前略。多由也に転生したけど、人生の詰将棋をしている気分です。   作:N-SUGAR

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仙人も無事改心したし。多由也の命も救われたし。めでたしめでたし。とはならないのが人生の辛さを再確認させてくれますなぁ。扉間様の仙人に聞きたいこととはなんなのか。気付けばこのお話も30話。このお話は、どこへと向かっていくのでしょうか。

ここで自分に向けて一言。
「主人公が誰だかそろそろ思い出した方がいいぞ?」



第三十話 転生の条件

 緑色に染まる木々の間から吹き抜ける風を肌で浴びる。たったそれだけのことにこんなにも安心感を覚えるなんて、つい二時間前の私は想像すらしていなかった。

 

 二時間前。そう。二時間前だ。

 

 私が湿骨林に足を踏み入れてから、外の森に戻ってくるまで、まだ二時間しか経っていない。たったそれだけの間に、私は生死の境をさ迷ったあげく自分のまったく関知しないところで奇跡の生還を果たしていた。

 

「まさかいきなり腹のど真ん中掻っ捌かれるとは思わないじゃないですか」

 

「思わないじゃないですかじゃないわ。たわけ。想定しなければ死ぬだけだ。今回の件でよく分かっただろう。実力のかけ離れた相手に対し、多少防御しただけで挑むのでは足りぬのだ。今回の場合、不意の遭遇ではなく、敵を知って準備を重ねた上での失態というのがなお悪い。情報は正確に。そして、その上で起こりうることを十分に想定し策を練る。基本中の基本だろう」

 

 ガミガミと、頭の上から扉間様の叱責の声が降ってくる。私はといえば現在、少し苔むした地面に正座して、俯きがちに扉間様からのお説教を受けていた。

 

 ううむ。おかしいなぁ。帰ってこないかもしれないなどとふざけたことを宣う扉間様に一喝入れるために向かったはずの湿骨林をいざ出てみたら、私の方が一喝入れられている。こんなはずでは……。

 

 私はちらりと、私の隣で同じく正座の状態で縮こまっているカガミさんとトリフさんの方を見やる。私の視線に気付いたのか、カガミさんは少しこちらへと視線を流して申し訳なさそうな笑みを浮かべる。トリフさんはどうやら扉間様の言葉を一言一句逃さぬ勢いで傾聴しているようなので、こちらの視線には気付いていないらしい。

 

 来るなと言われたのに来た上、挙げ句の果てに私が死にかけてしまったせいで三人ともこうしてお叱りを受ける羽目になっている訳だが、正直私は今の段階に至っても、自分が死にかけたという事実に現実感が持てないでいた。それだけ、あまりにも一瞬の出来事だったのだ。あれは。敵の顔も見えず、敵と戦っているという認識もしないままに、ただ一方的にしてやられた。長年命の危機に身を晒し、幾度となく致命傷を受けてきた私ではあるが(そんな自己認識は嫌だ!)、流石にここまで呆気ない致命傷は初めてだった。

 

 何が起こったのかもわからずに倒されたことなら、まぁ、無くはない。それこそ扉間様を穢土転生で蘇らせた最初の最初。交渉しようと思ったらいきなり『天泣』飛ばされて意識を失ったときなんか、今の現状に近いかもしれない。あの時との違いは、その一撃で意識を失うだけなのか、命まで失いそうになったのかの違いだが、一方的に生殺与奪の権を握られたという意味では、同じと言ってしまって良いだろう。

 

 結局は同じこと。レベルが違いすぎる相手との戦いは、そもそも戦いにすらならない。

 

 ううん。人生は厳しい。そして、改めてよく生きてるな。私。

 

 お叱りを受けている私ではあるが、私自身としては、むしろ己を褒め称えてやりたいくらいだ。そりゃあ、生き残ったのは私の力ではないのかもしれないけど。

 

 運が良かったと、褒めてやりたい。

 

「いっひっひ。他人が怒られてるのを端から覗くってのも、中々乙なもんだね。そこらへんのスラップスティックコメディより余程面白い」

 

 そして、私達三人が扉間様から怒られる羽目になったそもそもの原因であり、私を殺しかけた張本人。幼女の姿を象った人外の仙人は、私の背後に聳える木の枝に座って、何処からか取ってきたらしい木苺をボリボリ摘まみながら、映画でも観賞するかのようにのんびりとこちらを見て笑っていた。

 

 ギリ……。と、目の前で扉間様の奥歯が怒りで軋む音が聞こえる。あわわ。あのガキ……。これ以上扉間様の怒りボルテージを上げるんじゃねーよ! こっちに飛び火したらどーすんだ! ぶっ殺されてェのか! 

 

 なんて、あのガキにぶっ殺されかけたのは私なのだが。

 

 いやはや、本当に実感が湧かない。本当に、私はあのガキに殺されかけたのか? まったく想像がつかない。あいつがカツユの別側面? であり、湿骨林の仙人その人なのだと聞かされても、あんなのが? という感想がどうしても第一印象として先立ってしまう。私とどっこい以下の女の子の姿というのは、ここまで人から警戒心や恐怖心を奪うものなのかといっそのこと感心すらしてしまう程だ。自分を殺しかけた怨敵の筈なのに、心のどこかで油断がこびりついて離れない。私が己の臨死体験にまったく実感が持てない要因として、このガキのあまりにも威厳のない態度に依るものが多分一番大きいだろう。こんなガキに呆気なく殺されかけたのかという思いが強すぎて、事実を脳が拒否している。

 

 受け入れなければならない現実を直視できない。認めなければならない失態が認められない。成る程そう考えると、この仙人のこの姿は、とても恐ろしい。教えを乞うにしても闘いに挑むにしても、この姿に相対すると、どうしようもなくプライドをぐちゃぐちゃに掻き回される。存在そのものが人間としての器を問うてくる。姿形に惑わされぬ、成熟した精神を求めてくる。器の小ささに多少自覚のある私としては、あまり相対したくない部類の存在だ。

 

「……森の散策はもういいのか? 蛞蝓仙人」

 

「全然? 千年ぶりの外だぜ? 堪能するにはまったく足りないよ。今ここに戻ってきたのは、さっき言った通り、上質なコメディを拝めると思ったからさ。他人が叱られている様子ってのは、叱る側を見ても叱られる側を見てもどちらも滑稽で実に見飽きないよね。と、言うわけでどうぞ? 気にせず続けて?」

 

「…………ハァ」

 

 頭を押さえてくそでかいため息を吐いた扉間様は、

 

「もういい。細かい反省は、今度時間のできた時に行うとしよう。今は、それよりもやるべきことがある」

 

 と言って説教を終わらせた。ヨシ! やったぜ! ナイスアシストクソガキ! 

