前略。多由也に転生したけど、人生の詰将棋をしている気分です。   作:N-SUGAR

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お久しぶりです。ちょっと煮詰まってしまって中々投稿できませんでしたが、この度ようやくなんとかスランプを抜け出せそうな目処が立ってきました。たぶんなんとかなると思います。お楽しみください。

最近日本語が出てこなくなってきた(汗)。

ここで自分に向けて一言

「老化?」




第二十七話 湿骨林の歩き方。

「駄目だな。ここから先は、多由也ちゃんが入れるような場所じゃない」

 

 スッパリと断定したカガミさんの言葉を聞いて、私はげんなりとした表情を作った。思わずため息をつきたくなる。

 

 こうなる予感が全く無かったかと言えば、それは嘘になる。予感はあったけど、そんなことがなければいいなと希望的観測を抱いていた。

 

 とは言え、いくら希望に縋ったところで、現実を直視しないことには物事は始まらない。

 

 私はカガミさんに問いかける。

 

「ウチが入った場合、どうなる感じでした?」

 

「一秒もかからずに死ぬ」

 

 即答。予想していた返答ではあったが、その言葉を聞いた私は今度こそ、はぁー……と、盛大にため息を溢す。

 

 湿骨林。恐らくその入り口だと思われる場所にたどり着き、そこに奇妙な結界が張ってあることを確認した私達は、迂闊に入ることを躊躇い立ち止まっていた。

 

「空間が断絶してるな。扉間様が戻ってこれないのはこれが原因か?」

 

 結界内部を異界化し、時空間忍術による往来を遮断する結界。湿骨林全体を球状に覆っているらしいその結界にはどうやら認識阻害や人払いの効果もあるらしく、靄がかかって湿骨林内部が覗けないようになっていた。

 

 この奥に何が待ち受けているかわからない。そのためまずはカガミさんが影分身を先行させて、結界内部の様子を偵察することになったのだが……。

 

「湿骨林という土地は、どうやら土地も空気も酸に汚染されているらしい。入って一呼吸しただけで影分身が即死してしまったよ」

 

 偵察の結果は惨憺たる有り様だった。

 

 分かったことは、湿骨林が人間の生存できるような土地ではないということだけ。入った瞬間、息の一つでも吸えば簡単に死んでしまう空間であるということ以外何一つ分からないままに、影分身による偵察活動は終了した。

 

「影分身は見た記憶をこちらに伝達してくれる訳だが、脆すぎるってのが唯一の欠点だよなぁ。穢土転生の影分身なんだから、せめて穢土転生の再生力を受け継いでくれててもいいのに」

 

「それではもはや影分身ではないだろう。それに、それだけ分かれば十分だ。ここから先は、既に死しているが故に即死する心配の無い我々の出番ということだろう」

 

 入った瞬間に解除された影分身の脆さを嘆くカガミさんを窘め、トリフさんは気合いを入れ直す。

 

「そういうわけだ。済まんが、多由也はここに残って待機していてくれ」

 

 トリフさんは私の方に顔を向けると、私に待機を命じる。

 

 当然と言えば当然の指示。だから私はその指示に対して、

 

「え? ウチも行きますけど?」

 

 と、当然のように応えた。

 

「そうだな。申し訳ないがここで──え?」

 

「え?」

 

 虚を突かれて呆然とするトリフさんにあっけらかんと笑いかけながら、私は首をかしげる。

 

 はっはっは。人間が入れない程に土地が汚染されているからといって、私が大人しく湿骨林の外で呑気に待っているとでも思ったか。

 

 そんなもったいないことしてたまるかよ。せっかく、扉間様を出会い頭に合法的にぶん殴れるかもしれないっていうこの好機に。

 

 それに、新術を試すのに、今の状況はもってこいなのだ。

 

「酸に汚染された空間を渡り歩く手段があるのかい?」

 

 カガミさんが問う。私の回答は、もちろんイエスだ。

 

「以前から、試してみたかった術があります」

 

 私は印を結び術を用意する。私の用意した新術は少し複雑な術なので、準備にはそれなりに時間がかかる。

 

「何をしようと言うのだ。土遁系の忍術で鎧を作っても酸に溶かされてしまうだろうし、水遁系の忍術で膜を作っても、酸が染みてしまうだろう。そもそも、空気はどう確保するつもりだ?」

 

 トリフさんの疑問はもっともだ。私は扉間様との修行で毒性の強い環境でもある程度安全性を確保する術を学んではいるが、溶遁を始めとした、こちらの防御を溶かしてくるタイプの毒には十分な対処を行うことができないでいる。一応結界忍術である程度防御することは可能なのだが、その場合、結界の外に出られず動きを制限されてしまうし、結局は溶かされることになる。今回の場合、それでは意味がない。

 

 防御して、尚且つ動き回れるような術があれば便利なのに。

 

 発想は、そんな些細な不便さからだった。しかしこの不便さこそが、新しい発明の切っ掛けとなる。

 

