前略。多由也に転生したけど、人生の詰将棋をしている気分です。   作:N-SUGAR

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お久しぶりですメリークリスマス!

あ、もうクリスマスは過ぎてる?サンタさんからプレゼントは貰った後?そいつは失礼しました。私は貰ってないのでてっきりまだなのかと思ってました。大人になるって、悲しいね。

さて、サンタさんからプレゼントを貰えなくなってしまった私ですが、まだ10才の子供である多由也ちゃん達にはプレゼントを差し上げなければなりません。私は考えました。彼女達に今一番必要なプレゼントは何だろうと。

今回はそんなお話です。お楽しみください。

ここで自分に向けて一言

「クリスマスに何かあった?」




第三十一話 北アジト

「いいかい多由也。ここから先は、常に警戒を怠らないようにね。じゃないと、多由也でも怪我をしかねないから」

 

 君麻呂の先導に従って、私は建物の扉に手をかける。岩肌の露出した山岳地帯の洞窟の中に建てられた、大蛇丸様の有するアジトの一つ。北アジト。

 

 数あるアジトの中でも特別とされるこのアジトは、大蛇丸様が呪印を開発するための人体実験場として利用されている。私や君麻呂が現在身体に刻まれている呪印の開発のため、このアジトでは多くの実験体が呪印を刻まれていた。未完成の呪印は暴走する可能性が高く、その対策のためアジトは特に厳重な監視と頑強な要塞によって固められている。

 

 なぜ私がこんなところにいるのか。その訳を説明するには、時を一週間前まで遡らなければならない。

 

 そもそも事の起こりは、湿骨林の外の森のなかで、扉間様が私に下した課題から始まった。

 

「貴様には、仙術を学んでもらう」

 

 扉間様が私に課題と称して無茶ぶりを要求するのはいつものことで、私はその度にグチグチと文句を垂れながら渋々命がけでその無茶ぶりに応えてきた。今回の無茶ぶりはその中でも特に難易度が高く、しかも一年二年単位の無茶ぶりということもあって、扉間様の一言を聞いた瞬間に私の頭の中に否定の言葉が駆け巡った。仙術の修行なんて命懸けのなかでも特に危険な代物だし、才能がなければそもそも仙術なんて身に付かない。あの伝説の三忍ですら、完璧な形で仙人モードを扱うことはできなかったのだ。何年も修行した末に、仙術を修めるのは無理でしたなんてことになりかねない。

 

 ところが、この無茶ぶりに最初に文句を付けたのは、意外にも私ではなかった。

 

「えー。やだよ。ワタシは教えたくないからな」

 

 ゴロゴロと地面を転がりながら真っ先にそんなことを言ったのは、湿骨林の仙人である蛞蝓仙人だった。

 

「敗けようが調伏されようが、ワタシにだって仙人としてのプライドがある。才能もない奴に施す修行なんてワタシは持ち合わせてないよ。ワタシに修行をつけて欲しかったら、柱間ちゃんレベルの才能を持ってきなよ。その点じゃあ、相手が扉間ちゃんでも条件は同じさ。この場に、ワタシが手ずから鍛え上げるに値するだけの才能は一人もいない」

 

「初代様レベルって、そんな無茶苦茶な……」

 

 トリフさんが思わずこぼした言葉に、幼女仙人は鼻を鳴らす。

 

「並の才能なんて育ててもつまらない。そりゃあね、多由也ちゃんだって血筋はいいし、外付けで自然エネルギーの扱いに多少は素養ができてるから、死ぬ気で修行すりゃ一年ほどで仙人モードくらいなら扱えるようになるだろうさ。でもさぁ、それだけなんだよ。多由也ちゃんはさぁ。打てば響くだけの素材なんてつまらない。打ったら響いて連鎖爆発して、世界を目茶苦茶にしちゃうような素材じゃないとやる気がでないんだよワタシは。千里万歩譲って教えるのはいいよ? でもさ。やる気のない師匠に仙術なんて教わってもきっと碌なことにならないぜ?」

