雪解けて、水流るる   作:仁見頃

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Episode 02

 先日の彼との勝負以来、わたしはあの空き地に行かなくなった。あそこの連中が相手じゃ物足りなくなってしまったのだ。だが、身体を動かさずにもいられない。じっとしていられなくて、とりあえずランニングに出ることにした。

 しばらく走っていると、わたしと同じように走り込みをしている者がいたらしく、後ろから一定のリズムを刻む足音が聞こえてきた。いや、段々速くなっていっている。追い抜かれそうだ。そんなことを思っていると、すぐ後ろを走る人物から声をかけられる。

「おぉーいっ、ヘザーちゃん。休日だっていうのに、朝から元気だねぇー」

「……なんだ、アンタか」

 気の抜けるような話し方をする、どこかふわふわした雰囲気を纏った少女。追いついて並走してくる彼女に、露骨に嫌そうな顔をして見せた。なんで休日までコイツに付き纏われなきゃならないんだ。

「なんか、学校と随分様子違うよねー」

「どうだっていいじゃん。ついてこないで」

 学校では友人を作らないようにしている。わたしはバスケだけやっていたいのだ。バスケ以外の友人なんて、関わるだけ時間の無駄だ。だからこうして素っ気ない態度を取って、時折キツイ言葉を掛けたりするのに、コイツはしつこくわたしに絡んでくる。何が目的なんだ、一体。

「やっぱり、ヘザーちゃんって何かスポーツやってるでしょ。ねえ、何やってるのー?」

「……うるさい」

 面倒くさくなって振り切ろうとペースを上げるが、千切られずにしっかりついてくる。このペースについてくるなんて、コイツ、結構体力あるじゃん。

 

 ふと視界に入ったバスケットコートに、思わず足が止まった。そこでプレーしていた一人の選手に釘付けになる。見る者を引き込むほど美しいフォーム。見紛うはずがない、彼だ。……タツヤ・ヒムロ。

「どうしたのー? バスケ?」

 後から追いついた彼女も足を止めるが、わたしは気にも留めず、コートに駆け寄っていった。どうやらフルコートを使っての5on5、ストリートより、競技としてのバスケに近い試合をしているようだった。

 スコアはタツヤのチームが圧倒している。どうやら今は第3(クォーター)の真っ最中。いや、もう終盤といったところか。点差は20点以上も開いていた。10ゴール差か……厳しいな。もう一方のチームは体力的にも精神的にも、一杯いっぱいといった様子だ。

「うわ、一方的だねぇー」

 そんなとき、負けている方の選手がつまずいて転んでしまった。恐らく相当疲労が足にきていたのだろう。タイムアウトが取られ、試合が一時中断される。

「誰かー! 助っ人頼めないー? 飛び入り歓迎だよー!」

 どうやらノリはストリートと同じらしい。わたしはここぞとばかりにコートに入っていった。

「わたしに代わらせて。少し見てたから、得意分野も大体わかったし。ここから逆転してみせるから、任せてくれない?」

 チームの面々に少し驚いたような顔をされたが、彼らは快く迎え入れてくれた。

「じゃあ、あたしも入りたいなー。ダメ?」

 いつの間にか、彼女までコートの中に入ってきていた。コイツ、バスケできるのか。

「あ、じゃあ俺と代わってくれ。悪いけど、こんな状態でコートにいても、どうせ足手まといになってただろうから」

 と、一人の男が疲れ切ったようにコートから出ていく。まあ、使えない奴より使える奴がいた方がいい……のか? でも、コイツの実力だって未知数だ。あまり期待はしないでおこう。

「あたしは元気だから、どんどん攻めちゃうぞー! いっぱいボールちょうだいね?」

 なんてにっこりと笑いかけてくる。……まったく、調子が狂う。彼女から視線を外せば、相手チームにいる彼とその視線が交わった。彼はわたしにふっと微笑み、その笑顔はわたしを待ち構えているようにも思えた。

 

 試合が再開され、こちらのチームのボールから。わたしがボールを運びながらコートに目を走らせれば、宣言通り、彼女は視線で合図を送ってくる。当然、しっかりマークはついているが、仕方ないからなんとかしてパスを出してやろう。これで決めなかったら、二度とパスは出さないからな。

 わたしはマークについている細身の男をフェイクでかわし、さらにチェンジオブペースでもう一人抜きながら左サイドへ切り込んでいく。ここでわたしを止めに入ったのは、タツヤ。

「またキミとプレーできるなんてね。だけど、今度はオレが勝つ!」

 わたしはすかさずシュート体勢に入る。この位置からだと、入っても2点か。ならせめて、もっと確率の高い攻めを選ぶべきだよね。タツヤがシュートチェックに入ったのを見計らって、放る瞬間にボールの軌道を変え、ジャンプした彼の足元を通すバウンズパスを出す。パス先は、タツヤの後ろでフリーになっている彼女。

