前略。多由也に転生したけど、人生の詰将棋をしている気分です。 作:N-SUGAR
ここで自分に向けて一言
「いいからやることやれ」
どうしても知りたいことがあったとき、それを知りうる手段が有ると分かっていて、無視して通り過ぎることなど誰ができよう。
もちろん戦略的に、あえて無視して後回しにすることも必要だ。だが、その情報が後の戦略の鍵となる場合、危険だと分かっていても情報を得ておくべき時もある。そのために多少の犠牲を覚悟することは仕方のないことだ。情報というものは、時としてそれだけの価値を持つ。
「もしも一時間経ってワシが戻らなかった場合、ワシは死んだものとして扱い、後は貴様等三人で任務を続行しろ」
トリフにそう言い残したオレは、一人湿骨林へと足を踏み入れる。
求める情報を得るために、自らの命を秤にかける。
指揮官は常に万が一のことを考えて行動しなければならない。恐らく戻ってくることは出来ると思うが、それでもこの地においては、戻れない可能性は確実に存在している。故に、オレが戻らなかったときのことはしっかりと考えておかなければならない。
もし戻ってこれなかったときに、現状三人しかいない部下達が不用意に湿骨林に入り込もうものなら、例え穢土転生体であったとしても無事に帰れる保証はない。生身の人間であるなら尚更だ。
情報の価値は重い。だがそれも、扱う人間がいればこその価値の重さである。最悪オレがいなくとも作戦は回るが、メンバー全員が危機に晒されるようなら本末転倒というものだろう。
だからオレは、部下に万が一に沿った行動を叩き込む。
生前、まだオレが二代目火影と名乗る前のこと。この湿骨林の地に生涯でたった一度だけ足を踏み入れたとき、オレはその最奥にまで足を踏み入れることができなかった。
湿骨林は火山地帯にある秘境だ。ここ数百年大きな噴火は見られず、周囲は深い森で覆われている。しかし当の湿骨林には、植物としての樹木は一本として生えてはいない。
森をしばらく歩けば、うっすらとした湯気に視界を遮られながらも、開けた場所に到着することができる。そしてそこに、湿骨林と呼ばれる湿地帯が存在する。
森から出た瞬間。ピクリ……と、何かを感知する。これは、結界か? 以前来たときは無かったものだが、空間を区切り、土地全体を異界化させるタイプの結界が張られていた。不意の侵入者対策か何かか。正しい道順を知る者にとってはあまり意味のない結界のようだ。ともあれ、結界の内部に侵入したことで、この場所が仙人の暮らす秘境であるのだという独特の雰囲気を感じ取る。
湯気でよく見えなかった視界が唐突に開かれ、湿骨林の景色が露になる。
ぬかるんだ地面。いたるところから湧き出す湯気。あちらこちらから突き出ている、巨大動物の骨。最後に、奥に聳え立つ巨大な禿山。
ジュワ……! と、湿地に足を踏み入れた瞬間、草鞋から嫌な音がした。少し下に目をやれば、草鞋がドロリと溶け、足の裏が焼きただれている。同時に、ガボリと、己の口から吹き出す血。
湿地帯を埋め尽くす濃硫酸で足が溶け、地面からわき出る強酸の湯気に喉と肺がやられた証だ。オレが生きた人間であったなら、この時点で致命傷である。
強酸で覆われた死の湿地帯。湿骨林。
不幸にもこの場所に足を踏み入れてしまった生物は、皆即座に酸に犯され死に絶える。大抵の場合は骨すら残らない。たまに迷いこんで来る酸に耐えうる骨を持った巨大動物の亡骸だけが僅かに残り、それらの骨が林を形成している。この土地が湿骨林と呼ばれる所以がそれだ。
こんな土地に好き好んで暮らす生物はいない。ただ一匹の、酔狂な蛞蝓を除いては。
たとえ仙人としての修行を積みたいと思っても、こんな土地に好き好んで修行に来る者などいやしない。というか、修行する前に死んでしまう。たった一人の、忍の神と呼ばれた酔狂な男を除いては。
ここはそういう土地だ。およそ生物が耐えうる環境ではなく、故に、この土地に適応した突然変異種のみが、悠々自適に何百年と暮らし続ける異形の土地。