 

 ごろりと寝返りを打ちながら、幼女仙人は投げやりに宣言する。

 

 確かに私には仙術の才能なんてないのかもしかれない。自覚していなかっただけで、実は眠れる才能があったなんて超展開をまったく期待してなかった訳じゃないけれど、無いと断言されれば、そりゃそうなんだろうなと納得する程度のことでしかない。

 

 しかしまぁ、それにしたって幼女仙人の言は少し厳しすぎる基準であるように思われた。千手柱間レベルの才能なんて持ってる奴いるわけないだろう。忍界最強生物だぞあいつ。それ以上なんて求めようとしたら、それこそ六道仙人レベルを呼び込まなくてはならなくなる。

 

 こいつ、そもそも弟子を取る気がないな? 仙人の言い分は、やる気のない私をしてそう思わざるを得ない言の葉だった。

 

「まったくこの性悪はまたそんな木で鼻を括るようなことを言って! 扉間様、大丈夫です。仙術ならば私でもある程度教えることはできますので」

 

 仙人のやる気のない態度に、カツユが弁明のような口調でフォローを入れる。そういえば扉間様は仙人の言い草にどう反応しているのだろうと思って扉間様の方へと視線を向けると、意外にも扉間様は仙人の言葉に特に何とも思っていないようで、澄ました顔でカツユに手のひらを向けた。

 

「いや、大丈夫だ。元々多由也を湿骨林で修行させるつもりはワシにはない」

 

「「え」」

 

 カツユと蛞蝓仙人が同時に声をあげる。あの幼女仙人、やる気のない声を出しておきながら、即座に否定されるとそれはそれで不満があるようだ。

 

「な、何故です? 私では力不足ですか?」

 

 おどおどと問い掛けるカツユに向けて、扉間様は指を三本立てた。

 

「理由は3つ。別にカツユの実力不足と言うわけではない」

 

 1つ目。と、扉間様は人差し指だけを立て直して言う。

 

「我々の計画上、多由也は少なくともあと四年は大蛇丸の部下として音隠れに潜入し続けなくてはならない。大蛇丸が四年後に計画している『木ノ葉崩し計画』の中枢に、多由也が居てもらわねばならんのでな。そのため、多由也が大蛇丸の手を離れて湿骨林で長期間修行をするという状況はあまりよろしくない」

 

 扉間様は続けて中指を上げる。

 

「二つ目に、そもそも湿骨林では多由也が修行をするには環境が不適切だ。仙術の修行は仙人の里で行うのが一番効率が良い。だが、湿骨林に限って言えば、多由也は長時間湿骨林に留まれるだけの手段を持ち合わせていない。居続けるだけで酸に蝕まれる環境で仙人の修行ができる者など、それこそ兄者くらいしかおるまいよ」

 

 続けて薬指を上げ、扉間様は最後の理由を言った。

 

「最後に、多由也に施したい仙術の修行として、湿骨林の蛞蝓仙人よりも最適な仙人が他にいるからだ」

 

「ああ?」

 

 最後の理由に、今度は蛞蝓仙人が額に青筋を浮かべて食って掛かる。

 

「ワタシ以上の仙人だって? 何処のどいつだそれは」

 

「キサマ以上かどうかは選考基準に含まれていないしどうでもいい」

 

 ひらひらと右手を振りながら、扉間様は幼女仙人の視線を受け流す。

 

「蛞蝓の仙人は主に再生や回復に特化している。それ以外に結界術や封印術なども得意としているようだが、それを踏まえても湿骨林の仙人というのは、基本的に守りに特化した仙術を扱う。ワシが多由也に身に付けて欲しい仙術とは、微妙に趣が異なるのだ」

 

 私に身に付けさせたい仙術? というと、たしかそれは──

 

