前略。多由也に転生したけど、人生の詰将棋をしている気分です。 作:N-SUGAR
ここで自分に向けて一言。
「ははあ。さてはお前それが目当てだな?」
「お前たち。こんなところで何してるんだ?」
私たちの姿を見て、こちらに語りかけるのは幼い姿をした重吾。そんな重吾を確認し、私は口を開く。
「重吾お前、今の現状をどう思う?」
「ん? 現状?」
重吾は私の発言に動揺した様子を見せる。何が何だかわかっていない様子のまま、
「いやいや。現状と言っても、いきなりお前たちの姿が消えたもんだから、オレはお前たちを探してたんじゃないか」
と答えた。その発言自体は、先程、霧の中で私達と逸れてしまった状況を踏まえると矛盾した内容ではない。だけど致命的に、なにかが違う。どこがおかしいのかは分からない。しかし、言語化できない何処かに、私は違和感を覚えてならない。そして、次に飛び出した重吾の発言を聞いて、その違和感は確信に変わる。
「ほら、戻るぞ。
私たちの目をしっかりと見据えて、手を差し伸べる重吾ははっきりと言った。
聞いたことのない名前で、私たちを呼ぶ。
「重吾? 君は何を──」
余計なことを口走りそうになる君麻呂の口を私は右掌で塞ぎ、訝しげな表情を浮かべたまま、私は重吾の言葉に返答する。
「うん。分かった。でも、
「当たり前だろう。今日は年に一度のお祭りなんだから。みんな準備で忙しいってのにお前たちだけサボっていたら、里のみんなに示しがつかないだろ?」
キョトンとした顔で不思議そうに語る重吾。そうかそうか。なるほどなるほど。全く分からない現状に、どうやらある程度形が見えてきた。もう少し情報を引き出してみてもよさそうだが、この類の問答を無駄に引き延ばしても、目の前の『
「うん分かった。すぐに戻るから、重吾は先に行ってて。ウチはジュウムとちょっと内緒の話をしてから戻るから」
「内緒の話? なんだよ内緒の話って」
「内緒の話なんだから内緒に決まってるでしょ
「む。本当はすぐにオレと一緒に戻ってほしいんだが⋯⋯。まあいい。その話とやらが済んだらすぐに戻ってきてくれよ。飾り付けとか、運ばなきゃいけない荷物が大量にあるんだから」
重吾がそう言いながら踵を返し、駆け足で離れていくのを見守ると、そこで私はようやく、君麻呂の口をふさいでいた手を離す。
ぶはっ! と、呼吸まで留めていたかのように息を勢いよく吐き出した君麻呂は、即座に私に詰め寄る。
「さっきからなんなんだ!? 全くわけがわからない! いったい何が起こってるんだ!?」
どうやら君麻呂は、今の会話からではあまり現状を読み取ることができていないみたいだ。ま、現代日本でいろんな創作物に触れてるわけでもない奴が今の会話だけから現状を推察しろというのも無理のある話だ。ここらへんは、私の無駄に高い人生経験値が物を言う場面だろう。
さて、しかしとは言え、私自身、すべてが分かっているわけでもない。君麻呂と同じで、意味不明で半信半疑な状態にあるのは変わりがないのだ。少し息を落ち着けている今振り返っても、さっきの会話は我ながら自分のアドリブ力すげーなと感心してしまっているくらいの唐突さだった。今の一瞬だけの会話と思考で、すでに私の頭はパンク寸前だ。この混乱した頭でどう情報を整理し君麻呂に伝えようか⋯⋯。
「そうだな。あくまで現段階においてのウチの予想に過ぎないんだが、それでいいなら説明してやる」
「もちろん! ボクは全く何一つ! 現状が理解できない! さっきの重吾は一体何だったんだ!? 彼は一体誰に何を話していたんだ!?」
目をぐるぐると回している君麻呂の混乱した台詞を聞いて、私は感心する。なんだ。私と違って創作物の展開に詳しくない君麻呂でも、ある程度、ことの本質は上手く突いているじゃないか。本能で察する部分があったのだろう。やはり君麻呂は、情緒はお子ちゃまだが勘がいい。
「いい疑問だな君麻呂。そう。現状を把握するうえでの本質はまさにそこだ。重吾は一体
「????」
頭の上に疑問符を大量に浮かべている君麻呂に、私は解説する。自分自身、言葉にすることで現状を整理しながら。
「大前提として、さっきの重吾はウチらの知る重吾じゃねェ。現在の記憶がある12歳の重吾ではなく、身体も心も、大体4〜5年前の状態になってしまっている。蛇の仙人が言っていた『舞台装置』としての役割が振られているんだろう。今のアイツは君麻呂や多由也といった人間関係を完全に忘れてしまっている」
「ああ、まぁ。そうなんだろうね。でも、それにしては──」
「それだけでは、さっきの重吾のウチらに対する言動には説明がつかない。その通りだ。だからもう一つ、付け加えられた『舞台設定』が存在する」
「舞台設定?」
そう。舞台設定。これは間違いがない。これ以外ではさっきの重吾の言動には説明がつかない。では具体的にどんな舞台設定があるのかというと──
「現状の重吾から見たウチらもまた、君麻呂や多由也といった
「当時の⋯⋯知り合い?」
「そうだ。ウチらは自身を君麻呂、多由也としてお互い認識しているが、重吾から見たウチらはさっき重吾が口にしていた『ジュウム』、『ジーナ』として認識されている。この二人はおそらく重吾の口ぶりからしてこの里の住人、もっと言えば重吾の弟とか妹だと思うんだが、君麻呂、二人の名前に聞き覚えは?」
「いや、ないな。というか、重吾の以前の人間関係なんてほとんど興味がなかったから、重吾に兄がいたなんて情報を知ったのも今日が初めてだったくらいだ」
じゃあ、君麻呂の重吾の周辺に対する知識は私とほぼ同等ってことか⋯⋯。この際君麻呂がなにか重吾の過去に関する情報を持っていたら話が早かったのだが。
「そうか。まぁ、とにかく可能性としては、現在ウチらには、この時間軸において重吾の家族かそれに近しい人物の『役』が割り当てられている。⋯⋯と、推測するのが今のところ最も真相に近いと思う。──となれば、ウチらに与えられた試練の内容も、必然的に明らかだ」
試練の達成条件と失敗条件。失敗条件の方は、まだ考察の余地があるとは思うが、達成条件の方は大方見えてきたと言って差し支えないだろう。
『重吾くんのトラウマの原因を取り除き、排除すること』。