 

「──ここでよしやったぜ! 等と思ってる部下がまさかいるとは思えんが、もしいるとしたら後々課す課題を無駄に二三倍増やすことも吝かではないな?」

 

「あ、あーあー。残念だなー。扉間様の貴重な指導が中途半端で終わってしまうだなんてー」

 

 扉間様の脅しに、つい棒読みで応えてしまった。我ながら思っていることを隠すのが下手すぎる。扉間様は、冷や汗かいて慌てる私を見て軽く笑いながら、仙人の方へと向き直った。扉間様……。ムカついたのは分かるけど、私でメンタルリセットしないで欲しいなぁ。

 

「今は、仙人。貴様に問い質すのが先だ。千年ぶりの外の世界に慣れる時間は与えた。故にこれよりしばらくは、ワシの用事に付き合ってもらうぞ」

 

「はん。お断りだね。ワタシは確かに扉間ちゃんにボロ負けした上に封印からの解放なんておまけまで貰っちゃったけど、改心したからって恩を恩で返すワタシだと思ったら大間違いだ。つーか。扉間ちゃんに受けたのは恩よりも屈辱な方が多い」

 

「そうか。なら、お前に尋ねるのは諦めよう」

 

 扉間様の言葉をにべもなく却下した仙人に対し、扉間様は予想外にあっさりと引き下がる。

 

「おりょ? ずいぶん諦めが早いな。それを諦めたら扉間ちゃん何のためにここまで来たのよ。……扉間ちゃんまた何か企んでる?」

 

 本人的にも予想外だったのか、幼女仙人は少しビクつきながら扉間様に尋ねる。怯えるくらいなら反抗しなけりゃいいのに。生意気盛りの第一次反抗期か? この幼女は。仙人なんだろお前。

 

「別に企んでることなど何もない。お前から聞けなくとも今や何の問題もないというだけのことだ」

 

「はぁ? なんだよそれ。扉間ちゃんの質問は、ワタシ以外に答えられる奴なんていないぜ?」

 

「そうだな。少し前までならそうだった。だが、今は違う」

 

「ああん? ……ああ。そっか……」

 

 扉間様の返答を聞いた仙人の顔が曇る。そして、仙人は目線を腰かけている木の枝の真下に向けた。

 

 そこには、妙齢の女性が立っていた。幼女仙人とよく似た容姿ではあるが、雰囲気は正反対。清廉で大人びた顔立ち。均整のとれた肢体。凛とした佇まいから醸し出しされる天女の如き神々しさからは、こちらの方が余程仙人として相応しいようにすら感じられる迫力がある。

 

「──扉間様がお望みならば、何なりと。私に応えられる望みならば出来る限り応えましょう。それだけの恩を、私は貴方から頂きましたので」

 

 いやはや、枝の上の幼女と目の前の美人が同一人物だなんて、未だに信じられない。しかも厳密には、幼女の方が本体で、美人の方がその半身だなんてとてもとても……。

 

 カツユ。湿骨林の巨大蛞蝓。これまでならば仙人の方と仙人じゃない方という区別の仕方もできたのだろうが、今やその区分は成り立たない。

 

 扉間様の手によって、仙人の腹の中にカツユの半分を封印し混ぜ合わせたことでカツユは現在、蛞蝓仙人としての力の大部分が使えるようになっているのだという。幼女仙人の身体の主導権も、現在ではカツユの割合がその多くを占めるらしく、もはやカツユが蛞蝓仙人の本体と言っても過言ではない状況にあるのだとか。

 

 元々同一個体だったものが別れたり争ったり統合したり主導権を奪い合ったりと、つくづく生態が謎過ぎる蛞蝓だが、考えるだけ無駄な気もするので、私はもう深く考えないようにしている。

 

 とにかくつまり、扉間様が蛞蝓仙人に訊きたかったという疑問は、今やカツユに訊いても同じ答えが期待できるらしい。反抗的な蛞蝓仙人と違って、素直に要求に答えてくれるカツユに仙人の力が渡ったというのは、素直に喜ばしい出来事であると言えよう。

 

 しかし当然、この事実が気に食わない奴もいるようで。

 

「い、いやー。それはどうなのかなー? 予め扉間ちゃんの質問内容を把握していたワタシなら直ぐに答えを返せるだろうけど、これから質問内容について吟味する半身ちゃんじゃあ、答えるのに時間がかかるんじゃないかナー?」

 

 と、幼女がなんか言い始めた。

 

「いや別に。多少時間が掛かろうと構わん。必ず知っておきたい情報ではあるが、今すぐ知りたい程緊急性の高い情報でもないのでな」

 

 だが扉間様はさらりと幼女の言葉を躱す。そして幼女に一瞥もくれないまま、カツユの方へと歩み寄る。

 

「多由也。貴様もよく聞いておけ。これからワシが手に入れる情報は、貴様にとっても重要なものとなるだろう」

 

「え? あ、はい」

 

 こちらに話が振られらるとは思ってなかったから曖昧な返事を返してしまったが、はて、私にも関係あること? そりゃ、作戦に関わることなら私にも関係あることなんだろうけど……。

 

 そうだよ。そもそも扉間様が仙人に訊きたかったことって、何なんだ? 事ここに至るまで、肝心のそれをまったく聞かないままに状況を進めてしまっていた。

 

 訳のわからないままここに来て、目的も知らないまま状況に振り回されて死にかけた。

 

 当事者意識に欠けるというか、もう私には何が何だかさっぱりなのだ。それがようやく、ここに来て当初の目的とやらを知ることができる。

 

 一体扉間様の知りたいこととは何なのか、ごくりと唾をのみこんで、扉間様の言葉の続きを待つ。

 

 だが、扉間様が口を開くよりも先に、頭上から甲高い叫び声が響き渡った。

 

「ワ・タ・シ・に! 喋らせろボケー!!!!」

 