「体術、チャクラ量、感知能力。この3つを引き上げるためにもっとも効率の良い修行場所は湿骨林ではない。特に体術と感知能力に関しては、蛞蝓のそれよりも多由也向きな場所がある」

 

「……確かに、体術ならワタシの仙術よりは妙木山や龍地洞の方が優秀だったりはするな。特に妙木山伝統の蛙組手は人間との相性が良い。だけど、チャクラの増幅や感知と並行して育てるとなると……」

 

 幼女仙人は苦虫を噛み潰したような顔で、一つの答えを出した。

 

「……やっぱり龍地洞か。気に食わねぇ。あんな性悪クソババアがワタシより適任だってのかい? 扉間ちゃんは」

 

「貴様はやる気がないんじゃなかったのか? まぁやる気があろうとなかろうと結論は変わらないがな。多由也の強化点、立場。あらゆる面を考慮しても、龍地洞ほど最適な修行場所は他にない」

 

 龍地洞。マンダやアオダの様な大蛇が多数生息し、白蛇仙人が統べる仙人の秘境。大蛇丸様が仙人の修行を行おうとして途中で断念し、後にカブトが仙人モードを学ぶことになる土地。

 

 そこが、私の修行場所? 

 

 というか、話の流れから察するにそれって……。

 

「あの、まさかとは思いますけど、扉間様……」

 

 私は思わず問い質す。

 

「まさかそれ、大蛇丸様と交渉して、大蛇丸様の許可を得た上で龍地洞に行けって言ってます?」

 

 私の立場を考えた上での選択という話だったら、つまりそういうことになる。私が音隠れの多由也として不自然にならないように修行を行うには、それしか方法がない。

 

「ああ。その通りだ」

 

 そして扉間様は、なんのためらいもなく私の問い掛けに首肯する。聞きたくない言葉を、なんの迷いもなく続けてくる。

 

「多由也。貴様のこれからの課題は、大蛇丸を説得し、龍地洞での修行を取り付けることだ」

 

 え、無理。

 

 その言葉が私の耳に入り脳に届いた瞬間、私は反射的に口を動かしていた。

 

 いやー、キツいっすよそれは。あの大蛇丸様相手にどうやってそんな交渉すりゃいいんだよそんなん。ビジョンがまったく浮かんでこない。そもそも私はどこから龍地洞なんて場所の存在を知ったことにすればいいんだ。どんな交渉の仕方してもあまりにも突然すぎるし、怪しまれる未来しか見えない。立場を考えてっていうか、立場が悪くなる予感しかしない。

 

 口々に出てくる文句と否定の言葉を一通り聞いた扉間様は、はぁ……と、ため息をついた後、短く私に言葉を返した。

 

「いいからやれと言ったらやれ。文句は交渉に失敗した後に受け付ける」

 

 そんな会話があった一週間後。結論から言うと、交渉は成功した。

 

 成功してしまった。

 

 カガミさんの飛雷神で大蛇丸様達との合流ポイントの近くまで送り届けてもらった私は、大蛇丸様と君麻呂と合流し、音隠れへの帰路についた。

 

 湿骨林での騒動のせいですっかり忘れてしまっていたが、私はつい数時間前まで一人、東の大砂丘に取り残されて『暁』の芸術コンビと戦わされる羽目になっていたのだった。そしてなにより驚愕すべきことに、大蛇丸様達とはぐれてから合流するまでに、まだ半日も経っていなかったのだ。半日の間に起こったことがあまりにも濃厚すぎて時間の概念はどうなってるんだと疑問に思ったが、それはそれとして、そんな濃厚な経験を素直に話すわけにもいかないので、私は適当にでっち上げた物語を二人に聞かせることになった。

 