市杵島姫を名乗る仙女は確かにそう口にしていた。現在の重吾の状態。そして、私たちの状況を合わせて考えれば、この達成条件から即ち、試練の内容はこう言い換えられる。
「『挑戦者は過去に戻り、重吾のトラウマの原因を、重吾の家族の一員として取り除くこと』。これが、今回ウチらに課された仙人の試練の内容だ」
「⋯⋯そういうことか。しかしそれは何と言うか。随分と荒唐無稽な⋯⋯」
確かに。君麻呂の言うとおり荒唐無稽で、そして回りくどい試練内容だ。しかし、それはそれで助かる面もある。
「その荒唐無稽な『舞台設定』のお陰で、利点もある。ウチや君麻呂が過去の龍地洞の里において、怪しまれることなく重吾の懐に潜入できるという点だ」
「な、成る程確かに。ボク達がボク達としてこの場にいるのは、この里からしてみれば限りなく不自然極まりない。不穏分子は排除されるのが忍の里の習い。なら、身内として潜入できる今の現状は試練の進行においては願ったりなわけか」
「そう。まぁ、『ジュウム』と『ジーナ』とやらが実際過去に実在したのかしないのか。したとすれば、ウチらの言動と本来との齟齬が向こうにとっての違和感になるのかならないのか。確かめるべき事はこれはこれで山とあるわけだかな」
現状の確認は、これで全部だ。これ以上のことを確認したければ、虎穴に入って確かめる他に方法はない。
私と君麻呂は、呼吸を整え頷き合うと、一歩、二歩と里に向かって足を踏み出した。龍地洞の里。仙人化の秘術を扱う住人たちの暮らす、人外魔境の隠れ里へ。
「のどかな村。ってとこだな」
すぐに行く。とは言ったものの、重吾がどこに行ったのかも、重吾がどこに住んでいるのかも分からない現在、私達は龍地洞の里の様子を把握する必要がある。私と君麻呂は里の住人の目に入らないようにコソコソと隠れながら、里の全体を見下せる高台に登っていた。
大きな里ではない。小さな村といった様子で、軒数も多くない。疎らな家と、それなりに広大な田畑と牧場。大雑把に計算して、人口は100人いるかいないかといったところか。重吾が言っていたように今日は祭りがあるらしく、往来はそれなりで、重吾と似たような髪色をした連中が慌ただしく動いている。典型的な一族運営。それに、他里との交流を一切絶った、農耕と牧畜による自給自足のみを生活の基盤としたような里が、眼下には広がっていた。
「まさしく奥地の秘境村だな。今時珍しい。というか、忍の里の中ですら、最早絶滅危惧種のたぐいじゃないか?」
「そうだね。忍の里は原則隠れ里ではあっても、他里や他の地域との交流がないわけではない。協定を結んだ特定の里や、契約を結んだ大名との貿易は不可欠だ。生活品、食料品、娯楽品、忍具武具。完全な自給自足はどうしても難しい。小さいとはいえ、龍地洞の里はよくやっているよ」
君麻呂がうんうんと、訳知り顔で頷いている。かつて戦闘主体で生計を立てていた武道派一族の末裔としては、孤高を気取りながら他里との貿易、流通に生活基盤を頼らざるを得なかったかつての自里に対して思うところでもあったのだろう。まぁ、小規模な忍の隠れ里なんて、どこもそんなものなんだから気にしても仕方ないと私なんかは思うけどな。
「ま、大体分かったかな。今日が祭りの日で助かった。往来が増えている分、頭数が把握しやすかったな」
「そうだね。重吾の現在位置も分かったし、そろそろ行くかい?」
「ああ、そう──」
「──
「「!?」」
背後からの声に、私と君麻呂は不意を突かれる。馬鹿な。背後に気配なんて今の今まで微塵も無かったし、人が近づく足音もしなかったぞ!? 私の耳の良さは数少ない弱体化してないステータスだというのに、それをくぐり抜けて背後に立たれるなんて!
「うひゃあっ」
瞬時に振り向きオレンジ色の髪の毛を確認した私は、わざとらしく間抜けな声を上げながら、臨戦態勢をとろうとする君麻呂に抱き着き無理やり押し倒す。龍地洞の住人。つまりは『ジュウム』と『ジーナ』の知り合い相手に敵対的な姿勢をとるなんて、そんな不自然な行動は今後の活動に支障をきたす。
さてさて参ったな。目の前の青年。年の頃は20かそこらといったところだろうか。ガッシリとした体付きに、精悍な顔立ち。原作の重吾をもうちょっと成長させて、かつ、性格を明るくしたらこんな感じに成長するのだろうかといったような風貌の男だった。間違いなく龍地洞の一族で重吾の血縁だが、それだけの特徴だと、この龍地洞の住人の全員に言えるものになってしまう。相手のパーソナリティを推し量るには、もう少し情報収集が必要だし、その為にはある程度カマかけが不可欠だが⋯⋯。
「もう。びっくりした! いきなり後ろから声をかけないでよね! 下に落っこちちゃうところだったじゃない!」
「ハッハッハ! すまんすまん驚かせるつもりはあったんだが、そんなに驚くとはなぁ! 悪かった悪かった! 謝るよ!」
声を高くして無邪気な童女を演じながら、私は目の前のおおらかに笑う青年の様子を観察する。──おい君麻呂。サブイボを立てるな。わざとらしい演技にドン引きするな。お前がこういうの苦手だって分かってるから私が率先して矢面に立ってるんだからな?
どうやら目の前の青年もまた、私達を見ず知らずの子どもではなく、身内と認識しているらしい。私の仮説の信憑性がこれでほぼ100になったことは素直に喜ばしいが、同時に、気疲れも増える。
まったく。見ず知らずの知人を見ず知らずの童女のふりをしながら相手しろなんて、いくらなんでも状況が倒錯しすぎだ。名前のわからない親戚の集まりに参加したときの、前世の嫌な記憶を思い出しちまうじゃねーか。
「とはいえ、重吾に呼びに行かせたのにいつまでたっても戻ってこないお前たちもお前たちだ。今日は大事な日だって言ったろう? 遊ぶのもいいが、それは祭りの準備が終わってからにしなさい」
「はぁい。ごめんなさーい」
私は倒れ込んだ状態から君麻呂と一緒に立ち上がり、殊勝に謝る振りをしながら、君麻呂の背中をドンと叩く。さぁ、お前も謝れ。無垢な童子のふりをしろ。と、無言の圧力を加えながら。
「⋯⋯⋯⋯ハイ」
君麻呂は、私を見、青年を見、そして再び私を見たあと、ため息をついて、ぶっきらぼうに返事をする。お前⋯⋯。演技をする気があるのか? ないよな? 変装と潜入が苦手っつっても、溶け込む振りくらいもうちょっと上手くできんのか? それでも忍びの者かお前は?
