前略。多由也に転生したけど、人生の詰将棋をしている気分です。   作:N-SUGAR

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治療法が二つもあるって!?驚き桃の木山椒の木。余裕過ぎて口笛吹いちゃうレベルじゃないですかー!やったー!!


ここで自分に向けて一言。

「間違い無いな。お前は性格が悪い。ああ最悪だ」




第十四話 苦渋の決断。

「君麻呂を治療する方法は、二つある」

 

 扉間様のその言葉に、私は唖然とする。

 

 二つ? 今二つって言った? 

 

 君麻呂の治療法が? 二つも? 

 

 嘘でしょ? 

 

「どうする? 聞くか?」

 

「聞きます聞きます! そりゃあもう!」

 

 私は心の中で勝利の快哉を叫びながら扉間様の方へと身を乗り出す。

 

 扉間様は、そんな私をいたって冷静に見据えながら、左手にカルテを持ったまま、右手を肩の高さに上げる。

 

 そのまま扉間様は指を一本立て、

 

「説明する前に予め言っておく。オレが今から説明する2つの治療法だが、その1つ目は、君麻呂の病気が完治する方法で──」

 

 続いて二本目の指を立て、

 

「──2つ目は、君麻呂の病気が()()()()()方法だ」

 

 と、言った。

 

 はあ? と、思う。

 

 1つ目は完治する方法だから良いとして、2つ目は完治しない方法? 

 

 それに、なんの意味があるって言うんだ? 

 

 2つ目、要らないだろ。

 

 そんな私を尻目に、扉間様は言葉を続ける。

 

「二つの方法のうちどちらを選ぶかはお前次第だ。オレ個人でこっちの方がいいというのはあるが、まあ、最終決定権はお前に預ける。好きにするといい」

 

「はい……」

 

 扉間様の言い回しに何か不吉なものを感じるが、治療法は治療法だ。それがよっぽどふざけたものでない限り、君麻呂の病気が治ることには違いがない。もしかしたら副作用とか術後病の心配が有るのかもしれないが、扉間様がそこまで不完全な案を出すだろうか? 

 

 わからないが、聞いてみないことに始まらない。

 

 私は、扉間様の説明を素直に聞くことにした。

 

「まず、1つ目の方法。これは死ぬほど単純だ。()()()()()()()()()()。それで君麻呂は完治する」

 

 え。

 

 そんな簡単な方法で? 

 

 マジで言ってる? 

 

 私が胡乱な目を向ける。しかし扉間様はその目に一切動揺しなかった。

 

「勿論、移植するにあたってある程度留意しておくべき注意点はある。だが、基本的にはそれだけで良いのだ。それは何故か。貴様も写輪眼の移植研究に従事したのなら気付いてもおかしくはないと思うのだがな。兄者の細胞には、『接ぎ木』の役割を果たす性質がある」

 

「接ぎ木?」

 

 私が繰り返した言葉に、扉間様は頷く。

 

「そう。接ぎ木だ。元々千手とうちはの細胞移植の相性が良い上に、その研究では間にもう1つ特別な体質の検体を挟んでいたから気づかなかったのかもしれんが、基本的に兄者の細胞はどの細胞にも満遍なく侵食するためあらゆる細胞に必ず適応できるのだ。侵食される側の細胞がどうなるかは置いておいてな。兄者の細胞は、台木としておよそ万能なのだ」

 

 つまり、と、扉間様は続ける。

 

「この治療法は、その接ぎ木の性質を応用して橋渡しを行うというものだ。兄者の細胞に適応できる人間の数は少ないが、兄者の細胞に上手く適応さえすれば、その者は兄者の細胞を仲立ちにしてどの細胞にもそれなりに適応することができるようになる。兄者の細胞を通すことで、適応者を万能の台木にするというわけだ。君麻呂の身体にも兄者の細胞は移植されているが、今回の場合はその量が少なすぎて大量の重吾の細胞とやらにうまく橋渡しが行き渡っていない状況にある。とはいえ移植されていればこそ、半年もの間これだけ身体に合わん細胞が自身の過半数を占めていたというのに目立った症状が出てこなかったというのもあるわけだがな。よって、幸運にも無事に適合しているらしい兄者の細胞の割合を増やしてやれば、橋渡しが十分に行き渡り、重吾の細胞は君麻呂の細胞に適合するようになる」

 

 一息にそこまで説明した後、扉間様は一呼吸入れて、

 

 ただし勿論、デメリットもある。

 

 と、言った。

 

「いくら適合しているとはいえ、大量の兄者の細胞を取り込めば、そのコントロールは当然利きにくくなる。慣れるまでの間は身体から木が生えたり、場合によっては兄者の人面瘡が移植箇所に浮き出たりといった副作用はあるだろう。だが、この治療法ならば恐らく君麻呂にとっては命に別状はないどころか、以前よりも強靭な肉体とチャクラを持った状態で再び活動できるようになるだろう。君麻呂の血筋ならば、場合によっては木遁すら使えるようになるやもしれん」

 

 二本立てたうちの中指を折り畳み、扉間様は1つ目の治療法の説明を終える。

 

 うーむ。柱間細胞の「接ぎ木」の性質か……。確かに、それは私と大蛇丸様の実験で気付けてもおかしくないことだった。なまじ私達には、自称うちはシンという優秀な繋ぎ役がいたものだから気付けなかったが、柱間細胞単体にもあらゆる細胞に適応する効果があったとは、完全に盲点だった。

 

 ほとんどの細胞が柱間細胞に適合できないが、その逆までそうだとは限らない……か。自我の強い細胞というのも考えものだ。だがその事実が今、君麻呂を救う鍵となっている。

 