 とはいえ、もし私が溶遁と敵対した場合、私はあれに対処する術を持たない。溶遁のように何の成分によって溶かされるのかさっぱりわからない謎の溶解液を繰り出されても、それに耐えうる結界というやつに私は心当たりがないからだ。サスケのスサノオさえ溶かすあの術を相手にした場合、一時的に防ぐことはできても、防ぎきることは恐らくできないだろう。そういった術の対処には、また別の何かが必要になってくる。しかし、今回はそうじゃない。

 

 今回は酸性物質による汚染ということがはっきりしている。つまり化学的知識で対処可能な事例である。溶遁と比べれば、対処は容易だ。こういうときこそ、現代知識を活用すべきだろう。

 

 強酸による汚染。ならば防御の方法は幾つか考えられる。今回は、ホウケイ酸ガラスを参考にしてみよう。

 

 ホウケイ酸ガラスは耐熱性・耐食性に優れ、化学実験器具や調理用の器具としてよく使われるガラスだ。例えばビーカー等に使用されているガラスはこのホウケイ酸ガラスが材料である。塩酸やら硫酸やらに溶けにくい物質で一番分かりやすいのは、やっぱりこれだろう。

 

 だから私は、ホウケイ酸ガラスの化学的構造を参考に結界を作る。チャクラという万能物質を使用すれば、ガラスの構造を模倣しつつ、強度を高めた結界を作り出すことだって可能なのだ。かなり細かい作業だが、私ならそれくらいはできる。私は結界忍術に関してそれなりに一家言持っているのだ。少なくとも原作の段階で大蛇丸様に見出だされるくらいには、結界忍術の才能に突出している。

 

 さて、しかしただ結界を構成するだけでは、私の身動きが取れなくなってしまう。そのため結界の形にも工夫が必要だ。

 

 全身に隙間なく纏うように、私は結界を構成する。

 

「結界の……鎧?」

 

 術を組み立てていく私の姿を見てカガミさんが呟く。そう。まさしくそれだ。私は全身に纏うように、結界の鎧を生成していく。

 

 更に、私は背中の部分に背負うようにもう一つの結界を張り、そこに風遁で空気を圧縮して詰め込み、ダイビングなどに使う空気タンクの構造を模倣しながらそれを鎧に繋げる。

 

 関節がしっかりと動くのを確認し、私は自慢げな顔を浮かべて二人に向きなおる。

 

「これで、私は酸に汚染された環境にも入り込めるようになりました! 状況によって結界の種類を変えることでどんな過酷な環境にも対応できるこの術を、そう、私は『結界アーマー』とでも名付けるとしましょう!」

 

 ババーン! と、そんな効果音を流す感じで、私は仰々しく己の新術を二人に紹介する。

 

 対して二人の反応は、そんなに大きくもなかった。

 

「『結界アーマー』ねぇ。これまた、随分とけったいな物が飛び出してきたなぁ。トリフ」

 

「全身を耐酸性結界の鎧で包み、空気を保管する箱を作って安全な空気を確保する術……。扉間様の『泡沫鎧の術』に似ているな」

 

 カガミさんは半笑いでトリフさんに話を振って、トリフさんは冷静に術の分析をし始めた。

 

 ところでなにその術、聞いたこと無い。

 

「『泡沫鎧の術』は、全身を水遁による泡沫で囲み、毒性の強い環境でも活動できるようにするための術だが、そう長持ちするような術ではなかった筈。確か、あの術は長くても30分程度で空気がもたなくなるはずだったな?」

 

「だな。多由也ちゃん。君の『結界アーマー』は、どれくらい空気がもつんだい?」

 

 トリフさんがさりげなく術を説明し、カガミさんが質問する。なんだろう。OL時代に散々やらされた商品企画のプレゼンテーションでもしてる気分になってきた。えーっと、過去に似たような製品が存在した場合は、従来の製品と比較した上でメリットと独自性を提示しなければ……。あー、エビデンス資料は……。

 

 いや、違う。今やってるのは商品企画プレじゃないし、エビデンスなんてそもそも用意してない! 

 

「えーっと、1時間以上は確実に保つと思います。空気を圧縮して保存しているので、見た目よりも空気は有りますし……」

 

「へー。空気を圧縮して入れておいて、いくつかの部屋で減圧しながら供給するのか。中々考えられてるなぁコレ」

 

 私が説明しようとすると、カガミさんが勝手に私の背後に回って、結界の空気タンクをしげしげと観察している。ていうか、うわ。この人写輪眼まで発動しちゃってるじゃん。なんか、粗探しされてるみたいでめっちゃ緊張するんですけど。

 

「身を守れる新術の案があるのは理解したが、いきなり生身で試すのは危ういな。カガミ、影分身を出せ。まずはお前で試す」

 

「お。了解だ。はは。こういうのはなんか懐かしいな」

 

「ああ。扉間様との新術開発以来だな。こういうのは」

 

 トリフさんとカガミさんが、何やら懐かしげな感じで笑い合いながら話を進めている。成程確かに、この術が果たして湿骨林で使い物になるかどうか実験を行う必要はあるだろう。

 

「えーっと、つまり、ウチがカガミさんの影分身にこれと同じ結界を張ればいいんですかね?」

 

 扉間様との新術開発とかいう過去にあったらしい思い出話が若干気になりつつも、私は二人に確認を取る。

 

