから」光が瓜生の目を見つめる。
「あのときの私たちは、あなたの『仲間』になる資格などなかったのはわかります。ですが、今は違う、と思います」風が微笑む。
「いやでも、『仲間』だって思ってるわよ」と、海。
「何かあったら、いつでも相談してくれ。もしおれが間違えたら、止めてくれ。『スパイダーマン』は知っているだろうけど、詳しく読んだり見たりしたことはないだろ?力がある人は、それを使えば思ってもみなかったひどいことになるかもしれず、使わないことも一つの決断で、その結果も読めないし無責任……おれは、間違いの経験だけは多いんだ」
「では、昔の話を聞かせてください。どんな冒険をしてきたか」風が目を輝かせる。
「今回、どうだったか教えてくれたらな」瓜生が三人に聞く。
「うん。あのね、行ってみたら、『セフィーロ』は荒れ果ててた。一面の、岩だらけで真っ暗で、真ん中に大きな城ができていて……」
「そこに、あのフューラがまた飛んできて助けてくれたの。それで」
「荒れ果てた中、美しい城だけが輝いていました。そこに……」
光が、海が、風が異界の冒険を、夢中で語る。
口にできない経験を共にした、瓜生の能力や異界の存在を知り、実戦と『現実』に心を磨き上げられ、神レベルの魔法も使える『仲間』。
それが瓜生のこれからに、地球人類の未来にどう関わるかは、全知に触れた賢者である彼にも予想できない。
ただ、新しく名づけられる、悲しい神話を帯びた世界の物語を聞き、自分の経験談も語りながら、極上のヴィンテージワインを少しずつすすり、明日の朝からはまた学生の生活に戻る。次の冒険を待ちながら……
「じゃ、ランティスをこっちに呼んでやるか。光の兄さんたちが、勝負したがってるんじゃないか?」瓜生の言葉に海と風が笑い転げ、光がきょとんとして、それを見て瓜生も笑い転げた。
(了)
戦争の心理学では、殺せるようにするため相手を人間ではない、ゴキブリとみなすようにします。あるいは射撃の的に。
そうすれば何の罪悪感もなく、女子供の虐殺も含め殺せるようになります。
しかしそうすると、相手を軽蔑し自分たちはうぬぼれる。無用な残虐性にもなるし、特に上が相手を軽蔑しうぬぼれたらひどい作戦をやらかす。
銀英伝のヤンや、エンダーはそれがない…相手が人間でも人間でなくても深く理解し、尊重し、愛し、同時にで相手の行動を読み切り操り殺す…戦争の名人ではあるが、だからこそ戦ったのちの傷はより深い。
瓜生も最初は相手をゴキブリ扱いして簡単に殺していた、それで自殺すれすれの自責を経験し、それ以降は敵を殺すときにも非人間化はしないことにしています。
だからこそどの戦いでも、人を殺すたびに深く傷ついている…
かなり昔の作品をなんとなくアップしました。読んでくださった方、ありがとうございました。