 長々とした作り話を適当にその場ででっち上げたが、要約すればその内容は、「芸コンの二人から命からがら逃げ切って、やっと合流できました」の一言に尽きた。我ながらたったこれだけの内容を信憑性を持たせつつ語るために一大スペクタルな嘘八百を並べ立てたが、現実はもっと一大スペクタルだったのだから我が人生も大概だ。現実通りの報告よりも過小報告しつつ、大蛇丸様の機嫌を取るためにその過小報告の過大報告をしなければならないとか無理難題も良いところだったが、なんとか怪しまれることなく無難に報告することはできた。

 

 問題はその後の一週間だ。音隠れの里へと帰還した後、私は普段の業務と君麻呂との修行をこなしながら、大蛇丸様に龍地洞での修行の許可をもらうための画策を始めた。この時私が立てたプランは、「『暁』との戦いの後、自身の力不足を痛感した私が新たな力を得るために大蛇丸様の研究資料を漁り、偶然仙術と龍地洞に関する情報を見つけた」というシナリオで大蛇丸様に交渉を迫るというものだった。

 

 手段なんか選んでられないので周囲の目を気にせず大々的に資料を荒らし回り、無理やり見つけたそれっぽい資料の情報を、証言者を増やすために君麻呂と共有し、最終的に二人して大蛇丸様に頼み込むという、後々のことを考えたら明らかに悪手なんじゃないかと思えるようなことまでやってしまった。

 

 様々な下準備を終えて、こちらは本気で自身の力不足を痛感している様子だった君麻呂を抱き込んで、どうにでもなれと思いながら頭を下げた私に対して、大蛇丸様の反応はどうだったかと言うと、

 

「龍地洞ねぇ。別にいいわよ? 面白そうだし」

 

 だった。面白そうだしって、流石にちょっと軽すぎねぇ? 

 

 拍子抜けするような返答に、果たしてわざわざ君麻呂まで抱き込む意味はあったのだろうかと疑問に思ったりもしたが、もうやってしまったことは仕方がないので話はそのまま進んでいく。

 

「案内人を紹介するからアナタ達はその案内人と一緒に龍地洞に向かいなさい。見込みがなさそうだったらすぐに戻ってきてもらうけど、見込みがあるようならそのまま仙術の修行を続けていいわ。ただし、時間制限は付けさせて貰うけどね」

 

 そう言って大蛇丸様が付けた条件は、どんなに修行が途中でも三年経ったら龍地洞から戻ってくるというものだった。扉間様が最大二年で修行を計画していたことを踏まえると、むしろ優しい条件だと言える。なんで原作で味方側だったやつの方が敵側だった奴より繰り出す条件厳しいんだよと内心突っ込んだが、それが扉間様だと言われたらぐうの音もでないので永久に黙っていることにした。

 

 そして現在、私は君麻呂と二人、北アジトに足を踏み入れている。

 

 目的は当然、龍地洞までの案内人を用立てるためだ。ここまで来てしまえば、さすがの私でも案内人が誰かなんて分かりきっている。

 

 重吾。原作ではサスケが大蛇丸様を倒した後に、打倒うちはイタチを目指してチーム『蛇』を作る際に迎え入れたメンバーの一人。

 

 大蛇丸様の部下で、呪印の元となった実験体の一人であり、君麻呂の親友。

 

 自然エネルギーを集める特異な体質を持つ彼の経歴は、龍地洞出身の一族の生き残りなのだという。だから当然、彼は龍地洞の場所を知っているということになる訳だ。

 

「重吾は常に北アジトの一番奥に閉じ籠っている。理由はさっきも紹介した通りだ」

 

 北アジトの通路を歩きながら、君麻呂が私に話しかける。

 

 ここに来るまでの道中で、君麻呂は私に重吾の人となりを一通りレクチャーしてくれていた。原作を読んでいるからある程度のことは既に知っている私ではあるが、原作とこの世界が必ずしも同一ではないと分かってしまった以上、確認をする意味でも君麻呂の解説は聞き逃すわけにはいかない。その結果分かったことと言えば、まあ、原作とそう違ったところはないという何ということもない事実だけだったが。

 