 しかし二人は

 

「「いや、その必要はない」」

 

 と揃って答える。

 

 え? どういうこと? と、頭にクエスチョンマークを浮かべていると、カガミさんは影分身を一体作り、

 

「湿骨林で何が起こるか分からない以上、多由也ちゃんはできるだけチャクラを温存しておいた方がいいだろ。印は分かったしその術はこっちで発動するさ」

 

 と、そう言った。直後、カガミさんの影分身が印を結び始める。

 

「え……ええ? でも、この術は結構複雑ですし、かなり結界忍術の技量と素養が必要で……」

 

 自分で作っておいてなんだが、この新術はかなり使い勝手が悪い。強度や形を安定させるため、関節パーツ毎に別々の結界を作ってから接合する必要があり、全部形作るのに合計百個以上の印を結ばなくてはならない上に、タンクの中に空気を圧縮して入れるためにはかなり精密な風遁のコントロールが必要になる。私自身、己の才能頼りに強引に発動している節があるくらいややこしい術なのだ。この『結界アーマー』は。

 

 そんな術、いくらなんでも初見でいきなり発動できるわけが……。

 

 等と思っている内に、カガミさんの影分身はあり得ないスピードで印を正確に結んでいき……。

 

「う……嘘だろ……」

 

 私の三分の一くらいの所要時間で、完璧に術を発動することに成功していた。

 

「どうして!?」

 

「どうしてって。多由也ちゃんは、この眼についてある程度研究してるんだから知ってる筈だろう?」

 

 そう言ってカガミさんの影分身が親指で指し示した自身の両目には、巴模様の入った瞳が赤く輝いている。

 

 写輪眼。その特殊な瞳力から生じる、忍術のコピー能力……。

 

 いや、分かる。それは分かるんだけど……。

 

「確かにかなりテクニックの要る術だったけど、消費チャクラが膨大なわけでも、特殊な血継限界や秘伝忍術を使ってるって訳でもなかったからね。そりゃあ、普通にできるとも」

 

「……私以上の術スピードで?」

 

「そりゃね。単純に、印を結ぶ速さが違うし、チャクラコントロールにだって一日の長がある。オレもまだまだ後輩に遅れを取るつもりは無いとも」

 

 はっはっは! と、豪快に笑うカガミさんを見て私はガックリと肩を落とす。これが、経験と才能の差というやつか。私がなけなしの才能をフル活用してやっと完成させた術なぞ、天下の写輪眼の前には楽々コピーできる程度ものでしかなかったという訳ね。いや、いいんだけどね。別に。味方に真似される分には損はないし……。

 

 ……クソが。

 

 複雑な気分を抱えながら、私は曖昧な笑顔で顔をひきつらせる。

 

「よし。それじゃあ楽しい耐久実験だ。行ってこい!」

 

「うーい」

 

 そんな私の隣でカガミさん(本体)が命令し、カガミさん(影分身)が応える。影分身を出したときに有りがちな光景だが、よくよく考えると頭がおかしくなりそうな光景だ。

 

 実証実験開始。

 

 影分身が結界の中に入っていくのを見送り、私達は結果を待つ。

 

「しかし、写輪眼というのは凄いですね。本当に何でも術をコピーできちゃうなんて」

 

「何でも、というのは語弊があるね」

 

 待ってる間、少し手持ち無沙汰になった私はカガミさんに話しかける。妬みの感情を若干含んだ私の言葉に、カガミさんはあっけらかんと返す。

 

「知ってるとは思うけど、写輪眼でコピーできるのは()()()()()()()()()()()()()だ。血筋によってのみ受け継がれる血継限界の類いや、一族の特性や特殊な技法を用いることによってのみ成立する秘伝忍術の類いをコピーすることはできない。もちろん、コピーできたとしても、その忍術が十全に使えるかどうかは本人の技量や得手不得手にも左右されるしね」

 

 写輪眼のコピー能力は、相手の動きを細部まで読み取る動体視力と、チャクラの流れを形や色で見分けるチャクラ感知の二つの瞳力によって成立している。

 

 つまり、写輪眼で会得できるのはあくまでも相手の使う忍術の「仕組み」であって、「そのもの」ではない。術の使用に特別な才能や体質を必要としたり、そもそも技量や必要チャクラ量が足りなかったりした場合、忍術を見切る事はできてもコピーすることはできない。

 

 例えば今回の『結界アーマー』の場合、私は結界忍術と風遁の才能を頼りに無理矢理複雑な術を組み立てているが、これらに使用されている技法そのものは、唯一無二な才能や体質を必要とするものではない。私の一族は結界忍術に優れた素養があるというだけで、使っている結界忍術そのものは努力や工夫によって誰にでも習得可能なものだ。今回の術に関して言えば、私の「才能」がカガミさんの「技量」の範囲内だったから、カガミさんは写輪眼で『結界アーマー』をすぐにコピーすることができた訳である。

 

 そう考えると、私自身の実力って、やっぱり大したこと無いんじゃ……。

 

 穢土転生という強大な武器を手に入れ、『暁』のメンバーを撃退して見せたという事実に舞い上がり勘違いしてしまいそうになるが、戦力を水増ししない素の自分の実力は、まだまだ未熟もいいところなのだ。

