雪解けて、水流るる   作:仁見頃

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Episode 03

 シュートが消えた……? そんなはずない。一体何? 今のシュートは。いや、落ち着け。とりあえず今は、残り時間が少なくて、2点差で負けてる。なんとしてもまた同点にしなきゃいけない。ここを外したら厳しい、大事な一本だ。それだけわかっていれば大丈夫。頬を両手で叩いて自分に喝を入れ、ボールを運んだ。

 さすがに警戒されてか、ロレッタに対してのマークがきつく、パスを出せそうにはない。かといって、正直残りの三人も体力の限界はとっくに迎えていて、なかば置物状態だ。自分で行くしかないか。と、わたしのマークにもう一人入る。ダブルチームか。ああ、もうっ、やってらんないっ。

 少し大げさにフェイクをかけて、フェイドアウェイでシュートを打つ。シュート自体は防がれなかったけど、この体勢と、この距離。入るわけない。思った通り、ゴールに届く前に失速し、落ちていく。すると、置物同然だと思っていた味方チームの大柄な男が、リバウンドを捕るように空中でボールを掴み取り、こちらに投げてよこした。

「頼むぞ!!」

 ……へぇ、そういうの、悪くないね。頼りにされるって、何だか気分がいい。

 わたしが無茶なシュートを放ったせいで、マークについていた二人はわたしから外れていた。つまり、今のわたしは完全フリー。ここで決めなきゃ、カッコ悪すぎでしょ。わたしは充分な溜めを確保して跳躍し、フローターシュートを放つ。この位置から入れば三点。三点入れば、逆転だ。誰もが息を飲みながらボールの行方を目で追いかけ、その視線はゴールへと移っていき、そのまま通り過ぎる。土壇場での逆転に、周囲がどっと沸き立つ。

 これでもう一本決めるか、もう一本防げば勝てる。残り時間的にも、これが最後のワンプレーになるだろう。

 

 最後はタツヤに回るだろうことは目に見えている。とはいえ、彼を意識し過ぎて、他の奴にあっさりシュートを許してしまうことも避けたい。やはりここは、マンツーマンディフェンスで、わたしが確実にタツヤを止める。それしかない。

 予想通り、時間ギリギリでタツヤにボールが入った。

「言ったはずだ。陽炎の(ミラージュ)シュートは誰にもさわれないってね。キミにオレは止められない」

「いや、止めるっ」

 消えるシュートの正体は以前掴めないままだ。でも、彼の動きをよく見て、タイミングを合わせれば止められるはず。彼がシュートモーションに入り、膝を曲げて跳躍に入ろうとする。わたしもそれに合わせてできるだけ高く跳ぶ。だが、彼はまだわたしの眼下にいた。……しまった、フェイクだ。ワンテンポ遅れて、彼はジャンプシュートを放つ。地面に落ちていきながら、わたしはただそのボールの行方を眺めているしかできなかった。タイムアップの合図とともに、ゴールを揺らす音が響いた。

 

 突きつけられる敗北という事実に、わたしは膝から崩れ落ちた。

「本当にすごいな、キミは。あれだけの点差から、ここまで迫ってくるなんて」

 勝者の余裕というやつか。彼は爽やかな笑顔を浮かべて、わたしに手を差し伸べてきた。わたしはその手を取らずに、自分で立ち上がる。

「でも結局負けたら意味ない。……今度、またわたしと勝負して」

「もちろんさ。よかったら今度、うちのクラブチームの練習に来てみないか?」

 クラブチーム、か。そういえばロレッタも、クラブチームでバスケをやってるって言っていた。賭けバスケでは出会えなかった、彼やロレッタのような選手が、クラブチームにはいるのかもしれない。俄然興味が湧いてきた。

 わたしは彼の提案を受け、連絡先を交換する。友達自体少ないわたしが、異性と連絡先を交換するときが来るなんて。そう思ったら、少し恥ずかしくなってきた。

「あー、あたしもヘザーちゃんの連絡先教えてほしいなぁー」

 これまであしらい続けてきた手前、あっさりと教えてしまうのは少し癪だ。それでも今日これだけのクロスゲームに持ち込めたのは、間違いなく彼女がいたから。彼女がいなければ、わたしはもっと惨めに負けていただろう。だから、これくらいは……あれ、さっきもそんなことを思った気がする。

 渋々ロレッタとも連絡先を交換し、彼らとは別れた。

 

「それにしてもヘザーちゃんってば、ああいう子が好みなんだねぇ~」

 帰り道、方向が同じらしく一緒についてくるロレッタが、急にそんなことを言い出した。からかうような眼差しを向けて、口元を緩めている。

「ちがっ、そういうんじゃないからっ」

 確かに顔は整ってると思うし、髪も艶っぽくて綺麗だし、ちゃんと筋肉ついてるのに、女の子みたいに細く見える。目元の涙ぼくろが可愛いから、余計にそう思えるのかもしれない。性格だって、そんなに悪くないんだろう。それにあの美しいフォーム。一体どれほどの努力をすれば、あんな綺麗なフォームが身に付くっていうの。って、これじゃあ大絶賛じゃない。