「おいおい。しっかりしてくれお兄ちゃん。妹のほうがまだしっかりしてるみたいじゃないか」
オレンジ髪の青年は、いかにも親戚みたいなことを言いながら、君麻呂の頭をぽんぽんと叩く。だから君麻呂。サブイボを立たせるな。雰囲気に溶け込む努力をしてくれ。
「さ、行くぞ二人とも。これ以上待つのはなしだからな。重吾もシビレを切らしている」
そう言って、青年はそのまま君麻呂の手を掴むとズンズンと歩き始める。君麻呂は一瞬だけの腕の筋肉に力を込めたが、すぐに諦めて、引っ張られるままに歩き出した。私はその後に続く。
高台から里へと続く下り坂を歩きながら、私は考える。この青年は、おそらく重吾の兄で、それから『ジュウム』や『ジーナ』の兄なのだろう。が、如何せんそれ以上の情報が皆無である。今後このいつ終わるのか定かではない試練の中で、目の前の青年と一つ屋根の下暮らすことになるのなら、少なくとも彼の名前くらいはさっさと把握しておかなければならない。何時までも名前のわからない親戚と酒の席で、この人の名前は何時登場するのだろうかと興味もない身内ネタに耳を傾け続ける綱渡りみたいな集まりの二の舞を踏み続けるのは避けたいところだ。
「秋の
と、考えているところに、青年が言う。注連縄祭。今日あるとかいう祭りの名前だろう。神社や神棚なんかにかかっている注連縄は蛇に由来するという話もあるし、龍地洞らしいと言えば龍地洞らしい祭りと言える。注連縄の役割からして、どんな趣旨の祭りなのかも想像はつく。
想像がつく故に、これはコミュニケーションの特大チャンスにつなげられる。
「注連縄って、たしか豊作を願うんだよね」
「おお。よく覚えていたな慈奈。この龍地洞の土地における神にも等しい存在である白蛇仙人様に来年の五穀豊穣を祈願する。注連縄祭は龍地洞に住まうものとしては欠かしてはならない大事な祭事だ。お前たちも生まれてから毎年欠かさず参加しているだろう?」
「うん。そんな気がするかも」
転生者としての知識で無双し、幼少期を神童として過ごしてきた私はうっかり忘れそうになる事実だが、6歳とかいう年頃のガキは長期の記憶なんかほとんど曖昧模糊として暮らしている。記憶のあるなしではなく、その記憶の情景の理解がまだ追いつかない年頃である。ならば、その曖昧さを利用させてもらう。
「畑で採れた作物。田で採れた稲。牧場で採れた肉や乳。川で採れた魚。森で採れた木材や森の恵み。全ては龍地洞の主である白蛇仙人様のものだ。いただいた恵みの一部を奉納という形でお返しし、さらなる恵みを分けて頂く。感謝の心を忘れた瞬間、我々の里は露と消えてしまうだろう」
「食べ物をあげなきゃ消されちゃうの? なんだか怖いね」
「そりゃあ怖いさ。なにせ蛇の仙人様だ。怖いからこそ、強大だ。オレ達はだからこそ、安心してここで暮らしていける」
なるほどね。白蛇仙人に日頃の感謝を捧げ、来年の豊穣を祈願するお祭か。まぁ、そんなもんだろうと思っていたし、
ふうん?
「里のみんなが参加するんだよね? 誰一人、欠けることなく?」
「うん? あぁ。そうだな。みんな参加するとも」
なるほど。みんな。みんなね。それはなんとも⋯⋯。
──何かきっかけがあれば一網打尽にされて、いかにも里が全滅しそうなイベントだな?
試練の内容が重吾のトラウマを取り除くことであり、重吾のトラウマが自分がやったのかもしれない里の壊滅である以上、私達は常にその問題の瞬間を警戒する必要がある。里の壊滅がどうして起こったのか。その原因が判然としないため、そのタイミングだけでも見定めて、しっかりと準備して待ち構えている必要がある。そして、わざわざ里の住人どもが一堂に会する祭りの日にタイムスリップさせられている以上、タイミングがその祭りである可能性は高い。
ならば次にすべきことは、その祭りのどのタイミングで、問題の瞬間が訪れるのかを把握することである。これは、目の前の青年の名前を把握するよりも優先度が高い。
というか、タイミングが今日これからだというのなら、なんなら青年の名前は把握する必要が薄くなったともいえる。一日くらいなら、兄弟の名前を一切口にしなくとも特に不自然はないだろうからな。
多少居心地は悪かろうが、名前のわからない親戚と宴会の席を囲むとするさ。
さらに会話を続け情報を集めているうちに、私達は里の中心付近にある、一番大きな建物の前に辿り着く。里の住人たちが慌ただしく出入りし、荷物を運び入れている建物だった。ちなみにその間、君麻呂はとうとう一度たりとも口を開かなかった。余計なことを口走るリスクを取らずに済んだと見るべきなのか、少しは喋ってくんないとさすがに家族という設定に無理が生じるのではないかと心配するべきなのか。判断に迷うところだった。
「祭りの会場、というか、五穀豊穣の儀式を行う祭壇の飾り付け。これが今日のお前たちのお仕事だ」
青年が言って、玄関口に置いてある木箱を2つ取ると、それを私たちにポンと渡した。
「どこに何を飾るかは、大広間にいるお隣の美夜さんに聞いてくれ。オレは、荷物運びの力仕事に行ってくるからな」
それだけ言い残すと、青年は私達を後に残してさっさと何処かへ行ってしまった。忙しい準備の合間をついて、私たちをここに連れてきたのだろう。ともあれ、僅かな間だが、君麻呂と作戦会議をするチャンスである。
「結局、アイツは何だったんだ? あれだけ多由也と話し込んでおいて、名前すら分からなかったんだが」
「あー、まぁ、初対面でもない相手との日常会話で自分の名前を言う機会って、あんまりないからな。名前を知らない奴の名前を自己紹介なしに知ろうと思ったら、そいつを知ってる別の奴が名前を呼んでくれるのを待つしかない」
「そういうものか。まぁ確かに。言われてみればそうかもしれない」
「めんどくせーんだ。知ってなきゃいけないはずの人間の名を自然な流れで把握するのは」
「⋯⋯嫌に実感の籠もった言い方だね」
そりゃあもちろん。実感しかない。こればっかりは人生経験の差というやつだろう。分からないことを素直に分からないと言えて、それが許される年代にはこの無駄な苦労は分かるまい。