「ありがとー。決めちゃうぞ、それっ」

 彼女がふわっと放ったボールは、綺麗な放物線を描いてゴールを通過した。

「言ったでしょ? わたし、負けるの嫌いだって」

 わたしは彼に、挑発するように微笑んでみせる。決めたのは彼女だが、わたしのアシストだ。わたしが誇ってもいいはずだ。

「……やってくれるね」

 シュートフェイクにかかったのが悔しいのか、はたまた点を取られたのが悔しいのか、彼は苦笑いを浮かべるが、その目は笑っていなかった。

 

 相手チームのオフェンスに切り替わり、相手ポイントガードのマークにつく。わざと抜かせるようにして、油断した相手からさっとボールを掠め取った。そのままターンオーバーの速攻を仕掛ける。自分でゴールまでボールを運び、最後はレイアップ。これで連続得点。できれば第3Qの残り時間で、一桁差には縮めたい。

「ヘザーちゃん、ナイスぅー」

 彼女が自コートに戻りながら、手を差し出してきた。仲良しごっこをするつもりはないが、確かに一本は彼女が決めた。だから、まあこれくらいならいいか。わたしは差し出された手を軽く叩き、ハイタッチをかわす。

「あはぁー、ヘザーちゃんとハイタッチする日が来るなんてなぁー」

 気持ちの悪い笑みを浮かべる彼女を見て、軽率にハイタッチしたことを少し後悔した。

 

 ただ、相手チームも易々と点を取られてばかりではない。他の選手はともかく、タツヤにボールが回ると止められない。この前は1on1だったから選択肢が少なかったものの、今回はパスも考慮に入れないといけない。そして案の定、シュートかパスかドリブルか、直前までまったく判断がつかないほど流麗な一つ一つの動作。これに、見事に翻弄されてしまっている。

 それでも第3Qが終わった時には、なんとか7点差まで縮めることができた。予想以上に、彼女がいい働きをしてくれている。

「でもびっくりだなー。ヘザーちゃんって、バスケ上手なんだね」

「アンタも。バスケ部だったの?」

「ううん、クラブでやってるだけー」

 しきりにスポーツやってるとかどうとかって聞いてきたのは、もしかして勧誘でもするつもりだったのか。それにしても、コイツの状況判断の良さには驚いた。こんな頭弱そうなのに、肝心な時にいいところに居る。パスを受ける体勢が整っている。体格も悪くない。コイツなら、もしかして……。

「最後まで頑張ろうねっ」

「頑張るだけじゃダメでしょ。絶対逆転して、勝つんだよ」

「おぉーっ!」

 コイツの掛け声、なんか締まらないというか、気が抜けるなぁ……。

 

 第4Qはこちらのボールからスタート。パスを回しながらディフェンスを振り切り、フリーになった彼女へパスを出す。と、すかさず彼女の前に立ち塞がったのは、タツヤ。アイツじゃさすがに彼の相手は厳しいか?

「うーん、じゃ、こっちで」

 彼女もそう判断したようで、素早くワンハンドパスでこちらにボールを戻した。今のわたしのマークは小柄な男が一人だけ。こんなの、ほとんどフリーみたいなもんだ。ボールをもらってすぐに、わたしはフェイドアウェイでジャンプシュートを放つ。手ごたえは充分。どうか、入って。ボールは一度リングに触れたものの、弾かれずにゴールの中に沈み込んだ。

「ナイススリー、ヘザーちゃん! これで4点差だねっ」

「そっちこそ、その……ナイスパス、ロレッタ」

「ヘ、ヘザーちゃん……っ?! あたしの名前、覚えててくれたのっ!? てっきり……」

 ロレッタが感激したように目を見開く。さすがのわたしでも、あんだけしつこくされれば名前くらい覚えるって。

「いいから、最後まで集中して」

「はぁーいっ」

 

 そしてついに残すはあと一分となり、同点に追いついた。そんな局面で、わたしはようやっと、再びタツヤとマッチアップする。

「本当に追いついてくるなんて、さすがだよ。でもオレは今度こそ負けない。とっておきを、キミに見せてあげるよ」

 そう言って彼は、シュートモーションに入る。今回はきちんと反応できた。叩き落とせなくても、触るだけでもいい。そうすれば、軌道を逸らせる。しかし、彼の打ったシュートは消えるようにわたしの手をすり抜けて、そのままゴールにすっぽりと入っていった。

陽炎の(ミラージュ)シュートは、誰にもさわれない」

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