生者が足を踏み入れてはいけない場所。
だが、今のオレは穢土転生。既に死人であり、酸によって溶かされた箇所は随時再生する。
身体は尚も酸に犯されていくが、構わず歩を進める。生前の俺ならば、全身を水遁の鎧でコーティングし、泡沫の術で安全な空気を確保して、やっと30分いられるかどうかといったところだった。だが死した後のオレにそんな制限はない。ゆっくりと、奥にある山に向かってただ歩く。
この湿骨林に生命と呼べる存在は、たった一体しか存在していない。
カツユ。この土地に遥か昔から生き続けている蛞蝓の名前であり、そして、この土地に暮らす仙人の名前でもある。何百年もの昔から、森の千手一族と口寄せの契約を交わし、一族の長は、そのカツユとの契約によって大きな恩恵を得てきた。
カツユは蛞蝓の仙人だ。人語を操り、人間以上の知能を有し、様々な特殊能力を持つ。
通常ナメクジと言えば軟体動物であり、体は柔らかくとも特定の形を保持する生物だが、カツユは不定形生物である。ナメクジとしての姿形を持つように見えるが、あの謎生物に特定の姿形など有りはしない。どころかヤツは無数に分裂し、その分裂した個体一つ一つが、個々に意識と思考を有する。しかし同時にそれらのカツユはやはり一つの意思に統合され、それぞれがそれぞれの思考と知覚を共有している。
分裂、統合。並列思考。知覚共有。思考及びチャクラの伝達。再生、治癒。
これだけでも恐ろしい生き物ではあるが、その上、ヤツの吐き出す強酸はあらゆるものを溶かし、ヤツの身体は、分裂・再生・治癒といった能力によってあらゆる物理攻撃への耐性を備えている。熱にさえ耐性があるというのだから、驚異的と言わざるを得ない。
カツユと契約を交わした術者たちは言う。カツユ様は善良で、とても温厚な性格をした聖人のような蛞蝓だ。古くから生きる賢者であるのにこちらに対する礼節を決して忘れず、口寄せすればこちらの言うことにも素直に従ってくださる。お互いの尊敬と礼儀さえ忘れなければ、カツユ様ほど付き合いやすい口寄せ動物はいない。と。
確かにその通りだ。口寄せ動物としてのカツユは温厚そのもの。ヤツを十全に扱うにはそれなりのチャクラを要するが、うまく扱えるだけのチャクラがあれば、攻撃、防御、回復やチャクラの譲渡などを戦術規模で行うことができ、様々な面で協力的に活躍してくれる。唯一機動力に少し難がある程度で、そこさえ除けば、凡そこれ以上ないほどの口寄せ動物とさえ言えるだろう。カツユは、口寄せ動物として完璧すぎる。
だがそれ故に、
そもそも、口寄せ契約によって召喚されるカツユは仙人としての自分を表に出すことは全くない。口寄せ動物としてのカツユの能力は召喚者のチャクラに依存しているため、術者が仙法を用いない限りカツユが仙法を行使すること自体がまずあり得ないのだ。そして、カツユとの歴代契約者のなかで唯一仙人モードを使いこなした兄者は、頑としてカツユを口寄せしようとはしなかった。
何故か。兄者がカツユを使わなくとも己の治癒能力に心配がなかったから?
違う。
全く違う。
兄者がカツユを口寄せしない理由。それは単純に、
兄者がその心情を吐露したとき、オレは不思議に思った。あの温厚なカツユ様が、どうして苦手なのかと。
兄者は言った。
「オレはあの方が怖い」と。
怖い? 兄者は誰のことを指してそんなことを言っている?
まさか、カツユ様のことを言っているのか?
最初は信じられなかった。
兄者に仙術を教えたのはカツユだ。創造再生の術と木遁忍術によって唯一生身のまま湿骨林の最奥にまで足を踏み入れることのできる兄者は、そこでカツユ直々の手解きを受けて仙術を会得した。
その事実があって初めて、我々は湿骨林が仙人の隠れ里であったと言う事実を知った。
これが何を意味しているのかと言えば、カツユの仙人としての側面は、兄者一人しか知らないということだ。
湿骨林の最奥で、兄者とカツユとの間に何があった?