 どうやらやはり、扉間様は自分の兄上の細胞をそれなりに研究してやがったらしい。初代火影の術をヒントにして色々な術を開発したというエピソードがある扉間様のことだ。それくらいは当然だと見るべきだが、やはり改めて確認できるとそら恐ろしいものを感じる。この人、自分の兄貴相手に何をしくさっているのだろうか……。

 

「別に、非難されるようなことをした覚えはない。里のためになるならばと、兄者は嬉々としてワシに細胞を提供してくれたし、実際その成果は新術開発という形で里の役に立ったのだからな」

 

 フイ……と、扉間様は顔を逸らしながら言い訳のようなことを呟く。

 

 どうやらまた私は、呆れたような感情を顔に浮かべていたらしい。

 

 もしかして扉間様ってば、流石に兄上の細胞を好き勝手研究したことに関しては、何らかの感情を抱いてらっしゃるのだろうか。

 

 だとすれば、扉間様のまともな人間らしい一面を漸く垣間見たことになるのだが。

 

「とにかく、2つ目だ」

 

 扉間様は咳払いをすると、再び治療法の説明に戻る。

 

 正直、1つ目の治療法で十分な気がするのだが、もしもの時の手段は多いに越したことはない。私は素直に聞き続けることにした。

 

「2つ目の治療法。こちらは兄者の細胞は使わん。使っても良いが、オレからすればそれはむしろ蛇足の部類に入る」

 

 扉間様は一本立てた人差し指を左右に振りながら話す。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()? それを使う方法だ」

 

 これはまた、意外な名前が出てきたものだ。

 

 血龍眼。確かに、それは回収されている。ジャシン教の調査任務に赴いた際戦うことになったジャシン教教団長を名乗る男、血之池 赤。任務の成果を水増しするため、私は彼の死体を持ち帰っていた。

 

 飛段の情報と合わさって大蛇丸様はかなり喜んでくださったし、持って帰ってきておいて正解だったなとは思っていたが、まさかここで登場するとは……。

 

「この診断書を見る限り、重吾の細胞による拒否反応の症状は多々あれど、その根本原因は血液異常によるものだ。血液が変質を来すことで、様々な箇所に異常が発生している。ならばそれを治せばよい」

 

 扉間様は続ける。

 

「血之池一族はこと血液に関してはかなり特殊な一族だ。オレの世代では既に地獄谷に追いやられた後だったからそこまで関わることはなかったが、その特殊性についてはよく聞き及んでいた。血龍眼に開眼した血之池一族の者は、己の血液を大きく変質させる。そして、他人の血液に触れ血龍眼のチャクラを流し込むことで、他人の血液をも変質させる能力を得る。起爆人間を作るときなどに血之池一族はこの能力を使用するわけだが、このとき、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それどころか、血龍眼を持つ者は血液の劣化や異常というものをまったく起こさなくなる。故に、血龍眼を持つ者はいつまでも若々しい姿を保つことでも知られている」

 

 私は以前対峙した血之池 赤を思い出す。確かに、あの男は飛段から「おっさん」と呼ばれていたくせに、少年を思わせるかのような若々しい風貌をしていた。

 

 アニメ版サスケ真伝に登場した血之池一族のチノという少女(?)も、確かサスケよりも遥かに年上なのに、まるで年端の行かない子どものような風貌をしていたのだったか……。

 

 同じく登場した御屋城エンとかいうおっさんも血之池一族だったような気がするが、あの人も推測年齢からして、大分若い見た目の部類に入りそうだ。

 

 その原因は、血龍眼による血液の改変にあった? 

 

 というか扉間様、そこまで関わることは無かったとか言ってるけど、そこまで知ってるってことは確実に血龍眼についても研究してるよなこれ。

 

 隠そうとしても無駄だからな。研究しなきゃそこまでの事は絶対わからねーよ。少なくとも統計データは確実に取ってる節がある。

 

 まぁ、どうでもいいけどさ。

 

「つまり血龍眼を君麻呂に移植すれば、血液異常が治ると?」

 

「そうだ。より厳密には血龍眼が血液の異常を抑え込むと言った方が正しい。重吾の細胞によって引き起こされる拒否反応は抑えられるが、相性の悪さが治るわけではないので、この手段は完治とは言い難い」

 

 ふむ。なるほど。確かに根本的な部分がそのままでは完治とは言い難いか。……でも、症状が完全に抑え込めるのならば、それは完治と殆ど変わらないということになるのではないだろうか。

 

 そちらの治療法もまた、中々良いもののように思える。問題は

 

「その移植に際して、何かデメリットは有るのですか?」

 

 やはり、そこに尽きる。柱間細胞を多く移植することで暴走のリスクが増えるように、血龍眼にも何らかのリスクは有るのではないか。私は質問する。

 

「勿論、有る」

 

 すると案の定、扉間様は私の懸念に頷いた。

 

「血龍眼は血液を最適化させるという性質上、写輪眼等他の瞳術よりは幾分移植に適した瞳ではある。だが、やはり血龍眼を十全に扱えるのは血之池一族の身体が有ればこそだ。これを他の血筋の者が使う場合、他の瞳術と同様何らかのリスクを負う事になる。はたけカカシ……だったか? その忍やダンゾウと同様に、使用すれば必要以上のチャクラを消費する事はまず間違いない。日常生活を営む上では問題はないが、忍として活動する際、これはデメリットが大きい。血龍眼の能力を使おうにも、症状抑制のため既にある程度容量が割かれているので十分には使えないし、そもそもが常時血龍眼の使用状態にあるため、普通に戦うだけでもそこに割かれる分チャクラはそれなりに少なくなってしまう。端的に言えば持久力が落ちる。忍としての腕を鍛える分には何とかなるだろうが、それでも優秀な身体だとは、とても言えなくなってしまうだろう」

 

 扉間様の説明を聞いて、私は納得する。確かに、それはあまり宜しいこととは言えそうにない。つまり君麻呂は血龍眼を移植した場合、全てのバトルにおいて初期のカカシ先生みたいな状態になる可能性が高まるということなのだから。

 

 無理をすれば波の国編のカカシ先生みたいに、バトルの後一週間まともに動けなくなるなんてことになりかねない。はっきり言ってそれはかなり不便だ。

 

 あとは、……そうだ! 