 

 穢土転生がある内はいいが、もし穢土転生を使えないような状況に陥った場合、私は果たしてどこまで戦えるのだろうか……。

 

 ……うん。このままじゃ、駄目かもな。

 

「悩んでるねー。若い若い」

 

 私が自分自身の実力をどう伸ばしたものかと考えていると、カガミさんが横合いからニヤニヤと笑いかけてくる。

 

 なんだその顔。くそムカつくんだが。

 

「なんですか。格上の余裕的なアレですか。ぶん殴りますよ」

 

「いや、怖。違う違う。別に馬鹿にしてるとかそんなんじゃないからね? ただ、オレにもそんな時期があったなーって、懐かしんでるだけだから」

 

「カガミさんに?」

 

 このうちはの天才にそんな時期があったなんて、ちょっと考えられないんだけど……。

 

「まぁ、『才能の壁』にぶつかって悔しい思いをするのは、子ども大人関係なく誰にでも起こりうるものだしね。特にオレ達の世代は、そこら辺かなり競争激しかったよな? トリフ」

 

「そうだな。上も下も、常に競争に勝ち続けなきゃ生き残れなかったし、優秀な奴や才能のある奴でも油断すると割と死んだからな。お前みたいに」

 

 違いない。と、トリフさんの嫌味のこもった肯定にくつくつと笑うカガミさんを見て、私は呆れる。カガミさんの世代、殺伐としすぎだろう。

 

「それに、オレ達元扉間小隊の少なくとも五人は、一度はその才能の壁ってやつに悩まされることになった。オレ達の同期にはアイツがいたからな」

 

「それも、違いない」

 

 アイツ? 同期? 誰の事だ? 私は元扉間小隊の面々を思い出し──そして、驚きで目を見開く。

 

「もしかして『アイツ』って、三代目──」

 

「お、よく分かったな。その通り。猿飛ヒルゼンという規格外の天才の前には、うちは一族の血統も秋道一族の秘伝も全てが霞んじまう。アイツはそういう奴だった」

 

 何故か自慢気にそう語るカガミさんと、それに頷くトリフさんの二人。

 

 三代目火影が天才の部類に入ることは原作を読んでいて知っていたが、この二人から見ても三代目火影は規格外なのか……。

 

「アイツは自分の特技を猿真似だなんて卑下していたが、アイツのしていることが猿真似だというなら、うちは一族の瞳力は猿真似以下ってことになっちまう。それくらい、アイツはありとあらゆる術をすぐに使いこなして見せた。オレではコピーできないような忍術も、アイツは楽々使いこなす。それも、あり得ないような練度でな」

 

「秘伝忍術でもそれは例外じゃなかった。特殊な陽遁チャクラを必要とする筈の倍加の術を真似されたときは、それこそ開いた口が塞がらなくなるかと思ってしまったわ。扉間様さえ自分以上と認めた才。あれは、もはや才能やら実力やらを比べるのも馬鹿馬鹿しい」

 

 二人が交互に語るのを聞いて、私は思考が止まる。

 

 里に存在する術全てを解き明かし習得したとされる、歴代最強の呼び声高い三代目火影、猿飛ヒルゼン。

 

 とはいえ、実際の忍としての実力は初代火影である千手柱間と比べると流石に劣るように見えるし、二代目火影である扉間様と比べても、並べて語るとどうもいまいちぱっとしない印象があった。そのため個人的にはあまり実力が実感できない人として彼を認識していたのだが、あの人、この二人からここまで手放しに称賛されるほどの人だったのか……。

 

「そう言えば知ってるかカガミ。ヒルゼンの奴火影になってから、里の若者達に『プロフェッサー』とか呼ばれて慕われてたんだぞ」

 

「プロフェッサー? アイツが? プロフェッサー猿? ブフッ! マジかよ似合わなっ!」

 

 手放しに称賛され……てるのか? 

 

 ちょっとわからなくなってくる。

 

「あいつ、しまいには里の全ての術を解き明かして実戦レベルで習得してたからな。秘伝忍術までお構いなしに」

 

「ああ。そりゃあプロフェッサーだな。笑えない。二代目様でも無理だろそんなん」

 

 死んだ後の三代目の話を聞き、流石のカガミさんも引き気味になっている。身内でもこれだもの。私はそのエピソードにどう反応すればいいのかさっぱりわからない。

 

「結局ヒルゼンに最後まで対抗意識を燃やせていた奴は、ダンゾウくらいだったな」

 

「アイツをライバル視し続けることができるってのは、もはや執念の域だよな。幼馴染み故なのかねああいうのは。オレなんか、だいぶ早い段階でアイツに追い付くことは諦めてたし」

 

「お前はそこら辺、割りきり早かったもんな。まぁ、お前は最後の方割とヒルゼンに見劣りしてなかった気がするが……」

 

「冗談。オレなんかまだまだアイツの足元に引っ掛かるくらいさ。()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 なんだか私が反応に困っている内に内輪の会話が始まってしまい、口を出すタイミングを見失う。だが、少なくとも分かったことはある。

 