 普段は穏やかで大人しい性格をしているが、自身の体質のせいで殺人衝動を抑えきれなくなることがある。呪印の元となったその特異体質によって身体が大きく変形し、殺人衝動と共に強大な戦闘能力を発揮する。その暴れっぷりは凄まじく、荒くれ者の集う音隠れにおいても、重吾の暴走を穏便に止められるのは君麻呂以外にいなかった程だという。君麻呂から聞かされたそんな話は、私が知っている重吾の知識とまったく同じものだった。以前にもほんの少しだけ聞かされていたことではあったが、今回詳しく聞き直すことで、少なくとも自分の知識が正しかったという確信は深まった。

 

「自分の衝動で他人に迷惑を掛けたくない彼を外に引っ張り出すのは少し心苦しいが、ボクは丁度良い機会だとも思ってるよ」

 

「良い機会?」

 

 私は、前を歩く君麻呂の言葉を聞き返す。

 

「うん。彼は自らの更正のために大蛇丸様に頼み込んで、アジトの奥に自分から監禁されている。だけど正直、それは根本的な解決にはなっていないと思うんだ。勿論大蛇丸様が呪印の研究を進めることで、いずれは彼の殺人衝動を治してくださることは間違いないだろうけど、それだけでは彼の心の傷は恐らく癒えない」

 

 大蛇丸様が呪印の研究を進めても重吾の殺人衝動が消えることは恐らく一生無いと私は内心確信しているが、相も変わらず大蛇丸様信仰の激しい君麻呂に野暮なことを言うつもりもない私は黙って話の続きを待つ。

 

「彼はね、自分が一族の皆を皆殺しにしたというトラウマを抱えているんだ」

 

 重吾が一族を殺した? それは──初耳だ。

 

「確証はない。だけど、彼が正気を失い、意識を失っている間に彼の一族は滅びた。気付けば里は壊滅し、ただ家族の死体だけがその場に残されていたそうだ。自分が殺した。そう思った彼は里から逃げ出し、大蛇丸様の下へ行くまでは人里離れた山奥の洞窟に一人閉じ籠っていた」

 

 おいおい。ここに来て初耳の情報が次々出てきやがる。もう少しで本人とご対面だってのに、私の心の整理がいきなりごちゃつき出したぞ? 

 

「家族を失ったトラウマで、彼は人との付き合いを病的に嫌うようになった。自分がいつ他人を傷つけてしまうか分からない。殺してしまうかもしれない。自分は他人と関わる権利がない。そんなことを言っていた。とは言え、彼が他者との関わりを必要としないなら別にそれで良いだろうと、今まではボクも思っていた」

 

 でも、それは違う。と、君麻呂は続ける。

 

「彼は他人との関わりを拒んでいるが、必要としていない訳じゃない。事実、彼はボクと話している時はとても穏やかな雰囲気だったからね。彼は誰よりも、他人との関わりに飢えている。だからね、ボクは重吾に君を紹介できることが素直に嬉しいし、たとえトラウマの残る龍地洞と言えど、共に外に出られる今回は良い機会だと思うんだ。重吾のトラウマを解消する、良い機会だと」

 

 なるほど。君麻呂の奴、そんなこと考えてたのか。元々重吾とは親しかったらしいが、それでも、基本的に大蛇丸様の役に立つか否かで全ての行動方針を決めていた最初と比べると、ずいぶんとまぁ他人を慮れるようになったものだと感心してしまう。

 

 お姉ちゃん、ちょっと感動しちゃったよ。なんて、身体年齢では年下なのにそんな感想を思わず浮かべてしまったり。

 

「……多由也。君、なんでニヤニヤしてるの?」

 

「え? ニヤニヤしてたか? いやすまん。君麻呂がそこまで気をやっている相手なんだから、さぞかし仲の良い友人なんだろうなーと思ってただけなんだが」

 

「いや、確かに親友だとは思ってるけど! だからって君にそんな顔をされる謂れはないんだけど!?」

 

