というわけで、大変長らくおまたせ致しました!
桜並木のアルカディア後編なのです!
それにしてもこの3週間はいろいろありましたね!
アイアンサーガが二周年を迎えたり(おめでとう!)
桐生コ……じゃない、ゆみちゃんが誕生日を迎えたり(おめでとう!)
マジンガーZのコラボが始まったり(おめでとう!)
これ以上はムジナが「おめでとうbot」になってしまうので省略します。
それでは、続きをどうぞ……
15時間前ー基地ー
暗闇に包まれた格納庫内部
「はい、ムジナです」
「……はい。予定通り、神皇様の護衛に我が軍の空中戦艦を用意しました。即応チームも艦内に配置済みです……事案が発生次第、2分以内にチームの派遣が可能です」
「ええ……ご希望通り、空中戦艦には最新鋭のステルスシステムを導入しています。はい、そちらの景観を壊すことはありません。安心して花見をお楽しみくださいませ」
「しかし、考えましたな。普段、立ち入ることのできないお花見スポットでも、神皇様の権限があれば入ることができると……」
「そうですね、積もる話もあるでしょうし、場所が場所だけにプライベートな話をするにはとても良い考えかと」
「それでは指揮官様、また……」
最後にそう告げて、タヌキの格好をしたそれは通信を終えた。真っ暗闇の中で小さくため息を吐くと、持っていた通信機を毛皮の中に押し込んで収納した。
「えーっと、これで神皇様と合流することになるから……次回では指揮官様とのデートを描いてと。あとは、まだ出てきていない光子に蒼士とカルマ、そして嵐を適当に出して……」
続いてタヌキは毛皮の中から表に『桜並木のアルカディア:出席者名簿』の文字が記載された一冊のノートを取り出すと、パラパラとめくっては乱雑に書かれた文字を眺めていく
「看板娘のエルとフルは出した、高橋兄妹もオッケー。A.C.E.学園組と高橋工業のメンバーもひととおり出演済み……と、はい! 我ながら完璧なストーリー構成なのです!」
そうして額に流れる汗を拭い、とても満足気な表情を浮かべるとパタリとノートを閉じた。
そう、このどこにでもいる至って普通のタヌキこそ、本作の作者なのであった。(故に冒頭の陰謀に満ちた場面も、ただの格好付けなので特に意味はない)
因みに、好きなものは「努力」と「逆境への挑戦」「ASMR」、嫌いなものは「なろう系」と「イキリクソガキ」「ハゲメガネ」である。
「ふぅ……あとは、指揮官様次第なのです」
ため息と共にそんな独り言を発した直後だった
「みぃ〜つけたぁ♪」
突然、冷気を帯びた声が格納庫に響き渡った。
「はっ!?」
北海の流氷を思わせるそのあまりの冷たさに、タヌキの全身を覆い尽くす厚い体毛が一斉に逆立ち、彼は思わずゾクリと体を震わせた。
「ふふふふふふふふふふふふ……」
怨みのこもった、うっすらとした笑い声が響き渡る。
「だ……だれなのです!?」
タヌキはキョロキョロと格納庫中を見まわした。すると、ある一箇所に……なにやらぼんやりと、青白い光が浮かんでいる。
青白い人影の正体は人の影だった。
少女だろうか……小柄で、長い髪、赤い瞳。そして赤と白のコントラストが特徴的なセーターらしきものを着ている。
一見すればただの少女にも見えるのだが、しかし少女の周囲には得体の知れない未知のエネルギーが束になって取り巻いていた。そして少女の放つアトモスフィアは、決して人が放ってはいけないほどに強い殺意が込められていた。
次の瞬間、少女の小さな唇が動いた。
「私と、指揮官様の邪魔をする害虫……」
少女の瞳孔が開かれる。
みぃ つ け たぁあああああああ!!!!!
「ひいいいいいいいいっっっ!?」
タヌキは二足歩行形態から四足歩行形態にトランスフォーム(世界初の可変式BM)してその場から逃走を図るも……
「ぐえっ!?」
少女の周囲を取り巻いていた未知のエネルギーがタヌキの首を絞め上げ、その逃走を阻んだ。
ニ ガ サ ナ イ
次の瞬間、タヌキの体は宙を舞い……そして虚しく格納庫の内壁へと叩きつけられた。何度も、何度も、まるで全身の毛が全て抜け落ちるまでと言わんばかりに、少女はタヌキへの虐待を続ける。
べちゃ……
まるでボロ雑巾をコンクリートの壁に思いっきり強く叩きつけた時のような音が響いた。
「指揮官様……今、逢いに逝きます」
ピクリとも動かなくなったタヌキの体を未知の力で引きずるようにして、少女は格納庫を後にした。
機動戦隊アイアンサーガ
非公式季節イベント『桜並木のアルカディア』(後編)
そして時は巡り巡りて、桜海道3丁目
「あー……疲れた……」
佐伯はぐったりとした様子でベンチの上に横になっていた。青空を見上げるように仰向けの状態で、目元に腕を置いてアイマスク代わりにしている。
その口からはため息にも似た呼吸が漏れ出ていた。
指揮官が抜けた後も遥の隠れんぼにずっと付き合い続けていた佐伯は終わりないフリーランニングと度重なるツッコミの結果、遥の気が済んだ頃にはすっかり精魂尽き果ててしまっていた。
「お互い、子守で忙しそうね」
「ん?」
その声に反応した佐伯が目元から腕を退けると、そこには長い黒髪の少女……五十嵐命美の姿があった。
「座るか? いま退こう」
「お構いなく、そのままでもいいわ」
命美がそう言っているのを聞きつつも、佐伯は素早くベンチの上で上体を起こした。弱っている様子を見られるのが少し恥ずかしかったのだろう。
「それで子守? ああ、遥のことか」
「疲れた?」
「……少しだけな」