当時は、口を噤みそれ以上のこと明かさなかった兄者に疑問の目を向けることしかできなかったオレだったが、あれから仙術についてを研究するうちに、幾つか分かったことがある。
カツユは何かがおかしい。明らかに、何かを隠している節がある。
そもそも、回復・再生・治癒といった能力はカツユ自身の固有能力だ。にも関わらず、口寄せされたカツユの治癒能力は、術者のチャクラに依存しながら発動する。
何故、カツユは自身の力を使わない? やろうと思えばできるはずなのに、何故、
否。これ自体は別におかしなことではない。召喚者の実力に応じて能力や態度が変わるというのは、口寄せ動物には珍しくない傾向だ。誰だって使役されるなら、使役者の実力は高い方が望ましいし、中には様々な制約によって、術者の補助がなければ十全な力を発揮できない者もいる。
だが、カツユの性格は基本的に温厚で協力的。ちゃんとした協力関係を築けてさえいれば、カツユが術者によって態度を変えることはない。そして何より、カツユの能力には、その能力が制限される制約など何一つ存在していないはず。だからこそ、明らかにおかしいのだ。カツユの性格と、カツユの行動に齟齬が生じている。
仙術にしてもそうだ。仙界由来の口寄せ動物は意識的にせよ無意識的にせよ仙術を扱う。だが、カツユはそれをしない。カツユの用いる治癒術や攻撃手段に仙術を上乗せできれば、あれ等の効果は確実に上がる筈。だと言うのに、カツユの用いる能力には自然エネルギーのしの字も出てきやしない。やろうと思えばできることを、カツユが一切行わないのは何故なのか。
疑問はまだまだ噴出する。オレは森の千手一族の記録を読み漁ったが、千手一族は少なくとも500年以上もの昔から湿骨林の存在を突き止め、カツユとの口寄せ契約を交わしていた。だと言うのに、カツユから千手一族の者が仙術を教わったという記録は、後にも先にも兄者の一人分しか見つけることができなかったのだ。長い間交流を続けてきたにも関わらず、カツユが自身を仙人だと明かした相手は、兄者一人だけだった。
自身の素性を隠すことは咎めるべきことではない。だが、友好的な『カツユ様』の行動としては、どうにも違和感を覚えてしまう。
様々な角度から検証を重ねた結果、オレは既に、一つの結論に辿り着いている。
カツユという仙人は、ただ温厚なだけの生物ではない。
確実に、あの蛞蝓には裏の顔が存在している。
だが、それがどんな顔なのかは、オレにもわからない。
あの兄者が「怖い」などと評するカツユの正体を、オレは結局知らないままだ。知らないままで済むのなら、別にそれでも構わない。
だが今回ばかりは、知らないままで済ませることなどできないだろう。オレは、仙人としてのカツユに用があるのだから。
妙木山の蛙。龍地洞の蛇。鉄の国の燕。各地の様々な伝承を頼りに仙人に関することを調べていくと、様々なことが分かってくる。仙術の種類、仙術の使用方法、仙人の系統、そして、仙人の持つ固有能力。
仙人達は、それぞれが固有の特殊能力を持つ。例えば妙木山の大蝦蟇仙人はその優れた感知能力から、予知夢という形で未来の光景を感知する能力を持つことで知られている。鉄の国の仙燕は、仙人としては未熟ながらも、空間跳躍や時間遡行といった、時空間を超越する能力を開花していた。仙人とは自然と一体化した存在。常に自然エネルギーを吸収し続け力へと還元する、
どんな動物がどんな風に仙人になれば、どんな能力を開花するのか。そこには一定の法則が存在する。
危機に敏感だった蛙は、予知の力に目覚めた。
天敵から逃げ切り生き残ることに特化した燕の速度は、何時しか時空を超えた。
では、再生と治癒に特化した蛞蝓は?
