前略。多由也に転生したけど、人生の詰将棋をしている気分です。 作:N-SUGAR
そんなこんなで、どんな話か忘れている読者の方もいらっしゃると思うので!あらすじを書いときますね!
「多由也。重吾と友達になって龍地洞に仙術修行に行く。」
はい!いまここです!それでは、どうぞお楽しみに!
ここで自分に向けて一言。
「で?またエタるの?」
私はこの世界に転生してからというもの、幾度となく死にそうな目に遭ってきた。もはや数えるのも馬鹿馬鹿しいほどの死の危険を目の前にしながら、私は這う這うの体で追いすがる死神の魔の手から逃げ延びてきた。しかしそんな私をして、これは初めての経験だった。
「ごぶっ」
水に溺れたような咳き込みとともに、私の口から赤黒い液体が溢れ出る。ガクリと身体から力が抜け、身動きも取れないままに顔から地面に倒れ伏せる。
「多由也!!」
君麻呂が叫ぶ。倒れ伏す私に駆け寄ろうと必死にもがくが、しかし君麻呂も、既に動ける身体ではない。
死が、私に届く感覚。多由也としての経験の中から探すなら、やはり蛞蝓の仙人に身体を真っ二つに切り裂かれた時がこれに一番近いだろう。何も出来ないまま、ただ死が降り注ぐ感覚。あの時は、本当に為すすべもなく死んでしまう所だった。だけど、今回とあの時は違う。
あの時は、扉間様の機転とカツユの医療忍術のお陰で辛うじて死ぬまでには至らなかった。今にも死にそうだったけど、結局は死ななかった。だけど今回は扉間様もカツユも、ここにはいない。
救いは、ない。
明確な死。確実な死。それは、この世界に来てからというもの一度も経験しなかった事態であったし、私の二度の人生の内ですら、まだ一度しか味わったことの無い感覚だった。そんな感覚を、私は龍地洞に来てからというもの、
二度の人生を通しても、一日に五回も死ぬなんて、流石にそんな経験私はしたことが無い。
「──―っ!!」
目が覚めると、そこは龍地洞。私が死んだ、まさにその場所である。周りを見れば、ちょうど君麻呂が私の隣りで目を覚ましているところだった。この状況を見るのも、既に五回目。そしてこの状況になったということは、君麻呂もまた、私の後に五回目の死を迎えたという事なのだろう。
私は死んだばかりで痺れた脳を何とか働かせ、うんざりしながらぽつりと一言呟いた。
「また、振り出しに戻りやがった……」
音隠れの里北アジトにおいて、龍地洞への案内を渋る重吾を、私と君麻呂は溢れ出る友情パワーで無理矢理説得する事に成功した。具体的に何をしたのかと言うと、九割がた勢いと暴力にものを言わせて重吾を引き摺るようにして外に連れ出したのだが、一割くらいの言葉による説得も効果が無かった訳では無いと思いたい。
「……確かに、オレの殺人衝動が、いつかは越えなければいけない課題なのは確かだ」
道中、木々の間を走りながら、重吾は並走する私達に言った。
「だが、それとこれとは別だろう。案内は請け負うが、今更オレが龍地洞に行ったとしても、俺のこの衝動の何かが変わるとも思えない」
「だが、トラウマを解消する助けにはなる」
重吾の言葉に被せるように、君麻呂が言う。
「君が初めて暴走を抑えられなくなった因縁の地。それが龍地洞なんだろう? そして、君が暴走している間に、重吾の一族は君だけ残して全滅してしまった」
重吾は君麻呂の言葉を聞いて黙り込む。自分が家族を殺してしまったかもしれない場所。そんなもの、トラウマ以外の何者でもないだろう。家族を憎んでの殺害だったと言うならばともかく、重吾の場合、ただ暴走の末に仲の良かった家族を殺してしまったかもしれないと言うのだ。怨恨でも使命でもない不可抗力による殺人。これほどやるせない話はない。
「だが、それが重吾の暴走に起因するものだという確証はない」
しかし君麻呂の言う通り、その事実があったという確証は存在していない。自身が暴走し意識を失い、気付いたら家族が死んでいた。状況から見れば、自分がやってしまったと思うのが道理だろうが、確実にそうだという保証は、どこにもない。
「龍地洞にいる仙人とやらに聞けば、真実が分かるかもしれない。それで万が一にでも重吾のせいでなかったなら、少しは気も楽になるんじゃないか? 仮に重吾が犯してしまった事だったとしても、家族の墓前に挨拶するくらいのことはできるだろう。どちらにせよ、ケジメをつけることは出来る。辛いことかもしれない。だけどこれは、重吾がいつかやらなければならないことだとボクは思う」
君麻呂の癖に、随分と道徳的なことを言いやがる。重吾もハッとした表情で君麻呂の言葉を聞き入っている。本当にこいつも丸くなったもんだなーと私が内心感心していると、君麻呂は更に続けた。
「君にとっては忌むべき力でも、その力はボクや多由也を更に強くしてくれたし、何度も命を救ってくれた。その力は本当に素晴らしいものだ。ボクから言わせてもらえば、悪いのはその力に対応できない周りの雑魚どもだ。例え君がこの先その力で周囲の有象無象を傷つけたところで、本来君が気に病むのは筋違いというものだよ」
うん。こいつ、あんまり丸くなってねーな。せっかく何か大事なことを掴みそうな感じになっていた重吾が苦笑いを浮かべちゃってるじゃねぇか。
「いや、そうなのかもしれないな。オレが悩みすぎているというのは確かに有るんだろう。君麻呂のそういう力強い精神が羨ましいよ」
いや、それはねぇよ。重吾の悩みは至って普通に辛い悩みだよ。君麻呂の精神が全世界規模で見ても異常に図太すぎるだけだよ。
「重吾。そこの脳筋馬鹿の話を真に受けすぎるな。アホが移る」
「多由也!?」
重吾のメンタルケアも大事だが、それ以前として音隠れの里の道徳観自体が子どもにとって悪影響でしかないな。重吾より先に君麻呂の情操教育から考えないとダメだ。まあ、とはいえ今の君麻呂の価値観には多分に私の影響も入っている。主に私が発したその場限りの言い訳に近い発言の影響がだ。それのせいで君麻呂が今の発想に辿り着いているのかもしれないことを思うと、あんまり音隠れのせいばかりにもしてられないのが苦しいところだった。
そもそも音隠れの里の殺伐としすぎた道徳観は、残忍な忍社会の負の側面を煮詰めた結果こうなっているに過ぎない。音隠れはその側面が顕著過ぎるだけで、実力至上主義で自己至上主義な価値基準そのものは忍社会全体から見ても大して珍しいものでは無い。火の意志だとかのたまって、全体の繋がりと調和を至上とする木ノ葉の思想こそがこの世界ではむしろ「異常」なのだ。明日には無いかもしれない我が身のことを思えば、自分と関係の無い他人のことなんて一々慮っている余裕なぞ普通はない。だから実際、君麻呂の発言はいかれているようでいて、環境的には実に正しい。
大事なのは我が身だ。我が身を守ってくれる力があるのなら、それは素晴らしいことだ。多少暴走して他人を傷つけたとして、自分の命が無事なら、その程度なんだと言うのか。
この世界を生き抜く上では、この程度のいかれは常識の範疇である。独りで生き抜いていた頃の私だったら、君麻呂の考えにある程度賛同さえしただろう。だけど、やっぱりそれでは駄目なのだ。
「力はコントロールされるべきだ。ただ闇雲に振るわれる暴力と、統制され振るわれる武力は違う」
だから私は、二人に語る。扉間様が修業中事あるごとに口を酸っぱくして言っていたことを、然も自分の言葉のように。
「必要な命が自分一人分だけなら今のままでもいいだろう。だが、もしお前が誰かを守るために力を必要とするならば、振るう力は暴力であってはならない。その力が味方に牙をむく可能性があるなら尚更だ」
私の言葉を、君麻呂と重吾は目を丸くして聞き入っていた。目からウロコがジャラジャラこぼれ落ちている幻覚が見えるくらいに。
常識が違うと、こんな事でも言わなきゃ分からないもんなんだなぁ。ま、言われなくても理解しているつもりの私ですらことある毎に扉間様から言われるくらいなんだから、そりゃあそうとしか言い様がないんだけど。私は感慨に耽りながら2人の様子を見ていた。
「さすが多由也だ。そんな考え方があったなんて、思ってもみなかったよ」