佐伯は大きな欠伸を一つして続ける。
「遥は……まだ精神年齢的にも幼いところがあるから、少し目を離した隙に何をしでかすか分からないし。それに、好奇心も旺盛だかどこか危ないところへ行ってしまわないか心配でな」
「ああ、その気持ちはよく分かるわ。クルスもさっきは桜の木から降りれなくなってえんえん泣いてたし……子守っていうのは目が離せないわよね」
「まあ、遥の場合は生まれが生まれだけあって普通の人間とは違うからな。あいつのことを悪事に利用しようとしたり、欲しがっている奴もいる。いざって時にはオレが護ってあげないといけない、だから……まあ、疲れるわけだ」
「だからって気負い過ぎるのも良くないと思うけど?」
「分かってるさ」
そこで佐伯はいつのまにか自分が両手で握りこぶしを作っていることに気づいた。命美の指摘を受け、佐伯は体から力を抜く。
「大丈夫よ。あなたが遥を守る以前に、私たちの身の安全は指揮官が保証してくれているわ。特に、この場所にいる限りはね」
そう言って命美は周囲の桜を見まわした。
「なあ、命美」
「何かしら?」
「オレさ、たまに思うことがあるんだ……オレはどうしてここに居て、何でこんなことやってるんだろうなって」
「なぁに? 哲学かしら?」
「いや、違う。至って普通の学生だったオレが、こうして世界最強とまで呼ばれた傭兵集団の中に入ってる……これって、はっきり言って普通じゃないよな」
「それはここにいる皆んな同じね」
命美の言葉に、佐伯はため息を吐いた。、
「全く……オレはただ、平凡な学校生活を送りたかっただけなのに、どうしてこんなことになっちまったんだろうなぁ」
佐伯はそこでチラリと遠くに目をやった。
そこでは遥とクルスが楽しそうに追いかけっこをしていた。
「子守だってオレのキャラじゃないし……やれやれ」
「でも、嫌ではないんでしょ?」
「え?」
「遥ちゃんと一緒にいられるのも、指揮官の隣で戦えるのも……嫌では、ないでしょう?」
「それは……まあ、な」
命美へと振り返った佐伯は少しだけ考えるそぶりを見せた後、小さく頷いた。佐伯のそんな様子を見て、命美はクスリと笑った。
「青春してるわね」
「オレは色恋にうつつを抜かしてなんかは……」
「あら?青春って言っても恋愛をしていることだけが青春という訳ではないわよ? 学業に友情、目まぐるしく移り変わる周囲の状況に悩みを抱くこともまた青春の一つだと思うの……恋は、所詮そのうちの一つに過ぎないわ」
「そうかよ」
佐伯は肩をすくめて再びベンチの上に横になった。
その時、桜並木の道にひときわ強い風が吹き込み、桜の木々を大きく揺らした。佐伯は目を閉じて視界を遮断しつつも、聴覚を通して桜の擦れる音の中に、楽しげな遥の存在を感じ取っていた。
「ほんと、子どもって元気よね」
「フッ……そうだな。まあ、そう言うオレらだって指揮官やエリカ先生からしたらまだまだガキに過ぎないんだろうなぁ……って」
そう言って佐伯は自虐的な笑みを浮かべた。
「そうねぇ……って、あら?」
その時、遠くで遥と共に走り回っているクルスのことを目で追っていた命美の視線が通りすがりの指揮官の姿を捉えた。
「噂をすれば、指揮官の登場よ」
「あ、そう」
命美の言葉に、佐伯は素っ気なくそう返した。
「指揮官は……今、お散歩中かしら? うん?」
その時、命美は指揮官の隣を歩く小柄な人影の存在に気がついた。「あれは誰かしら……?」目を細め、そこまで高くない視力を振り絞ってその人物を注目する。
「……うそ」
そして、その人物が誰であるのか把握した次の瞬間、命美の口から戸惑いがちに驚きの言葉が漏れ出た。
「ち、ちょっと! 佐伯くん!」
「ん? なんだよ……?」
「あ、あれ見て! 神皇様よ!」
「神皇様?」
佐伯は大きなため息を吐いて体を起こした。
「命美、お前何言ってるんだ? 神皇様って言えば日ノ丸の盟主で、聞いた話によると幽閉されていてめったに外の世界に出ることができないって人だろ?」
命美に示されるまま、指揮官の元へと視線を送った。
「いくらここが聖地だからって、そんなタイミングよくこんなところに姿を現わすはずが…………って、本当にいるのかよッッッ!!?!!!??」
そして佐伯は、日ノ丸の盟主と呼ぶにふさわしい装束を身につけた、神秘的なオーラを放つ少女のように小柄な女性の姿を目撃し、思わず二度見した。
指揮官の隣を歩く人影
それはまさしく神皇だった。
「ちょ……ちょっと! 神皇様に失礼よ!」
「あ、わ……わりぃ……突然のことで混乱して、思わず取り乱しちまった、っていうか……」
佐伯と命美は呆然と2人を見つめた。
「♪」
神皇は楽しげな様子で指揮官と談笑している。
「ってことは、皇居から幽閉されているはずの神皇様を連れ出したってことなのか……? 指揮官は……?」
「おまけに神皇様の隣を歩けるだなんて……」
「「指揮官って……一体、何者なんだ(なの)……?」」
ポカンとしたように、2人は同時に同じ言葉を口にした。
ーーーーー
「む……?」
指揮官の隣を歩きながら共に桜を眺めていた神皇は、そこで周囲から集まる妙な視線を感じてキョロキョロと辺りを見回した。
妙な視線と一言に言っても、決して怪訝や蔑視といったマイナスな意味での視線ではなく、言うなれば『物珍しいものを見るような〜』や『尊敬・崇め奉る』といったプラスな意味での視線がその大部分を占めていた。また、その視線の主の中には佐伯と命美も含まれている。
(神皇様?)