 先程からすげなく扱われ続け、枝の上でわなわなと震えていた幼女仙人がついに我慢の限界を迎えたらしい。枝から飛び降り、ツインテールを靡かせながら扉間様の顔面にドロップキックを叩き込もうとする。

 

 だが傍目から見ても、人を蹴ることに対して躊躇しながら飛び降りている幼女仙人のドロップキックには勢いが足りない。扉間様は落ち着き払って幼女の両足を掴むと、そのまま仙人を顔面から地面に振り下ろした。

 

 ベチャ! と、水っぽい音を立てて、蛞蝓が地面にへばりつく。うつ伏せで地面と一体化している大の字の幼女の姿ときたら、なんとも無様な有様だった。

 

「う、うぐぐ、ドロップキック一つまともに食らわせられないなんて……。どんな精神構造だよ。最悪過ぎる……」

 

「意味もなくドロップキックをまともに食らわせられる精神構造の方が異常なのです。いい加減弁えなさい」

 

 カツユに窘められながら、ぬるりと身体の形を変え、人間ではあり得ない起き上がり方をする蛞蝓仙人。地面に打ち付けられたことによる身体的ダメージはどうやらあまり無さそうだった。だが、精神的ダメージの方は計り知れないようだ。

 

 なんでも聞けばこの幼女、扉間様に人格を混ぜっ返されて、邪悪の化身からいたずら幼女レベルにまで精神を退行させられたらしい。この幼女の邪悪の化身ムーブとやらを直接見てないせいで私の主観からは終始いたずら幼女にしか映っていないのだが、少なくとも、もうこの幼女が不意打ちで私の上半身と下半身を真っ二つに切り分けて来ることはないとのこと。人格を塗り替えるということ自体がもう想像のつかない領域なのだが、人格を塗り替えられた本人の心の内など、それこそ想像しても想像しきれたもんじゃないだろう。果たして幼女の心中いかばかりか。心中お察しできそうもない。

 

「と、とにかく、ワタシが言う。ワタシが喋る。から、半身ちゃんは黙ってろ」

 

「はぁ……。また無駄に高いプライドを曝け出して。別に私は構いませんけどね。それで扉間様の目的が達せられることに変わりはありませんし」

 

 カツユが引き下がったことで、幼女仙人はくるりとこちらに振り返り、腰に手を当てふんぞり返る。

 

「と、言うわけだ扉間ちゃん。このワタシがありがたくも扉間ちゃんに教えを授けてしんぜようってんだから、君たち下界の下々はこのワタシに敬意と感謝と忠誠を心に平伏して拝聴しなさいよ!」

 

「おいカツユ。やっぱりお前が話した方がいいんじゃないか? 面倒くさいぞこいつ」

 

「もう遅い! 話すね!」

 

 扉間様が躊躇するのを無視して、幼女仙人が場を仕切り出す。やりたい放題だなこいつ。本当に改心してるのか? 

 

「扉間ちゃんの聞きたいこと。それは、もしかしたら今後現れるかもしれない扉間ちゃんたちの『敵』について。そうだよね? 扉間ちゃん?」

 

「……そうだな」

 

 容赦なく話が進み、やがて幼女に主導権を握られることを躊躇っていた扉間様が話を聞く体勢に入る。多少面倒くさい相手からの情報提供も許容できるくらい、これから話される情報が重要だということだろうか。『敵』について? 誰についてのことだ? 

 

「『敵』は、扉間ちゃんではその存在を確認できず、かと言って放っておいていざ現れでもしたら、ある意味ではうちはマダラだの大筒木カグヤだのよりも余程厄介で手のつけられない存在になる可能性がある。特に扉間ちゃんがそこの多由也ちゃんの知識を基に立てた作戦の遂行においては、最も大きな障害になり得てしまう。故に扉間ちゃんはワタシを使って確認せざるを得なかった。その『敵』が果たして存在するのかしないのか」

 

 ううん。持って回ったような言い回しだ。推理小説の謎解きシーンじゃないんだから、もっと結論からパッと喋れないものなのか。喋らないんだろうなぁ。この幼女、私達が焦れている様子を見て楽しもうとしている気配がムンムンするんだもの。

 

「その『敵』とは誰なのか。キミには分かるかな? 多由也ちゃん」

 

 おっと、話を振られた。記念すべき仙人様との初会話だ。てっきり私程度の下々のことなんて認識すらしてないかと思っていたのに、きっちり目をつけられていたとは。面倒くさいことこの上ない。

 

「わかりませんね。うちはマダラや大筒木カグヤ以上? そんな奴いるんです?」

 

 どうせこの手の悪ガキは素直に答えても、さんざんおちょくって馬鹿にした挙げ句、肝心の答えをはぐらかして来るに決まっている。だから私は、目線を幼女仙人ではなく扉間様の方へと向けて返答した。

 

「ああ。いる。いや、正確には、いる可能性がある」

 

 扉間様が応え、幼女仙人が舌打ちする。扉間様は構わず続けた。

 

「多由也。貴様の存在が、その可能性をワシに示唆してしまったのだ。可能性があるならば、ワシは万全を期すためにそれに対応せざるを得ん」

 

「ウチの存在? ……え、いや、まさか……」

 

 私の存在から導きだされる最も警戒すべき『敵』。その正体に、私はようやく朧気ながらも思い至る。確かにそんな奴がいたらそりゃ、私達の計画的には最優先で排除しなければならない障害になりかねないだろう。だけど、そんな奴が存在するのか? 

 

()()()()? 

 

「まさか自分だけが特別、なんて、夢見る乙女みたいな妄想をしているわけでもないでしょ。多由也ちゃん? 君は自分の生存のために『原作』とやらが辿る未来をなるべく改変したくないみたいだけど、そもそも君という存在がこの世に生を受けた時点で、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そんなことはあり得ないと、本気で言えるわけがないんだから」

 

 幼女仙人が挑発するように言う。いや、確かに自分だけが特別なんて言うつもりは無いけど……。

 

 え。つまりそれって、どういうことだ? 