 原作を読んで知っているつもりでも、分からないことはある。それは例えば原作の裏に隠れた技術もそうだが、設定上分かっている筈の事であっても、実感を伴わなければ分かっていないのと同じこともある。実際に見て聞くことで、初めて理解できること。

 

 忍世界の厳しさ。忍術の難しさ。キャラクターの実態。色々あるが、ここでも私は知識と実感との齟齬があったようだ。

 

 私から見て目の前の二人は十分忍としてトップレベルの実力と才能を誇っている。特にカガミさんなんか、うちは一族ということもあって私なんかじゃ永遠に届きそうにない高みにいるようにすら感じられる。だけど、その天才が、規格外と評する才能がある。

 

 三代目火影。猿飛ヒルゼン。未だ一度も会ったことはないが、原作を読んで知った気になっていた人物。

 

 強いとは思っていた。頼もしい印象もあった。だけど、初期のちょっとスケベな優しいおじいちゃんとしての印象が強かった私では、彼の規格外さを上手くイメージできていなかった。彼らの話を聞くことで、私は漸くあのおじいちゃんが持つ忍としての実力の片鱗が朧気ながらも認識されていく。

 

 実感なんて本当は湧いてこないが、それでも感覚として、そう認識できる。

 

 火影、か。

 

 扉間様は以前、私を最低限五影レベルに育て上げる等と言っていたが、果たしてそんなことが可能なのか。

 

 影を名乗るような連中は皆化け物ばかり。特に扉間様世代の人達はどいつもこいつも頭が一つ二つの飛び抜けてしまっている。生まれ持った才能の段階で種族が違うような連中ばかりだ。そんなのに私程度が肩を並べようなんてのは、烏滸がましいにも程があるのでは? 

 

 私が己の進退に疑問を抱いていると、カガミさんがピクリと動く。

 

「……どうやら、結果がでたな」

 

 そう呟くと、カガミさんは立ち上り改めて私の方に顔だけ振り向くと、当たり前のように言った。

 

「行くよ。ついておいで多由也ちゃん」

 

 影分身からの報告。それが今届いたらしい。そしてその結果、どうやら私の新術は、無事に安全基準を満たしていたようだ。

 

 余計な問答を挟むこともなく、私達三人は、湿骨林へと足を踏み入れる。

 

 結界を越え、生者の入ることの許されない、魔境の地へ。

 

 

 


 

 

 

「──で? どこに向かえばいい?」

 

 トリフさんが言う。結界を越え、靄が晴れ視界が開け、巨大な骨があちこちから突き出す湿地帯が目の前に広がってすぐのことだ。

 

 彼の問い掛けに、カガミさんはすぐに答える。

 

「湿地帯の奥に、デカイ禿山が見えるだろう? 彼処からとんでもない量のチャクラの流れが感知できた。恐らくあそこが、この湿骨林の中心だ。扉間様がいるとすればあそこだろう」

 

 影分身を使って私の新術の安全性を確かめたカガミさんだが、彼はもちろんそれだけのために影分身を放ったわけではなかった。最初の偵察ではすぐに消えてしまった影分身だが、二回目は私の結界術のおかげで即死を免れた。であれば、影分身が偵察を行わない理由はない。カガミさんの影分身はそのまま湿骨林を見て回り、扉間様のいそうな場所の見当をつけた後に術を解除し、本体のカガミさんに情報を届けた訳だ。

 

「そうか。では時間も押していることだし、急ぐとしよう」

 

 カガミさんの推測を聞いたトリフさんは印を結ぶと、チャクラを体内で急速に練り込んでいく。

 

「『超倍化の術』」

 

 ボンッ!! 

 

 と、大きな音と煙を上げながら、トリフさんの身体が巨大化する。彼が何をするつもりなのかよく分からない私にカガミさんが手で合図を送り、巨大化するトリフさんに登るよう促される。

 

 何がなんだか分からないがこのままだとすぐそばで巨大化するトリフさんに押し潰されそうだったので、取り敢えずカガミさんの指示通りにどんどん膨れ上がっていくトリフさんの身体をよじ登る。

 

 そして、

 

「たっか……」

 

 思わずそう呟いてしまう程、トリフさんの身体は巨大化し続け、その膨張を止めた。私とカガミさんはそれぞれトリフさんの右左の肩の上に立っているが、見下ろしてみるに、どう考えても私が今立っている場所の時点で50メートルは越えてる。

 

 倍化の術ってこんなにでかくなるのかと戦慄していると、トリフさんが巨大化した状態で一歩を踏み出す。

 

「しっかり掴まっていろ。少し揺れるぞ」

 

 でかすぎる図体から発せられるでかすぎる声が聞こえた次の瞬間、足下が揺れ、物凄い風が私の身体を後方に押し出す。トリフさんの身体が前方に向けて加速し、慣性と振動と空気の壁が一斉に私に襲いかかったのだ。

 

 でかすぎる図体の加速があまりにも速すぎる!! トリフさんの着ている服のシワの部分を掴みながら、私は思わず小さな悲鳴を上げた。

 

 確かに目的地である禿山まではそこそこ距離があるから、普通に走って行くよりはこの状態で走った方が遥かに到着時間は早い。でかさは速さ。50メートルを超える巨体が忍の俊敏さで走ればそのスピードは想像を絶する。かなり遠くに感じられた禿山が、ものの数秒でもう目前に迫っている。私の息に時間制限がある以上、なるほど短縮できる時間は短縮した方が良い。だけど、それにしてもこの肩車は怖すぎる!! ジェットコースターどころの騒ぎじゃないぞ!? 