「いや、何でもない。先程から視線を感じてな」
(きっと間近で見る神皇様の美しさに見惚れているんですよ)
「余が、美しい……とな?」
艶のある髪の毛や白い肌などの外見に始まり、そして彼女の広い心のありようなどの内面に至るまで、指揮官は神皇の綺麗なところを簡潔に説明した。
「褒めても何も出ないぞ?」
そう言いつつも、神皇の顔は少しだけ赤い
「だが、悪い気はしないな」
照れ隠しをするかのように、神皇はフッと笑った。
「ところで、我らは一体どこへ向かっているのだ」
(それは到着してからのお楽しみです)
「そうか、では楽しみにしているとしよう」
2人はお互いに最近あった出来事を交互に話し合いながら桜並木の道を進み続けた。話の内容は他愛のない雑談が主だったのだが、高貴な身分故に話し相手の少ない神皇にとってはとても有意義な時間となるのだった。
しばらく進んでいると2人は開けた場所へ到達した。
そこはエリカと梨紗がいた場所と同様に、周囲を桜に囲まれた原っぱなのだが、その範囲はふた回りほど広く、大人数での会食やちょっとしたコンサートができるほどだった。
(神皇様、到着です)
「うん……あれは……?」
指揮官に促されるままその場所へと足を踏み入れた神皇は、桜に囲まれた原っぱの中央付近に見知った人影が佇んでいることに気づいた。
ワイルドに乱れた白髪、にわかに黒い肌、上半身を露出させるかのように破れた道着、晒し出されたその肉体は筋肉隆々、鋼の肉体と呼ぶに相応しい仕上がりとなっていた。
鷹を思わせる鋭い目つき、強烈な威圧感のある輪郭、頭部につけた赤色の面も相まって、彼の存在を例えるなら百戦錬磨の若い「鬼」であろう。
「あれは……カルマか?」
神皇はカルマを見つけて小さく呟いた。
カルマは神皇宮の内殿の守り役を担う武者だった。いつものように竹刀を肩に担ぎ、その強靭な右腕でその柄を握りしめていることは、率直で戦うこと以外に興味がない彼の性格を表しているようだった。
「朝から姿が見えぬと思ってはいたが、なるほど……先に来ていたのか」
(はい、実はですね……)
そこで指揮官は、前もってカルマに警備状況の確認を頼んでいたことを伝えた。日ノ丸で1番のVIPである神皇がお花見に参加するということもあり、現場の安全確認は指揮官の方で念入りに行われてはいたものの、神皇様の身の安全を護ることが役割である剣士たちの気がそれで済む筈もなかった。
そこで指揮官は、神皇の守り刀の一人、神志名蒼司と話をつけ……同じく守り刀である奈鬼羅カルマに下見をさせることで、改めてこの場所に危険がないことを確認させていた。
最も、奈鬼羅カルマを神皇よりも早く、先に来させたのは下見のためだけではないのだが……指揮官は心の中でそう呟いた。
「そうか。ふむ……どうやら余の見ていないところでいくつかの駆け引きが行われているようだな?」
(ええ、特に蒼司さんを説得するのには苦労しました。まあ、神皇様を護ることが責務故に……仕方のないことだとは思いますが)
そこで指揮官はチラリと背後に目をやった。
見ると、桜の木の陰に隠れるようにして、1人の大男……神志名蒼司が背を向けて佇んでいた。彼の発する雰囲気はとても落ち着いているように見えるものの、しかし彼の太い指は常に巨大な刀の柄に触れていた。
とはいえ、神皇を皇居から連れ出すに当たって神志名蒼司と交渉を行う以前に、指揮官の前にはもっと多くの壁が立ちはだかっていたのだが、それはまた別のお話……
(あとは試合の準備を……)
「試合?」
「待たせたな、カルマ殿!」
その時、原っぱに大きな声がこだました。
少女の、腹筋を最大限に発揮して放出したかのような大声
原っぱの中央……ざくざくと芝生を踏み鳴らしながら、1人の少女がカルマの前へゆっくり進み出た。桃色の長い髪の毛、透き通るような青い瞳、彼岸花の刺繍が施された和服を着ている。
それは佐々木光子だった。
少女らしい華奢な体には不釣り合いな刀を腰に携え、真剣な表情でカルマと相対している。
「おう! 小娘! お前が俺の相手をしてくれるのか?」
「そうだ。ご不満か?」
「不満なんかねぇよ、せっかく大将が決めてくれた相手だ。例えそれが女だろうが子どもだろうが老人だろうが敬意を持って相手してやるさ」
光子を前に、カルマは不敵な笑みを浮かべた。
(時間ぴったりです)
「指揮官よ、これはどういうことなのだ?」
(実はですね……)
そうして、指揮官はイマイチ状況を呑み込めない神皇のために事の経緯を話し始めた。
神皇様をこの場所へ連れ出すに当たって、カルマは事前にある一つの条件を指揮官に提示していた。
その条件とは、こちら側の強い戦士と自分を引き合わせること……つまり、一対一での試合を行うことを所望していた。
そしてカルマの対戦相手として選ばれたのが佐々木光子だった。朧やロランなど、光子の他にも超一流の剣士を多数抱え込んでいた指揮官だったが、ロケーション的にも日ノ丸のスタイルに合わせた方がお互いに好都合であると判断し、彼女の参戦が決まった。
光子自身もカルマとの試合を強く望んでいた。
剣の道において純粋な強さを追い求め、指揮官の元で日々ひたむきな努力を続けてきた彼女にとって、猛者との勝負は彼女が積み重ねてきた努力の成果を発揮する最高の場だった。しかもそれが日ノ丸の盟主・神皇の守り刀とあっては、光子にしてみても相手にとって不足はなかった。
(奈鬼羅カルマと佐々木光子……2人とも熱い心と強靭な魂を持った若い武士。貪欲に剣の強さを求め続けるあの2人、どちらが勝つか見ものでしょう?)
「剣の勝ち負けなどどうでも良いが……余の守り刀と、汝の育てた剣士が戦うとは……なるほど、俄然興味が湧いてきた」
神皇は期待に満ちた目で試合の場を見つめた。
(どうです、見ていかれますか?)