その疑問の先に、オレの求める正解がある。
ジワリ……と、濃硫酸に犯されながら歩き続けた足を、オレはある場所で止める。
湿骨林。その奥に聳え立っていた、巨大な禿山の目の前。
生前のオレでは、辿り着けなかった場所。
「カツユ。聞こえているなら、返事をしてくれ」
声を張り上げ呼び掛ける。
返答は、すぐに帰ってきた。
「……アナタは──」
ぬるりと、禿山の表面から、一メートルサイズのカツユが姿を現す。地面から湧き出たというわけではない。このカツユは、ただ本体から分裂しただけにすぎない。
湿骨林の奥に聳え立つ巨大な禿山。高さだけでも数百メートルの規模を誇るこの山こそが、カツユの本体そのものである。全長約4キロメートル。千手一族に伝わる巻物には、カツユの大きさをもとに一里塚を置いたという記録すら残されている。カツユという存在そのものが、もはや一つの土地だ。
「千手扉間……。何故アナタがここに……。アナタは、とっくの昔に亡くなられたはずでは?」
恐る恐るといった声色で、カツユはこちらに尋ねる。
そんなカツユに、オレはこれといった解説をすることもなく、早々に話を切り出す。
「湿骨林の仙人に会いに来た。という用件は、お前に言えば伝わるのか?」
「……!」
オレの予想が正しければ、カツユに一々こちらの事情を伝える必要などない。こちらの事情など、カツユはやろうと思えばどうとでも知悉できる筈なのだ。
「……アナタが、
「そうだ。
「……柱間様から、何かを聞いておいでで?」
「いや? そういうわけではないが」
カツユは明らかに動揺している。そしてその動揺が、オレの想像を確信へと誘う。
湿骨林に生息する生物はカツユのみ。湿骨林の仙人とはカツユのことであり、目の前のカツユも仙人を「ワタシ」と表現する。
しかし、目の前のカツユが仙人そのものであるという雰囲気は感じられない。
フ……。仙人の正体。だんだんと見えてきたではないか。
「単刀直入に聞く。ワシは仙人に会えるのか? 会えないのか?」
会えなかったとしても力尽くで会うつもりではあるが、この巨大なカツユの中に隠れられたら、見つけるのは骨が折れそうだ。
しかし、カツユは言う。
「……良いでしょう。案内します。貴方の用件がなんであれ、まがりなりにもここまで足を踏み入れている。それだけでも、貴方は
そう言ってカツユが山の方に身体を向けると、目の前の山に亀裂が入り、みるみるうちに、大きな裂け目が出現した。
「
山の裂け目の中に入っていくカツユの後を追い、歩を進める。禿山はカツユの本体そのもの。その内部に入るということは、カツユの腹の中に飲み込まれるに等しい。グニャリとした地面を進みながら、オレは警戒を強める。罠かもしれない。油断はできない。念のため、体内で静かにチャクラを練り始める。
「予め忠告しておきます」
カツユの声が、洞窟を反響する。
「ここから先は命の保障ができません。
「命の保障? 逆に、ここまでの道のりに命の保障があったのか?」
言葉を返すオレの声も、同様に反響する。
「ええ。ありましたよ。人払いの結界が張ってあったでしょう? 割と最近張ったものですが、あれがある限りこの湿骨林には、『ここを目的地とする者』以外入ることができません。そして、湿骨林の入り口からここまでの道のりに関しては私の管轄外です。勝手に入って勝手に溶けるモノに関して、私は関知いたしません。そういった方々は、
「手厳しいな。ということは、生前ここまで来れなかったワシは、論外だったということか」
「そうですね」
冗談混じりに言ったら端的に返された。このカツユ、中々いい性格をしている。
「私は案内役です。ここまで来れた者を
「……」
つ……と、頬に汗が伝う。
治癒のエキスパートであるカツユが守ると宣言しておきながら、命の保障ができないときた。
そもそもここの仙人はカツユであるのに、その仙人に会って命の危険があるという致命的な齟齬はことここに至ってとても無視できるものではない。予想はあるが、あまりにも荒唐無稽だ。
「つくづく、愉快な生態よな、貴様は」
「愉快で済めばどれ程良かったでしょう」
カツユは呟き、そして立ち止まる。
行き止まりであった。洞窟の最奥。そこにはただポツンと、巨大な鳥居が建っている。
「これは……明神門か?」
「ええ。私の身体に六道仙人様が施して下さった、私自身への封印です」
「六道仙人が?」
仙法・明神門。兄者も使っていた、仙術の中でも最高峰の封印術。そんなものが、カツユの体内に?
先ほどからのカツユの言動と、この明神門。一体この奥にいる仙人とやらがどういうモノなのかは分からないが、想像するに、確実に碌でもないということだけは分かる。
「今から道を開きます。何が起こってもすぐに動けるようにしておいてください。私には、
不穏なことを口にしつつ、カツユは明神門の下へと移動する。
ググ……と、カツユの正面の壁に穴が開き、その穴が押し広げられていく。
穴はやがて、人一人が丁度通れるサイズにまで広がり、拡張を止めた。
「さぁ、この先です」
カツユが再び進み始め、オレはその後を追い、歩く。
「奥にいるという仙人を、オレはなんと呼べばいい?」
今更ながらにそんなことを尋ねる。カツユは、首を捻って迷いのある声で答えた。
「さて、
「そうか。では、そうするとしよう」
歩き続けると、やがて開けた場所に辿り着く。
カツユの体内、その最奥。一切の光の届かない闇。感知によって障害物の有無は分かるが、巨大なカツユの身体に紛れて、己と案内役以外の気配を感じ取ることはできない。
ボウ……。と、どこからともなく、明かりが点る。
蛞蝓の粘膜に覆われたその部屋の中央に、『それ』はいた。
「やあやあ待ちかねたよ扉間ちゃん。はじめまして。久しぶり。さっきぶりだね。なんて、ずっと一緒にここまで歩いてきてたし、もう何度も会ってるし、なんならここは
『それ』は人間の少女の形をしていた。年の頃は10にも満たない、多由也よりも更に下のように見える。白髪を麻縄でツインテールにまとめ、ぼろ布を羽織っただけのみすぼらしい格好をした少女。
見た目通りの幼げな笑顔を浮かべ、子どものような気安さでこちらに語りかける『それ』を前に、オレは戦慄する。
まさかとは思うが……コレが?