君麻呂が興奮した面持ちで言う。はいはいさすたゆさすたゆ。君麻呂のその褒め言葉もいい加減こっちは聞き飽きてる。聞きかじりと受け売りで構成される私の話を褒められても私は恥ずかしいだけなので、常々やめて欲しいと思う。
今の私の台詞は私発祥の言葉ではなく、口うるさい私の師匠の言葉なのだ。口うるさいと思っている奴の口うるさい台詞を他人に披露してしまうなんて、これじゃ私まで口うるさいみたいじゃないか。弟子が師匠に影響されている。しかも嫌だと思っている方の影響を受けている。最悪だ。恥ずかしすぎて穴があったら入りたい。むしろ墓穴を掘って眠りたい。
「……死にたくなってきた」
「なんで!? 話の文脈が読めない!!」
「とにかく‼」
私は困惑する君麻呂を遮り、重吾に向かって語りかける。
「そのままでもいいなんていう甘えは捨てろ。今回が重吾の呪印の改善に繋がるにせよ繋がらないにせよ、その努力はするべきだろうよ。お前自身のためにな」
今回龍地洞で修行し成長したいのは私(とついでに君麻呂)であって重吾は案内役に過ぎない。だけど、せっかくのチャンスを不意にするのも勿体無い話だろう。重吾の力は仙術由来の力だ。ならば、重吾がそいつをうまく扱えたのなら、それが巡り巡って原作の終盤あたりでいい感じに役に立つこともあるだろう。そんなフワッとした打算から、私は重吾の力を鍛えることを推奨した。君麻呂の友達のことを想ってだとか、友達として心配してなんていう考えは微塵かこれっぽっちくらいしかない。本当なんというか、一々やることが生き汚いというかコスいというか、己の小狡さにげんなりしてくる。
「……フフ」
そんなことを思っていたから、重吾がこの場面で相好を崩したことに、私は意表を突かれた。
「……なんだよキメー顔しやがって。なんかおかしなことでも言ったか? ウチ」
「いや。そんなことは無いさ。ただ、優しいんだなと思っただけさ」
「は? 優しい? 誰が」
「多由也がさ」
「はぁ~?」
何言ってんだこの木偶の坊は。言うこと欠いて私がなんだって?
優しい? 卑劣の弟子と他称されてもそろそろおかしくないこの私が?
「頭湧いてんのかお前?」
卑劣の弟子がどうのとかいう先入観を取ってみたところで、「呪印の暴走が鬱陶しいからトラウマを掘り返してダメ元でなんとかしろ」とか無責任極まりない提案をする鬼畜が間違っても「優しい」なんていう概念に相当するとは思えない。なので私が努めて優しくオブラートに包んだ表現で重吾の正気を疑っていると
「そうとも。多由也は凄まじく優しいんだ」
と、君麻呂が自慢気に胸を張る。
何を言っとるんだ。このウスラトンカチは。
フリか? そんな素っ頓狂なことを口走るということは、この後確実に私から浴びせられるだろう罵詈雑言を期待したフリと見て間違いないか? 良いだろう。そんな挑発に乗らない私だと思うなよ? 私の優しくない暴言を嫌と言うほどプレゼントしてやんよ。
どんな言葉をもってボコボコにしてやろうかと私が思い悩み始めた時、「止まれ」という重吾の声がいきなり脳裏に響く。
反射的に、私は自分の最後の足音に耳を澄ます。足音の反響、周囲の自然音、ありとあらゆる音から周辺の地形と潜伏者の有無を把握する。
結果、今立っているこの場所が、何の変哲もない森の中であり、脅威になりうる外敵の気配も周囲には全く皆無であることを私は感知した。
「なんだ? 何かあるのか? もう目的地に着いたとは、とても思えないんだが?」
「ああ。そうだな。龍地洞に着くにはもう少し、ここらで
問いただす私に重吾は、なにやら引っ掛かる言い回しをした。
「距離と方向を⋯⋯? どういう意味だ?」
君麻呂が片眉を上げて訝しむ。重吾は目を閉じ、何かに集中する様子で座り込んだ。
「龍地洞は行こうと思って行ける場所じゃない。なにせ仙人の住まう土地だからな。真に力を求める者しか辿り着けない。なんて伝説もあるくらいだ。しかし実際、外から来るものが龍地洞にたどり着けるかどうかは結局、『
「『宗像三姫』?
絶妙に聞き覚えの無い単語に、私は思わず反応する。これが宗像三女神のことを指すなら、それは確か福岡県宗像市にある宗像大社の三宮に祀られている三柱の女神の事だったはずだ。確か名前は⋯⋯
「
──―そう。
⋯⋯九州旅行のメインは大分県の別府温泉郷だったから、三女神がそれぞれ祀られている
「三姫様は、美しい女性の姿をした仙人様だった。オレが里にいた頃、一度だけお目通り願ったことがある」
一度、ね。それに、そんな持って回ったような言い方をするってことは⋯⋯。
「そんな言い回しをするってことは、その仙人ってのは人間じゃないのか?」
「⋯⋯そうだな。オレ自身半信半疑ではあるが、オレの兄曰く、龍地洞に住まう仙人は、その全員が元は蛇だったという話だ。彼女たちの権能で、龍地洞は世俗から隠されている」
「成る程。だから探る必要がある、ということか」
「そうだ。龍地洞の里の者なら、それができる。だから、ここで少し待っていてくれ」
君麻呂の納得したような言葉に重吾は返答し、それっきり、重吾は集中して感覚を研ぎ澄ませるために黙り込んでしまう。
そんな重吾の様子を観察しながら、私は思考を走らせる。
兄、ね。図らずも、重吾の家族構成が飛び出してきた。そうか。重吾には兄がいたのか。唐突な新情報だ。
それに、蛇の仙人の『宗像三姫』。これもまた、私の
しかし、私の住む世界における日本神話の神様、宗像三女神と名前がほぼ同じ三人の仙人の話を聞くと、それでも考えさせられる。何か、私の知識で予測できることはあるんじゃないか? と。
だけど考えれば考えるほど、それは難しい話だった。日本神話の主役級ならすぐに思い出せるだけの知識量はあるつもりだが、流石に宗像三女神をすぐに思い出せと言われると難しい。祀られている神社に行ったことがあるとは言っても、やはり記憶は朧げだ。旅行の記憶を思い出そうとしても、今思い返すと杜撰だった旅行プランの言い訳しか思い出せない。
辺津宮は普通に陸続きですぐ行ける観光スポットだった。すぐ行けるとは言っても、福岡市から1時間半くらい電車で移動しなきゃいけない場所だったし、そこから大分の別府温泉郷に移動すると、更に2時間半以上の移動時間をかけることになる。「すぐ」というひと言でまとめるには、ちょっと個人差のある距離ではあった。宗像観光をメインに据えていない場合の旅行プランでは、目的地までの移動時間を鑑みて、そもそもあまり長居できるような場所ではなかった。
そう。結局のところ私の宗像観光は、福岡観光から大分の温泉観光への移動のついでに、ちょっと寄り道していくか程度のものだったのだ。そりゃあ記憶も曖昧なわけだ。
それに、確か三宮のうち中津宮は船で大島に渡らなきゃいけなかったし、沖津宮に至っては、神職以外立ち入り禁止の
懐かしい。懐かしすぎてもはや覚えてない領域の思い出になってしまっている。なんだっけ。確かあそこでは、神水守とかいうなんかガラス玉に水が入ってるお守りを3つ買ったんだっけ。三宮別に青、黄、赤の三色で売られてて、なんか3つ買ったらオシャレっぽいと思って買ったのだ。ご利益も由来も特に気にせず買ってた気がする。今思えば罰当たりも甚だしい。なんてことのない平和な記憶。
うん。駄目だ。流石に前世の記憶が役に立ちそうにない。せっかく聞き覚えがあるのに、全然有用そうな情報が出てこない。ただただ大学時代の親友と行った旅行を思い出して涙が出てくるだけだ。
辺津宮に祀られているのが三女神のうちどの女神だったのかすら曖昧ときている。まぁでも、この際女神がどうとかは、たぶん関係がないのだろう。
だって曖昧な記憶が確かなら、宗像三女神は、
⋯⋯アマテラスだのスサノオだのと聞くと、うちは一族を連想してしまうNARUTO脳の私がいるが、さすがに現時点において龍地洞とうちは一族に何か関係があるとは思えないし、偶然の一致で片付く事象なはずだ。考えても仕方がない。
⋯⋯並行世界仮説なんていうどこぞの蛞蝓の余計な戯言のせいで、どうしても前世との繋がりを意識してしまう今の私の現状は、最早呪いの類なんじゃないかとすら思えてくる。本当に余計なことをしてくれるよあのメスガキ。逐一私の心に小骨を引っ掛けてくる。骨なんかねぇくせに!
