先日の彼との勝負以来、わたしはあの空き地に行かなくなった。あそこの連中が相手じゃ物足りなくなってしまったのだ。だが、身体を動かさずにもいられない。じっとしていられなくて、とりあえずランニングに出ることにした。
しばらく走っていると、わたしと同じように走り込みをしている者がいたらしく、後ろから一定のリズムを刻む足音が聞こえてきた。いや、段々速くなっていっている。追い抜かれそうだ。そんなことを思っていると、すぐ後ろを走る人物から声をかけられる。
「おぉーいっ、ヘザーちゃん。休日だっていうのに、朝から元気だねぇー」
「……なんだ、アンタか」
気の抜けるような話し方をする、どこかふわふわした雰囲気を纏った少女。追いついて並走してくる彼女に、露骨に嫌そうな顔をして見せた。なんで休日までコイツに付き纏われなきゃならないんだ。
「なんか、学校と随分様子違うよねー」
「どうだっていいじゃん。ついてこないで」
学校では友人を作らないようにしている。わたしはバスケだけやっていたいのだ。バスケ以外の友人なんて、関わるだけ時間の無駄だ。だからこうして素っ気ない態度を取って、時折キツイ言葉を掛けたりするのに、コイツはしつこくわたしに絡んでくる。何が目的なんだ、一体。
「やっぱり、ヘザーちゃんって何かスポーツやってるでしょ。ねえ、何やってるのー?」
「……うるさい」
面倒くさくなって振り切ろうとペースを上げるが、千切られずにしっかりついてくる。このペースについてくるなんて、コイツ、結構体力あるじゃん。
ふと視界に入ったバスケットコートに、思わず足が止まった。そこでプレーしていた一人の選手に釘付けになる。見る者を引き込むほど美しいフォーム。見紛うはずがない、彼だ。……タツヤ・ヒムロ。
「どうしたのー? バスケ?」
後から追いついた彼女も足を止めるが、わたしは気にも留めず、コートに駆け寄っていった。どうやらフルコートを使っての5on5、ストリートより、競技としてのバスケに近い試合をしているようだった。
スコアはタツヤのチームが圧倒している。どうやら今は第3
「うわ、一方的だねぇー」
そんなとき、負けている方の選手がつまずいて転んでしまった。恐らく相当疲労が足にきていたのだろう。タイムアウトが取られ、試合が一時中断される。
「誰かー! 助っ人頼めないー? 飛び入り歓迎だよー!」
どうやらノリはストリートと同じらしい。わたしはここぞとばかりにコートに入っていった。
「わたしに代わらせて。少し見てたから、得意分野も大体わかったし。ここから逆転してみせるから、任せてくれない?」
チームの面々に少し驚いたような顔をされたが、彼らは快く迎え入れてくれた。
「じゃあ、あたしも入りたいなー。ダメ?」
いつの間にか、彼女までコートの中に入ってきていた。コイツ、バスケできるのか。
「あ、じゃあ俺と代わってくれ。悪いけど、こんな状態でコートにいても、どうせ足手まといになってただろうから」
と、一人の男が疲れ切ったようにコートから出ていく。まあ、使えない奴より使える奴がいた方がいい……のか? でも、コイツの実力だって未知数だ。あまり期待はしないでおこう。
「あたしは元気だから、どんどん攻めちゃうぞー! いっぱいボールちょうだいね?」
なんてにっこりと笑いかけてくる。……まったく、調子が狂う。彼女から視線を外せば、相手チームにいる彼とその視線が交わった。彼はわたしにふっと微笑み、その笑顔はわたしを待ち構えているようにも思えた。
試合が再開され、こちらのチームのボールから。わたしがボールを運びながらコートに目を走らせれば、宣言通り、彼女は視線で合図を送ってくる。当然、しっかりマークはついているが、仕方ないからなんとかしてパスを出してやろう。これで決めなかったら、二度とパスは出さないからな。
わたしはマークについている細身の男をフェイクでかわし、さらにチェンジオブペースでもう一人抜きながら左サイドへ切り込んでいく。ここでわたしを止めに入ったのは、タツヤ。
「またキミとプレーできるなんてね。だけど、今度はオレが勝つ!」
わたしはすかさずシュート体勢に入る。この位置からだと、入っても2点か。ならせめて、もっと確率の高い攻めを選ぶべきだよね。タツヤがシュートチェックに入ったのを見計らって、放る瞬間にボールの軌道を変え、ジャンプした彼の足元を通すバウンズパスを出す。パス先は、タツヤの後ろでフリーになっている彼女。