「えー? そーなのかー?」

 

 どうやら表情が緩んでいたらしい。反射的に口元を手で隠してみるが、それがかえって煽り力高めのポーズになってしまったらしく、君麻呂の顔がみるみる赤くなる。

 

「出会ったときはあんなに刺々しかった君麻呂が丸くなっちゃってまぁ。くく。君麻呂にちゃんとウチ以外の友達がいるようで、お姉ちゃんは一安心ですよ」

 

「誰がお姉ちゃんだ! 多由也はボクより年下じゃないか! ……ていうか。逆に聞くけど多由也。そういう君はボク以外に友人がいるのか?」

 

「え? そりゃあ……」

 

 咄嗟に返そうとして、はたと言葉が詰まる。

 

 あれ? 私に友人、いたっけ。

 

 あっれー? 

 

 ……いやいやいや! そんな馬鹿な! これでも前世では現代日本社会を生きていたこの私だぞ! 大学まで進学して、企業に勤めていたこの私の人間関係に友人の十人や二十人すぐ浮かんで当然──! 

 

 ……前世の人間関係なんてとっくにリセットされてるし、現世の人間関係は貧弱も良いところじゃないか? 私。

 

 上司とか同僚とか道具とかなら咄嗟に何人も思い浮かぶが、はて、友人? 

 

 会話の流れ上しれっと君麻呂を友人計算できたので一人はいるとして、さて、二人目以降は? 

 

「……え。嘘。ウチの友人、少なすぎ?」

 

「……もしかして多由也って、ボク以外に友達いないの?」

 

 正面を向けば、君麻呂は緩んだ口許を手で隠している。隠しているが、ニヤニヤと笑っているのは目を見ればすぐにわかる! 

 

 むかつく! なんだそのニヤニヤ笑いは! 馬鹿にしとんのか!? 

 

「可哀想に。まさかとは思ったけど、友達がボクしかいなかっただなんて。あ。ごめん。一人しかいなかったら友『達』とは言えないか」

 

「殺す!」

 

 自分のことを完全に棚に上げて怒り心頭に発した私は前を歩く君麻呂の髪を後ろからぐっちゃぐちゃにかき混ぜる。が、頭がボサボサになっても君麻呂はニヤニヤと微笑むばかりでまったく動じない。

 

「あっはっは。安心しなよ多由也。ボクの友達紹介してあげるから、友は一人から二人に増えるよ」

 

「一人目の友達とまず仲良くできそうにねーんだけど!?」

 

「友達を作れないまま幼少時代を過ごすなんて、お兄ちゃんは心配だよ」

 

「友達二人の奴に言われたくねーんだけどなぁクソ兄貴!」

 

 なんて、話を脱線させたままどうでもいい会話を繰り広げていた私達だったが、その会話は突如として終わりを迎えることになる。

 

 何故かと言えば、歩いてた通路に疎らに設置されていた扉の一つが突然破壊され、奥から異形の怪物が飛び出してきたからだ。

 

 オレンジ色の皮膚をした、辛うじて二足歩行をしているかしていないかくらいのその異形は、私達を認識すると血走った目でこちらへと突っ込んでくる。

 

「そこをどけェ!!」

 

 ドカドカと床を破壊しながらこちらへ突進してくる異形に対し、君麻呂は掌から骨の槍を突き出して迎え撃った。

 

「また実験体の脱走か。ここの物品管理は少し杜撰すぎる」

 

 君麻呂はそのまま掌を異形に向けて骨を発射し、二本の骨を異形の両膝に突き刺した。関節を破壊されバランスを崩した異形は前のめりに私達の目の前で転倒する。

 

「ぐああ!! クソ! なんだテメェは! ……」

 

 足を思うように動かせず、ジタバタともがく異形。このまま暴れさせておいても得はないので、私は笛を吹いて異形を眠らせる。

 