 

「多由也。貴様の言う『原作』に基づく未来予測は、この可能性を排除しない限り確実なものとは言えなくなるのだ。即ち、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を、排除しない限りはな」

 

 扉間様が断言する。私達にとってあまりにも都合の悪い可能性をゼロではないと、断定する。

 

 嘘だろ。そりゃあ確かに、私という実例がある以上この世界において、異世界転生というものは『有り得る現象』なんだろうけど、それにしたって、そんな可能性まで考慮に入れなきゃならんのか。私達の『計画』ってやつは。

 

「そりゃあもちろん。そうだろうさ。ワタシが扉間ちゃんでも、同じ可能性は当然危惧しただろう。そもそも『転生』なんてのは、この世界じゃそう珍しいものでもない」

 

 思わず漏れた呟きに、幼女仙人が嘲笑う。

 

 転生なんて珍しいものじゃない。確かにそうだ。大蛇丸様の『不屍転生の術』やチヨバアの『己生転生の術』、六道の『輪廻転生の術』といった風に、『転生忍術』という忍術分野は確かに存在している。『原作』の主人公であるうずまきナルトやそのライバルであるうちはサスケも、それぞれが六道仙人の息子である大筒木アシュラと大筒木インドラの転生体であるという話だった。

 

 何より、私が召喚した千手扉間や、彼が召喚した二人の部下。その他もろもろ私が使っている死人の軍勢も、『穢土転生』。転生忍術によってこの世に再び蘇った死人たちだ。『転生』なんて現象、この世界にはそこら中に溢れかえっている。

 

 転生なんて、珍しくもない。従って、私自身の転生も、唯一無二とは限らない。

 

「だがそれでも貴様の転生には、他の転生とは明確に異なる部分が存在する。ワシが問題視しているのは、まさにその部分なのだ」

 

「……前世の記憶が、この世界とは違う、異世界の記憶であるということ」

 

 そう。転生は特別なことじゃない。だけどそれでも、私の転生は他のそれとは異なるのだ。

 

 前世の記憶が異世界のものであるということ。そして、前世において、この世界の行く末がフィクションとして語られていたということ。

 

 他の転生ではあり得なかった、明確な違い。

 

「ワシはお前のような存在を他に知らん。復活後に世界を見て回ったが、それらしき人物は他に見当たらなかった。だが、お前という一例が存在し、お前がワシを復活させるような大それたことまでしてのけたという事実がある以上、もしワシの預かり知らぬところでお前のような存在が他に誕生していた場合、その存在は、お前と同等かそれ以上の何かをしでかす可能性が高いのだ。ワシはそんな可能性を何の対策もしないままに見過ごせる程気楽ではおれん。可能性は、潰して回らねばならない」

 

 扉間様はそう言うと、仙人の方へと視線をやり、再び問う。

 

「故に貴様に答えてもらわねばならん。答えを聞いて、対策せねばならん。この世に異世界より来る転生者の有りや無しや。封印されながらも世界中を見て回り、その過去さえ見通す貴様なら、それが分かるだろう。蛞蝓仙人」

 

「ああ。いいよ。答えてあげよう」

 

 仙人は腕を組み、ニヤリと不敵な笑みを浮かべて首肯する。

 

 とんでもない問い掛けに、いとも容易く、軽い質問だとでも言わんばかりに。

 

 扉間様が、カガミさんが、トリフさんが、私が、同一人物であるはずのカツユでさえも固唾を飲んで見守る中、蛞蝓仙人は、口を開いた。

 

 ただ一言。

 

「知らん」

 

 と。

 

 

 ………………。

 

 

 え。

 

 

 知らんの? 

 

 ここまで溜めておいて? 

 

 ゆらり、と、扉間様が仙人の目前に歩を進める。

 

 黙って仙人を見下ろす扉間様に、仙人は相変わらずニヤニヤと挑発的な笑みを浮かべ続けている。

 

 アイツ、あんなふざけた答えを返しておいてよくあんな余裕の表情を浮かべてられるな。

 

 暗黒の封印生活に逆戻りさせられかねないぞ? もう、ろくな抵抗もできないんだろ? お前。

 

 扉間様がいつ爆発するのかハラハラしながら見守っていると、扉間様はポツリと呟く。

 

()()()()()()()? ()()()

 

「うん。知らないねぇ。長年この世界を見てきたけど、多由也ちゃんみたいな奴は、()()()()()()

 

 ん? 

 

 んん? 

 

 なんだ? 話が進んでる? 

 

 扉間様の怒りが爆発する様子もない。もしかして、あの仙人は、扉間様の質問にちゃんと、期待通りに答えていたのか? 

 

 仙人が知らないという事実が、扉間様にとって重要な判断材料足り得ている? 

 

「ならば重ねて問おう、今後、多由也のような存在が現れる可能性はどれ程ある?」

 

「多由也ちゃんみたいな奴が単なる偶然で発生する可能性は如何程かという話なら、そりゃ、猿がゼロから電球を発明するのと同じくらい自然な現象と言えるだろうね」

 

「……回りくどい。が、成程な」

 

 仙人の返答を聞いた扉間様は、何かに納得したように腕を組んで考え出す。

 

 駄目だ。話が頭に入ってこない。話についていけてない。つまり、これは、どういうことだ? 

 

 この会話は、どういう意味を持っている? 

 

「多由也ちゃん」

 

 考え込んでいる扉間様から視線を移した仙人が、私の名前を呼ぶ。

 

 ニヤニヤ笑いの幼女の姿。けれどその瞳の奥には、私には計り知れない深い闇が眠っている。

 

 ゾクリと、背筋が凍った。恐ろしく思えない事が恐ろしいと思っていた。だけど、今の私は目の前の幼女を、初めて素直に恐ろしいと感じている。

 

 もう実害はない? 

 

 本当に? 

 

 わからない。

 

 だけど、間違いない。間違いなくこの幼女は、魔性の存在だ。

 

 ようやく私は理解する。そして、魔性は私に語りかける。

 

「お話に付いてこれない衆愚な君のために、ワタシが転生術についてレクチャーしてあげよう」

 

 転生術について、だと? 

 

 仙人が? 私に? 