「勿論だ」
指揮官と神皇は試合を観戦するために、もっと見やすい場所へと移動することにした。
ーーーーー
鋭い音と共に、種類の違う2つの剣が交錯する。
双方とも、目にも留まらぬ驚異的な速度で肉薄し剣を交えたことにより、原っぱの中央で軽い衝撃波が発生した。
衝撃波は2人を中心に、芝生の上を水の波紋のように円を描いて広がり、原っぱの周囲を埋め尽くしていた桜の木々に騒めきを与えた。
それはまるで、桜の木々が2人の試合にエールを送っているかのようだった。
「やるじゃねぇか、小娘!」
「そちらこそ……やはり流石というべきか」
鍔迫り合い。
色黒の大男と小柄な少女、2人は交錯した剣越しに短い会話を繰り広げる。
「何というパワー……」
「まだだ! 俺の力はこんなもんじゃねぇ!」
カルマがそう告げた次の瞬間、彼の肉体が突如として発火した。
「なっ!?」
「驚くのはまだ早ぇッッッ!!!」
そこで光子はさらに驚愕することになった。
いや、無理もない、ただでさえ筋肉隆々なカルマの肢体が火の手が上がった瞬間に盛り上がり、さらなる増幅をみせたのだ。
「うおおおおおおおおッッッッ!!!!!」
「くっ……!」
激怒によって増大したパワーを用いたカルマの薙ぎ払いにより、軽い光子の体は剣ごと後ろ側に吹き飛ばされてしまった。
しかし光子は空中で体勢を立て直し、着地の際もしっかりと両足で地面を踏みしめ、辛うじて転倒から逃れることに成功する。
「まだまだ!」
光子は冷静に剣を構え直す。
「長きに渡って外敵から神皇宮を守り抜いてきたこのオレの一撃を真正面から受け止めることができる奴がいたとは……凄いな!」
カルマもそれ以上追撃をするようなことはせず、無難に竹刀を構え直すだけに留めた。
「しかし、良い刀だな。この俺の技を受けてもなお、ポッキリ折れちまうどころか刃こぼれ1つしねぇとは……」
「拙者の刀はそんじょそこらの刀とは違うのでな……そちらこそ、拙者の刀を受けても叩き斬れるどころか、傷1つつかないとは……なんたる竹刀か!」
「この竹刀は特注品なのさ! 俺の刀をそんじょそこらの竹刀と侮っちゃいけねぇぜ?……」
カルマはニヤリと笑って竹刀の先端を光子に向けた。
「さあ! もっと俺を楽しませてくれ!」
さらなる闘争を求めて、カルマは鬼の如く吠えた。
「…………」
しかし、そこで何を思ったのか光子は刀を鞘に収めた。
「んん?」
光子の意外な行動にカルマは疑問符を浮かべる。
「おい、小娘……どういうつもりだ?」
「拙者は……弱い!」
「あん?」
意味がわからないというようにカルマは首を傾げた。そんな彼に対して、光子はやや俯きがちになりながら言葉を続ける。
「先ほどの鍔迫り合いで、拙者はカルマ殿との力量の差を感じ取ることができた。そして理解した……拙者は、カルマ殿に比べると遥かに未熟で弱い剣士であると」
刀から手を離し、光子はカルマを真っ直ぐに見る
「刀の腕、腕周りの強靭さ、スピード、持久力、そして実戦経験……その全てに於いて、今の拙者では何一つ勝っているものはない……長期戦になれば、まず拙者に勝ち目はないだろう」
「なんだ、臆したのか?」
光子の言動を負けを認めたというように受け取ったカルマは持っていた竹刀の先端を軽く下げた。
「じゃあ、止めるか?」
「止める? 莫迦な……」
そう言って光子は再び刀に手をかけた。
俯きがちな彼女の顔に不敵な笑みがこぼれる。
「このような楽しいこと、なぜ止めないといけないのだろうか? カルマ殿、悪いがこの試合……仕切り直させていただく!」
抜刀の姿勢になった光子
まだ刀は抜かず、刀の柄を強く握りしめ、集中する。
「今度は……最初から全力で行かせてもらう……!」
光子の青い瞳が強い輝きを放った瞬間、彼女の細い両腕から、華奢な身体から、長い両足から、超自然の力で生成された青白い電流が放出される。
全身から生成された青白い電流は彼女の髪へと浸透し、光子の髪の毛を美しい桃色から快晴の空を思わせる色鮮やかな青色へと変化させた。(2Pカラーの真実)
「カルマ殿が神皇様の刀であると同様に、拙者の剣は指揮官殿の剣でもある! いくら実力で負けていたとしても、ここで引き下がるは指揮官殿の恥! ならばこそ、拙者はそう簡単に負けを認めるわけにはいかぬのだ!」
「そうこなくっちゃなぁぁぁあ!!!!!」
光子の全力に呼応するかのように、カルマの体が火の手に包まれる。鬼のような形相を浮かべ、鬼のように全身を膨張させ、鬼のように吠えた。
「よく言った小娘……いや、お前、名前は!」
「佐々木、光子!」
「そうか……光子よ!」
炎鬼と化したカルマは再び竹刀の先端を光子へと向ける。
「最高の勝負にしよう! 俺に、お前の刀を魅せてくれ!」
「臨むところだ! いざ……尋常に勝負!」
「カルマ流……」
「佐々木流抜刀術十三の型……」
「秘剣・彼岸花!!!」
「雷電・改!!!」
猛り狂う巨大な火柱
青白い無数の雷光
お互いの主人に対する忠義によって具現化された超自然的な力は、桜の木々に見守られるようにして、その中心で激しく衝突した。
ーーーーー
数分後……
カルマと光子の試合を見届けた指揮官と神皇は、再び桜並木の道を散策していた。
(2人とも、凄かったですね)
「そうだな。それに、今まで守り刀や武士たちの試合や練習風景を眺める機会は多少あったが、あのように楽しそうな奴の姿を見たのは始めてかもしれない……」
神皇は興奮冷めやらぬというように小さく笑った。
「汝の守り刀……名を、佐々木光子と言ったな」
(はい)
「強いな……あの者は、剣の腕も芯の強さに関しても。流石に、汝の剣と名乗るだけのことはある……きっと汝の元でさぞ激しい修行を積んだのだろうな?」