さりげなく案内役のカツユを見やるが、カツユはその少女の方を向いたままピクリとも動かない。コレに応対するのはオレの役割、ということか?
「はじめまして。だ。カツユ。それとも蛞蝓仙人様とでもお呼びすれば宜しいのかな?」
「なんとでも。ただし、敬意と親しみが分かる呼び方がいいかなー。ほら、ワタシってば仙人様な訳じゃん? そして扉間ちゃんはワタシに教えを乞いに来た哀れな子羊な訳じゃん? だったら、相応の態度ってやつがあると思うんだよなーワタシは!」
ブチリ、と、一瞬で脳内が沸騰する感覚に陥る。目の前の少女の一挙手一投足が、人の神経を逆撫でするために計算し尽くされたかのような動きをしていた。初対面なのに出会い頭にぶん殴りたくなってくる。だが、何が来ても対応できるように精神を落ち着けて来たというのに、幾らなんでも自分の堪忍袋の緒が切れるのが早すぎる。目の前の少女がムカつく言動をしていたからと言って、すぐに切れるほど自分の器が小さいとは思いたくない。
……精神汚染か何かを仕掛けられている?
とにかく、ここでキレたら恐らく相手の思う壺だ。オレは全力で平静を装い、会話を続ける。
「ではカツユ様、と。それが一番、呼び慣れた敬称でしょうからな」
「ほーん? そう。じゃ、そゆことでー」
目の前の少女は、片足の爪先でくるりと身体を一回転させると、横ピースをしながら
「で? 何の用?」
と、再び問い返した。
ポーズは謎だが話が早い。丁度いい。オレは、早速本題に入ろうと言葉を紡ぐ。
「……カツユ様にどうしても聞きたいことがあり、本日ワシは貴方を訪ねたのですが──」
「うん。それは知ってる。尋ねたいことの内容も分かる。結論から言うと教えてあげない。理由は気分じゃないから。で? 用件はそれで終わりかな? かな? お帰りはあちらだよ?」
ちょこまかと動き回りながらオレの言葉をぶったぎり、ふざけたことを抜かしながら仙人は、出口にオレを誘導した。前言撤回。この仙人。話が早いのではなく、話をする気がないだけだ。
「……ふざけているのか?」
「それ以外の何かに見える? 扉間ちゃん」
早くも我慢の限界が近い。挑発に乗せられチャクラを荒立てるオレに、仙人はニヤニヤといやらしい笑みを浮かべる。コイツは、どうやらオレを怒らせて楽しんでいるようだ。あのカツユと同一個体とは思えないほどに、性格が悪い。
さて、その挑発にオレは乗るべきか、乗らざるべきか。
「挑発に乗ってはいけません扉間様。堪えてください」
横合いから、蛞蝓のカツユが口を挟む。
「ここは既に仙人の領域。
「おーおー言うじゃないのさ、カワイイワタシの半身ちゃん」
オレに忠告するカツユの下にテクテクと近づいた仙人は、カツユを抱えて頭上に持ち上げる。
「全く全く、自分自身、それも産みの親に向かってアレ呼ばわりとは酷い半身だねー。最高かよ。コレだから
「や、やめ……。下ろしなさい!」
勝手に自分同士で会話をし始め、カツユを頭上に掲げたままピョコピョコと動き回る仙人。傍目から見ると、ぬいぐるみを抱えて遊ぶ少女にしか見えないが、アレがそんな可愛らしい生物ではないことは、とっくに分かっている。
故に。
「あまりに最高だからご褒美をあげよう半身ちゃん。特別に、
「なっ……! ああああ!!??」
ボウッ!! と、突如炎に包まれたカツユの救命活動も、スムーズに行うことができた。
『水牢の術』。
掲げられ、炎に包まれたカツユを水球で包み込み、鎮火する。粘膜に覆われた地面を蹴りあげ、仙人からカツユを奪い取る。
「……貴様ッ!!」
「くっ! あはははは! 自分がおちょくられてもなんとか我慢していたのに、蛞蝓一匹燃え上がらせただけで堪忍袋の緒が切れちゃうのかい? お優しいねえ! 予想通りではあるけど。予想通りすぎて笑いが止まらないよ! いひひ! 楽しいねえ!」
狂ってるのか。コイツは。
「カツユはお前の半身だろう。なぜ殺す」
「
全く理解できん。やはり狂っているとしか思えない。なんなんだ。こいつは。
「アレの言動を一々真に受けてはいけません扉間様」
シュウゥ……、と水蒸気を上げながら、みるみるうちに自身の身体を治していくカツユが口を開く。