 

「もしかして、血龍眼の常時使用状態って、君麻呂の目が常に赤く染まっちゃうとか、そういうことになったりするんですか?」

 

 眼球移植の不安要素と言えばやはりこれだ。カカシ先生にしろ他の眼球移植者にしろ、何故かオリジナルの血筋を持たない彼らは瞳を移植されると軒並み瞳術のオンオフができなくなる。彼らが瞳術を使いたくないときは、常にその目を隠して生活しなくてはならないのだ。

 

 しかし、扉間様はそんな私の懸念を否定した。

 

「いや、それはないな。血液の最適化は血龍眼の基本性能のようなものだ。というか、血龍眼は写輪眼や輪廻眼等と違いオンオフという概念がそもそも無い。有るのは活性状態の強弱の違いだけだ。その証拠として血龍眼が活性化した状態でなくとも起爆人間の製造能力は使用できるという実例はオレが確認済みだしな。君麻呂の場合は、本来なら自然と全身の血液が変質するところを、拒否反応を抑えるためにいつまでも変質させ続けねばならなくなるというだけのことだ。それだけだったら、血龍眼が常時強く活性化するなんてことにはならん。弱い活性状態のまま、勝手にチャクラを消費して血液を最適化させ続けるだろう」

 

 なるほどそうなのか。それは安心だ。

 

 ぶっちゃけ、君麻呂の目が常に血龍眼のあの目になられると困るのだ。何が困るって私の気持ちが耐えられそうにない。あの目、怖いんだもん。

 

 私の見てきた瞳術の移植者達は、その全てが元を同じ血筋によるものとする三大瞳術ばかりだったからいまいちサンプルとしての価値が弱かったのだが、移植されると状態が固定される現象にはちゃんと例外もあったのか……。血龍眼。血之池 赤の死に際の生命力の高さも含めて、研究すればそれなりに面白い結果が出てきそうな瞳術ではあるが、それこそサンプルが少なすぎて今から研究するのは難しそうだ。瞳術を持った目をクローン培養する研究も大蛇丸様は進めているが、少なくともそうした実験によって産み出された写輪眼は、オリジナルと全く同じ能力の、それもかなり劣化したものしか産み出せない事が判っている。何か革新的な発明が行われない限りはサンプル不足の問題は解決しないだろう。

 

 とはいえ、柱間細胞の移植と血龍眼の移植。私は君麻呂の問題を解決する方法を2つも手に入れることができたわけだ。しかも両方とも即実行可能な手段だ。おそらく扉間様は敢えて即実行可能な手段であるこの2つを挙げたのだろうけれど、例え他に手段があったとしても一先ずはこの2つだけで十分すぎる。

 

 問題は、どちらの手段を使うのかということだが……。

 

 やっぱり、一番は柱間細胞の移植なのかな? 根本的な原因を叩けるし、君麻呂の大幅なパワーアップにも繋がるし一石二鳥。人面瘡が出てくるとかいう嫌な可能性は有るけど、多分それも対処はできるだろう。何しろかぐや一族の血筋である君麻呂は、うずまき一族の血筋らしい私よりもよっぽど柱間細胞と相性がいいかもしれないのだから。

 

 私が考えを纏めていると、2つの治療法の説明を終えて腕を組んでいた扉間様が口を出す。

 

「因みにオレのお薦めは2番目の方法だ」

 

「え? 何故?」

 

 私は素直に、疑問を口にする。

 

 分からない。何故、完治しない上にデメリットも多い方法を扉間様はお薦めするのだろう? 

 

「何故って貴様、君麻呂を救いたい想いが先行しすぎて、思考能力が下がってないか? 君麻呂に完治され、あまつさえパワーアップなどされてみろ。我々の今後の予定が狂うこと必至だろうが。主に、うちはサスケ関連で」

 

「あ」

 

 そりゃそうだ。うっかりしていた。元々そういうあれこれは私が解決するつもりでいたが、そういう問題が浮上するだろうことは君麻呂の病が治った時点で確定的なのだ。しかもただ完治するだけならまだしも、もし君麻呂が木遁でも使えるようになろうものなら、それはイコールで、君麻呂が大蛇丸様の器候補のトップに躍り出ることを意味する。

 

 大蛇丸様がうちは一族に固執し続けてくれる保証なんて何処にもない。もし大蛇丸様の目が写輪眼から君麻呂に移ろうものなら、サスケくんが音隠れに行くという未来が無くなることになるかもしれないのだ。それは、未来の大きな改変に繋がる。

 

 私達の今後の計画にとって、もっとも大きな障害になること間違いなしだ。

 

 その問題を、私達は解決しなければならない。

 

「そして、その問題を解決する策が、2番目の治療法だ。兄者の細胞を全く使用せず、かつ病の症状を抑えた上で完治までには至らないという絶妙な手段。血龍眼を移植するだけならば、その状態は、はたけカカシとそう違いが無く、大蛇丸の食指が動くことも無い。柱間細胞をあくまでも写輪眼の繋ぎとしか考えていない今の大蛇丸では、1番目の策と違いそこから兄者の細胞の新たな可能性に気づく確率も少ない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 それは……。

 

 私は、扉間様の意見を脳内で咀嚼する。

 

 私は考える。考えて、考えて、考えて、やがて、1つの結論に収束する。

 

 だけど、その瞬間、私の頭は真っ白になった。

 

 血の気が引いていく。

 