そこで神皇は一度考えるそぶりを見せて言葉を区切った。
「いや、きっと汝の指導があの者にとってより良いものだったのかもしれぬな……」
(いえ、自分は何もしていませんよ)
「む? そうなのか……」
(はい。確かに、剣の道を極め続ける光子にとって最適な環境を用意したつもりではあります。ですが、全ては彼女が積み重ねてきた努力の賜物ですから)
「相変わらず、汝は謙虚なのだな。まあ、それでも……汝の存在があの者にとっての強くなるきっかけになったのには変わりあるまい」
(そう評価していただけると、嬉しい限りです)
指揮官は神皇に深々と頭を下げた。
「それにしても光子殿は小柄で、とても剣など扱っているとは思えぬ可憐な容姿ではあったが……なるほど、人は見かけにはよらぬのだと改めて思い知らされるな」
(ああ、神皇宮の戦士たちは皆屈強な人たちばかりですからね……光子を見て意外に思われるのも仕方はありません)
「そうだな……うん?」
指揮官の言葉に同意しかけたところで、神皇は何者かが後ろから裾を軽く引っ張ってくるような気配を感じて振り返った。
「…………」
「ああ、嵐か……そういえば汝もいたな」
そこには神皇宮で働いている忍者の姿があった。白い肌、幼い顔立ち、そして光子以上に小柄な体格。赤色を基調とした装束、腰に二本の短刀を携えた忍者の少女……嵐である。
嵐は「自分のことも忘れないで欲しい」というような目で神皇を見つつ、失礼にならないように神皇の長い裾を指でツンツンとしていた。
「そうであったな。基本的に、神皇宮の雑務を任されている汝でも……非常時には余の住処を守護する役割を担う戦士であったな」
「…………(こくこく)」
「すまないな。これでも、余の知らぬ外の世界のことで話し相手になってくれる汝の働きにはいつも感謝しているのだ」
「……はい」
「ところで、余はこうして指揮官に護られておる。折角の機会だ、こんな時まで気を張って警護をする必要はない……余のことは気にせず汝もこの場所で存分に体を休めるといい」
「……いいのですか?」
「無論だ」
神皇の言葉に嵐は少しだけ考えるそぶりを見せた後、チラリと指揮官を見やった。嵐の視線に指揮官が頷くと、嵐は小さく息をついた。
「では、そのように……」
嵐が神皇の前から3歩ほど後ろに下がった時……
(嵐。はい、これ)
指揮官は何処からともなく紙袋を取り出した。
「…………!!」
紙袋を受け取った嵐が中を覗き込むと、そこには大量のたい焼きが収められていた。袋の中からモワモワと、粒あんの甘くて芳ばしい香りを含んだ湯気が立ち昇る。
「主……くれるの?」
非常にソワソワとした様子の嵐に、指揮官は「いいよ」と頷くと、嵐はたい焼きの入った紙袋を抱きしめ、とても嬉しそうに微笑んだ。
「今のは余に気を利かせてくれたということか……」
(いえ、嵐に感謝しているのはこちらも同じですし)
「そうか……しかし、前々から思ってはいたのだが、相変わらず汝はいったい何処から物を取り出しているのだ?」
(それはまあ、お気になさらず……ん?)
疑問符を浮かべる神皇に指揮官が苦笑いを浮かべていると……トコトコと、かしこまった様子で嵐が2人の前へと進み出てきた。
「神皇様……はい、どうぞ」
「む?」
「たい焼き、美味しいですよ」
「い、いや……余は……」
たい焼きを差し出す嵐に、神皇は少しだけ困惑したような表情を浮かべた。神皇にとって外の世界の菓子は嵐の話の中でしか知らぬもので、身分故に精進料理しか口にできぬこともあり、神皇自身もそれには強い興味を抱いていた。
なので差し出された菓子が嵐がいつか教えてくれた外の世界の菓子であることは理解していた。しかし、いざそれを目の前にすると、途端に食べることに対する躊躇いの心が湧いてくるのだ。
無理もない。神皇という立場にある以上常に厳粛でなければならない、幼い頃より神皇になることを義務付けられた彼女には自然にそのような刷り込みがなされており、神皇にとって外の世界の菓子を口にすることはある種の禁忌にも似たようなものだった。
(嵐、1つもらってもいい?)
「主、勿論です」
逡巡する神皇を見かねた指揮官は差し出されたたい焼きを受け取ると、嵐に礼を述べてから熱々のたい焼きを口にした。
「主、どうですか?」
(甘くて美味しいよ、嵐も食べて?)
「はい」
指揮官の言葉を待ってから、嵐は自分のたい焼きを口にした。すると「〜〜〜♪」嵐は瞬く間に顔を蕩けさせて、たい焼きの美味しさを顔で表現した。
ほっぺたが落ちる美味しさ
……まさに、そんな言葉を体現しているようだった。
「……ぅぅ」
それを見ていた神皇は、思わず自分の手元に視線を落とした。包み紙に巻かれたたい焼き、紙から掌へと伝わるその熱が、神皇の心へと伝わって彼女の心を動かし始めた。
神皇はたい焼きと目を見合わせた。
神皇のことを一心に見つめる鯛、それはまるで神皇に向かって「食べて?」と微笑みかけているようだった。
「では、少しだけ……」
神皇は恐る恐る……たい焼きの頭の部分を齧った。
指揮官と嵐は神皇が食べるのを静かに見守っていた。
「…………おいしい」
長い時間をかけての咀嚼の後、神皇の口から深いため息と共に感嘆の言葉が漏れ出た。神皇はとても安らかな顔をしている。
「そ、そうですか! それは良かったです!」
(どうやら、お口に合ったようですね)
神皇の様子に嵐と指揮官は心の中で歓喜した。
「だが……」
しかし、神皇はそこで口を噤んだ。
「……?」
(……?)
意味深な神皇の言葉に、嵐と指揮官はもしや何かお気に召さないことがあったのだろうか……? と、内心ギクリとなった。
そして、神皇は口に手を当てると
「あちゅい……」
……ッッッ!!!???