そんなことを考えているのが一応暇つぶしにはなったのか、気付くと、重吾は目を開いて立ち上がっていた。
「よし。だいたい分かった。行こう」
少し緊張気味な空気を含んだ重吾の言葉に、私と君麻呂は頷いて、再び重吾の先導のもと、龍地洞に向け歩を進め始めた。
そして、異変はすぐに周囲に広がり始めた。
「あ?」
霧が出た。突然に。
気付いたら、周囲にそれは広がっていた。ありえない! 目の前に霧が広がり始めそれに突っ込んだならともかく、既に霧の中にいるなんて。そして、刹那の前までそれに誰も気づいていないなんて! そんなことあり得るか?
「動揺してもいいが、逸れるな。そして、止まるな」
端的に、重吾が忠告する。
「霧が出てきた時点で、既に田心姫様の幻術領域に入っている。ここからは、オレの感覚だけが龍地洞への道標だ。オレから逸れたり、オレが脱落した時点で、ゲームオーバーだと思ってくれ」
ゴクリとツバを飲み込む。私と君麻呂の二人に、俄に緊張が走る。既に、試練は始まっている。
「龍地洞まで、ちなみに距離はあとどれくらいだ?」
「二里ほどだ」
「にっ!?」
君麻呂の驚愕の声が霧のなかに吸い込まれる。もちろん私も驚いている。残りの距離の長さに、
二里という距離は、km換算で言えばだいたい約8km。たしかに、単純に長い距離ではある。だが、驚くべきはそこじゃない。
「田心姫というのは、あくまでも仙人の弟子なんだよな? 実は白蛇仙人本人とか、白蛇仙人と同格の仙人だとか、そういうことではなく」
「もちろん。そんな都合のいい事実はないよ。田心姫様はあくまでも龍地洞に住む仙人の一人で、白蛇仙人様の弟子の一人に過ぎない」
故に、そもそも龍地洞の仙人たちに、対抗しようとか逆らおうとか、そんなことは夢にも思わないほうがいい。
重吾の台詞の締めに、君麻呂は深い息を吐く。額には脂汗が滲んでいる。白蛇仙人は大蛇丸様よりも格上である。その認識自体は君麻呂にも確かにあっただろう。大蛇丸様が仙人の修行をしようとして、途中で断念したという事実は、私が龍地洞の情報を君麻呂に教えた時点で共有している。だからこそ、今以上の実力が手に入るかもしれない場所として、私の説得に君麻呂は応じている。
だが、その認識すらまだ甘かったということを、君麻呂はようやく理解していた。事前に知らされているにも関わらず、
私自身、湿骨林を経験していなければ、脅威度の認識を甘めに見積もっていただろうことは想像に難くない。いくら仙人が私なんか足元にも及ばないであろう実力を誇っていたとしても、一瞬の判断さえ誤らなければ逃げるくらいはできるんじゃないかと思っていたに違いない。なりふり構わず穢土転生を使ってカガミさんなりトリフさんなりを呼べば、最悪飛雷神の術で戦線離脱するくらいはできるだろうと。そんな高を括っていたに違いない。
だけど、そんな都合のいい現実はここには存在しない。私達は仙人の領域に入った時点で、仙人の掌の上に乗せられている。そしてどんなに足掻いたところで私たち程度の若輩では、その指先にすら辿り着くことはできないのだ。扉間様が肝煎りの小隊のチームで挑んでやっと、封印状態の弱体化された仙人をやり込められるかどうか。そんなレベルの世界に私達は、保護者なしで足を突っ込んでいるのだ。
試練を課せられ、それに粛々と従い、仙人のお眼鏡に適えば、修行をつけてもらえる。かもしれない。
この目標が達成されれば、それがこの上ない最上であり、それ以上を求めてはならない。
そして、その試練を乗り越えることができなければ、どちらにせよ私達は死ぬのだろう。あのメスガキ蛞蝓を差し置いて、悪辣だなどと評価される仙人だ。試練に失敗した者が歩いて帰れるなんて、そんな期待はしないほうがいい。
最高条件は、最低条件。私達は失敗してはいけないし、成功以上を求めてもいけない。
だから、心しなければならない。これが本格的に命懸けの、一世一代の大勝負なのだと認識しなくてはならない。
龍地洞につくまでに、ありとあらゆる想定と準備を整え、決死の覚悟を固めなければ⋯⋯。
足を止めずに走り続けている私達の周囲には、濃い霧と共に切り立った崖がいくつも見えるようになる。地形が複雑になり、何もなくとも迷ってしまいそうだ。ここから8キロもの道のりが幻術による幻惑を伴うなら成る程。道に迷わず進むのは先ず不可能だろう。案内人である重吾の存在がなければ、私ならそもそも近づこうとすら思わない場所だ。本来の手順で龍地洞に挑む者にとっては、この道のりこそが第一の試練になるのだろう。改めて重吾の存在に感謝しながらも、私達はこの猶予を有効に使わなければならないのだと再認識する。
だが、それでも現実は常に非情である。
どんなに悲観的な覚悟を固めようと、やつらは悠々とその下を潜り抜けてくる。
這って迫って、足元に巻きついてくる。
蛇のように。
私と君麻呂が覚悟を固め、重吾が十分に注意を働かせていた。
私達はもっともっと、極限まで注意を払うべきだったのだ。
仙人の幻術領域に入っている時点で、
「は?」
目の前の背中を追っていた。一瞬たりとも視線を外すことはなかった。刹那のまばたきの間も、音を常に意識していた。体のすべての感覚は、重吾の背中に注がれていた。
一瞬で。
「ありえない! 五感だけじゃない! 血龍眼の磁力感知からもすり抜けるなんて!」
ザッ⋯! と、土煙を上げながら私と君麻呂は急停止する。視覚、聴覚、そして磁力感知の第六感。そのすべてを潜り抜けて、はぐれまいとしていた重吾は姿を消した。間違いなく幻術の類を受けている。瞬間、私は首筋の呪印の痣を広げていく。体内のチャクラを乱し、幻術返しを試みる。
だけど、周囲の景色は全く変化しない。日差しを遮る木々と、迷路のように複雑な道を作り上げる崖の壁と、それら全てを覆い隠す濃霧が、何も変わらずにそこにあるだけだ。霧に入ってから20分は走ったろうか。その20分の間、景色は微塵も変化していない。つまり、ここから幻惑され、迷走させられた場合、私達に出口や入り口を探る手段は皆無という訳だ。仮に崖を登って高所に出たとして、この状況が改善されるとも考えにくい。