 

 戸惑う私に構わず、仙人は私に問いかける。

 

「転生術に絶対必要なものは二つ。何と何か、分かるかな?」

 

「…………魂と器?」

 

「正解! なんだよ分かってんじゃん!」

 

 思わず答えてしまったが、これが分かっていたからなんだという疑問は拭えない。

 

 転生術。私が知るそれは、原作知識によるものとこの世界に来てから仕入れたものとで区別できるが、自分で使えるとまで言えるものは今のところ、穢土転生の一つきりだ。

 

 とはいえ大蛇丸様の部下をしている都合上、彼の『不屍転生の術』についてもある程度調べはついている。調べて対策しなきゃ私がその餌食になる可能性が高いから仕方なく調べたものではあるが、双方の転生術において共通するものと言えば、やはり魂と器が揃わないと転生の条件は満たせないというくらいのものだった。

 

「そう。魂と器。魂については言わずもがな。転生させたい奴の魂がないと転生は始まらない。これはまぁ、予め魂をこっちで確保しておいたり、浄土から魂を口寄せしたりして調達できる。問題は、器だ」

 

 魂も十分問題だし、なんなら転生忍術自体問題だらけの忍術だと思うのだが、仙人が問題としているのはそういうことじゃないのだろう。話を混ぜっ返しても仕方ないので私はそのまま傾聴の姿勢を貫く。

 

「器ならなんでもいいのか。例えばそこら辺の無関係な死体を使ったり、生物でさえない薬缶に魂を入れても転生はできるのか。もちろんそんなわきゃない。器とする身体には、それなりに条件がある」

 

 じゃないと器と魂が拒絶反応を起こして、長くは生きられなくなる。

 

 仙人は言った。

 

 そう。その通り。私が調べた限りの転生術においても、その条件は確かにあった。

 

 穢土転生の依代を作るには、転生させたい人間のDNAマップが必要不可欠だ。依代自体は塵の集まりでも、その塵には転生者のDNAマップが転写されている。魂に相応しい、魂に適した依代として塵が機能しなければ、穢土転生の術は成り立たない。生け贄とする人間の身体に塵で対象のDNAマップを上書きすることで、魂と器の拒絶反応を防いでいる。

 

 大蛇丸様の『不屍転生』についてもそうだ。あれは他人の身体を乗っ取って転生する術だが、転生する際に自分の魂だけでなく、自身の身体情報も含めて相手の身体に転写している。それでも中途半端な複製しかできていないから、あの転生忍術は数年程度で副作用が生じ身体にガタが来てしまうのだ。自分の生体クローンでも作ってそこに転生した方が、まだしも寿命が伸びそうなものである。

 

 己生転生や輪廻転生の術についても、恐らく同じだろう。転生術には本人の魂と、その魂を入れるに相応しい器が必要不可欠だ。

 

「大筒木兄弟の転生についても同様の事が言える。アイツ等の転生は本人の身体でこそないけれど、転生条件は()()()()()()()()()()()()()()()()。アシュラなら千手、インドラならうちはの血を継ぐ者にのみ、奴等は転生できる」

 

 仙人の補足に、ああ、成程と納得する。柱間とマダラ、それにサスケについては言うに及ばずだが、うずまきナルト。原作主人公のアイツも、そういえば母親経由で千手に連なる血族だった。

 

 魂には、それに相応しい器がある。か。意識したことはあまり無かったが、確かに、転生とはそういうものなのだろう。

 

「そう。それが、転生の条件。最低条件で、必要条件なのさ。でもここで、ひとつの疑問が浮かぶ。ねぇ。そうだろ? ()()()()()()の多由也ちゃん?」

 

 仙人の口が、三日月のように不気味に開く。そうだ。これまでの転生術の共通点から、魂にはそれに相応しい器が必要であるという事実は十分に知らしめられた。だけど現状、その条件に当てはまっていない転生者がたった一人だけ存在する。

 

()()

 

 異世界からの転生者。千手だのうずまきだの草笛だの、そんなものの血族には属していないはずの前世の私。多由也というこの世界の存在に関わりがない筈の私が、どうして多由也に転生している? 

 

 転生できている? 

 

「転生の条件は、転生において必須のルールだよ。重力に物体が引き寄せられるのと同じくらい当然の法則。ならば多由也ちゃん。君の転生も当然、そのルールに準じていなくてはならない」

 

 私の頭が疑問で埋め尽くされるのにも構わず、仙人はケラケラと笑いながら講釈を垂れる。

 

「君の魂は、多由也という器に適合した。それはつまり、君の前世と多由也というこの世界の存在の間に、血縁以上の繋がりがあったからに違いない」

 

「違いないって、でも……」

 

 そんな筈がない。私の前世なんて本当にただの一般人だ。忍者のにの字もチャクラのチャの字もない。ただのしがないOLだった。そもそも前世の世界にチャクラを用いた忍術なんて出鱈目なものは存在しないのだ。そんな私が、この世界の多由也と関係ある筈がない。

 

「本当にそうだろうか? いや、まぁ、ワタシもキミの住んでいた前世の世界なんて知ったこっちゃないんだけど、ここにこうして君が生きている以上、絶対に何らかの形で繋がりはあるはずなのさ。じゃないと、世の理に反している」

 

 身に覚えはないかい? 仙人は私に問い詰める。

 

「例えば性格。君の今の性格は、原作の多由也と比べて全く違うものだろうか。その性格は、漫画のもの? 君のもの? そもそもその両者は、()()()()()()()()?」

 

 性格だって? いや、まぁ、確かに。私の性格は前世の頃から少しキツいと周りから言われていたし、そのキツめの性格がこの世界に来てから悪化して、原作の多由也に近しくなっている自覚はあった。別段ロールプレイしているわけでもないのにここまで似てくるのは、環境によるものなのか身体に引っ張られてなのか、不思議なものだと疑問に思うこともあった。

 

 それが、何か? 今の私のこの性格は、元々前世の頃から多由也のそれと全く同じものだったっていうのか? もしそれが正しいとして、じゃあ何か? 私という存在は、異世界における多由也そのものとでも言うつもりなのか? 

 

 有り得ないだろう。そんなこと。性格は環境によるところがやっぱり大きいだろうし、本質が同じだと言われても否定する材料なんて持ち合わせちゃいないが、常識的に考えて、感覚的に有り得ない。

 

 異世界上の同一人物が、この世界とそっくりな漫画を読んだ上で異世界転生する確率? どんな確率だよそれは。そもそも、異世界上の同一人物ってなんだ。ドッペルゲンガーかなんかか? 