「そもそも、私という個体を焼却した程度で私が死ぬことはありません。私とアレの本体はこの山そのもの。そのすべてを消滅させない限り私もアレも何をされようと生き続けます。アレはただ、貴方をおちょくりたいがためだけに意味のない言動をしているに過ぎないのです」
「というか、アレはなんなのだ? 先程、善悪を分けるだのと言っていたが、まさか……」
「恥ずかしいお話をお聞かせすることになります……」
カツユは申し訳なさそうな声色で語る。
「ちょっとー。なーにワタシ抜きでこそこそ喋ってんのさー。なんだー? 黒歴史暴露大会かー? 楽しそうじゃんワタシも混ぜろよー」
オレとカツユは、仙人を無視した。無視したまま、カツユはオレに蛞蝓仙人の物語を語り始める。
「かつて蛞蝓仙人と呼ばれた仙人は、とても善良な心を持つ蛞蝓でした。自らの持つ治癒の能力を人々のために分け隔てなく使う、心優しい仙人でした」
「やだなーもー。そんなに誉めるなよ照れんじゃん!」
「──やがて蛞蝓仙人は、より広く、多くの人を救えないかと考え、自らの身体を分裂させることを思い付きました。そして仙人は、自然エネルギーを集めて自身の身体を肥大化させそれを分裂し、分裂した半身に、自らの善良な心を分け与えました」
「ヒュー! かっこいいー! 反吐が出そうな聖人だね! で? 誰それ?」
「──仙人は分裂を繰り返し、数百万を超える分裂体に自らの心を分け与え続け、そのうち──」
「──ワタシができたってか? ひゃはは! ウケる!」
「──気付けば仙人の身体は、絞りカスのように残っていた僅かな悪徳の心に支配されてしまったのです」
気付いた時には既に手遅れ。統合し、元に戻ろうとした半身を仙人は「それじゃあ面白くない」と拒絶。更に自身を肥大化させ、僅に残った善意すらも分裂させた。そして、
「享楽主義に陥った蛞蝓仙人は、『面白そうだから』という理由で、土地に酸をばら蒔きあらゆる生命を死滅させ始めました。仙人は、世界の全てを酸の海に沈めようとし始めたのです」
半身たるカツユ達は自身の暴挙を止めようと動いたが、あくまでも治癒目的で作られた半身には限定的な能力しか与えられておらず、半身に仙人としての力を振るうことはできなかった。仙人を止めることができずにいるうちに被害は拡大し、やがて湿骨林という死の土地が誕生してしまう。そして、仙人が笑い転げながら更に被害を増やそうと動いた時。
「六道仙人様が現れました。彼は蛞蝓仙人を私の体内に封印し、更に仙人を湿骨林という土地に縛り付けました。こうして、私達は長い年月を湿骨林で過ごすことになったのです」
六道仙人は善良なカツユたちを封印の要にしながら、分裂体であれば自由に外の世界を出歩けるようにした。そのため、カツユは湿骨林に留まりながらも、その一部を外に口寄せすることができるのだという。
どこかの昔話や神話にでも出てきそうな話だったが、この話の裏を読み解くと、実に笑えない事実が浮かび上がってくる。
つまり六道仙人は、悪徳の心を持った蛞蝓仙人を封印すること
蛞蝓仙人はカツユであり、カツユは蛞蝓仙人である。故にその両方を一度に消滅させない限り蛞蝓仙人が死ぬことはない。蛞蝓仙人の身体を消滅させても、蛞蝓仙人の潜在意識が分裂体の中から表出し、新たな蛞蝓仙人となる。六道仙人にできることは、蛞蝓仙人が表出するポイントを封印内に限定するところまでであり、蛞蝓仙人の悪徳の意思を殺しきることはできなかった訳だ。
仙人としての主体はあくまでも蛞蝓仙人にあり、その蛞蝓仙人は悪徳の意思に支配され、それを排除することはまず不可能……と。
面倒くさいことになった。仙人から話を聞くという目的の難易度がすこぶる高くなってしまった。
兄者はどうやってこんなのから仙術を教わることができたのだろうか……。いや、兄者のことだからもしかすると、この仙人におちょくられているうちに勝手にコツをつかんだとかそんなところか? 有り得ないとは言い切れないところが兄者の恐ろしいところだが、ともかく、こちらは仙人自身から教えを乞わねばならぬ立場。それができないというのなら、力ずくで情報を聞き出すしか手段がなくなる。
「さて、どうしたものか……」
「どうしたものかではありません! 逃げましょう!