 これは……、この結論は……。

 

「どうした? 顔が青白くなっているようだが、なにか不都合なことでもあったのか?」

 

「いえ……。そんなことはありません……」

 

 私は、こちらのことを少し心配そうな様子で見てくる扉間様にそう返答した。

 

 その後、2つのどちらの方法を採るかを暫く考えさせてくださいという私の言葉によって、私と扉間様の二人は、取り敢えず今日のところは話し合いをここまでにしようと言う結論に至った。

 

 最後に扉間様は、私に2つの治療法の具体内容を記した紙束と、一本の巻物を差し出す。

 

「この巻物は、オレとの新たな口寄せ契約を結ぶための巻物だ。いつでもいいからそこに血判を押しておけ。それで、穢土転生の契約が切れた今の状態でも貴様はオレを呼び出せるようになる。勿論、オレが拒否すれば口寄せは失敗するし、オレを縛るような効果など微塵も有りはしないがな」

 

 オレはこれから、単独でこの世界の様子を見て回る。それによって貴様の話が何処まで本当なのかの判断もするつもりだ。今まで語り合った全ての未来が、貴様が本当だと思ってるだけの単なる妄想という線も未だ完全には拭えていないしな。

 

 用事が有れば、折を見てその巻物を使いオレを呼び出せ。あと、2つの方法どちらかを採るかは事後報告で構わん。前にも述べたが、どちらを採ってもオレは貴様を責めるつもりは無い。選択権は貴様にある。それによって生じる問題は貴様が自分で解決するという契約だったからな。

 

 そう言って扉間様は、私の前から姿を消した。

 

 それから私は森を出てアジトに戻り、自分の部屋のベッドに倒れ込む。正直、どうやって自分の部屋まで戻ったのかは、あまり覚えていなかった。

 

 はっきり言おう。私は気分が動転していた。

 

 扉間様に会えたというテンションの高まりも、君麻呂の治療法を手に入れたという高揚感も、その全てが私の中から消え失せていた。

 

 そして、ベッドに身体を沈めたまま、私は思考する。

 

 私は、扉間様から2つ目の方法を薦める根拠を聞いたとき、咄嗟になんと思った? 

 

 思い出すだけで怖気が走る。間違いなく、私はこう思ったのだ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 思い出して、吐き気が込み上げる。

 

 素晴らしい方法? それ以上の方法は望めない? 完全無欠な解決策? 

 

 ()()()()? 

 

 君麻呂の病気は完治しないし、症状は無くなっても後遺症は確実に残る。何よりも君麻呂の一番の願いである、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? 

 

 いや、簡単だ。実に簡単な話だ。笑えるくらいに単純だ。そう思った理由は明らかだ。

 

 君麻呂に死んで欲しくない。そう思ったのは他でもないこの私だ。そのまんまだ。私は君麻呂に死んで欲しくない。ただそれだけの理由から、私は2つ目の案が完璧だと思ったんだ。

 

 君麻呂のことを想って、そう考えた? 

 

 冗談だろう? だったらなんで、君麻呂の夢を踏み潰すような手段を選ぶ? 目の前に、完全に君麻呂の夢を成就させる手段があるのに、それを放り投げるような真似をする? 

 

 違うだろう。私は君麻呂のためのことなんて、全く想っちゃいなかった。私が願っていたのは、完全無欠に自分、ただ一人のことだ。

 

 「私」が君麻呂に死んで欲しくない。「私」が君麻呂に生き続けて欲しい。それだけ。

 

 そこに君麻呂自身の望みは、全く考慮に入れられていなかった。

 

 君麻呂の夢なんて叶おうが叶うまいがどうでも良かった。本当に埃1つ分の注意すら払ってなかった。

 

 私が君麻呂に、自分との約束を守ってほしかっただけ。

 

 こんなものが、「愛」だと? 

 

 ふざけるな。君麻呂のことを馬鹿にするのもいい加減にしろ。「愛」を馬鹿にするのも、いい加減にしろ。

 

 こんなものが愛であるものか。自分勝手甚だしい。なんという醜いエゴの塊。吐き気を催す邪悪。

 

 言い訳はいくらでも浮かぶ。

 

 君麻呂は大蛇丸様に洗脳されているだけだ。そんな夢は自殺となにも変わらない。君麻呂は悪に取り憑かれている。そんな夢は、叶わない方が君麻呂のためだ。

 

 はあ? 

 

 何を上から目線でのうのうと、私はそんなことを語っている? 

 

 私は神にでもなったのか? 

 

 君麻呂は大蛇丸様に救われた。だから、大蛇丸様に自分の命を差し出してでも恩返しをしたい。少しでも大蛇丸様の力になれるのならば、自分はそれで良い。

 

 そのための努力を、君麻呂はこの半年間ずっと続けてきたんじゃないか。

 

 ことの善悪を推し量るのは、私の役割ではない。

 

 自分の行動の善悪を決めるのは、あくまでも自分自身。君麻呂の望みは、あくまでも君麻呂のためだけにあるものだ。

 

 だからそんな言い訳が、君麻呂の夢を私が壊してもいい理由になんてなるわけがない。

 

 君麻呂のためを想うなら、どう考えても1つ目の選択肢を選ぶのが最良だ。それ以外の選択肢は無い。そうすれば、私は確実に君麻呂の全ての夢を成就させることができる。

 

 

 

 でも私は、そんなこと、全く望んでいない。

 

 

 

 何で苦労して、死ぬ思いをして、文字通り自分の命まで他人の掌中に握らせてやっと手に入れた解決策で、わざわざ君麻呂の身体を大蛇丸様なんかに差し出さなくちゃならないんだ? 