「それより、これからの行動指針だ。この後あるらしい祭り。注連縄祭。多分、試練の本番はそこだ」
「あぁ、それはボクもそう思った。里の壊滅なんて、そう簡単に起こるものじゃない。ボクの古巣みたいに、自分達から全員揃って多勢に無勢へと突っ込んで自滅するならともかく、一族が一夜にして一人を除いて壊滅なんてのは、よほど条件が揃わなければまず起こり得ないだろう。そして、今夜の祭りとやらは条件がかなり揃っている」
そう。一族が一堂に会する機会。そんなものは、そうそうあるものではない。滝隠れの里との同盟締結のために、全員が里に揃っていたところを草隠れに襲撃された草笛の里。霧隠れと敵対し、全面戦争の末に狩り尽くされたかぐや一族。そして、クーデター計画のために一族が揃って密談を繰り広げていた折にたった二人の同族に虱潰しにされたうちは一族。皆が皆、一つのところに集まったところを一網打尽にされるのが一族族滅の世の習いだ。特に一夜にして壊滅した草笛の里とうちはの里に関しては、一つの地区に一族が勢揃いしているのが族滅の条件と言える。ならば、それは龍地洞の里においても、そう変わらないだろう。
「──つまり、タイミングは祭りの最中。それも全員が一堂に介している場面が怪しいわけだ」
荷物を持って廊下を歩きながら、私と君麻呂は現段階で得られた情報のすり合わせを行う。大広間とやらを探しながらの作戦会議だったが、こちらの問題は、割とすぐに片がつく。祭りの準備なんてやってるんだから、その会場らしい大広間には何人もの人が出入りしている筈だ。故に人の往来の多い場所を感知して、流れに従って歩いていけば、自然、目的地には辿り着く。
「そう言えば、アイツは『ミヤ』とやらに話を聞けと言っていたけど、どうする? ボク達にはそのミヤの顔も姿もわからないわけだけど」
「ん? ああ、それは多分すぐに分かる」
名前のわからない親戚の名前の判別と違って、名前と場所だけわかっている人間の判別は割と簡単だ。稀にあるファンブルにさえ当たらなければ、大抵は流れでなんとかなる。
何人かの人間が慌ただしく動いている、ちょっとした体育館程もある大きな部屋。多分ここが大広間だろう。私と君麻呂は部屋の入り口に立って、中の様子を覗き見る。人数は13人、皆が皆、祭りの飾り付けをしていて壁や祭壇らしき社の方を向いて作業をしている。男性が4人と、女性が9人。さて、
「ミヤさーん! お手伝いにきたよー!」
私は、元気のいい声を作って、大広間中に響く音量で呼びかける。すると、作業をしていた13人中6人がこちらを振り向き反応を示し、そして、「あら」と声を上げた1人がこちらに歩み寄った。
「いらっしゃい! 待っていたわ慈奈ちゃん! 重無ちゃん!」
ハイ確定。目の前に立っている長い髪をシニョンにまとめた二十代くらいの女性が、『お隣のミヤさん』だ。私はどんなもんだとニヤけた面を君麻呂に向ける。君麻呂からは苦笑で返された。
「その荷物は、祭壇の装飾だね? じゃあ、そのままそれをお社に持っていって、装飾の手伝いをしてちょうだいな」
「「はい」」
私と君麻呂は、素直な返事を返す。よしよし、君麻呂もやっと溶け込む態度を取ってくれるようになった。先の作戦会議で、あらかじめ君麻呂には「里の大人を全員大蛇丸様だと思って対応しろ」と厳命してある。渋い顔をされたが、どうやら渋々従ってくれているようだ。
私と君麻呂が祭壇のお社へ行くと、そこでは、男が二人、どうやら組み立て途中らしいお社の組み立て作業を行なっている。
「すみませーん。ウチら、お社の飾り付けをしろって言われたんですけど」
「お。慈奈ちゃんに重無くん。いらっしゃい。じゃあ、その箱の中の装飾を、お社の組み上がっているところの端から順番に取り付けてってくれるかい?」
私が話しかけると、白髪交じりのオレンジ髪を短髪にして鉢巻きを巻いている、いかにも江戸っ子といった感じのおじいちゃんが、人の良さそうな笑顔で私達に指示を出す。私と君麻呂は、彼の指示に従いながら、お社の装飾を取り付ける作業を始めた。
小さい里村だ。住人は全員顔見知りだろう。自然な流れで同じ作業場の男二人や、時折こちらにやってくる人達との会話イベントが作業中度々発生する。相変わらず名前が分からないのが苦しいが、幼い子どもであるという立場も含めて、人によって態度を変える必要が無いのはこちらの演技上都合がいい。特に不自然な会話をすることもなく、基本的には私を会話の主体として、君麻呂と私はなんとかこの作業場に溶け込むことに成功した。
大広間には、作業をしている13人の他にも祭りに必要な機材や荷物を運んでくる人達が大勢行き交いしている。重吾とその兄の青年は荷物運び係らしく、作業中、何度も広間に荷物を運び入れては、こちらに作業の調子を尋ねては荷物運びに戻っていく。
たまに君麻呂が話しかけられたときに一瞬ヒヤリとするが、君麻呂もなんとか自分の中で無難な会話を学び取ったらしく、特に問題なく作業は進んでいった。
「おし、社の方は大体これで完成だな」
おじいちゃん(会話の中で、どうやら
「慈奈ちゃんと重無くんは、祭りが始まるまで、外の広場に行ってみたらどうだい? 宴会場の他に屋台も出ているから、何か食べたいもんでもないか探してくるといい」
「宴会場、本当に外に設置したのか? 今年も?」
おじいちゃんが私達に祭りまでの過ごし方を勧めてくれるのに対して、一緒に作業していた若い男の方が、少し眉根を寄せる。
「なんじゃい。奉納の儀の後の宴会は外の広場でやるもんじゃろうが。なぜ今年だけ変えねばならん
虹人と呼ばれた男はバチンと、自分の左腕を右手で叩きながら、
「ほら。まただ。もう秋だってのにそこら中に⋯⋯。あまりに多いから、今年は室内も考えるって話も出てただろう」
そう言って向けられた右掌には、潰された蚊の死骸があった。