敵の姿も見えず、頼りの味方とはあっという間に引き離される。幻術にかかっていることは状況的に明らかなのに、それにかけられている認識すら感じ取ることができない。
「⋯⋯次元が違うとは、こういうことを言うのかな」
私の対処を見て真似したらしく、顔まで呪印の痣を広げた君麻呂が呟く。当然のように、幻術返しなんて、成功しているわけもない。
「試練⋯⋯。て、ことなんだろうな。
案内人がいるのだから、龍地洞にたどり着くくらいのことはできるだろう。そんな甘い考えを、真っ先に潰された。ここから私達は案内人なしで、辿り着くべき場所に辿り着かなければならない。
「なら、やってやろう。多由也。『真に力を求める者だけが辿り着ける』んだろう? たとえ案内人の重吾がいなくとも、ボク達が辿り着けない道理はない」
「⋯⋯そうだな。それに、重吾一人なら、きっと龍地洞にはたどり着いてるだろう。でなけりゃ案内人だけを逸れさせるなんてことしないからな。ウチらが龍地洞にたどり着きさえすりゃ、後は当初の予定通りだ」
こういうとき、真っ先に前向きな発言を素で投げかけてくれる君麻呂の存在はありがたい。おかげで、私の悲観的な思考回路も、少しは前向きに傾けることができる。
後悔が先に立たないなら、最早前進して振り払う他に道はないのだ。
「──うん。よし。行くか。君麻呂」
「ああ! 行こう! 多由也!」
決意は固まった。
あとは、結果を出すだけだ。
私達は一歩を踏み出して。
「
目の前に建つ豪奢な建物の放つ光に、私達は目を眩ませた。
さっきまで霧と崖と木しかなかった目前の景色に、いきなり豪奢な建物が混ざっている。混ざっているどころか、堂々とそこに建っている。崖の穴に埋め込まれるかたちで、巨大な木造建築と扉が立ちはだかり、そして大きな門扉の上には、金の装飾がギラギラと施された看板がデカデカとその建物の名前を主張していた。
『龍地洞』
目的地が唐突に目の前に出現しやがった。うん。まったく意味が分からない。
いよいよもって、私は自分の正気を真剣に疑ったほうがよさそうだった。
先ほどから起こる現象の何もかもがいきなり過ぎる。思考が追いつく暇が全く与えられない。
思わず口が半開きになる。半開きのまま、建物とともにいきなり現れた、入口階段前に立つ女を見上げる。
妙齢の女。白衣と緋袴の巫女装束に、頭には金属製の天冠を被っている。見た目だけなら、天女とか日本神話の女神とか、そんな感じの雰囲気を纏った美しい女性であった。
「
女が名乗る。ちょうどついさっき、話に聞いたばかりの三人のうち一人の名前を。
龍地洞の仙人。白蛇仙人の弟子。重吾曰く、『宗像三姫』とやらの一人。
田心姫。
「この龍地洞で修行する仙人です。貴方達は久しぶりのお客様。どうぞこちらへ。歓迎いたします」
ギギギィ⋯⋯、と。巨大な門扉が軋みながら開いていく。金銀財宝が埋め込まれた豪奢な内装が目に飛び込むとともに、フワリと、空腹を刺激する美味しそうな匂いが鼻を突く。満漢全席もかくやというほどの豪華料理の山が、長いテーブルの端から端まで積み上げられている。
「こんな辺鄙な土地までいらっしゃったのです。さぞお疲れでしょう。まずはこちらでお寛ぎください」
田心姫と名乗る女は、建物の中を指し示し、私たちを誘おうとする。しかし、私と君麻呂はその場から一歩たりとも動かなかった。
「おや。どうされました? お二人とも。貴方達は龍地洞へ力を求めていらっしゃったのではないのですか?」
女が小首をかしげながら尋ねる。私と君麻呂は無言で目を合わせ、何と返答したものか考える。相手は仙人だ。下手なことを言って機嫌を損ねるのは、あまりよろしい選択肢とは言えない。
そのためかなりおっかなびっくりな気持ちになりながらも、君麻呂がおずおずと口を開いた。
「仙人様。謹んでオブラートに包んだ表現で第一印象を発言させていただいてもよろしいでしょうか」
「はい。何でしょう?」
「
女が押し黙った。お、これは発言チャンスか? 私は続いて口を開く。うっかり敬語を怠り目上の女性に失礼な暴言を吐かないように努めて注意しながらである。
「嘘の匂いで鼻が曲がりそうですね。そのクソみてぇな演技と、趣味の悪い外装と品のない匂いを撒き散らす幻術を解いてから出直してきてもらっていいですか?」
「⋯⋯これだから下界のどぐされ野蛮人どもは」
ボソリと、仙女様は優美な笑顔のまま聞こえるか聞こえないかの音量で呟いた。おいおいその小声、私の耳には十全に届いてるが大丈夫か?
「まあまあなんということでしょう。悲しいですわ。私、純粋な善意で申し出ておりますのに」
おやまぁ。まだ続ける気らしい。仙女様が笑顔を貼り付けたまま演技を続けようとする様子に、私は少し迷う。てっきり嘘がバレたら合格系の試練だと思ってたのに。終わらないのか。なんか間違ってたか? それとも目の前の仙女の往生際が悪いのか? 私が不思議に思っている間にも、仙女の話は続く。
「何を根拠に幻術だなんておっしゃるのですか? 貴方達は幻術返しを先ほどから常に維持しておりますね? ならば、目の前のこれが幻術ではないことなど明らかではありませんか」
確かに仙女の言う通り、私と君麻呂はさっきから常に状態1のチャクラ暴走状態を維持している。しかしそんなもの、重吾と逸れたその時から全く効果が無かったことは証明済みだ。目の前の龍地洞が幻術ではないことを肯定する材料にはならない。
「レベルの違う幻術は、ウチらの状態1程度のチャクラなんざ簡単にコントロールしちまう。業腹だがな。現実は現実。受け止めなきゃなんねー」
「だからこそ、ボクたちは目の前の五感が示す情報なんかよりも、余程信用度の高い情報から現実を判断する」
「へぇ。信用度の高い。それは一体?」
仙女の目が薄く開き、蛇の如き切れ長の瞳孔を覗かせる。声色も、優しさの中に冷たさを潜ませている。ヤロー、やっと本性らしきものを見せてきやがった。僅かに冷却される空気。だが、そんなものに臆しているようでは、試練なんてやつを乗り越えることなどできないだろう。だから、私と君麻呂は即答するのだ。
「「重吾はどこにいる?」」と。
「龍地洞の場所を知悉していて、かつ、そこへ確実にたどり着く手段を有していた龍地洞の住人である重吾。
故に、ここは龍地洞ではない。当然の帰結だろう?