 

「ふうむ。しっくり来ていなさそうな顔だね。ならもう少し、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 仙人が言う。納得できそうな世界観? なんだそりゃ。

 

「まぁ、こんなのは仮説にすぎないけどね。そうだったら分かりやすいというだけの、仮の世界観さ。そうさね。例えば多由也ちゃん。君の前世では、言語はどんな言葉を使っていた?」

 

 言語? 言語だと? そんなの当然……。

 

 …………。

 

「日本語……」

 

「へぇ。日本語って言うんだ。君の喋っていた前世の言語は。それってどんな言葉? ちょっと披露してみてよ」

 

 いや、披露してみてと言われても……。

 

「今、喋っている言葉が、そうなんですけど……」

 

「へぇ。そうなんだ。()()()()()()()()()()()()()

 

 いやいや。偶然と言われても、そんなの、日本人が描いた漫画の世界なんだから、同じで当然……。

 

 ……当然、なのか? 

 

 どうしようもない違和感が、頭の中を巡り出す。

 

 あれ? もしかして私、何かとんでもないことを見落としてる? 

 

「君はさぁ、もしかしてこの世界をまだ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? 自分は漫画の世界に迷いこんでいて、ワタシ達は漫画の中のキャラクターだって?」

 

 ヘラヘラと笑う仙人。その口は三日月に開いている。だが、私を真っ直ぐ見つめるその目はまったく笑っていなかった。

 

()()()()()()()()鹿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 低いドスの効いた声が私の心を押し潰す。この世に生を受けてこのかた、私が抱え続けていた現実逃避を、鋭く指摘する。

 

 え? いや、だって。え? 

 

 頭が混乱する。訳がわからなくなる。いやだって、この世界は『NARUTO』の世界で、違ったとしても瓜二つで、私の住んでた世界じゃ漫画やアニメの中にしかなくて、でも、今その世界はこうして目の前に広がっていて──。

 

 わ、訳がわからない。私は今、何処にいる? 

 

 私は誰で、ここは何処だ? 

 

「この世界は、紛れもない現実なんだよ多由也ちゃん。少なくとも、ワタシ達この世界に住む者にとっては、紛れもない現実だ。現実なんだから、ワタシ達は、現実的な思考を巡らせなきゃならない」

 

 仙人の声がどこか遠くに感じる、だけど、それじゃあ駄目だ。

 

 私はこの仙人の言葉を、聞き逃してはならない。

 

 考えることを、止めてはならない。

 

 この話は多分、私という存在について、深く深く関わってくるのだから。

 

「それじゃあ改めて、この世界と君の前世の世界はどういう関係にあるのだろう。まったく同一の言語を使用しているまったくの別世界なんて偶然はそうそう起こらないだろうから、二つの世界の間には明確な繋がりがあると見ていい。じゃあ、言語以外はどうだろうか」

 

 それから仙人は、私にいくつかの質問をしていった。

 

 君の世界に忍術は存在するか? 

 

 部分的にイエス。忍術と呼ばれる技術はたぶん存在する。だけど、チャクラなんて奇妙キテレツなエネルギーは見たことがない。

 

 君の世界に火の国や風の国といった国々は存在するか? 

 

 ノー。私のいた世界にそんな国は存在しない。したこともない。地獄谷など一部地名が被る土地が存在しないわけではないが、それも偶然の域を出ない。

 

 君の世界に、『忍宗』は存在するか? 

 

 ノー。そんな宗教が前世に存在していた記憶はない。

 

 地図の形は? 君のいた世界と今の世界。酷似している地形はあるか? 

 

 ノー。世界地図に精通している訳ではないが、日本地図の形と忍界の周辺地図にこれといった共通点は存在しない。似ている場所が無いとは言い切れないが、パッと見では違うと断言できる。

 

「フムフム。成程ね。忍宗発生以降の歴史に共通点は見受けられないと。では、忍宗以前はどうだろうか?」

 

 忍宗以前? 忍宗以前ってのはつまり。

 

「忍宗以前。つまり、大筒木の手の者がこの星に飛来するより以前。大筒木カグヤと十尾によって天変地異が起こされ、この星が地形を大きく歪める前のこの土地には、例えば一つの宗教があった。いまや忍宗の発展と共に廃れ、うちは一族などが所有する一部文献にしか残っていない、『神道』と呼ばれる宗教」

 

『天照』『月読』『別天神』『草薙剣』『八咫鏡』……。いくつかの能力や武具等にその名前のみ残されている、異教の神や神器の名称。

 

「これらの伝説伝承は、君の前世に存在したかい?」

 

 それは──イエスだ。

 

 私の回答に、仙人は満足げに頷いた。

 

「ああ。そう。()()()()()()()()()? じゃあ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 そして私は察する。仙人の言葉から、仙人が考えている世界の構造を。

 

「別れる……って。じゃあ、アンタはこの世界が、()()()()だって言いたいのか?」

 

 分岐世界。または、パラレルワールド。ある世界から分岐し、枝分かれした世界が並行して連なっているという世界の構造解釈。SF小説なんかでよく取り沙汰されている話題ではあるが、量子力学における多世界解釈や宇宙論におけるベビーユニバース仮説など、実際の物理学分野においても未だその可能性が語られ続けている世界構造仮説である。この世界を説明する仮説として、突拍子もない話とは、正直言い切れない。

 

 現実的な思考という意味では、漫画の世界に入り込んだなどと宣うよりは余程現実的だ。だが、それでもやっぱり信じるには、話があまりに突飛すぎる。

 

『NARUTO』の世界が、私の前世の世界と分岐世界の関係にあるって? そんなの、にわかには信じがたい話だ。

 

「まぁ、あくまで仮説さ。そう考えれば、納得しやすいというだけの話。確証があるわけでもない。分岐世界だのという理論自体、ワタシも今初めて知ったくらいだ。大筒木がこの星に侵攻してきたか否か。分岐するに至った違いがそれだけとも言い難いだろうしね。だが少なくとも、二つの世界が途中までは、似たような文化を形作り、同じ言語や宗教を発展させてきたという事実は揺るがない。であれば、分岐した並行世界線上にもう一人の自分がいたとしても、何らおかしな話ではないと思わないかい?」

 

 おかしいことだらけだと思う。だが、完全に否定するだけの材料もない。

 

