粘っこい汗が額を伝う。
鼓動が身体を伝わって耳に響く。うるさい。
「……くそっ、どこだ、どこから来る⁉」
ZGMF-1000『ザクウォーリア』
その砲撃戦用ウィザード装備機ガナーザクウォーリアのコクピット内で、パイロットの男は忙しなく左右に首を振る。
視界は悪い。
崩れかけて苔むした壁。壁が突き当たって、直角に曲がってまた壁。壁に包囲されている。
つまりは屋内だ。
異様に巨大な建築物だった。
全高20.5メートルのガナザクの頭部の、さらに上に天井がある。
確か巨大ショッピングモールという設定だったか、いくらなんでも無理があるだろ……脱線しかけた思考を戻す。
屋内でレーダーは使い物にならないが、ここに追い込まれた時点で僚機の反応は消えていた。おそらく全機撃破されて、生き残っているのは自分ひとりだ。
敵は最初から2機。
対して自分たちは5機(だった)
数的に優位でランクも上。余裕というより傲りがあった。
その心の隙を突かれた。
狙撃ポイントを確保する前に逆に狙撃を受けて、1機が小破、とっさに散開。連携を崩された状態で敵ポイントマンが強襲。応戦しようと頭を出した機体が狙撃手に狙い撃たれ、1機また1機と数を減らしていった。
狙撃を避けるために廃墟の中に逃げ込み、長い通路の途中、壁の窪んだ場所(休憩スペース?)を見つけ、なんとか隠れた。
状況は圧倒的に不利。
不幸中の幸いというべきか、遮蔽物の無い通路に現れるだろう相手に対して、自分は壁を盾にできる。
「せめて一矢報いてやる!」
身の丈を超える長銃、M1500オルトロス高エネルギー長射程ビーム砲を通路の一方に向け、吠える。
「来るなら来い!」
カラン。
足元に何かが転がる。パイナップル型の分かりやすい造形。
「手榴弾⁉」
横っ飛びに身を投げ出す。
爆発。
伏せた頭上を爆風と金属片が掠めていく。
間一髪だった。殺傷圏からギリギリで逃げ出せたらしい。が、ホッとする間も無く。
ガチャリ。
頭の後ろで金属音。
慌てて上げた眼前に真っ黒い銃口。鳴り響くアラーム。ワーニング、ワーニング。
つまりチェック・メイト。
『Congratulations is your victory!』
システム音声がフォース戦の終了を宣言する。
「おつかれ、リュウジ」
「おつ」
即座に街中に戻ったロケーションの中、リュウジのアバターとハイタッチする。
「これで、ちょうど10勝だ」
「そろそろモテ期か?」
「うん、それはちょっと分からない」
流しつつ、タクヤは端末を操作して今し方終わった対戦の動画をチェックする。
「……うん、いい感じ」
ホロ・モニターの画面上で、コクピットを撃ち抜かれたガナザクがゆっくりと倒れていく。
FPS視点の迫力満点な映像と俯瞰視点の状況が分かり易いバージョンのふたつ。事前に設定した通りだ。
この後ログアウトして対戦動画を編集、動画サイトにアップする。
まだ再生回数は微々たるものだが、模型部公式アカウントとして多少なりとも宣伝効果はあるはずだ。
廃部まで残り2週間。前途洋々とは言えないが、一縷の望みを賭けて、とにかく努力し続けるしかない。
「一度抜けるけどリュウジはどうする?」
「俺も抜ける。腹減ったし」
「分かった。じゃ、解散……っと、待った」
端末に着信。対戦申請。フォース名は……
「大隊(仮)?」
「滅茶苦茶数多い系?」
「そんな安直な……どうする?」
「俺はどっちでもいいけど」
タクヤは少し考えて、
「もう一戦付き合ってくれ」
アイコンをタップした。
『マジで大隊だった件!』
リュウジがアホみたいな大声で叫ぶ。
ダダダダダダ!
その大声が掻き消されるぐらいのけたたましい銃声が連続する。
巨大な岩を背にしてしゃがみ込んだシュバルベグレイズが、妙に人間的な動きで地団駄踏む。
『人数差! こういうのってありなの? ハンデとか付かないの?』
「まあ、野良戦だからね……」
横でジムスナイパーカスタムも肩をすくめる。
ダダダダダダ!
