「ちょっと待ってください!」
夕日の差し込む部室内に悲痛な叫び声が木霊する。
「いきなり廃部なんて横暴すぎます!」
「……以前から勧告していたはずですが」
私立泥炭総合学園。
名前こそもっさりしているが、そこそこ地域で知られた進学校である。自由な校風が売りの中高一貫校。
「人聞きの悪い言い方はやめていただけますか?」
眼鏡の位置を直しながら女子生徒。
分厚いレンズで目元の隠れた彼女は当校生徒会長である。厳格な性格で知られ苦手意識を持つ生徒も多い。
「だからって急にそんな……」
俯いて肩を震わせる彼、タクヤもその一人だ。
線の細い気弱そうな外見。会長と同じ高2で泥炭学園模型部の部長でもある。もっとも……
「部員一人では部として存続できないのは、ご存知のはずです」
「分かってます! だからもう少し待ってほしいって……」
「待てば部員が増えるんですか?」
「それは……」
そう。
模型部は現在部員数1。タクヤしかいないのだ。
大体どの学校もそうだが部活動として認められるのは部員数5人から。その例にもれず泥炭学園も5人未満は同好会として扱われる。
元々部員数ギリギリだった模型部は3年生の引退に伴い、2年のタクヤ一人になった。新入生からの入部も得られず、晴れて(何が晴れてかは分からないが)部員一人部長一人である。
かくして『同好会に格下げされる』お決まりのシチュエーションに相成ったという訳だ。
「分かりました、譲歩します」
「えっ?」
「1週間以内に誰か一人入部させて下さい。それが出来たら、もうひと月廃部を見合わせます」
「あっ、ありがとうございます!」
「きゃっ!」
感極まって会長の手を握るタクヤ。会長は真っ赤になって(眼鏡越しでほとんど表情は分からないが)手を引くと、慌てた感じでドアを開ける。
「いっ、一週間ですからね!」
逃げるように出て行く。
そっちを見もせずに考え込むタクヤ。冷静になって考える。
「……この手しかないか」
中々の勢いでドアが開く。
「リュウジ!」
「…………」
名前を呼ばれたにもかかわらず、眉一つ動かさずモニターから目も離そうとしない。
その態度に呆れながらタクヤも画面を見る。
満面の笑顔の、原色の髪色をした二次元美少女。顔の下に三択が並ぶ。いわゆるギャルゲーというやつだ。
ボタンを押す。画面が暗転。悪魔のような顔が浮かぶ。
「ノックぐらいしろよ、俺の部屋だぞ」
悪魔、じゃなくてリュウジ。
「っていうか、どうやって家に入った?」
「普通にインターホン鳴らしておばさんに入れてもらったんだけど」
隣に座る。
「そんなことよりリュウジ、いい加減学校来なよ」
「断る」
テキスト文を送る。
「3次元はクソだ。俺は2次元に生きる」
「あのねえ」
「特に3次元女はクソの中のクソだ」
吐き捨てるように言う、この男。
名前はリュウジ。タクヤと同じ高校2年生、同じ泥炭学園に通う(絶賛引きこもり中だが)幼稚園からの幼馴染である。
画面を見つめる目つきが異様に悪い。
怒っている訳ではない。普通にしててこの顔なのだ。
名前で分かる通り(?)リュウジの親は元ヤンだ。当然と言うべきか両親ともに人相が悪い。
その子供のリュウジは言わばサラブレッドだ。凶悪な三白眼面だ。
だが、リュウジ自身はヤンキーじゃない。むしろシャイな部類の少年だった。
そんな少年が年頃になって色気づいた、それが悲劇の始まりだった。
告白する。振られる。
告白する。泣かれる。
告白する。怯えられる。
最終的に警察を呼ばれるに至りリュウジは悟った。これが自分の現実なんだと。おそらく一生独身で、一人寂しく死んでいく運命なんだと。それが自分の末路だと。
そして、リュウジは引きこもりになった。
引きこもってギャルゲーマーになったのだ。
「そんなん言ってるけど、彼女欲しいでしょ」
「いらん」
「あっそ。じゃあいらないね、これ持って来たんだけど」
言いつつ何かを投げ出す。反射的に目で追い、
「!」
三白眼を凶悪に見開く。
大判の、何かの雑誌の見開き。特集ページ。汗だく眼鏡デブの絵に描いたようなキモオタと清楚系黒髪美少女が、仲良さそうに手をつないで笑ってる。
その上に浮かぶ派手な見出し文字。
「『GBNで彼女出来た!』……だと……⁉」
GBN。ガンプラバトル・ネクサスオンライン。安定した人気を誇るVRMMOゲーム。