私が首を傾げ、肩をすくめて返答を待つ。
仙女は顔を伏せ、体を細かく震わせた。さて、仙女とやらは、この後どのように出てくるのか⋯⋯。
「クク⋯⋯」
声が漏れる。底冷えするような声の、凄惨な笑い声が。
「クハ! アハハ! ちょっ! タンマ! ムリ! 笑いが止まらない!」
いや、というか、普通に爆笑し始めたんだがこの女⋯⋯。
「お、大蛇丸ちゃんの部下だって聞いてたから、どんなひねくれクズがやってくるのかと思ってたら! あっは! 重吾くんを信じてるから、ここが龍地洞じゃないと確信するとか! ひー! 純粋かよ!」
待て。事実を突きつけるな。恥ずかしくなってくるだろうが。
「何がおかしい。初対面の明らかに怪しい女と親友ならば、親友の行動に信を置く。何もおかしくなどないだろう」
おい。君麻呂も突っかかるな。純朴少年が純朴なこと言っても、目の前の女のツボに更に突き刺さるだけだぞ。心の中で思わずツッコミを入れるが、口に出すのも何か違う気がするので、黙らざるを得ない。
「ひっひー! そう! そのとおりだねぇ! まったく賢いよ少年は! あはは! ここが龍地洞であるかどうかはさておくとしても、重吾くんが私たちに迷わされているとか、私たちに捕まっているとか、そんな可能性を毛ほども疑わない信頼だもんねぇ! 理屈ではない信頼が、よりにもよって大蛇丸ちゃんの部下達の間で芽生えてるなんて! お、お、面白すぎる! ヤベ。笑い死ぬ」
くっそ。このゲラ仙女。好き勝手馬鹿にしてくるじゃねぇか。うっかりクナイを投げつけたくなるが、必死にこらえる。今後何が起こるか分からない以上は、無駄な消耗は抑えたほうが良いだろう。
「はぁーあ。面白かった。だけど、理屈は通っていなくとも、筋の通った理由ではある。ふふ。どうやらこんな子供騙しでは、きみたちは騙されてくれないようね」
目尻に浮かんだ涙を拭いながら、田心姫はバチンと指を鳴らす。瞬間、豪奢な建物は消え失せ、朽ちた木製の小堂が現れる。掠れた看板に読めるか読めないかの文字で『龍地洞』の文字が刻まれている。
「改めましてようこそ龍地洞へ。と言っても、ここはあくまでも入り口に過ぎないけれどね。ついてらっしゃい。重吾くんはこの奥にいるわ」
ギィ⋯。と、建付けの悪い内開きの扉を開き、その奥に続く洞窟の中を、田心姫はスタスタと歩いていく。豪華な装飾も絢爛な料理もない。オンボロの洞窟道。私と君麻呂は目を見合わせ、今度こそ、仙女の後に続いて歩を進め始めた。
「──そうだ。ここから先、結構道のりが長いから、今のうちに栄養を取ることをお勧めするわ。御馳走とまでは行かないけど、お饅頭くらいならあげられるけど。食べる?」
田心姫を名乗る仙女は、すいっと、片手に皿を掲げ、そのうえに乗った肉饅頭を見せてくる。私と君麻呂はそれを横目で見て、揃って首を振った。
「素性のはっきりしない者から供される食事には口をつけない。忍の常識ですよ。仙女様」
「なぁんだ。残念」
ぽいっと、田心姫は皿ごと肉まんを地面に放り投げる。グチャッと音を立てて落ちたソレは、毒々しい色の泥にかわり、嫌な臭いの湯気を上げてグズグズに崩れ去った。あんなモノを万が一にでも食べていたら、腹が壊れるどころの話ではなかっただろう。この女。本当に油断も隙もない。一から十まで嘘まみれだ。
この分だと、奥に重吾がいるという発言自体、信じていいか微妙なラインだ。
「元々ここの住人だった重吾くんといい、貴方達といい、今日のお客様たちは尽く安い誘惑には引っ掛かってくれないわね。失敗したなぁ」
歩を止めることなく、軽いため息と共に呟く田心姫に、私は気になって質問する。
「ちなみに、今とかさっきの時に、誘いに乗ってご馳走の御相伴に与っていた場合、ウチらはどうなってたんです?」
「今さっきご覧になった通りよ。毒で動けなくして、そのまま私に丸呑みにされていたでしょうね。それが私の担当する試練の結末。まぁ、みぃんなあっと言う間に乗り越えてくれちゃったけれどね」
田心姫は何ということもない様子で返答する。
「そういう決まり事なのよ。私たち姉妹の試練に失敗した挑戦者たちは、私たちが食べてもいいってルール。残念だわ。私、貴方達みたいな活きのいいチャクラの子達が大好物なのに」
シュルリと、長い舌を這わせながら、田心姫が切れ長の瞳孔をこちらに向ける。成る程。彼女は人間ではない。正真正銘、蛇の怪物なのだろう。人すらも丸呑みにする、大蛇の住む秘境の魑魅魍魎なのだろう。
「人を食うなんて話を聞くと、仙人というよりは妖怪ですね。さすがの仙人様といっても、霞だけでは生きていけませんか」
「大蛇丸ちゃんの部下らしい挑発的な口調だねぇ君は。えーっと、誰ちゃんだっけ?」
「⋯⋯多由也です」
「そうそう。多由也ちゃん。まぁその挑発にあえて乗らせてもらうならば、まったくその通りと答えておきましょう。私達姉妹は白蛇仙人様と違ってまだまだ修行中の仙人だから、霞を食べるだけでは活動できない」
チャクラはしっかり補充しないと、力が十全に発揮できないのよ。仙人としてはね。
田心姫は特にそれを気に留めている様子もなく、気安く話す。
「だから私たちは、チャクラを外から手に入れる必要がある。そこに自然エネルギーを掛け合わせて、初めて仙人としての力を振るっているってワケ。お分かり?」
お分かりだ。お分かりだが、同時にそれは、なんだか良くない展開を助長する伏線のような気がしてならない。
「⋯⋯つまり、貴方達が未熟な仙人であるが故に、貴方達は隙あらば私たちのようなチャクラを持つ挑戦者を食べてしまいたいと思っている?」
「うん。その通り。よく理解してるじゃない」
あっけらかんと雑談のノリのまま首肯しながら、田心姫はさらに付け加えた。
「次に君たちが試練を受けることになる
「⋯⋯はっ! そりゃあご親切なご忠告ですこと。ありがたく受け取っておきますよ」
「ええ。本当に心配。昔、めちゃくちゃ有望な挑戦者相手にやりすぎて、「もう殺してくれ」と言わせた末に喜んで丸呑みにしていた姿を見ているものだから。今回って、そのときのパターンと状況が似てるのよね」
このクソアマ、際限なく不安を煽りやがって。応援に見せかけて実は足を引っ張っているのか? 有り得るな。コイツに応援されるいわれもないし、次の市杵島姫とやらの試練で私達を殺し、あわよくばそのお零れに預かろうなんて思っている可能性もある。
「疑うわねー。疑心暗鬼が顔に出てるわよ二人とも。まぁ、私は嘘と誘惑を試練にしているから仕方ないか。ふふ。貴方達二人が子どもでなければ、もう少し誘惑に振り切った試練を提供できたのだけれどね。なんて、そんなことは後の祭りか。でも心配してるのは本当よ? アナタたちの純粋さは、私好きだもの」
思わず食べちゃいたくなるくらいにはね。二又の舌をちらつかせながら、田心姫はいやらしく笑う。卑しくも、食欲をちらつかせる。
本当に、仙人のイメージと合っているのは姿形だけ、といった印象だ。こりゃ本人の言う通り二人目三人目の仙人も、およそ仙人らしくもない、妖怪変化の類いなのだろう。
そんなことを考えこの後起こるであろう面倒に辟易としていると、洞窟の道の先に、石の扉が現れた。
「この扉の奥が、市杵島姫の領域よ」
そう言って、田心姫は特に間を置くこともなく、ヒョイと右手を振り払う動作をする。すると重そうな石の扉は、ズズズ⋯⋯、と重たい音を立てながら、洞窟の天井に吸い込まれるように上へ動き開いていく。シャッターのような開き方をする石の扉を見ながら、私は警戒心を強める。