神皇の口から飛び出してきたまさかの言葉に、指揮官と嵐は思わず自分の耳を疑った。
「……これは、とても熱いな」
熱々になった粒あんの熱で舌を火傷でもしてしまったのか、神皇は手元のたい焼きを驚いたように見つめながら口元を軽く手で押さえている。
「だが、美味しいな。熱さに耐え忍びながら食べる価値はあるというもの……うむ、これは良いものだ……む?」
そこで神皇は2人の視線に気づき、顔を上げた。
「…………汝ら、何を笑っておる?」
(いえ、決して笑ってなどは……ふふっ)
「そうですよ、拙者は笑ってなどは……ぷっ」
耐えきれず、その場で笑いこける2人
そんな2人を前にして、神皇は首を傾げ……
「余がたい焼きを食べるのを見てそんなに面白かったのか? まったく……汝らはおかしな者たちだな」
そう言って、神皇は顔をほころばせた。
ーーーーー
(あの枝が横に広がっているのがシノノザクラで……その隣の、少し背の小さいのがオトメザクラです)
思いがけない休憩を挟んだ後、嵐と別れた指揮官と神皇は桜海道3丁目のさらに奥地へと進んだ。どこまでも続く桜の木々、それ興味深く見つめる神皇の知的欲求に応えるべく、指揮官は桜の種類について解説していく。
「おお! 汝……桜の種類が分かるのか?」
(ええ、と言っても少しだけですが……)
「では、向こうにあるあの桜は……?」
(あれはマシロサクラですね。見ての通り、他の桃色の桜と比較すると、花びらに白みが強いのが特徴で今の時期が1番の見頃だとか)
エルとフルから教わった桜の知識がこんなところで役に立つとは思わなかった……密かにそんなことを思いながら、指揮官は双子へ感謝の念を送った。
「ほう……それで真白なのか、それにしても汝は相変わらず博識なのだな。余の知らぬ色々なことを知っている……凄いではないか」
(お褒めに預かり、光栄です)
その時、風が強く吹きつけた。
桜の木々がざわめく
2人はその場に止まって揺れる枝を見上げた。
「余の皇居からでも、桜を見ることはできる」
指揮官の少しだけ前に立ち、神皇は続ける。
「高い塀に囲まれてはいるものの、皇居の近くには桜が密集している箇所があってな。流石に種類までは分からぬが……最上部より見る日ノ丸の桜は美しい。昼間は勿論のこと、朝方の薄っすらとした光に包まれたものも、夕陽を浴びて燃えるように紅く染まったものも、月の光に照らされ神秘的な輝きを放つ姿も……」
(へぇ、それは気になりますね)
「そうであろう? ん……では、今度のお花見は余が汝らを皇居へと招待するのはどうだろうか? そこでまた共にお花見をしようではないか……最も、皇居の料理は精進料理ばかりゆえ、流石にたい焼きは出せぬがな」
(それは残念です)
「そうであろう……ふふ」
指揮官と神皇は微笑み合った。
それは、まるで仲の良い友だち同士のようだった。
その時、先ほどの風で吹き上げられた桜の花びらが、非常にゆっくりとした速度で神皇の眼前へと舞い降りてきた。
神皇が手を差し出すと、それは意志を持っているかのように神皇の手のひらの中へと収まった。濃い桃色が、神皇の白い肌を暖かく染めた。
「時折、このように花びらが風に乗って神皇宮の元へと流れついてくるのだ。それが、余が唯一身近に感じられる春の息吹……」
神皇は手のひらの花びらを高く掲げた。
「色鮮やかな桃色、得も言われぬ質感、そして暖かな香り……それに触れることで、余は神皇宮にいてもなお春の訪れを感じられるのだ……」
その瞬間、穏やかな風が吹きつけ、風は神皇の手のひらから桜の花びらを掠め取った。指揮官は反射的に花びらへと手を伸ばすが、花びらは指の間からスルリと抜け、青空の中へと消えていった。
「だから……ここで余は春の息吹を全身で感じることができた。この地は生命で溢れている、不思議なくらいにな」
(神皇様……?)
そこで、指揮官は神皇の様子がおかしいことに気づいた。
「喜怒哀楽……日ノ丸の民が発する感情を、時には膨大な憎悪さえも受け入れ、吸収し、浄化して自らの生命力へと還元している……ああ、そうか」
いや、おかしいのは神皇の様子だけではなかった。
風は全くの無風。
しかし周囲の桜が強くざわめいている。
まるで、神皇の声に応えるかのように……
「汝らは存外……したたかなのだな」
神皇は何者かに向けてそう呼びかけた。
(……!?)
その瞬間、一瞬にして周囲が静まり返った。
先ほどまでの桜の激しいざわめきは遠い海の向こう側へと追いやられ……まるで音という概念を失ってしまったかのように、その場から音という音が消え失せた。
風の音さえも消えてしまった世界
恐ろしいまでの静謐さに包まれ、それはまるで世界が変わってしまったかのようだった。
「指揮官よ、どうした?」
(……!)
神皇の声で、指揮官は我に返った。
(今のは……?)
いつの間にか世界は元に戻っていた。
空を流れる風の音、桜のざわめき……あらゆる音が、まるで何事もなかったかのように周囲に満ち溢れている。
「そうか、汝も感じたか」
(神皇様……あなたは……?)
「人が自然の恩恵を生きる糧にしているのと同様に、彼らもまた人の存在を利用しているということだ……いや、汝が気に留める必要はない」
そう言って神皇は指揮官へ微笑みかけた。
「ところで、この辺りに腰を落ちつけられるところなどはないだろうか? いや、少し歩き疲れてしまってな?」
(それでしたら、こちらを……)
そう言って指揮官は、どこからともなく折りたたみ式の椅子と落ち着いた色合いの絨毯を取り出し、それを地面の上に敷いた。
「汝は……相変わらずどこから物を取り出して……いや、最早言うまい」
神皇は呆れたように指揮官を見つめたが、すぐさま笑顔を取り戻し、指揮官に感謝の気持ちを伝えて絨毯の上に腰かけた。
「ふぅ……今更ではあるが、こうやって桜を見上げるのも良いものだな。皇居より見下ろすものとは違う趣きがある」
(じゃあ、少し横になります?)