いわゆるファンタジー世界を題材にしたネットワーク・ゲームとは一線を画した、ある特徴を持つ。
ガンプラ。すなわちアニメ作品ガンダム及びそのシリーズを題材にしたプラモデルを、ダイバーギアと呼ばれる専用スキャナー兼記憶媒体でスキャニング。VR空間に投影し自己アバターが乗り込む形で各種ミッションの攻略。或いは対人FPSを楽しむ。
つまりはガンダムやガンプラのフリークにとって夢のようなゲームなのだ。
わなわなと震えながらリュウジ。
「……マジ?」
「マジ」
うなづいて、
「模型部入ってGBNやらない?」
「超やる!」
まさかのガッツポーズ付きで叫んだ。
一瞬軽い眩暈と共に見当識を失って、すぐに明るくなった。
目を開けると未来的な街並み。歩いてる連中はみんなビビッドで派手な感じ。
コスプレパーティーというのが近いかも知れない。そしてケモミミ率が高い。けものフレンズだ。
「ようこそGBNへ」
さっきまで喋ってたシステム音声と同じ定型文を知らないイケメンが言う。金髪エルフ耳狩人風の格好。
よく見たらタクヤだった。
「ロープレのキャラみたいだな」
言いながらステータス画面を呼び出す。自分のアバターをチェック。
「……なんだよこれ?」
おかしい。爽やか系イケメンに設定したはずなのに。
「ただの俺じゃねえか!」
ウインドウの中で三白眼がギョロリと睨みを利かせる。
「顔立ち自体は違うんだけどね。表情でリュウジだって分かるね」
「呪われてんのか⁉」
小さく叫ぶ。結構時間かけてアバター造ったのに、なんの意味も無かった!
「まあ気を取り直して……早速、何かミッションこなしてみようか」
スワイプしてウインドウをスクロールさせていく。
「……あ、これなんかどう?」
「撃破ミッション、難易度F……難易度ってなんだ?」
「自分のランクと比べて目安にするんだ。ここ見てみ?」
「なるほど、俺はFランクか」
「ちなみに一番下がFで一番上がSSSだよ」
「分かった、やってみる」
「オッケー」
タップすると視界が暗転した。
数秒、周囲をグリーンの幾何学模様が流れ(通信待ちの演出)景色が切り替わる。
しつらえたようにフィットするバケットシート。正面、大型のメイン・モニター。
計器類の並んだ狭いスペース。その内の一つ、小さいモニターの画面内にタクヤの顔。
『オプションの項目出して、全周モニター選択して』
「分かった」
一気に景色が変わる。
10メートル以上の高さに浮かんでる感じ。少し違和感を感じる。
空は無くて、代わりに街並みが頭上遥かまで続いてる風景。地平線まで行かずに湾曲している。
つまりスペースコロニーのステージだ。
『ミッション・スタート』
どことなく胸のデカそうなシステム音声がアナウンスする。
同時に目前のスペースを、下から光点が走査してワイヤーフレームを形成していく。枠組みだけの輪郭にまとわりつくようにテクスチャーが張り付き、鋼鉄の一つ目巨人が出現した。
モビルスーツ、ザク。2機。形が違う。それぞれザクⅠ、ザクⅡだ。
「そういえば俺の乗ってるやつなんだったっけ?」
『さっきスキャンしただろ、シュバルベグレイズ』
「そうそれ」
『コンディション・アイコン出てない? 切り替えてみ』
スワイプするとリアルタッチの画像が出て、自動的にウインドウが拡大される。
鮮やかな蒼の機体。竜を思わせる流線的な頭部のフォルム。一本角。各部に増設されたスラスター。
量産機グレイズの上位機体シュバルベグレイズ。
ついでにタクヤの機体も確認する。
量産機ジムの狙撃仕様機ジムスナイパーカスタム。コンディションはオール・グリーン。当たり前だけど。
『ザクが動き出した。前衛頼む』
「了解」
そこだけゲーム的なスティックを操作する。
幾つかある兵装の中からライフルを選択。牽制射撃。
ザク2機が散開する。結構速い。
アックスを選択。突っ込む。
ザクがマシンガンを掃射する。何発も当たったはずだがビクともしない。HPバーもほとんど減らない。
動力パイプ剝き出しの方に振り下ろしの一撃。
敵機アイコンが一気にレッド表示になる。ついで撃破のシステム・アナウンス。
「うわっ⁉」
そして衝撃。
死角から、もう一機のタックル。
HPが目に見えて減った。機関銃弾より体当たりの方がダメージでかいのか?