 

 せめてやるなら事前に説明して欲しかったなぁ!? 

 

 そんな苦情も向かい風に掻き消されて後方に霧散することさらに数秒。私達は、あっという間に禿山の麓へと到着した。

 

 後ろを振り向けば、トリフさんの通り道には足跡の形をした無数のクレーターが湿骨林に深々と刻まれている。

 

「む……無茶苦茶だ……」

 

 倍化の術を解き、しゅるしゅると元の大きさに戻るトリフさんの肩から下りながら、思わず呟く。

 

 最高速度、ワンチャン音速超えてたのでは? と思うような走りだった。そこそこ頑丈な結界を文字通り身に纏っていたから良かったものの、よくもまぁソニックブームに吹き飛ばされて身体がぐちゃぐちゃにならずに済んだものだと我ながら感心する。

 

「いやー。速かったなー。ここまで高速のライディングはもしかして初めてじゃないか?」

 

「ああ。穢土転生故に己の身体を気にせず全力で走ることができたからな。いや、我ながら爽快な走りだった」

 

 清清しい声色で語る二人に私は胡乱な目を向ける。こいつら……。自分達が穢土転生だからって生前やったことないようなことやりやがったのか……。

 

 なんか塵が集まってきてるぞコラ。衝撃波で身体があちこちズタボロじゃねーかこの野郎共。

 

 でかさと速さの限界に挑戦し妙な達成感を得ている二人の男を傍目に、私は禿山を見上げる。

 

 ピリピリと、封印状態の呪印に妙な疼きが走る。身体全体に力が流れ込み、全身が総毛立つ。呪印を解放してもいないのに、身体にエネルギーが満ち溢れる。

 

 自然エネルギー。自然そのものの力がこの場所には溢れかえっている。私の身体に混ざりこんでいる重吾の細胞が、一斉に反応してしまうほどに。

 

 私には自然エネルギーを感知する力など無い。呪印を解放し、重吾の細胞を活性化させて初めてそれらしいエネルギーが身体に流れ込んでいることが理解できる。にもかかわらず、呪印を解放していない状態でここまで身体が疼く。なるほどそうか。じゃあ多分ここが──こいつが……。

 

「うちはカガミ。秋道トリフ。……これはまた、懐かしい方々が……」

 

 ぬるり、と。禿山の中から一メートル程の蛞蝓が姿を現す。

 

 こんな大きさのナメクジは初めて見た。だけど私は、このナメクジが何者なのかを知っている。

 

 カツユ。蛙、蛇と並び、伝説の三忍の象徴とも言える三竦みの一体。後に五代目火影となる綱手姫や、その弟子となる春野サクラの口寄せ動物。

 

 作中屈指の謎生物であり、この湿骨林に生息しているとされる超巨大蛞蝓。

 

 目の前に出てきた一メートル程のカツユはそのほんの一部分が分裂した姿であり、恐らくは、この目の前に聳え立っている禿山そのものが、カツユの本体なのだろう。周囲からこの山に向けて先程から自然エネルギーの奔流が流れ込み続けている。私の中に流れ込む余波だけでそれが感じ取れてしまうのだから、余程のことだ。

 

「カツユ様。お久しぶりです」

 

 トリフさんがカツユに挨拶し、事情を説明する。どうやら二人は、生前カツユと面識があるらしい。

 

「改めて近くで見るとこれは……すごいな」

 

 トリフさんがカツユと話している間、その後方に控えていた私は、カガミさんのそんな呟きに反応した。

 

「カガミさん、自然エネルギーを感知できるんですか?」

 

「ん? いや? 自然エネルギーを感じ取るような力はオレにはないよ。俺が視ることができるのは、あくまでもチャクラさ。仙術チャクラ……だったか。この山の中心部で、とんでもないチャクラが暴れまわっている」

 

 赤い瞳を輝かせながら、カガミさんは山の中へと目を向けている。どうやら彼の写輪眼は、この山の内部に何かを見ているらしい。

 

「仙術チャクラの奔流に紛れて見えにくいが、確かに見える。この山の奥に、扉間様がいる」

 

 カガミさんが確信を持って断言する。そして同時に

 

「今からそこに皆さんをご案内しましょう」

 

 という、カツユの声が割って入った。どうやらトリフさんの事情説明が終わったらしい。

 

 ぬるり、と、山の麓が裂け、洞窟が開ける。この奥に入れということらしい。

 

 巨大ナメクジの後に続いて、私たちは洞窟の中へと足を踏み入れていく。蛞蝓の中へと、足を踏み入れていく。

 

「確かにこの奥に扉間様はいらっしゃいます。あの方を探しにこちらに来たという話でしたが、しかし、今扉間様の元へと直接行かれるのは正直お勧めいたしません」

 