「あの扉、閉じ込められたらウチらで開けられると思うか?」
「石の材質にもよるが、開けるという行為よりは、壊すという手段への挑戦の方がまだ現実的じゃないかな」
君麻呂と私が退路の確認を行うと、その会話を聞きながら、田心姫はまたクツクツと笑う。
「大蛇丸ちゃんの部下らしい警戒心の高さ。いや、逆かな? 大蛇丸ちゃんの部下にしては、警戒心が高すぎると言った方が正しいのかしらね。力に溺れ、力に驕る者には慢心がつきものなのに、ソレがない。本当に子どもらしくないわねぇ」
君麻呂はともかくとして、私単体の話をしているとしたら、それは大正解だ。扉間様曰く「精神が身体に引っ張られている」と評価を下されている私ではあるが、それでも精神年齢だけで言えば、とっくに成人済みの大人である。子供騙しに騙されるつもりも、力に驕るつもりも全くない。
そんな私と共に過ごし価値観を共にしているからだろうか、最近は君麻呂も、以前よりも敵を過小評価するクセは無くなってきている様に思う。いや、そもそもここ最近、過小評価できるような敵と戦っていないというのもあるのかもしれないけれど。どちらにせよ、幾度の死線を潜り抜けて、文字通り生死の境を何度も彷徨い続けた君麻呂の価値基準も、最早単なる子どものソレとはかけ離れているだろう。
とはいえ、今の言動から少し違和感を覚えた私は、最後に一つ確認をしておくことにする。
「ガキ扱いはやめてください。ウチらをそんじょそこらのガキと同じ目線で扱ってたら、いくら仙女様といえど痛い目を見るかもしれませんよ?」
「へぇ? ガキが大言壮語を放つじゃないの。まぁ、そっちの方がよっぽどらしいけれどね? 大蛇丸ちゃんの部下としては」
やはりそうだ。この言動。目の前の仙女、田心姫は、私が年齢詐称の異世界転生者であるという事実に気付いていない。気付いていないふりをしているのかとも思ったが、ことここに及んでそれをおくびにも出さないのは流石に会話の流れとしておかしい。
蛞蝓仙人は、私が異世界人であることを周知の事実として扱っていた。扉間様曰く、読心と過去視の権能を持つらしい蛞蝓の仙人からすれば私の隠し事など隠し事のうちにも入らないとかなんとか。だから同格の白蛇仙人を相手にした時、こちらの身の上を相手は見抜いてくるかもしれない。故に会話には細心の注意をしろと、扉間様は私に忠告していた。
ひるがえって、目の前の仙女。彼女は今のところ、読心ができる素振りも、こちらの過去を覗くような素振りも見せていない。それがまだ仙人としてのキャリアが未熟であるからなのか単に権能の違いからなのかは分からない。だが、そもそも会話の始めに彼女は
もちろん相手は未熟と言っても仙人だ。仙人モードの特徴として挙げられるような、人の敵意や悪意を感じ取るような感覚というのは備えているのだろう。蛇の仙人なのだから、ピット器官や脱皮による再生能力なんかも備えているのかもしれない。油断できるような相手ではない事は前提として、それでも、蛞蝓仙人にはあったような万能感が、目の前の仙女からは感じられない。目の前の敵は圧倒的な強者ではあっても、けっして万能ではない。
この事実は何かに活用できるだろうか。そんなことを考える。
今後、龍地洞の試練とやらを乗り越えるのに、少しは役に立つ思考だといいのだが⋯⋯。そんなことを思いながら扉をくぐったせいだろう。反応が遅れた。
「重吾!?」
横から聞こえる君麻呂の声を聞いて、私はやっと、目の前に地面に、重吾が転がっていることを認識した。
仰向けに真っ直ぐ寝かせられているせいで、そういう置物かなんかかと思って一瞬気が付かなかった。肌が土気色になっていて周りの薄暗い洞窟の地面と同化していたのもその認識を助長していたし、何より──
──息、してなくないか? アイツ。
君麻呂が先に気付いたため、多少出遅れる形ではあったが、私と君麻呂は殆ど同時に重吾へと駆け寄ろうとする。
「いらっしゃい。わっちの試練へようこそ。力を求める者たちよ」
髪の毛を両サイドにお団子にして丸めている、田心姫と同じような格好の女。
行動を阻まれ二の足を踏み、焦れったい気持ちを抱きながらも、頭は冷静に思考する。思考しなければ、次の瞬間には命がないと、本能が察する。
成る程。つまりコイツが──
「どけっ!!」
君麻呂が怒号とともに右腕から骨を伸ばし、目の前の女に突き立てる。グサリと骨の刃は、的確に女の腹に突き立った。
だが、それだけだった。君麻呂の腕も、骨も、そして身体も、そこで動きが止まる。
突き刺したはずの女に、抑え込まれている。
「無駄。わっちを殺しても重吾くんは生き返らない。ていうか、そもそも死んでない」
端的に、女が言う。その言葉で、君麻呂は漸く、力を緩め、息を吐いた。
「⋯⋯どういうことだ。今の重吾からは、血の巡りを感じないぞ」
成る程。君麻呂は血龍眼の血流感知から、重吾の現状を悟って激昂したのか。無理もない。心音も息遣いも聞こえない。私の耳からの情報も、重吾が死人だとしか認識できない。もし目の前でああなっているのが君麻呂だったら、私も激昂して仙女に襲い掛かっていたかもしれない。
関係値の違い。昔から重吾と親友だった君麻呂と、つい最近友達として名乗りを上げただけの私との関係の差が、行動と心境に差異をもたらしている。
だから、端的な言葉で静止された今の現状においても、いまだ冷静なのは私の方だ。
「死んでいない、てことはないでしょう。心音も、息もない。あれで死んでないと言われても、ウチらは納得できない」
「死んでないほうが、あんたらにとっては都合がいいだろうに。疑り深いねー」
女はため息をついて面倒臭そうに頭を掻く。
「ま、無理もないか。田心姫の試練の後だしねー。嘘まみれのアイツに遭った後じゃあ、そら警戒心も弥増すもんだ」
ウンウンと。一人で納得し頷きながら、女はフワリと浮き上がる。君麻呂の骨を、すり抜けながら。当然のように、無傷の腹を晒しながら。
「わっちは市杵島姫。安心しなよ。わっちはそこの嘘つきおばさんと違って、正直者よ。わっちは嘘が嫌い。だから、本当のことだけを口にする」
ふわりふわりと、重力なんて存在しないかのように洞窟内を漂いながら、市杵島姫は言葉を紡ぐ。私の背後から若干禍々しいチャクラを漏らしている田心姫の気配を感じるが、流石にこちらから話を振る気にはならない。
「重吾くんは石になっているだけ。試練がちゃんと終われば、問題なく元に戻る」
「石に? 何故だ?」
君麻呂が疑問の声を上げる。それはそうだ。石と聞いて妙木山の仙人修行を思い出す私とは違って、君麻呂からしてみれば意味がわからないだろう。とはいえ、重吾が石化した原因ははともかく、現状重吾が石になっている理由に関しては、妙木山を思い出そうともさっぱり分からないのは私も同じなのだが。
「まぁ、試練の一環だよ。説明は面倒だな。こっちもこう何人も次から次へと挑戦者にやってこられると、試練の内容を一々考えなきゃならないからね。それを挑戦者ごとに一から十まで説明するのは骨が折れるんだよ」
いくらグニャグニャ身体が曲がると言っても、蛇にも骨はあるもんでねー。と、いらないことを嘯きながら、市杵島姫は重吾の側に立つ。
「うん。決めた。試練を使いまわそう。そっちの方が話が早そうだ」