 異世界の正体が並行世界であったというこの仮説の正否判断は、悪魔の証明に近い。実際に過去まで遡り、世界分岐とやらを確かめる手段がない以上、この話はどれだけ深めても平行線だ。正しさも間違いも証明できない。

 

「だけど、証明できてしまうこともある」

 

 仙人は再び笑う。私を指差して。

 

「異世界転生。これは可能だ。君の存在がそれを証明している。別の世界に、自分の魂に合う器があれば、そこに転生することは可能である。特にこの世界は手段の宝庫だろう。時空間忍術があれば世界の壁を越えることは不可能じゃないし、並行世界であれば多少の時間差なんてものは余裕で許容できる。つか、時間移動そのものだってできなくはないしね。異世界から特定の魂を口寄せし、こちら側の器に定着させることは不可能じゃない。異世界転生は十分起こり得る現象なんだよ」

 

「だが、それが問題なのだ」

 

 仙人の言葉に、扉間様が言葉を続けた。

 

「異世界転生なんてものがそう簡単に起こってもらっては困るのだ。特に多由也のような、どういう歴史の流れを辿ったのか知らんが、この世界とかけ離れている癖にこの世界についての知識を必要以上に有した存在がポンポン現れられるとこちらにとっては不都合きわまりない。だからワシは、頼りたくもない仙人に助言を仰がなくてはならなくなった。そして案の定、こやつは厄介な答えを返してくれた」

 

「なんだよ。福音たる答えを返してあげたじゃないか。異世界転生者なんてワタシは多由也ちゃん以外に知らないって。まぁ、ワタシの仮説的には異世界っつーか、並行世界転生者だけど」

 

「それはいい。今のところ多由也以外に異世界転生者がいないならそれに越したことはない。だが、貴様はこうも言ったな。異世界転生者がこの世界に現れる可能性は、()()()()()()()()()()()()()と」

 

 ビリッと、私の脳内に電流が走る。仙人による転生についてのレクチャーと、扉間様の発言双方を踏まえての思考。その上で、仙人が答えた質問の回答を読み解くと、なんとも恐ろしい仮説が浮かび上がる。私はようやく理解した。扉間様が真に危険視しているのが、どういう存在なのかを。

 

 電球は自然発生しない。だけど、猿が文明を持つに至るまで進化し、その存在を意図して作り上げれば、いつかはできるものでもある。

 

 異世界転生もそれと同じ。つまりは──。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 今まで沈黙を貫いていたカガミさんが、思わずといった風に口を挟む。

 

 だが、それも仕方ないことだろう。この事実は、それだけ衝撃的だ。

 

 特に私にとってはこの上ない程の驚愕に満ちている。

 

 私の異世界転生は、人為的なものだった? 

 

 確証はない。けれど、その可能性はこの上なく高い。

 

 誰が。一体何のために? 

 

「──だからさ。無駄なんだよ。多由也ちゃん」

 

 仙人は、ニコニコと優しく微笑みながら、私の肩を叩く。

 

「君は原作とやらの流れをできるだけ変えたくないみたいだけど、そんなのはもう遅いんだよ。だって、原作世界とこの世界は、君が生まれる前から既に分岐していたんだから」

 

 世界は分岐していた。私が生まれる前から。

 

 私を異世界転生者として産まれさせた人物がいるという時点で、この世界は原作の流れから外れていた。

 

 原作通りにする以前に、そもそもここは、原作の世界ではなかった。

 

 この世界は、私の知っている世界じゃあ、無かった。

 

 顔から血の気が引いていく。身体から力が抜けていく。

 

 この世界は漫画の世界じゃない。当然なようでまったく考慮の外だった事実。私の信じていたものが、ガラガラと音を立てて崩れていく。私の原作知識はこの現実の世界に、果たして通用しているのか? 

 

 私の知識は、本当に正しいのか? 

 

 分からない。

 

 私にはもう何も、分からない。

 

「何を惑わされてる。シャキッとせんか」

 

 バンッ! と、急に背中を勢いよく叩かれて思わず飛び上がる。振り替えると、扉間様が呆れたような目で私を見下ろしていた。

 

「貴様が前世で仕入れたこの世界に関する知識は概ね正しい。態々世界を巡って確認したワシが言うのだから間違いない。貴様の未来予測もワシの中ではある程度根拠に裏打ちされている、信じるに足る情報だ。だからこそ、ワシは貴様以外の異世界転生者の存在を問題視しておるのだ。貴様の確かな未来予測を、外部からねじ曲げられることを恐れているのだ。そんな心配を、言うこと欠いて無駄だと? それこそ有り得んことだ」

 

 扉間様はそれだけ一気に捲し立てると、ジロリと仙人を睨み付ける。

 

「ワシの部下の不安を徒に煽るな。コイツの行動が無駄かどうかは貴様の決めることではない」

 

「ちぇ。へーへー分かったよ。未来に絶対なんてないんだよっていう希望溢れるありがたーい教えをせっかく施してあげたのに、酷い言われようだぜ。つまんないの」

 

「そんな好意的な語りじゃなかっただろうが」

 

 グリグリと雑に頭を撫でられながら、私の身体に体温が戻ってくる。

 

 そうか。そうだ。この世界は漫画の世界じゃない。この世界は私の知るそれとは別の道を歩んでいる。

 

 それでも、私の持つ知識はこの世界に通用するし、私が自身を生き残らせようとしている時点で、未来が変わるなんて百も承知の出来事だった。それをどうにか軌道修正するために、私や扉間様は動こうとしているのだ。

 

 心配することなど何もない。否、私の心配すべきことは、決して的外れではない。

 

 扉間様のお墨付きまであるなら、それはきっと正しい認識である筈だ。

 

「は、はは。なんだよ。脅かしやがって。全然無駄じゃねーじゃねーか。ウチはもう惑わされねーぞ。テメーの戯れ言なんてもう聞いてやるもんかこのビチグソヤロー!」

 

「うーん。虎の威を借る狐と言うか、なんとも小物だねぇ君は。小物っぽさに関しては今のワタシも人のことは言えないけれど。だからこそ苛めたくなるというか……。あ、もしかしてこれが同族嫌悪?」

 

 私が若干扉間様の影に隠れながら指差して挑発する様を見た仙人は、余裕を持った表情で穏やかに物騒なことを口走る。

 