倒れ込んだシュバルベグレイズに赤熱したアックス、ヒートホークを振りかぶるザク。
撃音。
振り下ろす寸前、ザクの胸部が撃ち抜かれる。撃破。タクヤのジムスナだ。
『ウィン。ミッション・クリア』
システム音声。
リザルト画面の後、元居た街中に戻される。
「要領は分かっただろ」
「ああ」
「じゃあ、この感じで暫くやろう」
「オッケー」
そんな感じで一週間経った。
現在ランクはE。あと数10ポイントでDランクに到達する。
「これ、今日中にDになれるんじゃない」
「訊いてなかったけど、ランク上がるとどうなるんだ?」
「Dからはフォースに入れるようになるんだ」
「フォース?」
「リュウジ風に言うとチームだね」
「……俺ヤンキーじゃないんだけど」
「チーマー?」
「チーマーでもないし! ていうか引きこもってたし! 超孤独だったし! 後、古い言葉知ってんな!」
「要は何人かで組んで集団戦やったりするんだ。で、このフォース戦が一番の花形コンテンツなんだけど」
「つまり強いと目立つ?」
「ああ」
「ってことはモテる?」
「ああ」
「よっしゃー! もう一狩り行くぞー!」
(そして泥炭学園模型部として目立てば新入部員獲得チャンス!)
……つまりは、こういう計画だった。
本日二つ目の拠点破壊ミッションをスタートした直後だった。
『ワーニング。エリア侵入者有り』
システム音声に首を傾げる。
『どういう意味?』
「誰かが無断でミッション進行中のエリアに入ってきた」
『まんまだな。それって問題あるん?』
「進行中エリアに近づいたら警告が出る。特に用事が無ければ迂回するか、一言断ってから通る」
『PK?』
「たぶんそう。警戒して」
『ちなみに負けるとどうなる?』
「ポイント取られる」
『実質NTRじゃねえか⁉』
「いや違うよ⁉」
騒ぎつつタクヤは周囲の警戒を怠らない。
狙撃仕様といっても特に索敵強化されている訳ではない(そもそも狙撃もこなせる汎用タイプという位置付けだ)ジムスナイパーカスタムだが、タクヤはバックパックにレドーム(全周レーダー機器)を追加している。
PPIスコープが2周、3周……反応有り!
「後ろだ!」
振り返る。後方800メートルほど。グランドキャニオン風の岩山の上。
『……おほほ。よく気付きましたわね!』
太陽を背にした逆光のシルエット。そいつはそこにいた。
鶏冠のように突き出した特徴的な頭部。同じく特徴的な大型リアスカート。
ガンダムキマリストルーパー。宇宙戦特化機体ガンダムキマリスの地上戦装備換装タイプ。その改造機。
甲冑の胴を思わせる何かのレリーフが刻まれたボディ。
ハルバード或いは関羽大刀に似た大型のポール・ウエポン。
言うなればキマリスナイト。
リュウジの背に戦慄が走る。
「……おい聞いたか、今あいつ『おほほ』って笑ったぞ⁉」
『リアルにそんな人初めて見たよ、ここリアルじゃないけど⁉』
『キーッ、バカにしてー!』
おこな感じで謎機体のパイロットが通信モニターに映る。
金髪縦ロール、口調そのままの高飛車な雰囲気。ただし一ヶ所、ひどく特徴的な。
「……お面?」
『仮面ですわ! お祭りの出店じゃないんですのよ⁉』
そう。
鼻から上を某シャア・アズナブルのようなバイザーで覆って顔を隠しているのだ。つまり。
「不審者?」
『通報? 運営に通報? 警察に通報?』
『ち・が・い・ますわーーー!』
肩で息をする縦ロール。
『はあ、はあ、もう怒りましたわ』
「いや最初から怒ってね?」
『だよね』
『天誅を下しますわー!』
聞く耳持たず、砂煙を巻き上げて突っ込んで来るキマリスナイト。
『リュウジ! 前衛!』
「任せろ!」
シュバルベグレイズもブーストダッシュする。ライフルで弾幕を張りながら、もう片手でアックスを振り上げる。
激突。
「うあ!」