「ありがとー。決めちゃうぞ、それっ」
彼女がふわっと放ったボールは、綺麗な放物線を描いてゴールを通過した。
「言ったでしょ? わたし、負けるの嫌いだって」
わたしは彼に、挑発するように微笑んでみせる。決めたのは彼女だが、わたしのアシストだ。わたしが誇ってもいいはずだ。
「……やってくれるね」
シュートフェイクにかかったのが悔しいのか、はたまた点を取られたのが悔しいのか、彼は苦笑いを浮かべるが、その目は笑っていなかった。
相手チームのオフェンスに切り替わり、相手ポイントガードのマークにつく。わざと抜かせるようにして、油断した相手からさっとボールを掠め取った。そのままターンオーバーの速攻を仕掛ける。自分でゴールまでボールを運び、最後はレイアップ。これで連続得点。できれば第3Qの残り時間で、一桁差には縮めたい。
「ヘザーちゃん、ナイスぅー」
彼女が自コートに戻りながら、手を差し出してきた。仲良しごっこをするつもりはないが、確かに一本は彼女が決めた。だから、まあこれくらいならいいか。わたしは差し出された手を軽く叩き、ハイタッチをかわす。
「あはぁー、ヘザーちゃんとハイタッチする日が来るなんてなぁー」
気持ちの悪い笑みを浮かべる彼女を見て、軽率にハイタッチしたことを少し後悔した。
ただ、相手チームも易々と点を取られてばかりではない。他の選手はともかく、タツヤにボールが回ると止められない。この前は1on1だったから選択肢が少なかったものの、今回はパスも考慮に入れないといけない。そして案の定、シュートかパスかドリブルか、直前までまったく判断がつかないほど流麗な一つ一つの動作。これに、見事に翻弄されてしまっている。
それでも第3Qが終わった時には、なんとか7点差まで縮めることができた。予想以上に、彼女がいい働きをしてくれている。
「でもびっくりだなー。ヘザーちゃんって、バスケ上手なんだね」
「アンタも。バスケ部だったの?」
「ううん、クラブでやってるだけー」
しきりにスポーツやってるとかどうとかって聞いてきたのは、もしかして勧誘でもするつもりだったのか。それにしても、コイツの状況判断の良さには驚いた。こんな頭弱そうなのに、肝心な時にいいところに居る。パスを受ける体勢が整っている。体格も悪くない。コイツなら、もしかして……。
「最後まで頑張ろうねっ」
「頑張るだけじゃダメでしょ。絶対逆転して、勝つんだよ」
「おぉーっ!」
コイツの掛け声、なんか締まらないというか、気が抜けるなぁ……。
第4Qはこちらのボールからスタート。パスを回しながらディフェンスを振り切り、フリーになった彼女へパスを出す。と、すかさず彼女の前に立ち塞がったのは、タツヤ。アイツじゃさすがに彼の相手は厳しいか?
「うーん、じゃ、こっちで」
彼女もそう判断したようで、素早くワンハンドパスでこちらにボールを戻した。今のわたしのマークは小柄な男が一人だけ。こんなの、ほとんどフリーみたいなもんだ。ボールをもらってすぐに、わたしはフェイドアウェイでジャンプシュートを放つ。手ごたえは充分。どうか、入って。ボールは一度リングに触れたものの、弾かれずにゴールの中に沈み込んだ。
「ナイススリー、ヘザーちゃん! これで4点差だねっ」
「そっちこそ、その……ナイスパス、ロレッタ」
「ヘ、ヘザーちゃん……っ?! あたしの名前、覚えててくれたのっ!? てっきり……」
ロレッタが感激したように目を見開く。さすがのわたしでも、あんだけしつこくされれば名前くらい覚えるって。
「いいから、最後まで集中して」
「はぁーいっ」
そしてついに残すはあと一分となり、同点に追いついた。そんな局面で、わたしはようやっと、再びタツヤとマッチアップする。
「本当に追いついてくるなんて、さすがだよ。でもオレは今度こそ負けない。とっておきを、キミに見せてあげるよ」
そう言って彼は、シュートモーションに入る。今回はきちんと反応できた。叩き落とせなくても、触るだけでもいい。そうすれば、軌道を逸らせる。しかし、彼の打ったシュートは消えるようにわたしの手をすり抜けて、そのままゴールにすっぽりと入っていった。
「