そして、そのまま仙女は、その場であぐらをかいて座り込む。
「えーっと、あんたたち、名前、何だっけ?」
「君麻呂」
「⋯⋯多由也」
また、仙女が名前を訊いてくる。市杵島姫にも、人の思考を読むような能力は無いらしい。戦力分析を続けながら、私は君麻呂の後に続いて名を名乗った。
「うん。ありがとう。じゃあ君麻呂、多由也。あんたたちに試練の達成条件と失敗条件を伝えるよ。試練をあんたたちが乗り越えれば、重吾くんはちゃんと戻ってくる。いい?」
「ああ。構わない」
「⋯⋯そうだな。教えてくれ」
試練の内容を伝えるのではなく、達成条件と失敗条件を伝える? なんだか違和感を覚える言い回しだが、ここで疑義を呈しても、大して情報が増えるとも思えない。少し逡巡したが、私も君麻呂に続いて首肯する。
「いいね。即決即断は成功者の秘訣だ。そんなヤツが散々迷走した末に、弱りきってどうしようも無くなったときのチャクラを丸呑みにするのが、わっちの好みだ。あんたたちにも、是非そうなってくれることを期待する」
市杵島姫は、こちらの不安を煽るような食嗜好をカミングアウトしながら、達成条件と失敗条件とやらを口にする
「試練の挑戦者は三人。重吾くんには舞台装置になってもらうから、試練を乗り越えるのは君麻呂と多由也の役目だ。あんたたち二人が試練を乗り越えなければ重吾くんは二度と帰ってこれない。そしてあんたたちが試練を乗り越えれば、自動的に、重吾くんは己に課された試練を乗り越えることができる。できなきゃ共倒れだ。それを踏まえた上で、よーく心に留めておいて。君たちの試練の達成条件は、『重吾くんのトラウマの原因を取り除き、排除すること』。失敗条件は、『あんたたち二人の心が折れること。または、心が喪失すること』」
分かった? 条件の説明を終えた市杵島姫が確認する。が、素直に頷くことはできない。
日本語は分かる、だが、内容はさっぱり分からない。何故今この場で重吾のトラウマの話が出てくる? 確かにここは重吾のトラウマの原因があったとされる龍地洞だが、そのトラウマは、言っちゃあ何だが、すでに終わったことだろう。乗り越えることはできるかもしれないけれど、その原因を取り除き、排除するなんて今さらできるもんなのか?
それとも、何かあるのだろうか。重吾や私たちが知らない隠された秘密が、重吾のトラウマの陰にはやはり潜んでいたのだろうか。
「まぁ、今は別に分かんなくてもいいや。分からないままでいいから取り敢えず、条件は覚えた? 覚えたんなら、試練を始めるけれど」
市杵島姫が急かしてくる。もうちょっと考えさせてほしいけれど、今考えてもこれ以上の情報は、やはり望めやしないだろう。試練を実際に体験してから考える。こっちの方が、攻略手順としては正攻法な気がする。
「ああ。よく分からないが、重吾のトラウマを解消すればいいんだろう? それなら、そんな願ったりな試練はない。今すぐにでも始めてくれ」
君麻呂が話を進める。コイツは何時でも真っ直ぐだ。自分の欲望に忠実で、折れず曲がらず、前向きにしか進まない。
そうなると、私のやることは一つに集約される。コイツの真っ直ぐな道のりをコントロールして、上手く進めるように誘導する。行き止まりを避け、笛を鳴らして行進し、進むべきルートを違えないこと。それが、私の役割だ。
全くほとほと、世話が焼ける。
「多由也は? ちゃんと条件は覚えられた? 始めても大丈夫? 嫌って言っても、わっちは構わず始めちゃうけど」
市杵島姫の言葉を聞くに、彼女はやるかやらないかではなく、単に覚悟の程を問うているだけのようだ。そして、そんな確認ならば、やはり私には必要がない。
考える時間は欲しくても、結論は最初から一つだけなのだから。
「言うわけねーだろ舐めてンじゃねー。すぐにでも始めればいいさ。テメーのくだらねー試練なんざ、瞬殺で終わらせてやる」
せいぜい虚勢を張って、顔に嫌味な笑みを張り付けながら、私は宣言する。それを聞いて君麻呂も、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
やる気も気合も、十分だ。ならばあとは、クソかったるい試練とやらを乗り越えるだけである。
「瞬殺は、無理じゃないかな。わっちの試練が瞬殺で終わった挑戦者なんて見たことないし」
市杵島姫は、なにやら右手で印を結びながら、左手を重吾の頭に添えた。
──何をする気だ? あの女。
「特に今わっちが思いついた試練って、割とわっち史上、過去最高難易度になりそうだから。あんたたちが心配すべきことは、試練を瞬殺できるかどうかじゃないよ」
あんたたちが心配すべきなのは、
そんな仙女の最後通帳が聞こえたかと思うと、私と君麻呂に異変が生じる。
身体がぐにゃりとねじ曲がったような感覚とともに、ふわりと、足が浮き上がる。そして、二人の身体が、
「う⋯⋯わ⋯⋯!?」
私が思わず悲鳴をあげる間もなく、私たちの身体は、文字通り。
重吾の頭の中に、吸い込まれていった。
「──────ゆや! 多由也!」
ユサユサと、身体が揺さぶられる。聞き馴染みのあるような。しかし、それにしてはやけに音程が高いような。そんな違和感のある声とともに、私は目を覚ます。
そして、私は目の前に映る、心配そうな表情で私に覆いかぶさっている顔を見て──
「うわっ! 可愛いっ!」
一瞬で飛び起きた。あまりに衝撃的すぎて、飛び起きた拍子にうっかりおでことおでこをぶつけてしまう。痛みで一瞬正気に戻り、慌てて身体を捻って相手を避けながら起き上がり、冷静な頭で周囲の状況を把握しようとして、目の前でおでこを押さえている白髪の少年を見て、
「やっぱり可愛い! 何だお前!? 何でそんな可愛いんだお前!!??」
二度見しても襲ってきた衝撃的な光景に、頭が再度混乱する。
君麻呂だった。君麻呂なはずだった。
白髪、目のまわりの隈、眉毛の上の引眉。白色の着物。要素のどれをとってもそれは君麻呂のはずだ。ただ致命的に一つだけ。圧倒的に、目の前のそれは
より正確には、
「いてて⋯⋯。いや、それはこっちのセリフでもあるよ。多由也。なんでそんなに可愛らしい姿になってしまってるんだい?」
言われて、私はようやく自身の身体に起こっている異変に気付く。見下ろした先にある身体の等身。手と足の大きさ。それはどれをとっても、今の私とはかけ離れたものだったのだ。何より服装が違う。
私が頭に手をやると、そこには本来あって然るべきはずの額当てが無かった。赤褐色の髪が、そのまま外に露出している。予想通りに。
そう。この服装ならば、そうだろう。頭に額当てなんてあるはずが無い。今私が着ている着物は、音隠れの忍としての着物ではなかった。この着物は、
「身体が縮んだ、どころの話じゃねぇな。こりゃあ」
「そうだね。服装までもが変わっていて、しかもそれが、恐らくそのまんま当時のものみたいなんだ」
これは、ボクが七歳の時に着ていた着物だ。
君麻呂の言葉に私は頷く。
成る程七歳。小学校就学児位の歳の君麻呂か。そりゃあ通りで、反則級に可愛いわけだ。
「察するに多由也。今の君の身体と服は、六歳の時のものなんじゃないか?」
どうやら目の前の衝撃的な光景に気を取られすぎて頭が回っていない私と違い、君麻呂はある程度冷静に頭を働かせ、現状を把握しつつあるらしい。
おかしいな。その役目は、私のもののはずでは?