 眠りに落ちた異形はじわじわと皮膚から呪印の模様が剥がれていき、やがて見知らぬおっさんが中から姿を現した。

 

「こいつが重吾か?」

 

「そんなわけないだろう。重吾はこんな不細工じゃない」

 

 冗談めかして私が問うと、君麻呂は肩を竦めて再び歩き出す。見知らぬおっさんは、後からやって来た北アジトの看守達に何処かへ運ばれていった。

 

「北アジトは呪印を初めとした危険な実験体を多く扱っているから、しばしばあんな風に実験動物が逃げ出すことがある。とは言え、しばらくここで暮らしている者ならば、ボクがここに居るときに脱走しようなんて自殺行為はしない筈だ。だからあれは割と新しく入ったモルモットだったのかもね」

 

「ほおん? 成る程? その割には、脱走者を殺さず見逃すなんて、随分とお優しい対応をするんだな?」

 

「別に。殺す手間が惜しかっただけさ。今日ここに来たのは、役立たずを始末するためじゃないんだから」

 

 なんということもない風に君麻呂はそう言って私の言葉を受け流したが、君麻呂であれば、態々膝なんか撃ち抜かなくてもその技でおっさんの頭でも撃ち抜いた方が手間は少なかった筈だ。そして私と出会った当時の君麻呂だったら、間違いなくそうしていた。

 

 君麻呂は、私と付き合う内に、明らかに角が取れて丸くなっていっている。

 

 こういう何気ない行動の変化を見つけると、君麻呂も私との出会いで何かしら在り様を変えているのだと実感できる。

 

 人を知り外を知ることで、君麻呂は原作とは異なる成長を始めている。原作と異なること。それは原作が辿る未来をできるだけ変えたくないと宣う私からしてみればあまり望ましくない出来事のはずなのだけれど、君麻呂のそれは、私にはそう悪くないことのように感じられた。

 

 願わくば、この変化が君麻呂にとって良い方向へと導く変化でありますようにと、私はそう願わずにはいられない。

 

「着いた。ここだよ」

 

 やがて、アジトの中でも一際厳重な施錠を施された分厚い扉の前に辿り着くと、君麻呂はそう言って鍵束を懐から取り出した。

 

「この扉の奥に、重吾はいる」

 

「へえ。じゃあ、さっさと入ろうぜ」

 

 私がそう言いながら前に出ようとすると、君麻呂は私の歩みを腕で塞き止める。

 

「万が一があるかもしれないから、多由也はボクの後ろで待機してくれ。まずはボクが一人で入る」

 

「……君麻呂。お前、風の国から戻ったあたりからウチにちょっと過保護すぎやしないか?」

 

 北アジトに入った時もそうだが、この一週間、どうも君麻呂は私をできるだけ危険から遠ざけようとしている節がある。何か私にとって少しでも危険なことがあると、事あるごとに前に出ようとして来るのだ。死にかけで帰ってきた設定だったのでなんとなく理由は想像つかなくもないが、それにしたって気にしすぎなのではと思わなくもない。

 

「……逆にその理由が分からないんだったら、君は一度自分の行いをよく見直した方がいい」

 

「あ? なんだよそれ。気になる言い方しやがって」

 

 なぁなぁ教えろよー。どういう意味だよー。と、背中を小突きながら尋ねるが、君麻呂はそれ以上何も言わずに黙々と鍵を開け続けている。

 

 へー。ふーん? そういう態度取っちゃうんだ? 君麻呂もオトコノコオトコノコしちゃう年頃になってきたって事なのかな? 心の中で勝手に納得している私だったが、それはそれこれはこれ。知らないふりしてオトコノコをいじり続けるのも楽しいので、私は君麻呂の背中を小突き続ける。

 

「ああもう! いい加減にしてくれ! もう鍵が開いたんだから!」

 

 鍵を全部開け終わることで、無言で小突かれ続けていた事に対する我慢の限界が来たらしい。こちらに振り向いて苦言を呈する君麻呂。

 