カツユが肩から叫ぶが、生憎こちらにそのつもりはない。不確定要素を排除するためにも、あの仙人からは是が非でも話を聞き出さなければならないのだ。
それに……。
「いやー、それはダメだよ半身ちゃん。ワタシ、扉間ちゃんを帰そうって気分じゃなくなっちゃったもん」
ミチミチと、我々の来た洞窟の穴が塞がっていく。仙人が自分の身体を操作して、逃げ道を塞いだようだ。
「いえ……! ですが扉間様にはまだ……!」
「飛雷神の術があるって言いたいのかい? 半身ちゃん。ダメダメ知ってるってば。ワタシは半身ちゃんの見聞きしたことには全部目を通してるんだから。そして、飛雷神の術は残念ながら使えない」
「なんですって!?」
仙人の言葉に、カツユが動揺の声を上げる。だがオレは、両者の反応から大体のからくりが読めてきた。
「この湿骨林を覆っている人払いの結界は、カツユが張ったものだったな?」
「え、ええ……。そうですが」
唐突な質問に慌てながらも肯定するカツユに、オレは更に質問を重ねる。
「その結界は、
「え、ええ? なんの話を……」
「なーんだ。気付いてたんだ。つまんなーい」
話に付いていけない様子のカツユに代わり、答えたのは仙人の方だった。
「そうだよー。半身ちゃんが善意で張った結界にちょちょいと細工して、この湿骨林を異界化させたのはワタシの仕業さー。封印内からでも、ちょっとくらいは半身ちゃんの潜在意識に忍び込めるからねーワタシは。で、そんなワタシの工夫で今湿骨林は空間ごと外と区切られてるから、時空間忍術の類いで外に脱出するのは不可能なのよん♪ 鈍いよねー半身ちゃんも、ここ数週間、
「んなっ……!?」
綱手……。そう言えば、今のカツユの契約者は綱手姫だったか。あの兄者のだらしない部分にだけやたら影響されていた小娘は、果たしてどんな成長を遂げていることやら……。まぁ、未来で火影になると言うし、そこまで自堕落には育っていないと思いたいが……。
衝撃の事実に困惑しているらしいカツユをよそに、オレはつい思考を脱線させてしまう。
とにかく、仙人はこの湿骨林に時空間忍術を制限するための結界を施していた訳だ。
「
「殺すぞ」
「きゃはは! 殺れるもんならドーゾドーゾ! 六道のクソガキにもできなかったことをやってやるとは大きく出るじゃないのん。一度死んだら怖いものなしって感じ? きゃーこわぁい☆」
うっかり余計なことを口走ってしまったオレに、仙人は、きゃるん☆等という謎の擬音と共に大袈裟な身ぶり手振りで返してくる。これがまたいやに人の精神を逆撫でするのだ。
ああどうしよう。本気で殺したくなってきた。どうせ殺せやしないし、そもそも目的は情報を抜き取ることなのだから関係ないことにかかずらってる暇など無いというのに。奴の精神攻撃は中々にクるものがある。
とにかく、奴から情報を抜き取ってここから退散する方法を考えなければならない。既に幾つか策は有るが、それが有効か否かは未知数だ。まずは──
「ワタシの身体の中で、動こうとすること自体無謀だってことが分からんのかね。この小僧は」
「──!!??」
ドロリと、嫌な感触が肩を濡らす。見れば、オレの肩に背負われていたカツユが、溶けて液体へと変化していた。
「ワタシはカツユで、カツユはワタシなんだぜ? 業腹なことに封印の外のカツユには手出しできないワタシだけれど、封印の中にいるカツユは、そりゃもうワタシの身体ってなもんでしょ」
「────!?」
ジュゥッ! と、焼けつくような痛みが一瞬身体を襲う。
一瞬で、身体の半分が酸に犯され溶かし尽くされていた。
「っ──舐めるな!」
オレは片手で印を結び、穢土転生である自分の体内に仕込んでいた起爆札に着火する。互乗起爆札は口寄せを必要とするので現在の湿骨林では使えないが、それでも構わない。
一度全身を吹き飛ばし、然る後に全身を再生させ──。
「動きが単調すぎるって言われない? 扉間ちゃん」
バシャッ! と、着火の瞬間、四方八方から酸が降り注ぎ起爆札を溶かす。それどころか、頭から下が、酸に溶かされまるごと消失する。
(──いくらなんでも対応が早すぎるっ! まるで予めこちらの動きを知悉していたかのような……!)