 

 そんなの、許せない。許せるわけがない。

 

 だったら、それを阻むのか? 君麻呂を完治させて、態々やることを目一杯増やして、余計な労力を注ぎ込んで君麻呂を大蛇丸様から奪うのか? そんなことをするくらいだったら、最初から2つ目の選択肢を選べば良いだけの話じゃないか。その方が確実に君麻呂は大蛇丸様の魔の手から逃れられるし、コントロールもしやすい。

 

 コントロール? 

 

 コントロールってなんだ? 

 

 私は何をコントロールして、何をしたいんだ? 

 

 はは……。なんだよ、この思考。

 

 私の望みは君麻呂が生き残ることで、何より私自身が生き残ることだ。

 

 私が生き残るためには、状況を常に正確に把握する必要があって、追い求める結果に安全に辿り着くためには、原作の流れを大きく変えることはできなくて、そのためにはサスケくんを大蛇丸様の器の第一候補にする必要があって、そのためのコントロールをし易いのは、2つ目の選択肢の方で? 

 

 いやいや、違うだろ? 

 

 確かにそれもあるけど、今の思考はどう考えても、それだけが理由じゃないだろ? 

 

 素直になれよ。私。

 

 私はそんな合理的なことを考えて、そんなことを思った訳じゃないだろ? 

 

 

 私は単純に、君麻呂を自分のものにしたくて、そのためには、君麻呂に弱っていてもらった方がコントロールし易くて良いと、そう思ったんだろ? 

 

 

 クソが。

 

 とんだゲス野郎の思考じゃねぇか。

 

 ヤンデレか? 私は。

 

 ああ……。でも、そうだな。これではっきりした。

 

 これは恋だ。この思考、この感情は、確実に恋と呼ばれる概念だ。

 

 これは愛じゃねぇ。絶対にだ。

 

 私は前世のことを思い出す。私の高校の同級生に、やたら「恋」を連呼するおかしな奴がいたことを、思い出す。

 

「明日香河 川淀去らず 立つ霧の 思ひ過ぐべき 孤悲にあらなくに」

 

 確かそんな詩だっただろうか。私は理系選択だったからそんな詩文に触れる機会はついぞ無かった。だけどそいつは文系選択で、それ故に大学も全く別々だった。それでも続いた謎の付き合いの中で、アイツは私にこの短歌のことを教えてくれた。

 

 山部赤人とかいう奴の詠んだ、万葉集の一節。

 

 詩の意味なんざどうでもいい。問題は、その中のたった一単語。

 

「孤悲」。古くは万葉集成立の時代、人々は、「恋」のことをそう表記した。

 

 孤独が、悲しい。

 

 それが、恋だ。

 

 そんなことを熱心に語る腐れ縁の女のことを、当時の私はめんどくせーと思っていたし、そんな単語の由来を聞かされても特に思うことなど何一つ無かった。

 

 一人でいることなんてなんとも思わない。私は里が滅んでから大蛇丸様に拾われるまでの間、常に孤独だった。だけど、私はその孤独に対して特に感情を抱くことは無かった。生きていくのは辛いと思ったし、里が滅んだことに対する怒りもあった。だけど、独りで悲しいと思ったことはなかった。

 

 でも、多分、今はそうじゃない。

 

 今なら多分、やっと、私はあの女の言ってたことが分かるのかもしれない。

 

 まだ分からない。でも、その時が来れば、私は確実にそう思うんだ。

 

 孤独は、悲しい。

 

 君麻呂。お前と一緒に居られなくなるのは、悲しい。

 

 それだけなんだ。

 

 私の中には、それしか無かった。

 

 お前には生きていて欲しい。できるなら、ずっと私のとなりに居て欲しい。そう、乞い、焦がれる。

 

 それだけだ。本当に、それだけだった。

 

 まったく、扉間様は本当に鬼畜だ。

 

 わざとではないのかもしれない。実現可能な2つの案を挙げたら、偶然そうなっただけなのかもしれない。

 

 だけど、その2つの選択肢が、こうも的確に私の本性を曝け出してくれるとなると、何らかの意図を疑りたくもなるというものだ。

 

 この二択は、私の愛と恋を問う二択だ。私の抱いている感情が愛なら1つ目、恋なら2つ目の選択肢を選ぶのが一番正しい。

 

 何故なら、愛は相手のための感情で、恋は自分のための感情だから。

 

 あぁ、私は自分勝手だ。最低最悪のクソヤローだ。

 

 恋がこんなにも醜い感情だなんて、全く知らなかった。

 

 私がこんなにも醜い感情を心の底に隠してやがったなんて、全く知らなかった。

 

 鬱だ。最悪の気分だ。もう一生ベッドから出たくない。

 

 でも、そういうわけにもいかない。

 

 治療法は分かったんだ。だったら一刻も早く、それを君麻呂に施さなければ。

 

 私はもぞもぞとベッドから起き上がり、乱れた髪もそのままに、のそのそと部屋を出る。

 

 まだ、何も始まってない……。今ならまだ、間に合う。

 

 考えを変えるなら、それは今だ。

 

 決意を固めるために、私は迷いながら足を運ぶ。

 

 君麻呂の病室へと、私は歩を進めた。

 

 

 

 

 コンコンコン、と、三回扉を鳴らす。

 

「……どうぞ」

 

 弱々しい声色の返事があった。中に入ると、様々な医療機器に繋がれた君麻呂が、ベッドの上に横たわっている。

 

 数十もの管に繋がれた君麻呂の身体は、まるで縄に縛り付けられているかのようで、その顔も、上半分を封印の布に巻かれて窺い知ることができない。

 

 私が無言のまま君麻呂のベッドの側に近づくと、君麻呂は、布に覆われて目が見えない状態のまま、顔をこちらに向けた。

 

「やぁ、多由也。今日も来てくれたんだね」

 