 うるせえ。虚勢で悪いか。虎の威を借る狐がなんぼのもんじゃい。私は今まで、長いものに巻かれ続けることで生き延びてきたのだ。小物ムーブが目立っても、これが私の処世術だ。

 

「ワシの威を借るのはいいが、その威の影からあちこちに喧嘩を売るのは悪癖の類いだぞ。直せ」

 

 げ。長いものが私を突き放してきた。

 

「それに目の前のアレは今やお前が恐れるほどの脅威はない。そう無闇に怯えなくともお前自身の力で十分やり込められる。虚勢を張ってるのは向こうも同じだ」

 

「げ、余計なことを……!」

 

 じり、と、痛いところを突かれたのか、慌てた仙人が後退りをする。うん。やっぱりこの長いもの優秀なんだよな。安心して巻かれてられる。

 

 もうちょっと着込ませてくれるともっと安心して人生送れるんだけど、いかんせんこの長いもの、割りと頻繁に千尋の谷から突き落としてくるのが玉に瑕なんだよなぁ。

 

 やっぱり最後に頼れるのは、自分の力だけなのだろうか。

 

 そんなことを思っていると、扉間様はひとつ咳払いをした。

 

「とにかくだ。ワシが懸念していることは伝わったろう。多由也をこの世界に転生させたかもしれない存在。このような不確定要素を無視するのは危険すぎる。故に、ワシはそこの仙人やカツユを用いつつ、この謎についての調査を開始しようと思っている」

 

「ちょ! 何勝手なこと言ってんのさ! ワタシをこれ以上扱き使おうって言うのかよ! この鬼! 悪魔!」

 

「どうぞ遠慮なく使ってください。今のままでは恩返しにはとても足りていませんので」

 

 扉間様の言葉に二対の蛞蝓が正反対の反応を返す。私とカガミさんとトリフさんの部下三人衆は、それを頷きながら聞き、

 

「それで、オレ達はどのように?」

 

 と、トリフさんが代表して指示を仰いだ。

 

「ああ。トリフはワシと共に調査に参加。カガミは多由也を大蛇丸の下へ送り届けた後、カツユと行動を共にしてもらおうと思う。詳しくは後程改めて指示を出す。そして多由也だが、お前には課題だ」

 

 うへい。やっぱり来た。来ると思ったんだよね課題。そりゃね。今回死にかけちゃったし、来るよね絶対。

 

 一体どんな課題だろうと戦々恐々する中、扉間様の指示が続く。

 

「貴様は今回死にかけたことで、自分の実力がまだまだ未熟だと再確認できたことだろう。特に貴様は、未だに、体術、チャクラ量、感知能力の面は他と比べて大きく劣っている。何れは解消しなければならない弱点ではあったがちょうどいい機会だ。これを鍛えよう」

 

 さて、問題だ。と、扉間様は私に問を投げ掛ける。

 

「体術、チャクラ量、感知能力。これらの性能を一気に引き上げる方法が、現在かなり身近にあると思うのだが。それは果たして何だ?」

 

 そうれ来なすった。勿論予想していたとも。全然違う用事であるとはいえ、湿骨林くんだりまで足を運んだ時点である程度意識していたことではあった。

 

 だから私は渋々ながら、その質問に即答する。

 

「仙術……ですか」

 

「そうだ。仙人モード。身体能力、感知能力、チャクラ量、その全てを飛躍的に高める仙術の技法は今の貴様にもっとも必要なものだろう。幸い貴様は大蛇丸の呪印のお陰で自然エネルギーの扱いにある程度慣れておる。然るべき修行をすれば、一年二年ほどあれば仙人モードを会得することも可能だろう」

 

 うわ。最長二年かよ。スパン長いなぁ。仙人の修行と考えれば短い方なのかもしれないけどさぁ。等と思いつつ私はチラリと幼女仙人の方へと視線をやる。

 

 地面に大の字で寝そべって、大々的にボイコットの姿勢を表明している仙人を見つめながら、私は思う。

 

 え、まさか、この仙人に仙術教わるとか言わないよね? 

 

 私嫌だよ? そんなの。

 

 

 

 

 ▼次回につづく。

 




あとがき。

そう。考えてみたら不思議なんですよね。なんでこのOL、NARUTOの世界に転生してんの?って疑問。え?そこ聞く?っていう。

平成からこの方、もう何人が異世界に転生してるか分かったもんじゃないですけど、転生するにも色々理由があるわけです。神様がなんかミスっちゃったり異世界からの召喚だったり。特に理由がない作品もありますけど、何でも説明したがり屋の私の作品でまさか理由がないってことはないだろうと。

いささかメタ的な視点では有りますが、しかし扉間様の視点から見ても、この可能性を思い当たらないってことはないだろうと思い、こうして仙人のところまで訪ねに来ていたと言うわけです。そしたらまー。SFみたいな世界観になってきちゃって困った困った。まぁ、岸影様もSF好きだし多少はね?オリジナル設定どころの話じゃなくなってきたけどそれもまぁ、多少はね?

全く参ったもんです。多由也の前世も、崖から落ちて死亡なんて死に方してないでトラックにでも轢かれてればこんな説明する必要なかったのに。

トラックに轢かれてたら、それが理由になってただろうに!(暴論)

そんなこんなで異世界転生、NARUTOの世界だと割りと可能とかいう新説をぶっ立てちゃったわけですが、誰だよ多由也を異世界転生なんてさせた奴!神様とかでいいじゃん。全部大筒木のせいとかにしちゃえよ!

…もう既に登場してたりして…。

まぁ、そんなどうでもいいことはこの際置いときまして(!?)、多由也と言えばウチの作品のこの子、自力で危機に立ち向かうときはかっこいいのに、頼れる人が側にいるとかなりへたれるという事実に今回初めて気がつきました。ダメだなコイツ。扉間様といると駄目になるなコイツ。身体年齢がまだ10才くらいというのも考慮しても、主人公としてもう少し一皮剥けて欲しいところ。


試練を、試練を課さねば…。


で、何君。仙人の修行するの?

マジ?魔改造進みすぎじゃない?

前書きの一言に対する自問自答。
「忘れてないよ!ちょっと扉間様が卑劣に目立ってただけだよ!」

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