 どこまでも先へと続く洞窟の中を進みながら、カツユは話す。

 

「扉間様はこの湿骨林の仙人に何か教えを乞うためにここまで来たらしいのですが、現在その交渉は決裂し、彼らは戦闘状態に入っています。戦いは苛烈を極め、余人の立ち入れるような状況ではありません」

 

 案の定というかなんというか、扉間様は無事とは言えない状態に置かれていた。本人が申告した時間に戻らなかった以上何らかのトラブルには巻き込まれていると思っていたが、そっかー。湿骨林の仙人と戦闘に……。

 

 ……何やってんだあの人は。

 

「この山の仙人は捻くれていますから、交渉なんてしようものなら誰が相手でも確実に一度は決裂します。扉間様でも、それは変わらなかったというだけのことでしょう」

 

 私が呆れかえった顔を浮かべているのを見たカツユが、そんなフォローのような言葉を入れる。

 

 しかし意外だ。この湿骨林にいるらしい仙人に対し、温厚な性格をしているはずのカツユにしては皮肉気味に、吐き捨てるように語っている。カツユをしてそこまで言わしめる仙人とは一体何者なのだろうか。

 

 その疑問を私が言葉にする前に、一同は洞窟の突き当たりに到着した。大きな鳥居が一基、壁の前に鎮座している。

 

「これは……」

 

「この封印の奥に、仙人と扉間様がいます。ですが先程も申し上げた通り、中では激しい戦闘が行われていますので、この先に今進まれることは推奨いたしかねます」

 

 質素な鳥居の奥の壁から、自然エネルギーの奔流が渦巻いているのを肌で感じる。どうもこの洞窟に入ってからというもの、私の感知精度が敏感になってきているみたいだ。今までこんなにも鋭敏に自然エネルギーを感知できたことはなかった。

 

「ふむ……。そうだな。確かにこの奥に無策で突入するのは危険だろう」

 

 トリフさんは私達の方に振り向いて、数秒考えた後、

 

「取り敢えず多由也。お前はこの場で待機だ」

 

 と、私に指示を下した。

 

「……了解です」

 

 まぁ、妥当な判断だと思う。この奥で行われている戦闘は十中八九私程度が立ち入れるようなレベルの戦闘ではない。あの扉間様が苦戦するような相手の前に私なんかが迂闊に首を突っ込んだら的が増えるだけだ。態々相手に弱点を晒すくらいなら、最初から私は安全圏に待機しておいた方が良いだろう。

 

「カツユ様。我々に、扉間様が戦っていると言う仙人の情報を出来る限り教えてくれませんか。その情報を元に作戦を立てた後、オレとカガミの二人で、扉間様の援護に向かいたいので」

 

 その後トリフさんはそう言って、カツユから現在扉間様と戦っているというこの湿骨林の仙人の情報を聞き出した。カツユは特に断ることもなく、トリフさんの要望通りに仙人のことを話す。カガミさんと私も、そんなカツユの説明に耳を傾けた。

 

 ──そして、数分後。

 

「──よし。これだけの情報と用意があれば、取り敢えず、不意を突かれる可能性は少ないだろう」

 

「ああ。しかし、カツユ様にそんな成り立ちがあったとは……」

 

 トリフさんとカガミさんの二人は鳥居の前に立ち、準備を整え臨戦態勢に入る。

 

「気を付けてくださいね。扉間様を、助けてあげてください」

 

「ああ。まーかせて。パパっと行って、戻ってくるから」

 

「……よし。行くぞ」

 

 私は鳥居から少し離れたところに立って二人を見送る。カツユ曰く、意識は分裂していても仙人はあくまでもカツユ本人であるらしいので、カツユが認識している時点で仙人も私達を認識しているらしい。つまり不意打ちはできないということらしいのだが、それでも少しでも仙人の不意をつけるように、カツユに準備の様子を見ないよう頼んだ上で様々な策を検討した二人は、カツユに合図を送る。

 

「カツユ様。準備が整いました。開けてください」

 

「……本当に行かれるのですね。分かりました」

 

 渋々といった様子を隠そうともせずに、カツユは心配そうに鳥居の前に立つ。

 

 そして、鳥居の奥の壁に、穴が開く。

 

 ヌルヌルとした壁が裂け、人が通れるほどのサイズにまで広がる。

 

「さあ、道は開かれました。この奥に──」

 

 カツユが宣言し、二人が開かれた洞窟の奥へと進もうと足を踏み出そうとした──その一瞬。

 

 

 

 ズパッ! と、()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「…………………………!?」

 

 ずる……。と、目の前で二人の人影が崩れ落ちる。

 

 今、何が起こった? 

 

 よくわからない。そもそもこの洞窟はただでさえ薄暗くて目がよく見えないのだ。だけどそれでも目を凝らしてよく見るに、どうも、目の前にあったはずの二人分の人影は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そんな瞬時の状況認識をなんとなくしたところで、今度は私の身体に、激痛が走る。

 

 視界が揺れ、ずるりと音を立てながら、私の視界が天井を向く。

 

 

 痛い。痛い痛い痛い!! 

 

 

 腰の辺りが、焼けるように痛い!!!! 