「……あたりめーだろ。お前がいつまでもそうやってだらけてやがるから、こうやってわざわざ様子を見に来てやってんだ。で? どうだよ。調子は」

 

「あまり良くはないね。どうも、四肢の感覚が無くなってきている気がする」

 

 君麻呂の症状は、どうやら日々悪化の一途を辿っているらしい。これでは本当に、原作開始前に死にかねない勢いだ。

 

「なぁ、君麻呂」

 

 私は語りかける。

 

「お前、まさか、諦めちゃいねェよな?」

 

「……何をだい?」

 

「全部だよ。生きること、自分の夢、ウチとの約束。全てだ。そんな病気程度で、諦めるなんてこと、ねぇよな?」

 

 私の問いかけに、君麻呂は何やら身体を動かそうと試みて、中途半端に姿勢を変える。どうやら、起き上がろうとしているらしい。

 

 治療器具が外れるから、あまり身体は動かさないほうがいいと思ったが、私はその様子を、あえて黙って見ていることにした。

 

 やがて、君麻呂はブチブチと管や布を落としていきながら、上半身を持ち上げる。

 

 手足の感覚が無くなってきているとか言ってるくせに、よくやる。

 

「諦めるわけが……無い……」

 

 君麻呂は口を開く。

 

「あまり……ボクを見くびらないで欲しい。多由也……。勿論、確認の意味で言ってくれていることは分かるけれど、それでも、心外だよ」

 

 途切れ途切れに口を動かしながら、君麻呂は完全に私に顔を合わせる。はらりと破れた布が落ち、隠されていた君麻呂の、澄んだ碧眼が私の目線に重なる。

 

「はっ! 万が一の時は……なんて世迷い言を抜かしてやがったカスヤローが、そんなこと言っても説得力なんざねーんだよ。本気で病気を治す気があるとはとても思えねーな」

 

「……なるほど。多由也、心配させてしまって済まない。どうやら、僕の弱気を見抜かれてしまったみたいだね」

 

 君麻呂が、弱々しく頬笑む。

 

「ボクは確かに、揺らいでしまっていたようだ。そのせいで多由也に大きな心配をかけさせてしまった。ボクとしたことが情けない。柄にもないことをしてしまった」

 

 君麻呂が、若干前よりも細くなった両手をゆっくりと前に差し出し、私の右手を包み込む。

 

「約束するよ多由也。ボクは、絶対にこの病気を治してみせるよ。なんなら、ボクの忍道として誓ってもいい」

 

「忍道?」

 

 私の疑問に、君麻呂は少ない力を振り絞り、力強い笑みを浮かべて、言う。

 

「ああ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「────は」

 

 はは……。なんだそれ。オイオイ、お前はどこの主人公だ? 

 

 確実に所属する里を間違えてるだろ。お前。

 

 右手に感じる温もりを握り返しながら、私は思わず笑みを溢す。

 

「ばっかだなお前。そんなこと言って、苦労すんのはお前だぜ? 人生舐めてんのかよ。人の言葉なんて容易く曲がる。さっきと今とで主張が違うなんてのはざらにある。ウチなんか今日もそれを実感したくらいだ。お前に、そんなことできんのかよ」

 

「やってみせるさ。それくらいやらないと、多由也を安心させることはできそうにないからね」

 

 だから、ボクはここに約束しよう。

 

 君麻呂は、両手で包んだ私の右手を自分の胸へと寄せて、宣言する。

 

「ボクは必ずこの病気を治して忍として復帰してみせるよ。そしてちゃんと一流の忍となって君との約束を果たして見せるし。ボクの夢も必ず叶えて見せる。だから、多由也はそれまで少し先に行って待っていて欲しい」

 

「──そうか」

 

 真っ直ぐと向けられる力強い視線に、私は思わず目を逸らす。

 

 瞳を閉じて、私は君麻呂の決意を噛み締め、そして、深呼吸をした。

 

 そうか。お前はやっぱり、そうだよな。

 

 うん。そうだ。なら、私はそれに、応えてやらないと。

 

 私は目を開け、空いている左手で鞄をまさぐると、ひとまとまりの紙束を取り出す。

 

 その紙束には、病気に対する治療法が1つだけ記されていた。

 

 私はそれを、そのまま君麻呂に向かって投げつける。

 

「──だったら、お前にこれをくれてやる。後でカブトさんにでも見せれば、カブトさんはこれの通りのことをお前にやってくれるだろう。ウチがお前にできることは、これだけだ」

 

 君麻呂は私の右手を優しく離すと、私の投げつけた紙束を持ち上げる。

 

「多由也……。これ──」

 

「ウチの用事はそれだけだ。じゃあな。外した治療器具、ナースコールしてちゃんと付け治してもらえよ」

 

 君麻呂が何かを言う前に、私はそそくさと君麻呂の治療室を後にする。

 

 これでいい。これでいいんだ。

 

 もう、後悔はしない。するかもしれないけど、今はそう思うことにしよう。

 

 君麻呂の決意を聞いて、やっと私も決断できた。

 

 これが、私の選んだ道だ。ならばもう、その道を突き進むだけだろう。

 

 私はアジトの薄暗い廊下を、自分の部屋へと向けて迷いなく歩いて戻ったのだった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 1ヶ月後。私はカブトさんに呼ばれて、君麻呂の治療室の扉を開けた。

 

 この1ヶ月の間、私は一切君麻呂に会っていなかった。その理由は言葉にしようとすれば色々と思い浮かぶだろうが、1つにまとめるのは難しい。複雑な乙女心と言うやつだろうか、それともただ単に、本当に治療法が正しいのか不安に駆られたからだろうか。正確なところは、やっぱり分からない。

 

「それにしても、驚いたよ」

 

 部屋に入る直前、カブトさんは私に言う。

 