「なんだそんなことかい。虫ごときで一々祭りの手順が変わってたまるかい。バッタの大量発生ならまだしも、蚊がちょっと多く湧いたからってどうということはないわ。蚊取り線香でも多めに焚いときゃええんじゃい」
まぁ確かに、作業をしている最中も鬱陶しいくらい虫がとんでるなとは思っていた。室内でこれなら、外はもっと酷いかもしれない。夜に外で宴会をすれば、松明の明かりに惹かれて更に虫が寄ってくるというのもあるだろう。
「そうかよ。まったくうざったい。なんだってこんな時にまで虫が湧き続けるかね。もうピークは過ぎたと思ったんだがなぁ」
「若いもんがグチグチと文句を垂れるな。みっともない」
「そりゃあ、アンタくらいの爺さんなら文句もないだろうよ。老人の不味い血なんて、蚊の方もお呼びじゃないだろう」
「あぁ? やんのか? 若造」
ぞわっと、空気が震える。空気どころか、ビリビリと木製の床や壁が軋んでいる。おいおい。マジギレじゃねぇか。というか、
「⋯⋯おい君麻呂。気のせいじゃなけりゃ、あの爺さんのチャクラ量、異常じゃねぇ?」
「あぁ。感覚的には上忍クラス以上⋯⋯。というか、チャクラ量だけなら大蛇丸様より多い⋯⋯ような」
私や、血龍眼なしの君麻呂も感知タイプではないから確かなことは言えないが、練って放出されたチャクラを見れば、相手のチャクラ量を大雑把に推し量るくらいはできる。暁レベルの実力者どもと何度もかち合ってるせいで無駄に経験値を積んでしまっているのも要因の一つだろう。これは、経験的な
その感覚が、私達に囁やいている。この爺さんのチャクラの異質さを。
そして、ことはそれだけに収まらない。
「はん。いいね。やっぱり喧嘩も祭りの華だもんなァ!」
ドバッと、チャクラが溢れ出す。虹人と呼ばれた若い男が放出したチャクラはミシミシと建物を震わせ、思わず私の小さな体がよろめいてしまう程の圧を放つ。
「あっちもこっちも⋯⋯。これは、仙術チャクラか?」
重吾のつぶやきに、私は無言で首肯する。そうだ。この感覚。異常なチャクラ量というのもそうだが、この二人の出すチャクラの性質は、重吾や呪印状態の私達が出すチャクラとよく似ている。仙人化の秘術を扱う一族。重吾以外のサンプルケースを見たことは無かったが、大して修行もしていない、力を抑えることにのみ全霊を捧げて生きてきた重吾の状態2は、それでも並の上忍を超えるチャクラ量だった。身体の許容量と精製されるチャクラの量が合っていないからこその暴走状態。ならば、体質と身体に折り合いがつけば、待っているのは──、
「こらー! 祭りの前から何はしゃいでんだアンタたちはー!」
男衆二人のチャクラ量に圧倒されている私達の背後から、一陣の風が吹き抜け、ドゴッ! と、鈍い音が響く。次の瞬間には、すさまじいチャクラを放っていた男達は、揃って硬い床に倒れ伏していた。そして、男達の死屍累々の間に仁王立ちするのは一人の女傑。
「ミヤさん⋯⋯?」
二人の暴れ馬を一瞬で制圧したミヤさんの顔や腕には、重吾と同様仙人化特有の痣が広がっていた。しかし、その痣によってチャクラが荒ぶるような様子は微塵も見られない。洗練された、静謐なチャクラをその身に纏わせている。
ミヤさんは立ち竦む私たちを安心させるように、優しい笑顔をこちらに向ける。
「ごめんね? 怖がらせちゃった? まったく、この里の男どもは喧嘩っ早くていけないね」
「い、いえ。はは⋯⋯」
ドン引きしている私を見て、ミヤさんは困ったように眉根を寄せると、痣を戻しながら、私達の肩に手を置いた。
「さ、ここの準備と後始末は私たちがやっとくからさ。お前さんたちは外に行って、重吾くんたちの様子でも見ておいで。それこそ、鹿寿さんの勧めたみたいに、屋台の様子でも冷やかしてみるといいさ」
ミヤさんはそのまま私と君麻呂の手に、御駄賃だよと言って小銭を握らせると、建物の外まで私たちを送り、そして戻って行った。
私と君麻呂は暫く無言のまま田舎道を歩き、そして、人気のない田んぼの畦道まで来たところで、そこに設置されていた蛇の道祖神の脇に座り込んだ。
「はぁー。まったく⋯⋯。クソヤベェなこの里」
「確かにね。重吾の呪印を完全に使いこなす住人たち。あれがこの里の大人の平均なのだとすれば、この里はボクの代のかぐや一族を悠に超える戦闘一族になれるだろう」
「それは⋯⋯。大層な評価だな」
いや、そうでもないか。戦闘に特化した好戦的な一族でありながら、屍骨脈の血継限界を完全覚醒させた君麻呂を幽閉していたような連中だからな。そもそも、君麻呂の中でのかぐや一族に対する評価はそこまで高くないだろう。
「だが、同時に疑問も発生した」
「ん? なんだい? 疑問って。まぁ、ボクの方は試練が始まってからこの方全てが疑問に満ちているけれども」
「そもそも重吾のトラウマを思い出してみろ。重吾は自分が何をしたと思っているから自分の力を忌み嫌っている?」
「それは⋯⋯。あぁ。成る程」
重吾は自分が力を暴走させて里を壊滅させてしまったと思っているから自分の力を忌み嫌っている。おそらくそれが拒絶反応となって、重吾の力を殺人衝動の二重人格という形で暴走させているというのが私達の仮説だった。だがそもそもの話、里の住人が全員仙人化の術をある程度使いこなしているのならば話が変わってくる。
「重吾の暴走くらいなら、この里の大人たちがしっかり対応すれば抑えられそうだものね。少なくとも今の重吾の暴走状態よりも、里の大人たちの力は強そうに見えた」
「ああ。だとすれば、里の壊滅には他に原因があったことになる」
その原因とやらが事故か天災か人災かは知らないが、あの化け物みたいなチャクラを持った連中が重吾一人を残して一夜にして全滅したなんて状況に陥るなんざ、いずれにしろロクなことではない。
できれば事が起こる前に、原因くらいは突き止めておきたいところだ。
「とはいえ、現状できることも限られている。取り敢えず、外部要因に警戒しつつ、祭りの中で全滅の原因がないかを探すのが今できる最善だろう」
私は言いながら、今後の対応や行動指針を頭の中で組み立てていく。⋯⋯うん。やっぱり、すぐに確かめられることと言えば、アレくらいか。私が今後の行動指針の結論を出すと、表情からそれを察したらしい君麻呂が訊いてきた。