「そして、この場所だ」
君麻呂は周囲を見回しながら言う。そう。ここは龍地洞の洞窟だ。だが、そこにあるのは洞窟だけではなかった。
ここは洞窟の出口だった。青空と日差しが洞窟の中に差し込んでいて、その外には、何やら集落らしきものが見えていた。そしてその集落には、オレンジ髪の人々がチラホラと暮らしている姿が見える。
「龍地洞の隠れ里。重吾の一族がかつて暮らしていた、今は亡き廃村。それが、アレなんじゃないかとボクは思うわけなんだが、キミはどう思う? 多由也」
君麻呂の推測を聞いて、私は再度洞穴の外を観察する。確かに。言われてみれば、重吾の血縁っぽい特徴がそこかしこにある人々の姿がそこにはあった。
「成る程。一理あるな。しかしだとすれば、ウチらの今の姿といい、滅んだはずの里の存在と言い、認めたくない現実を一個認めなきゃいけなくなりそうだな」
「ウン。まぁ、そうだね。もしこれが幻術じゃないとするなら、ボク達は──」
──タイムスリップをしていることになる。
君麻呂の言葉に、私は思わず首筋を触る。背筋を嫌な汗か伝う。
タイムスリップをしている。それが嘘か真かは、この際どうでもいい。常識的に考えれば、仙人がまたぞろ私達に幻術をかけたと見るのがまだ確度の高い可能性だ。
問題は、これがマジモンのそれだろうが幻術の類いだろうが、一見マジで、タイムスリップをしたのと変わらない現状を、私たちが抱えてしまっているということにある。
しかもここが一番厄介なところなのだが、そのタイムスリップの形式が、よりにもよって
「そう。だからつまり、今のボクには、呪印や血龍眼の類が使えなくなっている」
試練を行う上で、これはおそらく、とんでもないハンデになるに違いない。
緊張を含みつつも、あくまで冷静な声色で語る君麻呂が、それでも平静を保っていられるのは、君麻呂の一番の武器である屍骨脈の技はまだそれでも使えるであろうという目算があってのことだろう。
対して私は、絶望していた。失ったものの大きさがあまりにもでかすぎて、冷静になればなるほどお先が真っ暗になっていた。
魔笛の術は、そりゃあ使えるだろう。笛はある。六歳のころでも、私は自前の笛を常に着物の中に入れていたし、仮に無かったとしても、現在使用しているそれと同じように、君麻呂に作ってもらえばいいだけだからだ。六歳当時の自分では吹けなかったであろう楽曲の知識も、今の私にはある。当時の姿ではあっても、知識面だけなら、当時と全く同じなんてことにはならない。
しかし、そんな数々の楽曲を吹けるだけのチャクラ量が、六歳当時の身体には全くと言っていいほど足りていなかったし、その足りないチャクラ量にブーストをかけれる呪印が、君麻呂と同様今の私には無いことになる。そして何よりそれより一番大変なのは、そう。
そりゃそうだ。だって、六歳の私は、現在結んでいるありとあらゆる口寄せ契約を、まだ結んでいない私なんだもの。使えるわけがないし、使えるようにできるわけもない。扉間様やその他のDNAマップなんて、六歳の私が持っているわけがない。
ああ。なるほど。そういうことか。
何がなんだかわからなかった市杵島姫の語った試練のルールを漸く十全に理解できた。この試練の達成条件は、『重吾のトラウマの原因を取り除き、排除すること』。確かにこの現状からなら、それは叶うのだろう。だっておそらくこの状況なら、まだ重吾の身には、トラウマが降りかかっていないことになるんだから。ここから重吾のトラウマの原因を取り除くことは、確かに可能だろう。そして失敗条件は『二人の心が折れること、または喪失すること』。なるほど私の心はすでに折れそうだ。冷静に考えれば考えるほど、瞬殺されそうになるのは現状の私であり、私の心の方であった。
そして──。
「ようやく見つけた! お前たち。こんなところで何してるんだ?」
洞窟の外から私達に話しかける見覚えのある人物に、私と君麻呂は、警戒もなく、されど緊張を持って目線を向ける。
オレンジ髪のツンツン頭。そして、私だけは、原作でその姿を垣間見たことのある、幼い少年の姿。
七歳の姿をした重吾が、そこに立っていた。
『舞台装置になってもらう』。市杵島姫は確かにそう言っていた。では、舞台装置とは一体何を意味するのか。
今の重吾は、どういう状態の重吾なんだ?
その疑問を解消するべく、私は目の前の少年に質問する。
今のお前は、ウチらの友達の重吾なのか?
こうして、私達の龍地洞での第二の試練は、まず、お互いの友情を確認するところから始まったのだった。
あとがきのコーナー
はい。というわけで、龍地洞の試練が始まりますよ。
龍地洞はね。何も設定がない湿骨林と違ってボルトのアニオリに出てきてるんですよね。田心姫とか市杵島姫とか湍津姫とか。まぁ、なんか本作の多由也は描写的にボルトのアニオリ見てなさそうですけどね。いつもの情報戦できなさそうだけど大丈夫そ?
まぁともかくそんなわけで、龍地洞に関しては私のオリジナル設定の入れどころが……無いと思ったら大間違いだからな?入れるよ?この後入れまくるから覚悟しておけよ!このオリ設定考えつくのに5年かけたんだからなぁ!
え?本当に五年かかった理由?ホントだよ?仕事が忙しかったんだよ。あと、ついでに白蛇仙人の山形弁がわかんなかったんだよ。因みに今もってなお分かってないんだよ。でもね。最近はほらAIがなんか凄いじゃない?山形弁翻訳とかやってくれそうじゃない?じゃあ、書けるかなって思うじゃない?
………頼むぞチャッピー!Gemini!君たちの活躍に今後の執筆活動がかかっているからな!はい。というわけで、ホントに楽しみにしてくださってた皆さん。申し訳ございませんでした!誰か私を養ってください!
前書きの一言に対する自問自答
「い…1週間後には次の話出しますんで勘弁して……」