岩の反対側がえらい勢いで削れていく。
砲弾の雨を撃ち出しているのは、総勢20機のモビルスーツだった。
いわゆるオリジン系のザクⅠ、ザクⅡで構成された実弾系火器専門のフォース。それが大隊(仮)の正体だった。
しかも全機米軍式のウッドランド迷彩で統一している。
要はミリタリー志向の強い集団。実弾系にこだわっているのも、彼らなりのリアリティを追求した結果なのだろう。
言い方を変えれば、強さよりも美学を選んだ集団。
(……そこに付け入る隙はありそうなんだけど)
如何せん数が違いすぎる。
通常のドラム・マガジン式なら交換時に弾幕が薄くなるはずだが、その対策も万全だ。
透明な特製の給弾チューブがマシンガンのサイド、給弾口からバックパックまで繋がっている。弾切れを心配することなくトリガー・ハッピーできる仕組みだ。
「……負け動画も需要あるよね?」
『弱気になってんじゃねえよ!』
「母性本能を刺激された女性ファンがつくかも?」
『同情されても付き合うとこまでいかねえよ⁉』
もちろん本気で言ってる訳じゃない。
だが打つ手もない。遮蔽物の大岩にも、そろそろ穴が開きそうだ。
「イチかバチかだ。イチニのサンで飛び出そう」
『オッケー! 目にもの見せたる!』
ジムスナが指を立てる。
1本。
2本。
3……
『待った、3で飛び出すのか、3の後飛び出すのか、どっち?』
リュウジが叫んだ瞬間。
くぐもった鈍い激突音。ついで、あれだけ途切れなく響いていた銃声が止まる。
「なんだ? どうなった?」
恐る恐る岩陰から頭を出す。
『おほほ。多勢に無勢、助太刀いたしますわ!』
ザクⅠを1機、抱えたマシンガンごと一刀両断した姿勢で、いつかのキマリスナイトがそこにいた。
「おほほ!」
『おほほ!』
『きー! レディ・サカグチですわー!』
地獄で仏とばかりに仰ぎ見るふたりにサカグチがブチ切れる。
唖然として動きを止めていた大隊(仮)が散開する。
キマリスナイトを包囲するが、照準したところで攻撃が止まる。
(上手い。位置取りが絶妙だ)
大隊(仮)は同士討ちを恐れて撃てない。マシンガンの火力と集弾性能の低さが仇になった形だ。
『伏兵⁉ 汚ねえぞ!』
敵リーダーとおぼしきザクⅡが無線越しに叫ぶ。
『いや、この人数差で言うこっちゃねえだろ!』
リュウジも叫び返す。
そして、再度の破砕音。
『よそ見をするとは余裕ですわね』
ハルバードの一撃で大破、沈黙するリ-ダー機。
一気に殺気立った残りの大隊(仮)の面々が、味方の被害は覚悟の上でキマリスナイトに発砲する。
ダダダダダ!
怒涛の勢いで飛来した機関砲弾が空を切る。
それを見越していたキマリスナイトが上下に分離・変形。それぞれ反対方向にダッシュして、間一髪避けたのだ。
『なっ、なんだ⁉』
意表を突かれたザク集団の連携の乱れを突き、SDガンダム、馬型、さらに2機を撃破。
「今だ!」
『おう!』
その隙を見逃さず、岩陰から飛び出すジムスナとシュバルベグレイズ。
そこから勝敗が決するまでは早かった。
「ありがとう、助かったよ。おほほ……じゃなくて、サカグチさん」
「義を見てせざるは勇無きなり、ですわ。お礼を言われるようなことじゃなくってよ」
タウンに戻って改めて礼を述べるタクヤと、腰をクイッ縦ロールをファサッして、あくまで高飛車なサカグチ。
「義? 勇? この間は急に襲ってきた奴が?」
「そこ! うるさいですわ!」
その場でターン、人差し指をビシッ、キレッキレッだ。
「さっきの動きはすごかったよね。サカグチさんはGBNは長いの?」
「まあ……そこそこ、ですわ」
「どこかのフォースに入ってるの?」
「いいえ、フリーですわ」
「本当! だったら」
思わずといった感じでサカグチの手を取り、
「うちのフォースに入って欲しい!」
「あ、あわわ」
急にまごつきだすサカグチ。バイザーの下の顔が真っ赤になる。
「……なんだ、この感じ?」
毒づくリュウジに言い返す余裕も無い。けっラブコメか、と吐き捨てるリュウジ。
ややあって。
顔を伏せたままコクンと頷く。
こうしてフォースDTSに3人目のダイバーが加入した。
廃部までタイムリミットは……あと2週間。
「昨日の敵は今日の友」終了。次話「ライバル登場」