「じゃあ、どうする? 多由也。今後の方針としては」
君麻呂の質問に、私は懐に忍ばせた御駄賃の小銭をジャラジャラと鳴らしながら、口角を上げて答える。
「広場に行こう。ミヤと鹿寿の勧め通りに、屋台を冷やかすぞ」
それから私と君麻呂は、祭りが始まるまで宴会場と屋台を冷やかし、里をのんびりと歩き回って里の人達との会話したり、適当に食材のつまみ食いなどをして過ごしていた。
「⋯⋯多由也。この食べ歩きは、何か意味があるのかい?」
屋台の準備をしていたおじさんからこっそりもらった焼き鳥を食べながら、君麻呂が尋ねる。
「んぐ。食べることにはあまり。せいぜい食中毒の有無を確かめる毒見ってとこかな」
その質問に、私は焼きそばを飲み込みながら答えた。
「食中毒⋯⋯。里の壊滅理由が集団食中毒だって言うのかい?」
「別に本気でそう思っているわけじゃねーよ。可能性がゼロじゃないから、一応潰しておくか程度の確認事項さ。寧ろ大事なのは、食べ歩きの『歩き』の部分だ」
屋台からこっそり貰ってきた食材を食べながら、祭りにはしゃいでる子供のふりをして私と君麻呂はぐるりと一周、里の外周を回ってきていた。田んぼや畑がかなり広大とはいえ、所詮人口100人程度の小さな村だ。のんびり歩いても祭り前までには里を一周できる。そうして歩き、時に住人と話しながら、里の様子や、里の外部の様子を観察していた。
その結果分かったことは、この里が正真正銘、めちゃくちゃ平和な田舎村ということだった。狭い里ゆえに里の人間関係は小さくまとまっていて、全員が全員のことを親族として接している。私が話しかければ、誰もが私を『ジーナ』として知っていて、全員が自分の子供のように親身に接してくれる。住民同士の人間関係はとても円満だ。おかげで、子どもの好奇心を装って住人から里のことを根掘り葉掘り聞き込むのにたいして苦労はしなかった。
なまじ戦闘能力が高いゆえに喧嘩っ早い奴らが度々ぶつかり合うことはあっても、それが長引くようなことはない。住人同士のいざこざはどんなに拗れても最悪その場の殴り合いで決着がつく。
実際、祭りの高揚感も合わさってか、準備中の大人たちが諍う場面に何度か遭遇したが、一瞬目を離してまた戻ってきたときには、もうその喧嘩は収まっていた。カッとなって殴り合いにまで至った場面が一度あったが、一度殴り合えばもうそこでノーサイドになる。多少暴力は伴っても、とてもじゃないが最悪の事態まで発展する人間性には見えなかった。
そして、住人たちに趣味やら日々の暮らしやらを尋ねてみても、全員が全員、自然を愛し、日々の糧を育てながら森の小動物とお話するのが趣味ときた。往年のディズニープリンセスがお前らはと喉の出口あたりまで出掛かり、我慢するのにかなりの自制心を要した。
基本的に穏やかな彼等の気質を考えるに、一夜のうちに仲間割れを起こして壊滅するといった可能性は考えにくい。とすれば、後考えられるのは事故か天災か外部犯だが、事故が起こるような危険も、この里の中にはあまりあるとは思えなかった。それこそ重吾の兄が言っていたように、仙人の怒りを買うことがあれば全滅もありうるかとも思うが、今更この里の人々が仙人の怒りを買うようなことをするとも思えない。
となると、後はもう天災か外部犯しかあり得ないのだが⋯⋯。
この里に外部から何者かが侵入していたとして、ではその外部犯は、何処からやってきて、どこに潜伏できるのか。里を一周して私は検討をつけた。まず、龍地洞の洞窟側からの侵入は難しいだろう。住人からの聞き込みによれば、洞窟側からの侵入を行うには、田心姫たちの試練場を必ず通る必要があり、その時点で龍地洞の仙人たちから存在を察知されるため、過去一度として、洞窟側から外部の人間がやってきたことはないとのこと。というか、そもそも龍地洞に来るやつの目当ては龍地洞の仙人たちなので、龍地洞に入ってわざわざこの里まで来ようという奴がいないらしい。
となれば、残るは洞窟の反対側に広がる森からの侵入になるのだが、その森の途中からは田心姫の幻術領域が広がっているため、その領域に嵌まった侵入者は道を迷わされた末に、結局龍地洞の方の入り口に辿り着くという話らしい。
「要するにどちらにせよ田心姫を何とかしない限りはどうあがいてもこの里には来れないわけだ。故に、外部犯の線はこの時点で限りなく低くなるし、仮に入れたとしても、里の人間にバレずに潜伏できる場所は限りなく少ない」
この里の人間は全員が仙人化の使い手だ。それはとりもなおさず、全員が感知系の能力者であると言い換えることが可能であるということだ。少なくともこの里の内部で、里の住人の感知から隠れることができる場所なんてものは存在しない。森の奥地まで行けば感知が届かないそうだが、そこまで行くと今度は田心姫の幻術領域に入ってしまって里にたどり着けなくなる。この里は仙人の領域にある秘境の里だけあって、住人の気質と裏腹にこの上なく排他的な里であった。
「⋯⋯要するに、残る可能性は天災だけになる?」
「普通に考えればな。⋯⋯だが、流石にそんなもんが試練になるのかというメタ的な読みもある。結局のところ、その時になって直接確かめるしかないのかもな」
その会話を最後にして、いよいよ祭りが始まる時間が来た。私と君麻呂は、重吾とその兄と合流し、祭壇を設置した建物の大広間に向かった。
壁のそこかしこに松明が掲げられ、夜でもそこそこの明るさを保っている大広間に、里の住人が全員整列している。
数えてみると、人数は103人。その中の一員として並んで待っていると、列の先頭から、神社の神主のような格好をした老人と、巫女の格好をした女性2人が列の正面に立った。よく見れば巫女服を来ている女性の片方はミヤさんだった。
「今年も無事、注連縄祭の日がやってきました」