 私はそんな君麻呂をニヤニヤと観察しながら──着物の後ろ襟を掴み、自分ごと移動して真横に引っ張り上げた。

 

 ドガンッッ!!! と、次の瞬間、鍵の開いた扉が勢いよく蝶番ごと外され、先程まで私達がいた場所を通り抜けて通路の反対側まで吹き飛んで行った。

 

 そして、通路の脇に避けた私と君麻呂の視界に、扉を蹴り飛ばしたらしい新たな異形の足が映る。

 

「どうだ君麻呂。危機感知能力はウチの方が上のようだが? お前が、ウチの、何を保護するって?」

 

 いっぱしに上から目線で私を守ってやろうなんてそんな態度は十年はえーよ。頭をくしゃりと撫でられ上から掛けられたそんな私の言葉に、君麻呂は悔しそうな表情を浮かべながらも、何も言わずに立ち上がった。

 

 私の隣に。

 

 そして、君麻呂が立ち上がるのと合わせるように、扉の奥の異形は、私達の前に姿を現した。

 

「ヒャッハハァ!! やっぱり君麻呂じゃねェか久しいなオイ! しかも久しぶりに来たと思ったら、女連れたァ結構なご身分だ!! 殺し甲斐が有りそうで何よりだぜ!!」

 

 完全に異形化したその姿からは個人の判別がつかないが、しかしその口から放たれる阪口周平様(声優)ボイスを聞く限り、目の前のコイツが誰かは火を見るよりも明らかだ。

 

「コイツが、重吾か?」

 

「ああ。その通り。他の奴と違って、彼の状態2は力強く美しいと思わないか?」

 

 君麻呂は、自慢げな様子で私に重吾を紹介する。そして、自慢げな所申し訳ないが、私には少なくとも見た目に関して他の奴と重吾のそれに大した違いは見出だせない。君麻呂はどうにも身内に関しては評価の基準が滅茶苦茶になる傾向があるなと思いながら、私は目の前の異形と目を合わせた。

 

 初めまして。友達の友達。せっかく君麻呂が紹介してくれたんだ。仲良くしようぜどうぞよろしく。

 

 言葉が通じそうにないから、取り敢えず初対面の挨拶は、笛の音に乗せて伝えるとするよ。

 

そんなことを内心で呟きながら、私は手に笛を構える。

 

 さぁ張り切って、自己紹介(殺し合い)の始まりだ。

 

 

 

 ▼次回につづく。

 

 




あとがき

はい。というわけで、多由也ちゃんには新しいお友達をプレゼント☆初対面で殺しにかかってくるやんちゃさんだけど、根は優しいから仲良くしてあげてね☆

とかなんとかいって、流れ自体は夏より前に考えてたからクリスマスプレゼントもクソも、時期が被っただけの偶然なんですけどね。クリスマスも終わったからむしろこれからは正月に向けてお年玉でも用意しておいた方が良いかな?

まぁ、なんにしても試練無くして得られるものはこの世界には無いんですけどね。仙術にしたってそうですよ。湿骨林攻略したのは扉間様であって多由也ちゃんじゃないんだから、そのまま仙人からお情けで修行つけてもらっちゃダメよ。ちゃんと自分で一から攻略しないと。と言うわけで、多由也ちゃんは龍地洞送りです。あそこの仙人どももまぁまぁ性格悪いから、がんばってね。

アニメボルトのお陰で龍地洞の設定はある程度明るみに出てるけど、かと言って書き易いかと言われるとそんなことはないんだよなぁ。ほら私って、ドギツイ試練を課したい人だから…。

はい。てなわけで、次回は流れ的にvs重吾となりますな。お楽しみください!

前書きに対する自問自答
「何もないからやさぐれてんだよ!多由也と君麻呂は何いちゃついてんだよ!ムカつくんだけど!?(八つ当り)」


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