「まさか君麻呂の治療にあんな方法があったなんて。気付いてしまえばああなるほどと納得するしかなかったが、思い付いても実行しようとすればそれなりに難しい研究が必要不可欠になる。それをまさかあの短期間で方法を見つけて研究し、理論を実用レベルまで落とし込むなんてね。大蛇丸様も報告を聞いて喜んでいらっしゃったよ。およそ天才の所業としか思えない。多由也、君は一体、どんな裏技を使ったんだい?」

 

「別に、普通のことを普通にしたまでのことですよ。駆け足にはなりましたけどね」

 

 カブトさんのなかなかに鋭い追及を、私は適当に流してごまかす。確かにあの2つの治療法は、どちらも理論研究や実用化なんて、ゼロから始めたら何年かかるか分かったものじゃないんだろう。私はたまたま、その理論を初めから知っていた人物とアクセスできたというだけのことに過ぎない。

 

 そして、そんなことをカブトさんに話せるわけがない以上、私は白を切るより他に方法はない。

 

 大体、もしカブトさんの呼び出し理由が私の想像通りなら、その全く新しい新理論の治療法をすぐに理解し受け入れて実践に移すことができたカブトさんだって、かなり天才の部類に入ると思う。

 

 とにかく、これ以上カブトさんと話していても面倒なことになるだけだと思った私は、さっさと扉を開けて部屋に入ることにしたのだった。カブトさんは何故かこの時、一緒に部屋に入ることはしなかった。

 

 そして現在、私の目の前には、君麻呂が立っていた。

 

 そう。立っていたのだ。ベッドに横になっているわけでもなく、何本もの管に身体を巻かれているわけでもない。流石に点滴の一本はぶら下がっていたが、それでも君麻呂は、自分の二本の両足で、しっかりと床を踏みしめていた。

 

「君麻呂……。お前……」

 

「うん。そうだ。まだ、完治したわけではないけれど、それでも、ここまで回復できた。……多由也、君のお陰だ」

 

 君麻呂は照れ臭そうに頬を掻く。まぁ、そういう反応にもなるよな。あんな啖呵を切ったすぐその場で私に治療法を叩き付けられたんだ。こっ恥ずかしくて、私ならたとえ完治したとしても更に1ヶ月は君麻呂と会えない自信がある。

 

 そんな私に比べれば、君麻呂はよくもまぁ恥ずかしげもなく私に会おうと決意できたものだ。これ、一応褒めてるんだぞ? 言わないけど。

 

「まぁ、取りあえずは、おめでとう君麻呂。良かったな。病気が治ってきたみたいで」

 

「ありがとう。うん。色々と言いたいことも山程あるし、訊きたいことも山程あるんだけど、不思議なことに今ボクが一番したいことっていうのは、そのどれでも無いみたいなんだ」

 

「?」

 

 感無量という意味でなら私も似たようなものだけれども、君麻呂にしてはなんだか妙に遠回しな言い方だ。

 

 何をするつもりだ? と、私が訝しむと、君麻呂は相変わらず頬を掻きながら苦笑いする。

 

「おかしなことを言っていると笑ってくれて構わないんだけど、その、なんというかね……。ボクは今、多由也のことをただ抱き締めたくて、堪らなくなっているんだ。本当に、変なことだと思うんだけど……」

 

「────ハ!」

 

 私は思わず吹き出した。久方ぶりに、腹の底から笑える場面に直面した。

 

 なんだそりゃ! お前の言うことってのは本当に、本当に、いつもいつも面白いなぁ! 

 

「ばっかだなお前は! はは! とんだマヌケヤローだぜ!」

 

 私はひとしきり笑ったあと、目元に浮かんだ涙を拭う。

 

 うん。まぁ、これが君麻呂だ。こいつは天然過ぎて、平気でこんな小っ恥ずかしいことを言っちまうやつなんだ。そーゆーところが、いつも通りって感じがして、とても安心する。

 

「そーゆー時はな、黙って抱き締めときゃ良いんだよ。君麻呂」

 

 ふわりと、私は両腕を君麻呂の首元に巻き付けて、その上に頭を乗せる。病に伏せる前の君麻呂と比べれば全く頼り無さげな雰囲気だったが、それでも、体格は私よりもよっぽど良いし、身体に寄りかかるとなんとも言えない心強さが私を支える。

 

「そ……う、なのか。多由也が言うなら、うん。そうなんだろうね」

 

 しどろもどろな君麻呂が、ぎこちない様子で腕を私の腰へと回す。やがて、意を決したのか、君麻呂はギュッと、少し強めに私の身体を抱き締めた。

 

 あ、これ、けっこうヤバイかも。ほんとにヤバイ。恥ずかしくて今すぐ抜け出したい。でも、ずっとこうしていたい。2つの感情がせめぎ合って、なんとも複雑な気分になる。

 

 でも、それは全然悪い気分じゃない。

 

 力強くも心地よい、安心感に全身を包まれる感触。

 

 あったかい。気持ちよすぎて、涙が出てきそうだ。

 

 いや、もう出てるか。くそ。邪魔だなこれ。でも、拭うのもめんどくさいな……。

 

 チクリ、と、胸にトゲが刺さるような感覚を覚える。

 

 あはは……、やっぱりね。そうくると思った。

 

 私の感情だ。そうなることはお見通しだ。

 

 この涙、やっぱり、純粋な喜びのそれとは違うのか……。

 

 まあ、そうだろうとは思っていた。私にこの涙を拭う権利なんて無い。そもそも、涙を流す権利も、有りはしない。

 

 後悔しないって決めたけど、やっぱり、後悔してる。

 

 なにせ分かっていたとは言え、違和感は一目瞭然なんだから。

 

 この病室に入って、君麻呂を正面に見据えたときからはっきりしていた。

 

 目は口ほどにものを言うとは、よく言ったものだ。

 