 そんなことを考えているわたしは、どんな顔をしていたんだろう。ロレッタもニヤけが止まらないといった風に、口元に手を当てている。

「とにかくっ、好きでもなんでもないから。これ以上この話をするなら、アンタの連絡先消すからね」

「はーい……。じゃあ、また明日ねー」

 一瞬落ち込んだような様子を見せたが、家こっちだから、とすぐにいつもの調子に戻って行ってしまった。本当、よくわからない奴。

 

 それから数日が経ったある日、タツヤからお誘いがあった。今日は練習がある日なので良かったらどうか、と。聞くところによると、タツヤの師匠なる人物がコーチをしているらしい。あれだけのプレーをする彼の師匠だ。気にならないはずもなく、今から楽しみで仕方がない。

「ヘザーちゃん、今日クラブチームの練習行くんでしょ?」

 おかしい。コイツにはそんな話、一言もしていないはずだ。一体どこから情報が漏れているのだろう。

「あはは、機嫌良さそうだったから、そうかなーって」

 そんなに顔に出てたのか。迂闊だった。

「そうだけど、それがどうかした?」

「あたしも行っていい?」

「ダメ」

 別に断るほどの理由はないが、コイツと仲良しだと思われるのが何か嫌で、反射的に断っていた。

「なんでー……。あ、そっかー。邪魔しちゃ悪いもんね」

 からかうように言われ、簡単に折れる。しかし、ここで否定しないと勘違いを正すことができない。どう転んでも、わたしの不利益になる言葉だった。

「わかった、いいよ。来ればいいじゃん」

「やったぁ、ありがとう! ヘザーちゃん、大好きっ」

 不意にぎゅっと抱きつかれ、慌てて彼女を引き剥がす。コイツは何でこんなにわたしに付き纏ってくるんだろう。こんなわたしに構ってばかりいるんだから、よっぽど暇なんだろう。

 

 彼の案内通りの場所に来てみれば、集まっていたのは小さな子供ばかり。タツヤも教える側のようだった。

「やあ、待ってたよ」

「お誘いどうも」

 期待外れの状況に、露骨に不機嫌な反応を返してしまう。そんなわたしとは対照的に、ロレッタはなんだか楽しそうだ。

「あたしも来ちゃいましたー」

「この前のお嬢さんだね。キミも来てくれたんだ」

「で、これは一体何の集まりなわけ?」

「みんなにバスケを教えてるんだよ。君にもその手伝いをしてもらえたら、と思ってね」

 強敵や刺激を求めてやってきたのに、空振りってわけか。なんかやる気起きないなぁ。

「そこのお嬢ちゃんが、うちのタツヤにちょっかいかけてる子だね?」

 その声に振り返れば、長身で胸も大きく、長い金髪をなびかせた美女がわたしのすぐ後ろに立っていた。いつからそこにいたんだろう。全然気づかなかった。この人が、タツヤの師匠なのだろうか。

「アレックス、せっかく来てくれたのに、そんな言い方は……」

 アレックスと呼ばれた女性は、タツヤの言葉を遮るように、まじまじとわたしを覗き込む。

「ふむ……結構可愛いじゃん。歳は?」

「えっと、十五……です」

「なんだ、タツヤより上か」

 え、そうだったの? 彼はてっきりわたしと同じくらいだと思ってたのに。ちらと視線を向けると、彼は申し訳なさそうに微笑んだ。

「上って言っても、一つだけですよ」

 年上とわかった途端、急に言葉遣いも丁寧に改められてしまう。それがよそよそしく感じられたわたしは、少しむすっとしたように呟いた。

「年齢とか関係ないから。今までと同じように接してよ」

「わかった。アレックスも、あんまりからかわないであげて」

「はーい」

 アレックスと呼ばれた女性は、子供のように、少し不貞腐れたような返事を返す。なんか、ロレッタと似たものを感じる。……やり辛いなぁ。

「アレックスはこう見えて、WNBAの選手だったんだ」

 WNBAってことは、元プロってこと?! そりゃ、タツヤも上手いわけだ。

「せっかくだ、お前たちの実力も見せてもらおうか」

 そう言うなり、アレックスは子供たちを集め、彼らを二人一組にして、四つのグループに分けた。そしてわたしたちをそれぞれ一人ずつ、各組に振り分ける。

「今からこの四チームで、3on3のミニゲームをしよう」

 予想だにしない展開に、言葉を失うしかなかった。

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