どうやら里の代表らしいその老人が、長々と挨拶の言葉を述べる。校長先生のお言葉とかブラック企業の朝会の挨拶レベルで長い話だったが、要約するに、「今年も無事里のみんなでこの祭りの日を迎えられてうれしい。仙人様にお供え物を供えて、みんなで一年の感謝をしましょう」とかそういった内容の挨拶であった。君麻呂が途中で飽きて欠伸をし、隣に立っていた私もつられて欠伸をして、さらにその隣に立っていた重吾に肘で脇腹をつつかれてしまった。
真面目ちゃんか? お前。まあ、真面目ちゃんかお前は。私は痒さと気まずさで頬を掻きながら、仕方なく話に耳を傾ける。今日一日里を歩き回ったおかげで、大分蚊に刺されてしまった。虫刺されがニキビにでもなったら嫌だなと一瞬思ったが、どうせ今だけかと思って気にしないことにした。
やがて老人の話が終わり、巫女服の2人がお祈りの歌を歌いながら捧げ物の穀物や野菜、肉類を社の前の祭壇へと奉納していく。先に聞いておいた祭りの手順によると、このあと全員で社に向かって仙人様への感謝を捧げたあと、巫女たちが奉納舞を踊って、社にクソデカい注連縄を飾り付け、その注連縄に再度感謝を捧げて、その後外で宴会をするらしい。
奉納舞はちょっと見てみたいと気になっていた私は、ここでやっとしっかり祭壇の方を向いて、祭りの様子を観察しようとする。いつ何が起こるか分からないから、さっきまでは耳の方に神経を集中していて、視線は床の方に落としていたのだ。なので余計に老人の挨拶が退屈に聞こえていたので、終わってくれて正直ホッとしている。
と、そこで異変が起こった。祭壇に捧げ物を捧げていた老人と巫女が、上の方を向いて固まっているのだ。お祈りの歌がいきなり中断し、大広間に静寂が生まれる。というか、周りを見回すと、大広間に整列している里の住人たちが、ほぼ全員上を向いていた。
奉納の儀式にそんな手順あったっけ? と、思わず同様に上を向いている重吾に私は話しかけた。
「じ、重吾? どうした?」
「いや、わからないのか? 慈奈」
重吾は上の方を向いたまま私に答える。
「
「あァ?」
その答えを聞いた私と君麻呂は思わず他の住人たちと同様上を向く。その瞬間、私の耳に小さな「ボンっ」という破裂音が届く。
これは──口寄せの術の発動音?
てことはこれは──侵入者か?
予めある程度警戒態勢をとっていた私と君麻呂は、ついにきたかと思って臨戦態勢をとろうとして──
──
ドガンッ!! と、あまりにも致命的な音とともに、天井が崩れる。悲鳴が上がるも、誰一人として、その場の人間は指先ひとつ動かせない。迫り来る天井の破片が私の顔に向かって振り注ぐのを、私は声一つ出せずに見守って、
一瞬の激痛。暗転。そして──
「⋯⋯⋯⋯ハァ?」
訳が分からない。私は、落ちてくる天井を避けることができなくて?
それから?
「ううん⋯⋯」
隣からうめき声が聞こえ、顔を向けると、悪夢にでもうなされているような寝顔の君麻呂いた。かわいらしいその寝顔は、まだ幼いまま。ということは、私もまだ6歳の姿か。確認するのも億劫だが、まぁ、体の感覚的にそうだろうなと勝手に納得することにしておく。
暫くむにゃむにゃと魘されていた君麻呂だったが、いきなりひゅっと息を吸い込んだかと思うと、目を開いた。そして、がばりと勢いよく飛び起きる。
「え? あれ? ⋯⋯多由也?」
私と同じく訳が分からないといった様子の君麻呂が、仰向けに寝っ転がっている私を見下ろす。私の方はといえば、あまり起き上がる気力が湧かず、そのままの姿勢で重吾に話しかけた。
「君麻呂お前、
君麻呂は私の言葉を聞いて、反射的に記憶を探り、そして顔をしかめる。その顔を見て、私はあのときの私が辿ったであろう運命を確信する。
「あの後ってのは、それはつまり──」
「
確信した自分の結末をはっきりと口にし、私は再度君麻呂に質問する。今度こそ、君麻呂は苦虫を噛み潰したような顔を私に向けた。
そうだ。天井が顔面に落ちてきたら、何の防御も用意していない私なんぞは潰されて終わりだ。あのとき私は、何もできないままにあっという間に殺られてしまっていた。クソの役にも立たない木偶の坊として無駄に命を落としていた。
だが、無能に成り下がった私と違って、君麻呂はそれでは終わらない。何が起こってもいいように祭りが始まってから常に皮膚の下に骨の鎧を着込んでいた君麻呂は、天井が落ちてきた程度では死ななかったはずだ。つまり君麻呂は、その後を見ている。
「⋯⋯期待してくれているところ悪いが、あまり情報は増えないと思う。あの後すぐに、ボクも死んだから」
君麻呂は申し訳なさそうにしながら私の質問に答え始める。
「まず、天井が崩れて死んだのは、その、たぶん多由也だけだった」
「だろうな。龍地洞の一族連中は崩れる天井程度じゃぁ死にゃしねーだろうよ。それで?」
事実は事実だ。多少悔しくはあっても、私は納得しながら続きを促す。
「天井が崩れて、瓦礫を跳ね除けると、何人かの住人たちはすでに立ち上がって状況を確認していた」
「瓦礫を跳ね除けたってことは、お前、動けたんだな?」
私が確認すると、重吾はそこでようやく気付いたようにぽかんとした表情をして、私の言葉をゆっくりと咀嚼する。
「あ、ああ。そうだ。確かに、動くことはできた。龍地洞の他の奴らも動けている様子だった。松明が殆ど瓦礫の下に埋もれてしまっていたから暗くてよく分からなかったが、何人かが瓦礫をどけて、皆の無事を確認しているようだった」
「フン。暗くてね。で? 次は?」
「そしたら、今度は一部の住人どもが、いきなり他の住人を襲い始めたんだ。で、多由也の死体を挟んで隣にいた重吾も、ボクに殴りかかってきた」
「呪印の暴走か?」
「いや、不思議な話なんだが、そんな感じでは無さそうだった。寧ろ重吾は正気のまま、ボクに襲いかかってきたんだ」
「ふぅん? 正気のまま?」
私が繰り返すと、君麻呂は首肯する。
「そう。重吾本人も、何が起こっているのかまるで理解していない様子だった。身体が勝手に、とかそんなことを呟いていたよ。泣いているみたいだった。そうだな。あれはまるで、多由也の『魔笛・心想操響曲』を聴いた奴等みたいな反応だった」