 君麻呂の目は、既に私の見慣れた碧眼ではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ()()()()()()()()

 

 そりゃあ、私が提案したのだもの。そうなっていて当然だ。

 

 ごめんな君麻呂。私、お前の夢を潰しちまった。

 

 でも、それは仕方ない。仕方のないことなんだよ。

 

 私は、お前が病気に掛かった最初の頃からずっと気に入らなかったんだ。

 

 言語というものには特有の法則がある。日本語の場合には、話したいことの内、最も重要な事柄を最後に持ってくるという癖のようなものが存在する。

 

 日本語の構造上、自然とそうなってしまう癖ではあるが、よく言えば奥ゆかしい、悪く言えばまわりくどいと評される癖でもある。言いたいことを先に持ってくる英語とは、通訳する上でそこら辺の兼ね合いが上手く行かないことが多い。

 

 だからさ、言葉を聞けば誰でもわかるんだよ。その人が一番大切にしているものが何かなんてのは、それこそ聞いてしまえば一目瞭然なんだ。

 

 私は、君麻呂の願いに関することを尋ねるとき、常に私と君麻呂との約束を一番最後に持ってきていた。私にとっては、君麻呂との間でそれが一番大切な事柄だからだ。

 

 そして君麻呂。お前は、自分の望みを言うとき、常に私との約束を先に言って、大蛇丸様の器になるという夢を後に回して言っていたよな。

 

 うん。わかってるよ。お前にとっては、確かにそれが一番大切なことなんだって。そんなことはお前と出会ったその日から私がお前の次に良く分かってる。

 

 でもさ。それでも私って人間は自分勝手だからさ、思っちゃうんだよ。私はこんなにお前のことを想ってるのに、大蛇丸様よりお前のことを大事にしている自信があるのに、その扱いはあんまりじゃないか? って。

 

 不公平だろって、思っちゃうんだ。

 

 最低だよな。最悪だ。こんなクソ女、今すぐ縁を切った方がお前のためだ。

 

 でも、そんなことは教えてやらないし、こんなドス黒い感情を表に出すつもりも更々ない。

 

 大丈夫、お前はその状態で、十分一流の忍びになることができる。はたけカカシっていう偉大なる先人がいるんだから、間違いない。私との約束が守れないなんてことは絶対にない。

 

 だけど、残念だ。お前の一番大切な、大蛇丸様の器にふさわしい身体になるという願いは、叶えられそうにない。お前の身体は、大蛇丸様に相応しい器になるには、持久力が無さすぎる。そういう結果になるだろう。

 

 私の思い通りに、そうなってしまうんだろう。

 

 後悔しないと誓ったのに、今でも罪悪感で胸が一杯だ。

 

 涙が出てくるくらい後悔してる。

 

 だけど、しょうがないよな? 君麻呂。

 

 優先順位がさ、納得いかないんだよ。

 

 お前は言ってくれたよな。まっすぐ自分の言葉は曲げない。それをお前の忍道にするって、私のために、宣言してくれた。

 

 嬉しかったよ。私を安心させるためだけにそんなことを誓ってくれるなんて、単なる虚勢だとしても、かなり嬉しかった。

 

 だけど、その言葉が決め手になってしまったんだ。その言葉のお陰でようやく、私の願いがスッキリと言語化できるようになった。

 

 私の願いってやつはどうやら、「お前の言葉をねじ曲げてやりたい」ってことになるらしいんだ。

 

 ごめんな。本当にごめん。私も自分がこんなに嫌な女だとは思ってなかった。私のために言ってくれた言葉を私が一番壊したいとか、もう、何が何だかって感じだ。

 

 でも、そうなんだから仕方ない。もう、我慢の限界なんだ。

 

 私にはどうやら、ヤンデレの素質ってやつがあったらしい。

 

 だけど、恋って結局そういうものだろ? 愛は勝てなくても良いけど、恋は勝たなくちゃだめだろ? 自分が一番じゃないと我慢できないって、そんなに珍しい感情じゃないと思うんだ。

 

 恋する乙女って、怖いんだぞ? 

 

 私は、安心感と罪悪感、そして高揚感が入り交じった不思議な感情を心の奥で味わいながら、君麻呂を抱き締める腕の力を、少し強めた。

 

 

 

 ▼次回につづく。

 

 




↓この下からあとがき。


怖い怖い怖い怖い!!

何これ怖い!!

馬鹿な!?扉間様の登場で人生計画に多少余裕が生れた上に、君麻呂の救済方法もわりとまともなやつ二つも用意したって言うのに、それでもこんなに鮮やかに闇堕ちってできるもんなんだね!人間って凄いね!

…さて、人間の奇々怪々な感情模様をお送りしたわけですが、どうだったでしょうか。賛否両論分かれる気がしますね。でも仕方ないんですよ。私、罪悪感のこもった傷の舐め愛とヤンデレがとても好きなんです。あとツンデレも好きです。オイオイ、パーフェクトかよウォルター…。

ですが真面目な話、結局どちらの方法が君麻呂や多由也にとっては最善だったのでしょうね?

1、君麻呂は完治してパワーアップもするけど、大蛇丸の器になることがほぼ確定する方法。

2、君麻呂は完治せず、新しい能力を得るかわりに一部弱体化するけど命に別状はなく、普通に暮らせる。けど大蛇丸の器になる夢は叶えられそうにない方法。

難しい問題ですね。やっぱり意見は別れるでしょう。立場によって最善は違いますからね。

最後に、柱間細胞の「接ぎ木」の性能と、血龍眼のあれこれについては、毎度のごとくのオリジナル設定です。原作とは特に関係ないのでご容赦ください。

それではまた次回、お会いしましょう。


前書きの一言に対する自問自答。

「ええ悪いですよ性格。それが何か?(開き直り)」

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