「横に? ここでか?」
(はい、ここにちょうど大人2人が眠れるだけの大きさの絨毯があります。新品なのでお召し物に汚れがつくことを気にする必要もありません)
「い、いや……余は……」
(大丈夫です。今、ここには他に誰もいません)
「それは……そうだが……」
なおも躊躇う神皇
指揮官はお手本とばかりに絨毯の上に体を倒し、それから仰向けの状態になった。
(結構、良い眺めですよ。神皇様)
「……では、少しだけ……な」
神皇はそう言って足を崩し、それから長い時間をかけて徐々に体を倒し、指揮官のすぐ隣で仰向けになった。
眩しい日差しは視界を埋め尽くす桜によって程よく遮られ、暖かな木漏れ日となって2人の体を照らした。
静かに流れる風の音
静かにざわめく桜
鳥のさえずりが遠くから聞こえてくる。
「これは……良いな」
(ですよね?)
「うむ……最初はこのように地べたに寝転がるなどあり得ないことだと思ってはいたが……やってみるとこれがまた落ち着くものだな」
神皇は小さくため息を吐いた。
「いや、余がこんなにも落ち着くことができるのは、きっと……汝が隣にいてくれるからなのだろうな……」
(そう言っていただけると嬉しいです)
そんな言葉を交わしながら、2人はしばしの間目の前の絶景を眺め続けた。
「景色もさながら、天候に恵まれて、その上暖かい。ここは本当に……理想郷という言葉が相応しい場所だな」
(アルカディア……ですか?)
「うむ……とても静かで……」
神皇の声が徐々に細くなっていく。
「……心地よい……な」
その言葉を境に、神皇は声を発しなくなった。
代わりに、小さな息遣いが聞こえてくる。
(神皇様……?)
指揮官が隣を見ると、いつのまにか神皇は目を閉じて安らかな寝息を立てていた。
さて、どうしようか……気温が高いとはいえ体を冷やすことがあってはいけないと、指揮官は例によってどこからともなく毛布を取り出した時だった。
頭上から、ひらり……ひらり……
桜の花びらが舞い落ちて、神皇の前髪についた。
花びらを取ってあげようと、指揮官が神皇の顔に手を伸ばした時だった。
「……む?」
神皇が目を覚ました。
(ああ、すみません……起こすつもりは)
「余は……そうか、眠ってしまったのか……」
指揮官が神皇の頭から花びらを取ると、神皇はやや眠たそうな表情のまま指揮官のことを見つめた。
「…………」
(……神皇様?)
「…………いや、違う」
(……?)
そう言って神皇は指揮官の腕を取った。
「神皇とは余のことを指し示す言葉である。しかし、神皇とはあくまでも余の立場を示すものであって、余の真名ではない」
神皇はゆっくりと語り始める。
「しかし、余の守り刀たちや嵐でさえ、誰一人として余の名前を呼んでくれる者はいない……皆、神皇という余の立場に萎縮してしまうのだ」
「名前があるにもかかわらず、名前で呼ばれないとはなんと虚しいことよ。では、余はいったい何なのだろうな? 余から神皇という立場を取ってしまえばいったい何が残るのだろうな……?」
(……っ!)
そこで指揮官は声を上げようとするも、神皇の人差し指が指揮官の口を塞いだ。
「そのような顔をするな……最初から、全て分かっていることだ。余は所詮、神皇という地位や立場を守るためだけの人柱であり家畜のように生かされているもの、要らなくなれば捨てられる……道具なのだと」
(そんなことは……っ! 神の……)
そこでいつものように「神皇様」と言いかけて指揮官は慌てて思い留まった。思いもしていなかった神皇の気持ち、それを目の前にして指揮官の心が揺れる。
「すまないな……気分を悪くさせてしまったか」
(……)
「最後まで神皇を演じ切ることが余の役割であり、逃れらぬ運命なのだ……だが、汝が怒る必要はない。これは余に与えられた試練でもあり天命でもあるのだ、それに余がこの役割を果たすことで助かる者が少なからず存在する……そう考えると多少は気が楽になるのでな」
そこで神皇は「だが……」と続けた。
「少しくらい……抗ってもよかろう?」
神皇は両手で指揮官の腕を強く握った。
「覚えておるか……以前、汝に伝えた余の真名」
(……はい)
「なら頼みがある。今、この場にいるのは汝と余のみである。今だけ……今だけは、ひとりの友人として呼んではもらえないだろうか。余の、本当の名前を……」
神皇の表情は寂しさと優しさが詰まっていた。
「それだけで良いのだ……それだけで、余は救われる。汝にだけは覚えて貰いたい、汝の心の中だには残りたい……だから」
神皇は指揮官の瞳を真っ直ぐに見つめた。
指揮官は神皇の想いに応えるべく……口を開き……
「うふふふふふふふふふ……」
「む?」
(……え?)
今まさに、指揮官の口からその名前が出てこようとしたその瞬間、2人は不気味な気配を感じてハッとなった。
ドス黒いオーラを纏った何かが近づいていた。
「なんだ……あれは?」
(さ、さあ……?)
その時、指揮官の指に貼り付いていた桜の花びらが風に煽られ空を舞った。花びらはまるで吸い寄せられるようにして黒い気配へ向かっていくも、その途中で雷のような……得体の知れない力に撃ち落とされて、消滅した。
(神皇様、お下がりください)
指揮官は神皇の盾になるように立ち塞がる。
先ほどまで暖かい雰囲気に包まれていた周囲は冷たく凍りつき、桜は次々と萎れていき、空には暗雲が立ち込め、迫り来る災厄から逃れようとばかりに無数の鳥が羽ばたいていった。
み ぃ つ け た
花道を歩く黒い気配の中から、この世のものとは思えない、強烈な憎悪と嫉妬が込められた声が響き渡った。
(この声……睦月?)
指揮官はその声に聞き覚えがあった。
「うふふふふ……流石は指揮官様、声を聞いただけで睦月であると分かるなんて、やっぱり睦月と指揮官は切っても切れない縁で結ばれているみたいですね〜〜〜♪」
ドス黒いオーラが少しだけ収まると、その中から1人の少女が姿を現した。小柄で、長い黒髪、赤い瞳、赤と白のコントラストが特徴的なセーターを着ている。
「指揮官を探してここまで来て、何やらラブコメの波動を感じて辿ってみたら……面白い場面に遭遇してしまいましたぁ〜〜〜」
それは睦月だった。
剣聖である朧を姉に持ち、指揮官のことを誰よりも慕い、誰よりも愛し、誰よりも想っている賞金ハンター(?)の少女である。
(睦月……なんでここに?)