弾き飛ばされたのはシュバルベグレイズの方だった。
追撃するキマリスナイトをR4型ビームライフルの光弾が襲う。
が、素早く躱し距離を取るキマリスナイト。
『大丈夫か、リュウジ?』
「なんとか! こいつ強いぞ!」
『ああ、分かってる』
ジムスナのライフルは自作コイルを使ったスクラッチパーツで弾速を強化している。
ビーム兵器というのは荷電した粒子を磁力で射出する(そもそも架空の兵器だが)ので、磁力の発生機関を増設すればその分ビームは高速化する。
にも拘わらず、あっさりと避けられた。
(この人……上手い)
『リュウジ、接近戦はマズい。ライフルで牽制して。当てなくていいから』
「了解!」
再度ダッシュするキマリスナイトの周りに弾薬をばら撒く。
小刻みなステップで距離を詰めるキマリスナイト。
そこを狙うジムスナのライフル。
『!』
大きく跳びずさるキマリスナイト。
再度ダッシュ。また撃つ。また下がる。
『いっ、イライラしますわー!』
キマリスナイトが地団駄を踏むジェスチャーをする。
もう一度ブーストダッシュ。
シュバルベグレイズが牽制する。さっきまでと同じく繰り返し。
いや。
「マズい! タクヤ!」
瞬間、キマリスナイトの下半身が大きく形を変える。
疑似的な4脚。リアスカートの大型ファンが唸りを上げて回転する。
高速移動を可能にするホバー状態。トルーパー・モード。
一気に加速してリュウジ機を迂回。タクヤ機を狙う。
『来た!』
(狙い通り!)
急迫するキマリスナイトにライフルを投げつける。
両断されるR4型ライフル。
相対距離がほぼゼロになる。
キマリスナイトはハルバードを振り下ろした状態。ジムスナは丸腰。いや。
タクヤ機が腕を突き出す。
前腕に懸架されたビームサーベル発振器。発生するビーム刃。
避けられないタイミング。
(勝った!)
そう確信した瞬間、幾つかのことが起こった。
『⁉』
サーベルに焼き切られる寸前、キマリスナイトの上半身と下半身が分離する。
腰の後ろに折りたたまれていた短い脚が伸びる。逆に腕が折りたたまれ、同時に胸部アーマーが開く。
その下から現れる大きくデフォルメされたSDの顔。
瞬くほどの間にリアル等身のモビルスーツは消え去り、代わりに。
『わあっ!』
上半身が変形したSDガンダムがジムスナを蹴り飛ばし。
「ぐあっ!」
同時に、馬のような姿になった下半身が、後ろから迫っていたシュバルベグレイズを薙ぎ払う。
(分離して2機になった⁉)
マズい。完全に予想外の展開だ。
今追撃されたら負ける。
『……お、おほほ。今日はここまでにしておいてあげますわ!』
が、何故かキマリスナイト達が後退していく。
『わたくしはレディ・サカグチ! この名を覚えておくのですわー!』
高笑いが遠ざかっていく。
「……何だったんだ?」
『さあ?』
『撃退に成功。ポイントを加算します』
「『……え?』」
突如流れたシステム音声に驚きの声が重なる。
『ランクアップ。コングラチュレーション』
「『あー』」
そういえばランクアップ間近だった。えらく間の抜けたタイミングになってしまったが。
『ランクアップおめでとう、リュウジ』
「ああ、うん」
『これで晴れてフォース作れるけど、名前どうする?』
「一応考えたのあるんだけど」
『僕もだ。いっせーのーで、で言う?』
「『いっせーのーで』」
「フォースDTS(童貞捨てたい)!」
『フォースDTS(泥炭総合)!』
顔を見合わせて。
「『……』」
どちらともなく笑い出す。
趣旨が全く違ったのだが、当然どちらも分かっていなかった。
模型部廃部まで残り3週間。
それまでに、後3人部員を確保して廃部を免れるのか?
そしてリュウジに、めでたく人生初彼女はできるのか?
「ありがちな展開」終了。次話「昨日の敵は今日の友」