 

 

 何が起こっている!? 

 

 

 どちゃりと嫌な音を立てながら、私の身体が地面に落ちる。急いで起き上がろうと地面に手をつき、首を上げようとして、更に混乱が増す。

 

 

 目の前に見える上半身のない下半身は、誰のものだ? 

 

 

 視界の隅に僅かに見える下半身のない上半身は、誰のものだ? 

 

 

 考えたくない。だが、答えは悲惨なまでに明瞭だ。

 

 

 私、もしかして、真っ二つに斬られてる? 

 

 

 どうして? 

 

 

 なんで? 

 

 

 焼けるような痛みが有る筈のない下半身を覆い尽くし、私の思考に靄がかかる。

 

 

「『水遁・水断波』は確か、扉間ちゃんの得意技だったよね? どうだろう、ワタシなりに再現ってやつをしてみたんだけどどうかな? うまくできてるかな?」

 

 

 洞窟の奥から、声が聞こえる。この声は……カツユ? いや、違う……! 

 

 これは……。

 

「ワタシの酸を使った水の刃。差し詰め、『溶遁・酸断波』とでも言ったところかな? どんな防御も溶かして斬りつける、キミの術の上位互換を目指してみたんだけど、取り敢えず、キミの部下は一蹴できちゃったみたいだね?」

 

「なんてこと……あなたは!!」

 

 カツユが叫ぶ。それに対し、カツユと瓜二つの声の主は、小馬鹿にするような笑い声を上げた。

 

「あはは! 半身ちゃんも迂闊すぎるんじゃなーい? ワタシ自身は封印の外に出ることは叶わないけど、流石に壁に穴が開いたら封印の外に攻撃を飛ばすことくらいはできるさね。キミの迂闊さのせいで可哀想に、うら若き乙女の命が散っちゃったじゃないか。ねぇ、キミもそう思うだろ? 扉間ちゃん?」

 

 洞窟の奥の怪物は、洞窟中に反響する声を張り上げ語りかける。

 

「さあさあ!部下が死にかけてるぞ扉間ちゃん! キミはそれでも何も考えないでいられるのか!? 考えることを止めるなんてつまらないこと言わないでさぁ! もっと感情的になろうぜ! 阿鼻叫喚を、ワタシに見せてみろ!!」

 

 そして、声を聞いて自ずと理解する。この洞窟の奥の声の主は、私達などに全く関心がないのだと。私達三人は、扉間様の関心を引くための材料として切り裂かれたにすぎず、これから突入せんとしていた私達を、あの声の主は全く問題にしていなかったのだと。分かってしまう。

 

 用心も策も、全く意味をなさなかった。

 

 突入せんとしていた二人の穢土転生の身体は、傷口を酸に犯され再生できずにいる。私の身体を酸から守っていた筈の結界は、酸の刃に容易く切り裂かれてしまった。

 

 その全てが、片手間だった。

 

 レベルが違うとか、次元が違うとか、そんな言葉も浮かんでこない。

 

 それ以前の問題だ。油断もくそもない。こんなの、どうしようもない。

 

 命って、こんなに容易く無くなるのか。意識って、こんな簡単に薄れていくものなのか。

 

 

 

 人生って、こんなに呆気なく終わるものなのか。

 

 

 

 そうだ。私は認識すべきだった。ここはすでに巨大な蛞蝓の腹の中だったのだ。封印だとか結界だとか、そんな言葉を真に受け自分の立っている場所が安全だと勘違いした。

 

 私が自身の安全を保証したかったら、そもそもこの湿骨林に立ち入るべきではなかった。扉間様の言う通りに、扉間様を追いかけるべきではなかった。

 

 湿骨林は人外魔境だ。故にそんな場所に人が立ち入るべきではない。

 

 仙人の気まぐれでいつでも気軽に奪われる命など、いくつあっても、足りはしないのだから。

 

 薄れ行く意識で、私の意識は酷い後悔に埋もれながら、その思考を閉ざした。

 

 

 

 ▼次回につづく。

 




あとがき


あやや?なんだか大変なことになってます?これ大丈夫です?ホントに続きます?前書きで多分なんとかなるって言った人だれ?先生怒らないから正直に手を挙げて?

とかなんとか言いつつの、波瀾万丈な27話でした。いやはや、とうとう上半身と下半身がおさらばするとこまで来ましたかこの話の主人公は。ここまでボロボロなのは久しぶりですね?もしかして初めてレベル?まぁ、何事も経験だからね?原作の多由也さんはそれで死んでるけどね?

なんて言いますが、いやー。私もここまでするつもりはなかったんです。ええ。話が進んだら勝手にこうなってただけでして…。何がどうなったらこうなったのかは次回のお楽しみですが。私がとあるシリーズのフレンダが好きって話とは多分特に関係ないはずです。流石に上下真っ二つが性癖とか、人としてナイナイ。そんなの人間の趣味趣向じゃないですよ。ねえ?

とにもかくにも、地味に大ピンチなので、何とかしてほしいところですね。助けて扉間様!

それではまた次回。多由也ちゃんが生きてたらお会いしましょう。


前書きの一言に対する自問自答

「まだ学生なんですけど…」

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