「うふふ……はい、それはですねぇ」
その時、睦月の体から放たれた未知の力……いわゆる念動力によって生成された光のチェーンが指揮官の眼前へと振り下ろされた。
地面に空いた大穴。光のチェーンが消えると、穴の中で何かピクピクと動いているのが見えた。
それは黒ずんだ毛玉だった。
その見た目は、まるで洗っていないボロ雑巾だった。
(これって……?)
「し、指揮官様……」
穴の中にいる何かが必死に声を上げた。
それはムジナ(作者)だった。
元はタヌキの見た目をした可愛らしい姿であったにもかかわらず、後編冒頭の一悶着に遭遇してからというもの、今ではザマである。
(酷い……どうして、こんな……)
「この穴熊をやったのは睦月です。指揮官様……」
指揮官を前に、睦月は高らかに自白した。
「タ、タヌキじゃい……」
睦月の言葉にムジナは密かに反論した。
(どうしてこんなことを……?)
「指揮官様、それはですね……」
そう言って睦月は一冊のノートを取り出した。そのタイトル部分には『桜並木のアルカディア:出席者名簿』の文字があった。
「この穴熊がッッッ……この出席者名簿に睦月の名前を書かなかったから、睦月はお花見に参加できなかったんです! 睦月だって指揮官様とお花見に行きたかったのにッッッ!!!」
その瞬間、睦月の赤い瞳孔が大きく開いた。
「ぐえっ!」
発生した念動力がムジナの体を容赦なく貫く
「睦月は、どうして名簿に睦月の名前を書かなかったのか穏便に聴取を行いました。そうしたら、この穴熊……なんて言ったと思います?」
(……なんて言ったの?)
指揮官が尋ねると、睦月の手元で名簿が爆発した。
「A.C.E.学園出身でもないし、サクラ(好感度アイテム)の対象外だから別にいいかなって……そう言ったんですよ! たった! たったそれだけの理由でッッッッ!!!!!」
死ねぇ! 死ねぇ! お願いだから死んでッッッ!
ズシャ……ズシャ……
ムジナの体は念動力で何度も串刺しにされ、既に穴だらけ……睦月の登場予定がなかったというだけでこの有様である。明らかにオーバーキルである。
《本作の登場人物は、基本的にサクラ対象+A.C.E.学園出身者+シェロンを予定していましたが、急遽予定を変更してお送りさせて頂きます》
「ふぅ……つまり、この穴熊は睦月と指揮官様の邪魔をする虫けら♪ 虫けらは、排除するに限りますね……うふふふふ」
そうして、睦月は黒い笑みを浮かべた。
周囲にぶわっ……と、嫉妬の炎が巻き上がる
「ところでぇ指揮官様……その女、だぁれ?」
睦月の赤い瞳が、指揮官の後ろにいる神皇を捉えた。
「む……余のことか?」
「そう、あなた……指揮官様とはどういう関係?」
「余は……指揮官殿の友人だ」
「それじゃあ、指揮官様の友人さん? まずは指揮官様と繋いでいるその手を離していただけるかしらぁ……?」
(あ……)
見ると、神皇は指揮官の腕を強く握ったままだった。
このままでは暴走した睦月が神皇様に危害を加えるかもしれない……そう考えた指揮官は、ここは穏便に済ませようと神皇に目配せを行ったのだが……
「睦月とやら、それはできない」
そう言って、神皇は指揮官の腕をギュッと掴んだ。
(し、神皇様……!?)
神皇の思わぬ行動に指揮官は驚愕した。
「じゃあ、あなたも……睦月と指揮官様の邪魔をする虫けらってことでいいのかしらぁ?」
「そちらこそ、余と指揮官殿の邪魔をしないで貰おうか」
指揮官を巡って、バチバチと火花を散らす睦月と神皇
だが、しかし、文章はここで途切れている。
というのも、物語を記録していたムジナの意識がここで完全に途絶えてしまったからだ。睦月の攻撃を受け被害甚大になりつつも、何とか物語の行く末を見届けようと踏ん張ってはみたのですが、無理でした。
断じて書くのが難儀になったからというわけではないのです。
そして基地で体の修復を終えてから、改めて物語の文字起こしを行なったのですが、その最中、物語終盤で敵対していたはずの睦月と神皇がなんと仲良くなって文通まで始めたということを知り、ムジナは驚愕しました。
これに関して、両名とも長らく隔離されており、境遇が似ていることもあって、それで気があったからかな……と考えてはみたものの憶測の域を出ず、恐らく指揮官から2人に向けてなんらかのアプローチが仕掛けられたのではないか? とも考えられましたが、唯一、全ての真相を知る指揮官はムジナの取材に答えることはありませんでした。
ねぇ、指揮官様? 本当に一体何があったのです?
仕方ないので、この物語はここで終わりです。
次はいつ頃書こうかな?
そんなことを考えながら、ムジナはスマホを置くのでした。
機動戦隊アイアンサーガ
桜並木のアルカディアーおわりー
追伸
ゆみちゃん、最近配信見に行けなくてごめんなさいなのです!
なんか意図せずして神皇様が中心の話になってしまいましたが、まあいいですよね? みんな神皇様のこと大好きでしょ? 可愛いし強いし!
そうそう、光子VSカルマの構想はオマージュというか、先人様のものを参考にして、そこにムジナなりのアレンジをかけて書かせていただきました。とはいえ、弓道畑出身のムジナは剣道のこと全然分からないので純粋なバトルを楽しみたい方はそちらをお探し頂ければ! と思うのです。
ところで、本作はお楽しみいただけたでしょうか?
機会があればワルチャとか何かで宣伝をしてみたいとは思いますが……ムジナはコミュ障たぬきなので怖くて怖くて……なんか寒くて見てらんないところとかないのです?(それで指摘されるのが怖い)
最後に、コメントありがとうございます!
アイアンブラッドの方もそろそろ再開したいと思います。
気が向けば解説も出そうかと……
それでは、また……どこかで