『魔笛・心想躁響曲』。私の持つ草笛の秘術の一つだ。相手の意識を保ったまま、相手の身体を幻術で縛り、操る術。相手の意識が残る分、強制力が長続きしない扱いの難しい幻術だ。まぁ、同種の幻術か、それに似た術があっても別に不思議ではない。
なんなら、すでに心当たりが1つ頭に思い浮かんでいる。
「で? その後はどうなった? まさかそのまま重吾に殺されたってことはないだろう?」
「ああ。まぁ、暫く重吾を傷つけないように戦ってたんだけど、いきなり後ろから誰かに肩を触られて」
「触られて?」
「死んだ」
端的に、君麻呂は締めくくる。待て。最後一番気になるところが一番情報が少ない。さすがにその報告ではこちらが何も分からなすぎる。
「いや、本当にそんな感じなんだ。触られたと思ったら、そこからしびれが広がって、身体が動かなくなって、意識を失った」
「で、今ここにいる、か?」
その通り。と、君麻呂は自分で言っていてしっくりきていないような顰め面をしている。まぁ、そうだろうな。そんな状況初見で経験したら、誰だって意味が分からず混乱するだろう。私が君麻呂の立場でも終始混乱して終わる自信がある。今だって、死んだはずの私と自分がこうして話している現状は到底納得できるものではないだろう。夢か現か。ひょっとしたら、もう自分はあの世にいるのではと疑っているのかもしれない。
だが、早々にリタイアして報告を聞くだけの今の立場だからこそ、私は冷静に俯瞰して状況を推測できる。
もちろん分からないことも大量にある。『敵』が、どうやって里の住人の感知に気付かれずに里の真ん中の建物の屋根にまで潜伏することができたのかとか、そもそも『敵』がどうして龍地洞の一族を襲撃したのかとか、ここらへんはどんなに考えても明確な答えが出てこない。
だが、他の事象については、恐らく私でも説明することができそうだ。確証はないが、状況証拠から見て、まず間違いなさそうな忍術に心当たりがある。1つ明確に心当たりを見つければ、後は芋づる式に答えが出てくる。ここまで関連性が広げられるなら、まぁまず間違いないだろう。
ならば次にすべきことは、それにどう対策を立てるか、だが。
私は聞き覚えのある足音を聞いて、一先ず考えをきり上げる。そうだ。現状が私の想像する通りのものならば、そろそろ現れるだろうと思っていた。
君麻呂は、走ってくるその人影を見て、驚いた顔をする。まあ、そうだよな。君麻呂は、混乱するよな。こういう展開を知らなきゃ、そうなってしまうのはよく分かる。
私と君麻呂のいる龍地洞の出口にやってきて、息を切らせながら私と君麻呂を見据えるその子どもは、聞き覚えのある声で、聞き覚えのある言葉を口にする。
「ようやく見つけた! お前たち。こんなところで何してるんだ?」
洞窟の外から私達に話しかける見覚えのある人物に、私はうんざりした視線を向け、君麻呂は、驚きと警戒を顕にした視線を向ける。
市杵島姫を名乗る仙女は言った。この試練の失敗条件は、『あんたたち二人の心が折れること。または、心が喪失すること』だと。
そう。確かに言っていたし、同時に言っていなかった。『死ぬこと』が失敗条件だなんて、一言も。
目覚めた場所。痒くない頬。傷一つない身体。そして幼いままの私や君麻呂。ヒントは幾つも散らばっていたし、だからこそ薄々感じ取っていたそのルールに、こちらに走り来る見覚えのある奴の聞き覚えしかない言葉で、確信を得る。
なるほどこれが
だが、私は忘れていない。市杵島姫が有望な挑戦者に対して「もう殺してくれ」言わせるまで追い詰めたという田心姫の忠告を。あの忠告が真実ならば、この試練の難易度はトライアンドエラーを繰り返せばいつかクリアできるなんて生っちょろいものでは無いはずだ。そもそも市杵島姫本人が、今回の試練を過去最高難易度だと宣言していた筈だ。故に、
心が折れて、心が喪失するに十分な難易度設定だとメタ的な読みを働かせた上で、私の現状と、今の状況と、そして、想定される『敵』の脅威度を推定する。
だけど、駄目だった。『敵』の正体にある程度見当はつけられる。その『敵』が、決して生易しい相手ではないことも承知している。だけれどそれが、トライアンドエラーを繰り返しても突破できないほどの難易度だとは、私には思えない。私自身の超絶弱体化を踏まえたうえで、しかし不可能だとは言い切れない。
だとすれば、結論は一つ。まだ何か見逃しがあるのだ。決して逃してはいけない。されど見つけてしまえば、私の心が折れてしまうような見逃しが。
⋯⋯くだらねぇ。実にくだらねぇな。メタ的に試練を考察することで、逆に思考がマイナスに引っ張られている。これじゃあゲス仙女の思う壺だ。大体、何が死に戻りだ。そもそも一回だって死ぬのはごめんだ。いくら私が異世界転生者で人様より死に慣れてるとは言っても、トライアンドエラーもクソもあるか。トライアンドヒットが何事につけ一番に決まってる。見逃しがあろうがなかろうがどうせやることは1つだ。
いつも通り、死ぬ気で生き抜くだけ。今回の周回でぶっちぎって、それでジエンドだよ。まァなんにせよ取り敢えず『敵』の存在ははっきりしたんだし――
――殺されたお返しに、今度はこっちがぶっ殺しておかなきゃな。
私たちの試練は、こうして振り出しに戻り、ゼロからまた始まった。
あとがきのコーナー
はーい、というわけでRe:ゼロから始まる龍地洞生活。はっじまっるよー。多由也さんたちは何回の死に戻りでクリアできるか楽しみですね!本作の主人公は今までずっと死にたくないと生き足掻いてきていましたけれど、これ以上死なずに済ませることは果たしてできるのでしょうか!私はそんなつもりないですけど!まぁでもキャラが勝手に動けば案外なんとかしてくれるかもしれないし、期待して待ちましょう!
前書きの一言に対する自問自答。
「そんなそんな!あっしはただ少しでも難易度を上げたいだけでして!決してサスケ奪還編のアニメ見返したらショタ君麻呂かわいいな!とか思ったわけじゃなくてですね⋯⋯」