「きゃはは! 予知なんてそんな高度なことできるわけ無いじゃん! それができるのは妙木山の耄碌ジジイ位だっての! ワタシ程度にできることなんて、せいぜい扉間ちゃんの頭の中を随時覗くくらいなんだゾ☆」
……明らかにそれが全てだろうがこのドグサレクソ外道がッッ!!
新しくできた自分の部下の口調が若干移りながらも、オレは即座に次の策を考える。だが……。
(考えた上で覗かれるなら、その策に意味はない……か)
「おりょ? もう万策尽きたの? つまんねーの」
万策尽きたとは少し違う。考えるだけ無駄だと悟っただけだ。
「ふーん? これ以上何があるってのかナー? ワタシ、気になっちゃうナー?」
欠損した部位に塵が集まる。が、首の根本が酸の池に沈んでいるせいで集まる先から溶けていく。
チッ。動かせるのは、正真正銘頭だけというわけか。
「なんだー。本当にこれ以上何もないのかい? お得意の『天泣』とかなんとか、頭だけでもやれることはまだまだあるだろ扉間ちゃんはー?」
バレている手段はやるだけ無駄だ。ならば、今のオレにできることは──
「やることがもう何もないなら、ワタシは今ここに向かって来ている君の可愛い部下達と遊ぶことにするけど、別にいいよね?」
──お前を殺すことだけだな。問答無用で消し飛ばす。
「うわ。ワタシを殺し尽くす手段めっちゃ出てくるじゃん。怖」
少し予想外の言葉に、つい反射的に頭を働かせてしまった。危ない危ない。奥の手を見破られるところだった。
だが、うっかり頭を働かせたお陰で、仙人が本気で引いてる顔が見られたのは中々に愉快だった。
さて、追ってくるなと言ったのにあっさり命令無視してくれてるらしい部下共を叱りつけるために、どうやらオレは意地でも生きて帰らなければならないらしい。
否、オレは既に死んでいるから、正確には死んで帰らなくては、か。
だんだんとお前にかかずらってる暇がなくなってきたな。仙人。
「考えるだけならどうとでも。実行してくれなきゃそんな思考に意味はないんだゾ?」
ああ。してやろうとも。お前にとって、最も屈辱的な敗北をくれてやる。
オレは頭の中で最後にそう宣言すると、すぐに己の策の実行に移す。
そのためにまずオレは──考えることをやめた。
▼次回につづく。
あとがき
なんだかまたとんでもない原作改編をおこなってしまった気がするゾ?ま、二次創作だしこんなこともあるよネ!
カツユ…。原作からして結構チートな口寄せ動物ですが、大蝦蟇仙人様が六道仙人の時代から生きてるせいで一回も世代交代しないカツユ様がこんな化け物になっちゃったんだから責任とってよね!
はい。私はひねくれた人間なので、そんな大昔から生きててあんな善良なままの生物いるわけねーだろ!とか思ってたらいつの間にかピッコロ大魔王みたいな奴が生まれてたとか、今回はそんな話な訳ですね。え?ピッコロ大魔王にしては性格がはっちゃけすぎてる?アレはあれですよ。ぼくの考えた最強のメスガキってやつです。みんな一度は考えますよね?え?考えない?わからせたく…ならない?そんな、そしたら私がただこの場で唐突に性癖を暴露した変態みたいじゃないですか!?
はい。そんな訳で、この先一体どうなるのでしょうか。多由也ちゃんたちが駆けつけるのが先か、扉間様が頭だけで蛞蝓を倒すのが先か、それとも蛞蝓が無双するか、それ以外か。さっぱりわかりませんね!作者は楽しみです(お前が書くんだよ!)。
前書きの一言に対する自問自答。
「やるべきことほどやりたくなくなるのは何故?」